「アリスチョーップ!」
「ぐはっ!」
「アリスキッーク!」
「うわぁっ!」
「せいやー!!」
「のわあぁ……!!」
シルビアが出る出番なく、アリスは次々とドテゴロ一味を倒していく。
「……くっ、これでも喰らえ!」
一人の男が漁で使っていた投網を放り投げた。
そこに、目に見えぬ剣筋が走る。
「……っ!」
投網は細切れになり、はらはらと地面に落ちていった。剣を腰の鞘に戻すシルビア。
「す、すげえ……」
「つ、強い……!」
三人は戦意喪失し、へたりと床に尻をついた。
呆気なく決まった勝負。
こっそり様子を窺っていた住人たちは、驚きにその光景を眺めている。
「さすがアリスちゃん♪」
アリスは準備運動が終わったかのように、ふんっと腕を回す。
彼は、元・バンデルフォン王国の海軍将校。
化け物イカやバイキングにびびっても、腕っぷしは衰えていない。
シルビアは倒れている三人に近づくと……
「ちょっと、失礼」
イッテツの荷物を取り返した。
「ところで、シルビアねえさん。こいつらはどうするでげすか?」
アリスの言葉に、シルビアは三人をやれやれと見下ろす。
「盗賊団なのに、武器の扱いも戦い方も危なっかしくて見ていられなかったわ。アナタたち、なぜこんなことをしているの?」
「……オレたちはもともと海の男だ!誰も好きこのんで盗っ人なんかやってるんじゃねえ!」
答えたのは親分格の男だ。彼がドテゴロだろう。ドテゴロは、続けて暗い目をして話す。多くの人が見せた目と同じだ。
「命の大樹が落ちてからというもの、海には魔物があふれかえって、港はほとんど閉鎖状態になっちまった」
二人はラッドから聞いた話を思い出した。そのせいで、多くの船乗りが働き口を失ったと……。
「……生活は日に日に苦しくなって、今じゃあ1日の食事にだって満足にありつけねえありさまさ」
別の男が渇いた笑みを浮かべて言い、続けて再びドテゴロが口を開く。
「あの日から世界も……人も……すべてが変わっちまった。家族を失い、助けてくれるヤツもいねえ」
あの日、絶望したのは――。自分だけじゃなく、この世界なのだとシルビアは知る。
「……それならオレたちも変わるしかねえ。もう盗賊にでもなって、生きていくしかねえじゃねえか!」
…………。
腕を組んで、彼らの言葉を黙って聞いていたシルビア。
閉じた目を開くと、転がっている彼らの武器を拾いあげた。
「さあさあ、皆さまお立会い!わたくしめが手にしているのは、かたくてするどい鋼鉄のヤリ!!」
一本の槍を肩にかけて、声高らかに話す。
その声に他の住人たちも集まり、ドテゴロたちはきょとんとシルビアを見上げた。
「はっ!!」
シルビアは手を広げると、かけ声と共に槍を高く投げた。
宙高く、くるくると回る槍。皆の視線がそこに集まる。
シルビアはウィンクと共にパチンと指を鳴らすと、くるりと回った。
「……!」
瞬きする間に、槍は大きな長いパンに姿を変え、シルビアの腕に落ちてきた。
「……焼きたてをどうぞ、召しあがれ」
手品?魔法?怪訝な顔で見つめるドテゴロ。やや遅れて後ろの二人が拍手をすると、周囲からも拍手が沸き起こる。
「親分ちゃんもこわいカオはやめなさいな。お腹がいっぱいになったら、忘れてしまった笑顔を思いだしてみて」
ドテゴロは差し出されたパンを、戸惑いながらも受け取った。
……本当に、焼きたてのようにあたたかい。
「……待ってくれ!」
立ち去る二人に、ドテゴロは引き留める。
「アンタはいったい……!?」
足を止めたシルビアは、振り返り、一言。
「ただのしがない旅芸人よん」
再び歩きだす二人の背中を、見送るように三人は見つめていた。
「どんなに悪いヤツらに見えても、人それぞれ事情があるものでげすな……」
歩きながら、アリスはぽつりと話す。
「シルビアねえさんの言葉とあったけえパンが、ドテゴロ一味の荒れちまった心をすこしでも癒やしてやれるといいでがすね」
「……そうね。あとは、あの子たち次第」
だが、彼らも根っからの悪ではなかった。
きっと、今度は違う方に変わってくれると、シルビアは信じている。
「……それじゃあ取り返した荷物をイッテツさんに届けにいきやしょうか。まださっきの広場にいると思うでがすよ」
「ま、待ってくれ!お礼を言わせてくれないか!」
その時、兄弟商人の兄が、店から二人を呼び止めた。
「さっきはドテゴロ一味に襲われて、入荷したばかりの黒いヨロイを盗とられそうになってたんだ」
そう兄商人は、その黒いヨロイを見せながら言う。
「こいつはどっかの将軍が愛用してた、相当な名品だって話でな。大枚をはたいて仕入れた目玉商品なのさ」
どっかの将軍――?その黒い鎧が、シルビアにはばっちり見覚えがある。驚きに目をぱちぱちさせると、長い睫毛が羽ばたいた。
(あら、やだ!)
その胸についた、双頭の鷲の紋章が何よりの証拠だ。
「ねえさん?どうかしたでがすか?」
「いえ、ちょっとね……」
「そういうわけで、ダンナが来てくれて本当に助かった!ありがとうな!」
不思議に思うも、何か理由があるのかも知れない。たとえ最後に見た姿が、倒れた姿でも、あの彼の身に何かあったとは考えられなかった。
どうってことはないと言うように、二人は笑顔で店から立ち去る。
「旅芸人のお兄さんたち……。商人としてはライバル同士でいけすかねえ野郎だけど、大切な家族の、兄貴を助けてくれてありがとうございました!」
店を立ち去ると、ついでにその弟からも礼を言われた。そして、二人に声をかけてきたのは彼らだけではなく……
「た…旅人さん、見ていましたよ!ドテゴロ一味を相手にあの大立ちまわり!あなたはとても強いんですね!好き放題暴れまわっていたヤツラには、何よりいい薬になったでしょう!」
「おいおい見てたぜ、旅人さん!ドテゴロ一味をこらしめるなんてすごいな!これで、この町の状態もすこしはよくなるといいんだが」
「ウフ♪すっかり町のヒーローね、アリスちゃん」
「いやいや、あっしはただケンカを受けて立っただけでげす。ねえさんの存在があってこそでがすよ」
謙虚に答えるアリス。マスクの下の顔は照れていると、シルビアにはわかっていた。
「旅芸人がドテゴロ一味を倒した……。私が10回挑んで負けた相手だ。ま…まさかそんなことが……」
という警備兵には、10回も挑んで負けたのか……と、二人は残念な目で見る。
その視線に気づいた警備兵はゴホンと咳払いをして、わざとらしく気を取り直した。
「あー私は見回りで疲れているせいで、ドテゴロ一味に勝てなかった。そのことは忘れないでもらいたい……」
はあ……とアリスは生返事する。
「とはいえ、あなたはなかなかの剣のウデだ!私の上官に兵士になることを推薦してもいいぞ!」
「あぁん?」
上から目線な警備兵にアリスはガンを飛ばし、シルビアは穏やかに宥めた。
「……ドテゴロ一味と戦うあなたたちの姿は、この町の未来を照らす小さな希望の光に見えました。あなた方のような人がいるのなら、たとえこんな世界であっても、まだ絶望するには早いのかもしれませんね」
次にそう二人に言ったのは、見習い神官の女性である。
希望の光……
その言葉でシルビアが真っ先に思い浮かんだのは、仲間たちの姿だ。
「ダンナ、無事だったんだな!……もしかして、本当に荷物を取り返してくれたのか?」
自身の荷物を持っているシルビアの姿に気づくと、イッテツは不安げな表情を驚きに変えた。
シルビアはイッテツにイッテツの荷物を渡した!
「……よかった。スズランも無事だ」
真っ先に中身の確認をし、安堵するイッテツ。
その手の中にあるスズランは、美しく咲き誇っている。きっと、彼の母親も喜ぶだろう。
「これでおっかさんの所に帰れそうだ」
何より、息子の帰りに……。
「シルビアさん、本当にありがとよ。今はこんなもんしかねえが、受け取ってくれ」
「あら、ありがとう、イッテツちゃん。大切に使わせてもらうわね」
シルビアはイッテツから大きな荷物を受け取った。
布が巻かれ、まるでミイラのようだが、鍛冶職人のイッテツだ。きっと武器の類いだろうと、アリスは思った。
「あとでホムラの里に寄っておくんな。その時には、もっとちゃんとしたお礼の品を作らせてもらうぜ!」
「もうお礼はいただいたからいいのよ。でも、ホムラの里に寄ったさいは、イッテツちゃんのカオを見に行くわね」
「それじゃあ、俺は行くよ。シルビアさんたちなら大丈夫だと思うが、道中気をつけてな」
シルビアとアリスはイッテツの背中を見送る。
「シルビアねえさん?どうしたんでげす?」
その姿が見えなくなっても、見つめるシルビアに、アリスは不思議そうに尋ねた。
「……今のアタシにできること、見つけたわ!」
シルビアはアリスに向き合う。その目は輝き、強い意思を感じさせた。
「アタシ、ずっと考えていたの。世界中のみんなが苦しんでいるこの時に、自分には何ができるのかって……」
瞳だけでなく、その口調からも。
「その答えが今、わかったの!……アタシ、人助けの旅に出るっ!」
覚悟を決めたように、シルビアは胸の前でぎゅっと両手を組んだ。
「ひとりで世界を救うことはできなくても、小さな人助けが集まれば、いつの日か、世界を救うことができるかもしれないもの!」
「……さすがは、シルビアねえさんだ!あっしはどこまでもお供するでがすよ!」
拳を握りしめて、アリスも元気よくシルビアに賛成する。
「それじゃあさっそく、町を出て元気のない人たちを探すでがすよ!まずはダーハラ湿原に行ってみやしょう!」
「そうね!」
目的も決まって、早々に町を後にすることにした二人。
「オネエさーん!」
「……ヤヒムちゃん!」
その門出を祝ったのは、ラハディオとヤヒム、ラッドだ。
「ドテゴロ一味をやっつけたんだよね!?すごいやオネエさんたち!」
「オレ見てたんだ!ピンクの兄ちゃんの戦いも、旅芸人の兄ちゃんがヤリをパンにしちゃうのも、ホントにすごかった!」
ぴょんぴょんと元気に飛び跳ねるヤヒムに、興奮ぎみに話すラッド。
その隣にはラハディオの姿もあり、町の状況が変わったことで、ヤヒムは外出許可が出たらしい。
「これで僕たちも安心して外で遊べるようになるかもしれない!ホントにホントに、ありがとう!」
「どういたしまして♪ヤヒムちゃんとラッドちゃんの笑顔が見られて何よりだわ」
「まさか、本当に……。あなた方がドテゴロ一味を改心させてくださったと……ありがとうございます」
三人が改心したかは定かではないが、ラハディオは二人に頭を下げる。
「すべての脅威が去ったわけではありませんが、あなた方がしてくださったことは、この町にとって確かな希望になりました」
顔を上げたラハディオには、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「この小さな希望を消すことなく、町に活気を取り戻せるよう、皆で助けあい、がんばっていきたいと思います」
「オレもがんばる!」
「僕もー!」
「ラハディオちゃんたちなら大丈夫よ。がんばって」
最後にラハディオは、ディアナから伝言を預かっていると、シルビアたちに伝えた。
(たしか……ディアナちゃんはパティシエを目指していた女の子よね)
父の治療費の関係でパティシエを辞め、ラハディオの屋敷でメイドとして働いているとシルビアは聞いていたが……
「ディアナは少し前にうちの使用人を辞めてしまいました。なんでも、お兄さんとお父上が和解したので、お父上がいるサマディー国にて、三人で暮らすと……」
息子のヤヒムもなついていて、気立ての良い娘だったので残念ですと、寂しげに笑うラハディオ。
「綺麗な目をした郵便屋さんって、サラサラ髪のお兄さんのことだよね?」
ヤヒムのその問いは、まぎれもなくエルシスのことだ。シルビアは頷く。
"おかげさまで、家族三人で暮らせるようになりました。サマディー国に立ち寄ったさいは、ぜひ顔を見せてください"
――ディアナから預かった伝言。エルシスが聞いたらとても喜ぶはずだ。
「……まかせて。必ずアタシがディアナちゃんの伝言をエルシスちゃんに伝えるわ」
「よろしくね、オネエさん!」
力強くシルビアは答えた。
三人に手を振られながら、二人は旅立つ。あの時の船出を思い出し、遠い過去のように感じる。
――町を出ようとする二人を、追いかける影が三人。
「……話は聞かせてもらったぜ!」
その声に、シルビアとアリスは同時に振り返った。
「さっきの盗賊団……!あっしらになんの用でげすか!?」
警戒心むき出しのアリスとは別に、シルビアは腕を組み、三人を見据える。
ずんずんとドテゴロはシルビアの方に歩いていき、至近距離で向き合った。
一発触発か!?と、アリスは息を呑んだが、ドテゴロは一歩二歩後ろに下がる。
「ダンナ……アンタと出会って、目が覚めた!オレたち、自分を見つめなおしたいんだ!……アンタたちの旅に同行させてくれ!」
三人は息ぴったりに揃って頭を下げた。
驚くアリスとは違い、シルビアは静かに腕を組んだまま、厳しい表情を浮かべている。
「無事に戻れるかもわからない、厳しい旅よ。……覚悟はできているの?アナタたち」
「もちろんだ!!」
ドテゴロがそう答え、両隣の二人も口元を引き締め、大きく頷く。
……数秒の沈黙。
やがてシルビアはにこっと笑い、三人のこわばった表情が緩む。
「……アタシ、シルビアっていうの。こっちはアリスちゃん。これからよろしくね、みんな!」
片目を閉じて自己紹介したシルビア。やったー!と三人はそれぞれ喜びの声を上げた。
「オレは知ってると思うが、ドテゴロだ!よろしく、シルビアさん!アリスさん!」
「俺はモレオ!ちなみに副リーダーだぜ」
「オレはデニス。これからよろしくお願いします!」
ドテゴロ一味の、ドテゴロ、モレオ、デニス……新たな仲間が3人加わった!
「それじゃあドテゴロちゃんたちに、とってもいいものをあげる。ひとり1本ずつ手に持ってちょうだい」
そう言って、シルビアはイッテツにもらった荷物を開けた。
………………
「いや〜!みんなとっても似合うわ〜!」
「シルビアねえさん、これは!?」
馬の頭や羽飾り、とにかく派手な装飾。
――ドテゴロたちだけでなく、気づいたらアリスもその派手な飾り棒を持っていた。
これは武器……?武器なんでげすか!?
「イッテツちゃんにもらったプレゼントよ♪どうせ旅をするなら、すこしでもにぎやかなほうが楽しいじゃない♪」
この華美でド派手な装飾はイッテツの趣味なのだろうか……。
だとしたら、シルビアとなんて気が合うのだろうとアリスは思う。自分はともかく、ドテゴロたち三人は困惑しているんじゃないかと見れば、
「いいなこれ」
「ああ!イカしてるぜ!」
「ねえねえ、オレ似合う?」
……意外や意外にも、彼らも気に入っているようだ。なかなか見所がある。
「……うふふ♪これで準備はカンペキね。それじゃあまずは、この辺りの土地を回って、元気のない子たちを助けてあげましょう♪」
皆に向かって言うと、シルビアは前を向いて、両手を広げる。
「シルビアの世助け大作戦へ、しゅっぱ〜つ!」
「おおーっ!」
その場から拍手喝采が起こり、シルビアらしい賑やかな旅立ちとなった。