ゼーランダ山

 山越えの準備はばっちりだ――。曇が多いクレイモラン地域だが、今日は青空が広がっている。

 これから険しいゼーランダ山を登るには、絶好の天候だ。

「じゃあ、アリスさん。行ってきます」

 クレイモランの港で、エルシスを筆頭に、彼らはアリスへの挨拶をする。
 次に戻ってくるときは、命の大樹で『勇者のつるぎ』を手にしているだろう。

「皆さん、お気をつけて……。あっしは馬たちと、皆さんのご武運を祈っていつまでも帰りをお待ちしておりやす……っ!」
「もうっアリスちゃんってば。永遠の別れじゃないんだから〜。船番よろしくね!」
「さっさと登って『勇者のつるぎ』とやらを手にしてすぐ戻ってくるさ」
「はあ……なーんもわかってないわね。カミュ、ゼーランダ山を甘く見てんと痛い目見るわよ!」

 お前はゼーランダ山の何を知ってるんだ、とカミュはベロニカに思ったが、口をつぐんだ。やけに張りきってる姿に、いつも以上に反論が返ってきそうだったからだ。

 見送ってくれるアリスに、それぞれ手を振りながら、一行はクレイモランの港から出発する。

 ザクザクと雪道に音を鳴らしながら、シスケビア雪原を東に進む。
 天気がいいからなのか、ご機嫌に歩くベロニカにエルシスは声をかけると……

「これから行く場所でアンタはどんな反応するかしら?あのね、このゼーランダ山を登った先には……うふふっなんでもない!着いてからのお楽しみよ」

 ベロニカの反応に、ますますエルシスは首を傾げた。


「おい、ユリ。大樹の加護とやらで魅了攻撃は通じねえんじゃなかったのか」
「えぇと……たぶん、可愛いくて……」
「は……可愛い?可愛いくねえだろ」
「……可愛いかったよ」
「いや、どう見ても可愛いくねえよ。元はごうけつぐまだぞ?」
「白黒で可愛いかったのっ!」
「ただの白と黒の模様をしたごうけつぐまだろ!?」
「はいはーい!ユリちゃん、カミュちゃん。そこまでよん」

 激しくなりそうなそれに、シルビアがストーップというように間に入った。

 何故この二人が言い合い……というよりも意見の食い違いをしていたのか、それは少し前の魔物との戦いでだ――。

 ごうけつぐまの転生モンスターである、あらくれパンダが現れたのだ。

 転生モンスターは普通の魔物よりも強敵だ。
 彼らは気を引き締めて戦おとしたはずが、あらくれパンダの魅惑のボール遊びに、女子(シルビア含む)全員、魅了状態になってしまった。

 まったく使い物にならない彼女たちを庇いながら、エルシス、カミュ、ロウが懸命に戦ったというわけである。

 そして、大樹の加護で跳ね返すにも関わらず、魅了されたユリをなんでだとカミュは問い詰めて……今に至る。

「おっさん。アンタもだからな……。簡単に魅了されやがって」
「ボール遊びがキュートだったのよ〜」

 ボール遊びがキュートだろうが可愛いだろうが、カミュは何度でも言おう。

 元はあのごうけつぐまだぞ?

「まあまあ、カミュ。無事に倒せたんだし……」
「終わり良ければ、すべて良しじゃよ」
「カミュちゃん、ごめんね♡」

 エルシスとロウのフォローより、乙女ちっくに謝るシルビアにカミュは毒気を抜かれた。
 ちなみに残りの女子三人は、魅了の攻撃で、記憶が抜け落ちているフリをしている。

 ――一難去って。

 シケスビア雪原の最東部にある、"氷獄の湖"と呼ばれている湖を彼らは通りすぎる。

「凍りついた湖って神秘的ですわね」
「ガラスみたいに綺麗だね」
「でも、どうして"氷獄の湖"なんて呼ばれ方をしているのかしら?」

 セーニャとユリとベロニカは、水面が厚い氷に覆われた湖を見ながら言った。

「……あれ、なにか凍ってない?」

 エルシスの言葉に、中心部の氷の固まりに皆の目が集まる。
 気になって駆け寄るエルシスに「エルシスちゃん、転ばないように気をつけてね!」シルビアが声をかけた。

「!ドラゴンが……凍ってる……!」

 驚愕の声を上げたエルシスに、仲間たちも駆けつける。
 その氷の固まりの中には、湖の底から這い上がってきたかのような、ドラゴンの姿があった。

「なんだこれ……」
「迫力満点のドラゴンちゃんの氷漬けね……」
「どういうことなのかしら……?」

 カミュ、シルビア、マルティナも驚きな声色で唖然と言った。
 黒い鱗に、金色のツノ。長く伸びた銀色の髭。
 生きている姿そのままに、今まさに氷を突き破って暴れだしそうだ。
 だが、ドラゴンは、瞬き一つ動かすことはない。

「うぅむ……完全に封印されてるようじゃ……」
「強力な封印呪文のようね。このドラゴンを封印したのは、きっとすごい人物よ
!」
「一体誰が……」

 エルシスが不思議そうに呟いたあと「あっ」と、ユリが声を上げた。

「勇者ローシュさまたちじゃないかな?」

 聞いたことがあるとユリは話す。勇者一行が『魔竜ネドラ』というドラゴンを封印したという話だ。

「私も同じような伝承を本で読んだことがありますわ。だとすれば、数100年は封印され続けてますのね……」

 さすがの魔力だというように、感心する声でセーニャは言った。

「だから、"氷獄の湖"と呼ばれてたのか……」

 改めて知ったというようにカミュはひとり呟く。その名は耳にしていたが、こちら方面に来ることはなかったので、ずっとこの湖にドラゴンが封印されていたとは知らなかった。

 判明したところで、彼らはそっと氷獄から離れる。うっかり封印を解いてしまったら大変だ。

 途中、休憩を挟みながら、一行はゼーランダ山のふもと辺りまでやってきた。
 徐々に辺りの雪が少なくなり、ついに雪原地帯を抜けた。

「久々の緑がまぶしいね」
「はは、久しぶりの大地だ!」

 ユリは目を細めながら辺りを眺め、エルシスはその場で足踏みした。
 雪が溶け、本来のロトゼタシアの大地が広がり、木々や草が瑞々しく生い茂っている。

「お姉さま、ゼーランダ山を越えれば、もうすぐですわね」
「ええ、何ヵ月ぶりかしら?」
「楽しみですわ」

 足取りが軽くなったのは、きっと雪道じゃなくなっただけではないだろう。特にベロニカとセーニャは。

「なんだか双子ちゃんたちご機嫌じゃない?」
「ふふ、本当に」

 こっそりと言ったシルビアの言葉に、ユリも楽しげな二人の背中を見つめる。
 ユリはその理由を知っていたが「みんなを驚かせたいから言っちゃだめよ、ユリ」と、ベロニカから口止めされてたので、頷くだけに留めた。

「クレイモランも寒い国だったけれど、ここはまだちがう寒さがあるわね。なんだか標高が高くなってきたみたい……」
「ああ、道はなだらかだったが結構登ってきたと思うぜ?」

 まだまだ防寒着は脱げないわね、と言ったマルティナに、カミュが答える。

「さっきお空を見上げてみたら大樹ちゃんがずいぶん大きく見えたのよ。そろそろ世界の中心が近いのかしら?エルシスちゃん、油断しないで気を引きしめて行きましょ」
「魔物も強そうなのがうろついてるしね」

 この辺りを闊歩する魔物の姿を見ながらエルシスは言った。
 青いマッチョな体格に、大きな一つ目。
 その強靭な足で、簡単に人間を踏み潰すことができるだろう。ゼーランダ山のふもとは、サイクロプスの生息地らしい。太古から人に恐れられている魔物だ。

「なんだこの熱風……!」
「わしらを蒸し焼きにするつもりのようじゃ」

 彼らの行く手を塞ぐように襲ってきたのは、赤い竜巻をまとう風の邪霊――レッドサイクロンだ。
 下半身を高速回転させて生まれた赤熱によって、竜巻が赤く見え、周囲の気温がぐっと上昇した。

「ヒャダルコ……!」

 ユリは得意の氷の呪文を唱えるが、熱だけでなく、その竜巻によって、すぐさま溶かされてしまう。

「近づくのも危なさそうだ!」
「こーなったら、エルシス!逆風をぶつけてやりましょ!」

 逆風……風……?ベロニカの言葉に、エルシスの頭に閃く。

「セーニャ!れんけいだ!」
「わかりましたわ、エルシスさま!」

 エルシスの閃きがセーニャにも伝わり、二人のれんけい技が生まれる。
 クレイモランの城下町で買った大剣、クレセントエッジを構えるエルシス。
「風よ……」
 セーニャの風の魔法をその剣にまとわせれば。

「サイクロン斬り――!」

 竜巻をまとった剣はレッドサイクロンを巻き込みながら切り裂く。

「とどめの愛のムチよ♡」

 そこにシルビアの鞭が炸裂し、無事レッドサイクロンを一掃した。

「やったね!」
「二人ともやるじゃない!」
「うむ、見事じゃ」
「涼しくなったってよかったぜ……」
「私たちの出番はなかったわね」

 見守っていた五人の言葉が飛び交い、

「いーい感じ!」

 シルビアは彼らにびしっと親指を立てた。


「……道はこの先みたいだけど」
「門番のように待ち構えてやがるな」

 先を行く彼らの前に、再び魔物が立ち塞がっていた。
 トンネルようにできた穴の左右に並ぶ、二体の石像。
 彼らは一度、古代図書館で戦っているので知っているが、魔物の"うごくせきぞう"だ。

 こうして石像のふりをして待ち構えて、旅人たちを襲っているのだろう。

「魔物は二体か。では、四人ずつに分かれて倒すのはどうじゃ?」
「そうね。どうやって四人に分かれる?」

 エルシス――一応このパーティーのリーダーである彼に、ベロニカは聞いた。

「うーん……じゃあグーパーで」
「グーパーかよ」

 ロトゼタシアで定番の、子供が遊ぶときにする分かれ方。
 そんなんで上手く分かれるのかとも思ったカミュだったが……

「グー!パー!」

 奇跡が起こった。

「じゃあ、エルシス。そっちは頼むな」
「僕、ひとり!?」

 皆はパーを出し、エルシスだけグーを出したのだ。ものすごい確率である。
 最初はからかうように笑ったカミュだったが、
「ひとりで戦えるかな……?」
 そう真剣に考えるエルシスに「冗談だって」その肩にぽんっと手を置いた。

 根は真面目な勇者さまなのだ。

 最終的にはバランスを考慮し、エルシス・カミュ・ベロニカ・セーニャ。
 ユリ・シルビア・マルティナ・ロウというメンバーに分かれて、うごくせきぞうと戦う。

それぞれ危なげなく撃破し、その先へと進めば――……

「って、行き止まりじゃない!」

 そこは洞窟で、ベロニカはぐるりと辺りを見渡して言った。
 岩に囲まれ、ネズミ一匹通れる隙間もない。

「ねえ、師匠。怪鳥の幽谷のときと同じじゃない?」

 ユリは紫と青の二色のタマゴ型ロボットの魔物、キラーポッドを指差した。
 もちろんこの魔物、ユリの瞳と同じようにキラキラしている。
 そして、この場所は周りは岩肌に囲まれているが、上は吹き抜けている。

「これでどんどん登っていけばいいのね!」
「山登りもこの乗り物があれば、簡単に登れてしまいますわね」

 彼らの手にかかれば、恐怖の殺りくマシンと呼ばれる魔物たちも乗り物に。
 低い段差から少しずつぴょーんとジャンプして登っていく。

 キラーポッドに乗ったおかげで、山頂付近に着いたようだ。

「エルシス、こっちよ!」

 この先は……と、地図を確認するエルシスとカミュに、ベロニカが見ずに言って手招いた。

「ベロニカ、道がわかるの?」
「そういやおチビちゃん。妙にゼーランダ山に詳しそうなそぶりを見せてたな」
「エルシス、カミュ。ここはベロニカのあとをついて行こう」

 ユリの言葉にも促され、彼らはベロニカと、その隣を歩くセーニャについていく。
 歩きやすい平坦な道は、人為的に作られたものだ。

「……!ここは……」

 その道の先――真っ先にエルシスの目に飛び込んだのは、大きな神々しい彫像だった。
 山の岩肌を切り出して造られた、人の何十倍にもある大きさ。
 その下には人里があり、見守っているようにも見える。

「なんだか今までとは空気がちがうわね。険しい山道を抜けた先に、こんな神秘的な場所があるなんて……」

 皆と同じように見上げるマルティナに、ベロニカが笑顔で口を開く。

「ふふっマルティナさんたら。自分の故郷を神秘的なんて言われると、なんだか照れくさいわ」
「えっ?故郷ですって?ということは……」
「はい……この地こそ、私たちのふるさと。命の大樹と共に世界を見守ってきた神語りの里、聖地ラムダですわ」

 ユリ以外の驚く皆に、セーニャが答えた。
 ここが、ベロニカとセーニャの故郷――改めてエルシスは里を眺める。

「静かすぎて退屈な場所だけど、ここに来るとやっぱり落ち着くわね……」
「虹色の枝が見せてくれたオーブを捧げる祭壇は、この里を抜けた先に広がる、始祖の森の山頂にあるはずですわ」

 セーニャは視線を皆からエルシスに向けて。

「ここで疲れを癒していきましょう。勇者さまがいらしたと知ったら、みんなきっとよろこびますわ」
「そうだな」

 その言葉に続いたのはカミュだ。

「ここから始祖の森まではまだかかりそうだし、ここでちょいと休んでいかねえか?」

 続いて言った「ベロニカとセーニャにとっては、ひさしぶりの故郷だろうしゆっくりさせてやろうぜ」という言葉が、一番の理由だろうなとエルシスは思った。

 エルシスは笑顔で頷き、里へと歩く。

「ここが聖地ラムダ……。聖地というだけあって、とても神秘的な場所なのね。里を見下ろすあの大きな像は誰をかたどったものなのかしら……?」
「セニカさまをかたどったものなんだって」
「あら、ユリは二人の故郷を知っていたのね」
「ベロニカが驚かせたいからって一緒に内緒にしてたの」

 そうだったのね。マルティナは先頭を歩く小さな背中を見つめて微笑を浮かべた。

「この里は清らかな空気に満ちておるな。聖地と呼ばれるのもダテではなさそうじゃ。エルシスよ、ひとまず町を巡ってみるかの」
「ふうん……。ここが聖地ラムダなのね。見た感じあまり娯楽はなさそうだけど、みんなタイクツしないのかしら……?」

 人の姿は見えるが、山頂にあるせいか、とても静かな場所に感じる。賑やかなことが好きなシルビアは、ちょっともの足りないのかもしれない。

「私とお姉さまは、エルシスさまとお会いする日を夢見ながら、ずっとここで育ってきました。エルシスさまと共に旅をしてここに戻ってくるなんて、感慨深いですわ……」
「そっか……。二人が故郷に帰って来て、里のみんなも喜ぶね」

 カミュが言ったとおり、エルシスも久々の二人の故郷に、ゆっくりしていきたいと思う。

 里の中央に行くと、何やら人が集まっていた。
 これから何かが始まるらしい。

「世界中の命を束ね、見守りし命の大樹よ。今日、このラムダの地にまた、ひとつ新たな命が生まれました。かつて、古き葉として散った命は、こうして新たな葉として芽吹き……。また、違う一生を歩んでいくことでしょう」

 小さな老人が、天に向かって祈るように話している。

「あれは……」
「長老さま!」

 懐かしそうに、長老の小さな背中を見つめるセーニャとベロニカ。

「あれはなんの儀式なの?」
「聖地ラムダでは、新たな命が生まれた時に、命の大樹に感謝を捧げ、子供に祝福を授けるのです。幼い頃から何度も見てきた儀式ですが、新しい命というものはやはり尊いものですわ……」

 ユリの質問に、セーニャが詳しく説明した。
 生命の円環である命の大樹。
 その膝元にある里らしい祝福の儀式だ。

「われらの母、命の大樹よ。聖地ラムダのいとけない若葉に、どうか祝福を授けたまえ……」

 儀式は終わり、長老はゆっくり振り返り――「……むっ?」そして気づいた。

「おお、双賢の姉妹……ベロニカとセーニャではないか!いったいいつからそこにいたのじゃ?」

 使命を背負い、この地を旅だった懐かしい二人の顔を。

「長老さま、おひさしぶりですわ。皆さまお変わりないようで何よりです」
「……ぬ?ベロニカ。そなた、しばらく見ない間にずいぶん背がちぢんでしまったようじゃな」
「ん〜……これはちょっといろいろあってね」

 長老の質問に濁すように答えたベロニカ。
 エルシスたちは長老の反応に、背が縮んだどころじゃないんじゃ……と、ちょっと不思議に思った。

「それより聞いてよ!ほらっあたしたち、言いつけ通り、勇者さまを見つけてきたわよ!」
「まあ、勇者さまですって……!?」
「まさか、勇者さまが……」

 赤子を抱く夫婦は驚きに顔を見合わせたあと、声を上げた。
 その場にいる者たちの視線を一身に受け、エルシスは少し緊張する。
 長老が前に出て、向き合うようにエルシスの前に立った。

「おぉ……赤子に祝福を授ける洗礼の日に、勇者さまがいらっしゃるとは。なんと今日はめでたき日よ……」

 長老は自己紹介をする。

「私は聖地ラムダの長老、ファナード。こうしてお会いできる時を、何年もの間お待ちしておりました」
「はじめまして、ラムダの長老さま。僕はエルシスといいます」
「エルシスさま……勇者に相応しいよい名じゃ」

 優しく微笑む長老に、緊張がほどけるように、エルシスの頬が緩んだ。

「長老さま……私たち、世界中を旅してついに突きとめたのです。勇者さまの命を狙う邪悪な者の存在を……」

 セーニャはファナードに詳しい話をする。

「……なるほど。それではウルノーガなる者がデルカダール王国の誰かに化け、勇者さまを亡き者にしようと……?」
「私たちはウルノーガを打ち倒すため、闇のチカラをはらう『勇者のつるぎ』が眠っているという命の大樹の所へ向かうことになります」
「ほう、勇者のつるぎとな……?」
「この子が教えてくれたの。元天使の、ね」

 急にベロニカに紹介されて、ユリは驚きながら会釈した。

「おお、天使さまとは……!命の大樹と共にこの地の平和を見守る存在……。勇者さまでなく、天使さまとはお会いできる日が来るとは……」
「あ、あの……私はそんな大層な者ではないので……。元天使ってだけですし……」

 畏まるファナードに、困るユリ。助け船を出すように、ベロニカは話を戻すことにした。
 
「命の大樹へは、始祖の森の山頂にある祭壇にオーブを6つ捧げれば行けるらしいわ」
「……私はかつて、ベロニカとセーニャが、勇者さまと共に命の大樹を目指し、天高い山を登っていく夢を見ました」

 そんな夢を……まるで予知夢のようだ。ファナードは続ける。

「あの夢はきっと大樹の神託……。そう思って、ベロニカとセーニャのふたりを勇者さまのもとへと遣わしたのですが……」

 その言葉に、皆の視線は自然とベロニカとセーニャの双子に集まった。

「これですべてが明らかになりました。あの夢は、勇者さまが始祖の森の山頂にある、祭壇へ向かう光景を示していたのでしょう。始祖の森へ続く道は、この先に見える大聖堂の奥にあります」

 彫像の足元にある、大きな建物が大聖堂らしい。

「しかし、今日のところは長旅でお疲れでしょうから、羽を休めてくだされ。何もない里ですが、できるかぎりおもてなしをさせていただきましょう」
「ありがとうございます、ファナードさん」

 エルシスは代表して礼を言った。

「さあ、みんな!小さな里だけど、案内するわ」
「皆さまを、ぜひ私たちの両親にご紹介したいですわ」

 張り切るベロニカとセーニャに、彼らは笑顔で頷く。
 直後、エルシスは声をかけられた。
 声をかけたのは――今しがた、赤子の洗礼を受けていた夫婦だった。

「赤子が祝福を授かる洗礼の日に、勇者さまがいらっしゃるなんて……。この子はなんて幸せ者でしょう。それで、ぜひ……勇者さまにこの子を抱いてほしいのです」

 予期せぬ母親の言葉に、エルシスは戸惑った。村では幼い子は少なく、赤子には慣れていない。

「あら、いいじゃない。エルシス」
「で、でも、どう抱っこしていいのか……」
「大丈夫じゃよ、エルシス。なーに難しいことではない」

 娘であるエレノアと、孫であるエルシスを、何度もこの腕で抱いた記憶を思い出しながら――ロウはエルシスに赤子の抱き方を教えた。

 エルシスは慎重に腕を差し出し、母親から赤子を受けとる。

 まだ小さいのに、命という重さを感じて、暖かいぬくもりが伝わってきた。
 こんなに小さくても、一生懸命、この子は生きているんだ……。
 小さな生命の鼓動を感じて、エルシスの胸に、感動が込み上げてくる。

「……見て。エルシスに抱っこされて笑ってる」

 きゃっきゃっと笑ってる赤子を、ユリは慈愛の眼差しで眺めた。

「よかったら、天使さまもこの子の加護を祈ってはくれませんか?」

 夫の言葉に、今度はユリが戸惑う。

「あら、いいじゃない。ユリ」

 さっきと同じようにベロニカは言った。

「あの、私にそのようなチカラは……」
「私からもお願いします。天使さま」
「……わかりました」

 何より、期待する夫婦の願いを無下にはできず。ご利益があるかどうかはわからないが、純粋にユリは赤子の加護を祈る。


「すべては大樹の導きのもとに……」

 
 どうか、この尊い命に、そのご加護を――。


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