聖地ラムダ

「……あのご夫婦、ステキだったわね。16年前、エルシスが赤ん坊だった頃のアーウィンさまとエレノアさまを思いだすわ」

 幸せそうに去っていく夫婦の背中を見ながら、マルティナは口を開いた。

「早くウルノーガを倒して、ああいう親子がなんの不安もなく暮らしていける世の中を取り戻してあげたいものだわ」
「……そうね。あの赤ちゃんが大きくなってる頃には、いっぱい笑える世の中にしなくちゃ!」

 マルティナとシルビアの言葉に、他の者たちも同意し、エルシスも決意のように胸に抱く。
 腕には先ほど抱いた赤子のぬくもりが残っており、小さな命が脅かされる世界にはなってはいけない――エルシスは改めて強く思った。


「ベロニカちゃん、セーニャちゃん!無事に戻ってきてよかったわ!」
「二人ともお帰りなさい」
「勇者さまとご一行の皆さま……。世界でもっとも命の大樹に近い場所……聖地ラムダへようこそいらっしゃいました」

 いつもは静かな里に、ベロニカとセーニャの帰りを喜ぶ声や、勇者一行を歓迎の声など明るく飛び交う。

「私たちは長い時の間、神話を語り、命の大樹を見守ってきました。そして、この地で何年もの間、勇者さまの訪れをお待ちしておりました。どうぞ、皆の話を聞いていってください」
「この里にある建物の中には、古い神話に関わる書物もありますから、そちらもどうぞお立ち寄りくださいまし」

 書物……その言葉には、ユリが反応した。

「エルシス。ここでは安心して過ごして平気よ」
「ええ、皆さま。勇者さまが訪れるのを待ち焦がれていましたもの」
「勇者のゆかりの地だけあって、大歓迎だな、エルシス」

 ベロニカ、セーニャと続いて「よかったじゃねえか」というカミュの言葉に「なんだか慣れないや」エルシスははにかむように答えた。
 何度か人気者になった瞬間はあったが、どうも追われる身の方が染みついてるらしい。
 双子に案内されるなか、エルシスは様々な里の者たちに声をかけられる。

「勇者さまってホントにいたんだ!こうして会えるなんてすごくすごくうれしいや!勇者さまって、ふしぎな人だね。おカオをじーっと見ていると、お日さまみたいにあたたかい感じがするよ」

 元気いっぱいな小さな少年から……

「勇者さま、意外とかわいいカオしてるのね。オバちゃんもあと10年若かったらアタックしちゃうのに……おしいわあ〜」

 イケイケなオバちゃんまで。オバちゃんは世界共通なのだとエルシスは知った。

「16年前……勇者さまが魔物たちに襲われたと聞いた時、私はこの世の終わりだと思いました。その後、勇者さまへのあらぬウワサにも心を痛めておりましたが、よくぞ……よくぞ、生きていてくださいました……っ!」

 歓喜あまって泣いてしまった老人には、微笑みながらエルシスはその背中を撫で、慰める。

「……さすが勇者ゆかりの地だな」
「本来ならこういう反応が普通なんだと思う」
「……マジか」

 デルカダールが勇者を悪魔の子と流しておかしかっただけで、勇者は世界を救う者だから……ユリの言葉はもっともかもしれないが、それにしても大袈裟だろうとカミュは思った。

「勇者さま。よろしかったら、勇者の紋章を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

 紋章とは手の甲のアザのことだろうか。エルシスは手袋を取って、アザを見せる。

「それこそが聖なる紋章――。勇者さまの手に宿る聖なる紋章は、命の大樹と勇者をつなぐ、ただひとつの絆と言われております。命の大樹の中心にたどり着いた時、きっとその紋章があなたに新たな導きを示してくれるはずです」

 その話に、エルシスも自分の手の甲にある紋章を見つめる。
(命の大樹との絆……)
 さすが勇者ゆかりの地に、勇者について詳しい者も多いようだ。

「この里を見下ろす大きな彫像は、いにしえの勇者さまと一緒に戦った、ある賢者さまをかたどったものよ。私の気のせいかしら……。今日の賢者さま、ちょっと笑っているような気がするわ」

 思わず彼らも彫像を見上げる。
 かつての自分たちのような――勇者一行の訪れを、喜んでいるのかもしれない。


「じゃあ、そろそろあたしたちの家に案内するわ!」
「そういえば、ベロニカちゃんとセーニャちゃんって、双賢の姉妹って呼ばれているのね」
「双賢の姉妹ってのは、あたしとセーニャが生まれた時に長老がつけた呼び名なの」

 歩いているときに何度か耳にした二人の呼び名に、シルビアがベロニカに尋ねた。

「長老はね。あたしたちが生まれつきすごい呪文の才能を秘めていることを見抜いていて……。あたしとセーニャがチカラを合わせれば、賢者さまの強さに匹敵するって言われてたの。あたしたちはふたりでひとつってワケね」
「小さい頃から、お姉さまとは何をするにもいつも一緒でした」
「旅に出る前に、よく言い聞かされたわ。これから先、どんな時もふたりでチカラを合わせて生きていけってね」

 ――そのベロニカの話を聞いて。

 ユリは以前、イザヤールから聞いた「ベロニカとセーニャは、ひとつの魂ひとつの身体で生まれていれば、賢者になっていただろう」という言葉を思い出した。

 双子で生まれたので、賢者の素質を別々に授かってしまったのだという。
 だが、ベロニカが言ったとおり、二人が力を合わせれば、同等か、きっとそれ以上の強さが生まれるだろうとユリは思った。
 今までの二人の絆の深さを見ていればわかる。
 そして、二人が双子に生まれてきたことも、きっと何か意味があるのだと……

「――ユリ、ここにもヨッチがいたよ」
「あっ、本当だ!」

 ヨッチはこのラムダの地にもいた。東西南北、ヨッチたちは合言葉を探してえらいなぁと、エルシスとユリは感心した。

「やあっ!勇者さま、よく来たね!合言葉ならボクが見つけておいたよ。えへへ、偉いでしょー。えっへん!」
「うん、本当に君たちは立派だよ」
「今からこの合言葉を教えてあげるから、忘れないようによく聞いていてね!それじゃ、いっくよー……」

 エルシスは青色ヨッチから合言葉を教えてもらった。

「ねえ、エルシス。青色のヨッチは初めての色じゃない?」
「そういえば……初めて見た色かも」
「アンタたち……いつもなにもないとこでぼーっとしてるわね」

 呆れるベロニカの視線が二人をじーと見ていた。「別にいつもぼーっとしてるわけじゃない」と、二人は主張するものの、彼女はさっさと行ってしまう。

「さあ、ここがアタシたちの家よ!」

 その足が止まったのは、久々の我が家だ。
 双子が先に家へと帰り、事情を説明してから、エルシスたちは招かれた。

「おぉ、勇者さま方!聖地ラムダへようこそいらっしゃいました。私はベロニカとセーニャの父です」
「あなたが伝説の勇者さま……。ウワサよりもお若い方なのですね。私がベロニカとセーニャの母ですわ」

 二人の両親は、穏やかそうな笑顔を浮かべて勇者一行を歓迎する。
 エルシスは代表して、ベロニカとセーニャの両親に挨拶した。

「私たちの天使、ベロニカとセーニャなら、きっと勇者さまを見つけると思ってました。これからもふたりをよろしくお願いします」
「まだ若い勇者さまにとっては手に余るかもしれませんが、うちの娘たちを守ってあげてくださいな」

 二人の言葉に「お父さんもお母さんも恥ずかしいじゃない……」と、珍しくベロニカは頬を赤く染めて言う。

「いつもベロニカとセーニャには助けられています。僕も、二人を守れるように頑張ります!」

 エルシスの言葉に「まあ、エルシスさま……」と、ぽーと嬉しそうにするセーニャとは反対に「まったく。アンタは守られる方でしょ!」そう、いつもの強気な発言をするベロニカ。

 どうやらその双子の様子は昔から変わらないらしい。
 微笑む両親に、仲間たちも笑顔を浮かべた。

「エルシス。せっかくだから、二人には家族水入らずで過ごしてもらいましょう」
「そうだね」

 マルティナの言葉に、エルシスもにっこり頷いた。 
 その日の夜は、勇者一行のささやかな歓迎会を開いてくれるという。

 それまで、エルシスたちは自由行動を楽しむことにした。

「私は書物を読んで来るね」
「どれ、ユリ嬢。わしも古き神話に興味があるから同行させてもらうかの」
「私はお店でも見てこようかしら?」
「アタシはね。ちょっと広場で大道芸をしてみたいと思うの!」
「僕はもう少し、里を見て回ろうかな。カミュは?」
「オレは宿屋で休む。ついでに部屋を取っておくよ」

 それぞれが目的地へと歩き、カミュは宿屋へと向かった。
 ちょうど宿屋の前で、亭主らしき人物がそわそわしている。

「なあ、アンタこの宿の者か?部屋を8……いや、6人分取りたいんだが……」

 男の顔が喜びに満ちる。

「おぉっ!ついにこの日が……!いつか勇者さまが訪れると思っていました!」
「は……?いや、オレは勇者じゃなくてだな……」
「ささっ勇者さまどうぞお入りください!ささ、どうぞお入りください!」
「いや、わかったから。その前にオレは勇者じゃなくて……」
「勇者さまがお泊まりになったら、この宿は後世まで伝説の宿屋として語り継がれるでしょうな!」

 いや、全然人の話聞かねえし!

 完璧に勘違いして、上機嫌な亭主。
 ……まあ、勇者のエルシスがここに泊まることは変わりないので、カミュはそのまま6人分の部屋を取った。

 一方のエルシスは、一風変わった老人に話しかけられていた。
 
「フホホホ!若者よ、病気などしてないかね?毎日、健康で無事にすごすこと……人生においてこれに勝る幸せはないのじゃ」

 元気な老人の言葉に、確かに健康は大事だとエルシスは同意する。

「じゃが、健康に終わりはない!そうじゃ!健康のためなら死んでもいい!ワシの人生は健康のためにあるんじゃ!」

 いや、死んだら健康の意味はないんじゃ……という真っ当なつっこみは、きっと野暮だろう。

「健康のため、すべてをなげうってきたワシがついにたどり着いた究極の回答……それが始祖汁じゃ!」
「始祖汁……?」
「若者よ……始祖汁を完成させるために、そのチカラを貸してくれんか?」

 キラリと老人の目が光る。健康に命をかけている老人だ。
 その真剣さはひしひしと伝わり、当然エルシスは……

「僕にできることならおチカラになります!」
「フホホホ。ワシの目にくるいはなかった。では、始祖汁の材料である赤き始祖の葉を、始祖の森の奥で手に入れるのじゃ!始祖の森は侵入の許されぬ聖なる地じゃが、勇者であるあんたなら禁も解かれよう」

 老人の言葉通り、始祖の森へはこれから行く場所だ。

「わかりました!赤き始祖の葉ですね」

 どんな葉かわからないが、きっと赤い葉だろう。

「これぞ、健康の神のおぼしめしじゃ!赤き始祖の葉は1枚でよい。手に入れたらワシに届けてくれ。では、頼んだぞ。健康を愛する同志よ!」

 同志かはわからないが、エルシスは老人からのクエストを引き受けた。
 ちなみに、エルシスがこのラムダの里で引き受けたクエストはもう一つあった。
 それは、里近くにある静寂の森という場所に行った際の出来事。

 ベロニカとセーニャが、幼い頃に遊んでいた森だ。

 エルシスも話に聞いた「森で迷子になったセーニャを、天使だったユリが導いた」というのも、きっとこの森だろう。

 そんな静寂の森で、エルシスは一人の少女に出会った。

「私……病気でね。お医者さんから治らないかもって、言われてるんだ」

 それで少女は空気の澄んだ、この場所によく来ているのだという。

「でも、思いだしたの。おじいちゃんが前に話してくれた、花が咲けばどんな願いでもかなうっていう伝説のきぼうの花のことを」
「きぼうの花……?」

 どんな願うが叶う――本当だとしたら、とてもすごい花だ。

「だけど、きぼうの花のタネは"黄泉の花"っていう、すっごくめずらしい魔物が持ってるせいで、誰も手に入れたことがないらしいの……」
「魔物が……」
「お兄ちゃんってすごく強そうだよね?一生のお願い!黄泉の花をやっつけてきぼうのタネを持ってきてほしいの!」

 幼気な少女から頼まれて、ましてやエルシスが、断れるわけがない。

「きぼうのタネだね。大丈夫。僕にまかせて」

 エルシスは膝を曲げ、少女の目線に合わせると、優しい口調で言った。

「ありがとう、お兄ちゃん!私、きぼうの花が咲いたら病気が治りますようにって、お願いするの!」

 本当に叶うかは定かではないが、その名のとおり、それで少女が希望を持ってくれたならば……と、エルシス思う。

「きぼうのタネを持ってる黄泉の花はね、始祖の森の奥にいるんだって。でも、めったに会えないらしいの……。始祖の森にいる"アラウネ"っていう魔物をたくさんやっつけると、姿を見せるかもっておじいちゃんは言ってたわ」

 ……なるほど。きっとそれは、転生モンスターだ。

「手に入れるのはきっと大変だと思うけど、私、お兄ちゃんしか頼れる人がいないの。きぼうのタネのこと、お願い……」

 もう一度エルシスは、少女を安心させるように力強く答えた。


 夜になり――勇者一行のための、ささやかな宴が広間で行われた。
 たくさんの料理が並び、楽しげな笑い声が響く。
 シルビアのジャグリングには、里の数少ない子供たちが大喜びだ。

「この里で、こんなに賑やかなのは初めてですわ」

 人々の様子を見ながら、セーニャは楽しそうに言った。
 相変わらず色んな人に声をかけられるエルシス。
 ユリも元といえ天使だと噂がすぐに広まり、加護をお願いされている。

 今まさに食べようとしたところ、声をかけられ中断した姿には、ちょっぴり可哀想だと思いつつ、セーニャは小さく笑ってしまった。
 カミュ、マルティナ、ロウも、輪の中に溶け込んで楽しんでいるようだ。

「でもちょっと落ち着かないわね。ねえ、セーニャ。あとで静寂の森に行ってみない?」
「懐かしいですわね、お姉さま。小さい頃に、よく二人で遊んだ思い出が蘇りますわ」


 それぞれが宴を楽しむ中、夜は更け、一夜が開けた――……


 宿屋に泊まったエルシスたちは、ベロニカとセーニャも共に、奥にある大聖堂へとやって来ていた。
 ちなみに、防寒着はもう必要ないので、いつもの格好だ。

「それでは、勇者さま。どうぞこちらへお越しください」

 彼らが訪れるのを待っていたファナードは、中へと案内する。
 彼の後に入った部屋には、四枚の美しい絵が飾られていた。

「なんてきれいなんでしょう……。こちらの絵はいったい何を描いたものなのかしら?」
「こちらの数々の絵は、ラムダの地に伝わる神話の一節を表したものです」

 マルティナの独り言のような呟きに、ファナードは答えた。
 神話の一節というと――ユリは、昨日ロウと一緒に読んだ書物を、絵にしたものだと気づく。

 一枚一枚、ユリはその絵を眺めていった。

 『降誕』――神話の時代のすべての始まりとなる一枚。伝説の勇者ローシュの誕生を描いた聖母子画。

 『災厄』――この世の命のすべての根源となる、命の大樹が散りゆく姿を描いた聖画。

 『 対峙』――伝説の勇者ローシュと、その仲間たちが邪神に挑む姿を描いた聖画。

 『星天』――平和となったロトゼタシアの世界に、勇者の星が浮かぶところを描いた聖画。

 ……勇者については、師であるイザヤールに教えてもらったので知識としては知っているが、人間界で伝わる神話としては初めて知ったので、とても興味深かった。

「勇者とは世界に災厄が訪れる時、大樹に選ばれて生まれてくる存在……。この世界にはじめて勇者という存在が降臨されたのは、はるかいにしえの時代のことです」

 ファナードがそう話を始めると、ユリと同じように、それぞれ絵を眺めていた皆は、そちらに意識を向ける。

「ロトゼタシアのすべての命の源は、命の大樹。邪悪の神はその大樹の中に宿る生命力の根源……大樹の魂を奪おうとしました」

 邪悪の神の目的は、大樹の魂だった――。ウルノーガの真の狙いも、その大樹の魂だろうか。

「そんな時代に命の大樹に選ばれ、生まれたのが、エルシスさまと同じアザをたずさえた伝説の勇者、ローシュさまです。そして、勇者ローシュさまと共に戦ったお仲間のひとり、賢者セニカさま……」

 ファナードは二人に視線を向ける。

「そのセニカさまの生まれ変わりと言われているのが、そちらのベロニカとセーニャなのです」

 双賢の双子と呼ばれるベロニカとセーニャだ。

「ウルノーガ……」

 ファナードは重々しくその名を呟いた。

「邪神亡き、この時代にエルシスさまがなぜ勇者として生き授かったのか……。皆さまの話を聞いて、すべてつながりました」

 そして、その目は彼らに向けられる。

「どうか、ウルノーガなる者を討ち果たし、世界の未来をお守りくださいませ!ご武運をお祈りしておりますぞ」


 勇者と、彼と共に戦う、その仲間たちに――。


「あとすこし……。あとすこしで命の大樹の中に眠る勇者のつるぎが手に入るのね……。……待っていなさい、ウルノーガ。16年前の借り、必ず返してあげるわ」

 ぎゅっと拳を握り締めるマルティナ。

「いにしえの時代の勇者、ローシュさまが……。名前だけは聞いたことがあるが、まさかあのような絵画が残されていたとはな……。聖地ラムダの者は勇者にまつわる伝承をずっと守り、語り継いできたのじゃろうな。おそらく気が遠くなるほど昔から……」

 絵を眺めながら、はるかいにしえの時代に思いを馳せるロウ。

「勇者とは世界に災厄が訪れる時、大樹に選ばれて生まれてくる存在……。聖地ラムダの長老さまはそう言っていたわ。つまり、エルシスちゃんは生まれてくる前から勇者になることが決まっていたのね……」

 その使命を一身に背負うエルシスの重さは、計り知れないもの。
 それなのに、彼は少しもそんなそぶりを見せない。
 その使命を真っ当するのが、自分にとって、当たり前のように。

「エルシスちゃん!大丈夫よ。これからもアタシたちがついてるからね!」

 ――思わぬシルビアの言葉に、エルシスはくすりといつもの彼らしい笑みを浮かべた。

「ありがとう、シルビア。……本当は生まれ代わりだなんて、実感ないんだ。でも、僕のやるべきことはわかってるよ」

 勇者として――魔王、ウルノーガを倒す。
 生きとし生ける者たちの、平穏を奪わせたりなどしない。
 命の大樹へ行き、勇者のつるぎを手に入れれば、それは大きな一歩となる。

 心を引き締めるように、きゅっと唇も引き締めたエルシス。

「エルシスはかつての勇者、ローシュ……。ベロニカとセーニャはその仲間だった賢者セニカの生まれ変わりだって……?」

 何やらぶつぶつ呟くカミュに、ユリは視線を向ける。

「で、お前は元は天使さまだ。こんなこと言うのも今さらだけどよ。もしかしてこの中じゃ、もと盗賊のオレがいちばんありふれた存在なんじゃないか……?」

 わりと本気で悩んでる姿に、ユリは思わず吹き出してしまった。

「カミュは勇者の相棒でしょう」
「肩書きの話じゃなくてな……」
「カミュはカミュという、世界で一人しかいないすごい存在だよ」

 ……大雑把な励まし方だったが、ユリが言うと説得力があるというか、その気になってしまうから不思議だ。

「さあ、長老の長い話も終わったし、いよいよ命の大樹へ行く時が来たわね」

 ベロニカが皆に声をかける。

「大聖堂を抜けて山道を進めば、始祖の森よ。まずは始祖の森のどこかにある、6つのオーブを捧げる祭壇を探しましょ」
「命の大樹の下に広がる始祖の森は、禁断の地。もうずいぶん長い間、人が立ち入ったことはないはずですわ」

 禁断の地となると、何が起こるかわからない。皆の表情がいっそう引き締まる。

「私などがおいそれと足を踏み入れていいのでしょうか……。ああ……なんだか緊張してきましたわ」
「もうっセーニャたら。大丈夫よ!ほら、早く行きましょう!」

 ベロニカに引っ張られるように、セーニャは皆の後ろに続いた。

「命の大樹へ続く始祖の森へは、この扉を抜け、山道を進んだ先にあります。始祖の森は前人未到の危険な場所。皆さまのご武運をお祈りしております」

 最後にファナードに見送られ、エルシスは扉の前に立つ。

「大聖堂の奥の扉を抜ければ、いよいよ命の大樹も目前ってわけか……。苦労して集めた6つのオーブをいよいよ捧げる時が近づいてきたな。エルシス、気を引きしめて行こうぜ」
「これまで色んなことがあって、ここまで長い道のりだったね。命の大樹は、エルシスのことを待ってるよ」


 エルシスはカミュとユリの言葉に大きく頷き、扉を開けた。


「行こう」


 命の大樹の元へ!


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