クレイモラン地方へ

「ルーラ!」

 エルシスがルーラを唱えると、彼らの体はバンデルフォン地方にあるネルセンの宿に飛んでいた。

 そこから小麦畑の道を通り、バンデルフォン城跡地に向かう。
 朽ち果てたバンデルフォン城は一度訪れた際と変わらず、静かに時を止めていた。

「虹色の枝が光っている……」
「あの魔法の扉の向こうにパープルオーブがあるのは確かだな」 
「きっとまほうの扉によって、ずっと守られてきたんだね……」

 カミュとユリの言葉に、エルシスは二人を見て頷く。
 彼らは毒の沼地を避けて、奥へと進んだ。
 瓦礫を避け、地下へと続く階段を降りていく。

「ふむ。ここが例の宝物庫じゃな。さあ、エルシスよ。開けとくれ」

 赤い扉を前に、ロウが言った。
 エルシスはまほうのカギを取り出し、皆が見守るなか、カギを鍵穴に差し込む。

 カチャリと音が鳴って、扉は開いた。

「中は当時のままのようね……」

 マルティナは宝物庫の中を見渡しながら言う。その言葉通り、外の荒れ具合とは反対に、閉ざされたその部屋は埃一つも舞っていない。

「この宝箱かな……」

 虹色の枝が一際反応した宝箱をエルシスは開ける。
 紫色に美しく輝く宝玉――パープルオーブが中から出てきた。

「やったわね、エルシスちゃん!無事にオーブが残っててよかったわ!」
「うん!」

 シルビアに笑顔で頷きながら、エルシスはパープルオーブを手にした。

「なあ、エルシス。他の宝箱もここで眠らせておくのはもったいねえし、残りの中身もいただいちまおうぜ」
「そうね。何か冒険に役に立つものが入っているかもしれないし」

 カミュとベロニカの言葉に、エルシスは残り二つの宝箱も開けた。
 中身は『せいれいせき』と『レシピブック』だ。
 嬉しい中身に、エルシスはありがたくいただくことにした。

「さあ、エルシスちゃん!この調子で最後のオーブも手に入れちゃいましょう!」
「いよいよ最後のオーブですわね」

 廃城を後にしながら元気よく言ったシルビアに、セーニャも笑顔で続く。

「最後のオーブはブルーオーブか。確かクレイモラン王家の家宝になってるんだっけ?」
「うん。クレイモランは北にある大きな王国……だったかな」
「さよう。氷の国、クレイモラン王国。歴史ある五大大国のひとつじゃ」

 ユリの言葉に引き継ぐように話したのはロウだ。彼は続けて話す。

「その国王とは旧知の仲でのう。青い宝玉が家宝とは知っておったが、まさかそれがオーブのひとつだったとは驚いたわい。わしが話せば、きっとゆずってくれるはずじゃ」
「さすがロウさまね」
「頼りになるよ、ロウおじいちゃん!」
「これで最後のオーブも手に入ったのも当然ね!」
「命の大樹まであともう少しですわ、お姉さま」
「さっそくシルビア号でクレイモラン王国を目指すわよ!」

 喜ぶ皆に「ほっほ。どんっと大船に乗ったつもりでいるとよい!」と、張り切るロウ。

「……………………」

 ひとり、カミュだけが浮かない顔をしている。その横顔を不思議そうに見つめるユリの視線に気づいたカミュは、なんでもないと言うようにいつもの笑顔を浮かべた。

 一行はルーラで再びプチャラオ村へ。

 そこから桟橋に停泊してあるシルビア号に戻ってきた。
 さっそくアリスに次の目的を伝える。

「クレイモラン王国ですと、ここから大陸沿いに北西げすね」
「久しぶりの船での長旅になるわね」

 アリスの指の先を追って地図を眺めるシルビア。その隣にカミュが口を開く。

「途中、どこかの町に立ち寄って準備した方がいいな」
「長旅なら食料を買い込まないとか」
「それもあるが、極寒の地だからしっかり防寒しないと凍え死ぬぜ?」

 暑さはサマディー王国への砂漠で体感したが、その逆はエルシスは初めてだ。

「カミュは雪国に行ったことがあるの?」
「まあ、あっちこっち旅してたからな」

 暑さには弱かったカミュだが、寒さには強そうだなとエルシスは思った。
 目的地までの大まかな進路が決まると、船は出航する。
 光の柱でエルシスがマーメイドハープを奏でれば、船は海底を通じて外海へと出た。


 真っ赤な帆を広げたシルビア号は、海流に乗り、波を切りながら走る――……


「おい、肉が焦げてんぞ」

 焼き過ぎな肉を見ながらカミュは言った。
 今日の食事当番はベロニカとセーニャの双子だ。大方、ベロニカが得意の火の魔法を使って焦がしたんだろうとカミュは思ったのだが……

「それ、やったのユリよ」
「ごめんなさい!二人の手伝いをしてたんだけど、火の魔法を使ってみたら加減を間違えちゃって……」
「…………」

 申し訳なさそうに謝るユリ。そういや、火の魔法をベロニカに教えてもらっているとか何とか言ってたなとカミュは思い出す。

「……まあ、失敗は誰しもあるしな。気にすんな」

 仕方ねえと言うカミュ。ユリと分かった途端、あからさまに態度を軟化させて、ベロニカは呆れた。

「ユリ、炎の魔法使えるようになったんだね。これならかえん斬りも使えるようになるんじゃない?」
「まだ実戦に使えるほどではないんだけど、魔力を変化させることはできたの」

 エルシスの問いに答えるユリは「見てて」と手のひらを差し出した。
 そこからぶわっと炎が生まれて、まるでベロニカのようだ。

「すごい!」
「そこまでできるようになれば、あともう一歩じゃな」
「あたしの指導の賜物ね!」

 得意気に笑うベロニカだったが、次の瞬間「あ」とその場に皆の声が重なった。
 ユリの一瞬の気の緩みは、ピキピキと炎を青く変化させていく。

「……。氷になっちゃった」
「……ユリもまだまだね」

 がっかりするユリに、ある意味器用なんじゃないかとエルシスは思った。


 ……――深く青い美しい海も、時には自然の牙を向く。
 航海の途中、シルビア号は大きな嵐に呑まれ、船体は激しく揺れていた。

「ねえ、これ転覆しない!?大丈夫!?」

 決死に柱にしがみつき、激しい揺れに耐えながらベロニカは叫んだ。
 船はギシギシと軋む音を立て、さらに不安感を煽る。

「こんな大きな嵐は初めてだ……」

 空を飛んでいてうっかり暴風に巻き込まれた時と似ているとユリは思った。
 時々波に船が押し上げられ、体が上下に浮きそうだ。

「ええ、今までに遭遇したことがない大きさの嵐ね。でも、大きな船だしきっと大丈夫よ」
「アリス殿たちもなんとか嵐から抜け出そうと尽力しているはずじゃ」

 同じようにしがみついてるマルティナとロウが励ますように言った。
 船内の隅で、船の揺れに合わせてリンゴがころころ転がる。どれだけ船が激しく揺れているかが見てわかるだろう。

「転がるリンゴが気になって、見ていたらなんだか目が回ってきましたわ……」
「ちょっとセーニャ、船酔いするわよ」

 動くこともままならない状態だったが、しばらく経って、不思議なことにピタリと揺れは収まった。

「どうやら、嵐から抜け出したみたいね」
「ずっと柱にしがみついといて腰が張ったわい」
「……ふぅ。揺れに耐えて疲れたわ」
「ええ、でも、皆さまにお怪我がなくてよかったですわ。……エルシスさまたちも大丈夫でしょうか?」
「私、みんなの様子を見てくるっ」

 そう言って部屋を出て行ったユリを「あの子、意外とタフよね……」そうソファでぐったりしているベロニカは見送った。

 ユリが甲板に出ると、床は水浸しだ。
 雨だけでなく、激しい波が降りかかった海水も含まれているだろう。

「あら、ユリちゃんじゃない!船内は大丈夫だった?アタシたちも怪我はないから安心して。ごらんの通り、水も滴るイイ男状態よ♡」

 そうウィンクして笑うシルビア。確かに全員ずぶ濡れだが、様になっている。
 呆れ顔で濡れた髪をかきあげるカミュに、濡れてオールバックな髪型のエルシス。
 アリスは覆面だが、荒ぶる波を乗り越えた強者のオーラを醸し出していた。

「四人も怪我がなくてよかった」
「一時はどうなるかと思ったけどな。高波に呑まれた魔物が降ってきたりさ」

 魔物たちもびっくりしてたみたいだったと、エルシスはその時を思い出して笑う。

 嵐が過ぎ去った海は、何事もなくて穏やかな顔をしている。

「あ、みんな見て!」
「うわぁ、キレイだ!」
「嵐が過ぎ去った後でしか見れねえ景色だな」

 ユリが指差す先には、厚い雲の隙間から光が差し込んでいる。

 幻想的な光景に、彼らはしばし眺めた。


 あの嵐が過ぎ去った後は、穏やかな航海が続く。
 ユリが甲板に出ると、ひんやりと空気が肌に突き刺さり「ユリちゃん。外は寒いから何か羽織った方がいいわよ」というシルビアの言葉に、外套を羽織ってきて正解であった。

「……わぁ――雪だ」

 ふわりと白い羽が舞うように。
 ユリは知識としては知っていたが、雪を実際に見るのは初めてだった。

 ……綺麗。

 また一つ、ロトゼタシアの美しい景色をこの目に焼きつける。
 ユリはこの世界が好きだ。
 自然も、そこに住んでる人々も、動物たちも。

 だから、守りたいと思う。

「わあ!カミュ!雪だよ、雪!本物だ!」
「お前、はしゃぎすぎだ。ニセモノの雪なんてあんのかよ?……ん、このやりとり前にもしたような」

 ――仲間の、その笑顔も。

 エルシスとカミュの会話に気づき、ユリは二人を見てにっこり笑った。

「エルシス、カミュ!私も雪は初めて見たよ」
「ユリも初めてなのか。まあ、そんな感動するもんでもねえだろ」
「「感動するよ!」」

 同時に言った二人の勢いに、カミュはちょっと怯んだ。

「……お前らは雪の大変さを知らないんだよ。船に積もったら全員総出で雪かきしなきゃならないんだぞ」
「積もったらみんなで雪合戦しよう!」
「雪だるまも作ってみたいな」
「……。子供か」

 はあとため息を吐いたカミュの息は白い。

 ……ああ、あの頃みてえだ。

 冷えた空気は、ずっと蓋をしていた過去の記憶を思い出させる。
 他の色を拒む一面の白。一歩踏み出すごとに足が雪に沈む。

 まるで、逃げ出す自分を許さないというように。

 肌を突き刺すような空気は、息をする度に肺が痛むのだ。
 忘れることのできない記憶は……カミュを幾度となく苦しませる。

「――っくしゅん」
「エルシス、大丈夫?」
「防寒が必要な理由がわかったよ。……カミュはいつものその格好で寒くないの?」
「ん……これぐらいならまだ平気だな」
「カミュは暑さに弱くて、寒さには強いのね」


 隠すように――また、カミュは笑顔を作った。


「じゃあ行ってきます!」

 シルビア号は途中にある港町に停泊した。買い出しと雪国に行く準備を整えなくてはならない。
 エルシスは元気よくアリスに挨拶して、皆と共に港を出る。

 まずは寒さ対策の防寒着を買いに、防具屋へ。
 町行く人は厚手の長袖や、コートや外套を羽織っており、軽装の勇者一行は少々目立っている。

「あたし、モコモコの暖かそうな靴も欲しいわ!」
「私は帽子を被ってみたいです」
「防寒もかねて動きやすい服があればいいけれど……」
「私も。弓ならまだ平気だけど、剣の時は動くから軽いものがよくって」
「いいじゃない♪みんなで素敵になりましょ!」

 女性陣は楽しげにどんな服が欲しいか話ながら店に入った。エルシスたち三人もそれに続く。

「お客さんたちは旅の方だな。ここは北に向かうほど寒さが厳しくなるから、装備をしっかり揃えてきな!」

 大体の旅人は、北国の入口であるこの町で身支度を整えるという。亭主の説明通り、老若男女問わず、防寒着が数多く取り揃えられていた。

 ただ一つ、問題が……

「結構なお値段なんですね……」
「そりゃあ猛吹雪にも耐えるように上質な毛皮や布をふんだんに使ってるからな!」

 想定した金額より、桁一つ多い。

「あの、ここって買い取りもやってますか?」
「おうよ!ここは港町で貿易が盛んだからな。良い値で買い取らせてもらうぜ!」

 エルシスはふしきな鍛冶で作ったものたちや、いらなくなった装備品を売ってみるものの。

(これ、予算が足りない……よな?)

 全員分の装備品は買えそうだが、長旅のための食料も買わなければならない。

「どうかしたか?エルシス」
「あ、カミュ。僕、ちょっと鍛冶で装備品を大量生産してくる!」
「は……?」

 慌てるエルシスに、カミュは何事かと詳しく話を聞く。旅資金が足りないので、鍛冶台で装備品をたくさん造って売ろうと考えたらしい。

「お前……。それ、何日かかると思ってんだ」

 この鍛冶大好き勇者さまなら、本気を出したら飲まず食わずにさらに寝ずに熱中して、短期間で何個も造り上げて来そうだが。

「じゃあカミュのポケットマネーから……」
「まあ、待て」

 自分のポケットマネーからお金を出すのが嫌、というわけではなく。カミュには妙案があった。

「もっと簡単な方法があるぜ。――交易だ」
「交易……?」

 エルシスは首を傾げた。そんな彼をよそに「ちょっとエルシスと二人で資金調達をしてくる」と、カミュは皆に伝える。

「資金不足なら、愛と信頼のゴールド銀行に預けたわしの貯金を引き出して……」
「いいって。じいさん、将来のユグノア再建のために貯めてるんだろ?」
「しかし……」

 渋るロウに再度「心配いらねえ。交易で稼いでくるだけだ」とカミュは伝えた。

「二人だけにまかせちゃって大丈夫?旅の資金はアタシたちにも関わることだし」

 シルビアの言葉に、ユリや双子たちも頷き、マルティナが口を開く。

「そうね。私たちにできることは何かないかしら?」
「僕たち二人で大丈夫みたいだし、みんなは先に買い物しててよ」

 はいとエルシスは近くにいたユリに旅資金が入っているサイフを渡した。私!?と戸惑いながらもユリはそれを丁重に受け取る。

 後で合流しようとなり、彼らは二手に別れた。

「……とりあえず。あたしたちだけでも先に買い物を済ませちゃいましょ」

 ベロニカの言葉にそうだねとユリも賛成し、改めて防寒着を眺める。

「ねえ、ユリちゃん。これなんてどうかしら?」
「シルビアっぽいコートで素敵だね」

 厚手のコートは鮮やかな色で、襟元に派手な装飾。羽織ってみるとシルビアによく似合っている。

「ウフっじゃあコートはこれに決めちゃいましょ♪」
「ユリさま、見てください!うりぼうの着ぐるみです!お姉さまにぴったりじゃないですか!」
「わぁ、可愛いっそれにふさふさしてあったかそう!」
「うりぼうってイノシシじゃない!……あら、でもちょっと可愛いわね。じゃなくて!あたしはこれが気に入ったの」

 ベロニカが見せたのは、特殊な糸で織られた魔法使い用の防寒着だ。

「素敵なデザイン。きっとお姉さまにお似合いになりますわ!」
「それも可愛いけど……。ねえ師匠、この黒猫の着ぐるみも捨てがたいと思わない?」
「まあ、あの猫の着ぐるみに色ちがいがあったのですね!ユリさま、そちらも捨てがたいですわ……!」
「……ユリ。アンタがうさぎの着ぐるみ着るならそれ着てもいいわよ」
「やっぱりそっちの服の方が師匠には似合っていると思う」

 ベロニカの言葉に変わり身の早さでユリは答えた。防寒には適しているものの、町中であの着ぐるみを着るのは恥ずかしすぎる。

 セーニャはベロニカと似たようなタイプのものを選び、マルティナは武闘家用の動きやすそうな毛皮の防寒着に決めた。
 ただ彼女らしく、デザインはちょっぴりセクシー。

「うむ……。ますます丸くなってしまったわい」
「あら。形はまるで雪だるまみたいで可愛いわよ、ロウちゃん」

 シルエットは丸いが、貫禄あるロウに似合う重厚なデザインのコートだ。

(……あ、これ。軽くていいな)

 ユリは淡い色のマントが気になった。
 これなら袖が邪魔にならずに、弓も剣も自由に扱えそうだ。フードと裾にモフモフがついていてデザインも可愛い。
 ただ、生地は熱を保つが、軽い良質な素材で出来ているらしく、金額も他のより少し高い。ユリはこっそり自分のおこづかいから足して、それに決めた。

「ユリは手袋は大丈夫?」
「うん、エルシスが鍛冶で『くらやみのミトン』を造ってくれたの」
「防寒にもちょうどいいわね」

 マルティナの問いにユリはにっこり答えた。くらやみのミトンは闇属性のダメージをちょっぴり軽減する、ユリにぴったりの装備品だ。

 セーニャは気になっていた帽子。ベロニカも欲しかったモコモコしたブーツと耳当てなど、他の装備品も購入する。

 さっそく試着室で着替えた。

「お客さんたち、全員よく似合ってるじゃないか。これならどんな寒さでも減っちゃだな!」

 衣装チェンジをし、防具屋を出た彼女たちは町の雰囲気にもよく溶け込んでいる。

「ふふ、あったかいです。これならここより寒いクレイモラン王国でも大丈夫そうですね」
「ええ、何より気分が上がるわね」

 歩きながらご機嫌に話すセーニャとベロニカ。

「動きやすさも大丈夫ね」
「戦闘にも支障なく動けそう」

 マルティナとユリも満足げに笑い合った。

「さて、エルシスとカミュと合流するまで、観光がてら情報収集でもするかのう」
「そうね。オーブのありかはわかっているけど、旅に役立つ情報も得られるかも知れないし」

 ロウの言葉にシルビアが同意する。
 港町に旅人も多く、各地の話が聞けそうだ――。


 夕刻になり、エルシスとカミュは皆と合流した。
 先に二人は防具屋に寄ったらしく、身支度はばっちりだ。

 エルシスはユリと似たようなデザインのマントを羽織っており、手には皮の手袋。
 カミュは動きやすそうな防寒着に、フードにはファーがついている。
 二人とも雪国仕様の服装だが、雰囲気は変わらず、よく似合っているとユリは思った。

 遅い時間に食料の買い出しは明日にし、彼らは夕食を食べようと酒場に向かう。

 寒い地域では煮込み料理が定番らしく、湯気が漂うアツアツ料理は彼らの食欲を刺激した。

「口の中、火傷すんなよ」
「あ、そうね」

 カミュの注意にユリはこくりと頷き、ふーふーと息を吹き掛け、少し冷ましてから食べる。

「おいしい……!お肉がとろとろに蕩けてて、味は濃いめなのね」
「うんっシチューみたいでおいしい!」

 エルシスも煮込み料理が気に入って、あふあふしながら口に運んだ。

「ワインとも合っておいしいわ」
「こちらの魚のパイ包みも絶品です!」
「寒い地域の料理、あたしも気に入っちゃった」
「うふ、身も心も温まるわよね」

 マルティナ、セーニャ、ベロニカ、シルビアも笑顔を浮かべる。

「そういえば……。確かカミュの好きな食べ物って煮込み料理だったね」

 テーブルに会話が広がるなか、ユリはカミュに言った。
 よく覚えてんなぁと思いながらカミュは「ああ、うまい」と笑顔で頷く。
 ……懐かしい味だ。
 
「そうじゃ、町の散策中に気になる話を聞いてのう」

 食事が進むなか、ロウが話を切り出す。

「気になる話?」
「うむ。最近この付近でデルカダールの兵士たちを目撃されたようなのじゃ」

 ロウの言葉にエルシスの顔がさっと曇った。
 きっと、悪魔の子の捜索範囲がここまでやって来たのだろう。

「注意して行動しないとな……」
「なおさらちゃちゃっとオーブをもらって、命の大樹に行くわよ」

 神妙に言うエルシスに、ベロニカが励ますように言った。
 その言葉にエルシスはふと気づく。

「そもそも命の大樹には何があるんだ?」

 エルシスはユリに聞いた。そういえば……と、皆の視線がユリに集まる。

「命の大樹には、魔王を倒すのに必要な『勇者のつるぎ』が奉納されていると……そう私は教えてもらった」
「勇者のつるぎ……」

 エルシスはそっと呟く。

「確かに魔王を倒せるのは勇者のチカラだけと聞く」
「勇者のつるぎ……名前の通り、きっとエルシスにしか使えない剣ね」

 ロウに続いてマルティナ。

「だから、私たちは勇者のエルシスさまを命の大樹に導くのが使命でしたのね」

 セーニャは隣に座るベロニカに言った。

「ええ……。なんとしてでも最強の武器を手に入れなくちゃ!」
「魔王ちゃんを倒す日も近くなってきたわね」
「ああ、好き勝手してる奴らに引導を渡してやろうぜ!」

 シルビアとカミュの言葉にエルシスも力強く頷いた。


 ――翌日。買い出しも済ませ、再び彼らはシルビア号に乗り込む。
 エルシスとカミュが、ナギムナー村に行った際にフルーツを買ったと知ると、女性陣は喜んだ。


 クレイモラン王国まで、あと半分の航路だ。


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