シャールとリーズレット

 カミュを除く一行は、クレイモラン城へと向かう。
 丸みを帯びた屋根は宮殿のようで、町並みと同じような美しい造りに、ほぅと彼らは感嘆なため息をもらした。

「お前、魔女を見たよな!?見てないなんて絶対ウソだろっ!すぐそこを飛んでたじゃないか!……はっ!さてはお前、また居眠りをしてたな!」

 開放的な門を警備する衛兵たちだが、何やら騒がしい。

「なあ、聞いてくれよ。先輩が空飛ぶ魔女を見たって言うんだ。いいトシして、ホント信じられないよね。もう子供じゃないんだから、伝説と現実の違いくらいわかってほしいよ。変な妄想に付き合うのはもうコリゴリさ」

 もう一人の後輩衛兵がやれやれと肩を竦ませて言った。

「ううむ……。たしかに見たんだが……。なあ、キミは伝説の魔女がこの世界に実在すると思うか?」

 反対側に立つ衛兵もそう呟いてから、ちょうど近くにいたエルシスに尋ねた。
 はいと答えるエルシス。その伝説の魔女なら、自分が抱えている本にまさに封印されている。

「そうか……。じつはな、その魔女を見たんだ。中央の広場の上で不気味にほほえむ氷の魔女を……。伝承の通りクレイモラン王国を襲いにきたと思ったんだが、いつの間にか姿が見えなくてな。どういうことだ……」

 やっぱり、みんな凍らされたときの記憶はないみたいだね――小声で言ったユリの言葉に、彼らを見ながらエルシスも頷いた。
 不思議そうな衛兵たちを通りすぎ、石畳の階段を上がる。

 ……ねえ。……ちょ……まっ……。き……えますか?

 エルシスの足が止まった。どこからかそんな声が聞こえてきて、きょろきょろと辺りを見回す。

「セーニャ。アンタ、今何か言った?」
「え?何も言ってませんわ。お姉さま、急にどうしたんですか?」
「変ね……聞きまちがいかしら。まあいいわ、行きましょ」

 ベロニカにも聞こえたようだが、セーニャは不思議そうな顔をしている。
 エルシスは空耳だろうかと、先に城の中に入っていく仲間たちに続いた。

「あなたが女王さまのお招きした客人ですね。女王さまは、城の奥にある玉座の間であなたをお待ちしています」

 城の中を警備している兵士に声をかけられ、奥へと進んだ。
 城の中も町並みと同じように美しい造りだ。
 天井までも凝っており、ついつい彼らは見上げて歩いてしまう。

「この城は頑丈な石造りで外の寒気をさえぎっているから、いつもあたたかく保たれてるんだけど……。今日はいつもより城の中が冷えてるような気がする。外はそれほどでもないのに不思議だよね」

 ずっと氷に閉ざされていたからだろう。確かにちょっと寒い。

(……ん。この歌は……)

 玉座の間を目指して歩いていると、どこからか軽快な歌が聞こえてきた。

 今度は空耳ではないようだ。

「エルシス、あそこ……」

 何故なら、その歌はユリにも聞こえているようだから。

「ああ、ヨッチヨッチ、どこへ行く〜♪昨日はアッチ〜今日はコッチ〜明日はきっと、キミの町〜♪」

 大きな鏡の前にいるのは紫色のヨッチだ。前にも聞いたことがある歌を歌っている。

「……おや、勇者さまこんにちは。気分転換に気持ちよく歌ってたんだ。さあ、ボクの見つけた合言葉を教えてあげる!」

 エルシスは気分転換ヨッチに合言葉を教えてもらった。ヨッチは合言葉を教えるとどこかへ消えてしまう。

「ねえ、エルシス。城にいたってことは、ヨッチも凍ってたのかな……?」
「確かに……。あとあの歌、ヨッチ族で流行っているのかな?」

 二人の間にちょっぴり疑問が生まれた。

「エルシスちゃーん、ユリちゃーん。二人して鏡を見つめて一体どうしたの?」

 シルビアに呼ばれて「今行く!」と二人は皆の元へ向かった。

 ……だま……れ……

「……ねえ、ユリ。今声が聞こえなかった?」
「うん、微かにだけど……。ヨッチじゃないよね」

 二人が不思議そうに顔を見合わせていると「ちょっとセーニャ!だまれってどういうことよ!?」何やらベロニカが怒っている。

「お姉さま、急にどうされたのですか?だまれなんて、私、言っていませんよ」
「え?……ウソでしょ」
「師匠、私たちにも声が聞こえたよ」

 ユリの言葉にエルシスも頷く。

「さっきも微かに聞こえたのよ。なんだか気味が悪いわね……。早く女王さまの所に行きましょ」
「なんでしょう?死者の声でしたら、ユリさまにしか聞こえないでしょうし……」
「セーニャ、こわいこと言わないでよ」


 だまさ……れて……いけ……せん。わたしが……ほん……も……なんです


 再び声が聞こえて、エルシスは一人足を止めた。
 辺りを見回すが、やはり近くには誰もいない――。
 しばし頭を悩ませたが、考えても仕方ないと、エルシスは皆の後を追いかけた。


 玉座の間に来ると、最初にエッケハルトが彼らを出迎えてくれた。

「クレイモランが元の姿に戻ったのもすべては君たちのおかげだ。本当に感謝してもしきれん。そのお礼に女王さまが直々にオーブをお渡しになるそうだ。そこの階段を上がり、謁見するといい」

 階段を上がり、玉座の前に並ぶ彼らを、今度はシャールが出迎える。

「皆さん、よくいらっしゃいました」

 クレイモラン女王らしい微笑みだ。

「さっそくブルーオーブを差しあげましょう。さあ、もっと私のそばに……」

 彼女に促され、皆の代表として足を進めるエルシス。

 ――ちょ……まっ……

「……?」

 また……。謎の声が再び聞こえて、エルシスは足止めた。
「どうしたのよ、エルシス。早くオーブを受けとりましょ」
 何やらきょろきょろとする彼に、ベロニカが近寄って声をかける。

 ――……ちょっとまって

 今度はそうはっきりと聞こえた。エルシスとベロニカは顔を見合わせる。

 声はすぐ近くだった。もしかして……

「ねえ、エルシス。その本から声がしない?」
「うん、僕もそんな気がしたんだ」

 エルシスは横に抱えて持っていた封印の本を見つめる。
 導かれるように本を開くと――

「待って!私が本物のシャール!目の前にいるのは魔女が化けた偽物よ!」
「!」

 開いたページが光り、声はそこから響いていた。
 
「えっ!?そっそんなワケないでしょ!皆さん、ダマされてはいけません!本の中の魔女がウソをついているのです!」
「しつこいわね。あたしたちが二度もダマされると思ってるの?封印されたんだからおとなしくしてなさい」

 玉座に座るシャールに続いて、ベロニカも本に向かって言った。

「違います!エッケハルトの呪文の詠唱が途切れたことで封印は失敗したんです!私を信じてください!」

 封印は失敗……?

「確かにあのとき、呪文の詠唱は途切れた……」
「うむ。魔女は本に吸い込まれたからてっきり成功したと思っとったが……」

 ユリの思案する声に、ロウも同様に続いた。
 呪文が不完全なのもあり得るという二人の見解。
 呪文に詳しい二人が言うなら、この本の中にいるシャールが本物の可能性も……?

「エルシスさん!封印は成功しました!魔女のウソにダマされてはいけません!私を信じてください!」
「え、ええと……」

 エルシスにはどちらが本物なのかわからない。どうすればと困っていると……

「お待ちなさい!どちらが本物か、10年間シャールさまの教育係を務めた私が見やぶって見せましょう」

 エッケハルトが声を上げ、その場は彼に委ねることになった。

「どちらが本物のシャールさまか、確かめるため、私の質問に答えてもらいます!」

 ごくりとその場の空気が引き締まる。

「では、さっそくいきますぞ!クレイモランに代々伝わる家宝とは何か?父上の教えを受けた女王さまならわかるはず!」
「ふふん!そんなの楽勝よ!ここにあるブルーオーブこそ、王家の家宝!私が本物だもの。間違えるハズがないわ!」

 自信満々にそう言ったのは、玉座に座るシャールだ。隣に佇む大臣が持つ、ブルーオーブを見ながら。

「ほほう。なるほど、ブルーオーブですか。承知しました」

 確認するようにエッケハルトは言うと「では、そちらはどうでしょう?」次に本の中のシャールに尋ねた。

「厳しい冬を耐えぬき、勤勉にはたらくクレイモランの民。それこそが、この国の宝。お父さまがいつも言っていたことです」

 真摯な声と言葉が本から響く。待機していた兵士たちの間にざわめきが走り、彼らは頷いた。

 どちらが本物のシャールか。

 エッケハルトが答えを聞かなくても、エルシスたちにもわかった。

「そう!それこそクレイモランに伝わる王族の教え!すべてが明らかになりました!本の中のシャールさまこそが本物!」
「そっそんな……ウソ!何かの間違いよ!」

 立ち上がり、弁解するシャールを「怪しい……」ベロニカの疑惑の目がじっと見つめる。
 ベロニカはずんずんと歩き、シャールの元までやって来た。
 素早く手を伸ばし、シャールの首もとに巻かれた布を払う――!

 その下の首に巻かれているのは、白い真新しい包帯。

「あのキズは師匠がつけたもの……!」
「あら、またばれちゃった♪もういいわ。降参よ、降参」

 
 あっさりと彼女は白状し、降参宣言をする。
 再び丸眼鏡を投げ捨てれば、まるでそれが合図のように……

「な、なんと……!」
「魔女が女王さまに化けていただと!」

 シャールの姿は氷の魔女、リーズレットの姿に変わった。

「……っ!」

 続いて、エルシスが持つ本が光り輝き、中からシャールが飛び出す。

「シャールさま!」

 本物のシャールだ。よろける彼女を慌ててエッケハルトが支えた。

「女王さまが魔女になって……本から女王さまが出てきおった!こっこりゃどうなっとるんじゃ!」
「シャールさま、いつもと雰囲気が違うと思ったら魔女が化けてたのね!あの魔女、もしも女王さまに危害を加えたら容赦しないわよ!」

 その場は混乱する。驚愕する大臣に、側近である女剣士は腰から剣を抜く。

「まさか……二度も騙されるなんてね」
「ええ、あの魔女はかなりの策士ね」

 シルビアとマルティナもいつでも武器を取れるように警戒した。
 周囲の様子を見て、リーズレットはふっと目を伏せる。

「せっかく取り戻した魔力もなくなったし、私にはなんのチカラも残ってないわ。煮るなり、焼くなり、好きにしなさいな」

 リーズレットの口から出たのは諦めるような言葉だった。

「クレイモランの兵よ!魔女を捕らえるのだ!」

 エッケハルトの命に従い、素早くリーズレットに槍を向けて取り囲む兵士たち。
 抵抗しない彼女を見ると、本当に白旗を上げているようだ。

 ついに伝説の魔女もここまで――

「待ってください!」

 兵士たちが取り押さえようとしたところを、シャールがリーズレットの前に飛び出した。
 両手を広げ立つ姿は、明らかにリーズレットをかばっている。

「じょっ女王さま!何をなさるのですか!?」
「くっ、魔女を攻撃しようにもあれでは女王さまに当たってしまう!そこをおどきください、女王さま!」
「なぜ、魔女をかばうのですか!?」

 焦燥する声がその場に飛び交う。

 シャールの行動はさらなる混乱を招いた。
 女王に武器を向けることはできず、取り囲んでいた兵士たちは一旦下がっていく。

「シャールさま……」
「自分の本の中に閉じ込めた魔女をかばうなんて……女王さま、どうしちゃったのかしら。でも、あの目を見る限り、魔女に操られているようには見えないわね」
「うん……きっと何か」

 理由があるんだ――彼らは、慎重に事の成り行きを見守る。

「シャールさま!そこをどいてくだされ!魔力を失ったとはいえ、そやつは氷の魔女!近づいては危険です!」

 エッケハルトが説得するように言うが、シャールは静かに首を横に振る。

「皆さん、聞いてください。クレイモランを氷漬けにした彼女の行いは、決して許されるものではありません。でも、私が本の中に閉じ込められている間……」

 シャールはリーズレットを庇う理由を話した。

「彼女は女王の重責に押しつぶされそうな私の相談に乗り、悩みを聞いてくれたのです。彼女の明るい言葉を聞くたび、父を亡くした悲しみは和らぎ、女王という責務に対してもふたたび向き合っていける気がしました」

 "氷の魔女"と恐れられているだけではない一面。
 シャールは、彼女に救われたという。

「お願いします。もう、彼女に悪さができるほどの魔力は残っていません。命だけは助けてあげてください」

 シャールは懇願するように、その場にいる全員に向けて言う。
「シャール、あんたってコは……」
 リーズレットは自分をその庇う背中を見つめた。

 女王の真剣な言葉に、どうするべきかとどよめきが走る。

「ねえ、エッケハルトさん。女王さまがここまで言ってるんだから、助けてあげてもいいんじゃない」

 ベロニカの言葉にエルシスも続く。

「僕からもお願いします。もう、彼女は悪さをしない気がするんです」
「うむ。シャールさまはこの国の王。その王が決めたことならば、我は臣下はよろこんでしたがいましょう」

 嬉しそうなシャールとは反対に、リーズレットはそっぽを向いた。

「ふん、お人よしな娘ね……」


 こんなお人よしな女王さまじゃ、心配になっちゃうじゃないの。


「――リーズレットよ。おぬしに聞きたいことがある」

 一件落着、という場に。ロウが彼女に聞かねばならない話を切り出す。

「なぜ、クレイモランを氷漬けにしたのか、その理由を教えてくれんか?」
「それはね、あの方が助けてくれたからよ。そう、私を本の中から出してくれた美しいカオをしたあのお方……」

 最後はうっとりして言うリーズレット。あのお方を思い出しているようだ。

「もう知ってると思うけど、私、大昔に図書館にある本に封印されたの。本の中は泣きたくなるほど退屈だったわ。でも、3か月前、あのお方が現れ、本の中の私にこう言ったの――……」

『お前を本から出してやろう。その代わり私の言うことを聞くんだ』
『あなた、イイ男ね。助けてくれるのならなんだってしてあげるわ。で、その頼みってのは何かしら?』
『お前がクレイモランを氷漬けにすれば、私と同じペンダントをつけた英雄と呼ばれる男が現れる』

 その男……グレイグを倒せ。

「それで、まんまとやってきた英雄を利用して、魔力を取り返すために聖獣を倒させたの。あとはあなたたちの知っての通りよ」

 リーズレットを復活させた男は、グレイグを倒すことが目的だった……?

「グレイグと同じペンダントをつけた男か……。その男の名はなんという?」
「さあ?名前までは知らないわよ。私の封印を解いた後、すぐにいなくなったから。まあでも、とにかくイイ男だったわね」
「ふむう……」

 悩むロウの隣で、マルティナも眉を潜めて考える。

(グレイグと同じペンダントということは、お父さまがあげたペンダント。まさか……でも……)


 彼だとしたら、グレイグを倒す目的はなに……――?


「エルシスさん、皆さん。この度は本当にありがとうございました。お礼にこのブルーオーブを差しあげます」

 エルシスはシャールからブルーオーブを受け取った。

「ねえ、女王さま。オーブもクレイモランに伝わる大事な宝なんでしょ。もらっちゃっていいの?」

 探し求めていたものだが、いざもらうとなると躊躇してしまう。
 そんなベロニカの問いに、シャールは穏やかな微笑みと共に答える。

「いいんです。お父さまが言ったように、クレイモランの民こそ、我が国の宝。皆さんがその宝を救ってくれたのですから」

 女王としてのシャールの言葉に、ベロニカは納得して微笑んだ。

「それならありがたくもらっておくわ。これからも女王さまとしてがんばってね。プレッシャーなんかに負けちゃダメよ」
「心配しなくていいのよ、おちびちゃん。これからは私が付き人としてシャールを守ってあげるわ」
「ちょっと!おちびちゃんはやめてよね!」

 そんなリーズレットとベロニカのやりとりに、その場に笑顔が生まれた。
 すっかり側近という立場に落ち着いているリーズレット。

「ここにいる間は私がシャールを守るわ。住まわせてもらってるんだもの。それぐらいはしないとね」

 最強の護衛だと、何より戦った彼らが知っている。

「それに、この子にはいろいろな悩みがあるみたいだから、私が相談に乗ってあげるつもりよ」

 最後はぱちんとウィンクをして。

「氷の魔女のことは心配いらないと思うわ。リーズレットとシャールさまの間には強い信頼関係があるからね」
「シャールちゃんとリーズレットちゃん。あのふたりの友情、いいわね。アタシもあんな友達ほしいわ……」

 マルティナに続いてシルビアも、二人を見て微笑ましそうに言った。

「……なんちゃって冗談よ!アタシにはもうエルシスちゃんという心を許し合える大親友がいるからね!」
「ははは、ありがとうシルビア。僕もさ」
「いやーん♡アタシたち、相思相愛ね!」
「いろいろあったけど、ブルーオーブも無事手に入ったし、とりあえず一件落着してよかったわね。もう城の中でやることもないでしょ。女王さまたちにあいさつして早く外に出ましょう」

 そうだなとエルシスはベロニカの言葉に頷き、改めてシャールと向き合う。

「では、シャール女王。僕たちはもう行きます。皆さん、お元気でお過ごしください」
「エルシスさんたちの旅の武運を私たちもお祈りしてますわ。それに……くわしくは存じませんが、あなたはとても大切な目的のために旅をしてあるのでしょう?」

 続いてシャールに尋ねられ、エルシスはどう答えようか戸惑った。

「いや、僕たちはただの……」
「そんな、隠さないでください……。エルシスさんの意思のこもったそのまなざし……。私にはわかりますわ」

 対してシャールは、真剣な眼差しをエルシスに向けて話す。

「私だけでなくクレイモランの民は皆、あなた方の冒険を応援しています。必ずやあなたの使命を果たしてくださいね」
「……ありがとうございます」

 心強い言葉をもらい、エルシスは微笑と共に答え、最後に一礼した。

「なにがなんだかわからんが、どうやら万事がうまく解決したようじゃな。そなたたちには礼を言うぞ」

 踵を返すエルシスに話しかけたのは、隣に控えていた大臣だ。

「しかし、シャールさま悩みがあるならこのわしに相談してくれればいいものを。やはり、わしでは頼りなかったか。……ショックじゃ」

 こっそりと吐き出し、しょんぼりする大臣。たぶん頼りにならないのではなく、同性の方が相談しやすいこともあるんじゃないかとエルシスは思った。

「あの氷の魔女がシャールさまの相談にのるとはな。人は見た目によらないものだ。まあ、これで今回の騒動は一件落着。魔女が悪さしないと約束できるのであれば、城にいても構わんだろう……」

 リーズレットに寛容なエッケハルトだが、やはりその場では賛否両論の意見だ。

「クレイモランの言い伝えでは、氷の魔女は世にもおそろしい魔女とされてるわ。ホントに信用していいのかしら」
「魔女のことは気になるが、女王さまが信用されているのだからそれほど心配することはない」

 二人の女性の衛兵は正反対の意見を口にする。
 だが女王さまが決めたことなら……と賛成意見が多いようだ。

「女王さまがご無事なら、このクレイモラン王国は安泰だからな」

 シャールは国民を愛しているが、また国民に愛されている女王でもあった。
 どこか清々しい気持ちになりながら、一行は玉座の間を後にする。まずはカミュと合流だ。

「リーズレットさんを禁書の中から復活させた人、気になりますね」

 その際、セーニャは隣に歩くユリにぽつりと言った。一つだけ、残ったのは気がかり。

「その人の目的はグレイグ将軍を倒すこと?でも、なんのために……?う〜ん、大きな謎が残りましたね」
「グレイグと同じペンダントを持つものだから、デルカダールの……」

 さこでユリの言葉は途切れた。マルティナは「お父さまからもらった」と言っていたから、それなりに身分が高いものだろう。
 そして、禁書の封印を解くことができる……。
 考えながら、ユリは仲間たちと共にクレイモラン城を後にする。


「あれ、カミュじゃない?アンタ、こんな所で何してんの?」

 ベロニカの声に顔を上げるカミュ。城門前にイケメンがいると女性たちが噂話を耳にしたが、カミュのことだったのかとエルシスは納得した。

「オレのことはどうでもいいだろ。それよりもブルーオーブは手に入ったのか?」
「もちろん!全部、魔女の正体を暴いたあたしのおかげなんだから、ちょっとは感謝しなさいよ」
「へーへー」

 いつものやりとりをする二人。その様子にクスリと笑う面々とは別に、その難しい顔にセーニャは気づいた。

「ロウさま、何か気になることでも?」
「いや、少し考えごとをしていただけじゃ。魔女をそそのかした男……少々気になってな」
「英雄グレイグと同じペンダントを持つ男……。たしかに気になりますね。その者がウルノーガなのでしょうか」

 二人の会話を聞いて、マルティナは口を開きかけるが、まだ確証がない。
 彼以外にも父のペンダントを持っている者がいる可能性もある。マルティナはそのまま口を閉じた。

「わからん……。まあ、ここで悩んでいても仕方がなかろう。今のわしらにできることは真実を求め、大樹へ向かうことだけじゃ」

 その時、エルシスのポーチに入れている虹色の枝がかがやきだした。
 取り出すと、彼らの頭の中に光景が浮かぶ。

 ユグノア城跡地で見たのと同じ、森の中の祭壇の光景だ。

「エルシス。始祖の森に向かい、命の大樹への道を開こう」

 ユリの言葉に深く頷くエルシス。
 皆も同様な真剣な顔つきになった。
 始祖の森は、シケスビア雪原を東に抜けた先にあるという。
 
「わしらの旅はまだまだ続くぞ。いざ行かん!命の大樹のもとへ!」

 びしっと空を指差すロウ。その方角には命の大樹はないが……ユリは黙っておくことにした。
 その代わりに「……ん?」と、何かに気づく。

 ロウのリュックから何かが落ちたのだ。

「あわわっ!ダメじゃ!見てはイカン!」

 拾おうとしたユリに、ロウは慌てて本に覆い被さる。
 本の表紙はセクシーなバニーガール。
 この展開、前にもあったような……皆はやれやれと呆れて首を横に振った。

「ロウさま!古代図書館で熱心に読んでいたのはこれだったんですね!」
「ロウさま……。旅先でそういうものを集めるクセ、まだ治ってなかったのですか」
「フケツよ、ロウちゃん!」
「あーあ、おじいちゃん。かっこよく決めたのに台無しじゃない」
「ロウおじいちゃんにはがっかりだよ!」
「あれは……ウフフ本?」
「ああ、ウフフ本だ」

 一部の者を除き、この地に流れる空気と同じような、冷ややかな視線がロウに集まる。

「みんな、行きましょう」

 マルティナを筆頭に、皆の足が地面にしゃがみこむロウを通りすぎていく。

「まっ、待ってくれ!違うんじゃ!これはっ……これはぁぁーーーっ!」


 必死な彼の叫びが、賑やかになった港に響いた。

 
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