ドゥーランダ山

 ナプガーナ密林のキャンプ地に、一筋の白い煙が立ち昇る。
 食事も終え、三人はそのたき火を囲んでいた。
 ユリはやることもなく、膝を抱えてぼーと、火が弾ける様子を眺めていた。

 思い出すのは、これまでの旅のことだ。

 今こうして、グレイグとホメロスの三人で過ごしているように、エルシスとカミュの三人で過ごす最初のキャンプ地も、ここだった。

 あのときは……追われる身であっても、まだ何も知らなくて楽しかった。

(エルシス……カミュ……)

 二人だけでなく……ベロニカ、セーニャ、シルビア、マルティナ、ロウ、アリスも――この変わり果てた世界で、皆はどこにいるんだろう。
 悲観的な気持ちになっているユリの耳に、二つの声が届く。

「明日にはナプガーナ密林を抜けられそうだ」
「ああ、次は山登りだな」

 ホメロスとグレイグだ。地図を見ながら、二人は今後の旅について話し合っている。
 なんとなくその姿を眺めていたら、ふと目線を上げたグレイグと目が合った。

「ユリ、明日も早い。そろそろ寝た方かいいだろう」
「見張りは私たちが交代でやります。いえ、我々は兵士として慣れてますのでお気になさらず。どうぞお休みになってください」

 押しきるように言った二人に、ユリは甘えることにして、寝袋に身体を滑り込ませる。

「じゃあ……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「ユリさま、おやすみなさいませ」

 仰向けになると、鬱蒼と茂った葉の隙間から夜空が覗いていた。

(絶対、みんなを見つけるんだ……)

 感傷に浸っている暇など自分にはない。そう決意し、目を閉じる。

 翌日の朝は、支度を手早く済ませ、早々に出発した。

 早朝のひんやりした空気に、密林特有のもわっとした空気が和らぎ歩きやすい。足取りも軽く、進んでいたら……

「……待て。なにか来る」

 いち早く気配に気づいたグレイグに続き、ホメロスの足も止まった。

「魔物……?」
「それにしては足音が妙な……」

 音がする方へユリは目を凝らす。武器を手にし、三人は警戒して様子を窺う。
 ガサガサと茂みの音が鳴ったと思えば、そこから素早くなにかが飛び出した。

「ユリさま!?」

 キラーパンサーがユリに襲いかかったと思い、ホメロスは剣を抜こうとしたが……どうも様子が違う。

「猫か……?」
「いや、仕草は猫みたいだがどう見ても虎だろう」
「しかし、くしゃみが出そうだ……」
「……そういえば、お前は猫アレルギーだったな」

 確かに……ユリにじゃれついている虎は、大きな猫のように見える。

「あなた……もしかして、チロル!?」

 見覚えある顔と模様に、ユリが呼びかけると、虎はそうだと言うようにユリを見つめた。

「大きくなったんだね!」

 最初に会ったときは、それこそ猫ぐらいの大きさだったのが、今は大型犬ぐらい大きくなっている。

「ユリ、その虎は一体……?」
「この場所に住んでる虎の部族の虎だよ。以前会ったことがあるの」
「確かにナプガーナ密林の奥地では、虎を従える民族がいると文献がありましたが、本当に実在していたとは……」

 ホメロスは驚くように虎を見た。そのチロルは、何かを伝えるようにユリの服の裾を噛んで引っ張っている。

「なにかこっちに来いって言ってるみたい」
「虎についていくのか?」
「うん、様子がおかしい気がする」

 虎の部族の人たちの無事が気になっていたところだ。
 旅の中心の彼女が決めたことなら、二人は従うまで。案内するように走り出したチロルのあとを、三人は追いかけた。


「!なんだ、あれは……!」

 チロルを追いかけ、集落があった場所に出ると、真っ先にグレイグが驚きの声を上げた。

 巨大なマンイーターが、集落を荒らしていた。たくさん生えた触手は人や虎を掴んでいて、早く助け出さないと危険な状態だ。

「これは、魔物の変異種か……?」
「チロルはこれを知らせに……っ、グレイグ、ホメロス!」

 ユリの呼びかけに、二人はこくりと頷いた、武器を手にし、巨大マンイーターへと向かう。

「はぁ!」

 襲いかかってくる触手をホメロスが二刀流で切り裂いた。グレイグはその隙に他の触手を両断し、捕らわれた人や虎を解放する。

「大丈夫ですか!?」
「あなたは……いつぞやの旅人さん?」

 そこにユリが立ち上がる手助けに入った。捕らわれていただけで、皆に傷はないようだ。

「ギエエェェ……!」
「急いでこっちに……!」

 腕である触手を切られてか、マンイーターは叫びながら暴れて、ユリは安全な場所へ人々を誘導する。

「!」

 そのとき、鞭のように触手が飛んできた。咄嗟にユリは助けた人を庇おうとするが、その触手は届くことはない。

「グルルル……」

 一匹の虎が、その触手に噛みついたからだ。

「プックル!」

 ……プックル!?助けてくれた虎は、以前会ったときよりも、一回り大きくなったプックルだった。
 触手は噛みついたプックルをそのまま叩きつけようとしたが、その前にプックルは俊敏に離れる。
 そのすぐあとに放たれたユリの矢が、刺さった所を中心に、触手を凍りつかせた。

「ホメロス!暴れて被害が及ぶ前に俺たちで倒すぞ!」
「ああ!」
「後れを取るなよ」
「フ……上等だ!」

 グレイグとホメロスが剣を構える。二人のれんけい技だ。

 ――騎士の誓い!

 久しぶりの連携でも、二人の息はぴったりだった。二羽の鷲のような縦横無尽な攻撃が、マンイーターに入る。
 二人の苛烈な攻撃に、マンイーターは力なく触手を地面につけて、倒れた。

「た、助かった……!」
「お母さあぁん!」
「怪我人はいないか!?」

 魔物が倒れて、触手から解放された者たちの歓喜の声が響く。
 集まる怪我人に、ユリは手当てをしようとそちらに向かった。

「ユリさん!また助けられちゃったね!いきなり魔物が暴れて、あたしたちの手には負えなかったから本当に助かったよ」
「無事で何よりです。……チロルが教えてくれたの」
「チロル!いないと思ったら助けを呼びに行ってたのか!」

 人のいい女性だけでなく、少し大きくなった少年の姿も目にする。二人は怪我もなく、元気そうだ。

「そういえば、どうしてまたナプガーナ密林に?エルシスさんとカミュさんの姿が見えないけど、今は違う人と旅をしているのかい?」

 彼女の質問に、ユリは怪我人に癒やしの呪文を唱えながら答えた。
 世界の異変に、仲間たちとバラバラになってしまったこと。ナプガーナ密林を抜けて、これからドゥーランダ山へ行く途中だと……。

「そっか……。きっとなにか深いワケがある旅をしているんだね。うん、助けてくれたお礼……にもならないけど、密林の入り口までまたこの子たちで送っていくよ!」
「ありがとう!」

 ユリが人のいい女性と話して虎に乗せてもらうことになった一方、グレイグとホメロスは部族の長に、ここは危険だと最後の砦に避難するよう勧めていた。だが、長はゆるゆると首を横に振って断られてしまう。

「わしらはこのナプガーナ密林と古くから共にする部族じゃ。密林を守る使命がある」

 歴史ある部族の長に、断固とした声で言われてしまえば、二人はこれ以上言う言葉はない。
 あの巨大マンイーターも、突然変異みたいなものでそうそう現れはしないだろう。二人は彼らに案じる言葉だけ送った。


「まさか虎に乗るとは……不思議なものだ」
「お前が乗っている虎は重そうな顔をしているな」
「お前も人のことは言えなくないか……?ホメロス」
「馬や魔物とはまた違った乗り心地だね」
「「魔物……?」」

 ユリの言葉に二人は不思議そうな顔をしたが、聞き間違いかもしれないと気にしないことにした。

 三人を乗せた虎は、密林を慣れた様子で駆け抜ける。

 木や崖があってもお構いなしに柔軟に飛び乗って、一直線にあっという間にソルティアナ海岸方面の道まで着いた。
 
 ただ一つ、壊れた大橋は兵士が直したと言っていたが、直したというよりはただ丸太をかけてあるだけで、ホメロスは「これのどこが直したというのだ!」と、憤怒した。

「皆さん、気をつけて!」
「達者でな」
「虎の部族の皆さんもお元気で!」

 見送ってくれる彼らにユリは手を振り、三人はナプガーナ密林を後にする。
 密林を抜ければ、そこはソルティアナ海岸の平地だ。遠くに海が見える。

「ソルティアナ海岸……この辺りには青年時代に過ごしたなじみ深い町があってな。ここにいると、あの頃の記憶がよみがえるよ」

 遠くの海を眺めるグレイグは、その頃を懐かしむ声で言った。


 ……――途中、ひと悶着がありながらも、三人はドゥーランダ山の入り口付近にやってきた。


「ここがドゥーランダ山か……。デルカダール王は勇者にゆかりある者がこの山に住んでいるとおっしゃっていた。まずは、魔王を倒す助力を得るため、その者たちが住んでいる山頂を探そう」

 グレイグの言葉に、ユリとホメロスは頷いた。この辺りにも、世界の異変で凶暴化した魔物たちが蔓延っている。

 襲ってきた魔物を倒しながら、緩やかな傾斜をひたすら進む。

 中腹に差し掛かる麓では、キャンプ地を見つけ、一行はそこで休むことにした。
 そばには滝が流れており、見晴らしがいい場所だ。

「やはり、ユリさまは元天使がゆえ、高い場所はお好きなのですか?」

 後ろから問いかけてきたホメロスに、ユリは答える。

「うん、高い場所は平気だよ。でも、落ちて記憶を失くしたから、落ちないように気をつけないと」
「なるほど」

 その答えに(記憶喪失以前の問題では……?)と、ちょっとグレイグは思ったが、気にせずたき火の準備をした。

 翌日は山登りの続きではなく、洞ぐつを抜けるところから始まる。

「あれ……行き止まり?」

 ユリは登れそうにない、高い壁を見上げる。崖のようになっていて、向こうに道が続いているようだ。
 岩肌はボコボコしており、足をかけれそうだから頑張れば登れる……?

「俺が先に登り、ロープを下ろそう」
「いや、グレイグ。その必要はない」

 壁に手をかけるグレイグにホメロスが止めて、視線を促す。

「ドラゴンライダーから乗り物を奪えばいい」
「奪うといっても……」
「普通のと違うドラゴンライダーがいるのがわかるか?輝いているやつだ」
「ホメロス、あのキラキラしている魔物についてなにか知ってるの?」

 ユリは驚き声で尋ねた。ついにキラキラした魔物の謎が……!

「キラキラして見えるのは、光の微粒子――つまり光のエネルギーが――」
「??」
「……簡単に言うと、魔の力が弱いので乗り物にできます」
「そっか!」

 難しい専門用語でチンプンカンプンだったユリは、ようやく理解した。
 反対にグレイグは未だに難しい顔をしている。(魔物に乗る……?)

「とりあえず、三人分倒すぞ」

 ドラゴンライダーはみごとなコンビネーションで、息をあわせてこうげきしてきた!

「こっちも息をあわせて攻撃するぞ!」

 三人のコンビネーションだ。

 最初にグレイグが大剣をぶん回し、そこにホメロスの呪文攻撃に、最後にユリの矢の雨が降った。

 魔物たちを倒し、ドラゴンライダーの乗り物に乗れるようになった!


「……まさか、虎だけではなく、ドラゴンにまで乗って空を飛ぶとな」

 グレイグはドラゴンに跨がり飛びながら、驚きの声で言った。ドラゴンは翼を羽ばたかせ、楽々崖を越える。

 一方のユリは、自分で飛ぶとはまた違う感覚に楽しんでいた。

 洞くつ内では地底湖のようになっている場所があり、その近くでは素材がたくさん落ちていた。
 エルシスにならって、ユリも採取し、せいれい石、ミスリルこうせきを手に入れる。


「ここは、雪が積もっているのね……」

 ドラゴンから降りて、洞くつを抜けた途端。冷たい風が肌を撫で、ユリの口から白い息が出た。

 ドゥーランダ山の中腹は、一面雪で真っ白だ。

 ユリは外套を羽織り、グレイグとホメロスも同じように防寒する。

「あ」

 道の先にはマッドハニービーが飛んでいる。例のごとくキラキラしており、あれに乗ったら早く進めそう……

「……ひっ!虫か!?早く倒そう!」
「虫じゃなくて魔物だろう……」
「虫も魔物も変わらん!」

 ホメロスは呆れて首を横に振った。ユリはというと「あれを倒して乗ろう」そう言いかけた言葉を、ひっそりと呑み込んだ。

 グレイグのためにユリとホメロスは、マッドハニービーを魔法で一掃した。

「……っ!」

 倒したと思った瞬間、今度は三人の頭上から氷の魔法が襲った。
 
 ――スノードラゴンだ。

 長い髭がゆらゆら揺れている。寒空の下を悠然と飛ぶ姿は、雪原の支配者という呼び名にふさわしい。

「うわっ……!」

 今度はその巨体で押し潰そうとのしかかってきて、三人は慌てて避けた。避けたものの雪に足が取られ、後れを取った。

 スノードラゴンは大きく口を開ける。

「二人とも俺の後ろに入れ!」

 グレイグはデルガダールの盾を前に出し、構えた。
 二人は言われた通りにし、ユリは「フバーハ」を唱え、ホメロスはグレイグに「アイスフォース」を発動した。

 スノードラゴンはこごえるふぶきを吐き出した。
 視界が見えなくなるような猛吹雪が襲うが、事前の対策によって三人のダメージは軽減される。

「今度はこっちからいくぞ!」

 グレイグは片手剣を手にする。ユリはグレイグに「バイキルト」を唱え、直後、グレイグの「ドラゴン斬り」が炸裂した。

「ベギラゴン!」

 ホメロスが唱えた炎の呪文は激しく渦巻き、辺りの雪をも解かす。これで足元も動きやすいはずだ。

「ドラゴン斬り!」

 ユリも剣技を放ち、スノードラゴンの反撃をグレイグは大盾で跳ね返し、とどめの一撃を与えた。

「我らの勝利だ!」

 無事に強敵との戦闘を終え、ユリはほっと安堵する。

「……やはり、杖はあった方がいいな」

 雪道を歩きながらホメロスはぽつりと呟いた。杖を装備した方が攻撃魔力は上がり、詠唱も安定するからだ。

「ドゥルダ郷に売っていればいいが……」
「それか、ふしぎな鍛冶台があるからレシピがある杖なら作れるよ」

 エルシスのようにうまく出来上がるかの自信はないが。

「おお、それはありがたい。ユリさまの手作りの品でしたらなによりです」

 エルシスは作っていくうちに鍛冶のレベルも上がると言っていたから、まずはどんどん作るといいかも知れない。
 ちょうど途中の宝箱から『続ドラゴン装備図鑑』のレシピを手に入れた。

「それにしても……」
「ここはスノードラゴンの棲みかのようだ」
「すべて倒すには骨が折れる。なるべく見つからぬよう行くぞ」

 グレイグに二人も同意した。どのみち足場の悪い雪道では、ゆっくりでしか歩けない。

「やはり、あの蜂に乗っていけば楽だったな」
「う……」
「ま、まあ、嫌なものに乗るのもつらいだろうし……」

 ――しばらく歩くと、色とりどりの連なる旗が、風にはためいている光景を目にする。

「あの旗は"タルチョ"という名で、ドゥルダ郷の伝統的な祈祷旗ですね」

 不思議そうに見るユリに、ホメロスが教えてくれた。
 今まで見たことがない石塔も建っており、ドゥルダ郷は近いようだ。

「あ、可愛い。雪だるま!」
「ドゥルダ郷の子供が作ったのだろうな」

 そして――門を潜って岩肌に囲まれた道の先。雪に覆われた断崖絶壁に沿うように、厳かな寺院が現れた。

「ここが、勇者ゆかりの地か……」

 ドゥルダ郷を見上げて、グレイグはほう……と、声をもらす。
 ドゥルダ郷――かつてのローシュとウラノスが修行をした地だと、ユリは教えられている。

 そして、この寺院に似ている建物を、ユリはどこかで見たことがある気がした。確か……。(あ、冥府の建物と似てるんだ)
 
「しかし、大樹が落ちた場所から近いというのに、郷はまったく無事な様子。いったい何があったのか…………」
「ああ、私も不思議に思っていた」

 グレイグの疑問に、ホメロスもそう口にした。確かに山道もだが、寺院も崩壊した様子はない。
 ふと、ユリは大樹の根と似た不思議な気配を感じる。
 その気配を辿ってみると、雪の中から不思議な植物が生えていた。……だが、もう枯れてしまっているようだ。

「その顔……見覚えがあるぞ。さては貴様ら、デルカダール兵だな!」
「!」

 ドゥルダの修行僧だろうか。こちらに気づくや否や、三人は取り囲まれた。

「デルカダールの者よ!これまで我が郷を封鎖しおって、忌々しい!我らドゥルダの民の怒りを思い知れ!」

 ドゥ〜ルダ〜ドゥ〜ルル〜

「え!?」
「むむっ、なんだ、この動きは……。どこから攻撃が飛びだすかわからん!ユリ、油断するな!」

 謎の呪文のような言葉と、謎の舞踊のような動きに三人は戸惑う。

「ええい、鬱陶しい動きめ!貴様ら今すぐその動きをやめんと……!」
「待って、ホメロス……!」
「お前たち、やめなさい!」

 ――凛々しい声がその場に響き、彼らの動きがピタリと止まる。
 
「騒がしいと思って来てみれば、なにごとですか?郷の外の方に無礼は許しませんよ」

 ユリたちも振り向くと、そこには同じように修行僧の格好をし、眼鏡をかけた少年がいた。

「サンポ大僧正!ちっ、違います!怪しいデルカダール兵が来たので、取り調べていただけです!」
「デルガダール兵ですって……?」

 サンポ大僧正と呼ばれた少年は、三人を見上げる。

「なるほど、たしかに……。ですが、あちらの若い女性の方は兵士には見えませんね。……あなたから感じる、このチカラは……もっ、もしや勇者さまではありませんか?」
「えっと……私は……」

 勇者だけど本物の勇者ではない、とユリが弁解する前に、先にサンポが口を開く。

「……何をおっしゃいますか。あなたから感じるこの聖なるチカラ。とても隠せるものではありません」
「なんと、ひと目見ただけでユリの素性を見抜くとは……」

 グレイグが感心したように呟いた。ユリも驚きに彼を見る。

「ああ……どれだけこのときを待ちわびたか。この者たちの無礼なふるまい、たいへん申し訳ありませんでした」
「いえ、私は……!」
「ご事情は把握しております。のちほど、郷のいちばん高い場所にある、大師の宮殿を訪ねてください。お話したいことがあります」

 それだけ言うと、サンポは背筋をまっすぐに寺院へと入っていた。

「変わった子だな。まだ年若いというのに、こちらの心を見すかされるように……不思議な威厳を感じる」
「大僧正というと、大師に次ぐ実力者。あの若さで侮れんな。それに、ユリさまの事情もわかっているようなことも……」
「……うん」

 ユリはサンポが去ったあとを見つめる。

「他にアテもない。とりあえず、彼の言う通り、大師の宮殿に行ってみるか」
「ここにいては身体も冷えてしまいますし、とりあえず中に入りましょう」

 グレイグとホメロスの言葉に、ユリはこくりと頷き、ドゥルダ郷の集落である寺院へと赴く。


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