「ぐっ…………うらぁ!!」
力が拮抗しながらも、ハンフリーは渾身の力を込め、ついにメガモリーヌを押し返した。
「……ハンフリー、どうして?」
「……あんたのおかげで、目が覚めたよ。深い絶望にとらわれるあまり、オレは希望を見失っていた……」
マルティナの問いに、ハンフリーは背中を向けたまま答える。
「孤児院の子供たちを守ること……。それこそが、オレにとっての希望の光だ!それを守るために……オレも立ち上がるぜ!」
力強く言ったハンフリーに、駆け寄る二人の姿。
「オレたちだって戦うぜ!グロッタの闘士であるオレたちが、試合を棄権するワケにゃいかねえからな!」
「ボクもだ……!もう逃げたりなんてしない……情けない姿はここで返上だ!」
ガソムソンとマスク・ザ・ハンサムだ。
「……癒やしを……」
優しい光に包まれ、マルティナの傷はみるみる癒えていく。彼女が驚きに目をパチパチさせると、ビビアンはばつが悪そうな顔で微笑んだ。
「さっきはひどいこと言って、ごめんね。あなたの言う希望の光ってヤツ……もう一度信じて、一緒に戦うわよん!」
彼女らしさを取り戻して笑うビビアンに、マルティナも微笑み頷く。
「なんて生意気なヤツらだ!」
「オレたちもメガモリーヌさまに助太刀するぞ!」
「今度こそ二度と希望など抱かぬよう、絶望のどん底に落としてやる!」
観客席にいた魔物たちが次々と飛び降りてきて、彼らを取り囲む。
ハンフリー、ガソムソン、マスク・ザ・ハンサムは、一瞬怯むが、上等だと言わんばかりに構えた。
「――オイラたちのことも、わすれてもらっちゃあ困るぜ!」
マルティナが振り返ると、そこには大男の姿があった。
彼だけでなく、武闘家の少女や牢獄にいた皆の姿も……。
「反旗を翻すなら、今!この時しかねえ!マルティナ姫に続け!!てめえら、人間たちの底力を魔物たちに見せつけてやろうぜ!」
「おおー!!」
マルティナ姫――そんな風に呼ばれたのは、いつぶりだろう。
「……みんな……」
心を一つに武器を持ち、魔物に立ち向かう彼らの姿を目にし――マルティナの目頭が熱くなってくる。
彼らだって、一度は魔物たちに挑んだ勇気ある闘士たちなのだ。
その希望の灯火は消えかけていても、彼らの中に失ってはいなかった。
「マルティナさん……あの時は冷たく突き放して、ごめん。あんたの諦めない戦いを見て、オレたちは再び希望を取り戻せた」
今、皆の小さな希望が、マルティナの元に集まる――。
「ありがとう。今さら虫がいい話かもしれないけど……オレたちも共に戦わせてくれ」
そう言ったのは、ここに来て最初にマルティナが出会った、武闘家の青年だ。
「ええ、……もちろんよ」
差し出されたその手のひらを、マルティナは掴み、立ち上がる。
「さあ、みんな!こんなヤツらはさっさと片付けて、一緒に元凶であるブギーを倒し、町の人たちにも希望を届けましょう!」
その場から、先ほどよりも大きな声が皆から返ってきた。
「あんたたちみたいにむかつくヤツらには、普通の地獄なんかじゃ、生ぬるいわ!メガトン級の地獄ってヤツを見せてあげる!」
メガモリーヌの左右に、おしおき牢獄長と看守長が並ぶ。
「こっちのザコはオイラたちにまかせてくれ!」
「あたしだって武闘家の端くれさ!最後まで戦ってみせる!」
「神のさばきをくらいやがれ!」
「……さない。ゆるさない。今までのこと、3倍返しにしてあげる……ブツブツ」
「うおおお……!!」
観客席にいた魔物たちと大男たちによる乱戦のなか――。マルティナ、ハンフリー、ガソムソン、マスク・ザ・ハンサム、ビビアンの五人はメガモリーヌたちに戦いを挑む!
「これぞ、我が美学!」
先陣を切って、駆け出したマスク・ザ・ハンサム。
飛び上がり、華麗に宙で身体を捻って、デュアルカッターを放つ。
「ほ〜ら、さらに熱いのいくわよん!」
そこにビビアンがウィンクと共に呪文を唱え、二つのブーメランが炎をまとい、魔物たちに炸裂した。
「いくぞ!ガソムソン!」
「へっ。まさか前チャンピオンとこんな形で共闘するとはな」
ハンフリーとガソムソンが四本の腕の攻撃をかい潜りながら、己の拳で攻撃をくり出す。
「その程度の攻撃じゃ、このメガトン級に美しいあたしの身体に傷をつけられないわよ!」
――キレッキレよ!
メガモリーヌがパワフルマッスルポーズをすると、自分を含めた味方たちの攻撃力が上がった。
さらに監獄長がスクルトを唱え、看守長が鉄槌をビビアンに振り回す。
「きゃう!」
「っビビアン……!」
「……あたしのことは大丈夫よん。あなたは気にせずアイツをやっちゃって!」
ビビアンの言葉に、マルティナは意識を切り替え、メガモリーヌに集中する。
「ルンルン♪ルカナーン!」
てっきりゴリゴリの武闘派に見えたメガモリーヌだったが、呪文も唱えられるらしい。
「ずっと思っていたけど、このビビアンちゃんとキャラが被ってるのよ」
守備力を下げられながら、ビビアンは不満げに呟いた。見た目は置いといて、声は可愛いのでそこはいい勝負かもしれない。
「今だ!マルティナさん!」
「オレたちゃあんたをサポートする!」
ハンフリーとガソムソンの言葉に、マルティナは無言で頷き、飛び上がった。
――ムーンサルトだ。
「……いけ」
マスク・ザ・ハンサムが、見上げながら呟く。
「きゃあ……!!」
マルティナはメガモリーヌの顎を蹴り上げ、彼女は可愛らしい悲鳴と共にのけ反った。
……のけ反ったが、ぐっと堪えて、一つ目でギョロリと睨む。
「メッタメタよ!地獄に落ちなさい!」
「うわぁ!!」
「あぁっ!」
メガモリーヌの四本腕による"ばくれつけん"だ。
全員が重い拳を受け、吹き飛ばされる。
「!?……あんたら大丈夫か!?」
魔物を蹴飛ばした武闘家の青年が、彼らに振り返って言った。
「人の心配より、てめえの心配してやがれ……っ」
そう食い縛った歯の隙間から言いながら、ガソムソンは立ち上がる。
マルティナを含めて、他の四人も……立ち上がった。
いかにメガモリーヌが強くても。
「力が……!みなぎってくるわ〜〜!」
メガモリーヌがゾーンに入り、さらなる力を手に入れようとも。
皆は、決して諦めない。
おしおき看守長はピオリムを唱え、おしおき牢獄長はイオラを唱えた。
魔力が爆発し、攻撃を受けながらも、皆の駆け出す足は止めらない。
「先に横の魔物たちを倒しちまおう!」
「ああ!邪魔くせえ!」
「オーケー」
「目には目を、よん」
「みんな、最大火力でいくわよ!」
マルティナは再び槍を構える。
「メラミ!」
「デュアルカッター!」
「タイガーグロー!」
「ヒッププレス!」
皆の攻撃が炸裂し、マルティナも"なぎはらい"した。
おしおき牢獄長とおしおき看守長が倒れる。
残りは、メガモリーヌのみ。
「あたしに見とれなさい♡」
メガモリーヌの魅惑のマッスルポーズで、魅了状態になるガソムソン。
「見とれるならこのビビアンちゃんに見とれなさ〜い」
すかさずビビアンがフラワースティックでガソムソンの頭を叩いて、正気に戻した。
メガモリーヌと互角に戦いながら、徐々に彼女の体力を削っていく。
「ベホ〜イム」
対してビビアンは後方に下がり、仲間たちの回復役に専念した。
「ええい!まとめて始末してやる!」
「!?」
メガモリーヌは床を足で破壊し、その破片を手にする。破片といっても人にとっては巨大な塊で、がんせきおとしのように次々と投げていった。
「うわぁっ!」
「きゃああ……!」
悲鳴があちらこちらから飛び交う。
「メ、メガモリーヌさま……!」
魔物も関係なしに巻き込み、その場に土煙が立ち込めた。
「可哀想に……きっとぺしゃんこね。あたしに立てつくからこうなるのよ!」
おーほっほっほ、と勝ち誇った笑い声を上げるメガモリーヌ。
そこに、煙の中から一つの影が飛び出す。
――マルティナだ。
「!?なんてしぶといの……!」
「ハンフリーとガソムソンが守ってくれたのよ」
あのとき……マルティナに向かって飛んできた破片を、ハンフリーとガソムソンが飛び出し、二つの拳で叩き割ったのだ。
「これで終わりよ――!」
宙でマルティナは槍を構える。その構えは一閃突きだ。
その切っ先にすべてを込めて、マルティナはこの一撃に賭ける!
「きゃああ……!!」
槍がメガモリーヌの胸の宝石ごと突き刺さる。
悲鳴を上げて、膝を突くメガモリーヌ。
「やった……!」
へたりと座り込んでいたビビアンが笑顔で呟いた。
ボロボロの地面に着地したマルティナ。
"あなたが勝ち誇った瞬間を、わたしは狙ってました"
……――そんな囁きが聞こえた気がして、マルティナの背中にぞくりと悪寒が走る。
反応するより早く、背後に忍び寄るライオネックの手が、マルティナの背中から胸へとかけて貫いた――
「がは……っ」
「マルティナさん――!!」
ビビアンが悲鳴を上げるように名前を叫んだ。
マルティナの口から血が吹き出し、傷口からも血が伝う。
「あはは……!よくやったわ……!何が終わりよ!終わったのはあんたの方よ!!」
メガモリーヌの笑い声が響くなか、ライオネックはマルティナの血で濡れた腕をゆっくり引き抜き……
彼女はうつ伏せになるように倒れた。
「…………ッ!」
「このおぉぉ……っ!」
素早くハンフリーがそこに飛び込み、ライオネックを一撃で仕留めるも、その場にいる者たちは声を失っていた。
「そ、そんな……」
「マルティナさん……っ!」
「誰か!回復を……!」
動揺と混乱が渦巻く。今度こそ、マルティナは動かなかった。
いや、あんな致命傷を負ったら、彼女はもう助からない――……
(……みんな、ごめんなさい……)
寒くて、暗くて、薄れゆく意識の中で、マルティナは走馬灯のように仲間の顔を思い出す。
ベロニカ、セーニャ、カミュ、シルビア……
(……ユリ、エルシス……ロウさま……。グレイグ)
お父…さま……。お父さま……
最後に、本来の姿に戻った父に会いたかった――。
マルティナの力なく閉じた瞼から、一筋の涙が流れ落ちた。
喧騒が遠くに感じるなか、どこからともかく、声が聞こえてくる……。
『こんな所で死ぬなんてダメダメ!……だじょ』
マルティナの身体が宙に浮き上がる。
着ていたバニースーツは妖しく赤く光り、みるみるうちに彼女の傷は塞いでいった。
――それはスーツの呪いによるものだった。
着た者を絶対に死なせはしない、不死の呪い。
皆が驚きに見守るなか、マルティナは地面に足をつけ、その場に立つ。
「……私、生きてる……?」
傷はすっかり癒えて、バニースーツには綻び一つとない。
「マルティナさん……!いったい何が……」
「なんでもいい!彼女は生きてたんだ!」
驚愕するハンフリーに、マスク・ザ・ハンサムが喜びの声で言った。
「そ、そのバニースーツは……妖魔のバニースーツ……!?なんで、ブギーさま……。あんたばかり……ぎゃああ!!」
放心状態のマルティナを襲おとしたメガモリーヌの顔面に、炎の玉が直撃した。
――両手で握りしめたスティックをメガモリーヌにまっすぐ向け、両目から涙を流しているビビアン。
その目は怒りに燃えていた。
ゾーンに入り、魔力がはね上がった彼女の呪文は痛恨の一撃だった。
メガモリーヌは再び膝をつき、今度こそ動けない。
「な…なんであたしが、こんなヤツらに!?あたしのほうが、メガトン級なのに……!」
彼女を見下ろすように、マルティナは目の前に立つ。
「これで本当に……終わりよ!!」
身体を捻って、とどめの回し蹴りをメガモリーヌに食らわす。
「ぐがっ……?ブ、ブギーさまあああーーーーー!!!」
最愛の彼の名前を叫びながら、メガモリーヌの身体は目映い光を放つ。
一層光り輝いたと思えば、彼女は無となった。
「……やった。やったぞ……!!」
格闘家の青年の言葉を受けて、次々と喜びの声が上がる。
「……みんな、ありがとう。私一人じゃ勝てなかったわ」
マルティナは振り返り、共に戦ってくれた皆に礼を言う。
「ああん?なに言ってんだよ。嫌みかー?」
「お礼を言うのは、ボクらの方だよ。本当にありがとう」
ガレムソンとマスク・ザ・ハンサムに、マルティナは笑って答えた。
続いて、手の甲で涙を拭いながら、泣きじゃくるビビアンに視線を移す。
「……っひく。あなたが……生きててよかった……」
「……ありがとう、ビビアン。さっきは助けてくれて」
マルティナはビビアンを抱き締める。急に彼女が幼い妹のように思えた。
「どうやら……浸っている暇はなさそうだぜ」
ガレムソンが辺りを見回しながら言った。
空間に揺らぎが生じ、ヒビが入っている。
ここはメガモリーヌが作り出した世界なので、彼女が消滅すれば、共に消えるのは道理。
「くっ……!早く、ここから脱出しないとやばそうだぞ!」
ハンフリーの慌てた声をよそに、マルティナはじっと大きく裂けた切れ目を見つめた。
それは徐々に広がり、奥になにかが見える。
「あれは、もしかしてグロッタの町の……!?」
マルティナが吸い込まれる前にいた、元闘技場だ。
「……いちかばちか!みんな!あそこに飛び込むわよ!」
全員頷く。傷を負った者は誰かが肩を貸し、一斉にそろって切れ目に飛び込んだ。
――渦巻く闇の球体の下を、ブギーは落ち着きなくうろうろしていた。
あの妖魔のバニースーツを着ているとはいえ、マイハニーことマルティナの安否が気が気でなかった。
そのとき、闇の球体が白い光を放つ。
「なっ、なんだなんだ!?もしや、かわい子ちゃんの身に何か……!?」
光はどんどん強くなり……
「ほげええええええ〜〜〜〜〜っ!!」
あまりの眩さに、ブギーは叫んだ。
「うう……。オレたちはどうなったんだ……?」
――無我夢中で切れ目に飛び込んだ彼らは、そろって目を開ける。
「ここはグロッタの町……!?オレたちは戻ってこられたのか!」
目に映る光景にハンフリーが声を上げると、他の皆も驚きと嬉しさが混ざる声をもらした。
だが、すべての元凶がまだ残っている。
「さあ、みんな、気を引きしめて!よろこぶのは、まだ早いわよ!」
そんな彼らにマルティナは、目の前の魔物を見据えながら言った。
「あとは、ブギーを倒すだけ!ヤツを倒して、グロッタの町に平和を取り戻しましょう!」
「おうっ!!」
因縁の敵を前にして、マルティナは構える。それに皆も続く……が。
「……ううっ!?」
突然、マルティナは苦しげな声を上げた。
彼女の着ている青いバニースーツから魔の瘴気があふれ出て、足元から色を変えていく。
「マルティナさん……?いったいどうしたんだ!?」
「うぷぷ……♪ようやく、ボクちん特製バニースーツの効果が出てきたみたいだね!」
ハンフリーや皆が心配するのを見ながら、ブギーは嬉しそうに手を広げる。
バニースーツがすべて黒に染まると、マルティナは膝を折りながら倒れた。
(身体の自由が効かない……!)
どうにかしなければ、とマルティナは考えるが、頭にモヤがかかったように上手く働かない。
「これからは、ボクちんのためだけに、一生懸命、がんばってはたらいてね。ボクちんのかわゆい子ネコちゃん♪」
近づくブギーがそう言った。
「もちろん、交換日記もしてもらうし、もしかしたら、手をつないだりしちゃうかも♪」
「そ…それだけは、いや……」
ブギーの言葉に、必死に抗おうとするが、いくらマルティナでも、呪いの力には叶わない。
沼に沈むように遠のいていく意識。
希望が、潰える。