「ロウさま!アーウィンさまからお話は聞いてますよ」
ロウの姿を目にした途端、大臣の方から切り出した。
最初に玉座の仕事を行うのは、後回しにするとこの大臣はうるさそうだからだ。
「来客の対応はもちろんのこと、政治的な判断を求められる外交案内など、ユグノア王の仕事は多岐におよびます」
「これこれ、一から説明されんでも知っとるわい」
「はっ、すみません。久しぶりのロウさまとの仕事に、つい張り切ってしまいました。ロウさまにお手伝いいただければ、アーウィンさまもきっと大助かりですな。なにとぞ、よろしくお願いいたします!」
よっこいしょとロウは玉座に腰かけた。
「それでは、本日の仕事を始めましょう。まずは、こちらの方からお話をうかがい、王の代理としてご判断をお願いします」
そう大臣は手配すると、やがて玉座の間に見たことのある年配の学者が訪れた。
「お初にお目にかかります。私はクレイモラン王国より参りました、使いの者でございます」
クレイモランの優秀な学者である、エッケハルトだ。思わずロウは「元気でおられてたかのぅ」と声をかけてしまい、彼は不思議そうな顔をした。
ゴホン。気を取り直して……
「何やら重要な用件とお見受けした」
「はい。本日は、我が王を悩ませるとある事件について、四大国の中でも平和と名高いユグノア王国のお知恵をお借りしたく……」
「……ほう、事件とな。それは、どのような事件なのじゃ?」
腕を組み、真面目な顔を心がけて尋ねると、エッケハルトも神妙な顔で答える。
「……じつは、クレイモラン王家に代々伝わるブルーオーブが、何者かの手によって盗まれてしまったのです」
「なんと……!それは一大事じゃ」
後にオーブが揃わなければ、命の大樹への道が閉ざされてしまう。
「クレイモラン王はさまざまな手を尽くし、ブルーオーブだけは取り戻せましたが、今も城から盗みだした犯人は不明なまま……」
ブルーオーブを取り戻せたという言葉を聞いて、ロウはほっとした。
「容疑者は4人までしぼることはできたのですが、証拠も無く、犯人特定には至っておりません。何かよい方法はありませんでしょうか?」
「なるほど……。4人いる容疑者の中から犯人をひとり特定する方法か……。ちと、状況を整理して考えてみるかのう」
一つ一つ、順番に考えていく。
「まずは、犯人の動機について考えるとしよう。いったいなぜ、犯人はブルーオーブを盗みだしたのじゃろうな?」
「そうですな……。ブルーオーブは王家の宝なので、金銭的価値によるお金欲しさではないでしょうか」
「確かに、ブルーオーブを売りはらえば相当の額の金になるはずじゃ。しかし、世の中にはスリルを楽しむことを目的に悪事をはたらく者もいるという」
「な、なるほど……!さすが賢王と呼ばれるロウさま。私には到底思いつかぬ発想!その可能性は大いにございます」
「犯人の動機はそれに違いあるまい。では……次に、犯人の人物像についてかんがえてみるかの」
「犯人の人物像ですか……」
「厳重な警備をくぐり抜け、ブルーオーブを盗みだせるのは、どんな人物じゃろう?」
そこでエッケハルトは、ブルーオーブが保管されていた、宝物庫の厳重なカギが開けられていたことを思い出し、ロウに話した。
「カギ開けの名人……でしょうか」
「うむ。犯人は固く閉ざされた場所であっても、たやすく入り込めるカギ開けの技術を持っていたに違いない。ということは……」
ごくり……と、エッケハルトだけでなく、大臣も次のロウの言葉を待った。
「ようし、ひらめいたぞい!真犯人はおそらく手先の器用な愉快犯じゃ!」
「おお……!」
「ためしに容疑者たちに向かって、オーブを盗んだくらいでいい気になるなと、難解なパズルを渡して挑発してみるのじゃ!」
「ほぅ、難解なパズルと……?」
「無実の者ならば、パズルを解くのをためらうが、真犯人ならば、事件が疑われることに構わずパズルを解くことに情熱を燃やすじゃろう」
これぞ名案だと、ロウは胸を張ってエッケハルトに提案した。
「おおっなるほど……。さすがは、ロウさま!それではその案を持ち帰り、王に提案しますがよろしいでしょうか?」
「うむ。おぬしたちの健闘を祈るぞい」
「ありがとうございます!では、さっそくクレイモランに戻り、我が王に報告せていただきます」
クレイモラン王国の使者のエッケハルトは、とてもうれしそうに帰っていった。
「さすが、ロウさま!あの方法ならば、事件も無事に解決するに違いありません。それでは、次のお仕事とまいりましょう」
早々に次の仕事に取りかかる。王が取り出したのは手紙であった。
「ロウさま、サマディー王から親書が届きました。読み上げますね……ゴホン!」
『アーウィン殿、お元気ですかな。
ユグノア王としてのご活躍のほど
我が国でも、日々、耳にしておりますぞ!
じつは、その活躍を見込んで相談なのですが……。じつは、我が国では、最近、日照りが続き、不作を悩んでおります。
アーウィン殿であれば、この事態を打開する名案を、与えてくれるのではと思い、国いちばんのはやウマに手紙を託します……』
「……とのことですが、どういたしましょう。急ぎでお返事が欲しいようですが」
「だいぶ、こまっているようじゃのう。それでは、アーウィンに代わってわしが返事をだしてやるとしよう」
腕を組み、ロウはう〜んと考える。
「不作を解決するための名案か……。さて、なんと返すとするかのう。まずは、手紙の全体的な雰囲気を考えるとしようかのう。どんな雰囲気がよいじゃろうか?」
ここはあえて厳しく……いやいや、打たれ弱いあやつのことだから、厳しくしたら落ち込むじゃろう。
「ここは、おだやかに優しく……ようし、これじゃな。それでは不作の解決策じゃが、どのような提案をしようかの?」
アーウィンなら手がたい策を提案するだろうが(わしなら意表をつく奇策を……)ロウの脳内に文面がまとまる。
「……ようし、だとすると、たぶんこのような返事がよかろう。大臣よ。手紙の文面が決まったぞ。今から話すことをよく聞いておれ!」
――サマディー王よ、状況は把握したぞい。
日照り続きということは、つまり道ゆくギャルたちがみんな薄着に……
……というのは、冗談じゃが、要するに、なにごとも気の持ちようと、考え方次第でどうにかなるということじゃよ。
ピンチをチャンスと思い、その日照りと暑さを逆に利用した、斬新なピチピチギャル文化を創出するのじゃ!
「…………いや、さすがにこれは奇策すぎたじゃろうか」
「差しでがましいですが、ロウさま。私もこの策はちょっとロウさまの趣味が出すぎていると思います」
大臣の意見もあって、ロウはもう一度考え直す。
最終的に手がたい安全策にすることにした。
――サマディー王よ、不作でおこまりとのこと、どんなにつらかったことと思うが、もう心配ご無用じゃ。
我がユグノア王国の食料を無償にて、お送りさせていただこう。
どうぞ、遠慮なくお受け取りくだされ。
困った時は、おたがいさまじゃからな。
いつの日か、我が国がピンチに陥った時は、どうかよろしく頼んだぞい!
「……以上じゃ。これを手紙に書きとめておくのだぞ」
「さすが、ロウさま。今度こそすばらしい文章ですね!では、今の内容でお返事を出しますが、本当によろしいですね?」
「うむ。これ以上にない完璧な文面じゃ」
「かしこまりましてございます!それではさっそくお送りしておきますね。さて、続けて次の仕事をならいますか?」
「どんどん持ってくるがよいぞ!」
次にロウの前へと現れたのは、武闘家とあらくれ者と、ごうけつぐまという異色の面々だ。
「ロウさま、今度、グロッタの町で四大国対抗の格闘大会が開かれます。つきましては、ユグノア王国からも代表選手を出さねばなりません。ここに集まった3人がその候補者です」
四大国対抗の格闘大会とは面白そうである。ほほう、とロウは彼らを眺めた。
「武道に通じたロウさまなら、ひと目で選手の実力もお見通しでしょう。ささ、前に出て候補者をお選びください」
ロウは玉座から降りると、一人一人見て回った。
「おお!その選手は候補者を選ぶためのトーナメントをすべて不戦勝で勝ちあがった幸運の持ち主!奇跡のラッキーボーイですよ」
「すみません、僕、あまり自信ないんですけど……もし、出場が決まったらなんとかなるよう一生懸命神頼みします」
奇跡のラッキーボーイの武闘家……
「おおっ、その選手に目をつけられるとはさすがロウさま、お目が高い!その選手は素手で鉄板を引き裂くほどの怪力無双ですよ!」
「どんな敵が相手になったって、圧倒的なパワーでねじ伏せてやるぜい!ぐはははは!俺を選んでくれるよな!?」
怪力無双のあらくれ者……。ちなみに彼らが好むマスクはつけておらず、素顔が拝見できる。
最後は……
「……その選手を選ぶとは、ロウさまもワルですのう!勝利には手段を選ばない極悪非道のごうけつぐまです!」
「わたし、皆さんがおっしゃるほど乱暴者ではないクマ……。でも、頑張るから選んでくれるクマ?」
優しい声でごうけつぐまは話す。ごうけつな見た目に、穏やかな内面のギャップはなかなかチャーミングではないだろうか。
彼にしようかと思ったが、人間の大会にクマが出場してもいいものかとロウに疑問が浮かぶ。
(う〜む。いまいち、ピンと……)
………………ん?
ロウは"彼"をじぃと見つめる。
「ん?ちょ…ちょっとロウさま!まさか、私を出場させる気ですか?」
「大臣、おぬしじゃ。わしの長年のカンがおぬしを出場させたら面白いことに……ゴホンッ……勝利すると告げておる!」
「えええっ、そんなバカな!む…ムリですよお!やめときましょうよっ!ねっ?」
「大丈夫じゃ。いけるいける!」
「ぐ……。そこまでおっしゃるなら、この私、腹をくくって出場しますよ!もうどうなっても知りませんからね!」
こうして、ロウのカンという思いつきで、武闘大会には大臣が出場することになった。
「さて、ロウさま。これにて、本日の玉座の間での仕事はすべて完了となります!あとはアーウィンさまに頼まれた通り、城内でこまっている者がいないか見てまわられてはいかがでしょう?ひとまず、お疲れさまでした!おひさしぶりにロウさまと仕事ができて、この大臣、うれしゅうございましたぞ!」
ふぅ……と、ロウは玉座から降りた。
「久しぶりに肩がこってもうたわい」
とんとんと拳で肩を叩く。次は散歩がてら、城内の人助けの仕事をすることにした。
「……あっ、ロウさま!いよいよですね!どんなに優秀なお孫さんが誕生するか、今から楽しみですね」
「四大国の王のひとりに世継ぎが誕生する……他の三国この話題でもちきりでしょう。どんなに盛大に迎えられるか、楽しみですね」
兵士たちから話しかけられる内容は、多くがもうすぐ生まれてくる孫に関してだ。
皆がエレノアとアーウィンの子が生まれるのを、今か今かと待ち詫びていた。
兵士たちだけではない――
「ぼく、おとのこがうまれるとおもう!アーウィンさまのこどもだから、きっとサイキョーだね!」
「あたしはおんなのこがうまれるとおもうの!エレノアさまのこどもだから、ぜったいかわいいわ!」
城の中ではしゃぐ少年と少女。国民たちも、ユグノア王子――エルシスの誕生を楽しみにしていた。
「おお、ロウさま……!じつは賢王として名をはせたあなたにお願いがあるのです」
歩いてくるロウを、待ち構えていたように学者の卵の青年が呼び止める。
「ズバリ!私の質問に答えて、その博識ぶりがいかほどのものか、試させてはいただけないでしょうか?」
「ほほっ。よかろう」
ロウは気さくに返事した。
「ありがとうございます!それでは、今から私のほうから、いくつかの問題を出題します」
学者の卵の青年は、挑戦的な顔でロウに言う。
「これに『はい』か『いいえ』で答え、見事、その博識ぶりを見せつけてください!それでは、いきますよ……!」
どんな質問が飛び出してくるかと思えば……
「第1問です!じつはロウさまは三人兄弟の末っ子である?」
ロウはずっこけそうになった。質問といえば、質問だが……。
「はいに決まっておる」
「おお、正解です!しかし、まだまだこれからですよ!さっそく次の問題、いきますね!第2問!パープルオーブは、クレイモラン王家に代々伝わる宝玉である?」
ちょうど先ほどエッケハルトと話題が出たばかりだ。答えは、いいえ。正解はブルーオーブ。
「おお、正解です!では、どんどん難易度を上げていきますよ!第3問!我が国の通貨であるユグノア金貨の売値は、ユグノア銅貨の10倍である?」
他国との交易や商売にも精通しているロウは、もちろん答えはわかっている。はい、だ。
「正解!やはり、この程度ではまだまだ物足りないようですね。ようし、次いきますよ!第4問!サマディー王には、溺愛しているひとり息子がいる?」
「ほっほ、それはファー」
「……ファー?」
ロウは引っかけ問題に危うく引っかかるところだった。ファーリス王子が生まれるのは、エルシスが生まれたあとだ。
(しかし、溺愛しているひとり息子とは、やけにピンポイントじゃのう)
そして、当たっている。
「さすが!正解です!では、最終問題とまいりましょう!第5問!かつて、ロトゼタシアには、四大国のほかにもうひとつ大国が存在し、五大国と呼ばれていた?」
もう一つの大国は、今は廃墟となったバンデルフォン王国のことだ。
「お…おおおっ!全問正解です!さすがとしか言いようがありません。感動てきなまでの博識ぶりですね」
「引っかかることは多いが……まあ、おぬしが満足したならそれでよい」
「いやあ、いいものを見せていただき、ありがとうございました。こちらはお礼の品でございます!」
ロウはふしぎなきのみを手に入れた!
「賢王と呼ばれたロウさまの博識ぶり、思わずゾクゾクしてしまうほどでした!ああ、私ももっと賢くなりたいっ!」
そう学者の卵の青年は「もっともっと勉強するぞー!」と元気よく去っていた。
2階へ降りると、そこは噴水や周りには草花が多く植えられている、憩いの場所だ。
「うーむ、サトチー……アベル……」
そこにはアーウィンの姿があって、熱心に名前を考えているようだ。
まあ、結局エルシスの名前は……
「ロウさま、すみません。こんなことをご相談させていただくのは、とてもふがいないのですけれど……」
その直後、ロウは兵士に申し訳なさそうに話しかけられた。
「じつは、わたくし、思いを寄せている方がいるのですが、自分から告白する勇気が出ないのです」
恋の相談らしい。得意分野だと、ロウは張り切って話を聞く。
「もし、よろしければ、わたくしの代わりにこの花束を思い人のもとへ届けていただけませんか?」
「ふむ……本来なら自分で渡すのがいちばんじゃが、きっかけも必要じゃろう。わしにまかせるとよい!」
「おおっありがとうございます!では、こちらの花束をお渡しいただけますでしょうか?」
ロウは兵士からきれいな花束を受けとった。
「わたくしが思いを寄せるのは、この城の中で、緑色の服を着た赤い髪の方です。よろしくお願いいたしますね!」
とうやら、名前さえも知らないらしい。
最近の若者は奥手じゃのう、わしの若い頃は……と若かりし頃の自分を思い出しながら、ロウは兵士の思い人を探した。
「私、こう見えて花屋を経営していましてね。お孫さんが生まれたら、最高級の花を作った特製の花束を届けてさしあげますぞ!」
恋わずらいをしている兵士が言っていたとおり、服が緑色で髪は赤色だ。
この人が、彼の話していた人物かもしれない。
(いやいや、さすがにこの男では……)
いや、もしかしたら、もしかするのか……?愛は時に、性別を越える。
「あら、ロウさま、ごきげんよう。お孫さん楽しみですねえ」
恋わずらいをしている兵士が言っていたとおり、服が緑色で髪は赤色だ。
この人が、彼の話していた人物かもしれない。
(いやいや、さすがにこのマダムでは……)
いや、もしかしたら、もしかするのか……?愛は時に、年齢を越える。
…………うむ。きっと彼女だ!
「まあ、素敵な花束だこと!これをわたくしにくださるのですか?」
「じつは、これを渡してほしいと頼んできた青年がおるのじゃよ」
「あらまあ!理由は存じませんが、お礼をしなくちゃねえ。彼はどこにいらっしゃるの?」
ロウが居場所を教えると、マダムは恋わずらいをしている兵士の所へと向かっていった。
「大変です、ロウさま!ああ、なんとお礼を言ったらいいか……」
兵士の隣でマダムは、涙を浮かべながら、ロウに恭しく感謝の言葉を口にする。
どうやら、二人は上手くいったようだ。
うんうんとロウは、年齢を越えて結ばれた二人を微笑ましく見る。
「ロ…ロウさま!花束を渡す相手はこの方ではなかったのですが……」
「なぬっ、違ったの?」
「なんと、よくよく話してみるとこの女性、生き別れの母上だったのです!」
「まことか……!」
「親子の奇跡的な再会を実現するお心遣い……まことに感服いたしました。ぜひ、これを受け取ってください」
ロウはうつくしそうを手に入れた!
ロウのとんだ勘違いであったが、結果オーライだったので、ありがたくお礼の品を受け取ることにした。
むしろ、さすがわし。
「ロウさまのような、人格者のおそばではたらくことのできる幸せ……改めて実感しました!ありがとうございます!」
「よいよい。これから母上を大事にな」
善いことをしたら、小腹が空いてきた。
ちょうど二階には食堂があるので、何か軽食はないか、ロウは行ってみることにした。
「あーあ、お腹が減ったなあ。なんだかトラブルがあったみたいで、いつまでたっても食事が出ないんです」
「ああ、お腹と背中がくっつきそうだ!このままでは、とても訓練などできそうにありません……」
食堂の中では、兵士たちが腹の虫を鳴らしていた。食事の提供がないとは、一体なにが……
「ぐすん。大事なツボを割ってしまって、大変なことになってしまいました。いったいどうしたら……」
部屋の隅には、涙を流すメイドと困り果てている執事の姿があった。
「おぬしたち、どうしたのじゃ?」
ロウが穏やかに声をかけると、まるで天からの救いが来たというように、執事の顔がパアァと明るくなった。
「ああっロウさま、ちょうどよいところに!美食の道にも精通していらっしゃる、あなたさまならなんとかできるはず……!」
「ほうほう、話してみるがよい」
「じつは、こちらのメイドが貴重な黒コショウの入ったツボを割ってしまいとてもこまっているのです」
「もっ申しわけございませんっ!」
「このままでは、兵士たちに満足いく食事を提供することができません。どうか、おチカラを貸していただけませんか?」
困っている者の助けを、断る理由などない。
「さすがロウさま!では、さっそくですが、コショウの代わりに使えそうなものを城の中から探してきていただけますか。たとえば、城内の観葉植物の中には人が食べられるものもあったはず……」
「そうじゃのう……」
「他にも城内をくまなく探せば、何かよいものが見つかるかもしれません。どうかよろしくお願いいたします!」
自身の記憶と知識を頼りに、最初にロウが見つけたのは、噴水の周囲に植えられた葉だ。
「むむむ……。そういえば、この植物の葉を炒め、乾燥させれば香辛料になると聞いたことがあるのう。他にもコショウの代わりに使えるものはあるかもしれんが、はて……どうしたものかのう」
どうせなら、もう少し探してみることにした。
3階の玉座の間に向かう通路に飾られている観葉植物にも、心当たりがあった。
その実は確か、コショウのような味がするとかしないとか。
「はあー。私もエレノアさまとアーウィンさまみたいな、運命の出会いをしてみたいなぁ……」
向かう途中――通路を掃除する、服が緑色で髪は赤色のメイドに出会し、彼女が恋わずらいの兵士の、意中の相手だったのかと気づいた。
「案外、運命の出会いはすぐそばにあるかもしれんぞ」
「!?ロウさま!?」
茶目っ気たっぷりにロウは彼女に言って、なに食わす顔で通りすぎる。
「おや、お仕事ですか?ロウさまが城内を忙しく駆け回っているのを見ていると、なつかしい気持ちになりますね」
「……なあ。さっきからなんだか鼻がむずむずしないか?」
兵士の言葉通り、確かに鼻がむずむずする。
それは、ロウの私室の方から――
「ハ…ハクション!失礼しました……!」
「よいよい、大丈夫かのう?」
「食事係のメイドが、さっきこのへんで黒コショウの入ったツボを落として割ってしまったんです。おかげで辺りにコショウが舞っちゃって……エレノアさまのお部屋まで飛んでなければいいんですが……ハクション!」
掃除をするメイドは、コショウに鼻をくすぐられて大変そうだ。
「あ、そうだロウさま。おやつに焼きたてパンを自室に用意しましたので、よろしかったらお食べくださいね」
「おお!ちょうど小腹を空いておったのじゃ」
先に腹ごしらえと、ロウはうきうきと自室に向かう。中に入ると、家具から本まで、何ひとつ変わりがなかった。
ベッドの下に隠してあった、秘蔵のムフフ本も健在だ。……あとでゆっくり見るとしよう。
「むむっ……!これはなつかしい!机に置かれたパンの中に、バニーちゃん印のぴちぴちピーチパイがあるではないか!」
ロウはそれを見つめ、はっとひらめく。
「わしの大好物のぴちぴちピーチパイ……コショウとはなんの関係もないが、料理には時に冒険も必要じゃろうか……?」
「ほ…本当にこれを入れるんですか!?もはやどうなるかわかりませんが、一か八かロウさまを信じましょう!」
――ロウは自身のひらめきを信じ、バニーちゃん印のぴちぴちピーチパイを執事に渡した。
見た目も味も絶品であるバニーちゃん印のぴちぴちピーチパイで、まずくできるはずがないと踏んで。
………………
ロウの渡した食材を使って、失われし伝説のユグノアソーセージが完成した!
「どうなることかと思いましたが、どういうわけか、伝説的なメニューが完成してしまいました!不思議です!もはや、われら常人には理解しえないその発想力……!あっぱれでございます!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
ロウは鼻を高くして言った。さっそく食堂の兵士たちにふるまわれ、大好評だ。
「う…うう……うま〜い!ロウさま、感激です!まさか、失われし伝説のユグノアソーセージを味わえるなんて、夢にも思いませんでしたよ!」
「あの勇者ローシュが好んだという、まさしく伝説級の逸品……!なんて、上品で深みのある味わいなんだっ!」
「この、奥深い味わいは、まさに伝説級っ!きっと、隠し味に超高級食材が入っているに違いない……」
隠し味はバニーちゃん印のぴちぴちピーチパイだと、気づく者はいないだろう。
「ありがとうございます、ロウさま。これはささやかなお礼でございます」
ロウはちからのたねを手に入れた!
「ロウさまのおかげで助かりました!今後は、コショウの入ったツボを落とさないよう気をつけます!」
一件落着し、ロウも失われし伝説のユグノアソーセージを口にすると……
「まさにぴちぴちの伝説級の味じゃ!こりゃうまいのぅ!」
――お腹も満たされて、食堂を後にする。
「さて、城内にこまっているものは、もうおらんようじゃな。玉座の間での仕事も終わっておるし、そろそろアーウィンの所に行くかのう」
アーウィンはロウの姿を目にすると、晴れ渡った笑顔を向けた。
「おお、ロウさま!よいところにいらっしゃいました!じつは、先ほど我が子にふさわしいすばらしい名前を思いついたのです!おかげさまで助かりましたよ」
「そうかそうか。それはよかった」
「さあ、王の仕事にも疲れたことでしょう。そろそろ、玉座の間に戻り、一緒に誕生のしらせを待ちますか?」
アーウィンの言葉にロウが頷いた、その直後だった。
「アーウィンさま、ロウさま〜!」
大臣が血相を変えて、飛び込んできたのは。