デルカダール神殿・前編

 キャンプ地から南に下れば、平原からデルカダール神殿に続く石畳の階段が姿を見せた。

 これを上がるのかぁとユリはどこまでも続く階段を見上げ、げんなりしたが、そうも言っていられない。

 なんてことなく階段を登って行く二人についていく。

「カミュ。神殿の警備は甘いらしいけど、兵は増えてるんだよね?どうやって侵入するんだ?」

 階段を上がりながらエルシスが聞く。

「あーそれはだな…」

 いつもの彼なら即答だが、珍しく言葉を濁した。(なんも考えてねえんだよ、これが)

 深夜、ユリがテントに入った後、彼女の言葉の続きやら何やら悶々と思考を巡らし、次にエルシスや今後のことなどを考えていたら気付けばすっかり朝だ。
 そもそも、今日ここに訪れるとは思っていなかった。
 エルシスの体調から見て、もう一日はキャンプ地に留まると踏んだカミュの予想は見事に外れた。

 そして、その場の空気と流れでここまで来てしまい、ぶっつけ本番にカミュは賭けることにした。大丈夫だ。オレならやれる。予期せぬ事態に襲われたことは過去に何回もあった。その度に、ひらめきと機転とほんの少しの運で乗り越えてきた。

 それに、今はポンコツデクより頼りがいがある勇者さまが相棒だ――。
 カミュはエルシスの肩にぽんと手を置いた。
 信頼しているという意味合いだ。

「……なあ、おとり作戦というものがあってだな」 
「さっき僕のこと相棒って言ったばかりだよ!?そりゃあ格好のエサだけどっ!」
「冗談だよ」
「いーや、目が本気だったね!」

 ぎゃあぎゃあ言い合う二人に「元気だなあ……」とユリは遠い目をして見上げる。
 物理的にも距離が開いている。

「ユリ、大丈夫?」

 気づいたエルシスが後ろを振り返り、頭上から声をかける。

「ごめん、二人とも、先に行ってて〜」

 ユリは気の抜ける声で返事をした。

「どっちにしろ偵察してくるから、もう少し上の方でエルシスと待ってろ!」

 そう言うとカミュは、身のこなし軽く、階段を二段おきに駆け上がり行ってしまう。(え、……超人?)

「ユリ、ここまでがんばれー」

 エルシスが応援してくれたが、特にゾーン状態になることもなく、ユリは地道に階段を上がった。


 様子がおかしい――偵察から戻って来ると、そう二人に告げたカミュ。
 神殿前にも仮住まいのテントにも、兵士が一人もいないという。

「……なんか、不気味だね……」

 カミュの言う通り、そこに兵士たちが滞在してた痕跡はあるのに人の気配はない。

「何かあったのは間違いなさそうだ……神殿内に入ってみよう」

 エルシスの言葉に三人は内部に足を踏み入れると、その光景はすぐに目に飛び込んできた。
「っ!これって……!?」
 エルシスがどういうことだと声を上げる。

 切り裂かれた傷を負った兵士たちが、床に倒れていた。

 すでに全員、ことが切れている。

「おいおい。どういうことだ、これは……。いったい誰がこんなことを……」
「魔物の仕業、だよね……」

 カミュが兵士たちを眺めながら言った言葉にユリが続いた。
 こんな大きな爪痕、魔物以外に考えられない。
 ユリはぞっと体を震わせた。

「うん……?奥から風を感じるな……」

 部屋の奥には大きな石像がある。
 デルカダールの象徴の二頭の鷲が、剣や斧…これは松明だろうか――掲げている石像だ。

「後ろに、階段があるよ」

 エルシスは像の後ろにぽっかりと地下へ続く階段があるのを見つけた。

「レッドオーブはこの奥だろうな。……進むぞ、エルシス、ユリ」

 通り抜ける風の音が悲鳴のように。
 ユリはごくりと息を呑み込み、二人の後ろについて階段を下りる。

 兵士のひとり、ふたりと亡骸を見送りながら三人は進む。
 壁には明かりが灯されており、見通しはいい。

「怖い…?」

 エルシスがユリに聞いた。

「うん……。それに、痛かっただろうなって……」

 ユリはそう答えながら、横目に倒れる遺体に、憐れむ目を向ける。
 どの遺体もズタズタに切り裂かれているのが特徴で、酷い有り様だ。
 この魔物と戦うことになるのだろうか。

「もしかしたら、まだ奥に潜んでいるかも知れない……慎重に進もう」

 こうもりが頭上を飛び去り、ユリは咄嗟に隣にいたエルシスの腕の服を掴み、身を縮める。

「……ん、なんだ、書いてあるな……」

 カミュは一人の兵士の遺体が不自然な姿で倒れているのに気づいた。
 血文字だ。最後の力をふりしぼって兵士が書いたメッセージのようだ。

 カミュは読み上げる。

「祭壇の間へ急げ……オーブが……あぶな………ここで文章が途切れているな……」
「オーブが危ない、かな?その祭壇の間へ急いだ方がよさそうだ……」
「ああ、せっかくこうして記してくれたんだ。オレたちが無事に手に入れてやろうぜ」

 にっとカミュが笑うと、その笑顔に二人の肩の力が僅かに抜けた。
 そこからさらに階段を下りて行くと、魔物の姿を確認する。

「こんな所にも魔物が……そもそも何の神殿なの?」
「さあな。だが、魔物は昔から住み着いていたらしく、立ち入り禁止にはなっていたな」

 だからこそ、レッドオーブを保管するには安全だったのかも知れねえ――そうカミュはつけ加えた。

「あれ、何してるんだろうね?」

 いたずらデビルに似た姿のインプが、三匹頭を突き合わせているのに、ユリは気になっていた。

「井戸端会議とか?」
「どこのおばちゃんだ」

 エルシスの言葉につっこむカミュ。一見和やかな雰囲気で進んでいるが、魔物がいる以上そうはいられない。

「エルシス、ホイミスライムから倒すぞ!」
「分かった!」

 この神殿に巣くうホイミスライムの厄介さに早々に気づいた三人は、標的をそれに絞る。

「ああ!また回復された!」

 悔しがるエルシスの声がその場に響いた。
 可愛い見た目に騙されるなかれ。
 その名の通りホイミを使い、一緒に現れた魔物や自身をすぐに回復してしまうのだ。

「まかせておけ!」

 スリープダガー――カミュがホイミスライムを眠らせた。
 これでしばらく他の魔物に集中できるだろう。

「えい!――やった!インプは倒したよっ」
「「ナイス!」」

 二人からの言葉にユリが喜ぶのも束の間だった。

「痛いっ……!!」

 後頭部に鈍痛が走り、衝撃のままユリは前のめりに倒れる。
 二人の心配した声が聞こえるなか、ユリは頭を擦りながら立ち上がり、宙を飛び回るヤツを見上げた。

 メタッピーだ。

 ユリはこの魔物がすでに嫌いだった。
 すばしっこく空を飛び回るメタッピー。
 その動きに、カミュが唸るほどの弓の腕を持つユリでも狙いにくく。当たったとしてもメタルボディに対して、矢では大したダメージを与えられない。

 そもそも、最初の出会いからして最悪だった。

 ヤツらは地面に丸く転がっており、なんだろうと好奇心にまかせてユリが近づくと。「うぐっ!」カミュの制止も間に合わず、飛び上がったメタッピーのメタルボディがユリの顔面に直撃。
 鼻血が出なかったのが幸いだ。

 メタッピーは無事二人に倒され、かわいそうにとエルシスが優しくホイミをかけようとしたところ、カミュの手が制止した。

「好奇心のままに動きやがって。お前の大事な顔に傷がついたらどうするんだ。ダンジョンの中には危ねえ仕掛けだってある。これに懲りたらもっと慎重に動け」

 ……と。ユリ以上にユリの顔を心配し、説教をし。極めつけは「こいつは罰だ」とやくそうを強引に彼女の口にぶっこんだ。ひどい。(やくそうは食べる物じゃなくて『使う』ものなのに……苦かった)

 ちなみに食べても効果はあった。

「ヒャド!!」

 そんな苦い出会いを思い出し、再びメタッピーの背後からの卑怯な攻撃を受け、ユリが唱える呪文は暴走した。

 彼女が唯一覚えて使える氷の攻撃呪文。

 氷のつぶてが跳ね、他の魔物も巻き込む。
 それに続き、エルシスとカミュも武器を振るい、周囲の魔物を蹴散らした。

「……ふぅ。なんとかなったな」
「次々と魔物が現れるからちょっと驚いた…。魔物が密集してるというか、自然で出会うのとは違うから早く慣れないと」
「メタッピー嫌だ」

 三人は魔物の気配が薄くなった通路を再び進む。

「……思ったんだけど。ホイミスライムって見た目に比べて一撃で倒せないんだよね」

 歩きながらエルシスは考えるように口を開き、そう切り出した。

「他の魔物…インプとかメタッピーとかは、僕とカミュの一撃で倒せるようになって来たから、むしろそっちを優先して倒してみたらどうかな。で、ユリにはホイミスライムを攻撃して貰えば、自分にホイミをかけるからヤツの行動を制限できる」

 エルシスの分析に「ほう」と二人は感心した声を漏らす。

「へぇ。お前あの連戦のなか、よく冷静に見てたな!」
「なんか、エルシス変わったね。……もちろん良い方向に」

 二人の言葉にエルシスは「そう?」と照れ笑いを浮かべる。

「なんか、色々開き直れて来たというか……もっと貪欲に頑張ろうって思ったんだ」

 そう話すエルシスの清々しい横顔が、今の心境を物語っていた。


 石を登れば外に出られそうな空間があり「外の空気が吸いたい」というユリの言葉に、二人は大いに賛同する。
 ゆっくりする時間はないので、深呼吸と軽く探索だけで済ます。神殿内のこもった空気に、外に出られただけでも気持ちが良かった。

「『ちからのゆびわ』だ、エルシス装備してみろよ」

 カミュはぴんっとそれを指で弾き飛ばし、慌ててエルシスが両手でキャッチする。
 神殿内に戻る前にさすが盗賊の鼻か、柱の裏側に隠れた宝箱にカミュは気づいた。

「ちからのゆびわ?」
「装備すると、少し力が上がり攻撃力が増すぜ」
「へぇ!うん、装備してみる」

 良い装飾品も見つかり、再び三人は神殿内に戻った。

 目指すは最層部――地下への階段を探す。

 エルシスの作戦や指輪の効果か、三人は先ほどより安定した戦闘を繰り返していた。

「わ、ホイミスライムが三体……」
「泥仕合は他の魔物を誘き寄せる。さっさと倒すぜ!」
「うん!ガンガンいこう――!」

 ヒャド!スリープダガー!ギラ!

 三人の呪文や特技が炸裂し、同時にホイミスライムは倒れる。

 普段は魔力を節約し、ここぞという時は出し惜しみをしない。三人の戦闘のあり方も変わってきた。(前はずっと魔力節約だった)

 パン!三人のハイタッチの心地よい音が神殿内に鳴り響く。

 ──ユリは戦闘に思い入れはない。

 呪文を唱えて上手く敵を倒したり、会心の一撃が出るとそれは嬉しいが、敵の攻撃を受けると痛いし、死と隣り合わせでもある。

 だが、いつもエルシスとカミュが守ってくれるので、特別恐怖も感じていない。

 それが、今は三人で一緒に肩を並べて戦えることが心強くて楽しい――そう思い始めた。(私も強くなりたい。本当の意味で二人と並べられるように……)
 
 神殿も地下3階までやって来た。

 そろそろ近づいて来たなとカミュが呟く。
 だだっ広い広間に出ると、徘徊するからくりエッグ二体とばったり鉢合わせした。

 難なく倒す三人。

 ユリはからくりエッグはそれほど嫌いではない。さほど強くないし、見た目も愛嬌があるからだ。

 しかし、このからくりエッグ。
 妙にキラキラしている。

「なぁ、カミュ。あんな所に宝箱が」

 エルシスが指を高く差す先。左右にある高い台の上に、それぞれ宝箱が一つずつ置かれていた。

「でも、どう取るんだろう……足を引っかける場所もないから登れないし」
「まあ見てな。ああいうのは大体仕掛けが隠されてるんだよ。だいたいこういう所に……」
「さすがカミュ!君は大盗賊だな」

 カミュは怪しそうな所を探すが「ねえな……ここじゃないのか……」どうも違うらしい。
 まさか自分が当てを外したかと考えていると、ユリが後ろから二人に声をかけてきた。

「ねえ、カミュ、エルシス。このからくりエッグに乗って取りに行けそう」

 からくりエッグに乗って……?

 また、こいつはおかしなことを――振り返ったカミュはぎょっとする。
 ユリがからくりエッグに乗ってピョンピョン跳ねて遊んでいたからだ。

「おぉ!」
「な!?なんだ、そいつ乗れるのか……?」

 魔物の末路は消え去ってしまうというのに、これはいったいどういうことなのか。

「キラキラして消えないし、他のエッグとは違うみたいだから調べたの。問題はなさそうだったから乗り込んだら、操作して動かせるんだよ。ほら」

 そう言ってユリは二人の目の前で跳ねて見せた。
 ……まあ、見たところ問題はなさそうだが。

「良いなぁ!ユリ。次、僕も乗せて!」
「エルシス、お前まで………」
「カミュも乗せてもらいなよ」
「いや、オレは遠慮しておく」
「見ててね……ここをこうすると……」

 ぴょーーーーん。

 からくりエッグは大きく跳んで、高い台に見事着地した。
 これにはカミュも「おぉ」と感嘆の声を漏らす。

 よいしょとユリはからくりエッグから出ると、宝箱の中身を手に入れ、二人の元へ戻ってきた。
 中身はレシピブックだったらしい。
 交代して、今度はエルシスがからくりエッグに乗り込む。

「ここを…こうして…こうすると」
「……なるほど!」

 エルシスはユリから手解きを受けて、からくりエッグを動かした。

「わっ!なにこれ、ははは!すごく楽しい!」

 ピョンピョンとその場を跳ねまわるエルシス。

「エルシスー!遊ぶのはほどほどにして、とっとと宝箱取って来てくれ!」

 カミュはエルシスに聞こえるように叫んだ。止めないとずっと遊んでいそうなテンションだ。

「カミュも乗ればいいのに」
「いや、オレはいい……」

 エルシスも難なく宝箱の中身をゲットし、二人の元へ戻ってきた。

「宝箱の中身はこの種だったんだ」

 カミュはそれは『まもりのたね』だと二人に教えてくれた。
 魔法の種は少しだけ食べた者の能力を上げる、貴重な物らしい。

「守り……じゃあユリだね」

 エルシスはユリに渡そうとした。

「私は後衛であまり攻撃受けないし、二人が守ってくれるから……カミュにどうかな?」
「あ、そうだね。じゃあ、はい」

 エルシスはカミュに渡した。

 カミュの唯一の弱点がまもりが低いことらしいので。
 だが、その身軽さを生かし、敵の攻撃をしょっちゅうひらりと躱しているので、実は今まで二人はあまり気にしたことがない。

「……。へいへい、どうせオレは紙より薄い防御力だよ」

 わざと不貞腐れた言い方をして、カミュはまもりの種を口に入れる。

「紙より薄かったらとっくに飛ばされてるって」
「どんな味なの?」

 ユリの質問に「優しい味だ」とカミュは答えた。





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何故キラキラした魔物に乗れるかもこの世界の不思議の一つということで。


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