妖魔軍王ブギー

 グロッタの町、3階――目に映るその場の異様さに、マルティナはその綺麗な形の眉を潜めた。

「こらっ何をサボってやがる!お前らに休んでるヒマなんかないぞ!」
「ブギーさまがここの完成を、今か今かと待ちわびていらっしゃるんだ!オラオラ、さっさとはたらくんだよお!」

 魔物たちは人間たちに怒鳴りつけ、ひいひいと人々は働いている。

(これは……カジノを作っているの?)

 部屋に置かれているのは、カジノで人気のスロットマシンだ。何故、魔物がカジノを作ろうとしているのかわからず、マルティナは困惑する。

「くそっ魔物のヤツらえらそうに……。こちとら休まずはたらかされてヘロヘロだってんだ……」
「魔物たちはグロッタの町を何に変えようとしているんだ……?ワケがわからねえぜ、まったく……」

 あらくれものや男たちは荷物を運ばされながら、魔物に聞こえないように愚痴をこぼしていた。

「たしか、あなたは……仮面武闘会で準優勝だったマルティナさんじゃろう?」
「ええ、あなたは……」
「わしはこの町の町長だった者ですじゃ」

 町長だったもの。過去形になってしまうのも、この状況では仕方ないだろう。

「仮面武闘会でにぎわっていたのが、夢だったかのように町の様子が一変して……。この町ももうおしまいじゃ……」

 町長はそう悲しげに言って、自分の持ち場に、とぼとぼと戻っていく。
 そのさびしげな背中を見つめ、早くなんとなかしなければ……と、マルティナはきりっと表情を引き締めた。

 魔物の目に留まらぬように歩きながら、マルティナは周囲を観察する。
 まずはブギーの居場所を突き止めなければ。

「あ、あれ!マルティナちゃーん!」

 そう親しげに声をかけたのは、ミーハーなピンクの鎧を着た剣士だった。
 親しげに呼ばれるほど、マルティナは彼を知らない。

「おれっち、ウワサで聞いたんだけど……。魔物に反抗的な人間が次々と行方不明になってるんだってさ」

 マルティナが情報収集をしていると知ると、ピンクの鎧を着た剣士は、こそこそと話した。その情報はもう知っている。

「そういえば、ブギーを倒すんだと意気込んでいたハンフリーたちも最近見ていないな……」

 とくに彼からは有益な情報は得られず、マルティナは「ありがとう」と、一言お礼を言ってその場を離れた。

「この仕事を始めてからいったいどのくらい時間が過ぎたかね……。頼むから、すこしだけ眠らせてほしいよ……」

 その先にいたのは、椅子に並んで座り、布を縫う女性たち。力のない女性たちは、どうやら縫い物をさせられているらしい。寝ずに働かされて、辛さは彼女たちも変わりない。

「3階の闘技場がなくなっちゃうらしいの。戦う闘士たちの筋肉をもう見られないと思うと、夢も希望もないわよ……」

 そう言ったのは、かつてグレイグ像を眺めていた筋肉マニアの彼女だ。

「……だけど、そこにいる見張りの魔物はなかなかにいい筋肉をしているのよね。ついつい見とれちゃうわ」

 その発言には、正直ちょっとどうかとマルティナは思った。

「ずっと闘士として生きてきて、散る時も試合の中でだと思ってたのに……。私、こんな所で終わっちゃうのかしらね」
「ひいひい……!朝から晩まではたらきづめでもう身体が動きませんよ!どうして、私がこんな目に……!ビビアンさまとサイデリアさまの雄姿を見るためにこの町に来ただけなのに……!」
「あと1000個くらい荷物を運べば今日はもう休めるかな……」

 ――マルティナも見かけたことがある魔法使いの彼女や、町に来た観光客までも……。人々は平等に働かされている。

「グロッタの町にやってきた魔物♪捕らえた人間、コキ使ってオーノー♪オレたちこれからどうなるのー!?……ダメだ!しみったれた歌詞しか今は思いつかない……。これがオレという吟遊詩人の限界なのか?」

 がっくりする吟遊詩人。酒場だった場所に変わりはないが、そこにたむろっているのは、魔物たちだ。

「ブギーさまは、この工事が終わったらお前たち人間どもにもごほうびを授けるとおっしゃっている。こんな虫ケラにも慈悲を与えるとは、さすがは我らがブギーさまだ。お前たちは幸せ者だなあ」

 人間のように飲み食いをして楽しんでいる。

「魔物たち相手に給仕をしているのだけど、人間と違ってどれだけ食べても注文が途切れなくて、もうくたくたよ……。でも、魔物たちはこの工事が終わったら、私たちを解放してくれるって言ってたわ。それまで、辛抱しないとね……」

 給仕をしているバニーガールの彼女はそう言ったが、本当に魔物が約束を守るのだろうか。(……信用ならないわね)

 マルティナがふとステージに目をやると、踊り子と魔物たちが一緒にダンスをするという不思議な光景が映る。

「魔物たちがなぜか私にダンスを教えろっていうのよ。いったいなんのためなのかしら……?」

 踊っているのは、びっくりサタンとどろにんぎょうだ。普通に楽しんでいるようにも見える。

「……むっ、なんだ、お前は。もしかしてブギーさまのこと知りたいのか?」
「ええ、知りたいわ。教えてくれる?」

 どろにんぎょうに聞かれて、マルティナは素直に頷いた。

「ブギーさまはすごいお方だ!なんせ、あの魔王さまより直々にチカラを授かった六軍王なんだからな!オレもブギーさまのような魔物界のエリートになるべく、こうして地道にがんばってるんだ!」

 六軍王……?その後の魔物の話は耳に入らず、マルティナは思案する。
 魔王より直々に力を授かったなら、強大な力を持っているだろう。

 例えばあの、ホメロスのような――。

 あの力を思い出し、マルティナはゾクリと身震いする。あの時、自分はホメロスに傷一つ付けることが敵わなかった。
 
(……この旅で、私もあの時よりまた強くなった。敵が強大だからといって、見過ごすことなんて絶対にできないわ)

 私の、全身全霊を持って――。

「……なんだ、お前は?気に入らない目つきをしているなあ」

 覚悟を決める、ただならぬマルティナのオーラに気づき、魔神のような姿をした魔物が彼女に声をかけた。

「ブギーさまの手により、絶望の淵に落とされ、恐怖におびえるこの町の人間どもは、もっと死んだような目をしているぞ」

 マルティナは何も答えず、ただ魔物の赤い目を見返す。

「……フンッ、気にくわんヤツだ!さっさと自分の持ち場に戻らんと、さらに仕事を増やしてやるからな!」

 やがて、魔物は悪態をついて去っていった。

「この上にある闘技場跡地には、スペシャルな施設ができる予定だ。この町の新たな目玉となる場所だからな。ブギーさまが直々に現場を仕切って、人間たちに作業を指示してるんだぜ」

 そんなおしゃべりなエビルホークの説明によって、ブギーの居場所を突き止めたマルティナ。
 魔物の目を盗み、闘技場へと続く階段を上がる。

 この先から不気味な気配を感じる……

 それでもマルティナは臆することなく、前に進んだ。

 闘技場跡地と魔物が言った通りに――そこはまるで、カジノのVIPスペースのように作り替えられている。

「グロッタの町の人を苦しめるブギーとは、お前のことね!」

 その中心にいる、巨大な魔物。

 妖魔軍王という名に相応しい、邪悪なオーラを放つ背中に、マルティナは言い放った。

「いかにも!ボクちんこそ、ロトゼタシアいちのダテ男、妖魔軍王ブギーさまだじょ〜ん」

 やはり、こいつが……!

「お前がボクちんに逆らおうっていうおバカさんだね?さあ、そのマヌケ面を見せてみな……」

 ……――なに、この悪趣味な成金みたいな魔物。

 振り返ったブギーに、真っ先にそう思ったマルティナ。
 赤い三つ目に鋭いキバ、長い耳など、不気味な妖魔らしいが。そのでっぷりした腹と、センスのない装飾品がそう彷彿させた。

「ブギーーーー!?」

 対してブギーの方も、マルティナの姿を目にして、衝撃を受けている。

「きゃっわゆ〜い!!!」

 三つの目をハートにさせて、その大きく開いた口から、デレデレな声が飛び出した。

 マルティナの眉間におもいっきり皺が寄る。

「キラーパンサーのようにつややかな毛並み!ギガンテスばりに引きしまった筋肉!ボクちんのタイプ、ど真ん中だじょ!」

 ……ここにロウがいたなら「姫を魔物に例えるなど、なんたる無礼じゃ!」と怒っていただろう。

「決めた!キミはこの瞬間からボクちんのマイスイートハニーだよ!一生ボクちんのそばにいてちょ!!」
「な、何をふざけたことを……!」
「はう〜ん……♡そんなかわゆいカオで見つめられたら、ボクちんキュンキュンしちゃうじょ!」

 度重なる不快な発言に、マルティナはキッと睨むも……ブギーは気づかず、一人で盛り上がっている。

「よし!ステキなキミとの親睦の証として、ボクちんからプレゼントをあげちゃう!ぜひ受け取ってほしいな!」

 ぼんっとその手に現れたのは……

「じゃじゃじゃーん!ボクちん特製のバニースーツさ!絶対、キミに似合うから着てみちくりー!」

 好き放題言うブギーに、マルティナは拳を握り絞めた。

「だまりなさいっ!」

 不快感を声に乗せ、地を蹴った。一瞬のうちに距離を詰め、ブギーに回し蹴りを撃ち込む。
(!避けた……!?)
 重そうな巨大に似合わず、風のようだった。

「で…出会ったばかりのふたりが触れ合うなんてハレンチすぎるじょ!まだキミの名前すら聞いてないのに!」
(こいつ……)
「ボクちんはどうしてもキミにこれを着てもらいたいだけなんだ!ほら、あれを見て!」

 ブギーはマルティナの視線を誘導するように、背後に目を向けた。
 エビルホークが太い鉤爪を立て、人々に詰めよっている。
 いつでも襲えるぞ、というように。

 これは、脅しだ――。

「あいつらに手を出されたくないなら……このバニースーツを着てくれないかにゃ?」
「下劣な……っ」

 バニースーツを着させようとする目的がわからない。ただ単にヤツの趣味だけなら、気分はよくないが、着ることはどうってことはない。
 だが、何か別の目的が……たとえば罠だとしたら……。

「ひぃ……!」
「!」

 人々の恐怖の悲鳴がその場に響く。

「……どう、着る気になった?」

 マルティナの思考を揺さぶるように、ブギーは言った。
 マルティナはくやしげにブギーを睨み付けたあと「……着るわ」静かにそう一言。

 その返事にブギーは喜び、人差し指を振って、ご機嫌に呪文を唱える。

「……!」

 ピンク色のモヤがマルティナを包み込み、彼女の姿は見えなくなった。

 そして……

 水色のバニースーツを着たマルティナの姿が、そこに。

「くっうううう〜〜〜〜!!最っ高にイカしまくりだじょ〜〜〜!!ボクちんの目に狂いはなかった!!」

 彼女のバニーガールの姿に興奮して足踏みするブギー。

「さあ、約束よ……早く人質を解放してマジメに私と戦いなさい!」

 そんなブギーに対して、マルティナは冷静に言った。

「前言撤回っ!気が変わったじょ!ボクちん、キミのこともっと知りたいから、ふたりっきりでおしゃべりしたいな!」

 ……というわけでえ。ブギーは指をパチンと鳴らした。
 すると、宙に禍々しく渦巻く闇の球体が生まれる。

「なにを……!」
「ボクちんとかわいこちゃん以外のヤツらは、みーんな吸いこんじゃってちょー!」

 ブギーが呼びかけると、どんどん大きくなるその闇の渦の中から、

 ……承知しましたわ〜ん。ブギーさま♡

 そんな可愛らしい乙女のような声が返事した。
 その場に悲鳴が響く。渦巻く闇の球体は、ブギーの指示通り、マルティナ以外の者たちを吸い込もうとしていた。

「約束をやぶったわね、卑怯者……!」
「フフフ……怒ったカオもプリチーだね♪大丈夫、キミだけは吸いこまないから、安心してボクちんのそばにいてよ」

 マルティナの言葉にも意を返さず、ブギーはニタニタ笑う。

「きゃああ!」

 一際大きな悲鳴が響いた。皆は必死にしがみついていたが、柱から手が離れ、女性が宙へ巻き上げられる。

「……いけないっ!」

 マルティナはブギーの横を走り抜け、飛び上がった。吸い込まれそうな女性の手を掴み、引き寄せる。

 代わりに渦に吸い込まれるマルティナ。

「キミは……キミだけはっ!そこに入っちゃダメだよおおお……!!」

 ブギーが手を伸ばし、必死に叫ぶ。

「ぐあっ……!」

 勢いには抗えず、マルティナは闇に吸い込まれてしまった。


 ――????


「くっ……。ここはいったい……?」

 吸い込まれた先は、グロッタの町の通路に似ていたが、薄暗く、異様な雰囲気が漂っていた。

 とりあえず、マルティナは通路を進むことにする。

 やがて円形の部屋に出て、そこは闘技会場に似ていて非なる場所だった。
 監獄のようにも見えて、おどろおどろしい装飾がされている。
 よく見ると、ブギーをモチーフにしたような像が飾られており、マルティナは悪趣味だと思った。

 何かを打ち付けるような音がする……目を凝らすと、奥に誰かいるようだ。

「い…いやだ、もう戦いたくない……。謝るから、許してくれえ……」
「ブギーさまにたてついた罪は重い!この妖魔の監獄で、あと1万回は戦いの練習台になってもらうぜえ!」

 闘技場には武闘家の青年と、両手に鉄槌を持ったあくま神官の姿が……
 マルティナがあっと思った時にはもう遅かった。
 武闘家の青年は、無抵抗に二つの鉄槌に叩きつけられた。

「ううっ……」

 呻く武闘家の青年の元へ、マルティナは慌てて駆け寄る。
「なんて、非道なことを……!」
 身体には何度も打ち付けられた傷があり、ボロボロだ。

「抵抗できない人を戦いの練習台にするなんて、許さない!」
「や、やめろ!頼むから、余計なことは、しないでくれ……」
「なっ……!?」

 武闘家の青年の口から、予期せぬ言葉が飛び出し、マルティナは声を詰まらせる。

「お前、見ないカオだが、新入りか?安心しろ、この人間を殺しはしない」

 あくま神官はマルティナに、ここはどんな場所かを教える。

「ブギーさまにたてついた罪を、骨身に染みるまでたたきこんでやるのが、この妖魔の監獄ルールなのさ。じきに、お前も同じ目にあわせてやる。自分の順番が回ってくるまで、せいぜい震えて待つんだな、ヒャッハッハー!」

 ……たてついた罪?監獄のルール?そんなの、ふざけている……!

「ここがどんな場所であろうと、見過ごすわけにはいかないわ!」

 立ち上がり、戦いの構えをとって、あくま神官を見据えるマルティナ。

「よしてくれっ!あんたがこいつらに逆らったら、オレまで何をされるか……」

 そんな彼女を見て、武闘家の青年が慌てて止めた。余計なお世話だと言うように、目でも訴えている。

「いいからオレのことは放っておいてくれ。そんなに人助けがしたいなら……」

 上げた顔を、マルティナが来た通路とは反対方向に向ける武闘家の青年。

「この奥の監獄部屋には、オレよりもひどい目にあった連中が、閉じ込められている。そいつらの所へ……」
「……くっ、わかったわ。この奥なのね……」

 助けを拒まれたら、それ以上のことはできない。
 マルティナは後ろ髪を引かれながらも、武闘家の青年の言葉に従った。

「さーて、準備がととのったら次のお仕置きが始まるぞ。いったい誰が選ばれるのかなあ、ククク」
「ここから先は監獄部屋……。あっしたち魔物の戦いの練習台にする人間を閉じ込めておくための牢獄でさァ」

 さまようよろいやくさった死体の横を通り、監獄部屋へと向かう。

「おめえさんもそこに入りゃあ、すぐに気が滅入っちまうぜ。今のうちにシャバの空気、めいっぱい吸っときなよォ……」

 魔物はにやにや笑いながら、マルティナの背中を見送った。

 奥に進むほど空気が淀んでおり、息苦しい。

 鼻につく血のにおい。奥から呻き声やすすり泣く声が聞こえる……。

「ようこそ、絶望が支配せし監獄部屋へ。ここにはブギーさまにたてついた、おろか者どもが収監されている」

 その檻の入口を前にして、マルティナの足は止まった。その先の光景を目にして、固唾を呑む。

「貴様もさっさと奥にある牢に入り、先に捕まった人間どもと同じように絶望を堪能するがよかろう、きっしっし」

 ここに入ったら、二度と出てこられない気がする――そんな予感が横切った。
(……みんなを助けるんでしょ、マルティナ)
 マルティナは自分に言い聞かせる。

 本当に怖いのは、この手が届かず、守れないことだ。

 絶望を堪能しろですって……?
 望むところよ――!

 マルティナはぎゅっと唇を強く結び、監獄部屋へと足を踏み入れた。
 コツ…コツ…ヒールを鳴らしながら中を歩く。

「俺は見てしまったんだ。この部屋の奥にある本棚の中に、ブギーさまが日記を隠しているのを……何が書かれているのか、知りたいが勝手に読んだらお怒りになるだろうし……。くそっ、気になってしょうがない!」

 ……とらおとこのそんな会話を耳にし、マルティナはその部屋へと入る。
 ブギーの日記……なにか弱点など、情報が得られるかも知れないと思ったからだ。

 この本棚だろう。マルティナは日記だと思われる一冊の本を取り出して、読んだ――……
 
『ふたりの愛の交換日記♡』

 ……ああ、いとしのブギーさま♡
 あなたのことを考えると、あたしのムネは会いたくてピクピクふるえてしまいます。
 早く、そのたくましいお腹を抱きしめたい!
 ほとぼしる愛でプヨプヨしあいましょう!
 お返事ください。メガモリーヌより♡

 ……ボクちんのかわゆい子ネコちゃん♡
 キミのキングスライム級のプリプリボディはとっても魅力的だじょ。でもね……
 ものごとには順序ってモノがあるじょ。
 まずは交換日記でお互いのことを知ってから、魔王さまに交際を認めてもらって……
 そのあと、10年目の記念のデートの時に
 ふたりは星空の下、はじめて手をつなぐんだじょ。
 ゆっくり愛を育んでいこうね、ブギーより♡


 ――ブギーとメガモリーヌの愛のやりとりが何十ページにもわたって書かれている。

 …………マルティナはそっと本を閉じた。

「あの日記はブギーさまとメガモリーヌさまの愛の交換日記だゲヒ!ブギーさまは恋多きプレイボーイと魔物たちの間でも有名でゲヒが、じつはとってもウブな純情ボーイなんだゲヒ!」
「え、そうなのか?」
「お付きあいしてるメガモリーヌさまとさえ、まだ手をつないだこともないとか……。いやはや、本当にピュアなお方だゲヒ!」
「………………」

 そんなびっくりサタンととらおとこの会話が聞こえて、マルティナは自分が交換日記を読む前に、内容を教えてほしかったと思った。

「ブギーさまは自分にたてついた者たちをお仕置きするため、忠実な右ウデであるメガモリーヌさまにこの場所を生み出された。お前ら人間も、メガモリーヌさまのブギーさまに対する忠義を見習ってしっかりと更正にはげむんだぞー!」

 先ほどから名前を耳にするメガモリーヌは、ここに来る前に聞こえた声の持ち主だろう。
 部屋を出ると、通路の先には牢屋が並び、中にはぐったりしている人の姿が多くあった。

「身体中が痛い……。もういやだ、誰か助けて……」

 悲痛な声に、マルティナは苦しくなる。
 どれだけ辛い目にあったのか。
 生きているのに生気を感じさせない彼らの姿が、それを教えてくれる。

「ここにいるヤツらは、魔物たちに繰り返し戦いの練習台にさせられて、心身ともに疲れ果ててるんだ」

 魘される男を看病しながら、あらくれものの男が言った。

「オレもすっかりまいっちまってるが……。こうして、助けを求めるヤツらのために、お祈りしてやってるんだよ」
「お祈り……?」

 思わずマルティナが聞き返すと、あらくれものは口許に微かに笑みを浮かべる。

「こう見えて、オレは神父の資格を持ってるんだ。気休めになるかわからんが、あんたもお祈りしていかないか?」

 ――信じる者は救われるってな。

(信じる者は救われる……)

 確かにそうだ、とマルティナは思った。
 仲間たちが生きているのを信じて、それが生きる希望になったのだから。
 せっかくなので、マルティナはお祈りをしようと……

「ううっ!なんだこのチカラは……!?あんたの着てるバニースーツから、なんともいえない不気味な呪いを感じるぜ」
「え?」

 元神父のあらくれものがぎょっと声を上げた。

「この呪いはあまりに強力すぎて、オレにはどうすることもできねえや。チカラになれなくてすまねえな……」

 やはり、ただのバニースーツではなかった。
 マルティナは苦々しい思いになるものの、今のところは何も起こっていない。
 今は深く考えないことにして、さらに奥に進んだ。通路の途中を大男が仰向けに寝転がっている。

「魔物にボコボコにされながら、オイラはこんな暗い悲しい場所で生きていくしかないのか……。闘士としてひと花咲かせるために、グロッタの町に来たのに……。なんでこんなことになっちまったんだ……」

 低い天井を見上げながら、大男は虚ろな目で呟いた。
 ずいぶんと空を見ていないような目の色だった。

「六軍王のブギーやこの監獄を牛耳るメガモリーヌにとっちゃ、あたしら人間はゴミみたいなもんだろうさ。こんな、暗い世界に閉じ込められて、ろくな食事も与えてもらえず……このままじゃ本当に死んじまうよ」

 牢屋から、まだ若い武闘家の少女が項垂れて言う。たとえ殺されなくても、これでは心が死んでしまう――。

「ひいいっ!つ…次は私の番ですか!?」

 いきなり悲鳴が上がり、マルティナは驚いた。

「……って、なんだ人間か。ああ、よかった……。魔物がオレを呼びに来たのかと思ったぜ。そろそろ次のお仕置きが始まる時間だ。神さま……どうかオレだけには声がかかりませんように……」

 近づく足音に敏感に反応してしまったようで、男の参っている様子がわかる。
 男は膝を抱えて座ったまま、神に祈った。
 彼を通りすぎると、すすり泣くような声が聞こえてくる。

「……あさん。おかあさん……。帰りたい、帰りたい、帰りたい……。ブツブツ…………」

 壁に向かって、ひたすらブツブツと呟く魔法使いの女性。

 ここにいる皆はもう、限界なのだ。
 マルティナはぎゅっと唇を噛み締める。

 一番奥の牢屋は、他より広いようだ――

 そこで、見知った者たちの姿を見つけた。


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