始祖の森

 ラムダの里の大聖堂の扉を抜け、ゼーランダ山のさらなる奥地へ進む。

「ベロニカとセーニャの故郷、聖地ラムダ……。みんな、生き生きとしていて、ふたりのご両親も幸せそうだったわ」

 歩きながら思い出したように話すマルティナに「そうだね」とユリも笑顔で頷いた。

「私のお父さまはどうしているのかしら……。一刻も早くウルノーガを倒して、お父さまの目を覚ませてあげないと」 
「焦らず行こうぞ、姫よ。その時は刻々と近づいておる」

 その言葉にゆったりと言ったロウに「……そうですね、ロウさま」マルティナは頷くように答える。

 どうやら自分でも知らぬうちに、心が逸ってしまったと……マルティナは自身を落ち着かせるように手を胸の真ん中に置いた。

(もうすぐ命の大樹に……)

 何気なくマルティナの言葉に答えたユリだったが、彼女もまた内心ざわついていた。
 命の大樹は、物心つく前から関わりある存在。
 天界にもう戻れない今、命の大樹がユリの原点だ――。


 集団で襲ってくるブルーイーターとレッドイーターを蹴散らしながら、始祖の森の入口を目指す。
 周辺ではスマイルロックが不気味な笑みを浮かべているが、ゴロゴロしているだけで何もしてこないので、彼らもそのまま通りすぎる。

「氷獄に封印されたドラゴンに似ている……」

 その先の頭上には、悠然と空を飛ぶスカイドラゴンの姿が。
 圧巻というように、エルシスは見上げた。
 スカイドラゴンは地上を見向きもせず、気持ちよさそうに空を泳いでるので、下手に刺激せず、一行も先を急いだ。

 途中、落ちた吊り橋に回り道して宝箱を回収し、始祖の森の入口にたどり着く。
 ゼーランダ山と繋いでいる苔に覆いつくされた橋は、はるか長い年月、人の足が踏み入れがないという表明だ。

「命の大樹があんなに近くに……」

 始祖の森の奥地から根っこを伸ばし、宙に浮かんでいる。その中心部は、目映い緑色の光を放っていた。

「いよいよ、命の大樹とご対面だな。世界中あちこち渡り歩いてきたが、オレたちの旅も大詰めってワケだ」

 エルシスの隣に立つカミュが言った。

「なんか、緊張してきたかも……」
「緊張するのはきっとまだ早いよ、エルシス」

 まずはこの始祖の森を抜けなければならないと、ユリは言う。
 特別危険なのかとエルシスは思いきや、森は迷いやすいのだとか。

「ここが始祖の森か……。遠くからながめるだけだった命の大樹へ、こうして向かう時が来るとは……」

 感傷深くロウは大樹を見上げて言った。

「さあ、エルシス。この先にオーブを捧げる祭壇があるはずじゃ。注意しながら森の奥へ進むぞ」

 ロウの言葉に頷き、エルシスは足を踏み出す。
 神話の時代そのままの深い森に、彼らは足を踏み入れた。

「さすが命の大樹のおひざもと……。清らかなチカラに満ちた、不思議な植物がいたる所に生えているわ」
「ええ、図鑑でも見たことありませんわ」

 足を止めて言うベロニカに、セーニャも続く。二人が言うならそうなのだろう。
 確かに見たことのない、不思議な植物たちだ。
 
「きっと、あたしたちが生まれるずっと前からそのままの風景をとどめているのね。神話の時代からもうずっと何年も……」
「それに、あちこち草木が生いしげっていて、道を見失ってしまいそうですわ……」

 伸びきった葉を避けながら、先頭を歩くエルシス。足元が沈み、どうやらこの辺りの地面はぬかるんでいるようだ。
 すぐそばから滝が流れる音も聞こえる。
「みんな、地面がぬかるんでるから気をつけて」
 エルシスは後ろの皆に声かけした。

 小さな川の水源は、なんとはるか頭上からであった。
 命の大樹から、滝のように水が流れ落ちているのが見える。

「冷たくて、うまいぜ」

 片手で水をすくって一口飲んだカミュ。エルシスもその隣にしゃがみ、透き通るような水に手を浸すと、ひんやりして気持ちいい。
 そのまま水をすくって口をつけた。

「……ふぅ、おいしい」
「生き返るわ〜」
「どれ、わしも……」

 ユリとシルビアも同じように喉を潤し、皆もそれに続く。

「16年前、キミとはなればなれになった川は、命の大樹から落ちる滝が源流となって、ユグノア地方へ続く川だったみたいね……」
「そっか……僕は川に流れて……」
「イシの村まで流されて無事だったのは、もしかして、命の大樹がキミを守ろうとしてくれたからかしら……?」

 そうかもしれない――と、エルシスは思った。赤ん坊だった自分にその記憶はないが、溺れることも魔物たちに襲われることもなく、ずっと川を流れて……テオに拾われたのは奇跡だ。

「喉も潤ったし、そろそろ行きましょう」

 ベロニカの言葉に全員頷き、再び足を進めた。

「あたしたちの使命はアンタを無事に命の大樹へ導くことだから……。もうすぐアンタのお守りも終わりかしら」

 歩く中、聞こえてきた隣からの声に、エルシスはそちらに視線を向ける。
 何か言おうとする前に、ベロニカは笑顔を見せた。

「……ふふっ冗談よ。アンタがイヤだと言っても、どこまでもついていくからね」

 その言葉にエルシスも笑顔を浮かべた。
 そして、神妙な様子なのは、ベロニカだけじゃないようだ。

「………………」
「セーニャ?考えごと?」
「ああ、すみません。エルシスさま。もうすぐ命の大樹に登るのかと思うと、色んな気持ちがこみあげてきてしまって……」

 ……そうか。さっきのベロニカもセーニャと同じような気持ちだったのかもしれない。

「私とお姉さまは、ずっとこの日のためにエルシスさまと旅をしてきたのですね。はじめてお会いしたのが遠い昔のようですわ」

 確かにとうとう命の大樹の一歩手前までやってきたのだ。
 改めて考えると、エルシスにも込み上げてくる気持ちがある。


「この辺りの魔物たちはなんだか独特ね。ひとクセもふたクセもありそうな子がいっぱいいるわ。中には見た目がカワイイ魔物もいるみたいだけれど、カワイイからって油断しちゃだめよ」

 シルビアが辺りをうろつく魔物たちを見ながら言った。
 この辺りにいるのは、頭の二つの緑のぼんぼんが愛嬌があるグリーンモッキー。

「あ!聖獣に似た魔物!」

 エルシスがそう指差したのは、クレイモランの聖獣と色違いのような魔物のマムーだ。

「……ありゃあ魔物と間違えて退治するわな」

 納得するカミュ。聖獣と聞いていたので、もっと神々しい姿を想像していた。

「魔物……?」
「どうしたの?エルシス」

 エルシスの様子に、不思議そうに尋ねたユリ。
 何か忘れているような……そこでエルシスは「あっ!」と声を上げて、手帳を取り出した。
 なになにどーしたの!?と、ベロニカや他の皆もそばに寄ってくる。

「クエストを引き受けてたんだ!」
「お前、本当にマイペースだよな……」
「でも、両方とも大事なお願いだよ」

 病弱な少女と、健康に命を懸けてる老人の願いだ。
 エルシスから詳しく話を聞いて、彼らはまず始祖の葉を探すことにした。

「とりあえず赤い葉っぱちゃんを探せばいいのね!みんなで手分けして探しましょ!」
「手がかりが赤い葉だけだろ?この広い森で見つかんのか?」
「始祖の葉、私も聞いたことがありますわ。とても健康にいいというウワサの葉です」
「わしも飲んでみたいのう」
「私はシソの葉だったら知ってる」
「それならあたしも知ってるけど……シソ違いよね、きっと」

 そんな会話をしながら、赤い葉を探しつつ彼らは奥へと進んだ。

「あっ!あれじゃない!あの赤い葉っぱ!」

 視界が低いベロニカが、木の根本に生える赤い葉に気づいた。だが……

「ぐるぐる……」

 その手前には、獰猛そうなライオンヘッドが待ち構えている。

「まずはあいつを倒さなきゃなんねえみてえだな」
「ええ、そうね」

 カミュは両手に短剣、マルティナは槍を構える。
 ライオンヘッドだけでなく、アンクルホーンなど凶悪そうな魔物も集まってきた――……

「……うん!たぶん、これが始祖の葉だよ」

 なかなかの強敵だったが、れんけい技も駆使し、魔物たちを撃破した。

 エルシスは無事赤き"始祖の葉"を手に入れる。
 
「あとはきぼうの花のタネね」
「アラウネっていう魔物の転生モンスターが落とすんだったか?」
「うん。まずはアラウネを見つけないとね。確か、始祖の森の奥にいるとか……」

 ユリとカミュの言葉に、エルシスは思い出しながら答えた。

「では、皆さま。先に進みましょうか」

 人の手が入ってない自然の始祖の森は、奥に進むほど道のりが厳しくなっていく。
 ツルを渡ったり、キノコの道を歩いたり、ツルを登ったり。

「フゥフゥ……。さすがにこのトシで山登りは足腰にこたえるのう」

 皆の後ろをよれよろとついていくロウ。
 気づいた彼らは足を止め、シルビアが心配そうにロウに寄り添う。

「山頂までもう少しかかりそうね。大樹ちゃんに会う前の大事な時なんだし、ここでしっかりと休んでいきましょ」

 ちょうどキャンプ地があり、今日は早めに切り上げ、ここで一晩明かすことにした。
 周りに美しい花が咲く、とても景色のいい場所だ。

「見てください、ユリさま!あそこにとっても可愛い魔物さんがいますよ!」

 キャンプの準備をする中、セーニャが指差しながらユリを呼ぶ。

「本当に!頭に白い実がついてて可愛い!」
「いやん♡癒し系の魔物ちゃんね!」
「お前ら、口だけでなく手を……って、こいつがアラウネって魔物じゃないか?」

 カミュが気づき、全員がはっとした。

「では、このこの子たちをたくさん倒さなければならないのですね……」
「心苦しい……!」
「みんな!アタシたちを待っている女の子のために、ここは心を鬼にしなくちゃ……!」
「そうね……。可愛いけど、魔物は魔物だものね」

 セーニャとユリとシルビアに、さらにマルティナまでもが。四人の言葉に「やりずれえ……」カミュは小さくぼやいてから、続けて言う。

「お前らはキャンプの準備をしてろ。エルシス、さっさと倒しまくって、転生モンスターである黄泉の花を見つけようぜ!」
「うん!」

 アラウネはそこまで強くなく、むしろカミュとエルシスの二人で十分だった。
 それどころか、彼らはいやしの花粉をまきちらし、エルシスたちも回復してくれた。
 そんな癒し系の彼らに、エルシスもちょっぴり心を痛めながら倒しまくった。

「アンタたち、意外と容赦ないわよね」
「……クエストのためだよ」

 ベロニカの言葉に、歯切れ悪く答えたカミュ。さすがにちょっと罪悪感を感じたらしい。

「肝心の転生モンスターは……」
「あれじゃないかな?」

 気づいたユリが指差した。

 アラウネと姿は似ているが、涼しげな色のアラウネとは反対に、黄泉の花は紫色の見た目に、頭の花もどこか毒々しい。
 そして、黄泉の花はいきなりエルシスとカミュに襲いかかり、あたり構わずしびれる花粉を振り撒いた!

「身体が痺れて……!」
「いきなりやりやがって……!」

 風に流され、花粉は後方にいた皆たちまでは届かず「キア……」ユリはマヒをなおす呪文を唱えようとしたら――
 それよりも早く、黄泉の花は身も凍りつくようなおぞましいおたけびを上げた。

 全員の身の毛が立ち、足が止まる。

「……っちょっとこれは本気出さないと危ないわね」
「改めて……キアリク!」
「可愛いカオに騙されちゃダメね!」
「見た目に反して恐ろしい声でしたわ……。まだ震えが止まりません」
「わしらも加勢するぞ!」
「ええ、みんな!エルシスとカミュの援護しましょう!」


 ……――なんとか、黄泉の花を倒した一行。
 マヒ攻撃とおたけび攻撃の繰り出される二回攻撃に、危うく自分たちが黄泉送りにされるところだったとエルシスは思った。

 黄泉の花は超ばんのうぐすり落とした。それともう一つ、きぼうの花のタネだ。

「みんな、ありがとう。手伝ってくれて……」
「なに言ってんの。今さらでしょうが。ほら、早く女の子のところに届けに行ってあげなさい」

 あたしたちはキャンプ地で待ってるからね!続けてベロニカは言った。
 キャンプ地ならルーラで戻って来れるだろう。

「エルシスや。わしも始祖汁とやらが気になるんじゃ。共についていってもよいじゃろか?」
「もちろん!」

 エルシスはルーラを唱えて、ロウと共にラムダの里に戻ってきた。
 二人はさっそく老人の元へ向かう。

「おお、若者よ……。赤き始祖の葉は手に入ったかね?」

 エルシスは赤き始祖の葉を渡した!

「これじゃよ!この赤き始祖の葉をドリンクに混ぜ合わせれば、始祖汁の完成じゃ!」
「ご老体よ。わしも孫のためにも元気で長生きしたいのじゃ。少しばかりいただくことはできんかの?」
「おお!もちろんじゃとも!皆で健康を分かち合おう!さあ、若者もじゃ!」
「あ、いや、僕は……」

 正直、緑のような赤いような、ドロドロでおいしそうに見えない。エルシスは断ろうとしたが「遠慮はいらん!」と押しつけられた。

「では、さっそく……」
「いただこう」
「い、いただきます……」

 三人は同時にぐびっといった。

「ゴク……ゴク……ゴブォハァッ!?」

 最初に老人が叫び、そのあと、ロウが唸り、エルシスは口を押さえた。

 ま、まずい!まずすぎるぞ……!

「うぐぐ、なんというまずさじゃ!この世のものとは思えない味じゃわい!だが効いてきた、効いてきたぞい!」

 老人は声高々に続ける。

「苦味、酸味、辛味、エグ味……すべてが口の中で折り重なり、なんとも言えないまずさじゃ……。まさに良薬口に苦しじゃな!フホーホホホ!チカラがみなぎってきた!始祖の森の……いや!命の大樹の恵みが!身体の中からほとばしるようじゃわい!」
「おお……!今なら超特大魔法も唱えられそうじゃぞい!まずい!もう一杯!」
「………………」

 まずいっと言いながら、ぐびぐび飲む元気な老人二人に、エルシスは引いた目で見た。
 あまりのまずさに、エルシスの顔は青い。

「あんたに頼んでよかった。これはせめてもの礼じゃ。受け取ってくれい!」

 エルシスはタイタニアステッキを受け取った。
 ロウと老人は健康について盛り上がっていたので、エルシスはひとりで病弱な少女に会いにいく。(口の中がまだまずい……)

 少女は昨日と同じように、静寂の森にいた。

「……お兄ちゃん。きぼうのタネは見つかった?」
「うん、見つかったよ」

 エルシスはきぼうのタネを渡した!

「わあ……!約束ちゃんと守ってくれたんだね。ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
「きぼうの花はね、育てているときにかけた願いが大きければ大きいほど、きれいに咲くんだって」

 願いが大きいほど……か。
 
「私の花はきれいに咲くかな……?ううん、咲くに決まってるわ。だって私には夢があるんだもん!全部お兄ちゃんのおかげよ。私からのお礼の気持ち……受け取ってね」

 エルシスはいやしのカードを受け取った。

「どんな花が咲くか楽しみだね」
「うん!お兄ちゃんも見にきてね!」

 少女と別れ、エルシスはロウと合流。ルーラを唱え、再び二人はキャンプ地に戻ってきた。
 ラムダの里でのクエストも完了し、これで心置きなく命の大樹へ行けるだろう。

「あら、おかえりなさい。エルシス、ロウさま」
「ただいま」

 キャンプの準備は進んでおり、おいしそうなにおいが漂っている。

「師匠とセーニャがラムダの郷土料理を、カミュ監修のもと作ってくれてるの」
「カミュ監修……?」

 ユリの言葉に料理番を見ると……

「待て、セーニャ。それは砂糖だぞ。本当に砂糖は入れるのか?」
「あら、私ったら……塩を入れようとしたのに。止めてくださりありがとうございます、カミュさま」
「昔からセーニャはおっちょこちょいないのよね」
「待て、ベロニカ。鍋にぶっこむ前に皮向け!」
「あのねえ!皮だって栄養があるのよ?」
「それは皮が固くて食えねえだろ!」

 …………うん。これはカミュ監修が必要だ。

「三人、楽しそうだよね」
「……そうだね」

 微笑ましそうにその様子を眺めるユリに、エルシスは同意しといた。
 そして、カミュ監修のかいあり、二人の料理はおいしく出来上がった。


 辺りは夕闇に包まれ……。彼らも夕飯が終わり、焚き火を囲みながら、のんびり過ごしていた。

「いよいよ、明日は命の大樹のもとへ向かうのね。なんか緊張してきたわ……」

 うつらうつらしているロウに、くすりと笑みを零したユリは、その声にベロニカの方に視線を向ける。

「ねえ、セーニャ……あの曲を聴かせてよ。アンタが子供の頃からよく弾いていた、あたしたちの故郷に伝わるあの曲を」

 ベロニカは隣に座っているセーニャに言った。
 セーニャは微笑み頷くと、立て掛けてあったハープを手に取る。
 その指先から奏でる音色は曲になり、静かな始祖の森に響き渡った。

 彼らは心地よく耳を澄ます。

「大樹って、夜はこんな幻想的に見えるのね。私たちの命もあの葉の1枚なのかと思うと、なんだか不思議な気分になってくるわ」

 夜空に浮かぶ、命の大樹を見上げてマルティナが言った。
 皆も同じように見上げる。すぐそばにある大樹はその内を静かに輝かせていた。

「そういえば、ラムダの長老が言ってたな。あの命の大樹が世界中の命を束ねているとか……それってホントなのか?」
「ええ……誰かが息絶える時、その葉は散り、誰かが生まれる時、新たな葉が芽生えることで、世界の命のバランスは成り立っているの」

 ――そうよね、ユリ?と、ベロニカに振られて、ユリはこくり頷いて口を開く。

「うん。私たち……天使の間では、命の円環とも呼んでるよ」
「命の円環……か」

 エルシスがぽつりと呟く。

 もし……自分が命を落としたら……その魂は命の大樹の中で巡り、また新しい勇者が生まれ変わるのだろうか。
 
 ……そう考えると、エルシスは少し怖くなった。

「……もうじきウルノーガとの決戦ね。ウルノーガさえ倒せば、きっと、お父さまも昔のお父さまに戻ってくれるはずだわ」

 それはマルティナの悲願だろう。そして、エルシスも『悪魔の子』という汚名を晴らすことができる。

「あら、ベロニカ。あなたも楽器をたしなむの?」
「ううん。これは、長老からもらったお守り。あたしたちの祖先、賢者セニカさまが、昔ラムダに残していった物らしいわ」

 マルティナの視線の先のベロニカの手にあるのは、白に金で装飾された長い笛だ。
 賢者セニカさまも笛をたしなむのね……そう思ったのはユリだ。

「さっ、みんな。おしゃべりはその辺にして休みましょ。夜ふかしはレディの天敵よん♪」
「レディじゃないオレたちは順番に見張りをするか」
「そうだね」
「あら、カミュ。アンタたまには優しいじゃない」
「たまにはってなぁ……」
「カミュはいつも優しいよ」
「ユリちゃんには特別、ね?」

 シルビアの言葉に、ユリは一拍置いて頬を赤く染める。

「そ、そんなことないよ!カミュは誰にでも優しいから!」
(……いや、どんな否定の仕方だよ)

 カミュは心の中でつっこんだ。

 はいはい♪とりあえずテントでおやすみなさい――シルビアに背中を押され、ユリはテントの中に入っていった。

「ロウおじいちゃんも、そこでうたた寝してたら風邪ひいちゃうよ」
「う……うむ……」

 エルシスもロウを起こして、もう一つのテントに連れていく。

「シルビアも交代で見張り番やってくれんのか?」
「カミュちゃん……恋バナしない?」
「寝ろ」


 ……――ユリが横になり、うとうとしていると声が聞こえてきた。

「……ねえ、お姉さま。私とお姉さまはきっと、芽吹く時も散る時も同じですよね?」
「セーニャはいつもグズだから、どうかしら」

 ……セーニャとベロニカの声だ。

「……でも、そうだといいわね」

 小さな声は、ユリの耳にも届いた。

(……素直じゃないんだから、師匠……)

 自然と口許に笑みが浮かび、ユリはそのまま眠りに落ちる。
 翌朝。朝食や準備を済ませ、始祖の森のキャンプ地から彼らは出発した。


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