カミュの大切なもの

(こいつが魔王と共に、天使界を……)


 ユリの故郷を滅ぼした野郎……!


「魔王さまに差しだすため、気絶していた貴様を捕らえていたが……まさか、ここまで逃げのびていたとはな」
「……だったらなんだ……!」
「非力な人間にしてはよくやったが、それもここまで……!」

 立ち上がったカミュは、宙を見上げる。
 空から飛んできたドラゴンライダーたちが、ガリンガの後ろに控えた。

「皆の者よ!あの男を捕らえよ!勇者の仲間をそのままにはしておけぬ!」

 ガリンガの声に反応して、ウルフドラゴン、スカルゴン……様々な魔物たちまでもが集まってくる。

「さあ、時は満ちた!魔王さまに逆らうおろかな人間どもを滅ぼし、魔王さまの支配をより強固なものにするのだ!」

 カミュは呼吸を整えて、両手に短剣を構える。(ユリ……お前の故郷を滅ぼした野郎は、オレが仇を取ってやる)

 ――やれるかじゃない、やるしかねえ!

 ウルフドラゴン・強の攻撃を避け、カミュは身体を捻ってドラゴンライダーに一撃を喰らわす。
 着地した瞬間、スカルゴンの爪攻撃を短剣で受け止めた。もう一つの短剣は口にくわえ、ポケットからあるものを取り出す。

 スマイルロックの棲みかで拾った"ばくだん石"だ。

 それをスカルゴンの口に投げ入れ、自身はバク転をしてその場を離れた。
 ばくだん石の爆発は、近づいてきた魔物もろとも巻き込み、スカルゴンは骨がバラバラになりながら消えていく。
 硝煙の向こうから、大口を開けて迫りくるウルフドラゴン・強には、カミュはしゃがんで避けて、片手剣を突き立てるように切り裂き倒した。

 だが、倒したあとから、次から次へと魔物は襲いかかってくる。

 自身の武器である素早さときようさを生かしてカミュは戦うが、身体に傷が増え、体力もじわじわと減らされていった。

「くそっ……!」

 魔物は減るどころか、空からも地からも、どんどん加勢してくる。
 孤高奮闘するも、カミュは大群に囲まれてしまった。

「はあはあ……さすがに、もうダメか。ちくしょう!ここさえ、抜けられれば……」

 ――この絶望的な現実を、受け入れるしかないのか。

『諦めろ』

 その言葉が脳裏に浮かんだ。さらに影となって、カミュの足に絡みつく。


 ……――方法なら、ひとつだけあるよ


「この声は、ホミリンか!?お前、いったい……?」

 はっと後ろから気配を感じ、カミュは振り向きざまにスカルゴンを撃退した。
 その間も、直接語りかけてくるように、ホミリンの言葉が頭に響く――……

 キミはぼくのことを、ずっと前から知っているはずだよ。

『地の底で出会う勇者に、チカラを貸せ。さすれば、お前の贖罪も果たされるだろう』

 ……その言葉を覚えてる?

「その言葉は……!」

 忘れもなしない。預言者と名乗る者が、カミュに授けた言葉だ。

(まさか、ホミリンの正体は……)

 "ここを突破するために、チカラをあげる。"

 "一度きりの、とっておきのチカラさ。"

 "でも、それは、キミのいちばん大切なものと、引き換えになるかもしれないよ。"

『キミのいちばん大切なものは、なに?』

 その問いかけは、はっきりと聞こえた。

 魔物たちに囲まれた四面楚歌に、考える時間はない。カミュの脳裏には仲間たちの姿が浮かぶ。

 崖から落ちる際、初めて見せたエルシスの微笑み。
 ラムダからの使者だと、手を合わせるベロニカとセーニャの姿。
 見事な剣技を披露したに関わらず、おちゃらけるシルビア。
 孫のエルシスと再会し、涙を流すロウ。
 誰よりも早く、敵に立ち向かうマルティナの戦う姿。

 記憶を取り戻し、こんな自分を守ろうとしてくれたユリ――。

 それはかけがえのない、カミュの記憶たちだ。

 "そうなんだ……。大切なものは、仲間たちとの思い出……。それを、失うかもしれないよ。"

 言葉にせずとも、ホミリンには伝わっていた。

『仲間たちの思い出を失うかもしれない』

 その言葉に、カミュは歯を噛みしめ、苦悶に満ちた表情をする。

「かまわねえ!!オレに、チカラを!生きてさえいれば、思い出はまた作れる!」

 それでも、カミュは決意した。
 その言葉がすべてだった。

「オレは、立ち止まれねえ!!」

 カミュの覚悟に、ホミリンは願いを聞き入れる。


『そなたに、チカラを与えよう!』


 ――……


「ふはははっ!ついに観念したか!さあ、ヤツを捕らえよ!」

 ――ぐったりと肩を落としたカミュを見て、ガリンガは魔物たちに指示を出す。
 我先にと、四方八方からカミュへと迫る魔物たち。

 カミュは動かない。

 だが、その身体が光を発し、やがて爆ぜた。
 ホミリンから与えられた力が、カミュの中から吹き荒れ、魔物たちを消し飛ばす。

「オレは、こんな所で終われない……」

 光のオーラをまとうカミュ。開いた青い目が一瞬、赤く光る。

「なんとしても、ここから出てやる!」

 まとうオーラは赤くなり、カミュの全身に力がみなぎってくる。
 足を一歩踏み出すと、まるで瞬間移動のように魔物たちと距離を詰め。

 その大群に飛び込んだ。

 素早く短剣で上から切り裂き、まずは一匹というように、一瞬でカミュはスカルゴンを倒した。
 地面に着地すると同時に、近くにいた魔物に切りかかり、身体を捻って別の魔物にも攻撃する。
 ドラゴンの鋭い爪攻撃にも俊敏に避け、反撃。

 仰け反ったその喉を足場に、飛んでいるドラゴンライダーに飛びかかり、倒した――。

 まるで、ビーストモードのような動きだった。
 ホミリンは力を与えただけでなく、カミュの中に眠れる力も引き起こしたのだ。

 周囲の魔物をすべて倒し、敵を探すカミュ。

 そこへ、次々と空からウルフドラゴン・強たちが襲いかかってくる。

 カミュは臆することなく跳躍した。

 その背中に飛び乗ると同時に倒し、足場にしながら次々と仕留めていく。

 地上に戻ってきても、カミュの勢いは止まらない。
 強靭なドラゴンも、頭部に短剣を突き刺し、一撃で倒す。

 ……――それをガリンガは無言で見ていたが、カミュの一騎当千ぶりに口を開く。

「非力な人間の最後のあがきか。ふんっ!相手をしてやろう」
「オレは、こんな所で終われねえ!なんとしても突破してやる!」


 カミュは単身で、六軍王の一人、邪竜軍王ガリンガに戦いを挑む――。


 邪竜軍王ガリンガは、自身の身長ほどある巨大な両剣を構えると、目にも止まらぬ速さでカミュに攻撃を仕掛けた。

「ぐっ……!」

 二刀の短剣でカミュは受け止める、互いの力は拮抗する。
 お互い一旦離れ、ガリンガがはやぶさのごとく二回攻撃を打ち込めば、カミュも二刀流による二回攻撃を叩き込んだ。

 互いの武器がぶつかる音が響き合う。

 傷を負っても、不思議な力によって瞬時にカミュは癒やされていく。

「凍りつくがいい!――マヒャド!」

 埒が明かないと悟ったのか、ガリンガは後ろに跳んで距離を取ると、呪文を唱えた。

「つあ……!」

 凍てつく氷の刃がカミュの身体に突き刺さり、凍傷を起こす。痛みこそあるものの、再び傷は癒えていく。
 恐れず立ち向かってくるカミュに、ガリンガの顔が歪んだ。

「ならば……癒やしが追いつかぬ攻撃を与えるのみ!」

 痺れを切らしたガリンガは、ギガスローやれんごく斬りなど、猛攻をかけた。

「馬鹿な……!すべて避けただと……!?」
「……今度は、こっちからいくぜ!」

 ガリンガは宙を見上げた。そこには、腕いっぱいに短剣を振り上げるカミュの姿が。

「はああああ!!」

 カミュは一直線にガリンガに飛び込み、渾身の攻撃を放った。
 一回転して着地するカミュの後ろでよろけて、膝をつくガリンガ
 その際、胸当てが砕け、破片が地面に落ちた。

「我がヨロイに、キズをつけるとは……」

 ――決着をつけてやる。

 カミュはゆっくり振り返ると、再びガリンガの元へと駆け出した。
 だがその直後、カミュの身に異変が起こった。

「くそっ……!なんだ、身体が急に重く……!」

 失速し、足は上がらず、ついにはその場によろめくように膝をつく。

 ――力の効果が切れたのだ。

「オレ…は、こんな…所で、終われない……」

 全身に力が入らなくとも、それでもなんとか力を振り絞って起き上がるカミュ。
 一方のガリンガは、切り離していた両剣を一つにする。

「おのれ……!こざかしい!もはや、生かしておけぬ!砕け散るがよいっ!!」

 怒りの形相で飛び上がり、凄まじい力を込めた両剣をカミュに向かって投擲した。
 それは最初にカミュたちに向けた攻撃で、雷が落ちたような衝撃だった。

 その場で力は膨張し、大爆発を起こす。

「がはっ……!」

 受け身を取ることもできず、衝撃波に吹き飛ばされるカミュ。
 まるで人形のように、いとも簡単に崖から投げ出された。

 意識を飛ばし、落下していくカミュを――

 小さな光が彼の中から生まれて、包み込んだ。光の球体の中で、カミュは宙に留まる。

「カミュよ、よくやった。どうやら、切り抜けられたようじゃな」

 そこに現れたのはホミリンだった。気を失っているカミュに話しかける。

 その姿は徐々に人の姿へと変えていく。

 青い髪の神秘的な女性のような姿。
 ホミリンの本当の正体は……

「わしは、おぬしの世界で預言者と呼ばれる者。以前、おぬしに預言を与えた手前、おぬしを最後まで導きたかったが……」

 その言葉は今のカミュに届かずとも、預言者は一方的に語った。

「すまぬ……。わしが手助けできるのは……どうやら、ここまでのようだ……」

 朧気になる姿は、その言葉を最後に消えていく。

 ……――目覚めぬカミュの知らぬ間に。

 その記憶は、一つ一つ、砂になるように失われていき……

 やがて、彼の中は"無"になった。


『生きていれば、道は開けよう。さあ、行くのじゃ……』


 ――ソルティアナ海岸のとある浜辺。


「やれやれ、えらいこった。地形が変わっちまった所もあるし、大樹が落ちた衝撃はすさまじいな」

 一人のあらくれ者は、たまたまその場に訪れると、そこには人の姿が……。

「おい、あんた!大丈夫かっ!?そんな所でフラフラして……いったい、どうしたってんだ?」
「……わからない」


 記憶を喪失したカミュだった。


「……オレは、誰だ?たしか、誰かと旅をしていたような……」


 戸惑うあらくれ者の前を通りすぎ、カミュは孤独に歩いていく。
 宛のない道の先に、誰かを求めて――……。


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