常闇を祓え

 ホメロスは前へ現れると、前髪を指先で触れた。……その仕草は、昔からのホメロスのクセだった。

「できるかな?我が友よ」

 ホメロスの挑発的な言葉も意に介さず、グレイグはホメロスに斬りかかる――が。

「さぁ、お遊びはここまでだ」

 気がつけば、ホメロスは最初からそうであったかのように、玉座に腰かけていた。

「お前たちの相手は私ではない。私はここで、グレイグ……お前が朽ち果てるのを、高みの見学をさせてもらおう!」

 ホメロスが言った直後、どこならともなく不気味な笑い声が響く――

「ンフフ。ンフフフフ。ンフフフフフフ」

 玉座の後ろに闇のオーラが終結したと思えば、その裏から突然、死霊の騎士が現れた。
 ぼろきれのマントを身にまとい、両手に刀身の長い剣を持つ。

「ンフフフ。我は、魔王さまのチカラを受けし、六軍王がひとり……屍騎軍王ゾルデ。闇を愛し、光を憎む者」

 闇を愛し、光を憎む者……?

「我は思う……。そなたらは、いやしい光を望む者たち。そして、なにより、哀れな者たち……。魔王さまは闇をお望みだ。我の命つきるまで、清浄なる常闇は消えぬ。……なれば、この地に光は戻らぬ」
「こいつが常闇を生む魔物か……!」
「光を取り戻したかったら、我を倒せってことね」

 傍観するホメロスはひとまず放置し、ゾルデを見据えて、グレイグとユリは武器を構える。
 反対にゾルデは二人に一礼した。顔上げる際、左目が月明かりに反射して光る。
 目は虚ろな空洞かと思いきや、左目に収まっているのは宝玉た。

(あれは、パープルオーブ……?)

「ンフフフフフフ。さぁ、けがれた光を、癒しましょうぞ」

 その片目は、ユリを捉えて。

「……ッ」

 一瞬のうちに、ゾルデは二人と距離を詰め、二刀を振るう。
 激しい金属音が響いた。左右の腕を、ユリとグレイグがそれぞれ応戦する。

 真横からくる剣を、しゃがんで避けるユリ。

 かすって数本切れた髪が舞うなか、素早く懐に飛び込み、はやぶさの剣による二回攻撃を叩きこむ!

「はあっ!」

 その好機を見逃さず、グレイグも大剣を真横に払う。
「なに!?」
 しかし、ゾルデに攻撃を弾かれた。ゾルデはいったん後ろに跳び引き、剣を交差させる。

「来るがいい……!」

 ソードガードで、さらに自身の武器ガード率を上げる。

「デイン!」
「ドルクマ……!」

 互いの呪文が炸裂し、どうやら痛み分けだ。苦しむユリに、グレイグが「ベホイミ」を唱える。

 ユリは胸元を押さえながらゾルデを見上げる。見た目からしてもそうだが、ゾルデは闇属性が強い。聖属性の攻撃を叩き込むしかない。
 ユリは弓を手にしようとするが……

「来るぞ、気をつけろ!」

 二刀の剣での猛攻に、その弓を構える時間を与えられない。しかも、槍のように長い剣はリーチがある。

 ゾルデは二本の剣で辺りをなぎ払う!

「あぁ!」
「ぐっ」

 避けたところで、その斬撃は届く。

「ベホマラー!」
「スクルト!」

 今度はユリが回復呪文、グレイグは自分たちの守備力を高めた。
 一方のゾルデは、その目に宿ったパープルオーブを妖しく光らせる。

「ンフフフフフ!愛しき……闇よ!」

 なぜ、魔物がパープルオーブを宿していたのか……ユリはやっとわかった。
 ゾルデがオーブのチカラをとき放つと、パープルシャドウが生まれた。

 パープルオーブは、魔物にさらなるチカラを与えたのだ。

「魔物が増えただと……!?」
「あれはオーブのチカラを使った影だよ!本体よりは強くないはず……!」

 と、ユリは言ったものの。本来と影の総攻撃に、避けるのと防御で精一杯で、大した反撃ができない。
 そして、ゾルデと影が、二人してゾーンに入った。
 とても嫌な予感がする。すぐさまユリはマジックバリアを唱える。
 
「「クロスドルクマ!!」」

 二つのドルクマが交差して、闇の爆発を引き起こす。
 不思議なバリアがユリたちを包み込み、ダメージを軽減したが、二人は膝をついていた。

「今、助ける……!ベホイミ!」
「あ……ありがとう」

 グレイグは体力のある自分より、ユリを優先して回復する。
 たぶんもう一発喰らったら、自分の意識が吹っ飛ぶかもしれない。
 どうしたら……と、考えるユリの頭に声が響く。

『今の君なら、僕が覚える技も使えるはずだ』

 …………え。
 不思議に思うも、戦闘中に考える暇はない。
 今の攻撃で、ユリはゾーンに入った。
 すると、その背に一瞬、天使の翼が生える。

 ゾーンによって、攻撃力・回復魔力共に、天使の力が上がったからだ。

(エルシスの技……!わかった!)

 ユリが片手を上げると、稲妻が剣の形を成し、バチバチと音を立てる。

「ギガ……」

 力いっぱい身体を捻り……

「スラッシュ――!」

 ゾルデとゾルデの影をなぎ払った。一撃で影を打ち消す。

「なんだ!そんな技が使えるのか!?」
「エルシスの技!」
「なんという、忌々しい光め……!」

 グレイグは敵が怯んでる隙に、ゾルデと影に、大剣をぶんまわした。
 影が消える。このまま勢いに乗って、ゾルデも倒したい。

「グレイグ、お願いがあるの!」
「なんだ!?」
「私を守って!」
「?」

 ――いつもは、前衛にエルシスやカミュ、マルティナやシルビアがいてくれて、ユリは後衛に下がれば、弓での攻撃に集中できた。
 弓の弱点は、的を狙い、弓を引き、矢を放つまでの予備動作だ。

「うまくいけば、一撃で倒せるかもしれない」

 天使の力の多くを失ったといえ、ユリ本来は聖属性。魔の者に効果的な攻撃をできるが、逆に闇属性の攻撃に弱いとグレイグに説明した。
 そして、時間を作ってくれれば、聖なる破魔の矢を撃ち込める――と。
 ユリの話を聞き、グレイグはフッ…と笑う。

「元よりそのつもりだ。俺は勇者を守る盾となる。存分に戦え、ユリ!」
「ンフフ!闇に抗うことはできぬ!」

 作戦を立てる二人に、ゾルデは飛びかかり、武器を振り下ろした。
 凄まじい攻撃に衝撃波が起こり、大理石の床が粉砕する。

「ンフフ……一撃で仕留めたと思いましたが、意外とあなた、身軽ですね」

 息を切らすグレイグを見て、ゾルデは言った。
 その片手には、ユリが。
 グレイグは寸前に、ユリを腕に抱え跳び退いて、ことなき得た。

「あの者、魔物のくせして剣術の腕はたしかだ」
「また影を作らされる前に、早いとこやっつけないと……」

 グレイグの腕に抱えられ、腕と足をだらーんとさせたままユリは言った。
 とりあえず下ろしてもらい、グレイグに「ベホマ!」を唱える。

 チャンスは一度切り。これは、グレイグにかかっている。

「さぁ、来い!俺が相手だ……!」

 グレイグは仁王立ちし、すべての攻撃をいっしんに受けはじめた。
 その間に、ユリは精神を研ぎ澄まし、弓をきりきりと引いていく。

「闇を切り裂く聖なる矢よ――!」

 聖なる魔力の矢は、彗星のように飛んで、ゾルデの身体に刺さった瞬間、光の粒が弾け飛んだ。
 ゾルデの身体に刺さった矢の部分から、闇のオーラがもれだす。

「ンフフフ……フフ。おお、私の愛しき闇が……ああ、けが…らわしい。光が……あふれ……」

 最後は爆ぜるように、屍騎軍王ゾルデの姿は消失した。
 パープルオーブだけが落ちて、床に転がり……

「――ふん。オーブのチカラを持ってしても破れるとは、情けないやつめ」
「ホメロス……!」
「貴様……!」

 ユリが手にする前に、ホメロスがそのパープルオーブを手にした。
 今まで傍観に徹してたホメロスだったが、二人に杖を向ける。

「私が直々に相手してやろう!グレイグ、今のお前は赤子の手を捻るより簡単だろうがな」

 ――休む暇なく、ホメロスとの戦闘に入る。
 ホメロスはグレイグに執刀に攻撃し、今度はユリが援護に回った。

「どうした!動きが鈍いぞ!」
「くっ……!」

 グレイグは反撃するが、剣はホメロスの身体をするりとすり抜ける。
 ユリの聖なる雷の呪文も、ホメロスは命の大樹で見せたバリアで防がれた。

 ホメロスは闇のオーラを放ち、二人を地面にひれ伏せさせる。

「……っ大丈夫か、ユリ……!」
「なんとか……っ」

 ――強い。連戦なのもあるが、ホメロスに掠り傷を負わすことすらできない。

「どうした!もう終わりか……!?」

 床にうつ伏せになったグレイグを見下ろすホメロス。
 グレイグはぐっと拳を握りしめ、ホメロスを睨み上げる。

「お前のチカラはそんなものなのか……!?」

 ――グレイグ!

 ……?ユリは、ホメロスに違和感を感じた。声を荒げ、歪められた表情は苦しそうに見える。
 なぜ?その姿に、不思議な根っこが最後に見せたホメロスの姿を思い出した。
 これまで、不思議な根っこは大事なことを教えてくれて、勇者を助けてくれた。

(――そうか)

 今回も、隠し階段のことを教えてくれたのだと思ったけど、違ったんだ。
 不思議な根っこが本当に伝えたかったこと。
 力がなくて、きっと最後まで見せることができなかったのだ。

 もしかしたら、ホメロスを救うことができるかもしれない――。

 ユリの目に、ホメロスにまとわりつく影のようなものが映る。あれは呪いのようなものだ。
 デルカダール王は長きに渡って、ウルノーガに憑依されていた。その最中、ホメロスの心の弱さにつけ入り、悪意の芽を植えつけたのだ。

 人の負の感情を増幅させ、闇に引きずり込む。それを祓えば、きっとホメロスも王のように正気に戻るはず。

 あんな風に感情を露にしているということは、まだ人の心があるということ。

(私だけの力じゃ無理だけど……)

 グレイグの力があれば――。

 ユリは地下水路で入手した"けんじゃのせいすい"を使い、自身の魔力を回復させると……「ヒャダルコ!」

「!?」

 ホメロスの足元に唱えた。ホメロスはさっと避けて、彼とグレイグを引き離すことに成功する。

「グレイグ!もしかしたら、ホメロスを魔王から取り戻すができるかもしれない!」
「……は……」

 矢継ぎ早に話すと、案の定、グレイグから唖然とした声が返ってきた。

 ユリは端的に説明する。

「グレイグがホメロスの心に呼びかけてくれたら、闇を祓うことができると思うの」
「…………」
「……ホメロスのことが許せないのなら……」
「いや……やろう」

 しばしの沈黙からそう口を開いたグレイグの目は、強い光を放っていた。

「俺も、できることならば、あいつとちゃんと話がしたい」

 ユリはこくりと頷き、グレイグは立ち上がり、大剣を再び握る。
 向かってくるグレイグに、鼻で笑うホメロス。

「攻撃が単調だぞ、グレイグ!だからお前はだめなのだ!」
「お前は人を、世界を見ず、頭の中で物事を考えすぎている!だから、間違っていることも正しいと思い込んでいるのだ!」
「私のなにが間違っているという!」
「愛も、夢も、光も、友だって……。この世界に意味がないものなどない!」
「綺麗ごとを……!」

 グレイグの攻撃を、杖でホメロスは受けとめる。グレイグの言葉に反感し、意識が向いているその隙に――ユリは魔法陣を足元に描き出す。

「――それで私を欺いたつもりか?」
「ぅあ……!」

 なにか企んでいると気づいたホメロスは、音もなく瞬時に移動し、杖をユリの背後から振り落とした。
 前に倒れるユリの髪を掴み、そのまま引っ張り上げる。

「うッ……!」
「聖なる魔法陣で私を倒すつもりだったか?小癪な娘め!」
「……いいえ。これは……あなたを解放する"おとり"だよ……!」
「……!」

 ユリは腰からカミュの短剣を引き抜くと、髪の毛を切った。ホメロスの目の前に、銀の髪の毛がハラハラと舞う。

「おおおおおお……!!」

 その一瞬の隙をついて、グレイグが飛び込んだ。
「何度も同じ手を……」
 ホメロスが動くより早く、グレイグの太刀が入る――

「ぐぅっ!……大剣ではなく、片手剣!?あの娘の剣か!」

 グレイグが持つのは、ユリのはやぶさの剣だった。大剣は威力があるが、攻撃動作が遅くなってしまう。
 片手剣、さらに隼のごとく素早さを与えるこの剣によって、ホメロスの意表を突くことができた。

「ホメロス!先ほどお前は、俺に問いかけたな。その質問に……今答えよう!」
「……ッ!」
「なぜ、俺がお前の前を歩こうとするだと?それはっ、お前が俺の背中を押してくれたからだ!」

 そう叫び、グレイグは剣を振る。その勢いに押され、ホメロスは防戦一色になる。

「なぜ、お前ばかりがチカラを得るだと……?俺だけじゃない、お前もそうであったではないか!」
「違う……!お前がッ!お前ばかりが……!」
「だからこそ!俺は強くなれたのだ。お前がいてくれたからこそ……!」
「……!!」

 グレイグはホメロスの杖を弾き返し、さらに横へ振るように打ち込んだ。

 ホメロスはふっ飛ばされた。

 あの日と同じだ――あの、二人でデルカダール王から、"誓いのペンダント"をもらった日の手合わせと。

 でも、ホメロスはもうあのペンダントを持っていない。リーズレットに、これと同じ者を持つものを殺せと、渡してしまったからだ。

 愕然とするホメロスに、グレイグは手を差し出す。

「なんの……マネだ……」
「悪かった」

 グレイグは、ホメロスに謝罪をした。

 一時期、自分は天狗になっていた。軍師としてのお前の力があってこそだったのに、自分一人の力で成し遂げたように振る舞ってしまった――と。

「俺は、誰よりも強くなりたかった。祖国を守れなかった代わりに、この国を守りたいと思っていた。自分は強いと思い込みたかったのだ……。その傲慢さが、お前を知らずに傷つけたんだろう」
「…………」


 ホメロスはなにも言わず、グレイグをただ見上げる。

「だがな、ホメロス。これだけは、信じてくれ」

 ――お前こそが、俺の光だった。

「……は……はは……は」

 ホメロスの口から乾いた笑みがこぼれる。
「今さら……今さら……っ!」
 その感情は怒りかと思いきや、それは悲しみだった。

「……私は……もう、後戻りはできない……」
「できるよ!」

 すかさずホメロスの言葉に答えたのは、ユリだった。

「あなたにとり憑いた、この闇を祓えば……!!」

 ――人間は弱い。けれど、強く生きることができるのも人間だ。
 罪を償うのは、決して簡単なことじゃない。

 でも、あなたが本気で償いたいと思うのなら……

(その重さを、分かち合おとしてくれる人がいる)

 神は、あなたを赦すのでしょう――。

 ユリは祈りを捧げると、足元の魔法陣が、白く聖なる輝きを放つ。その髪の毛一本一本が、魔力の触媒になる。
 ホメロスにまとう影がうごめき始め、ホメロス自身も苦しみだした。

「ぐああぁああ……!!」
「ホメロス!大丈夫だ……!今度こそ俺がついてる!帰ってくるんだ……!」

 胸を押さえ、うずくまるホメロス。その手をグレイグは握りしめ、必死に呼びかける。

 ――その心に、届くように。

 ホメロスは糸が切れたように、意識を失うと……代わりに彼の身体から黒いモヤのようなものが出てきた。

「あれが呪いか……?」
「!違う……!」

 それはどんどん形作っていく。やがてホメロスによく似た、白い身体の魔人の姿に変貌した。

「私は魔軍司令、ホメロス……」

 名乗ったその声は、禍々しいものだった。

「お前がホメロスだと……!?ふざけれな!」
「その男の闇の心が化身したのが、私である。このまま一体化するところを……まあ、いい。もはや人間の身体など、私に必要ない……!」

 魔軍司令ホメロスは、満月を背に翼を広げる。

「グレイグ!私は、お前の先を歩く。お前は私に届く前に朽ち果てるのだ!!」
「……ホメロス」
「フフフ……ハハ……ハハハハ……!」

 そう言って、魔軍司令ホメロスはどこかへ飛び去った。ホメロスの闇の心の化身と言っていたので、グレイグへの憎しみは残ったままなのだろう。

「突然のことでまだ理解が追いつかぬが……。ユリ、ホメロスは無事なのか?」
「彼の魂は感じているから、大丈夫だとは思うけど……私にも予想外のことで……」
「……そうか。とりあえず、この場所から離れよう」

 グレイグがホメロスを背負おうとすると、彼の中からなにかが落ちた。ユリは紫色に輝く宝玉を手にする。

 パープルオーブを取り戻した!

「見ろ、空が……」
「よかった、闇は消えたのね」

 グレイグに促されて見上げると、空を覆う闇は消え去り、代わりに瞬く星空が広がっていた。

 二人が城の外に出ると――

「……さすがだな。オレンジも連れて来てくれたのか、リタリフォン」
「オレンジ!」

 リタリフォンとオレンジが、主の帰りを待っていた。

「常闇は消えた。しかし、皆が心配だ。一刻も早く、砦に戻らなくては」

 リタリフォンからユリに視線を移し、グレイグは言う。

「ユリ、帰ろう。最後の砦に」

 落ちぬよう背負ったホメロスをロープで固定してから、グレイグはリタリフォンに跨がった。

「はっ」

 ユリが踵で合図を送ると、元気に走り出すオレンジ。グレイグと共に、最後の砦まで来た道を戻る。

 薄命の空の下、全速力で馬たちは駆けていった。

 もうすぐ、夜明けだ――。


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