崩壊する世界

 ……――

 "ねーねーちょっと!"

 "あのサラサラ髪のイケメンがやられちゃってもいいの!?"

 "元がついたって……アンタ、天使さまじゃん!"

 "アンタが守らなくて誰が守んのさ!?"

 "いい加減、起きんかーーい!!"


『ユリ!!』


 ――っは!脳内に響く騒がしい声に、混沌としていたユリの意識は覚醒した。

 視界いっぱいにサンディの顔が映る。

「ッ……ありがとう、サンディ。起こしてくれて……」
「アタシにマジ感謝しなよ!」

 身体を起こしたら、全身に痛みが響いた。だが、今はそんなことはどうでもいい。
 もがき苦しむエルシスの姿が視界に映る。

 腰から剣を引き抜き、ユリは一目散に走る!

「ぐぅ……うぅっ……!」

 ウルノーガの腕を必死に掴み、抵抗するエルシスの元へ――!

「あなたの思い通りになんかさせない……!」
「!死に損ないの天使の娘が……」

 ユリは自身の聖なる魔力を纏わせた剣で、ウルノーガの腕に突き刺した。

 光が闇を打ち消すように弾ける。

 聖なる魔力と闇の魔力がせめぎ合った。

「あの娘、ウルノーガさまの邪魔を……」

 ホメロスがユリを始末しよう呪文の詠唱しようとしたところ、
「っ!なにをする……!?」
 その後ろからカミュが渾身の力で飛びかかった。
 羽交い締めをして、妨害する。

「放せ!私に触れるな、穢らわしい!」
「……させるかよっ……!」

 だが、何度も闇の攻撃を受けたその身体だ。ホメロスは呆気なくカミュを振り払い、突き飛ばした。

「ぐぅ……っ」
「カミュちゃん……!」

 そして、そのわずかな時間稼ぎも、延命のようなものでしかなかった。
 ウルノーガはにやりと笑う。
 ……この娘。生き延びてはいたが、やはり、人間が可視化できるほどにその力は失われている。

 我の敵ではない――。

「……くっ」

 それは、ユリ自身が一番わかっていた。以前の力を持っていても勝てなかった相手だ。
(でも……!)
 この命を投げ捨てれば、勝機があるかもしれない。

 ありったけの聖なる魔力をぶつければ……!

「……っだめだ……ユリ……」

 ――たとえ、世界を守れても。仲間を犠牲にして、守った世界なんて……。

「……!!」

 その直後、聖なる魔力を押し退け、闇の魔力がエルシスの中で破裂した。
 エルシスの左手の甲から勇者の紋章が消える。

「エルシス……っ!」

 ウルノーガが手を引き抜き、落ちるエルシス。同時にユリもその場に倒れた。
「エルシス!」
「ユリさま……!」
 ベロニカとセーニャが慌てて二人に寄り添った。
 
「ほう、これが勇者のチカラ……」

 ウルノーガの手の甲には、勇者の紋章が。手のひらを掲げれば、その力の結晶が現れる。

「これさえあれば……」

 勇者の紋章に反応して、大樹の魂は結界をほどき、絆の主を受け入れた。

 ――誰にも、止められなかった。

「そして、これが勇者のつるぎ……」

 勇者のつるぎを手にした、ウルノーガ。


「たが、我は、魔王なり!」


 ウルノーガは、手の中にある勇者の力の結晶を握り潰した。
「…………っ!」
 ユリの口から言葉にならない声が零れ落ちる。
 粉々に砕け散り、勇者の力が消滅すると、同時にウルノーガの手の甲の紋章も消え去った。

 勇者の力が消えてしまい、どうなってしまうのか、ユリにはわからない。

「……う、ぅ……」

 エルシスは苦しみと共に、歪ませた顔を上げる。
 皆が息を呑む声を耳に届く――その目に映った光景は、勇者のつるぎが禍々しい剣に生まれ変わる姿だった。

 エルシスも胸を押さえながら、見上げる。
 
「……勇者のつるぎが魔王の剣に……?」

 そう愕然と呟いたセーニャ。まさにその剣は、魔王の剣と呼ぶに相応しい姿。
 柄には生き物のような目玉がついており、ぎょろぎょろと動いている。

「生命の根源、大樹の魂を……」

 ウルノーガは、大樹の魂の真上に浮かび上がった。

「そのチカラ、我がもらった!!」

 その魔王の剣を、心臓を一突きするように大樹の魂に突き刺す。
 膨大な魂のエネルギーが、一気に放出された。

 光輝く命の息吹が、嵐のように吹き荒れる。

 悪魔の剣の柄についた目玉はギョロリと動くと、そのエネルギーをどんどん吸い込んでいった。

 やがて、その力はウルノーガのものに。

 ウルノーガの高笑いが辺りに響いた。
 命の大樹は生命を奪われ、みるみるうちに緑鮮やかだった葉が枯れて、散っていく。

 ――枯れ葉が、ユリの目の前にひらりと落ちた。

「命が……失われていく……」

 その葉は数えきれなくて、宙を飛び交う。
 天使たちが……みんなと見守ってきた命がっ……

「そんな、命の大樹が……」

 ベロニカの目に映るは、葉を落とし、枯れ木と変わり果てた命の大樹だ。
 そして、その力をすべて奪いとり、この世界に誕生した。

 真の魔王と姿を変貌した、ウルノーガ。

「このままだと世界が……」

 空が不気味に染まり、世界は一変する。


 グオオオォォォッ……!


 天を轟かすような、恐ろしい咆哮と共に。
 命の大樹は、地に落ちた。


 ――……


 ……ああ、懐かしい夢だ……

「おやおや、エルシス、眠れないのかい?」
「…………お母さん」

 幼い頃の僕と、ペルラ母さんの夢。
 不思議だね。夢とはいえ、僕が幼い僕を見てるなんてさ。

「さては……エマちゃんとケンカしたね?」
「だって、エマがボクのアタマをたたいたんだ!ちょっと……ふざけて……ルキにマユゲを書いただけなのに!」
「フフッ。アハハハ」

 ……っもう。君も一緒に笑うことないだろ?

「……笑いごとじゃないんだ!見てよ!おっきなタンコブが出来てる!!」

 え、意外だって?小さい頃のエマはおてんばだったんだよ。あのときは容赦なく殴られたなぁ……。

「それで、エルシスはやり返したの?」
「…………」

 黙る幼い僕に、母さんはどうしたと思う?

「いいかい、エルシス?これからも同じようなことはきっとある。だから、今から言うことを覚えておいて」

 ……うん。母さんは……

「どんなにイヤなことがあっても、苦しいことをされても、ただやり返すのはカッコ悪いことだよ?」

 母さんは怒らずに、大事なことを僕に優しく教えてくれたんだ。

「ボクは……エマと仲直りしたいんだ。お母さん。ボクはどうすればいい?」
「まずはキチンとお話をするのさ。その人が、何を感じてなぜそうしたのか。そしたらきっと、その人のことが見えてくる。それからあとはとってもカンタン。笑って……握手をするだけさ」

 ペルラ母さんの手……大きくて暖かかったな……。

「うん、さすがアンタは私の子だ。さあ、もう眠る時間だよ」
「おやすみなさい、お母さん」
「おやすみ、エルシス。なにもこわがることはないさ。……朝が来たらすべてがよくなるよ」

 "おやすみ おやすみ 大樹の子らよ"
 "静かな 静かな夜が来た"

 ……ああ、この子守唄。僕が寝る前によく歌ってくれたんだ。

 "光の御子が 目を覚まし"
 "闇をはらって 光の明日がくるまで……"

 ……初めて知ったって?だってそうだよ。
 ……と出会った……には……僕は…………。


 ――……


「……勇者は見つかったか?」
「いえ、魔王さま。世界中、どこを探しても勇者の姿は見当たりません」
「……そうか、死んだか。勇者は、もういない……」


 この世界……我のものなり!!


 ……――命の大樹が落ちた世界は、魔王に支配されることになる。

 大樹が墜落した衝撃は凄まじく、周囲の山々は砕け散り、噴石と溶岩となって、各地に降り注いだ。

 草木は燃え、大地は燻り、荒れ果てる。

 美しいロトゼタシアの景色は、徐々に失っていく……。


「……ねえ、ユリ。せっかくまた会えたのにさ」


 この世界……これからどうなっちゃうんだろうね。


 ――デルカダール王国。


「……見ろ!命の大樹が……!」
「命の大樹が枯れている……?」
「そんな、まさか……」

 不気味な空の下。枯れ果てた命の大樹の姿に、城下町は不安げなざわめきと、混乱に陥っていた。

「命の大樹が……どうなってるのね!?」

 騒ぎを聞き付け、店を飛び出したデクも、他の者たちと同様に唖然と見上げる。

(アニキ…………)


 ――サマディー王国。


「信じられん……命の大樹が地上に落ちるなど……」
「あなた……世界はどうなってしまうのでしょうか……」

 命の大樹が落ちたことは、ロトゼタシア中を震撼させた。
 そして、その影響も計り知れなかった。

「一体、なにが起きたんだ……」

 今は見ることができない、命の大樹がある方角を眺めながら、ファーリスは呟く。
 嫌な胸騒ぎがする。
 きっと、そこには"彼ら"が関わっているような気がしてならないのだ。

 どうか、皆さん無事でいてくれ……。

 自分には、この場所で安否を祈ることしかできない。

「……王子!大変です!付近で魔物が凶暴化しているようです……!」
「……わかった。今、行く」

 王子は颯爽とマントを翻し、兵士の元に向かう。
 その腰には、上等な剣が下げられていた。
 彼らには祈ることしかできないが、今の自分にはやるべきことがあった。

(騎士たる者……)

 騎士の国の王子として、この国を……国民を守ることだ。

「信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす!弱さを助け、強きをくじく!どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」

 ファーリスは右手で騎士の敬礼をし、自分を奮い立たせるように、口に出して言った。


 ――クレイモラン王国。


「ああ……。なんてことでしょう。命の大樹が地上に落ちてしまうなんて」

 シャールは玉座に座り、片手で顔を覆い、憂いていた。

「……落ち着きなさい、シャール」
「でも、落ち着いてられないわ。あの大樹が落ちたのよ。この地帯は幸いにも直接的な被害は免れたけど、東西地方の被害は甚大で、世界の危機よ……!」

 命の大樹が落ちたロトゼタシアは、これからどうなってしまうのか。
 この国の優秀な学者であるエッケハルトにもそれはわからない。

「……これから大変なことが起こるわ」
「大変なこと……?一体なにが起こると言うのですか、リーズレット」
「………」

 何百年も生きている魔女のリーズレット。
 その彼女には、誰が命の大樹を地に落としたのかわかっていた。
 あの大樹が地上に落ちたとき、禍々しい強大な力を感じとったのだ。

 あれは――……

「……シャール。国の警備を強化するのよ。そして、民にも忠告するの」

 きっと各地の魔物たちが、今以上に凶暴化するであろう。
 もしかしたら……激しい戦いになるかもしれない。

(私に、守りきれるかわからない……)

 かつて氷の魔女と畏れられていた力は、自分にはもうないからだ。

「あなたの大切な宝である、クレイモランの民を……これ以上、失わないために……」

 命の大樹の葉は、その一枚一枚がすべての命と繋がっている。葉が散った今、たくさんの命も失ったことを意味した。

 それは世界各地で起こり、このクレイモラン王国も例外ではない。

「……リーズレット。私に力を貸してください」
「……言われなくても。お貸しするわよ、シャール女王」

 シャールの顔は、先ほどの憂いたものはなく、国を統べる女王の顔だった。


 ――海底王国、ムウレア。


「ついに……魔王が動きだし、ロトゼタシアは絶望の闇に包まれた……」

 人魚の女王――セレンは、千里の真珠で地上の様子を見ていた。
 もちろん、彼らが懸命に守り抜こうとした一部始終も……。

「世界の各地からかすかな……されど、闇にあらがうように、かがやく光を感じる……」

 千里の真珠はその輝きを映すように、目映い光を放っている。

「この光はいったい……」


 ――???


 ……懐かしい夢を見た気がする……


(……ここは……いったい。僕は……)


 そこは見たことあるようで、見たことのない景色が広がっていた――。





--------------------------
ここまでの冒険を 記録しますか?

▶はい
いいえ


- 122 -
*前次#