デルカダール神殿・後編

 祭壇の間に不気味な笑い声が響く――。

「ケケケ。こいつは楽な仕事だぜ。このオーブをあの方に渡すだけで、褒美は思いのままって話だからな」

 背中に翼を生やした魔物が二体――イビルビーストだ。
 三つ目に大きなくちばしからだらんと伸びた赤い舌。上半身は鷲に似ているが、鋭い爪やどっしりした脚と尻尾に、下半身はライオンのようだ。

 二体は祭壇の上に飾ってある赤く輝く宝玉、レッドオーブを狙っている。

「おい!なんの話をしてるんだ!?そのオーブはオレがいただくぜ!」

 その手が宝玉に伸びる前に、カミュが呼び止めた。
 同時にカミュの隣にエルシスとユリが並ぶ。
 ぎりぎり間に合った――三人は武器を手にする。

「ケケケ。なんだお前ら?まあいい。ここに来た不運を呪うんだな!」

 イビルビースト二体が飛翔しながら、三人に襲いかかって来た――!

「来るぞ!あのするどいツメに注意しろ!」
「エルシス、作戦は!?」
「命大事にばっちり頑張れ!」

 エルシスは叫んだ。足を降り下ろしてくる右のイビルビーストの攻撃を大剣で防ぐ。

 ユリはすぐさまゾーンバーストを行い、カミュはもう一体のするどいツメを降り下ろされる前にひらりと避けた。
 先ほどの種の効果で防御力は少し上がっているが、避けるに越したことはない。空を切り裂く残響だけが残る。

「ふぅ……危ねえ」

 カミュはにやりと笑みを浮かべるぐらいの余裕がまだあった。能力が上がったエルシスも、頭上からの攻撃に上手く対応をしている。

 だが、決して三人が有利な状況とはいえない。

(カミュと離れてしまった……!これじゃあれんけい技も使えない!)

 最初の敵の一手で、エルシスとカミュは分断され、一対一で相手をする形になってしまった。
 複数の敵との戦いは、一体ずつ確実に倒していくのが基本だ。今のままでは二人の力量にすべてがかかってしまう。

「ヒャド!」

 どうにかユリが後衛から安定したダメージを与えられる攻撃呪文を唱えて、エルシスの援護をする……が。
 敵もそれなりに体力があり、長期戦になるだろう。
 その前に、ユリの魔力が尽きる可能性の方が高い。

(と、とりあえず一体集中攻撃を……。エルシスが傷ついたら癒やして……。でも、カミュも今のところ大丈夫だけど、心配だし……!)

 カミュももう一体のイビルビーストの攻撃をひたすら躱しているが、いつまで保つかわからない。

 エルシスも徐々に受ける傷が増えてきた。

 これではだめだ――だが、三人が動く前に先に動いたのは、イビルビーストたちの方だった。

「ほーら、バキ!」

 憎たらしい声で、カミュが相手にしていたイビルビーストが唱えたのは風の攻撃呪文だった。
 かまいたちに切り裂かれながら、三人は吹っ飛ばされる。

 床に叩きつけられてそれぞれ痛みに呻いた。

「っ……先にやられたな」

 カミュが背中を打った痛みに、よろよろと立ち上がりながら言う。

「でも……っ、僕たち集まった」

 エルシスも同様に膝をついて立ち上がった。

「いたた……。二人ともゾーン切れちゃったね……。もう一度れんけい技使うから……!」
 
 反撃だ――三人の心が一つになる。

「ガンガン行こう!」

 ユリが元気よく言って、二人が「おう!」と答える。二回目の《ゾーンバースト》に、ユリも同時にゾーンに入った。

「行くぞ、相棒!」
「まかせて!」

 二人が駆け出し、イビルビーストにシャドウアタックをお見舞いする。エルシスとカミュの連続二回攻撃に、やっとまともなダメージを与えられた。
 怒ったイビルビーストは飛び上がるが「凍れ――ヒャド!」ユリの氷の呪文が片方の翼に直撃して、それを阻止する。

「もう一体は僕が抑える!」

 横から素早く、飛び込んで来た別のイビルビーストをエルシスがブレードガードで弾き返した。「カミュ、そっちは頼んだ!」

 翼が凍りつき、体勢を崩したイビルビーストに、カミュが舌舐めずりをしながら短剣を構えて……

「眠っちまえ――スリープダガー!」

 カミュの攻撃は会心の一撃となり、敵の腹を切り裂く。
 痛みに呻き、堪らずイビルビーストは後ろに跳ねて距離を取った。(ちッ、倒れもしねえし、眠りもしねえか……)

 それでも、流れは変えたと三人は思った直後たった。

「のろまになれ!ボミオス!」

 バキを唱えたイビルビーストが、再び呪文を唱える。
 まるで鎖を巻かれたように、三人の身体は重くなった。

「なんだこれ……身体が重い……」
「厄介な攻撃をしかけてくるな……!」

 相手も一筋縄ではいかなかった。舞い戻ってきたもう片方のイビルビーストが、素早く回し蹴りをして、エルシスとカミュを吹っ飛ばす。

 エルシスは自身に、ユリはカミュにホイミを唱えて回復する。

 思った以上にボミオスは彼らに効いた。 
 それは、今までカミュの素早さを軸に三人が戦って来たからでもある。
 ユリはともかく、二人の連携が崩れる。

「ど〜したど〜した、動きが鈍いぞ!」

 イビルビーストの憎たらしい声が反響して響く。さらに腹立たしいことに、イビルビーストたちは痛めつけるようにわざと弱い攻撃をエルシスたちに仕掛けてくる。

 二人は重い身体に上手く避けられず、小さな切り傷を増やしていった。
 
(どうしよう、回復が追いつかない……!このままだと二人が……!何か方法は……。なんだっけ……素早さを上げる魔法……)

 思い出せ。確かメタッピーが使っていた――

 この時、ユリはメタッピーにちょっぴり感謝をすることになる。

「思い出した!――ピオリム!!」

 記憶の奥底に眠っていた魔法を思い出し、ユリは呪文を唱える。
 ゾーン状態になって魔力が上がっているため、一気に三人の素早さが上がった。

 まるで、羽根が生えたようだ。

「一気に軽くなったぜ!サンキューなユリ!」
「ありがとう、ユリ!よし、行くぞ!」

 エルシスの会心の一撃が片方のイビルビーストに直撃し、もう一体のイビルビーストも巻き込んで豪快に吹っ飛ばす。

 これぞ、大剣の威力。

 一撃が重いので、会心が上乗せされると破壊力が凄まじい。

「エルシス、すごい!」

 ユリが歓声を上げた。

「エルシス。あっちのイビルビーストはそろそろ体力の限界のはずだ。一気に二人で攻撃を仕掛け、倒すぞ」
「うん!あのレベルで二体同時相手するのは、いい加減しんどいからな!」

 二人は弱っているイビルビーストに標的を絞り、攻撃を仕掛ける。だが、向かってきた二人にイビルビーストはバキを唱えて来た。

「……っく、こいつも魔法が使えるのかッ!」

 カミュが切り裂かれる痛みに顔を歪める。頬から血が流れた。エルシスの髪が切れて、宙に舞う。

 先ほどの呪文を唱えたイビルビーストより威力が弱いのが幸いか。

 考えてみれば分かることだったが、片方のイビルビーストしか魔法を使って来なかったため、完璧に油断していた。……そして、本来ならこの攻撃で一体を倒して、もう一体をすぐさま相手にするはずだったが。

 倒し損ねた今、野放しになったイビルビースト。

 魔物は人が嫌がることを率先してやるものだ。自分たちが標的を一人に絞って倒すように、魔物だって一番弱そうな者を狙う――。

「ユリ…………!!」

 エルシスの酷く慌てた叫び声に、カミュの心臓が凍りつく。
 だが、足だけは無意識に前に進んでいた。
 イビルビーストが鋭いツメを振り上げるのが視界に見える。

 兵士たちを切り裂いた攻撃だ。

 ユリに耐えられるかわからない。
 いや、あんな痛みを負わせてなるものか。

 痛かっただろうな――ユリの言葉を思い出す。あれは兵士に向けての彼女なりの慈悲の言葉だ。自分たちの後ろで、こっそり手を合わせていたユリ。自分たちの追っ手の兵士たちにさえ、彼女は胸を痛めていたのだ。

 これ以上、傷つけさせてなるものか。

「一撃であの世へ送ってやろう――!」
「ユリッ!!」

 カミュが叫ぶ。

 そのツメを降り落とされる前に、ユリは腰の片手剣を引き抜いた。
 ユリが剣を握るところは初めて見る。
 ……ああ、そうだ。彼女も必死に戦っているのだ。

「……っぅあ!!」

 だが、力が足りず、剣は弾き飛ばされてしまった。かまわない。カミュは踏み込んだ足に力を入れ、跳ぶ。
 ユリのピオリムのおかげで軽く、素早く動けたからこそ出来た芸当――弾き飛ばされた彼女の剣を、カミュは空中で掴んだ。

「余計な抵抗を……!」

 鋭いツメの攻撃が、再びユリに襲いかかる。

「――ユリ。お前の剣、借りるぜ」

 カミュはイビルビーストの背後に、剣を構え。

「かえん切り!!」

 炎を纏った剣が、その背を焼き斬る!
 悲鳴を上げ、飛び去るイビルビースト。唖然としているユリの顔をカミュは覗き込んだ。

「大丈夫かっ?悪かったな……危険な目に合わせちまって」
「そんなこと!私も一緒に戦っているんだし……助けてくれてありがとう、カミュ」
「おう。ほら大事な剣なんだろ?軽くて良い剣だったぜ」

 ユリはカミュから剣を受け取る。もっと言葉を交わしたいと思ったが、今はまだ戦闘中だ。

「……カミュ」
「ん?」
「ホイミ」

 ユリはカミュに、頬を中心に回復呪文を唱えた。血は消えないが切り傷は消え「ありがとな」と、カミュは微笑む。

 そこにエルシスが駆け寄り、三人は合流した。

「ユリ!よかった……怪我はないみたいだね。カミュ、向こうのヤツは倒した。あとはアイツだけだ」
「さすが勇者さま!ちゃんととどめを刺してくれたんだな」
「よく言うよ。片手剣まで使いこなして。じつは君が勇者さまなんじゃないの」
「冗談でもありえねえよ。剣っつたって、技はあれ一つしか覚えてねえし、短剣の方が性に合ってるしな」
「……なんかずるい。カミュは何でも出来て、だんだん腹が立ってきた」
「はあ?」
「二人とも、早くあと一体も倒さないと!」


 ユリの言葉に、再び三人は魔物に向き合う。


「――ちっ、手こずらせやがって。しかし、なんだって魔物がオーブを狙ってやがるんだあ……?」

 二体目のイビルビーストは楽に倒し、三人はようやく戦闘を勝利した。無事に……とは言い難いが。

「まあ、いいか。やっと手に入った。長かったぜ……」

 カミュはレッドオーブを手にする。赤く輝く宝玉がやっとこの手の中に。
 満足げな笑みを浮かべるカミュに、エルシスとユリも嬉しそうに笑った。二人にも達成感がある。

「やったな、カミュ!」
「秘宝と言われるだけあって、神秘的で綺麗な宝玉だね」

 カミュはレッドオーブをまじまじ見る二人を目にし、エルシスに向けて言う。

「諦めかけてたレッドオーブが、今はこうしてオレの手の中にある……。オレは確信したぜ。オレはあの預言を信じる。エルシス、お前と一緒にいれば、いつかオレの願いは果たされるとな……」

 願いって……エルシスが口を開く前に、カミュが察して先に言葉を重ねてきた。

「おっと、願いは何かって質問はなしだぜ。これはオレの問題だからな」
「……なんだよ、それ」

 エルシスは拗ねたような口調だったが、その顔はふっと笑みが浮かんでいる。

「いつか、話してくれる?」

 ユリが聞くと「さあ、どうだろうな?」と、カミュはからかうように笑って答えた。

「まあ、いいけどさ。これぞカミュって感じで」
「ミステリアスなイケメンってことだね」
「……たく、おかしなことを言ってねえでやることも全部終わったし、お前のじいさんが言ってた東にあるっていう旅立ちのほこらに向かうぞ」

 カミュはさっさと歩き始め、ユリもあとを続く。
「あ、待って」
 出口に向かう二人を、エルシスが引き留めた。

「ふふふ。僕、リレミトの呪文を覚えたんだ。唱えれば一気に入口まで戻れる魔法みたい」
「便利な魔法だね!さっそく使ってみて、エルシス」
「さっさと入口まで戻ろうぜ」
「じゃあ、僕の周りに集まって。行くよ……リレミト!」


 エルシスが呪文を唱えると、三人の姿は光の粒を纏うように、その場から消える――。


「一瞬で入口に戻ってきたね」

 気づけば神殿の前に立っていた。神殿に入る前は明るかったが、外はもうすっかり夜だ。

「暗くなっちゃったな。カミュ、一回キャンプ地に戻って休まない?」

 エルシスの提案にカミュはそうだな、と頷いた。

「オレらボロボロだし……。んじゃ、ちゃっちゃとキャンプ地に戻るぜ」

 カミュは袋からキメラのつばさを取り出した。放り投げれば、三人の身体は今度はキャンプ地に飛ぶ。
 それぞれ身綺麗をし、食事を取り、すぐに身体を休ませる。(エルシスだけはふしぎの鍛冶屋をしていたが)

 彼らは何も言わなくてもそれぞれ役割を分担し、無駄のない動きだった。
 戦闘以外でも、三人のチームワークが深まったようだ。


 ――そして、朝を迎える。


 夜明けと共に、三人は出発した。
 目指すは東にある旅立ちのほこら。

(テオおじいちゃん……行ってくるよ)

 エルシスは手の中にある青い石を見つめた。
 旅立ちのほこらに行けば『勇者の真実を探す旅』が、本当の意味で始まる気がする。

「行こうぜ、エルシス」
「旅立ちのほこら……どこに通じてるかわくわくするね」

 カミュとユリが、それぞれエルシスの横に立つ。同じように希望の笑顔を浮かべているエルシスは、二人の顔を交互に見て頷いた。

 最後に前を見据えて、二人に言う。


「行こう、旅立ちのほこらへ――!」


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