妖魔の監獄

「あなたたちは……仮面武闘会に参加していた闘士たち!みんな、無事だったのね!」

 ハンフリー、ガソムソン、マスク・ザ・ハンサム、ビビアン……。
 マルティナはひとりひとり見回して、よかったと声かけた。

「あぁ……。あんたもここに落とされたのか。お互い、ついてないな」

 ハンフリーが俯いていた顔を向けるも、反応は薄い。心身ともに疲労しているのがわかった。

「あなたもブギーに立ち向かい、そのまま戻らなかったと聞いていたけれど……いったい何があったというの……?」
「オレたちはブギーに返り討ちにあい……この妖魔監獄に落とされちまったんだ」
「ここに落とされた者はね……ブギーに逆らった罪をつぐなうまで、魔物たちからお仕置きを受けるの……」

 ハンフリーに続いて、ビビアンがやつれた顔で話す。

「ひとりずつ魔物たちの戦いの練習台にされ……たとえボロボロになって倒れたとしても、それは続くのよ……」
「なんて、残酷なことを……!」

 マルティナはショックを受けた声で呟いた。皆の様子を見れば、どれだけの地獄を味わったかわかる。美貌を売りにしていたビビアンやマスク・ザ・ハンサムは、以前のような輝きを失われている。

「ボクたちを異空間に吸いこんで、この妖魔の監獄で戦わせているのは、メガモリーヌという魔物らしい……」

 今度はマスク・ザ・ハンサムが暗い口調で口を開いた。

「そいつがいる限り、ボクたちはここでずっと戦い続けなければならない。毎日毎日、恐怖と痛みにおびえながら……」
「それはつらい日々だってでしょうね……」

 マルティナはそう寄り添うように答えてから、

「でも、まだ希望は残っているはずよ。その話が本当なら、メガモリーヌを倒せば、ここから脱出できるかもしれないわ」

 今度は励ますように皆に言った。

「はははっ希望……か」

 渇いた笑いと共に言ったのは、ガソムソンだ。

「そんな言葉、ひさしぶりに聞いたぜ。ヤツらに逆らったところで、さらにひどい目にあわされるのがオチさ」
「……でも……」
「おとなしくしてたら、いつかヤツらも許してくれるかもしれねえ……。いいから、もう放っておいてくれよ……」

 それは、最初に会った武闘家の青年が言った言葉と同じだ。
 マルティナは意を決したように、今度は反論する。

「でも、それじゃ何も変わらないわ!今立ち上がらなければ……!」

 みんなで力を合わせれば、きっと――。

「ウワサで聞いたわ。悪魔の子が魔王を誕生させたせいで、世界が壊れちゃったんだって」

 そんなマルティナを、力なく座っているビビアンは見上げて言った。その目は嫌悪を感じている目だ。

「言いたくないけど、マルティナさんって悪魔の子と旅をしてたのよね。そんな人から何を言われたって……」
「それは……」

 違うと誤解を解こうとしたが、マルティナの口から次の言葉は出なかった。
 皆からも同じような目を向けられ、きっと今何を話しても言い訳にしか聞こえないだろう。

 ただ一人――ハンフリーだけがもどかしそうに彼らを見て、やがてぎゅっと拳を握ると、口を開く。

「っみんな――」
「!」

 聞いてくれ、というハンフリーの言葉は続かなかった。牢獄に反響する足音に、彼らは怯えた様子で顔をそちらに向けた。
 
「そろそろ、次のお仕置きの時間だ!」

 ぐへへへ、と下品な笑みを浮かべながら、アンクルホーンが言った。
 一瞬にしてその場に緊張感が走る。一体誰の番か、自分以外の誰かにしてくれと、皆が祈るなか……

「次はお前が戦う番だ!我らがブギーさまにたてついた罪……身をもってつぐなってもらうぞ!」

 アンクルホーンは奥にいる――マスク・ザ・ハンサムに向けて言った。

「い…いやだ!ボクはもう戦いたくないっ……!」

 頭を両手で抱えながら、震える声で拒否するマスク・ザ・ハンサム。
 その脳裏と身体に、止まない暴力の痛みと恐怖が刻まれている。

「やめなさい!それほどまでに人間と戦いたいのなら、この私が相手になるわ!」

 見過ごすことはできず、すかさずマルティナは魔物に訴える。

 ――すると、どこからか笑い声が響く。

 クックック……おもしろいじゃない。
 ポッと出のくせに、ホント、生意気なヤツね。

「こ、この声は……メガモリーヌさま!」
「……隠れてないで、正体を見せなさい!」
「お、お前っメガモリーヌさまになんて口の聞き方を……!」

 慌てるアンクルホーンをよそに、マルティナはきっと睨みながら声の主を探す。

 生意気なヤツって、あたし、大嫌いなの。
 だから、特別に妖魔の監獄名物……
 地獄のお仕置きラッシュを味合わせてあげる!

「……っ」

 地獄のお仕置きラッシュ。その言葉に、皆の息を呑む声がその場に重なった。

 ブギーさまのお気に入りだからって、このメガモリーヌさまは容赦しないわよ♪

 その言葉を最後に、声の気配は消える。

「……メガモリーヌに目をつけられちまった。あんた、もう終わりだぞ……」
「希望がある限り、私は戦う……それだけよ」

 ガソムソンの言葉に、マルティナは視線だけ向けて答えた。

「他人のお仕置きを代わりに引き受けるとは、底なしにおろかな人間だな!地獄のお仕置きラッシュは上の処罰場にて行われる。ボロゾーキンのようにボコボコにされてきな!」

 マルティナにさっさと行くように命じるアンクルホーン。

「………………」

 ハンフリーは苦しげに目を伏せて「すまない、マルティナさん……」小さく呟いた。

「メガモリーヌに目をつけられちまったら、あんたはもうおしまいだぜ。たがら、忠告したのに……」
「ボクの代わりにあなたが戦うことになるなんて……。すまない……本当にすまない……」
「……悪いけど、私はこれから戦いにいくあなたに、がんばってとは……言えないわ」

 ガソムソン、マスク・ザ・ハンサム、ビビアン……

「あんたは好きに戦えばいい。だが、絶対にオレを巻き込まないでくれ。他人のために戦うなんて、バカげてるぜ……」
「……いそう。かわいそう……。勝てっこない、勝ってこない、絶対にね……。……ブツブツ……」
「あなたはまだ新入りだから、この監獄のおそろしさがわからないのね。これから、身をもって知るといいわ」

 他の者たちも否定的な言葉を彼女に浴びせた。マルティナは前だけを見て、上の処罰場に向かう。

「待ちな……。話は聞かせてもらったぜ」

 前を通りすぎようとした時、彼女は引き留められた。

「あんた見かけによらず、ずいぶんと無謀なヤツだな。ヤツらに勝てるわけないのに……」
「あなたは……」

 来るときに通路に寝そべっていた、大男だ。

「……仕方ねえ。手向けってわけじゃねえが、オイラはここに捕らわれた時に、こっそりと自分の持ち物を隠し持っていてな」

 そう言って大男は、どこからか袋を取り出すと、中身をマルティナに渡した。

「どうせ、オイラにはもう使い道もないし、あんたにくれてやるよ」
「ありがとう。活用させてもらうわ」

 マルティナは、特やくそうとまほうのせいすいとばくだん石を手に入れた!

「……もっとも、そのぶん苦しむ時間が長くなるだけかもしれねえが。まあ、せいぜいがんばるこった……」

 大男の言葉に、マルティナは強気の笑顔を浮かべて答えた。

「聞いたぞー。お前はブギーさまの新しいお気に入りらしいじゃないか。そりゃあメガモリーヌさまも怒るわけだ。それにしても、ブギーさまは恋多き男だなー。まったく罪なお方だよ」
「きっしっし……そろそろ時間だ。上の処罰場に行って地獄のお仕置きラッシュを受ける覚悟はできたか?」

 監視の魔物の言葉に、気を引き締めた表情で頷く。


「ギャッハッハー!ひさしぶりの地獄のお仕置きラッシュだぜー!」
「妖魔の監獄の本当のおそろしさ!その生意気な人間に思い知らせてやれ!」

 ――連れて来られた場所は、最初に訪れた闘技場だ。
 観客席には様々な種族の魔物が埋め尽くしており、ヤジを飛ばしていた。

「いくら仮面武闘会で準優勝だからって、この戦いには勝てるわけないぜ。まったく、バカなことを……」

 闘技場の真ん中に立つ、マルティナの背中を見ながらガソムソンが言った。
「………………」
 その隣でハンフリーは無言のまま俯く。

「マルティナさん……ボクのせいで……どうか耐えてくれ……」

 マスク・ザ・ハンサムは祈った。この場に立ってしまえば、もう彼女の身を案じることしかでない――。

 一方のマルティナは、ただ試合が始まるのを待っていた。武器を使用することは可能で、彼女は槍を手にする。

 そのとき、着ているバニースーツが妖しく光を放った。

「今のは……?」

 不思議に思う間もなく、再びどこからか、あの可愛らしい声が響く――……

 みんな、よく見てちょうだい!
 そこに立っているのは、無謀にもあたしたち魔族にたてついたふとどき者よ!

 声は観客席に向かって、煽るように話す。

 おろかで、あわれな、その人間に
 自分の立場ってヤツを、わからせてあげましょう!

 ――さあ、地獄のお仕置きラッシュの開幕よ!

「うおおー!やっちまえー!バカな人間はお仕置きだー!」

 観客席から応えるように大きな歓声が湧いた。
 最初の相手は頭からすっぽりとマスクを被り、斧を持ったおしおきマスクだ。

「泣いて謝ってももう遅いぜ!」

 地獄のお仕置き軍団――おしおきマスクたちは斧を振り上げ、一斉にマルティナに襲いかかる!

「……あ、あれ?」
「いねえ……?」
「消えた?」
「上!上!」
「お前ら上ー!!」

 観客席にいる魔物たちが、おしおきマスクたちに教えようと必死に叫んだ。

 彼らは頭上を見上げる――「!」

「躱せるかしら?」

 高く飛び上がったマルティナが槍の切っ先を向けて、落ちてくる。

 さみだれ突き!

 上から槍の雨のような攻撃に、おしおきマスクは次々と倒れる。
 残り一体は、弾かれた斧が自らの頭に落下し、呆気ない倒れ方をした。

 魔物たちが消えた場所に、マルティナはトン、と優雅に着地する。

「もう終わり?」

 マルティナは最初のお仕置きに耐え抜いた!

 シーンと静まり返る会場。少し遅れて「まだまだ!」「これからが本番だァ!」魔物たちは騒いだ。

 魔物は途切れることなく襲いかかってくる。
 どうやら、戦いはまだ続くようだ……

「ヒョヒョヒョ……しぶといヤツめ。次こそ、本物の地獄を見せてやる!さあ、ゆくぞ!」

 おしおきソーサーラとおしおきまどうしだ。
 おしおきまどうしはマホートンを唱えるが、魔法を使わないマルティナには無意味だ。

「はああぁ!」

 マルティナは槍を振り回し、その場に嵐を巻き起こすように魔物たちを一掃した。
 あっという間の決着に、会場は再びぽかーんとする。

「つ、強い……」
「闘技大会のときより格段に強くなってやがる……」

 マスク・ザ・ハンサムとガソムソンが驚きに呟いた。

 観戦していた彼らも、マルティナの一騎当千ぶりに圧倒されていた。

 次から次へと魔物は襲ってくるが、マルティナは臆することなく、立ち向かい、返り討ちにする。


 その姿はまるで、戦場に舞う戦姫だ。


「ギヒギヒ……人間ダ、人間ダ。おマエ痛めつけタラ、どんなコエでナクのかな、ギヒヒッ」

 次に襲いかかってきたのは、おしおきデビルとエビルたち。数で押してきたらしく、ヘラヘラと笑いながら取り囲む。
 魔物たちを左右に見据えながら、蠱惑的に口角を上げるマルティナ。

 ポケットから取り出したのは、大男にもらったばくだん石だ。

「爆ぜなさい――」

 石を投げ、地面に落ちた瞬間。

「キェーー!!」

 爆発に巻き込まれ、おしおきデビルとエビルたちは甲高い悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

「アイテムを使うなんて卑怯だぞー!」
「どこに隠しもってやがったー!?」

 観客席からブーイングが起きたが、マルティナは無視だ。残った魔物たちも槍を振り回し片付ける。

「……どうやら、話に聞いていたお仕置きとやらも、これでおしまいのようね」

 さすがの連戦続きで、マルティナにも疲労が見えた。肩で息をしている。最後のばくだん石がなければ、敵からの反撃を受けていたかもしれない。

「あの、地獄のお仕置きラッシュをたったひとりで耐えぬいたなんて……」
「どうして、あれほどがんばれるの?あんな絶望的な状況の中で……」

 マスク・ザ・ハンサムとビビアンは、戦い抜いたマルティナの背中を見つめた。

 ――終わった。マルティナは安堵のため息を吐く。
 ……その一瞬の気の緩みを、襲ったような一撃だった。
 殺気に気づいて、はっ……と目を見開いたときにはもう遅い。マルティナは吹っ飛ばされ、その身体は床に打ち付けるように跳ねながら、やがて止まる。

「地獄のお仕置きラッシュを突破するなんて……。やっぱり、メガトン級に生意気なヤツね!」

 何度か耳にした"あの声"が、はっきりと聞こえる。
「…………っ」
 だが、マルティナは起き上がれない。肺を潰されるような衝撃に息ができない。
 ……やられた。完全に気が抜けたときに攻撃され、受け身もできなかった。

「こうなったら、この監獄の支配者である、メガモリーヌさまじきじきに、あんたに鉄槌をくらわしてやるわ!」
「っマルティナさん!」
「……あなた…が……っ」

 それでも、マルティナは立ち上がった。強敵を前にして、自分が倒れているわけにはいかない。大男からもらった特やくそうを使う。

「……あなたが、メガモリーヌ……!」

 マルティナは、自分の何十倍もの大きさの魔物を見上げた。

 可愛らしい声の持ち主の正体は、メガトン級のマッスルボディだった。
 水色のムキムキのボディに、ピンクの装備品。左胸にはハートに矢が刺さったキュートなマークがある。

 なんにせよ、妖魔の監獄の主であるこの魔物を倒せば、ここから抜け出せるかもしれない。

「うふっ♡」

 メガモリーヌは愛らしく笑ったかと思えば、四本腕の一つが、マルティナへと拳を向ける。
 マルティナは咄嗟に腰を落として避けるも、反対の拳がアッパーのように彼女を宙に突き上げた。

「あぁ……ッ!」

 手でガードしたものの、その衝撃は凄まじい。

 宙に投げ出されたマルティナは無防備だ。

 息つく暇もなく、大きな手のひらで羽虫のようにはたかれ、マルティナは思いっきり背中から柱に叩きつけられた。力なく床に落ちる。

「そん、な……」
「そんな……!マルティナさん!」
「くそっ!戦い終わって、疲れたところを狙うなんて卑怯だぞ!」

 ビビアンとマスク・ザ・ハンサムが狼狽える隣で、怒りの声で抗議をするガソムソン。

「おーーっほっほっほっ!しょせんあんたみたいな人間なんか、あたしの敵じゃなかったわねえ!」

 床にうつ伏せで倒れているマルティナを見下ろしながら、メガモリーヌは高笑いした。

「……まったく、ちょーっとブギーさまに気に入られたからって、調子に乗らないでよ?ブギーさまが真に愛しているのは、このあ・た・し!美貌もスタイルも筋肉だって、あたしのほうがメガトン級……」

 話をしている途中で、メガモリーヌの言葉が途切れる。
 握られていたマルティナの指が、ぴくりと動いたからだ。

 マルティナは歯を噛み締めながら、ゆっくりと上半身を起こす。

「……この程度で、私に勝ったつもり?メガトン級も、たいしたことないのね」

 片膝を立て、勝ち気に彼女に言い放った。

「……もう、お仕置きの時間は終わりよ。そんなに死にたいのなら、このあたしが望み通りにしてあげるわ!!」
「マルティナさん、もういい!もう、立つな……!」

 メガモリーヌの本気の声を聞き、今まで黙り込んでいたハンフリーが声を上げた。

「歯向かうのをやめれば、もしかしたら命だけは助かるかもしれない!このままじゃ、あんた死んじまうよ!」

 マルティナは背中を向けたまま、口を開く。

「ここで立つのをあきらめたら……。待っているのは、希望のついえた本当の絶望よ……。今、世界は絶望の闇におおわれ、たくさんの人たちが、魔物におびえて孤独にさらされている……」

 その光景は、旅をして、自分の目で確かめてきた。

「でも、そんな時だからこそ、苦しむ人たちを助けたいと思った……。かつて、彼や仲間たちがそうしていたように!」

 彼らの姿を思い出しながら、マルティナは再び立ち上がった。

「その思いが、絶望の中にいた私を突き動かし、決してゆるがない希望の光となって、前に進む力を与えてくれた……!」

 ――マルティナが、希望を失わなかった理由。

「だから、私は何度だって立ち上がる!人の心に宿る、希望の光は、どんな絶望にも負けはしないわ!!」

 自分を奮い立たせるように言って、マルティナはメガモリーヌに向かって駆け出す。
 メガモリーヌは迎え撃とうとして、拳を突き出すが、それより早く、マルティナは飛び上がった。
 突き出された腕に着地し、駆け上がると、その顔面目掛けて蹴りをお見舞いする。
 怯んだメガモリーヌに、さらにマルティナは追撃。会心の回し蹴りをぶちこんだ。

「ぐうぅ……!」

 メガモリーヌはたまらず、後ろに倒れる。

「おおっ……!」

 これにはハンフリーだけでなく、皆からも喜びの声が上がった。

 ……だが、喜ぶのはまだ早かった。

 どこからか飛んできた火の玉が、マルティナに直撃したのだ。
 小さな悲鳴を上げて、マルティナは前に倒れる。
 現れたのは、あくま神官たちだった。

「よくも、メガトン級に美しいあたしの身体に、傷をつけてくれたわねえ!」

 怒りに声を震わせながら、メガモリーヌはマルティナを睨みつける。
「く……っ」
 懸命に顔を上げると、そこには巨大な足の裏が。踏みつける気だ。(……だめ、避けられない……!)


 マルティナは覚悟して目を閉じたが、一向に訪れない痛みに、目を開ける。
 そこには――メガモリーヌの足を押し返そうとする、ハンフリーの背中があった。


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