勇者の盾と剣

 風で揺れる篝火の火が目に映る。馬を全速力で走らせ、夜が明ける前に二人は最後の砦に帰ってきた。馬から降りたグレイグは、扉を開ける。二人は引き馬で中へと入るが、この時、違和感を覚えた。

 見張りの兵士の姿がない――。

 砦内に着くと、グレイグはリタリフォンをその場に待機させ、すぐさま王のテントへと走っていく。
 ユリも同じようにオレンジを待たせ、グレイグの後ろを追いかけた。

 砦の中は静まり返っている。ここまで誰ともすれ違わず、人の気配もしない。

 心臓が、嫌な風に鼓動を早める。

「……ユリ、何かがおかしい。民の姿が、どこにも見えないぞ。我が王は……どこにおられる」
「わからない……」
「イヤな予感がする。ユリ、皆を探そう。砦の外には出ていないはずだ」
「っうん!」

 二人は忙しなく辺りに目を向けながら、人の姿を探して奥へと進んだ。

「エマー!ペルラさーん!」

 ルキ、ダン村長、マノロ、ダイアナ、ミランダ、セーシェル……!
 ユリはイシの村の皆や、ここで知り合った皆の顔を思い浮かべながら、必死にその姿を探した。

「誰か……誰かっ!!生きている者はいないのか!王よ!どこにおられるっ!!」

 焦燥するグレイグの叫び声は、むなしく山間に反響する。移住区にも誰もいない。こんなことはあるのか。

「…………誰か」
「……そんな……」

 そのとき――……愕然と佇む二人の耳に、微かに音が届いた。

「……この音は!!」
「ワン!ワン!ワンッ!」
「……ルキ!」

 勢いよく走ってくる、元気なルキの姿が目に飛び込む。
 ユリはルキに皆の居所を聞こうとして、眩しい光に手を遮った――

 朝日だ……眩しい太陽が空に顔を出した。

 目を細めて見るユリの視界に、真っ赤な赤い旗が掲げられる。

 双頭の鷲が描かれた、デルカダール国の旗が――。

「……!」

 皆がその旗を掲げ、こちらに歩いてくる。
 誰もが晴れ渡った表情で、声を揃え、彼らは歌った。

 "いま ひびく よろこびの歌
 朝が来た 朝が来た
 我らを照らす 明日への光
 大鷲が天に舞い 我らを たたえる
 山河の水は 清く済み 我らを癒すだろう"

 空の上にある太陽にも聞こえるように、高々と。
 デルカダールでは有名な歌の一節で、グレイグはこの歌をよく知っていた。

「……!ホメロスさまだ……」
「グレイグ隊長が、ホメロスさまも連れ帰ってくださったぞ……!」
「ホメロスさまぁ……!我らあなたの帰りを、ずっとお待ちしておりました……っ!」

 一部の兵士たちがグレイグに背負われたホメロスの存在に気づき、歓喜の声を上げた。
 彼らはホメロスの部下だ。皆、上官であるホメロスを慕っており、彼がもっと周りに目を向けていれば……と、グレイグは悔やんでしまう。

「……気を失っておる。看病してやれ」
「はっ!」

 グレイグは、ホメロスを兵士に預ける。

 その間も、歌声は響き渡った。皆、どこに隠れていたのか、気がついたときには砦の民たちが勢揃いしていた。
 ユリが振り向くと、笑顔のエマの姿もあり、彼女も皆と一緒に歌っている。

 "歌え デルカダールの民よ
 強き心の 太陽の民よ
 歌え 歌え よろこびの歌を"

 ――皆の声に交じって、深く、威厳あるバスの歌声が響く。……デルカダール王だ。
 王は、そのままグレイグの元へ足を進める。

「グレイグ……よくぞ。……よくぞ、やってくれたっ!」

 その肩を、王は思いを込めて握った。グレイグは一瞬、視線をさ迷わすが、歓喜あまってか目を片手で覆う。

「……それに、ホメロスも連れ帰ってくれたのだな」
「どいて、もうっ!どいておくれよ!!」

 感動のまっ最中――そんな軽快な声が響いた。
 人々を強引に、よいしょよいしょと押し退けて現れたのはペルラだ。
 なんと彼女は、デルカダール王とグレイグの間もぐいっと押し退け、ずんずんとユリの元へ歩いてくる。つ……強い!

「いままで薄暗くてよくわからなかったけど……ますますべっぴんになったんじゃないか!」

 ペルラはユリの両手を握って話す。

「きっと、エルシスがユリを助けたのは、運命だったのかもしれないね。わたしはあんたのことを信じてたよ」

 ペルラにユリは笑顔で答えていると、どうやら王もユリに話があるようで、気づいたペルラは後ろに下がる。

「ユリスフィールよ。グレイグとチカラを合わせ、よくぞ太陽を取り戻してくれた。……礼を言おう」

 ユリはデルカダールの王と、視線を合わせる。

「しかし、世界はいまだ混乱を極めておる。そなたは今やこの世界の希望、誰もが認める勇者じゃ!どうか、ロトゼタシアに光を取り戻してくれ」

 ――最初は、仮初めとはいえ、自分が勇者を名乗るのに抵抗があった。

 エルシスはもう、この世界にいないのだと、認める気がして……。

 でも、今は心からエルシスはどこかで存在していると信じられた。

『今の君なら、僕が覚える技も使えるはず』

 あの声は、確かにエルシスのものだった。

 ユリは、勇者の紋章を通じて、奥深くで彼と繋がっている気がした。

(エルシス……。あなたにこの勇者の紋章を返すその日まで……私、負けないよ)

「……はい!必ずや、成し遂げてみせます」

 ユリは再度、この場で、皆の前で誓う。
 これは、元天使の勇者代行だ。

「……そなたは不思議な色の目をしておる。とてもいい目じゃ」

 明るいところで見たユリの瞳は、キラキラと太陽の光を受け、輝いている。
 王は目元のシワを深くさせ、微笑んだ。そして、再びグレイグの方へ向く。

「……グレイグよ。今日まで、我らが王国のため、よく戦ってくれた。今宵の勝利は、お前のチカラあってこそのもの……」

 王の言葉に、グレイグは真剣に耳を傾けた。

「さればお前のその剣を、今こそ世界のために役立てる時じゃ。意味はわかるな?」

 グレイグはなにも答えず、ただ王を見つめ返す。その顔には、明らかに迷いの表情が浮き出ていた。

「砦のことは案ずるな、民は強い。そして、わしもな……ハッハッハッハッ!」

 グレイグの言いたいことがわかった王は、明後日の方を見ながら笑い飛ばした。

「なぁに……悩むことはない。お前の心はもう、とうに決まっておるのだろう?」

 その声色は、ほんの少しのさびしさを含ませ……けれど、背中を押すように暖かい。

 グレイグは決意したように、王の背中に一礼をする。

 そのままその足は、ユリへと向かった。まっすぐと向き合い、自分よりもずっと小さな彼女を見つめる。

「……ユリ」

 一言。静かに名前を呼んだ。そして彼女の前に跪き、頭を下げる。

「ユリスフィール。我らが勇者よ。この命、今日からあなたに預けます」

 ――あの戦いの先で、誰が彼女を勇者と認めずにいられるだろう。

『自分が勇者になる』

 行方不明の勇者に代わり、そう決意し、世界の命運を背負うとする少女を……自分は守りたいと思った。
 ユリは微笑を浮かべ、グレイグに手を差し出す。グレイグもまた、口許に笑みを浮かべ、その手を掴んだ。


 グレイグが 仲間に 加わった!


 ――太陽を取り戻した最後の砦に、さっそく祝宴が開かれるらしい。
 ユリは参加する前に、あることをエマにお願いした。

「……よし、できたわ。どうかしら?」
「ありがとう、エマ!うん、とってもいい感じ」
「……でも、せっかく綺麗な銀髪だったから、残念ね」

 短剣でぶった切って不揃いな髪を、エマに綺麗に揃えてもらった。
 肩ぐらいに揃えてもらった髪は、軽くてなかなか気に入る。

「髪ならすぐ伸びるし、それに……エルシスを探す時、このぐらいの髪の長さでって言ったらわかりやすいかも」
「そっか……。うん、ユリもそのぐらいの長さも似合ってると思うわ!」
「あ、でも、エルシスみたいにサラサラ髪じゃないから伝わらないかなぁ」
「エルシスの一番の特徴よね。私も幼い頃から羨ましかったわ」

 エルシスのサラサラ髪の話題に花を咲かせ、宴に向かうと、ユリは引っ張りだこになった。

「おや、その髪の長さも似合ってるじゃないか!ほらほら、いっぱいお食べ!今日はあんたが主役なんだからね!」
「ユリさま!僕にお酒を注がせてください!」
「あっ、ずるいぞ新米!ここは先輩に譲る場面だっ」
「もうっ、先輩!僕は新米じゃなくて、ベテラン兵士ですよ!」

 ペルラにたくさんの料理が盛りつけられたお皿を押しつけられ、そのそばで、新米兵士と先輩兵士が楽しげに言い合いをしている。

「あなたさまのことは、天使さまとお呼びすればいいのか、勇者さまとお呼びすればいいのか……。私は悩んで今夜は眠れそうにありません!」

 その兵士の言葉には、ユリは苦笑いした。どっちでもいいが、しいて言うなら名前だろうか。

「ユリ!あなたの薬のおかげで、少しだけ踊れるようになったの!」
「ダイアナちゃーん、最高だよ〜!」

 ――演奏隊が音楽を奏で、祝宴は一昼夜つづき、山間の砦にたえ間なくよろこびの歌がひびいた。


 そして、夜が明けた!


 ……よし。ユリは支度を済ませると、ちょうどテントの中にエマが入ってきた。
 
「デルカダールの王さまから伝言なんだけど、あなたに大切な用事があるから、王さまのテントに来てほしいそうよ」
「ちょうど王さまに挨拶しようと思ってたところだよ。行ってみるね」

 昨日はそのまま祝宴に参加したので、ホメロスのことなど詳しく話をしていない。もしかしたら、グレイグから詳しく話を聞いているかもしれないが。

「もしかして、またユリを捕まえる気だったりして!……エヘヘ。なーんちゃって。デルカダールの王さまは、もう絶対にそんなことしないもんね」

 そう笑ったエマだったが、昨日はホメロスの存在に対して、少し複雑そうだった。
 イシの村を焼き払えと命令した張本人なので、しかたがない。グレイグが助けてくれなければ、もう二度とエマたちには会えなかっただろう。

 そう考えると、ユリもホメロスに許せないという気持ちは起こるが、不思議とその熱はすぐに収まる。真の元凶はウルノーガとわかっているからだろうか。

 デルカダールの知将、ホメロス。双頭の鷲の一人。本当の彼は、どんな人なのだろうか。

 彼の目覚めが気になるが、ずっとここにとどまるわけにもいかない――そんなことを考えながらテントを出ると、グレイグが待っていた。

「長い祝宴だったが、とても楽しかった。ひさしぶりの民の笑顔を見て、太陽を取り戻したよろこびを感じたよ」

 グレイグは、表情を柔らかくさせて言う。ずっと彼も張り詰めていたのだとわかった。

「そろそろ旅に出るころだとは思うが、デルカダール王に出発のご報告をしたい。一度、王のテントへ寄らせてくれ」
「私も王に大切な用事があるからって呼ばれて、これから向かうところだったんだ」
「そうか。大切な用とはなんだろうな。昨日、ホメロスのことは王には報告したが……」

 デルカダール王は話を聞いて、ホメロスを処断したりはしないそうだ。
 自分もウルノーガに憑依されていた身であり、ホメロスが悪意に支配されるきっかけを作ってしまった責任がある……と。
 そして、ホメロスの悪事は内密にすることにしたらしく、ユリはグレイグに他言無用をお願いされた。

 これからの彼の生きる道を考えて……

 ホメロスは罪を犯したが、その反面、被害者でもある。

「今度はいつ帰れるかわからぬ旅だ。ユリも心残りのないように村の者にあいさつを済ますのだぞ」
「うん」

 グレイグと歩きながら、ユリは"イシの村"へと戻りつつある砦を眺めた。

 緊迫した空気は、もう流れていない。

 太陽が戻り、働きやすくなったと忙しそうな者。デルカダールに戻ったら……と、未来の計画を立てる者。

「ひさしぶりに見るお日さまの光は、本当にきれいね……。なんだか泣けてきちゃったわ」

 共通しているは、皆笑顔で、希望あふれる顔をしていることだ。

「この子もおおきくなったら、天使さまみたいな、強くて優しい素敵な女性になってほしいんだ。……そこでだ。もしよかったら、その天使さまのアンタが、この子に名前を付けてくれないかい?」

 突然、女性にそう提案されて、ユリがびっくりしていると「名は最初にこの世界に生を受けた子への贈り物だ。名付け親とは、責任重大だぞ、ユリ」と、横からグレイグは笑って言った。
 断ろうと思ったが、断る雰囲気でもなくなり、ユリは真剣に考える。この子は、あの惨劇で母親が命を懸けて守り、運よく彼女に拾われた奇跡の子だ。

「……『エーデル』は、どうかな?」
「エーデル?綺麗な響きだねえ!」
「天界に咲く花の名前で、"勇気"という意味があるの」

 これから、辛いことも悲しいことも、たくさんあると思う。
 でも、いいことも素敵なことも、きっとたくさんあるから……。
 どんな困難にも、勇気を持って乗り越え、生き抜いてほしい――そうユリは願いを込めた。

「勇気……か。うむ、いい名前じゃないか!」
「ありがとう!私も気に入ったよ。今日からこの子の名前は、エーデル。ああ!なんて、ステキな名前だろうねぇ!」

 きゃっきゃっとエーデルも喜んでるみたいと、ユリはにっこり笑った。
 ユリたちが移住区を後にすると、なにやら兵士が走って来る。

「まったくもう、王さまがまたグレイグさまを呼んでましたよ!グレイグさまも人がよすぎです!ムリなお願いだったら、1回くらい断ってもいいと思うんですがね!」

 どうやら、王はユリだけでなくグレイグにも用があるらしい。それはさておき、王に対して隠さず不満を露にする兵士に、ユリはくすりとしてしまった。

「グレイグはみんなから慕われているね」
「……そんな風に言われると、照れくさくなるな」

 王のテントにその足で向かうと、その前を護衛している兵士が、先ほどまで会議が行われていたと、二人に教えてくれる。

「デルカダール王とダン村長のおふたりで話し合いがおこなわれまして、最後の砦の行く末が決まったそうです。イシの村の立てなおしを手伝うことを条件に、我らデルカダールの民は、もうしばらくこの村に置いていただけることになりました」

 それはよかったと二人は思う。デルカダール国の常闇を祓い、魔物はいなくなったが、すぐに人が住める環境ではないからだ。

「そして、なんとイシの村の皆さんも、デルカダールの復興を手伝ってくださると、そう約束してくださいました……。我らはたくさんのものを失いましたが、かけがえのない友を得ました。私たちは、きっと前に進んでいけるでしょう」
「私たち、デルカダール兵の次なる任務は、イシの村の立てなおしとデルカダール王国の復興です。デルカダールの民だけでなく、イシの村の皆さんと協力して、ありし日の平和な姿を取り戻してみせます!」

 グレイグは兵士の言葉に、誇らしげに頷いた。嬉しさが隠しきれていないのは、デルカダール国が、彼のもう一つの故郷だからだろう。

「魔物がいなくなったから、デルカダール王国に帰れるのはうれしいが、この村を離れるのはさびしい気もするな」

 中にはそんな風に言う兵士もいた。
 この場所は、皆の希望を繋いだ場所だと……ユリは思う。


「二人ともよく来てくれた」

 ユリとグレイグが王のテントに入ると、デルカダール王は待っていたとベッドから腰を上げる。

「昨日はぐっすり眠れたか?……ん?民に眠らせてもらえなかった?ハハハッ!よい、よい。それこそ平和のあかし。ハッハッハッ!」

 愉快に声を上げて王は笑った。病も快調に向かい、すっかり本調子に戻ってきたようだ。

「さてと……本題に入るかの。グレイグ、お前に渡すべきものがある」

 そう切り出し、デルカダール王はグレイグに黒色の大盾を差し出した。
 双頭の鷲の紋章がついたその盾は……

「そ、それは……デルカダールの盾!?」

 グレイグは驚きの声を上げた。ユリも大樹の記憶で見たので、見覚えがある。

「お前はわしにとって、我が子のようなもの。旅立ちにふさわしき身支度をととのえるのが親の役目……祝いじゃ、受け取れ」

 グレイグは頭を下げ、その盾を受け取ると、装備してみせた。重そうなのに軽々と持つグレイグはさすがで、とてもよく似合っているとユリは思った。

「うむ。よく似合っておるぞ。その盾は世界最高の騎士のあかし。そなたこそ、勇者を守る最強の盾じゃ」

 その盾を手にするのは、グレイグの長年の夢だったはず。彼は、引き締まった表情をしている。

「……よいな?」
「……ハッ!!」

 王の凄みのある言葉に、グレイグはしかと返事をした。

「さて、ユリスフィールよ……。道しるべとなる大樹は地に堕ち、勇者のつるぎは魔王に奪われたと聞く」
「はい……」
「……しかしだ。わしはエルシスの父、ユグノア王から、こんな話を聞いたことがある」

 デルカダール王は自身が知っている勇者に関連する情報を、ユリに話す。

「ロトゼタシアにそびえる霊山。北のゼーランダ山と、南のドゥーランダ山……。その山頂に住まう民たちは、なにやら勇者とゆかりのある者たちらしい」

 ドゥーランダ山……たしかに勇者ゆかりの地で、山頂に聖域があるとユリも聞いたことがある。

「……そなたは元天使だから、この話は知っておったかもしれぬな」
「あ……いえ、私も話だけで……詳しくは知りません」
「うむ……。なんにせよ、そなたは彼らに会うべきであろう。魔王を倒す助けを得られるやもしれぬぞ」

 ユリは頷く。宛のない旅になる可能性が、次の行き先が見つかった。
 王は続いて「ナプナーガ密林を西に進むと、ソルティアナ海岸に通じる谷がある」と、道順を教えてくれた。

「そこを越えた先にある、山間の関所を抜ければ、ドゥーランダ山はすぐそこじゃ。我らもあずかり知らぬ道ゆえ、何が起こるかわからぬ。……そこでじゃ」

 ……そこでじゃ?含みを持ったその言葉に、ユリとグレイグは思わず互いの顔を見合わせた。

「世界の地理に詳しい者を仲間にしてみてはどうじゃ?道案内だけでなく、魔法、戦術、歴史……豊富な知識を持ちあわせ、片手剣の技術なら、そこのグレイグにも劣らんぞ」

 ……それって、まさか……。ユリとグレイグは、二人して同じ表情をする。

「……入ってくるがよい」

 王の言葉に、ばっと二人は同時に振り返った。彼は控えめにテントへ入ってくる。

「ホメロス……!目覚めたのか……」

 ホメロスはグレイグの言葉に顔を上げた。表情は暗いが、憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしている。
 ホメロスはグレイグの元へ歩くと、彼に頭を深く下げた。

「すまなかった……グレイグ」
「…………」
「謝っても許されるとは思っていない。それほどのことを……俺はお前にした」

 ホメロスの謝罪を、グレイグは受け入れるのだろうか――ユリはデルカダール王と、静かに見守る。

「始まりは……お前への自分勝手な妬みだった。自分の不甲斐なさを棚に上げ、劣等感を抱き、魔王に付け入る隙を与えたのだ……。すべては俺に責任がある。お前が望むなら、俺は自害してもいいと王には伝えてある……」

 最後の言葉に、明らかにグレイグの表情がこわばった。
「……顔を上げろ、ホメロス」
 静かに言った声は、怒りをはらんだものだ。

 恐る恐るというように、ホメロスは顔を上げる。

「――!」

 ユリは息を呑んだ。グレイグのその拳が、ホメロスの顔面に向かったからだ。だが、寸前で止まり……トン。
 思わず目を瞑ったホメロスだったが、驚きの顔と共に見開く。

 グレイグの拳は、ホメロスの胸に当てていた。

「謝罪の言葉は王にはしたのだろう?」
「あ、ああ……」
「イシの村の民には?」
「先ほど……」
「ならば、次はユリとエルシス……あとは、お前が迷惑をかけた者にすればいい」

 グレイグは息を吸い込むと「俺に謝罪はいらん!」大きな声で、はっきりとホメロスに言った。
 ホメロスは面食らい、ユリの隣で王は小さく笑う。

「し、しかし……」
「もし、俺に申し訳なく思うなら……。共に来て、そのチカラを貸せ。勇者を助け、今度は世界のために戦え。それがきっと、お前の償いになる……。だから……」

 二度と、自ら死ぬなんて口にするな――。

 グレイグは辛そうな顔でホメロスに言った。それは償いではなく、逃げだと……厳しくホメロスに言う。

「……わかった」

 ホメロスは目をぎゅっと閉じ、涙を堪えるような仕草をし……

「だが、この言葉だけはお前に言わせてくれ。……ありがとう、グレイグ。俺は、ずっとお前と対等な友になりたかったのだな……」
「昔も今も、これからも……俺はお前を対等な友だと思っているがな」

 グレイグは、今度は拳をホメロスの前に突き出す。ホメロスはわずかに表情を綻ばせ、その拳に自身の拳を突き合わせる。

「……ああやって、昔からよくケンカしては仲直りをしとったわい」

 懐かしそうに二人を見る王の眼差しは、子を見守る親の眼差しだ。グレイグ同様、ホメロスのことも、我が子のように思っているのだろう。
 ケンカにしては規模が大きすぎる気もしたが、二人の間で納得したのなら、ユリはこれでよかったと思う。

 次にホメロスは、表情をぴりっと引き締めると、ユリの元へ歩いていく。

 彼女の前にさっと跪き、頭を下げた。

「ユリスフィールさま……。これまでのことを深くお詫びいたします。闇の中……私は、あなたの声を聞きました」

 その声が光となって、闇から自分を引き離してくれたのだとホメロスは話す。
 あのままだったら、本当に人の心を無くし、あの魔人と一体化していただろうと……

「どうか、私を勇者の旅に同行させてください。私から生まれたあの魔人を、この手で倒さねばなりません。そして……あなたに救われたこの命を、あなたのために使わさせてほしい。グレイグが盾なら、私は剣。あなたが進む道を、我が命を賭して切り開きます」

 一度死んだ身のような自分に、恐るるものはなにもない。
 彼女が茨の道をゆくなら、その茨を真っ先に切り刻み、彼女の邪魔する者がいれば、この命に賭けて排除する。

「……わかりました」

 ――罪を背負い、生きる覚悟。償いたいという決意。ホメロスの中にある光を、確かにユリは見た。

 ユリはホメロスに手を差し出す。

「共に戦いましょう。あなたがいれば、心強いです」
「なんとありがたき幸せ……。このホメロス、どこへでもユリスフィールさまについていきます!」





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ホメロスが 仲間に 加わった!!

最後の二人、グレイグとホメロスが漸く仲間になりました。
二人と共に、新たな旅立ちです。


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