サーカスは続く

 ――翌日。

「シルビアさん、お疲れサマディーっす!あなたのおかげで、助っ人になってくれる人が無事にふたり来てくれたっすよ!」

 サーカステントにやってくると、真っ先にパンチョが出迎えてくれた。

「公演の準備はだいたい終わったし、これでいつでも最後の公演を開けられるっす!」
「そう、よかったわ!」
「あとはシルビアさんにおまかせします!公演に出る準備がととのったら、この中にいる団長に声をかけてくださいね!」

 シルビアの準備はいつでも万全だ。
 テントの中に入ると、最終チェックをしていた団長が、シルビアの姿に気づいて駆け寄ってくる。

「おお、シルビアさん!助っ人おふたりが来てくださいました。ああ……なんと、お礼を言ったらいいか……」
「うふふ、お礼なんかいいのよ。それより団長、準備はいいかしら?さあ、みんながショーの開演を待ってるわ!」
「……はい!準備はできています!」

 シルビアの問いに、団長はしっかりした口調で答えた。

「それじゃあ、気合い入れていくわよ!サマディーのサーカスが、暗い世界に贈る最初で最後のスーパーステージ……」


 ……さあ!幕を上げましょう!


 団員たちは町でチラシを配り、大々的にサーカス最終公演の宣伝をした。
 そのおかげもあって、満席とはいかないが、そこそこの観客が入る――……

「レディース、エンド、ジェントルメン!本日はご来場いただき、まことにありがとうございます!」

 パッとテント内に灯りがつき、ステージの中心には、団長が立っていた。

「さあさあ、皆さま。前を向いて。気分が落ち込んでいるからって、下ばかり見ていてはもったいない」

 よく通る声で、団長は観客たちに呼びかける。

「サーカスの終幕を飾るにふさわしい、サマディー王国のスーパースター……帰ってきたあの人の神業を見逃しますよ?」

 観客たちの視線がステージに集まるのを、団長は肌に感じた。
 目配せすると、バッチが盛り上げるように太鼓を奏でる。
 現れたトンタオがジャグリングをし、頭上から巨大な気球を掴んだパンチョが、ゆっくり降りてきた。

 観客からは小さな驚きの声。パンチョは飛び降りるようにステージに着地し、大きく手を振った。すると、子供たちは笑顔を浮かべ、手を振り返す。

「それでは、登場していただきましょう!暗い世界に笑顔を届ける……」

 いよいよ主役の登場――観客席の目は、すっかりステージに釘付けだ。

「希望の旅芸人……シルビア!!摩訶不思議なショーをとくとご覧あれ!!」

 太鼓が軽快なリズムを刻む。ジャグリングをしていたトンタオは、ボールを一つに集めており、赤いボールを宙に投げた。

 ボールはぼんっとナイフに変わる。

 落ちてきたナイフを危なげなくトンタオはキャッチすると、今度は気球に向かって投げた。

 気球は弾け、観客の声も興奮に弾けた。

 中から色とりどりの紙吹雪と共に、赤いバラ……?
 観客が不思議そうに見つめるなか、バラから炎が生まれ、どんどん大きく火の玉になっていく。

 観客は息をするのも忘れて、その光景を見つめる。

「――シルビアだ!」

 誰かが中からシルビアが現れたのに、気づいた。
 シルビアは炎の中をくるくる回りながら落ちていき、すたっとステージに着地した。

 シルビアを真ん中に、全員でポーズ!

 観客席からは、楽しげな歓声とたくさんの拍手。唇にくわえていたバラを、優雅な仕草で香りを楽しんでから、シルビアは投げる。

「さあ、皆さま。今宵は、最高のショーをお楽しみください」

 先ほどより大きな観客と拍手が、その言葉に答えた。

 こうして、サーカスのラストショーは幕を開け、一夜限りのシルビアのスーパーステージは、人々にひと時の安らぎを与えた。


 ……そして、サーカスの幕は閉じた。


 楽屋では、興奮しきってサーカスの感想を話し合う、シルビアと仲間たちの姿があった。

「ねえさんのショー……最高でがした!町の人たちにも、すこし笑顔が戻ったようであっしはうれしいでがすよ!」
「ああ!シルビアさんのショー、今までに見たどんなサーカスより最高だったぜ。オレ、感動して泣いちまったよ。どうやったら、シルビアさんみたいに、強く美しい人間になれるんだろうな……。すこしでも近づく方法はねえもんかな……」
「オレ、サーカスってヤツを生まれてはじめて観たんだよ〜。もうなんていうか言葉にならねえや。サーカスってすげえなあ……。シルビアさんが現れたり消えたり……。空飛んだり……。ハァ〜すげえなぁ〜……」

 アリスにドテゴロにデニス。モレオやイソム、ランスもそれぞれ楽しげに話している。
 ややあって団長と……パンチョ、バッチ、トンタオが続けて楽屋にやって来た。

 団長はシルビアに頭を下げる。

「シルビアさんのおかげで、私のサーカス人生で最高のショーができました。本当に、ありがとうございました」
「いいえ。今日の舞台の成功は、これまでサーカスを守り続けてきた団長……アナタの努力のたまものよ」

 シルビアがそう返すと、団長は微笑を浮かべてから、再び口を開く。
 
「暗い世界だからこそ、人々に笑顔を届けるサーカスや芸人が必要なんだと……その思いで、私は今日までサーカスを続けてきました」

 団長は思いの丈と、昔話を皆に話した。

「……それを教えてくれたのは、子供の頃に見た、魔物に襲われキズついた人々を救っては、彼らの引きつけ旅をする女旅芸人でした」

 女旅芸人……その話を聞いて、シルビアの頭の中で浮かぶ人はただひとりだ。
 肖像像でしか見たことがない、美しいあの人。

「つらい旅だろうに、彼女らは笑顔を絶やさず、沿道を見送る私たちに勇気をくれたものです。……そして、人々を率いた女旅芸人は、役目を終えたのち姿を消しました」

 シルビアは団長の話を真剣に聞いていた。

「その女旅芸人は、若い命を散らしたとも、とある町の名門騎士と恋に落ち、幸せに暮らしたとも言われています……」

 とある町の名門騎士――シルビアはわずかに反応を示す。……間違いない。

 シルビアの母、ガーベラのことだ。

「……シルビアさん。私はあなたにあの日の女旅芸人の面影を見ました。人々を引きつれ、笑顔を広げる、その姿に……」

 どうやら団長は、その女旅芸人の名前までは知らなかったようだ。

 "シルビア"

 最初に旅芸人だった母の芸名を名乗ったのは、かっこよくて好きだと思ったからだ。
 そして、自分なりの騎士道を極めるために旅芸人になった。世界中の人々を笑顔にしたい――その思いを抱えて。

(ねえ、シルビア……。アタシ、ちゃんとアナタの名前を引き継げられたかしら)

 太陽のように優しく、みんなに希望を与えた母のような旅芸人に、少しでも近づけただろうか。

「サーカスを休業するのはやめます。町の人たちが心から笑える日まで、私もあきらめずにがんばりますよ!」

 団長の希望あふれるその言葉に、シルビアは深く頷いた。
 続いて、いつもの乙女な雰囲気でくるりと仲間たちの方を向いて言う。

「さあ!アタシたちも団長に負けないように、人助けの旅、がんばりましょう!」
「あ…あの!シルビアさん!」

 答える仲間たちの声に交じって、パンチョがシルビアに声をかける。

「オイラたち、シルビアさんのもとで修行して、一人前の芸人になりたいんです!もっと、サーカスを盛り上げるためにも!」

 頷くトンタオとバッチの目からも、強い意思を感じた。

「気持ちはとってもうれしいけど、サーカスのことだってあるし……団長、どうかしら?」

 団長は少し考えるような素振りをみせてから、彼らに言う。

「……わかった。いいだろう。思う存分、修行してきなさい。私はいつまでも待っているからね」

 サーカスの団長が減って大変になるだろうに、背中を押すような言葉だった。

「シルビアさん、こいつらを頼みます」

 頭を下げる団長に、彼らも一緒に頭を下げる。

「シルビア流の修行は厳しいわよ!ビッシバッシ鍛えてあげるから、覚悟なさいね、アナタたち!」
「ありがとうございます!」

 新米サーカス団員、パンチョ。
 太鼓の得意なサマディーの兵士、バッチ。
 タマ使いの占い師、トンタオ。

 新たな仲間が3人加わった!

「この調子で人助けの旅を続けて、もっともっと世界に笑顔を届けやしょう!この辺りでまだ人助けをしていないのは、もうホムスビ山地だけでがすよ!さっそく行ってみやしょうぜ!」

 ――砂漠越えの準備もばっちりし、10人になったシルビア一行は、サマディー国を出発した。

「はっはっは、一気に仲間が増えたなあ!こんだけの人数で旅をするとなりゃ、道中がにぎやかになっていいもんだ!それじゃ、シルビアさん!この調子でどんどん人助けといこうぜ!」

 砂漠の暑さにも負けずと、元気よくモレオが言った。

「いやあシルビアさんのショー、マジサイコーだったっす!町の人たちのあんな笑顔はひさしぶりに見たっすよ!」

 同じようなテンションでパンチョも話す。
 サマディー城下町を離れる際には、元気になった住人たちに声をかけられたり――……

「……そうそう!先日おこなわれたあなた方のセッション!じつにすばらしかったぞ!残念ながらサーカスの公演は警備の仕事で見にいけないが、楽しませてもらったよ!ありがとな!」

 そんな風に、どこかで見ていた兵士に褒められたりもした。
 シルビアたちは、晴れ渡るような気持ちでの旅立ちだ。

「オイラ、まだまだ未熟だけど、あこがれのシルビアさんに近づけるよう、一生懸命がんばるんでよろしく頼みまっす!」
「うふ。かわいいこと言ってくれるじゃなーい。よろしくね、パンチョちゃん!」
「たまに何かをカン違いして、未来を教えてくれと神に祈る人がいるんです。しかし、神父は予知能力者ではありません。今度そういった悩みを持つ方がいらしたら、本職の占い師の方におまかせしようかと。……トンタオさん、よろしくお願いしますね」
「たまに……タマだけにな!ははっ俺にまかせときな、神父さん!」

 イソムとトンタオ。彼らだけではなく、仲間同士の会話も盛り上がっていた。

「さっき、俺たちの旅の行く末を占ってみたら、俺のタマたちがこう告げたんだ。……未来はどうなるかわからない。ってな。へへへ、それを見て俺は確信したぜ。俺の占いでも見えないほどの最高の未来が、シルビアさんには待ってるってな」

 最高の未来――。きっとそこにたどり着けるのは不可能じゃないと、今ならシルビアも確信できる。

「だから、俺にも見届けさせてくれよ。人助けの先にある平和な世界……笑顔あふれる最高の未来をさ!」
「ええ……もちろんよ。みんなでつかみ取るわよ!」
「「おー!!」

 ――道中の魔物との戦闘は、シルビアとアリスを固定に、交代制で行われた。

「ベギラマ!……へへ、ざっとこんなもんよ」

 トンタオは攻撃呪文が使えて、高火力の魔法攻撃を仕掛ける。

「皆さんいくっすよ!ハッスルハッスル!」

 パンチョは得意のダンスで、味方の強化や回復をし……

「そーれ!ドドンのドン!」

 バッチは太鼓を叩き、まもりのリズムで味方の守りを固めた。

 そして、ランスだ。

「騎士の名にかけて……!」

 ランスは勇気をふりしぼってシルビアをかばっている!ランスは武器でこうげきをはじいた!
 騎士の名に恥じぬ、見事な『かばう』をおこなった。

 攻守揃ったシルビア一行に、凶暴化した魔物たちも太刀打ちできず、暑さ以外は安全に砂漠を進む。

「ねえさん、あちらにオアシスがあるでげす。無理をせず、今日はあそこで休みやしょう」
「そうね」

 砂漠の真ん中にぽつんとあるオアシス。瑞々しく輝く緑と泉が、彼らを癒やした。

「……あら。ここにはお店があったのね」
「中はもぬけの殻でげすな……。看板がありやすね。なになに……」

『オアシスの店は、このご時世で旅人も少なく、閉店しました。これからは、困っている人を助けられるような旅商人としてやっていくことにします』

「困っている人を助けたいだなんて、素敵な商人ちゃんじゃない?」
「まだ続きがあるようでげすね……「私たちの恩人のエルシスさんたちへ……」エルシスのダンナ……!?」
「んまぁ!」

 突然、エルシスの名前が出てきて、驚く二人は続きを読む――……

 あなた方のおかげで私たちは商売の楽しさに気づき、まっとうに生きています。
 もし、どこかで見かけたら声をかけてください。
 きっと、あなた方は今も元気に旅を続けていると、信じています。

 元・盗人二人組より。

 ――文字を読んで、シルビアはくすりと笑ってしまった。

(アタシと出会う前に、エルシスちゃんたちってば、こんな良いことをしていたのね……)

 これは、詳しく話を聞かないとね。彼らと再会する新たな楽しみが、シルビアにできた。


 陽が沈み、砂漠の夜空には、月と満天の星たちが顔を出す。シルビアたちは焚き火を囲み、楽しく一夜を過ごしていた。

「シルビアさんのヘアスタイルって、ものすごくオシャレですよね。私も勇気をだしてマネしてみようかな……。ソルティコの騎士団は規律に厳しく、服装も髪型も自由にできなかったので、攻めた格好にあこがれていたものですよ」
「昔っから頭が固いのよねえ……」
「え?」

 きょとんとするランスに、シルビアは「なんでもないわ!オホホホホ……」と、あからさまにごまかした。

「キャンプで皆と火を囲んでると、若き日の青春の夜を思いだして、年がいもなく心が踊るのです。皆の心が次第に近づいて、寄せあつめの集団ならぬ本当の仲間に近づいてる気がしますね」

 イソムのしんみりした話に、アリスも同様の雰囲気で話す。

「この旅で仲間になった皆さんを見てると、シルビアねえさんと出会った頃の自分をついつい思いだしちまうでがすよ。世界に絶望して荒れていたあっしは、真っ暗闇の迷路の中で迷っちまっていた。……そんな時、ねえさんに出会ったでげす」

 その話に興味津々の皆の顔。シルビアの過去もミステリアスだが、アリスも多くは語らないからだ。

「……なーんて、やめだやめ。昔話は辛気臭くていけねえや。この話はまた今度でがすね」

 気づいたアリスが、おどけた口調で話を終わらせると、皆は残念そうな声を出す。
 そんな様子に、シルビアはくすりと笑う。
 当時、本物のあらくれ者のように荒れていた彼を、皆は想像できないだろう。

「さあ、みんな。そろそろ寝ましょう。明日も砂漠越えよ」

 シルビアの言葉に、仲間たちは素直に従い、寝袋に入っていった。


「……シルビアさん、寝たか?」
「……大丈夫。ぐっすり寝てるみたいだ」


 夜が明け――シルビアたちは、今日も砂の道なき道を行く。
 数日かけて砂漠を越え、彼らはホムスビ山地へとようやくたどり着いた。


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