ドゥルダ郷

 寺院の中に入る前に、三人は先ほどの修行僧たちから謝罪を受けていた。

「本当に申し訳ありません。ずっと敵対していたデルカダール兵を見て、ついアタマに血が上ってしまって……。勇者さまのご友人だったのですね。失礼な態度をとってしまったこと、深くおわび申しあげます」
「丁重に迎えるはずの勇者さまにたいへん無礼な態度をとってしまいました。なにとぞお許しください。勇者さまに大僧正からお話があるようです。どうぞ、この上にある大師の宮殿へお向かいください」

 階段を上がりながら「まあ、仕方あるまいな……」と、ホメロスは呟く。

「なにかあるの?」
「……ここは勇者ゆかりの地ですから、悪魔の子の地として長年デルガダール兵が封鎖しておりました。それを命じたのが……私です」

 ホメロスの話を聞いて、ユリはそっか……と小さく呟いた。

「事情を話せばきっとわかってくれるよ」
「元々は王に乗り移っていた魔王の命であり、俺もそのことについてなんの疑問も思わなかった。ホメロス、お前だけの責任じゃない」

 励ますように言った二人に、ホメロスは微かに表情を和らげ「謝罪は私一人で十分だ」それだけ答えた。

「……まずはあの大僧正の言葉にしたがい、大師の宮殿へ向かうとしよう。郷のいちばん高い場所にあるそうだ」

 ドゥルダ郷である寺院に入ると、室内は幾分か暖かいようだ。

「ドゥルダ郷へようこそ!」

 出迎えてくれた女性は帽子を被り、暖かそうな格好をしている。修行僧の服装が半袖で寒そうだな、とユリは思っていたが、それも修行の一環だったのかもしれない。
 
「あなたが勇者さま代理の方ね。サンポ大僧正から聞いたわ。私たち、ずっとこの日を待っていたのよ。郷のみんなもあなたと話したがってるから、よかったら声をかけてあげて」

 代理……。どうやら本当にユリの事情を知っているようだ。

 大師の宮殿を目指しながら、寺院内を歩いてみる。
 床には凝ったデザインの絨毯がひかれており、辺りに飾られている装飾品は魔除けの飾りだという。
 内部にはよろず屋や旅人の宿屋、愛と信頼のゴールド銀行など、町にあるような一般的な施設も揃っているようだ。

「……ん。あの者は……」
「デルガダール兵だな。ユリさま、少しよろしいでしょうか」

 ドゥルダの女性に看病されているのは、デルガダールの鎧を身につけた男だった。

「この人、ドゥーラン山で倒れてたの。ひどいケガをしてて命の危険もあったけど、ずいぶん回復したみたい。最初はデルカダール兵の彼を警戒してたけど、今は悪い人じゃないってわかったから、みんな優しくしてくれるわ」

 彼は山門で見張りをしていた兵士だという。

「ドゥーランダの山門で魔物に襲われ、もうダメかというところを郷の修行僧に救われたのだ。オレたちデルカダール兵は、ホメロスさまの命令で山を封鎖していたのに、助けてくれるなんておどろいたよ。……って、ホメロスさま!?」
「……すまない。話を聞いてくれないだろうか」

 ホメロスは兵士と女性に事情を話し、己の過ちを謝罪した。二人は真剣に話を聞き、聞き終わっても、その口からホメロスを責める言葉は一切出てこなかった。

「今は人が争ってる場合じゃないわ。みんなでチカラを合わせて魔王と戦わなくちゃいけないんだから」
「百間は一見にしかずと言うが、やはり自分の目で見ないと真実はわからないものだと……オレは勉強になりました」

 二人の言葉にホメロスは眉間にシワを寄せている。どうやら驚いているようだ。もっと責められると思っていたのかもしれない。

「……グレイグ。お前は私に、人を……世界を見ず、と言ったな」
「ん、ああ、言ったぞ」
「その通りだったよ。私は知ったようなフリをして、本当は知らなかった。この旅は、私が世界を知る旅にもなりそうだ」

 そう言ったホメロスの横顔は清々しくもあった。ユリもグレイグも、その先にいつか、彼が自分のことを赦せる日が来ればいいと思う。


「サンポ大僧正には人の資質を見ぬく才があり、大師さまにそのチカラを見込まれ、若くして大僧正にばってきされたのです。あまりの若さゆえ、他の修行僧にうとまれることもあったようですが、今はその人徳から皆に慕われてますよ」

 次に出会した老人から、サンポついて話を聞き、三人は納得していた。
 彼はユリが勇者だとすぐに気づき、堂々とした佇まいは、年齢を上回る説得力を感じさせた。
 ユリはドゥルダ郷がどんな所か詳しく知らなかったが、皆の話を聞いて、だんだんとこのドゥルダ郷と彼らの存在がわかってくる――

「アタシ、旅をしているときに魔物に襲われて、この郷の修行僧に助けてもらったの。強そうな魔物を素手で倒しちゃうなんて、ドゥルダの修行僧はすごいわね。さすが、いつも修行してるだけあるわ」
「修行者の郷、ドゥルダ郷には、おのれの潜在能力を最大限に引きだすとんでもない修行があってね。山道がデルカダールに封鎖される前は、世界中からたくさんの強者がその修行目当てに集まってきたもんさ」

 ……だからこそ、かつてのローシュとウラノスも、この地を修行の場として選んだのだろう。

「修行僧たちがあわてた様子でこの宮殿に集まっていたぞ。どうも、サンポ大僧正さまの命令らしい。いつも冷静な修行僧があれほどあわてふためくとは……。いったい何が始まるのだろう」

 そんな声が聞こえ「あそこが大師の宮殿のようだな」外階段を上がった場所、グレイグの視線の先に宮殿の入り口はあった。

「勇者さま、よくぞおいでくださいました。ここが大師の宮殿です。中で大僧正がお待ちですよ」

 修行僧が両開きの扉を開ける――

 中には真ん中にサンポ、左右に三人の修行僧が並んで、ユリを待っていた。
 サンポは両手を合わせて、改めて三人を出迎える。

「勇者さま……正確には勇者のチカラを引き継いだお方ですね。ドゥルダ郷へよくぞ参られました。私は郷を治める、大僧正サンポと申します」
「サンポ大僧正……。あなた方、ドゥルダの人々はユリのことも本来の勇者であるエルシスのことも知っているのか?」

 グレイグの問いに、サンポは頷く。

「もちろんです。ユリさんのことは『預言者』と名乗る方から夢の中で此度の事情をお聞きしました」

 預言者……?ユリは初めて聞いた単語に首を傾げた。……いや、どこかで聞いたことがある。
(――……そうだ)
 カミュが何度か預言がどうのと言っていたのを思い出した。(それとなにか関係あるのかな……?)

「エルシスさんですが、我々は16年前、エルシスさんがユグノアに生まれてから、ずっとその訪れをお待ちしていました」
「エルシスのことを待っていた……?それはどういう意味だ?」
「残念ながらそのエルシスさんはこの場にはいませんが……、皆さんにワケをお話ししましょう。さあ、あの旗を見てください」

 サンポは背を向け、飾られている旗を見上げる。

「あれは……ユグノアの紋章」
「はい、その通りです」

 ホメロスの呟きにサンポは答えた。鮮やかな緑色を基調として、真ん中にユグノア国の紋章が描かれている。

「ドゥルダは古来より、ユグノアと縁のある郷。ユグノアの王家に生まれた男子は幼子の6年間、郷に修行に出されるという掟があります。ユグノアの王子として生まれたエルシスさんも、本来は郷に修行に出され、ニマ大師に師事するはずだったのです。不幸にもユグノアが魔物に滅ぼされ、それはかないませんでしたが……」
「もし、運命が違っていれば、エルシスはこのさとで幼少期を過ごしていたのだな」
「勇者としてじゃなくて、ユグノア王家としてもエルシスはドゥルダ郷と縁が深かったんだね」

 グレイグに続いて、旗を眺めながらユリはしんみりと言った。

「しかし、その師匠になるはずだった肝心のニマ大師はどこに……?」
「……我らの指導者ニマ大師は、魔王によって世界が崩壊したとき、その衝撃から郷を守るため巨大な守護法陣を展開しました」

 そこでサンポは目を伏せ、続けて話す。

「その強力な結界によって、郷は助かりましたが、自らの命を犠牲にしたニマ大師は、そのまま帰らぬ人となったのです……」

 ……自らの命を犠牲に……。

「そうだったのか…………。ニマ大師はこの郷を守るため犠牲に……」
「だから、この辺りは無傷だったのだな……」
「……ニマ大師の代わりに、現勇者であるあなたにお見せしなければならない場所があります。宮殿の裏にある、大修練場まで来てください」
「はい、わかりました」

 サンポの言葉にユリはしかと答えた。勇者の役割なら、今は自分が代わりに果たすべきだ。

「ニマ大師が亡くなったのは残念だが、大僧正の言う大修練場に行ってみるか」

 グレイグの言葉にユリは頷き、先に向かったサンポの後を追う。

「私はドゥルダ郷の師範代です。ユグノアが滅びなければ、ニマ大師と共にエルシス殿に稽古をつけるはずでした。代わりにユリ殿に郷の教えを伝授したいのですが、まずは大僧正の話を聞いてください。修練場は宮殿の奥から行くことができます」

 師範代の彼は指を差し、場所を教えてくれる。ちょうど柱の後ろに、ひっそりと入り口があった。

「この先はドゥルダの大修練場だ。多くの修行者がおのれを鍛えるために訪れる神聖な場である。心して進むがよい」

 そばに立っていた修行僧の言葉に、ユリは気を引き締めて進む。
 岩のトンネルを抜けるとそこは外に出て、風花が舞っていた。

 階段の先は、塔のような建物に繋がっているようだ。

「ここは歴史深きドゥルダの大修練場だ。よくぞ来た、勇者のチカラを継ぐ者よ。そこにある霊廟で大僧正が待っているぞ」

 この不思議な形をした建物は霊廟というらしい。その中で待っていたサンポは、三人の訪れに口を開く。

「この扉の先がドゥルダの大修練場となります。実際に修練場を見る前に郷に語り継がれる伝説の勇者、ローシュの伝承についてお話しいたしましょう」

 天使界では、勇者の話は伝承という形では伝えられていない。ユリは興味深くサンポの話に耳を傾けた。

「神話の時代、ローシュは邪悪なる神を倒す旅の途中、賢者の集まる神秘の郷、ドゥルダを訪れました。深き知恵を持つ郷の初代大師、テンジンに弟子入りしたローシュは、この修練場でチカラを磨いたと伝えられます。そして、修行を続けるローシュは、ある人物と運命的な出会いを果たしました」

 サンポはそこで言葉を切り「……ほう、その人物とは?」グレイグの問いかけに答える。

「同じく大師のもとで修行に努め、弟子の中でもいちばんの実力者とされた大魔法使い……ウラノスです」

 大魔法使い、ウラノス。

 二人の修行した場所とは聞いていたが、この地でローシュとウラノスのが出会ったと、ユリは初めて知った。

「共に切磋琢磨し、互いのチカラを認めあったふたりは、意気投合して友となりました」

 ……――友に。その単語に反応したのはホメロスだ。仲間としてではなく、二人は友だったのか。

「修行を終えたのち、ウラノスはローシュの仲間となり、邪悪なる神との戦いで大いに活躍したと伝えられています。その石碑には、ふたりが友情を誓い、邪悪なる神を倒すことを決意した言葉が刻まれてます」

 サンポに促され、三人は石碑に刻まれた言葉をそれぞれ目で読む。

『勇者ローシュ 魔法使いウラノス 我ら 志を同じくする 永遠の友として 共に 邪悪の神を打倒することを 今ここに誓わん』

 刻まれた言葉に、ユリは確かな二人を感じた。

「ローシュと、ウラノスか……。たいへん興味深い言い伝えだな」
「ああ、伝説の英雄二人はこの地で出会い、共に修練したのだな……。勇者伝承について、私もこれから学ばなくては」
「……昔語りはこれくらいにして、実際に修練場をお見せしましょうか。私についてきてください」

 サンポは両開きの扉を開き、三人はその後をついていく。

 それぞれぐるりとその場を見渡す。

 そこは険しい岩山に囲まれた、大修練場という名が相応しい広い空間だった。

「ここが、歴史深きドゥルダの大修練場。神話の時代からある場所で、鍛練した者の血と汗が染みついています」
「神話の時代から……」
「エルシスさんも歴代のユグノアの王子と同様、ここでニマ大師の稽古を受けるはずでした。わざわざここに来ていただいたのは、ローシュの時代から連綿と続く伝統の血を、エルシスさんと数奇な運命にあるあなたに知ってほしかったからです」

 ユリは黙って頷き、この場の歴史を感じるように意識を研ぎ澄ませる。

「エルシスさまの祖父、ロウさまもここで修行を受けたのですが、彼の偉業は今も皆の記憶に残っています」
「ロウさまも……」
「偉業だと……?」
「ほう……」

 ユリ、グレイグ、ホメロスはそれぞれ違う言葉を発した。
 
「ニマ大師の修業は厳しいことで有名です。これは、弟子がおイタをしたときにお尻を叩く……通称、お尻たたき棒」

 サンポがどこからか取り出したのは、先端が手の形をした棒だった。
 あれでお尻を叩く……痛そう、とユリはごくりと息を呑む。

「なんと、ロウさまは6年間の修業で、この棒でお尻をたたかれること1万回……!」
「……平均で1日5回は叩かれたということか」
「ホメロスって計算早いんだね……」

 そしてロウは、1日5回ぐらいおイタをしたということになる。

「この記録はいまだ破られることなく、ロウのようになることなかれ…という戒めが、今も語り継がれているのです」

 …………

「……たいした偉業だな」
「ある意味な」
「さすが、ロウさま……かも」

 エルシスがこのことを知ったらどう思うだろう。

「ユリさん、ロウさまが心配ですか?」

 まったく別のことを考えていたユリは、慌てて「はい」と答える。

「ですが、あの方は大師の厳しい修行を耐えぬき、今も伝説の弟子として語り継がれる方。世界崩壊の衝撃で亡くなるほどヤワではありません。きっと、どこかで無事でいるはずです」
「……はい。私たちも仲間を探す旅をしています」
「ユリさん、今日はあなたのために、大師の宮殿でささやかな宴を開かせてください」

 私のために……?不思議そうな顔をするユリに、サンポは微笑む。

「真の勇者の代わりに、その使命を背負うということは、容易い覚悟ではないはず……。ニマ大師がいない今、私たちにできることは多くはありませんが、そんなあなたのためにできる限りのことをしたいのです」
「……ありがとうございます。サンポ大僧正」


 こうして――郷を訪れたユリのために、その夜、ささやかな宴が開かれ、修行僧たちはひさしぶりの宴を大いに楽しんだ。


 そして、夜が明けた!


「目が覚めたか、ユリ。せめてニマ大師が生きていれば魔王を倒す手がかりを得られたかもな……。まあ、過ぎたことを言っても仕方がない。そろそろ行くか」

 翌朝、グレイグとホメロスが別室で休んでいたユリを迎えにきた。

「昨日はよく眠れましたか、ユリさま」
「うん、ぐっすり眠れたよ」
「……そういえば、サンポ大僧正が宮殿の外で我々の見送りをすると言っていたぞ。ひとまず、宮殿の外に出るとしよう」

 廊下を歩いていると、すれ違う人たちは気さくにユリたちに挨拶する。

「勇者さま、おはようございます。昨日の宴は楽しんでいただけましたか。私たちは長旅でお疲れの勇者さまをもてなすくらいしかできませんが、ぜひゆっくりしていってくださいね」

 そんな風に、皆はユリのことを『勇者』と認めてくれた。
 この魔王が支配しようとする世界では、たとえ仮初めでも勇者が必要なのだ。

「あっ、勇者さま、おはよう。宴に出たドゥルダ料理おいしかったね。さすが世界三大料理だけあるわ」

 そう声をかけてきたオカッパ頭の眼鏡をかけた少女に、ユリもうんうんと笑顔で同意する。
 ドゥルダ料理は厳しい修行に挑む僧たちが、質素ながらも栄養価の高い食事を望む過程で、精進料理として発達したという。
 なかでも、ドゥルダ郷の祭事にのみ作られるカカチチモロッチャという特別な料理はとてもおいしかった。

 ちなみにカカチチモロッチャには「誇らしい自分」という意味があるらしい。

 見たことのない景色もそうだが、食べたことのないその地の料理を食べることも旅の醍醐味だと、ユリは思う。……はっ。

「私ったらこんな時に煩悩が過ぎる……!」

 自分もここで修行をするべきかもしれない。

「ユリさま?」
「?どうかしたか、ユリ」

 ――ユリだけでなく、ドゥルダの人たちも宴を楽しめたようだ。

「昨日の宴は楽しかったな。最近は悲しい出来事が多かったから皆も心の底から楽しめたようでよかったよ」
「ねえ、勇者さまおいしかったでしょ?宴に出されたドゥルダ料理のことさ。あれ、ぜーんぶあたしが作ったんだよ!」
「とってもおいしかったです!!」

 笑顔の人々の顔を見られて嬉しい。これまで悲しみに暮れる顔を見ることが多かったから。

「勇者さま、昨日はぐっすり眠れたようじゃな。また、旅に出られると聞いて大僧正が見送ろうと外で待っておりますぞ。それにしても、宮殿の外がなにやら騒がしいがいったい何があったのかのう……」

 老人が言った後半の言葉に、三人は不思議そうに顔を見合わせから宮殿の外に出た。

「……それで、修行者の安否は?」
「も……申し訳ありません。山道の魔物は我々の手に負えず、修行者を発見することはできませんでした」
「そうですか……」

 ただならぬ様子に、三人はサンポの元へと向かう。
 思案するようなサンポに、グレイグが声をかけた。

「サンポ大僧正、何かこまりごとでも?」
「ああ……ユリさん、グレイグさん、ホメロスさん。じつは、半月ほど前にひとりの修行者が郷を訪れ、ドゥーランダ山頂へ向かったのです」
「あんな険しい山頂に……」
「たったひとりで……。なにゆえ、そのようなことを?」

 ユリの呟きに続いて、さらにグレイグは尋ねたが、サンポは首を横に振る。

「わかりません。ですが、その修行者は郷の者から大師が亡くなったことを聞くと、何も言わずに山頂へ向かったそうです。山には魔王の影響で凶暴化した魔物が棲みついているため、救出のために僧兵を派遣したのですが……」

 そこでサンポは、視線を三人から移した。その視線の先を追うと、ぐったり座り込むボロボロの僧兵たちの姿が……。

「この通り、ケガをして戻ってくる始末。それで、どうしたものかと思案していました」
「日々修行を積みかさねながら、肝心なときにその成果を発揮できないとは、自分が不甲斐ない…………」

 がっくしと一人の僧兵は言った。ユリは癒やしの呪文を唱える。口を揃えて申し訳なさそうにする彼らに、微笑を浮かべてユリは首を横に振った。

「……では、我々がその修行者の救出に向かうのはどうだろう?」

 少しの間を起き、グレイグはそう提案したが、サンポは渋い顔のままだ。

「申し出はありがたいのですが、大切な使命があるあなた方に、迷惑はかけられません」
「しかし、その修行者をこのまま見捨てるわけにはいかない。なあ、二人ともいいだろう?郷の者には一宿一飯の恩もある。その修行者を助けてやろうではないか」

 もちろんユリは二つ返事で、ホメロスも「ユリさまが決めたことなら」と、了承する。

「……ありがとうございます。ですが、ご厚意に甘えてばかりもいられません。私も一緒に連れて行ってください」

 サンポの申し出に「道がわかる者がいて心強い」と、グレイグは答えた。

「では、さっそくドゥーランダの山頂へ向かいましょう。山頂へは郷を出て、東の道から行くことができます」


 勇者一行の三人にサンポが加わり、急ぎドゥーランダの山頂へと向かう――。
 

- 154 -
*前次#