クレイモラン王国

 クレイモラン地域に近づくにつれ、寒さも厳しくなっていく。
 そして、出現する魔物の種類もその気候に適したものたちだ。

 船上に現れたアイスコンドルは冷たい息を吐きかけてきた。彼らの装備は防寒だけでなく、氷属性の攻撃も軽減するが、

「……っくしゅん」
「ユリちゃん、アタシと交代しましょ!さあ、熱くいくわよ〜」

 寒いものは寒い。ユリはシルビアと交代し、彼は対抗するようにアイスコンドルたちに火を吹きかけた。
 エルシスがギラ。カミュがかえん斬り。マルティナがムーンサルトを放ち、アイスコンドルたちは倒れる。

「船内で暖まってくるといいわ」というシルビアの言葉に、ユリは甘えることにした。

「ユリさま。暖かい紅茶を淹れましたわ」
「ありがとう、セーニャ。……芯から冷えちゃったからあったまる〜」
「雪国を甘くみてたわ……。こんなに寒くなるなんて」
「ほっほ。雪に囲まれるクレイモラン王国の寒さはこれ以上じゃから、心した方がよいかも知れんのう」

 ロウの言葉に、ユリとベロニカは嘘でしょう!?というように顔を見合わせた。

「これ以上に寒くなるなんて、風邪ひかないように気をつけないとね」
「ええ、そうね。ユリ、いざとなったら着ぐるみを着るわよ」
「そうだね……。背に腹は変えられないってこのことね」

 寒がりな二人の会話にくすくすと笑うセーニャ。

「セーニャは寒くないの?」
「私は故郷が標高の高い山の上なので、これくらいの寒さは大丈夫ですが、慣れてない方はつらいですよね」
「じゃあ、師匠が寒がりなんだね」
「それはアンタもでしょ」
「……あ、でも確かに涼しかったかも」

 思い出してユリはぽつりと言った。

「私……セーニャと初めて会った時に、どこかで会ったような気がしてたの」
「ユリさまと初めてお会いしたのはホムラの里ですわね。もしかしたらその前にどこかで……」

 そこまで言って、セーニャはあら?と不思議に首を傾げる。ユリに出会うなど不可能だ。何故なら……。
 ユリは微笑みながら頷く。

「私がまだちゃんと天使だった頃、二人は賢者セニカさまの生まれ変わりと云われていたから、天使界の師匠に連れられて会いにいったことがあるんだよ」

 その言葉に双子はそろって目を丸くして驚いた。双賢の姉妹でも、人間には天使の姿が見えないので「一方的にだけど」とユリはつけくわえた。

「まだ私もセーニャもベロニカも幼い頃で……。二人が森ではぐれて、こっそりセーニャを導いたのは私なんだ」
「……そういえば、不思議な力で道案内されてる気がしたのですが、あれはユリさまだったのですね。ずっと森の妖精さんが助けてくれたのかと思っていましたわ」

 その節は助けてくださりありがとうございます――おっとり言うセーニャとは別に「ちょっとユリ、もっと早く教えなさいよ!」とベロニカは声を上げた。
「今思い出したの」
 ユリはあっけらかんと笑って答える。

「数奇な運命とはこのことじゃな」

 にこやかに会話を聞いていたロウは、仲の良い彼女たちを見ながら言った。


「ふう……やっと着いたわね。ここまでかなり長い船旅だったけど、船酔いは大丈夫だった?もし、気分がすぐれないなら城下町の宿屋で休んでいきましょう」

 クレイモランの港に停泊したシルビア号から降りれば、久しぶりの大地に足がつく。
 気遣うマルティナの言葉に皆は大丈夫だと答えた。

「ねえ、エルシスちゃん見て!雪よ!雪がふってるわ!」
「うわぁ、雪だらけだ……!」
「すごい……!雪ってこんなにいっぱい降るんだ」
「これが銀世界というものなのですね」

 シルビアを筆頭に、エルシス、ユリ、セーニャの元気な声が上がる。
 
「アタシ、ずっとひとり旅をしていたけど、じつは雪国に来たのはじめてなの。もうコウフンがおさえられないわ!」

 うきうきするシルビアに「案外雪を見たことねえやつは多いんだな」とカミュは意外に思った。

 白い息を吐きながら、港を見渡す。

(――帰って、きちまったな)

 あの頃と少しも変わらない。ただ、昔はもっと活気があった港だが、今は何故か閑散としている。
 不思議に思いながら、カミュは前を歩く彼らに続いた。

「う〜寒い寒い!さすが雪国だけあって冷えるわね。早く町の中に入ってあたたまりましょう」
「クレイモラン王国はその美しい城と町並みでとても有名なんですよ」

 震えるベロニカとは違い、のんびりエルシスに話すセーニャ。
 
「せっかくここまで来たのですから、時には勇者の使命を忘れてのんびり観光するのもいいかもしれませんね」
「それって今までとあんまり変わらなくない!?」

 城下町に繋がる桟橋を歩いていると、彼らは旅の商人に話しかけられた。
 
「おや、はるばる海を越えてクレイモラン王国にやってきたのかい。残念だけどムダ足だったね。……えっ、どういう意味かって?なあに行ってみればすぐわかるよ」

 その意味深な言葉に首を傾げながらも「行ってみればすぐわかる」ということなので、そのまま一行は入口である城門に向かった。

「さあ、着いたぞ。ここが美しき都のクレイモラン王国――」
「うー寒い寒い!雪の都とかどうでもいいから早く中に入りましょう!……あら?何か変ね」

 案内するように先頭を歩いていたロウの言葉が不自然に途切れ、続いて入口に駆け寄るベロニカが驚くような声を上げる。

「ひゃっ!これ氷じゃない!みんな見て、城門が凍ってるわ!」
「え、凍ってる?」
「そんなバカな……」
「本当……カチンコチンに凍ってる。さっきの言葉はこのことだったのね」

 城門は厚い氷で覆われていた。エルシス、カミュ、ユリも駆け寄り、不思議そうにまじまじと眺める。

「まあ、ホントですわね、お姉さま。なんでしょう?やっぱりこの寒さで凍っちゃったんですかね?」
「もう、セーニャ!いくら寒いからって城門がこんな風に凍るわけないじゃない。町の人はどうやって生活してんのよ」
「ふむう……たしかに凍っておる。おかしいのう。以前訪れた時はこんなことはなかったんじゃが……」

 ロウも不可思議というように眉を寄せた。
 先ほどの商人がムダ足と言っていたが、確かにこれでは……

「どうすんのよ、おじいちゃん。オーブはクレイモランにあるんでしょう?これじゃ中に入れないじゃない」
「うむ。どうやら正門からは入れんようじゃの。他に入り口がないか、探してみるとしよう」
「ええ、ずっと外にいたら凍えちゃうわ」

 ロウにすぐさま賛成するマルティナは、寒そうに言った。
 厚い雲に太陽の光は届かない。
 途切れることなく降り続く雪。
 氷で覆われた城門は見ているだけで寒々しく、冷やされた海風はぶるりと彼らの背中を震わせた。

 立ち止まっていたら、それこそ自分たちも凍り漬いてしまう。身体を暖めるためにも、彼らは足早に歩いた。

「不思議ね。なんで扉が凍っちゃたのかしら。いくらクレイモランが寒いからって城門まで凍るわけないのに……」
「暮らしている人たちは大丈夫なのかな?」
「そうですわね。町の人はどうやって出入りするんでしょう?普段の生活にこまるはずですよね……う〜ん、不思議ですけど、ここで考えていても仕方ありません。他に入り口がないか調べてみましょう」

 ベロニカ、ユリ、セーニャ。そんな会話をしながら、三人も他に入口がないか探す。

「ねえ、エルシスちゃん。この城壁の向こうにはにぎやかなクレイモランの城下町が広がっているはずなのに、ずいぶん静かだと思わない?」
「……あ、確かに」
「人が生活してるならすこしくらい物音がするはずよね。いったいどうなってるのかしら……」

 しんしんと降る雪は、まるで周囲の音をかき消すようだ。それにしたって、静かすぎる。
 自分たちの声や息遣い、雪を踏みしめるざくざくという音しか聞こえないのだ。
 時おり、枝に積もった雪がドサッと落ちて驚くぐらい。

 奇妙さを感じてくるなか、彼らの前に人が現れた。

「オレはこう見えて郵便配達人なんだ。クレイモランに手紙を届けにきたんだが、そこの城門が凍って入れなくてな」

 話を聞くと、どうやら自分たちと同じ境遇であり、詳しい状況は彼もわからないらしい。

「……そういや、城壁を西側に回り込むと裏門があるって聞いたことがあるな。東側は何もなかったし、そっちを探してみるか」

 裏門があるという郵便配達人から情報を入手し、一行は城壁に沿って反対の西側に向かった。
 やがて現れた赤い扉に、エルシスはまほうのカギを使って開ける。

「……っ」

 ――エルシスは息を呑む。冷たい空気に喉がひりっと痛みを感じたが、それよりも衝撃の方が大きかった。

 目に飛び込んできたのは、よくある町の光景ではない。


 町が、凍りついている――。


 ……いや、町だけではない。

「……ウッ、ウソでしょ。どうなってるのよ。これ、城も町も人も全部凍ってるじゃない……」
「……みんな、さっきまで普通に生活してたみたい」

 ユリは近づいて観察する。町の住人だろうか、歩いている途中で凍りついたようだ。
 ユリはそっと氷に触れて、意識を集中した。

「ほら、お姉さま!やっぱり私の言った通り寒いから凍っちゃったんですよ!」

 自信満々のセーニャにベロニカはうぅと反論に詰まる。絶対違うのに他の理由が思い当たらない。

「町も人も氷漬けになるなんて……。強い寒波がクレイモランを襲って町全体が凍ったのかしら……?」

 マルティナもセーニャと同じような見解を口にするが、すぐに自分の言葉を否定する。

「でも、いくら北方の雪国といってもそれほどの寒波が来るわけないわよね。いったいどうなってるの……」
「いくら雪の都といえど、寒さで町がすべて凍るなどあるはずがない。ひとまず、町の中を調べてみるとしよう」

 神妙な顔つきをしながら、ロウが続てエルシスに向けて言った。
 エルシスも同じ顔でこくりと頷く。

「凍りついていない人がいれば、話が聞けるけど……」

 辺りはしん……と静まり返っており、気配を感じない。

「……この地方が寒いからって町全体が氷漬けになるなんてありえない。必ず何か理由があるはずだぜ」

 カミュも白い息を吐きながら、辺りを見渡した。

「ちょっとユリ!?アンタ何してんの!?」

 エルシスがカミュの言葉に頷いたと同時に――ベロニカの声が静かな場に大きく響き、二人は引っ張られるように声の方へ顔を向ける。

 ユリが凍った人物に覚えたてのメラを唱えて、火の玉をぶつけたところだった。
 蒸気のような白い煙が上がる。
 他の者たちも驚いて目を見開いたが、彼女のその行動は暴挙ではないと、意味はすぐにわかった。

「……見て、師匠。氷が溶けない」
「!炎の呪文でも溶けないなんて……もしかして」
「氷から、魔力を感じますわ……」

 セーニャが先ほどのユリと同じように他の凍りついた人に手を当てると、声を上げた。

「どういうこと……?」
「誰かが、魔法で凍らせたんだよ」

 ――町全体を。

 ユリはエルシスの疑問に、まっすぐとその顔を見て答える。
 すぐに次の疑問が、彼らの頭の中に思い浮かんだ。

 誰が、なんのために。

「この雪の積もり具合から、凍らされてから結構な時間が経ってるみてえだな」

 カミュは雪かきをしている最中に凍ったのであろう人を見ながら言った。
 その人物の上に雪が積もっていないのは、魔力でできた氷だからだろうか。

「クレイモラン王と面会してオーブをゆずり受けるつもりじゃったが、そんな悠長なことを言ってる場合ではないな」

 ロウの言葉に皆は頷く。状況を把握するためにも、町を隅々まで調べることにした。
 もしかしたら、無事な人もいるかもしれない。
 降り積もった雪を踏みしめながら、彼らは町中を歩いた。

 町の中心にある、シンボルような大きな噴水も凍りついている。
 クレイモランを象徴するような、とても美しく凝ったデザインだが、今はゆっくりと眺めている暇はない。

「町の人も動物もすべて凍っていますね。皆さん、ピクリとも動きませんが大丈夫なのでしょうか……」
「うん……心配だ」

 馬も凍っており、エルシスはその固い首筋に触れた。可哀想に……。

「仮死状態になってるみたいだから、氷が溶ければみんな大丈夫だと思うよ」
「そっか。それなら安心だけど……」

 問題は溶かし方だ。先ほどユリの火の呪文では溶けず、念のためベロニカも試してみたがだめだった。

「どうやら、町の人は普段の生活をしながら凍ったみたいね。まるで、時間がピタッと止まったようだわ」
「ええ……城も町も人も全部凍ってるわね。このままじゃオーブについてどころか、この状況について町の人に聞くこともできないわ」

 シルビアに続いてベロニカが困ったように首を振って言った。彼らの視線の先に映るのは、凍りついた人々だけだ。

 コシを抜かしながら凍っている老婆。
 子供とその母親らしき女性は、驚いたまま凍っている。

 一体、何を見て驚いているのだろうか?

「……待って。あそこに煙が上がってるのが見えるわ」

 無事な者を探すなか、マルティナが空に昇る一筋の煙を見つけた。あれは、きっと焚き火の煙だろう。

「凍り漬けから免れた人がいるかも知れない。行ってみよう!」


 急ぎ駆け出すエルシスに、皆も続く。


「きゃっ!」

 そう短い悲鳴が静かな町中に響いた。

「すっすみません!気がつきませんでした。まさか、旅の方が訪れるとは思わなかったので……」
「あっ!あなたは無事なようね。どうして町が氷漬けになったのか、知ってたら教えてくれない?」

 ――火の元へ行くと、そこにいたのは金髪を一つの三編みにした、清楚な雰囲気の女性だった。

 町にいて、唯一の無事だった者。

 何やら分厚い本を熱心に読み更けていたようで、一行が側に来るまで気づかなかったらしい。

 丸い眼鏡の下で、見開いた瞳は戸惑っていたが、やがてベロニカの質問に答えるように口が開く。

「あれは、3か月前の晴れた日のこと。何者かが突然町の上空に現れたのです。そう、あの姿はまさしく魔女!」
「魔女!?まっ魔女って……ほらっよく昔話とか伝説になっているいわゆる魔女のことですか!?」

 間髪入れずに驚きに聞き返すセーニャ。その勢いに逆に驚きながら、彼女は「え、ええ」と頷く。

 セーニャだけではない。

「エルシスちゃんユリちゃん、聞いた!?魔女よ、魔女!おとぎ話には出てくるけど、本当に実在するとは思わなかったわ」
「本当に実在するなんてびっくりだよ。ユリは魔女の存在は知ってた?」
「薬を作ったりおまじないが得意だったりする女性を魔女って呼ばれることはあるけど……。おとぎ話に出てくるような悪さをする魔女が実際にいるんだね」
「どんな見た目をしてるのかしら……。町を凍らせる悪い魔女だからきっとおそろしいカオしてるんでしょうね」
「やっぱりシワシワのおばあちゃんなのかな?」
「魔女っていえば、おとぎ話では人間を食べるよね……」
「はっ、ユリさま。もしや、魔女が街ごと凍らせたのは、人々を食料にするためなんじゃ……」
「!ありえるかも……?」

 シルビア、エルシス、ユリも。魔女という存在に話が盛り上がる四人に「重要なのはそこじゃねえだろ……」と、口には出さず呆れた視線をカミュは彼らに送った。

「あの……続きを話してもいいでしょうか……?」
「あらっ、ごめんなさいね!オホホホ」

 人が良さそうな顔は笑顔を浮かべているが、ひきつっており、困惑が隠しきれていない。シルビアは笑って謝って、三人も同じように笑った。

 ゴホンと咳払いして気を取り直してから、彼女は続きを話す。

「そして、魔女が何やら呪文を唱えると突如激しい吹雪が巻き起こり、すぐに町全体を包み込みました」
「町ごと凍らせるなんて、なんてひどい魔女なの。……なんとか助けてあげたいけど、この氷はあたしの呪文でも溶かせなかったわ」

 町全体の異変は魔女の仕業だとはわかったが、今の彼らに溶かす手立てがない。
 今度は神妙に考え込むその場に、

「ところで……」

 最初に沈黙を破ったのはロウだった。

「その服にある紋章。ずっと気になっておったのじゃが……」

 自然と皆の視線もそこに集まる。彼女が羽織っている暖かそうなマントの背中には、六角形がモチーフの紋章が描かれていた。

「すみません。紹介が遅れましたね。私はクレイモランの女王、シャール」
「なに!?おぬしが女王じゃと。ということは、先代の王はもう……」
「はい。1年前ほど前に亡くなった父から王位を継いだ矢先に、町がこんなことに……。私、もうどうすればいいのか……」

 沈むシャールの声に、再びその場は沈黙が訪れた。

「あたしたち、大変な時に来たみたいね。オーブがどうとか言ってる場合じゃないわ」

 相談するように皆に話しかけるベロニカ。
「オーブ……?」
 話が聞こえて、シャールは首を傾げた。

「あれじゃよ。クレイモラン王家に伝わる家宝のブルーオーブ。ワケあってわしらにはあのオーブが必要なんじゃ」
「ああっ!あの青い宝玉のことですね!あれでしたら今はお城の中にありますので、氷を溶かさない限り中には……」
「なるほど。どっちみち、どうにかして氷を溶かさないとオーブは手に入らないってワケね」

 氷を溶かす何か方法はないか……考えるその場に、シャールがぽつりと呟く。

「もしかしたら、魔女を倒せば氷が溶けるかも……」

 シャールは彼らを見ながら続ける。

「じつは、数日ほど前に来た外国の救援部隊に魔女退治をお願いしたのですが……。苦戦しているのか、全然音沙汰がなくて……」
「そういうことならあたしたちも魔女退治に協力しましょう。凍った人々を放っておくわけにもいかないでしょ?」

 ベロニカはエルシスにそう問いかけたが、返ってくる答えは知っている。
 もちろん、他の皆も同様なことも。
 シャールの顔がぱあぁと明るくなった。

「ありがとうございます、皆さん!魔女は東のシケスビア雪原にあるミルレアンの森にひそんでいると聞きます。ですが、森には魔女だけでなく、魔女に飼いならされた魔獣もいるので気をつけてください」
「魔獣か……覚えておこう」

 シャールの忠告にロウはしかと頷いた。そして、仲間たちに向けて言う。

「では、皆の者。さっそくミルレアンの森に向かうとしよう」
「まずは東のシケスビア雪原へ……だな」

 カミュが東の方角を見ながら言った。
 シャールにお気をつけてと見送られて、一行は凍り漬けの町を後にする。

 クレイモラン王国を元に戻すため、魔女退治。

 王国を覆う氷は魔女の魔力によってできているため、その魔女を倒せば元にに戻るはず――ユリとセーニャも同じ見解を口にしたので、それは確かだろう。

「王国全体を凍らせるなんてシャールが見た魔女ってヤツは、とんでもない魔力を持っているようだな」
「私たちも凍らせられないように気をつけないと……」
「しかも、魔女だけじゃなくて手下の魔獣も一緒にいるんだろ。こりゃかなりきつい戦いになりそうだ」

 カミュとユリがそう話すなか、マルティナが別の話を切り出す。

「シャールさまはくわしく話してなかったけど、ちょっと前に来た外国の救援部隊ってどんな人たちなのかしら?」
「そうねえ……」
「でも、魔女退治に行くくらいだから、きっといい人たちなんでしょう。協力して魔女を退治できればいいわね」

 マルティナの疑問に、シルビアの頭の中にふと思い浮かんだのは、デルカダールの兵士たちだった。
 立ち寄った港町で、彼らを見かけたという情報を小耳に挟んだからだろう。

 アタシの思い過ごしね。そうシルビアは結論づけて「悪い魔女に手こずっているなら助けてあげなくちゃね」そうマルティナに答えた。

「クレイモラン王は亡くなっていたのじゃな。アタマがよく、いつも冷静沈着で人望の厚い王だったから残念じゃわい」
「……そうか。ロウおじいちゃんとクレイモラン王は……」
「じゃが、あやつが残したクレイモラン王国……このまま滅ぼされるわけにはいかん。必ずや魔女を倒し、町の氷を溶かすのだ」

 ロウと顔を見合わせ、エルシスは力強く頷いた。

 シケスビア雪原に足を踏み入れる。
 彼らを歓迎するかのように、雪は止んでいた。

 雪原という名の通り、見渡す限りの雪景色だ。
 辺りの木々も雪を被り、色のない世界がそこに広がっていた。

 風が吹き、彼らの目の前で雪が舞い上がる。
 雪国特有の冷たさと清々しさが混ざった空気が、エルシスの頬を撫でた。

「……北国の寒さには気をつけろよ。旅人の中にはこの地方の寒さを甘く見て、雪原で凍死する者もいるんだ。どんなに眠くなっても寝ちゃダメだぜ。油断すると、そのままあの世行きだからな」

 カミュの忠告を、エルシスはしっかりと受け止めた。

「さあ、エルシスさま。チカラを合わせて魔女を倒しましょう」
「ここからミルレアンの森に行けるんだね」

 寒さに頬を赤らんだセーニャが、いつものようにエルシスに声をかける。
 続いて言ったユリの鼻先も赤く染まっており、寒いのは全員同じだ。

「うん。――行こう」

 自分を鼓舞するように、エルシスは笑顔で答えた。
 凍り漬いた人たちは、もっと寒い思いをしたかも知れない。
 早く解放してあげたい――その思いが雪で取られる足を、また一歩踏み出させる。


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