勇者の交易

 旅資金を調達しに、六人と別れたエルシスは、人をかき分け前を歩くカミュについて行く。

「カミュ。交易っていったい……」
「簡単だよ。この町で他の国の特産品を売って利益を稼ぐんだ」

 カミュはエルシスに詳しく説明した。

「たとえば、サンドフルーツなら暑い国の果物だからこの土地では滅多に手に入らないだろ?希少価値が高いと買い取りの値も高くなる。逆にサマディー王国では特産品なので安く購入できる」
「……そうか!僕たちにはルーラがあるから……簡単に町に行けて、仕入れて売れば、その分の差額が儲けられる!」
「正解。そういうこった」

 まずは相場を知るために交易屋へと向かっているらしい。

「カミュ、まるで商人みたいだ!」
「いや、これがなんとデクからの受け売りなんだよ」

 二人で盗賊をやっていた時に、デクから聞いた話だ。まだカミュと出会う前。へっぽこ盗賊団の一人だったデクは、盗賊業が上手く行かなかった時はそうやって稼いで食い繋いでいたらしい。

「へえ、デクさんって本当に商売の才能があったんだ」
「盗賊の才能がからっきしの代わりにな」

 そんな話をしながら、カミュは交易屋のドアを開けた。チャリンとベルが鳴り
「いらっしゃい」と、眼鏡をかけた主人が二人に顔を向けた。

「よぉ、おっさん。最近、高騰している特産物はあるかい?」

 カミュが聞くと、主人の口からはエルシスもよく知ってる国や町の名前が出てくる。

 サマディー地方の香辛料と香油。ホムラの里のミソに地酒。ソルティコ産の塩。バンデルフォン地方の小麦粉……などなど。
 中でも今、女性たちの間で真珠のアクセサリーがブームになっているという話に、カミュが食いついた。

 真珠といえばナギムナー村。真珠の質がいいので、高価格で買い取ってくれるという。

「よし、エルシス。ナギムナー村に行くぞ」
「オーケー!」

 店を出て、エルシスはさっそくルーラの呪文を唱えた。

 ――ナギムナー村。

 暖かな南に位置する村に、先ほど北国と気温差が激しい。
 訪れると、以前より活気な雰囲気を感じられた。

「おんやぁ……あんたらはこの村を救ってくれた旅人さんたちさ〜」
「こんにちは」

 エルシスは村人に挨拶する。今日は真珠を買い付けに来たと話すと、恩人ということで特別価格で売ってくれるという。

 やった!二人は笑顔で顔を見合わせた。

「ちょっとだけ村の様子を見ていかない?」
「そうだな。……お、南国フルーツが売ってるぜ。北国では出回らないからここで買っていくのもありだな」

 賛成!エルシスは露店に並べられた獲れたてのフルーツを買った。女性陣が喜ぶだろう。

「キナイさんは元気かな?」
「きっと変わらず漁に出てるんじゃねえか」

 そう話ながら港の方に歩いていくと……

「ないっ!ないぞっ!?」

 そんな慌てた声がエルシスの耳に届いた。

「ああっどこにいっちゃったんだよぅ……。このまま、見つからなかったら本当のことが村の漁師仲間にばれるのは時間の問題……」
「あの、どうかしたんですか?」
「……お、おう。旅の者か。すまんが俺は忙しくってな。お前の相手なんかしてるヒマは……」

 そう言いかけた漁師の男は突然がばっと振り返り、エルシスはぎょっとする。

「旅の者!?そうか!その手があったか!」
「え、ええ、旅人ですが……」

 この時――カミュは、また面倒なことが起こりそうだと予感していが、とりあえず黙って見守ることにした。

「なあ、旅人さん!いきなりでなんだが……俺の探し物を手伝ってくれないか?お礼はするから頼むよ!な?な?」
「探し物ですか?いいですよ」

 エルシスはにこりと二つ返事した。

「あ……ありがてえ!それじゃさっそく俺がなくした古い木彫りの女神像を探してきてくれ」
「古い木彫りの女神像、ですか……」
「村中、どこを探しても見つからないところを見ると、漁に出た先で落としちまったんだろう」

 漁に出た先……?おいおいせめて村の中じゃねえのかよ――カミュは心の中でぼやく。

「俺が前の漁で最後に立ち寄ったのはこのナギムナー村のずっと北にある無人島。きっと、そこに木彫りの女神像があるはずだ。木彫りの女神像を無事見つけられたらここに戻ってきてくれ。ただし……このことはみんなにはナイショにしといてくれよ」
「わかりました」
「ちょっと待て」

 ここで今まで黙って見守っていたカミュが口を開く。

「なくした場所までわかってんなら、アンタが自分で探しに行けばいいじゃねえか」

 カミュにしてみれば、もっともな正論だ。

「ワ、ワケあって俺はここから動けないんだ……。頼む!俺の代わりに探してきてくれ!」

 再度頼み込む男に、当然のようにエルシスは引き受けた。

 無人島までどうやって探しに行くんだとカミュは頭を悩ませる。自分たちはルーラの魔法でここまで一瞬で来たが、船は遥か北西だ。

「……エルシス?」

 そこに文字通りの助け船が現れた。

「村に来てたんだな」
「キナイさん!」

 キナイだ。相変わらず無愛想だが、少し雰囲気が柔らかくなった気もする。

「そうだ、カミュ。キナイさんに頼もうよ!」

 エルシスは北の無人島に行きたいと詳しい事情は伏せて、船を出して欲しいとキナイにお願いした。

「構わないが……誰かの探し物を探しにとは、エルシスは筋金入りのお人好しだな」
「それに関しては仲間のオレが保証するぜ?」


 カミュの言葉に、キナイの無愛想な顔にフッと笑みが浮かんだ。


 風向きは追い風。そうかからずに無人島に着くだろうとキナイは言った。
 島に着くまで海底王国でロミアに会ったことをエルシスは話す。

「人魚の王国か……想像がつかないな。でも……、そうか。ロミアが元気そうならよかった」

 逆にキナイはあの後の村のことを話してくれた。
 凝り固まった人魚への嫌悪の払拭はなかなか難しいが、若い世代から少しずつ理解を得られるようにしたいと語った。

「これからは違う、人魚の伝承が広まるといいですね」
「ああ、俺もそう思うよ」


 北の無人島に着くと、目的の木彫りの女神像はすぐに見つかった。
 桟橋近くの浜辺に落ちていたからだ。

 船に乗り込み、来た海路を戻る。

 ナギムナー村に着くと、エルシスは改めてキナイにお礼を言った。
「まあ、また近くまで来たら顔を出してくれ」
 キナイと別れ、二人はその足で漁師の男の元に向かう。

「おおっ旅人さん戻ってきたか!それで……木彫りの女神像は見つかったかい!?」

 エルシスは木彫りの女神像を渡した。

「あ…ああーっ!帰ってきてくれたんだね、ボクのお人形ちゃん!よかった……もう絶対に離さないから!」

 ……………。!?

 見た目から想像できない男の変わりように、エルシスとカミュはぽかーんとする。

「お人形ちゃん……。キミがいない間、もう心細くて悲しくて……お母ちゃんが死んだときと同じくらいつらかったよ」

 ど、どうしよう……とエルシスはカミュに視線を送った。このまま自分たちは何も見なかったことにして、ひっそり立ち去った方がいいだろうか。
 いや、まだ礼の品を受け取ってねえ――カミュの目がそう言っている。

 男は二人の存在に気づいた。

「…………しまった。油断してつい素の自分が出ちまった……。その……村の漁師仲間には秘密にしてほしいんだが、じつはこの人形、死んだおふくろからもらった形見なんだ」
「大事なものなんですね……」

 形見ならその反応も当然……いや、当然ではないかも知れないが。
 エルシスの言葉に、男はゆっくりと語り始める。

「こう見えて俺はひとりで漁に行けないほどのおくびょう者でな……。でも、この人形があれば、おふくろが近くにいるように思えるんだ。この人形のカオはおふくろの微笑んだカオにそっくりでさ。辛いときはこの人形を見て自分を奮いたたせてるんだよ」

 ――良い話だった。気づけばエルシスとカミュは、真面目に男の話に耳を傾けていた。

「ありがとう、旅人さん。アンタが人形を見つけてくれたおかげでまだ漁に出られるぜ。さあ、この礼を受け取ってくれ」

 エルシスは『暴走のカード』を受け取る。

「……とはいえ。ずっとこのままじゃ俺はいつまでたっても半人前のままだ。死んだおふくろに笑われちまう。いつかおくびょうな性格を直して、形見の人形がなくても、ひとりで漁に出られるようにならねぇとな……」

 そんな漁師の男にエルシスとカミュは「応援してます」「頑張れよ」と励ましの言葉を告げて、ナギムナー村を後にする。

 港町にルーラで戻ってきた二人。

 時刻はすっかり夕刻だ。まずは交易屋に行き、ナギムナー村で購入した真珠を売却すれば大儲けだ。

「これでしばらく旅資金は大丈夫そう」
「この方法なら、てっとり早く稼げるな」
「それに、ちょっとハマりそうかも」
「はは、商売に目覚めたか?」

 次にエルシスとカミュは防具屋へ行き、二人も身支度を済ませる。

「僕、このマントがかっこよくていいなー!」
「お、いいんじゃねえか。オレは……これだな」

 これで懐だけでなく、身体も暖かい。町の掲示板にあった仲間のメッセージを読んで、二人は皆との合流を果たした。


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