命の大樹

「エルシスちゃん。人生という舞台はいつもぶっつけ本番よ。さっ、命の大樹ちゃんがステージを用意して待ってるから早く行きましょ」

 ――キャンプ地を後にし、勇者一行は山頂を目指す。
 ユリいわく、祭壇は山頂にあるとのこと。
 ユリもどのように命の大樹への道ができるか、初めて知るのでワクワクしていた。

「キャンプで寝ている間、ベロニカとセーニャが話している声が聞こえたの。あのふたりはとても仲がいいのね」

 こっそり話しかけてきたマルティナに、私も聞こえたよとユリは答える。

「勇者を守る使命を背負った双子……。幼い時からそんな運命が定められているなんて、どんな気持ちなのか私には想像もできないわ。でも、ユリにはきっとわかるのでしょうね」

 その言葉にどうなんだろう?とユリは考えた。確かに自分にも大切な使命はあったが、今となっては当たり前のようになっているからだ。


 やがて、彼らがたどり着いた場所。


「なあ、エルシス。ここってあの虹色の枝が見せてくれた例の祭壇と同じ場所じゃないか?」
「……間違いあるまい」

 カミュに続いてロウも頷いた。祭壇には六つの台が置いてあり、虹色の枝が見せた光景と一緒だ。

「ここが天空の祭壇……」

 ユリは呟く。命の大樹と人間たちを繋げる場所。

「さあ、エルシスよ。6つのオーブを祭壇に捧げるのじゃ。それで、すべて明らかになろう」
「うん……!」

 エルシスは六つのオーブを取り出した。

「オーブが……!」

 ユリの目に、不思議な光景が映る。
 オーブたちはエルシスの腕から宙に飛び立ち、自らあるべき台に収まった。

 そして、オーブからそれぞれの色が放たれる。

 赤、黄色、緑、銀、紫、青……

 その光は一つとなり、彼らの足元も光ったと思えば、宙を架ける道となり、命の大樹と繋がった。驚きながらセーニャが口を開く。

「これは、虹の橋……?なんて、まばゆいのでしょう……」
「……いよいよ、命の大樹へのお目通りがかなう時が来たわね。さあ、エルシス行きましょ」

 ベロニカの言葉に、エルシスは頷いた。

「まさか、虹の橋ができちまうとはな……」
「まさに、命の大樹と人を繋ぐ橋だね」

 驚き声で呟くカミュに、ユリが答える。

「あと少し……。あと少しで命の大樹の中に眠る闇のチカラをはらう勇者のつるぎが手に入るのね……」

 ひとり、ぐっと拳を握り締めるマルティナ。

「……待っていなさい。ウルノーガ。16年前の借り、必ず返してあげるわ」

 ……………………。

「命の大樹って思っていたより高いのね……。じつは私、高い場所が苦手なの。エルシス、私のそばを離れないでね……」

 恥ずかしそうにそう口にしたマルティナに、全然気づかなかったとエルシスは目を丸くした。

「そもそも……ちゃんと歩ける道だよね……?」
「大丈夫だよ!エルシス!」

 ぴょんっと怖れなく虹の橋に乗ったユリに、さすがだと全員思った。
 安心して全員、橋を渡っていく。

「お、お姉さま……ゼーランダ山より高いですわ……!落ちたらどうしましょう」
「もうセーニャ、落ちなければいいのよ!」
「マルティナ、大丈夫?」
「下を見なければ大丈夫……下を見なければ……」
「確かにこの道はなかなかスリルがあるのう」
「アタシは高い所は平気だから、最っ高の眺めよ!」
「カミュ……やっぱり私もこわいかもしれない」
「そうなのか?」
「もし落ちたら、また記憶喪失の危機が……」
「……。それ以前の問題があるけどな」

 どうやら彼女は高い所は平気だが、落下がトラウマになったらしい。
 ハラハラドキドキしながら、彼らは長い虹の橋を無事に渡りきった。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、命の大樹へと足を踏み入れる。

「なんて神秘的な場所なのでしょうか……。勇者ローシュさまがここを訪れてから、大樹の姿は何も変わっていないのでしょうね」

 始祖の森ともまた違う。聖域のような空気をその身に感じて、セーニャが声をもらすように言った。
 
「その時からいったいどれほどの葉がここで芽吹き、散っていったのでしょうか?きっと、気が遠くなるような数ですわね……」
「命の大樹は世界中の命の源……。子供の頃からそう言われて育ってきたけど、こうして実際に登る日が来るとはね……」

 ベロニカも同じように感じ取ったらしい。

「……ああ、そうそう。ここの葉っぱは誰かの命とつながっているから、間違っても葉を摘んだりしちゃダメよ」
「わ、わかった……」

 そんなことはしないが、誤って葉っぱを散らせないように、エルシスは慎重に歩いた。

「命の大樹についた葉の1枚1枚は、世界中のすべての命とつながっている……か。わしの命はどの葉とつながっているんかのう」
「ってことは、オレの葉もあるってことか……。お前の葉もあるのか?」
「もちろん」

 ユリはカミュの言葉に答える。天使だった自分も変わらない。
 この世界に生きとし生ける命。
 誰もがどこかに存在する葉の一枚であるように、すべての命は等しく繋がっている。

「いい?エルシスちゃん。舞台の主役はクライマックスの時、ムネを張って堂々としているものよ。今日はエルシスちゃんの晴れ舞台。しっかり勇者サマの役をつとめてきなさい♡」
「はは。頑張るよ、シルビア」

 シルビアのエールに、エルシスは笑って答えた。
 肩の力が抜けて、代わりに気合いを入れ直す。
 その晴れ舞台は、もうすぐそこだ。

「ねえ、ユリ。道ってこっちかな?」

 命の大樹なら道案内できるというユリに、エルシスは尋ねる。

「うん、そっちの道であって……」
「アンタ生きてたのーーー!!」

 ………………!?

 答えてる途中でユリはぐはっと頭に衝撃を受け、地面に倒れた。

「ユリ!?」
「ユリさま、大丈夫ですか!?」
「一体なにが……」

 セーニャに支えながらユリは立ち上がる。
 その声、その失礼な言いぐさ。間違いない。

「ちょっとサンディ!いきなり何するの!?」
「やばっマジ本物のユリじゃん!うちらの感動の再会なのに怒ってて超うける!」
「なにが感動の再会!?人の頭いきなりどついて!全っ然うけないから!」

 二人のやりとりに、皆はぽかーんとした。

 ユリが何やらピチピチギャル(ロウいわく)妖精と喧嘩している。
 あのおっとりしている彼女が怒りを露にしているのは、もの珍しさはあるが……彼らは思った。


 命の大樹まで来て、神聖な空気がぶち壊しだと――。
 

「……この子はサンディ。私につきまとっていた妖精」
「ちょ!ヒトを……じゃなかった。乙女をストーカーみたいに言うのマジひどくない!?」

 サンディいわく、面白そうだからとユリにつき合ってあげてたという。

「まあ、種族を越えた友達みたいな?」
「それより、サンディ。私が託したシルバーオーブがなんで大富豪のものになってたの?」
「あー知っちゃった?そりゃあアタシだって必死に守り抜こうとしたんだケド……逃げてる途中で落としたというかなんというか……。テヘ♡」
「…………」

 今にも「裏切りもの〜!」と怒りだしそうなユリに「ま、まあ過ぎたことだし……」と、エルシスが宥める。

「え、うそ!よく見たらイケメン勢揃いでマジやばいんですケド!サラサラ髪の王子系イケメンに、こっちのツンツン髪のおにーさんはクール系イケメンだし、こっちの背の高いおにーさんはおネェ系イケメン?」

 なにこれユリ!どういうコト!?

 そう自身の周りを飛び回るサンディを、ユリは両手で耳を塞ぎシャットアウトしている。
 とりあえず一連の流れで、彼女がこのギャル妖精に苦労しているということと、彼女の妙な言い回しはこの妖精から影響受けたんだな、と皆は気づいた。

「のほほ!まさか妖精までもこの目で拝めることができるとは……!しかも褐色肌のピチピチギャルの妖精とな!」
「ロウおじいちゃん……」
「なにこのジイさん。キモっ」
「ちょっとサンディ!ロウさまに失礼でしょう!謝りなさいっ」
「てか、普通の人間はアタシを見えないハズなんだけど……まあ、いいや。見えてるならちゃんと自己紹介しないとね!」

 そう不思議そうに言ったあと、サンディはびしっとポーズを決める。

「聞いておどろけっ!アタシはなぞの乙女ぎゃる、サンディ!」

 ……なぞの乙女ぎゃる?妖精では?

「てなわけで、これからもヨロシクね!ユリ!」
「あっこら!」

 そう言うとサンディは、小さな光になって、ユリの中へ消えていった。

「サンディさま……。なんだかとても楽しい妖精さんでしたわね」
「いや、強烈な妖精の間違いだろ」
「妖精のイメージが変わったような……」
「アンタも大変ね」
「アタシは嫌いじゃないわよ?サンディちゃん♪」
「キモいとはショックじゃ……」
「元気を出してください、ロウさま。でも、あんな風に言うロウさまもロウさまです」
「……気を取り直して、行こうか」

 妙な再会を果たしてしまったユリだったが、大樹の魂へと皆を案内する。
 大きな幹の上を歩き、向かうは大樹の中心部だ。

「これは鳥……?」

 まるで光の鳥のようなものが、エルシスの頭上を飛び交えう。

「大樹に住む聖霊だよ」

 ユリはそう答えて、人一人分通れそうな木の枝の隙間を通った。

「ここが命の大樹の神域――」

 ユリに続いて中に入ったエルシスたちは、皆一様に感嘆のため息をもらした。

 あれが命の大樹の魂。

 命の大樹の中心部、心臓ともいえるそれは、目映くも暖かな光を放っている。

「これが大樹の魂……。なんという大きさなのかしら」
「世界中の命がパンパンに詰まってるからな。これくらいデカくないとおさまらないんだろ」
「こうしてそばで見ているとちょっぴりコワイわね……。なんだか飲み込まれちゃいそう」

 マルティナ、カミュ、そしてシルビアは、徐に大樹へと近づく。
 ユリがあっと止める前に、シルビアは手を伸ばした。

「やぁん!なあに、これ!?ビリリッてはじかれたわ!」

 慌てて手を引っ込めるシルビア。

「天使にも触れることはできない結界なの」
「ふむ……。やはり、勇者の紋章をたずさえた者しか大樹の魂の中には入れないんじゃろうな」

 ロウの言葉に、ユリもエルシスを見て頷く。

「そして、あれこそ闇のチカラをはらうもの……勇者のつるぎであろう」

 目映い光の中で一本の剣が奉納されているのが、皆の目にも映った。

 あれが、勇者のつるぎ……。

「さあ、エルシスよ。大樹の魂の中にある勇者のつるぎを手に入れるのじゃ!おぬしなら……おぬしならば、あれを手にすることができるはず!」

 ロウの方を向いて、エルシスは一度強く頷く。一歩前に出て大樹の魂に近づくと、その左手の紋章が反応するように光った。

 エルシスはその左手を大樹の魂へと伸ばす。

 すると、魂を守るように包んでいた蔓が引いていく。
 思わず喜びの声をもらしたベロニカとセーニャ。
 彼らが見守るなか、エルシスは大樹の魂の前へ……


 ――……嫌な気配がした。

 この神聖な聖域に感じることのない、いや、あってはならない禍々しい気配。
 エルシスも微かに感じ取り、後ろを振り返ると同時に……

「エルシス……!!」

 飛び込んできたユリに、エルシスは後ろに倒れる。

「っああ……!!」
「ッユリ!?」
「……!?」

 闇の呪文を身体に受け、そのまま意識を失ったユリをエルシスは慌てて抱き起こす。
「ユリ、しっかりしてくれ……!」
 回復呪文は効くかわからないが、エルシスは無我夢中で唱える。

 闇の気配に感じてか、大樹の魂に心を閉ざすように再び蔓に閉ざされた。

「エルシスさま!ユリさま!大丈夫ですか!?」
「僕は大丈夫だけど、ユリが僕を庇って……!」
「てめえ、ホメロス!いつの間についてきやがった!」

 混乱するその場に、カミュが招かれざる侵入者の名を叫んだ。
 ホメロスは以前と変わらぬ、憎たらしい笑みを浮かべて、いつの間にかその場にいた。

「まったくにぶいネズミどもだ。誰ひとりとして尾行に気づかないとはな」

 その言葉を聞いて、俺としたことがと、苦々しく顔を歪めるカミュ。
 その横をマルティナが素早く走り抜け、長い黒髪が靡く。

「姫……!」

 マルティナは高く飛び上がった。

「!……なんだありゃあ」

 その勢いで打ち込もうとした蹴りは、そこに見えない壁があるように防がれた。
 弾き返され、マルティナは宙で一回転して、着地する。
 
「今のは……!?」
「はしたないマネをされるな、マルティナ姫。あなたが何をされようと、私に危害を加えることはできない……」

 冷たく笑いかながらホメロスが手にしたのは、おぞましいオーラを放つ宝玉。
 まるで闇の力を圧縮したようだと、エルシスの目に映る。
 ホメロスはそれを掲げると、闇のオーブから波動が放たれた。

 闇の衝撃に、命を蝕まれるような痛みが彼らを襲う。

「ぐあぁぁっ!!」
「ぬうぅ……!!」

 苦しむ声が上がり、次々と仲間たちは倒れ……

「くっ……なんて強さ……。エルシス……逃げ…て」

 エルシスに告げながら、やがてマルティナもその場に倒れた。


 僕が、なんとかしなくちゃ――

 ユリを庇うように覆い被さっていた身体を、エルシスは力を入れて起こす。

(僕は逃げないよ、マルティナ……!)

 ひとり。立ち上がったエルシスを、愉快そうに笑うホメロス。

 その全身に闇のオーラを纏う!

「さあ……よろこびにふるえるがいい。貴様たちは、これから我が宿願を果たすためのいしずえとして、犠牲になるのだからな!」


 ――僕が、みんなを守るんだ!


「悪魔の子、エルシスよ!悪魔の子と手を結びし者どもよ!この命の大樹を貴様らの墓標にしてくれよう!」

 エルシスは背中から剣を引き抜き、倒れている仲間たちを飛び越え、ホメロスに剣を向ける。

「はああああ……!!」

 エルシスの振りかざした剣はバリアに阻まれ、弾かれる。

「無駄というものよ……」

 反撃をするではなく、冷たい笑みを浮かべるホメロス。
 エルシスは後ろに跳んで距離を取ると「デイン!!」素早く呪文を唱えたが、ホメロスの間のバリアにはばまれ、ダメージをあたえられない。

「ククク……ハハハハ!」
「っ、ホメロスのあのチカラ……いったい何が……!?」

 倒れたまま、その様子を薄目に見るマルティナが呟いた。

「今度はこちらから行くぞ。――ドルクマ!」
「ぐはぁ……!」

 ドルマより上位の呪文がもろに喰らい、苦しむエルシス。(攻撃が、あの闇のバリアで弾かれる!どうしたらいいんだ……!?)

「エルシス……っ」

 助けにいきたいのに、痺れたように身体が動かず、ベロニカはもどかしくて唇を噛む。

「セーニャ、起きて……!お願い……起きて……っ!」

 一緒に、戦うの。力を合わせて。二人で守るのよ、セーニャ……!!

 ……セーニャの苦しげに閉じられた瞼は、ぴくりとも動かない。
 それもそうだ、あの時、セーニャは自分を庇った。
 咄嗟に、小さな自分を抱き締めるように――。

(どんくさいのに……あたしを庇って本当にバカなんだから……っ!)

 ベロニカの目に涙が滲む。


「……ベホイム!」

 エルシスは肩で息をしながら癒しの呪文を唱える。
 大丈夫……自分はそんなにヤワじゃない。
 まだ戦える……!

「どうした……!もう限界か!?」

 エルシスは自分を奮い立たせ、ホメロスのはやぶさのような二回攻撃を受け止める。

「……っ!」
「以前より剣技は上がったようだな……」

 エルシスはホメロスの剣を弾き返した。

「……結構。そろそろ終わりにしよう」

 ホメロスの闇の宝玉から、やみの閃光がほとばしった。
 そして自身の魔力を暴走させ、闇のチカラを解き放つ。

「エルシスッ!」
「エルシスちゃん……!」

 その場に膝をつき、前に倒れるエルシス。

「グッ……。あの真っ黒いオーラのせいで、ちっとも歯が立たねえ……」
「その異様なまでのチカラ……まさか……まさか、おぬしが……!」

 地面に這いつくばりそうながら、カミュとロウが言う。
 ホメロスはそんな彼らを見向きもせず、大樹の魂へと歩いていった。

 その輝きを前にして、両手を広げるホメロス。

「これが大樹の魂か……。これさえあれば、世界をどうすることも思いのまま……」
「アンタ……一体なにする気……!?」

 ホメロスの魔の手が、大樹の魂に伸びる。
 
 ベロニカ、カミュ、ロウ、マルティナ、シルビア。

 意識がある者たちの、声にならない声が制止を叫んだ――……

「待て、ホメロス!」

 その瞬間、触れようとしたその手を止めたのは……

「グレイグ……?どうしてここに……。そ、それに……」

 お父さま……!

 マルティナの目が驚きに見開く。最後に目にした姿と変わらない。いや、さすがに姿は老いている。それでも、マルティナには一目でわかった。
 ウルノーガに操られているとはいえ、父が行ったことは赦されることではない。
 だが、十六年ぶりに父の姿を目にして、マルティナの胸に様々な感情が生まれてしまう。

「王よ……見ていましたか、今の戦いを。ホメロスのチカラこそ、闇のチカラ……」

 ――現れたグレイグは、隣に立つデルカダール王に告げる。

「私たちはずいぶん長い間、大きなカン違いをしていたのかもしれません。ホメロスこそ、この大地にあだをなす者……!」

 ……!

 グレイグとデルカダール王に真実が伝わり、彼らの胸に微かな希望が生まれた。
 対してホメロスは優雅に振る舞い、余裕の表情を浮かべている。

「ホメロス!なにゆえに魂を魔に染めたっ!もはや弁明などさせぬ!ホメロスよ!王の御前で成敗してくれる!」

 まっすぐと剣を抜いて、ホメロスに言い放つグレイグに――。

(……アナタも、昔から変わってないわね。その瞳も、心根も……)

 そう思ったのは、シルビアだ。

「……っがは!」
「「グレイグ……!?」」

 突然、苦しむグレイグに、シルビアとマルティナの名前を呼ぶ声が重なった。
 一体、何が……!膝から落ちるように倒れるグレイグ。
 その背後に映るは、右手を構え、呪文を唱えたデルカダール王の姿。

「お父さま……?」
「デルカダール王……おぬし……!」

 マルティナとロウはがく然とする。

「今までご苦労だったな、グレイグ」

 倒れたグレイグを見下ろすデルカダール王の目は、家臣を見る目ではなかった。

「王よ……これはいったい……?」

 グレイグの言葉には答えず、王は彼の横を通りすぎる。

 歩く中、王に異変が起きた。

 人形のように身体がガクガクとぎこちなくなっていき、闇のオーラが噴き出す。

「!?お、お父さま……!」
「おい、一体なにがどうなって……」

 やがてその場に王は倒れて、代わりにその身体から分離するように――黒い靄は人の形にやっていく。

「……っ!?」

 不気味な風貌の魔導士が現れた。

「そして……ホメロス。よくぞ勇者をしとめてくれた。ほめてつかわそう」

 謎の魔導士は、先ほどのデルカダール王の言葉を引き継いで言った。

「おお……なんと、ありがたきお言葉……」

 ホメロスは恭しく答え、ひざまずき、敬礼する。

「……我が主君、ウルノーガさま」

 その言葉に、全員の身体に衝撃が走った。

「お前がウルノーガ……!まさか、王に取り憑いていたとは!」

 ロウは驚きの表情と共に地面から顔を上げる。
 振り返るウルノーガの口許は歪められていた。

 そして、その視線は――

「エルシスよ。今こそ我が手中に落ちる時……。そのチカラ、いただくぞ」

 ウルノーガが杖を翳すと、その赤い宝玉に魔力が帯びて光る。
 エルシスの身体が宙に浮き上がった。

「……うっ……私は……っエルシスさま!!」

 目覚めたセーニャの目に、その身をウルノーガに差し出すようなエルシスの姿が目に入る。

「なにをする気……!?」
「やめるんじゃ!ウルノーガ!」
「エルシス……ッ!」
「今、助けにいくわ……!エルシスちゃん!」
「っセーニャ!」

 マルティナ、ロウ、カミュ、シルビア。そして、ベロニカが呼び掛け、セーニャは力強く頷いた。

 再び彼らは立ち上がる。

「控えろ、ドブネズミ共め!ウルノーガさまの御前だぞ」

 それをホメロスは許さない。再び、闇の魔力を解き放ち、彼らを地面にひれ伏せさせた。

「そうだ、ひれ伏せ。そこから見上げるのだ!」


 ――魔王の誕生を!!


「ぐあ゙ああぁぁ……!!」

 エルシスの絶叫がその場に響く。闇の魔力を纏ったその手を、エルシスの身体に突き刺すウルノーガ。

 その身に宿る、勇者のチカラを奪う。


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