ホミリン

 ……――ここは、どこだ。
 ほこりっぽく、湿ったニオイが鼻につく。

「……何がどうなった?オレはまだ生きているのか?たしか、命の大樹で魔王のヤツが……」

 目覚めたカミュは、記憶を辿る。命の大樹の生命を奪い、魔王が誕生したのは覚えている。問題はその後だ。

 オレたちは…………

「オレだけが助かった?いや、そんなはずはない。きっと、エルシスたちもどこかで……」

 考えを口に出しながら、カミュはうつ伏せの状態から顔を上げ、辺りを順に見る。
 岩でできた無骨な部屋。低い天井。鉄格子でできた扉に、把握した。

「どうやら、オレはどこぞの牢屋にブチ込まれちまったらしいな……。くっ、脱出しようにもこの身体をじゃ……」

 カミュは立ち上がったものの、全身が痛い。

「……ここは魔物たちのアジトだよ!」

 ――突然、背後から声をかけられ、カミュはばっと後ろを振り返る。

 プルプルした青いボディが目に飛び込んだ。

 一瞬、スライムかと思ったが、黄色の足が何本も生えており、宙に浮いている。

 スライム系の魔物、ホイミスライムだ。

「……こいつ!いつの間にオレの背後に!?」

 驚きに叫んでしまい、カミュの全身に痛みが走った。ぐっと顔をしかめる。

「心配しないで。ぼく、悪い魔物じゃないよ。それよりキミ、ケガしてるみたいだね。ぼくがなおしてあげるよ」

 ホイミスライムは気さくに話し、証明するように「……えーいっ!」と、カミュに癒やしの呪文を唱えた。

「痛みがおさまってる……」

 先ほどの鋭い痛みが嘘のようだ。さすが、癒しの呪文が得意なホイミスライムか。

「急に現れやがって。なにもんだ、お前は?」

 気配に敏感な自分が、まったく感じ取れなかった存在。入り口は鉄格子の扉が一つで、先ほど見回したときには、ヤツはいなかった。いったいどこから……

「ぼく、ホミリン!よろしくね!」
「いや、名前じゃなくてだな……」

 カミュは困ったように頭をかいた。"ホイミン"じゃないのか、というつっこみは置いといて。

「……お前が悪いヤツじゃないってんなら、聞きたいことがある。オレの仲間をどこかで見なかったか?」
「キミの仲間?ううん。見てないよ。このアジトにいる人間は、キミだけさ」

 ホミリンの返答に「そうか……」と、カミュは落胆した声で小さく呟く。

「そっかー。会いたい人がいるんだね!じゃあ、こんなトコからは早く出なきゃ!ほらっ!こっちこっち!」
「早く出なきゃって……」
「アバカム!」
 
 どうやってここから出るんだ、というカミュの質問は引っ込んだ。
 ホミリンが呪文を唱えると、カチャリと鳴る音が響き、鉄格子の扉が自然と開いたからだ。

「扉を開けやがった……」

 ふよふよと外に出るホミリンは、黄色い足を手招きするように動かす。

「ちっ、なんなんだ。変な魔物だぜ。……とはいえ、あいつの呪文は役に立ちそうだし、ひとまず一緒に行くしかないか」

 カミュはそう納得し、ホミリンに続いて牢屋を出た。

「そういえば、捕まってた時に武器や荷物をとられなかった?」

 ホミリンに尋ねられ、カミュは自分が丸腰なのに気づいた。何者かに捕らわれていたのだ。武器や荷物を取られていても不思議ではない。

「……じつは、さっきそこでこれを見つけたんだー!もしかしてキミの荷物じゃないかな?」
「お!ありがてぇ!お前、なかなかやるな」

 カミュは自分の荷物を受け取り、武器を装備した!

「ここは魔物たちのアジトなんだ。会いたい人がいるなら、こんなトコからは早く脱出しなきゃね!」
「魔物たちのアジト……?なら、お前はなぜオレを助けてくれるんだ?」
「さあ、今は先へ進んでみようよ。もし戦いになったら、ぼくも呪文で応援するからさ!」
「……無視かよ」

 どうも調子が狂うぜ――。再び頭をかきながら、カミュはホミリンと共に先を進む。

 牢屋の先には、メタルハンターが警備のように立っていた。
 すぐにこちらの存在に気づき、矢を放ってくる。
 カミュは床に転がるように避け、立ち上がると同時に短剣を握った。

「がんばって!」

 応援と共に、カミュにバイキルトを唱えるホミリン。
 はっ……!攻撃力が増した二刀の一撃に、メタルハンターは壊れるように消滅した。

「勝ったぞー」

 勝利の舞のようにくるりと回るホミリンをよそに、カミュはメタルハンターが守っていた扉に目をつけた。
 開けようとしたが、扉はかたくとざされている。

「おい、さっきの呪文を使ってくれ」
「カミュ、こっちに道があるよ!」
「…………」

 はあとため息を吐いて、カミュはホミリンが足で手招きする方に向かった。
 ……ずいぶんとマイペースなホイミスライムだ。

「道っつーか……これ道なのか?」

 岩の隙間を、カミュはほふく前進で進む。
 途中にあった宝箱は、もちろんしっかりいただいた。中身は『はがねのつるぎ』だった。

 岩の隙間から魔物たちの様子を伺え、気づかれぬように歩く。

「わあー!宝箱がいっぱいだー!ねえ開けてみようよ!」
「いや、待て。あのわざとらしい宝箱の並び……もしかすると、本命はどれかひとつで、他はそれを隠すための罠かもしれねえ」

 宝箱は前に二つ、真ん中に一つ、後ろに二つと並べられている。

「……えっ、そんなことわかるの?すごいや!」
「まあ、盗賊のカンってヤツさ。用心しておいたほうがいいと思うぜ」

 だが、中身がお宝なら、元盗賊としては見過ごせない。
「お……そうだ」
 数少ない呪文を覚えているカミュは、今まであまり出番のなかった呪文を唱えた。

「インパス」

 鑑定呪文だ。唱えると、赤い光が見える。用心して開けた方がよさそうだ。

「これはトラップモンスターだな」
「これなら宝箱を安心して開けられるね!」

 そんな風に宝箱を調べていき『はがねのブーメラン』『ハタフライダガー』、そして『アジトの扉のカギ』を入手した。

「わあ、これって何かのカギだよね!?きっと大事な物に違いないよ!」
「ああ、そうだな。どこかで使うのか探してみるとするか」

 そこまで言うと、あのあかずの扉ではないかとピンときたカミュ。

「しまったボル!あの扉のカギをどの宝箱に入れたか忘れてしまったボル!」
「キキー!また忘れたのかキー!真ん中にある宝箱に隠したんだキー!もう忘れるんじゃないキー!」

 ……来た道を戻ると、岩の隙間から魔物たちのそんなゆるい会話が聞こえてきた。
 もう少し早く話せよとカミュは思いつつ、他の中身を手に入れたからまあいいかと通りすぎる。

 カミュが睨んだ通り、カギは最初の扉のものだった。
 
「扉も開けられたし、いい調子だね。こんな状況でも落ち着いてるように見えるし、キミはこういうことに慣れてるのかな?」

 慣れていると聞かれれば、慣れているのだろう。
 ピンチは何度もあったし、こういった場所に訪れるのも一度や二度じゃない。

 思えば――……

「こうして、地下から脱出しようとしてると、あいつと一緒にデルカダールの地下牢から脱出した時を思い出すぜ……」

 共に勇者を助けに向かったのが、きっと始まりだった。

「あいつは、無事だろうか……。今頃、どこに……」
「あいつ……?ふーん。キミには、大切な誰かがいるみたいだね……」
「まあな。いろいろあったからな。……さあ、行こうぜ」

 その言葉には含みを持って答えて、カミュは先を急ぐ。
 とっととここから脱出して、仲間たちと合流しなければ――その思いがカミュを突き動かした。

 開けた洞ぐつ内には、魔物たちがうようよしている。隠れる場所もなく、強引に突っ切るしかなそうだ。

「ボル!?なぜ人間がここにいるんだボル!?……あっ!お前、脱獄したボルか!?」
「キキー!なんで人間がここにいるキー!?……はっ!さては脱獄したキー!?」
「このことがガリンガさまにバレたら、オイラ、お仕置きされるんだボル!お前を倒して牢屋に送ってやるボル!」
「このことがガリンガさまにバレたら、オイラ、お仕置きされるんだキー!お前を倒して牢屋に送ってやるキー!」

 先ほどゆるい会話をしていたオコボルトとドラキーマだ。二人はまったく同じことを交互に話して、カミュに襲いかかってくる。

「――ザメハ」
「わりィ、助かった!」

 ホミリンは最初に「ぼくも呪文で応援するから」と言った通り、カミュを強力にサポートしてくれた。
 ドラキーマの強烈なラリホーマに眠ってしまったカミュを呪文で起こし……

「ラリホー!」

 逆にオコボルトを眠らせてしまう。

(ホイミスライムって、ホイミ以外にも呪文が使えるのか……?)

 よく考えれば、最初に自分の傷を癒したあの呪文もホイミレベルではない。
 魔物を倒したあと、カミュは多彩な呪文を操るホミリンを訝しげに見つめた。

「やったねっ」

 ……ホミリンは相変わらずスライム系特有の気が抜けるカオをして、勝利に喜んでいる。
(疑いすぎか……?こいつに敵意は感じねえし……)
 カミュは違和感を覚えながらも、ホミリンと共に辺りの魔物たちを蹴散らした。

 
「はっ!むむむ………!」

 急に難しい声を出して、立ち止まるホミリン。

「…………気をつけて。この先に強そうな魔物が2匹いるみたい!」
「急にどうしたんだ?……まあ、用心しておくか」

 軽く答えつつ、先を進むカミュは――魔物の気配にさっと岩影に隠れた。

「ね?ぼくの言った通り、魔物が2匹いるでしょ?」
「……たしかにな」

 二人は様子を窺いながら、小声で話す。視線の先にはドラゴンバケージと、りゅうはかせの姿があった。
 何やら会話をしており、耳を澄ます――

「おい、聞いたか。我らが邪竜軍王ガリンガさまのご活躍を」
「ああ、聞いたとも。あの忌々しい神の民どもの里を、ついに攻め落としたそうだな……」

 誇らしげに話すドラゴンバケージに、りゅうはかせも同様な口調で答える。

「神の民……?聞いたこともねえな。いったいなんのことだ……」

 "攻め落とした"ということから、良い話ではなさそうだが。

「天使界を魔王さまと滅ばしただけでなく、目覚ましいガリンガさまのご活躍にはオレたちも鼻が高い」
「天使界……っ?」

 その言葉にはカミュは大きく反応した。天使界といえば、元天使のユリの故郷だ。

(ガリンガって野郎が……)

 怒りにぎゅっと手を握りしめるカミュ。

「そんなに殺気だったら、魔物たちが気づいちゃうよ」

 そんな彼におだやかな口調でホミリンが言う。

「ああ……そうだな。今は気にしてる場合じゃねえか。なんにせよ、あいつらはジャマだな」
「ねえ、だったらこういうのはどう?」

 ホミリンはカミュにごしょごしょごしょと作戦を話す。
 お互い顔を見合わし、頷くと、作戦を決行した。

 ――作戦はとても単純だ。

「大変だ!大変だよ!」
「うん?どうした、何があったんだ」
「……おい、ちょっと待て。こんなヤツ、ここでは見たことないぞ」

 ホミリンが2匹の気を引いている隙に、カミュは背後から飛び上がり……

「き…貴様、なぜここに!?……ぐわっ!」

 魔物が気づいたときにはもう遅い。短剣から持ち変えた片手剣を振り上げるカミュ。一筆書きのようなドラゴン斬りで、2体とも同時に始末した。

「えへへ……。やったね、カミュ!」

 カミュはホミリンに顔を向ける。

「ん?今、お前、オレの名前を?」

 …………。じっと見つめるが、ホミリンはきょとんとして(表情の変化がないので、実際にはわからない)ふよふよ浮いている。
 ……今は問い詰めても無理そうだとカミュは悟った。

「お前にはいろいろ聞きたいが、今はそれどころじゃないか……。さあ、行くぜ!」
「うん!レッツゴー!」

 今度は元気よく答えるホミリン。二人は出口を求めて先へ進む。

「えへへ、さっきの作戦、うまくいったね。あっという間に魔物を倒すなんて、カミュは強いんだね!さあ、この調子で先へ進もう!なにが起きても、さっきみたいにチカラを合わせればきっとなんとかなるよ!」

 進みながらそう無邪気に話すホミリンは、ただの人懐っこいホイミスライムだ。

(……不思議なホイミスライムだぜ)


 カミュたちの前に再び扉が現れたが、内側からカギがかかっており、外側からは開けられない仕組みだった。

 諦めてその反対、背丈ほどある段差をカミュはよじ登る。
 一本道で、奥の方から微かに明かりがもれているようだ。見張りがいるかもしれない。
 音を立てぬよう歩いていくと……明かりは大きな空洞からだった。

 眼下に広がる光景に、カミュは唖然とする。

「おいおい、マジかよ……」

 そこにはドラゴン系の魔物が勢揃いしており、普通の旅人なら腰を抜かす光景だろう。
 そういえば、先ほど倒した魔物も同じドラゴン系だった。
 どうやらここは、ドラゴン種族のアジトらしい。

「さすがに、あいつら全員を倒すのは厳しそうだ。チッ……。どうするか……」

 おびただしい魔物の数に、あそこを切り抜けるのでさえ、困難だろう。

「もう、そんなことでどうするの?かわいい妹さんのためにも、びびってなんかいられないよ」

 ――その言葉に、カミュの表情は一瞬で強ばった。

「どういうことだ……」

 疑心の目で、ホミリンを見る。

「……なぜ、オレに妹がいることまで、お前が知っている?」

 妹がいることを知っているのは、クレイモランで自分と関わった人物だけだ。
 過去を捨て、盗賊として生きてきてからは、"誰にも"打ち明けていない。

 自分の犯した罪を懺悔したユリにだって……妹の話はできなかった。

「それに、あいつは、もう……」

 その言葉を呟き、顔を伏せるカミュ。
 あの姿を思い出すことさえ辛くて、ずっと蓋をしていた記憶だ。

「う〜ん、おかしいなあ……。前に、キミが言ってた気がしたけど……」
「前に、オレが言ってただと?お前とはここではじめて会っただろ?」

 過去にこんな不思議なホイミスライムと出会っていたなら、絶対に忘れないはずだ。

「とにかく、今は脱出することに集中しなきゃ。どこか別の道がないか、探してみようよ」
「なんだよ、はぐらかしやがって……。お前に言われなくてもわかってるさ。オレのしぶとさを甘く見るなよ!」


 ホミリンに煽られるように、カミュは思考を切り替え、別の道を探す。


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