突然、子供のように声を上げて泣いたユリ。最初は戸惑ったエマだったが、彼女が泣き止むまで抱き締める。
エマの目からも涙が流れるが、これは"あの日"と同じ、もらい泣き。
「おかえり、ユリ……。きっとこれまで大変な思いをしたのね。二人のひどいウワサばかり聞いて……、私……すごく心配したけど……無事でよかったわ」
"おかえり"
その言葉がユリの心をあたためる。もう自分には無縁な言葉だと思っていたから。
「――……そう。エルシスは……」
泣き終わったユリは、エマにエルシスのことを話した。
エルシスは世界に異変が起きた際に行方不明、だと――。
セレンが考える消失したと言わなかったのは、ユリ自身がエルシスはこの世界のどこかにいると、信じているからだった。
悲しそうに俯くエマに、ユリはこれ以上声をかけられない。ひとり帰ってきてしまった自分に罪悪感が生まれた。
「クーン」
「……そうだね。ルキ」
心配そうなルキにエマは微笑んでから、今度はユリに笑顔を向ける。
「もうっ、エルシスったら『ユリの記憶を見つけて、一緒に帰ってくる』って自信満々に約束しておいて、いったいどこでなにをしているのかしら?」
おどけて怒ったフリをするエマに、ユリは少しばかり呆気に取られた。
「私、ずっと信じてたわ。二人にまた会えるって……。ユリと会えたんだもの。これからもエルシスは、いつか必ず帰ってきてくれるって信じるわ」
「エマ……」
ユリもやがて同意するように大きく頷いた。もう二度と会えないって思っていたエマと、こうして再び会えたのがなによりの証拠だ。
「私たちの村、ずいぶん変わってしまったでしょ?エルシスとユリがお城に旅立ってすぐに、ホメロスという名の将軍がやってきたの」
エマはこれまでの自分たちについて、ユリにくわしく話す。
「血の通わない冷たい目をしたホメロスは、私たちを村の広場に集めて兵士たちに命じたわ…………皆殺しだと」
「私も、エルシスも……ずっとそう思ってた」
「でも、私たちは生きてる」
ユリの言葉に、頷き答えるエマ。
「あの方が、命まで奪う必要はないと、ホメロスを止めてくださったから」
その口ぶりから、エマがその人のことを信頼しているのだとわかった。
「村は焼かれ、お城に閉じ込められたけれど、あの方はとても親切だったわ。誰も私たちをキズつけなかったし……」
「ワンッ!ウーッワンッ!」
「ふふ。ごめん、ごめん。ユリは長旅で疲れているもんね。おしゃべりは後!まずは身体を休めなきゃ」
ルキに笑いかけたエマは、ユリの顔を見て言う。
「……それに、誰よりもあなたのことを心配していた人がいるわ。さっ、ユリ。私についてきて!」
「……?」
エマとルキに連れられて、村の奥へとやってくる。村の南は移住区になっているという。
「!ユリちゃん無事だったんだな!」
「元気そうでよかったわ!」
「ホントだ!ユリお姉ちゃんだ!」
イシの村の懐かしい村人たちとも、再会できた。
時々足を止めては笑顔で挨拶を交わす。
そこには、村長のダンの姿もあった。彼は知らなかったとはいえ、二人をデルカダール国へと送り出したことに、少なからず罪悪感があったようだ。
ユリは、エルシスも自分もそうは思っていないと彼に伝えた。
「ユリ、こっちよ!」
元気よく案内されるエマの姿に、大樹の力を借りて過去のイシ村へ行った際の幼い彼女を思い出す。
たどり着いた場所には、焚き火を囲みながら針仕事をする女性たちの姿があった。
(――……!)
あの、姿は……
「さあ、みんな!チャッチャカ手を動かして!チャンバラは男どもにまかせな!私たちの戦場は、ここだよ!!」
「いたいた!おばさまーー!大ニュース!大ニュースよっ!!」
声を上げてその後ろ姿に駆け寄るエマ。
(ペルラさん……!)
誰なのか、すぐにわかった。
エルシスと三人で、家族のように暮らした数ヶ月。
身元もわからない自分をあたたかく迎え入れてくれて、優しく接してくれた恩は忘れることはない。
「あら、エマちゃんじゃない。そんなにあわててどうしたんだい?」
「ふふふ、驚かないでね、おばさま。ほら、あそこを見て」
振り返ったペルラは、エマの視線の先を見た。その表情はみるみるうちに、驚きに変わっていく。
そんなペルラに、ユリははにかんだ。
「まさか!?あ、あんたはっ!」
「お久しぶりです、……ペルラさん!」
……――三人は切り株に座り、これまでのことを話す。
「ユリ、よく無事でいてくれたね。
それはもうおそろしいことばかり起きて……わたしはてっきり……ウウッ」
「……ごめんなさい。私ひとりで帰ってきてしまって……」
「なに言ってんだい!あんたが謝る必要なんてどこにもないよ」
ユリが謝ると、そんなことはちっとも考えていないと言うように、ペルラは声を上げた。
「エルシスのことなら、きっと大丈夫さ。……あの子はおじいちゃんに似て強いからね。気に悩むことなんて一つもないよ。それより、ユリがひとりでここまでたどり着けてよかったよ。この辺りは昔と違って物騒になったからね……」
最後は、安堵のため息と共に。ペルラの中でユリは、村にいた頃の記憶を失った、か弱そうな姿のままだ。
「あの爆発で、大勢の人が亡くなったの。次に朝が来なくなり、おそろしい魔物が大陸中にあふれかえったわ。生き残った人たちも、だんだんと生きるチカラを失くしていったの……」
「そんな時だ。あの方がわたしらの前に現れた。彼は身分も国も関係なく、こまった人をみーんな助けてくれてね」
エマと同じようにペルラもその彼のことを信頼しているようだ。
「わたしらを魔物から守りながら、この村に連れてきてくれたんだ。あの方がいなかったら、どうなっていたか……。いまじゃ、この村は最後の砦なんて呼ばれて、大陸中の人々が集まっているのさ」
その言葉を聞いて、ユリは思い当たった。皆から『英雄』と呼ばれて慕われている、きっとあの彼だ。
「……それになんと!あの、デルカダール王もいらしてるんだよ!」
「っデルカダール王が……?」
デルカダール王は命の大樹にグレイグと共に現れて、ウルノーガの憑依から解放されたのだが、気を失ってその経緯を知らないユリは驚く。
(ペルラさんの話を聞くかぎり、本来のデルカダール王に戻ったみたいだけど……)
一方エマは、さっと顔に影を落とし、下を向く。
「……あらあら。そんなカオするもんじゃないよ。村を焼かれたことは忘れられないさ。でもね、人を恨んだって仕方ない」
「……テオさんの言葉ですね」
「おや、ユリは知ってたのかい?エルシスから聞いたんだね。……そうだよ」
ペルラは目を閉じて、テオのことを思い出しているようだ。その目を開くと、穏やかにユリに口を開く。
「まぁ、すぐにとは言わないけど、あんたは王さまに会いに行くべきだと思う。……おじいちゃんなら、きっとそう言うさ」
その言葉にこくりとユリは頷いた。その後のデルカダール王の様子が気になる。
「デルカダール王のテントは砦の中央にあるよ。入り口にある2本の旗が目印だ。行っといで」
「はい、行ってみます」
「……一応言っておくけど、ケンカはするんじゃないよ?」
その言葉にユリは小さく笑う。
「『どんなにイヤなことがあっても、苦しいことをされても、ただやり返すのはカッコ悪いこと』――ですね」
夢で見た幼いエルシスに言ったペルラの言葉を言うと、彼女の目はまんまるく驚いた。
「……ふふっ。これもエルシスから聞いたんだね。そうだよ、しっかり話しておいで!」
「はい!」
今度は元気に答えた。そして、ペルラの反応に、あれはやはり本当にあったエルシスの過去だったとも確信する。(あの時、エルシスと会話をした気がする……)
あの夢は、なんだったんだろう――
「そういえば、ユリ。あなたちょっと雰囲気が変わったみたいだけど……もしかして……」
「うん、記憶が戻ったからかも」
ユリのその言葉に、顔を見合わせるエマとペルラ。驚きながらも二人はぱあぁと笑顔になる。
「ああ、よかったじゃないか!それを聞いて安心したよ」
「ええ!自分が誰かわからないって、きっと不安だったもの」
「……私が何者なのか、ふたりは聞かないの?」
手放しで喜んでくれる二人に、ユリは不思議に思った。
「ユリはユリだからね」
「ええ。でも、あとで記憶を取り戻したユリのことを教えてね」
……二人の言葉に、胸がじんわりとあたたかくなる。
『知らない自分に不安になるだろうが、お前はお前だろう?記憶があってもなくっても』
……――そうだよね、カミュ。
時々……天使でもなくて、かといって人間とも言っていいのか、ユリは自分を曖昧に感じていた。
でも、皆がそんな風に自分の存在を認めてくれるから、これまで自分を見失わずにここまでこれた。
ユリは目立たぬよう巻いた、包帯の下にある勇者の紋章を見つめる。
「ユリ。長旅で疲れてるでしょ?よかったら、そこのテントで休んでいってね。私たちも使ってるテントだからキレイじゃないし、すこしせまいけど、ゆっくり眠れば疲れがとれるわ」
「ありがとう。……さっそく使わせてもらおうかな」
すぐにでもデルカダール王に会いに王のテントへ行こうと思ったが、休めるときに休んだ方がいいだろう。この状況では、いつ魔物が攻めてきて戦が始まるかもわからない。
ユリはテントでゆっくりと身体を休めた――。
「ああっ……!あなたは悪魔の子エルシスの共犯者の……!」
……体力も魔力も回復し、元気になったユリが王のテントへ向かったところ。
目が合った瞬間、警備をする兵士にそう呼ばれた。
「い、いえっ、大変失礼いたしました!」
どうやら咄嗟にその呼び方が出てしまったらしく、次の瞬間には勢いよく頭を下げ謝られた。
「あなた方のことをそう呼んだのは、我らのおろかな間違いでした……。数々の無礼をお許しください」
「いえ……。それより、デルカダール王とお会いしたいのですが……」
兵士は申し訳なさそうな顔をする。
「命の大樹が地に落ちた日から、王は病でふせてしまわれました。まことに申し訳ありませんが、勇者さまのお仲間と言えどお通しすることはできません」
デルカダール王が病とは……。ウルノーガの支配され続けた影響だろうか。いや、精神的なものもあるかもしれない。
「……わかりました」
ユリは微笑を浮かべて、素直に引き下がった。王に面会することは叶わなかったが仕方がない。来た道を戻る。
「誰が最初に名付けたのかは知らねえが、オレたちはここを最後の砦と呼んでいる。この砦は命の大樹が地に落ちた時、帰る場所を失った人間たちが生きるために作った最後の希望なのさ」
そう教えてくれたのは巡回する兵士だ。とくにやることもないので、ユリは最後の砦となったイシの村を見て回ることにした。
移住区とは違い、ここは多くの兵士たちが行き交いしている。
次の戦いの準備を行っていたり、戦いを知らぬ者へ剣の稽古をつけている光景もあった。
「今は何時でここはどこなのか……。太陽がのぼらないんじゃ、朝も夜もわからない……。このまま、真っ暗闇が続いたら……自分が誰かもわからなくなって最後は夜の住人になってしまいそうだ……」
そんな風に恐怖を口にする人たちも少ない。
皆、身体も心も疲弊している――。
それでも人々は力を合わせて、必死にこの場所で生き抜いてきたのだろう。
「大樹が地に落ちた日に、デルカダール城から暗闇の雲と邪悪な魔物たちが湧きだし、我らは故郷デルカダール王国を追われた……」
今も魔物たちはデルカダール王国を根城にしているらしい。
なんとかそこを叩ければ、この地域に今よりは平穏を訪れるのでは――と、ユリは考える。
「当てのない暗闇に放りだされ、絶望しかけていた我らを救ってくださったのが、最後の砦の英雄殿だったのだ。最後の砦が希望の地だと言うならば、砦を守ってくださる英雄殿はかがり火。……我らの最後の希望なのだ」
希望――その言葉はセレンの話を思い出す。
その炎は今にも消えようとしていて、誰かが灯してやらなくてはならない。
それは他でもない、自分の役目だと。
「…………」
ユリはグレイグに会いたいと思い、彼の居場所を尋ねると、近くにいた女剣士が教えてくれる。
「英雄殿は、逃げておくれた人やケガをして動けない人たちを探すために、兵を引き連れて捜索に出ているのよ」
どうやら今も捜索に出ていて不在らしい。
「あの方がいくらお強いからと言っても、毎日あのように戦われては命がいくつあっても足りないわ……」
続けて心配だと女剣士は言った。彼女にお礼を言って、次にユリの耳に自然と入ってきた会話は……
「将軍ホメロスさまは命の大樹が落ちた日から行方不明になられたそうじゃ……。いったいあの時、何があったのやら……」
「おそろしいウワサを聞いたんだよ。なんでもデルカダール王は、魔物に身体を乗っ取られてたとか……」
井戸端会議のようなおばさんたちのウワサ話だった。
(デルカダール王は魔王に憑依されていた……?行方不明のホメロスは、きっと魔王の元に……)
「あらあら、貴族のあたくしはウワサ話なんぞしませんですじゃ。ゴホン……オホホホホ」
「おっとヤダよぉお姉さん。人の会話を盗みぎきなんてお人が悪い。あっちへ行っといてくれ〜」
堂々とウワサ話をしていたおばさんたちに、ユリは少々腑に落ちなかったが、素直にその場を離れることにした。
「ルーラを使えるヤツらも気の毒だよな」
……ルーラ?
「魔王のせいで、ルーラの行き先がみんな消えちまったってぼやいてたぜ。……ん?なんだ嬢ちゃんもルーラが使えるかい。ショックだろうが……まあ、元気出しな。また旅をすれば、行き先も増えていくぜ」
今まで訪れた町や国も、自力で行かなければならないということだ。
……そういえば、シルビア号はどうなったんだろうとユリは思い出す。(船番をしていたアリスさんも無事だといいけど……)
「闇と一緒にこの大陸にやってきた魔物は、なんだかオバケみたいなカッコウで気味の悪いヤツラばかりなんだ。命の大樹が地に落ちた日に、死んじまった人間や、動物の魂が魔物に変えられちまってるってウワサだぜ」
「…………」
次に聞いたその話に、ユリの胸は痛んだ。
そのままイシの村にある大樹の元へ歩いていく。この木に巻きついた根からは、もう不思議な力を感じない。
命の大樹が失われた今、さ迷える魂は輪廻転生ができない。
天使たちがいれば、その魂を冥府に送り、守ることはできるがそれも無理だ――。
魔王が天使族を滅ぼした理由は、大きな意味があった。
沈んだ気持ちのまま、ユリは移住区に戻る。なにか手伝えることはないか、ペルラに聞いてみよう。なにかしていないと、落ち着かなかった。
その途中、赤ん坊を抱いている女性と出会した。
「この子はね。大樹が地に落ちた日に、デルカダールの城下町で泣いていたのさ。私がこの子を拾ったのは奇跡だと思ったよ」
赤ん坊をあやしながら彼女は話した。その優しい眼差しは、母親のそれとなんら変わらない。
「家は焼けてしまっていたけれど、お母さんが身をていして守ったおかげで、この子だけは無事だったんだよ。早く名前をつけてやりたいけれど、いい名がうかばなくってね。どうしようか考えているんだよ」
この子はもう、両親の顔を知ることは叶わない。だが、この子が女性と出会えて今を生きている。
(どうか、この尊い命に大樹のご加護を――)
大樹の力は失われてしまったけれど、ユリは赤ん坊のゆく末を祈った。
女性たちの仕事場に戻ってくると、さっそくなにか手伝うことがないか、ユリはペルラに相談する。
「今日、ここに着いたばかりだからゆっくりすればいいんだよ……って言っても、あんたが落ち着かないなら、お使いを頼もうかね。ちょいと糸が足りなくなっちまいそうでさ」
「アタシたちが何をぬっているかって?強いていうなら希望……ってやつかね」
………………。
ペルラに続いて隣のおばさんは言った。ユリは何も尋ねていない。
「カーーッ!忘れてちゃうだい、ちょっとクサすぎたわね!恥ずかしいっ!」
照れているおばさんはちょっと面白かった。
「デクさんという人のお店に行けば、売ってるから」
「え!?デクさんって……あのデクさんですか?」
どのデクさん?と首を傾げるペルラ。そこへ可憐な女性がユリに声をかける。
「……もしや、あなたはユリさま?こんな所でお会いできるなんて、信じられない幸運ですわ」
「あなたは……」
「私はデクの妻のミランダと申します。夫から、あなた方の話は耳にタコができるほど聞いておりますわ」
あのデクさんはカミュの相棒のデクで合っていた。
「よかった!お二人は無事だったんですね」
「はい。夫は移住区の西で、道具屋を営んでおります。あなた方の身をずっと案じておりましたから、カオを見たら喜ぶと思います」
ミランダの言葉に頷き、ユリはお使いをかねてデクの店へと向かう。
移住区の奥は、畑にもなっているらしい。
「ワイングラスより重たいものを持ったことのなかった貴族のわしが、なぜに農作業をせねばならんのじゃ!金なら好きなだけやるから、わしの代わりに誰かクワを持て!もう農作業はウンザリじゃ!」
文句を言いながらも畑仕事に精を出している貴族の男。この天候もあり、食糧難という話はユリも耳にしていた。お金では解決できない問題である。
(デクさんの道具屋は……ここだね)
木材の階段を上がり、テントをくぐった。
「こんにちは」
「そ…その不思議な瞳は!もしやカミュのアニキの連れの人!?ワタシのこと覚えてるかなー?カミュのアニキの弟分のデクだよー!」
「はい、覚えてます。お久しぶりです、デクさん」
一度会っただけだが、そのときとデクの印象はなんら変わらない。愛嬌のある顔をニコニコとさせて、デクはユリに話す。
「それにしたっておどろいたよー!あの後、風のウワサで聞いたんだけど、あのサラサラ髪のお兄さんは伝説の勇者だったんだってねー!勇者を旅の連れにするなんて、さすがはカミュのアニキだよー!男の器の大きさが他と違うよー!」
デクがカミュのことを慕っているのも変わらないようで、尊敬し直したらしい。
「はっ!そうだ!カミュのアニキはどこにいるんだい?元気にしているよねー?」
「……カミュは……」
ユリは命の大樹が落ちたときに、はぐれてしまったと話した。……セレンが話していた希望の炎とは、仲間たちのことなのだろうか。
「そう……。お姉さんもひとりで大変だったんだね。アニキの行方がわからないのもあの混乱の中じゃ仕方ないよー」
デクはユリを励ますように笑いかける。
「でも、大丈夫!カミュのアニキはこれでへこたれるほどヤワじゃないよー。ワタシはアニキを信じているよー」
「私も、信じてます」
「お姉さんこそ、ひとり旅はタイヘンでしょー?ワタシの店で必要なモノを買っていきなよー」
「あっ、そうだ。お使いを頼まれてたんです」
ペルラに頼まれたものを、預かったお金で購入した。
「それと……弓矢と外套は売ってますか?」
店内を眺めながらデクに尋ねる。外套は太陽が顔を出さないせいか、昼間でも肌寒く、羽織ものが欲しいと思ったからだ。
「どちらもあるよー!じつはカミュのアニキのファンの商人二人組が、うちにもいろいろ商品を卸してくれたのね!さすがアニキなのね!」
今はその商人二人は外出中らしいが、カミュのファンの商人二人組……?(カミュって、世界各地にファンがいるの?)
「なんでも元・盗人から商人になって、ワタシと境遇が似ていて仲良くなったのねー!」
……あれ、なんだろう。その二人組、知っている気がする。
「お姉さんならこっちかこっちが似合いそうなのよー!ちょっと試着してみるね!」
ユリはデクに差し出された外套を羽織らせてもらう。
「……あら?」
そのとき、デクは彼女の腰に装備された短剣に気づいた。これってもしや……
「あ、これ……カミュからもらった短剣なんです」
「ほほほ!」
――やっぱり!カミュのアニキの愛用の短剣だったのね!
デクはうんうんと納得した。自分と出会ったときには武器としていた短剣。毎日、大切に手入れをしていたのを覚えている。
そんな大切な愛用の短剣を、託したということは……
(きっと、ユリのお姉さんはカミュのアニキの大切な人なのね)
「デクさん。こっちにします!」
「まいどありがとうございます、なのね!」
デクは、カミュとユリが再会できるように願った。
「ユリのお姉さん!またいつでも来てねー!サービスするよー!」
「ありがとう、デクさん」
他にも装備品を購入し、薬などもおまけしてもらって、ユリはペルラの元へと戻った。
「ありがとね!これで針仕事もはかどるよ」
他にも手伝えることがあるか――と聞こうとしたとき。
「……つっ」
同じく針仕事をしていた踊り子から、痛そうな声がもれた。誤って針を指に刺してしまったのかと思ったが、そうではないらしい。
「命の大樹が地に落ちた日に、背中にひどいケガをしちゃってね……」
心配そうな目を向けたユリに、時々痛むのだと彼女は話す。
彼女の名前はダイアナ。デルカダールの下層で踊り子をしていたという。
あの門番の兵士がぞっこんだった踊り子だ。
「もう、前みたいには踊れないかもしれないの。うふふ……でも、大丈夫。私って、こう見えてじつはダンスの次におさいほうが得意なの。死んだおばあちゃんがおヨメに行く時のためにって、いちから仕込んでくれたのよ」
ダイアナはけなげに笑った。ユリはポーチをごそごそとあさる。
「よかったら、この薬を使って。きっと良くなると思う」
「ありがとう!今は薬も貴重なのよ。……あなた、優しいのね」
それはユリの背中の傷のためにセーニャが調合をしてくれたもので、彼女の傷にもきっと効くだろう。
――そんな姿を見てか、ユリは荷物を運ぶおじさんに頼まれごとをされる。
「向こうのテントの裏の川に桟橋があるんだが、そこに気になる女の子がいるんだ。どうやらその子は身よりがないらしくてな。ひとりぼっちで桟橋に座って、一日中ぼーっと川を見てるんだ」
世界の異変で家族や友人、大切な人を亡くした人は多く、そこには幼い子供たちも含まれていた。
「きっと、つらいことがあったに違いない。オレは見てのとおり仕事で話し相手になってやれないから、よかったら声をかけてやってくれよな」
優しそうなあんたなら適任者だと、おじさんはつけ加えた。ユリは快く引き受け、さっそくその女の子がいる桟橋へと向かう――
(!あの子は……)
目を見開いた。その子は、千里の真珠で見たあの少女だった。