デルカダール地下水路

「さあ、ユリ!今すぐその服を脱ぐわよ!」
「……!?」

 ――王のテントから出ると、エマが待ち構えていた。
 唐突の言葉に唖然とするユリを、エマは強引に移住区のテントへと連れていく。
 要はボロボロの服を着替え、血や汚れを落とすべしということらしい。
 川の水は冷えるので、焚き火であたためたお湯で清拭する。背中を拭いてくれるエマの手が、不自然に止まった。

「あ、背中の傷ならもう平気だよ」
「……でも、傷跡は残っちゃったのね」
「それももう、気にしてない」
「ユリが気にしてないなら……よかったわ」

 気楽に言ったユリの言葉に、エマはそう納得して、そっと口を閉じた。
 戦いに身を置かない自分が、きっと口を挟むことじゃなかったと反省する。

「あなたの着ていた服、縫ってあげるから、それまでこれを着て!私のだけど……」
「ありがとう!エマはお裁縫得意だものね」

 私にはこれしかできないから……と言おうとしてエマは止めた。きっと、ユリは気を遣うだろうから。

「そうだ、ユリにもお守りを作ってあげましょうか?」
「嬉しい!そういえば、エルシスがエマのお守りに助けられたって言ってたっけ」
「どんな悪女がエルシスを誘惑したのかしら……!?」
「悪女……?誘惑……?」

 じつはエマのお守りには、呪いと魅了から守る効果がある。それによって、壁画のメルトアの魅了攻撃からエルシスを守ったのだが……。
 エマがどのような意図でそう思いを込めて作ったかは、エマ本人のみぞ知る――。


「さあ、今日は少しだけ豪華なシチューだよ!ユリ、あんたはたくさん食べていいからね!」

 髪も身体も綺麗にして、エマのような町娘の格好をしたユリを、おいしそうなにおいが出迎える。食料は不足していたが、今日ぐらいはとペルラは腕によりをかけた。

「ペルラさんのシチューだ……!いただきます!」

 ユリは手を合わせた。白い湯気が立つ、コトコト煮込んだペルラ特製シチュー。スプーンですくい、口に入れる。

「………………」
「……おや、口に合わなかったかい?久しぶりに作ったから味が落ちちまったかねえ……」
「違うんです……!」

 おいしくて、久しぶりにあたたかい手料理を口にして、感情が込み上げてしまった。
 ペルラの手料理は、もう二度と食べられないと思っていた。自分以上にきっとエルシスも……。ユリは誰よりもエルシスに食べてほしいと思ってしまう。

「……エルシスに会ったら伝えといておくれ。母さんがシチューを作って、いつでも帰りを待っているって」
「……はい!必ず伝えます」

 ユリの心情に気づいたペルラは優しく言った。元気よく返事して、ユリは食事を続ける。

 ――皆と楽しく会話も交えて、心も胃袋も満たされると、ユリは身体を休める前にデクの店へ向かった。
 戦いに備えて、矢を補充するためだ。

「ユリさま。夫のデクはこうして無事でしたわ。お礼を言わせてね。ありがとう」
「いやぁーお疲れさまだよー!勝利の記念に買い物してってよー!」

 ミランダはユリにお礼を言い、デクはちゃっかりと商売人の顔になる。
 店には二人だけではなく、ユリに剣を授けてくれた、あの商売人二人組の姿もあった。

「さっきはこの剣、ありがとう。とても使いやすくて助かりました!」

 笑顔で歩み寄るユリに、二人はどうってことないと笑って答える。すっかり盗人から足を洗い、商売人が板についているようだ。
 あの時のエルシスの判断は、間違っていなかったのだとユリは思う。

「そうか……。サラサラ髪のエルシスの兄さんとも、青い髪のカミュの兄さんとも離れ離れになっちまったんですね……」
「あの混乱の中じゃ仕方がないわ……。命があるだけ儲けもんよ。でも、きっとみんなは生きてるわよ。元気出して」
「うん、私もそう信じてる」

 二人は行商人として旅をしているらしく、どこかで彼らを見つけたら、ユリのことを話してくれると言った。
 買い物を済ませ、ユリはテントに向かう。

「天……ユリさま!」

 前から走って来るのは、新米兵士だった。
 彼と顔を合わせたユリは、真っ先に感謝の言葉を伝えた。あのときの彼の激励があったからこそ、ユリは絶望せず、立ち上がれた。

「いえ!とんでもないです!それより、これを……」

 新米兵士がハンカチを広げて差し出したのは、ユリの折れた剣だった。戦場から探して、拾っておいてくれたらしい。

「ありがとう!愛用の剣なの。これって元に戻すことはできないかな……?」
「優秀な鍛冶職人の方なら、打ち直すことができるかもしれません」

 優秀な鍛冶職人……その言葉に、ユリはホムラの里のガンテツの姿が思い浮かんだ。

「王からグレイグ隊長とユリさまは、デルカダールの城に巣食う、常闇を生む魔物への討伐に向かわれるとお達しがありました。表だってお見送りはできないので、この場で……。どうか、お気をつけて……この砦は僕らにまかせてください!」

 必ずや皆で守ってみます、という新米兵士の頼もしい言葉に「安心して出発できるよ」そう微笑を浮かべてユリは答えた。

 テントに入り、ベッドに横になる。あとは、夜更けに出発するだけ。わずかな時間だが、身体を休ませる。
 戦いの疲れによってか、すぐに睡魔は訪れた――……

(……起きなきゃ)

 皆が寝静まっているなか、ユリはそっとベッドを抜け出す。枕元には自身の服が綺麗に畳まれていた。手にとって目を凝らして見ると、汚れも解れもない。

(ありがとう、エマ……)

 スヤスヤと隣のベッドで眠っているエマを起こさぬよう、ユリは心の中でお礼を言った。
 音を立てぬよう着替え、武器を装備し、最後に外套を羽織り――

「……行くのね?」

 反対のベッドから、小声でペルラに声をかけられた。彼女はこれから討伐に行くことを知っているのだろうか。

「……はい」

 ユリは寝ているペルラに、同じように小声で答えた。ペルラは寝返りを打って、こちらに顔を向ける。

「何があってもへこたれるんじゃないよ。グレイグさまと助けあって、しっかりお役目を果たしてくるんだよ」
「……はい!」

 ……行ってきます。暗くてお互いの顔はよく見えないが、ユリは表情を引き締め、ペルラの顔をまっすぐ見て答えた。


 テントを出ると、砦は静かだ――。虫の鳴き声ひとつ聞こえず、篝火のバチバチと弾ける音が反響している。辺りには見張りの兵士しかいない。

「英雄殿は砦の外であんたを待ってるぜ。準備を済ませておちあってくれ。危険な戦いになるだろうが、あんたらのその強さなら、常闇を生む魔物を討ちたおせると、オレは信じてるぜ……」

 近くに待機していた兵士がユリに伝える。準備は万端だ。ユリは砦の外に迷いなく向かった。
 表立って見送りはないが、それでも何人か、通りすぎる際にこっそりと応援の言葉をかけてくれた。

「グレイグさまとホメロスさまは、幼き頃よりデルカダール王に仕え、共に育った大親友なのです。おふたりはケンカばかりしていましたが、戦いにおいてグレイグさまを支えられるのは、ホメロスさまだけでした……」

 グレイグを心配する兵士の話によって、グレイグとホメロスが、双頭の鷲と呼ばれるだけの関係ではないと、ユリはこのとき知る。
 
「誰よりも信頼を寄せる友が行方不明だなんて、ああ見えてお優しいグレイグさまは、さぞかし心を痛めておいででしょうね……」

 デルカダール王が言っていた「グレイグほどの男でも、いまだこれまでのことを整理できていない」という言葉の本当の意味も理解した。
 グレイグは魔王に騙されていただけでなく、親友のホメロスと敵対してしまったのだ。
 彼の自己犠牲のような行動の下にある心情がわかって、ユリは胸が痛くなった。そもそも、どうして……

(ホメロスは、なぜ魔王軍についたんだろう――)

 国や王、親友までも裏切って。自身の意思にも見えたが、魔王に唆されたのだろうか。

「あなたとグレイグさまが、この大陸に生きるすべての人間の最後の希望です……。どうか、デルカダール城に巣食う常闇を生む魔物を倒して、太陽の光を取り戻してください。グレイグさまは、リタリフォンと共に砦の外であなたを待っています。お気をつけて……ご武運を祈っています」

 最後に篝火を持つ見張りの兵士に声をかけられ、ユリは最後の砦を後にする。斜面を上がり、村の入り口に続く細道を走っていると……雨が降ってきた。足は止めず、フードを被る。
 木の扉を両手で開けると――その少し先で、リタリフォンを連れてグレイグは待っていた。

「お待たせしました」
「時間がない……行くぞ」

 グレイグはリタリフォンに跨がる。砦を気にする素振りを見せたユリに、続けて言う。

「砦の民のことは心配するな。我が王が約束をたがえることは決してない。命を賭して、皆を守ってくださるだろう」

 ユリはこくりと頷いた。一度は敵と対立したが、今はデルカダール王のことを信頼している。

「我らの使命は、デルカダールの丘の崖上にある地下水路への道より城内に侵入し、常闇を生む魔物を討ちたおすこと……。まずは、デルカダールの丘にある導きの教会に行くぞ。そこを拠点に、地下水路への道を探すのだ」

 そして、グレイグはユリに手を差し出した。

「近くまで馬で走っていく。後ろに乗れ」
「……待って」

 ユリは遠くを見つめながら、唇に人差し指と親指を当てる。

『こう吹くんだ、こう』
『……できないよ。カミュはできるからできるんだよ……!』
『……はぁ?だからできるまで教えてやるって』

 ――そう二人で、あーだこーだしながらカミュに教えてもらった"馬呼びの口笛"
 ユリは息を吸い込んだ。ピィーーと、唇から綺麗な音が鳴り響く。

(カミュ……。こっそり練習して、私、吹けるようになったんだよ)

 すると――真っ暗な平原に、馬の蹄が駆ける音が響く。

「……っオレンジ!」

 どこからともなく駆けてくるのは、間違いなくオレンジだった。
 減速し、ユリの前に止まるオレンジ。
 ユリは抱きつくように首筋を撫でて、その鼻筋に額をくっつける。

「ありがとう、オレンジ……来てくれて……ありがとう」

 共に行こう――。

「…………っ!」

 愛馬との感動の再会なのだろう。馬と心を通わす少女のハートフルな光景に、グレイグの目頭が熱くなる。
 ユリはオレンジに跨がると「行きましょう」と、グレイグを見て声をかけた。

 グレイグは不自然に反対方向を向いて、なにやら腕でゴシゴシしている。

「…………泣いてるんですか?」
「泣いてなどいない……!」

 そうユリに見せた顔は、いつもの仏頂面だった。(でも、ちょっと目が潤んでいたような……)


 ――二人はデルカダール城に向けて、雨のなか、全速力で馬を走らせる。
 少しでも早く、最後の砦に帰って来られるように。わずかな時間も惜しい。
 リタリフォンはデュラハーンだろうがほのおの戦士だろうが蹴飛ばすので、魔物が苦手なオレンジでも、安全にその後ろを走った。(ファルシオンより強い……!)
 
 そして、デルカダール城手前にある、導きの教会へとたどり着く。被害が大きいこの地でこの教会が運よく無事だったのは、神の思し召しかもしれない。

「この教会の中は、悲惨な光景が広がっていた――」

 そう話すグレイグに"知っている"と、ユリは無言で頷いた。
 教会内の亡骸は、デルカダールの兵士たちの手で手厚く弔われたらしい。近くの墓地にはたくさんの墓標が増えていた。

「あの少女は元気にしているだろうか……」

 あの少女とは、グレイグがこの教会で助けたセーシェルのことだろう。ユリはセーシェルのことを話すと、グレイグは「……無理もない」と、静かに目を伏せた。
 
 馬たちは一旦ここに待機させ、二人は歩きながら地下水路への道を探すことにする。

「お前と勇者と、青髪の囚人が……」
「カミュです」
「……カミュという者が、デルカダールの地下牢から逃げおおせた時、断崖絶壁から飛び降りたと聞いている。どんな魔法を使ったのかは知らんが……」
「勇者のチカラです」
「……勇者のチカラのおかげで、あの崖の上に登れば、地下水路に続く道があるとわかったのだ」

 きっちり訂正してくるユリに、グレイグは「彼女はその時のことを根に持っているのではないか」と、冷や汗を流しながら話した。
 ちなみにユリは正しい情報を伝えようとしているだけで、根には持っていない。

「……たしか、あの崖の近くには大きな滝があったはず。上へ行ける道がないか探してみよう」

 荒れ果てた大地を、ひとまず滝を目指しながら二人は歩く。雄大な滝を眺めながら、あ……とユリはその存在に気づいた。

 とぼとぼと歩く、"時の精霊"だ。

 この精霊が『時の精霊』という名前なのは知っているが、実際にどういう存在なのかはわからず、似ているヨッチ族とも、どういう関係なのかユリにはわからない。
 ただ、ロトゼタシアのいたる所で見かけた。

 時の精霊を目で追っていると、木から垂れ下がるツルが視界に入った。

「……大丈夫そうだ。万が一のために先に登ってくれ」

 グレイグが何度か引っ張り、強度を確かめてから、ユリは近くにいる時の精霊の横を登っていく。
 もしもグレイグが登っている最中でツルが切れたら、ユリがロープを下ろす予定だったが、グレイグも無事に登りきった。

「ここから上へ行けそうだ……」

 グレイグは滝のすぐ横にある崖を見上げる。
 ちょうど崩れて足場ができており、なんとか登れそうだ。今度はグレイグが先に岩の上に乗り上げ、ユリを引き上げた。
 直後、けたたましい声が聞こえて、二人はデルカダール城の方を見上げる。不気味な闇の下、城から飛び立つ無数の魔物たちの姿が目に映った。

「魔物たちが砦の方向に飛んでいく……。我々にできるのは、信じることだけか」

 グレイグは冷静に呟くと、ユリの方へ顔を向ける。
「グズグズしているヒマはない。先を急ぐぞ」
 同意見だと、ユリも強く頷いた。

 上に続く崖は壁面緑化しており、これを伝ってよじ登れそうだ。ユリの体重なら問題ないだろう。「……お前は飛ぶことはできないのか」というグレイグの質問に、膨大な魔力を使うので一時期的にしか無理だと、ユリは答えた。

 ユリが崖を登りきると、どうやらこの穴が地下水路への裏道のようだ。下にいるグレイグに教え、固定したロープを下へ垂らす。
 やがてグレイグも登ってきて、二人は自然洞くつの中へと足を踏み入れる。

 自然の岩肌は、やがて人工的な石の壁に。

 確か、この曲がった先はブラックドラゴンのすみか……かつてのエルシスの処刑場だ。記憶にある道を思い出しながら、ユリはグレイグを案内する。

 ――この、じめじめとした空気とカビたニオイも記憶に残っている。

 二人は、地下水路へと侵入を果たした。

 崩れてカミュと一緒に落ちた橋はそのままだった。進みながら、場違いにもユリは懐かしい気持ちになってしまう。

「幼き頃により、この城で育ってきたが、地下水路に入ったのは数えるほどだ」

 歩きながら話を切り出したグレイグも、もしかしたら同じような気持ちになってたのかもしれない。
 彼がバンデルフォン王国出身なのは知っていたが、デルカダール王に拾われ、幼少期からこの城で育ったという。
 
「王からお預かりしたカギを使えば、国章のついた鉄の扉を開けられるはずだが、どの扉が城内に続くかはさっぱりわからん。うむ……考えていても仕方がない。国章のついた鉄の扉を探して片っぱしから開けてみよう」

 グレイグの言葉もあって、ユリは目についた国章の扉を開けていくことにした。

「あ、宝箱!」

 ある部屋では宝箱を見つけ、反射的に開けに行こうとしたユリだったが、はっとグレイグを見る。

「……王から城にある宝箱や必要なものは、すべて持っていっていいとのことだ」

 その言葉を聞くと、ユリは安心して宝箱を開けた。中身は『けんじゃのせいすい』だった。貴重なアイテムに、ありがたく活用させてもらおう。
 それ以降もユリは片っぱしから扉を開けて、宝箱があれば嬉々と開け、ツボがあればえいっと割ってみせた。

「中からちからのたねが出てきました。ラッキーですね。グレイグさん、食べますか?」
「いや……」
「じゃあ、私がいただきます」

 彼女は本当に天使の娘なのか?ベテラン旅人の行動それではないか――。
 グレイグはある意味感心しつつ、ユリを観察してみる。

「きゃっ」
「ふん!大丈夫か?」
「はい。びっくりした……」

 上からバブルスライムが落ちてきたときは、普通の女子のように驚き……かといって戦闘では凛々しさもあり……不思議な娘だとグレイグは思う。

 地下水路から上へと続く階段を見つけると、そこはカミュとユリが閉じ込められていた牢獄だった。

 ここまで来れば、案内人はグレイグとバトンタッチである。

 地下水路もそうだが、牢獄にも城内にも魔物がはびこっていた。
 グレイグは忌々しいというのに、遭遇した魔物を倒していく。大剣を背に戻すと、ユリに言った。

「空をおおう暗闇の雲は城の上部から沸きあがっているように見えた。おそらく、常闇を生む魔物も近くにいるだろう。ひとまず城の上階を目指そう」

 ユリは頷き、二人は暗い通路を進む。

「……しかし、ひさしぶりに城に入ったが、あの美しかった城がひどいありさまだ。魔物め、けっして許さぬぞ」

 通路は燭台が倒れていたり、壁が崩れていたりと、廃城化していた。
 ひとつの扉を前にして「ここは、ホメロスの私室だな……」とグレイグは呟く。
 もしかしたら、なにか魔王軍についての有益な情報があるかもしれないと、二人は部屋へ入った。

 ユリは本棚の本を適当にパラパラとめくっていたら、見過ごせないものを見つける。

 悪魔装備図鑑のレシピだ。

「あやつ、いつからこんなものを……」

 悪魔装備など、昔はそのような趣味はなかったはずだ。……ショックを受けるグレイグとは反対に「悪魔装備だろうがなんだろうがレシピならエルシスが喜ぶ」と、ユリはちゃっかりレシピを覚えた。

 宝箱だけでなくレシピも回収しながら、二人はエントランスへとやってきた。
 グレイグは駆け出し、ユリも後ろを追いかける。

「……ひどいありさまだな。上にあがる階段まで壊されている」

 両脇にある階段はどちらも崩壊しており、ここからは行けそうにない。
 双頭の鷲の像だけは変わらず美しく建っており、それがグレイグには皮肉に感じた。

「おそらく、この先の玉座の間に常闇を生む魔物が潜んでいるのだろう。神聖な玉座をけがすとは許せぬ。なんとかして上にあがる別の道を探すぞ」

 グレイグが踵を返す一方で、ユリはじっと奥にある通路を見つめていた。
 
「どうかしたか?」
「向こうの方から不思議な気配がして……」
「俺にはなにも感じぬが……あの向こうにあるのは中庭だ。……行ってみよう」

 ユリの感覚を信じ、中庭に出るが、そこには一本の木ぐらいしかない。

「なにもなさそうだが……」
「大樹の根……!」

 その木に巻きついているのは大樹の根っこだと気づいて、ユリは駆け寄った。驚くべきことに、この根からは不思議な力が残っている。

 ユリがその根に触れると、彼女の右手にある勇者の紋章は反応を示した。


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