岩肌に沿うように続く足場に、小石の欠片一つでも落とさぬよう、カミュは慎重に歩く。
微かな物音でも下の魔物たちの耳は拾い、気づかれれば、ドラゴンライダーが宙から襲ってくるだろう。
「あれ?ここから先に行けそうだね。この中に入ってみる?」
ホミリンが覗くのは、上の方にある、ぽっかり空いている岩の穴だ。
「この先で何が待ってるかはわからねえが、いつまでもここにいてもしょうがねえしな。……よし、行ってみるか!」
カミュは通る際に引っかかりそうな、背負っていた片手剣やブーメランなどを外す。
ホミリンの力も借りて、自分が抜けたあと、荷物を引っ張りあげた。
再びすべての武器を装備して……足を進める。
魔物のアジトだというこの場所では、いかなる敵が現れるかわからない。ホミリンがバイキルトをかけてくれるので、弱い魔物なら十分ブーメランも活躍した。
「……洞くつの中なのに、霧だと……?」
カミュは目を凝らす。それもただの霧ではなく、赤い霧が先の道に立ち込めていた。その霧がすぅ…と消えたかと思えば、ホミリンが叫ぶ。
「カミュ!ガストだ!」
「ち……っ」
咄嗟に後ろに飛んで、致命傷は負わなかったが、カミュの腕から血が流れた。
「この野郎……」
「カミュ、大丈夫?……ホイミ!」
すかさずホミリンが傷を癒やしてくれる。
周囲に広がっていた赤い霧が濃くなっていくと、目と口が現れ、魔物の姿となった。
ガストはその口から、つめたいいきを吐き出す。
「うぅ……!」
「おい、大丈夫か!?」
「ちょっと寒いけど、このぐらい平気さ」
なんてことはないという風にホミリンは答えたが、いくら強力な呪文の使い手でも、魔物の中でも下等種族のホイミスライムだ。
「お前は自分を守ってろ!」
カミュはホミリンに叫び、ガストに向かって駆け出した。
相手は霧状に変化できるが、弱点はわかっている。背中の剣を引き抜きながら、
「かえん斬り――!」
炎をまとった剣で、霧を切り裂いた。
呆気なくガストは分散するように消えていく。
「おととい来やがれ」
カミュは剣を背中の鞘に戻した。
「……お前は本当に大丈夫なのか?」
「うん、自分にホイミかけたし。カミュって、優しいね」
「……普通だろ」
ホミリンの言葉にカミュはそっけなく答えて、足を進める。
どうやら、ここは今までの雰囲気とは違い、太古の遺構のようだ。
不思議な円形の床があり、その上に乗ると移動する仕組みらしい。行き止まりかと思えた崖を、カミュたちは飛び越え、反対側に行くことができた。
「他にもこんな仕掛けがあるのか……?」
カミュがそう思っていると、次に目の前に現れたのは、垂れ下がるツル。
やれやれ、今度は原始的な移動か。
何度か強く引っ張り、ちぎれないことを確認すると、カミュはツルに掴まり、滑るように降りていった。
降りた先ではスマイルロックがゴロゴロしており、ここはヤツらの棲みかのようだ。
この辺りにはばくだん石が落ちており、なにかに使えるだろうとカミュはポケットに入れる。
襲ってくる魔物だけをカミュは倒すが、ここでもホミリンの呪文が役に立った。
「ラリホー!」
高確率で、魔物を眠らせてくれるのだ。
あのはぐれメタルさえも、ホミリンのラリホーで眠りに落ちる。おかげでカミュは、はぐれメタルを倒すことができ、また一つ強くなった。
「おめでとう、カミュ!」
ラリホーの効き具合は、魔物の耐性もあるが、術者の魔力にもかかっていると――いつだったかベロニカが話していたことを思い出す。
確かにエルシスのラリホーより、魔力の高いユリや、ベロニカのラリホーの方がよく効いていた気がする。
それを意味するのは、ホミリンは高い魔力の持ち主だということだ。
(コイツ……本当にホイミスライムなのか……?)
謎は深まるばかり。カミュは何度目かの怪訝な眼差しを、ふよふよと浮くホミリンに向けた。
円形の移動床は、上へ移動したり、下に移動したり、カミュたちを奥地へと運んでいく。
この先が出口に繋がっていると良いが……そう思いながらカミュは歩いていると、遺跡のような場所にたどり着いた。
「これも、さっきのと同じ仕掛けだよね。でも、今は動いてないみたい。……うーん、どうしちゃったのかな?」
円形の床と同じような模様が描かれている。その真ん中には丸い台があり、特にスイッチなどは見当たらない。
何をどうすればいいのか、カミュにはさっぱりだ。魔法関係のカラクリは専門外である。
「え〜と……。ふんふん、なるほど……」
「……なにかわかったのか?」
台に近づき、調べるホミリンに尋ねる。
「……うん!大丈夫、こわれてない!魔力を注げば、また動くようになるはずだよ。ぼくならなんとかできるかも。試してみるから、ちょっと待っててね」
頼む……とカミュがホミリンに答えた直後――背後から騒がしい気配に気づいた。
「おいっ見つけたぞ!脱獄した例の人間どもだ!増援の部隊をこっちにまわせ!」
来た道から大量の魔物たちが押し寄せて来る。
「ちっ!追っ手かよ!いちいち相手にしてられねえ!まだ動かねえのか!?」
「あわわ!魔力を注ぎおえるにはもうすこし時間が必要だよ〜っ!お願い、それまでぼくを守って!」
「わかった!」
自身の魔力を注ぐホミリンに、カミュはすぐさま答えた。カラクリはホミリンにまかせて、魔物たちを強く見据える。
(やるっきゃねえ……!)
「お前を逃がすなと命令を受けてるんだ!ムダな抵抗はやめて、おとなしく捕まっちゃいな!」
「脱獄するなんて生意気な人間だな!二度とそんな気がおきないようボッコボコにしてやるもんね!」
先陣を切ってきたオコボルトたちに、カミュはブーメランを両手に構える。
左右に交差するように投げつける技は、デュアルカッターだ。
「だっ!」
「ぐえっ」
ブーメランは右回りに左回りに、オコボルトたちに攻撃しながら撹乱する。
その隙に、カミュは背中から剣を引き抜いて、りゅうはかせに飛びかかった。
その身体に一太刀入れたが、近接戦に反撃を喰らう。怯まず、カミュは構え直すと、ドラゴン斬りでとどめを刺した。
ちょうど戻ってくるブーメランを両手でキャッチし、自分に飛びかかって来るオコボルトたちに再度投げつけた。
その攻撃で数体倒し、残った1体は回し蹴りで倒す。
「っく!」
後ろから衝撃を受け、地面に転がるカミュ。……ヘルバイパーだ。
そのヘビのような身体でなぎはらったらしい。
チロチロと長い舌を出しながら、ヘルバイパーは飛びかかってくる。
それよりも早く、すでにカミュは動いていた。
手を伸ばし、先ほどブーメランをキャッチするのに、地面に突き刺していた剣を取る。
「おらぁ……!」
斬りつけるのではなく、カミュはヘルバイパーに向かって、剣を思いっきり投擲した――!
「ギャ……!」
宙で避けられないヘルバイパーの心臓に、剣は突き刺さる。
魔物は塵となって消え、剣もカランと音を立てて地面に落ちた。
「あと、何体だ……」
「カミュ、大丈夫!?今、回復してあげるね!」
ホミリンはカミュのキズを癒やした!
「まだ魔物がいるから気をつけて、もうすこしで仕掛けがうごくようになるから、それまでなんとかがんばって!」
受けた傷を癒やしてくれるだけでありがたい。
襲いかかってくる魔物たちに、今度は短剣を逆手に持ち、体術も交ぜてカミュは戦う。
「人間め、あがいたところで無駄だぞ!オレたちだけじゃなくて、騒ぎを聞きつけた連中が間もなく次々とやってくるだろうぜ!」
「……なんだ、お前。見たことねえ魔物だな」
「ガハハ!オレさまはボボンガー!貴様なぞ、増援の部隊を待つまでもなく、このオレさまがのしてやるからよ!」
「ハッ……、そうかい」
ボボンガーと名乗った魔物は、荒野の地下迷宮で戦ったデンダーの色違いにも見えた。
「ボンガーーーッ!!」
「!?」
見た目とは裏腹に、軽々と飛び上がったボボンガー。
でっぷりとした腹を下に向け、カミュを押し潰そうとする――
カミュは後ろに跳んで避けたが、ボボンガーが落下した衝撃で、地面は亀裂が入り、粉々になった。
「……危ねえな」
カミュは笑いながらも、そのこめかみから一筋の汗が流れ落ちる。
凄まじいパワーは、デンダー以上かも知れない。あれを一発でも喰らったら、防御面が乏しい自分は終わりだ。
再びとっしんしてくるボボンガーに、カミュはひらりと躱す。
(一か八か……)
身体を捻る際、カミュはボボンガーに一撃を入れた。
「っぐ!毒攻撃か……!」
ボボンガーは猛毒にかかる。カミュのヴァイパーファングだ。
にやりと笑う。……毒にかかればこっちのもんだ。
あと一撃を入れるため、ここは退かず、吐き出されたはげしい炎をカミュはジャンプで躱した。
直接食らってはいないのに、その熱気はジリジリとカミュの皮膚を焼く。
「タナトスハント――!!」
カミュはオーラをまとった短剣を、ボボンガーに振り落とした!
「んなあ……!?」
「ボボンガーさまがやられちまった……!」
ボスが倒され、動揺するオコボルトたち。
「オレを甘くみるな……」
カミュは肩で息をしながら、ゆらりと顔を上げる。
「次は……どこのどいつだ……」
鋭い眼光に、ひぃっと後ずさる魔物たち。
「やったー!魔力が注ぎおわったよ!さあカミュ、これに乗って逃げよう!」
こいつらの相手にする理由はない。カミュは魔物たちに背を向け、さっさと移動床に飛び乗った。
「お前、やるじゃないか!」
「えへへ、それほどでも〜。ぼくを守ってくれた、キミのおかげだよ」
ホミリンはそう言ってから、カミュの回復もしてくれる。
「……ありがとな」
「えへへ、ぼくたち、いいコンビかもね!さあ、どんどん先へ進もー!」
――いいコンビか。まさか、魔物の相棒ができちまうとはな。
(なあ、エルシス……)
移動床が到着した場所は、朽ちた部屋だった。
「また、さっきとは違う部屋に来たね。先に続く道を探してみようよ」
辺りを監察すると、ここは朽ちた宝物庫だとわかった。
置いてある宝箱の中身はからっぽだったが、カミュの"とうぞくのはな"で残っていた二つの宝箱を見つける。
中身は『きようさのたね』と『はやてのリング』だ。
カミュは自分の武器の素早さを高めるため、はやてのリングを装備し、きようさのたねを食べた。
「きようさのたねかぁ。どんな味がするの?」
「さっぱりした味だな」
ホミリンの質問に答えるカミュは、前にエルシスとユリともそんな会話をしたな、と思い出した。
崩れた瓦礫の向こうに道があり、そこを抜けると――
「あれれ?ここってさっき上から見た時に、魔物たちがいっぱいいた所じゃない?」
「……だな。今はいねえみてえだ」
きっと、脱獄者である自分たちを捕まえるのに出払っているのだろう。好都合だ。
「あっ!あそこから先にすすめそうだね。ねえねえ、行ってみようよ!」
――ホミリンに促されるまま進むと、そこは外縁への道だった。
探し求めていた自然光が差す出口に、久しぶりに外の空気を吸う。
やっとここからおサラバできると思ったカミュだったが……
「マジか……」
外に出ると、手放しで喜べる状況ではなかった。
「まさか、ここは空の上だってのか……?」
カミュの目に雲が流れていき、冷たい空気が頬を撫でる。
「しかし、どうする……。さすがに、ここからじゃ飛び降りるワケにもいかねえしな……」
そう呟いてから、カミュの脳裏に「記憶喪失の危機」という言葉が浮かんで、場違いにもふっと笑ってしまった。
「……それ以前の問題だよな」
「あっ、見て!あっちにも道があるみたいだよ!」
ホミリンが見る方に、カミュも視線を移したその時。
カミュたちが立っている場所に、なにかが轟音を立て突き刺さった。衝撃に二人はふっ飛ばされる。
それは、巨大な両刃の剣――。
ホミリンは目を回し地面に倒れ、カミュはなんとか受け身を取って、着地した。
「ぐっ!なんだっ!?」
土煙の向こうに、徐々にその姿が現れる。
ドラゴンを模した兜……藍色の鋼鉄の鎧……人の数倍の長身で、筋骨隆々の肉体を持つ人型の魔物。
魔人はカミュを見下ろし、自ら名乗る。
「我は魔王さまに仕えし、六軍王がひとり……邪竜軍王ガリンガ!」
こいつが、邪竜軍王ガリンガ……!
赤い瞳がカミュを捉え、カミュもまた、鋭くガリンガを睨み上げた。