ロウとの再会

「あらあら、よるべなくさまよう哀れな魂が、またひとつ……この世の果てに流れ着いたようだね」

 ――階段を上った先には、一人のミステリアスな美女がいた。誰だろうとユリは疑問に思う。冥府にこんな女性はいなかったはず。

「あなたは……」
「カオを見てみりゃまだ若い。こんな子が冥府に落ちるなんて、ホント神も仏もありゃしないよ」

 ユリの問いかけを遮るように彼女は話す。

「ずいぶん呆けたカオしてるけど、アンタ、自分がこれからどんな運命をたどるかわかってるのかい?」

 天使として冥府の役割や魂の行く末を知っているので、その質問には「はい」とユリは答えた。

「へえ、アンタのトシでそこまで知ってるとは!こりゃ大変だ!世紀の大天才が現れた!現世に戻ってみんなに知らせなきゃね!」

 …………はあ。

「……なんて、そんなウソにダマされるかっての。あの世に来てまで知ったかぶりするなんて、ホント見栄っ張りな小娘だよ」

 え、えええ……!一方的に言われて、ちょっと理不尽だとユリは思う。

「あの、私は……」

 自分のことを説明しようとしたら、彼女はニィと意味深に笑った。

「冗談はこの辺にしておくか。アンタはユリスフィール。元、天使の子だね」
「私のことを知ってるんですか?」
「ちょいとね。そして、今は行方知れずのエルシスの代わりに、勇者の役目を背負っている……。どうだい、当たってるかい?」
「!」

 当たっているもなにも……大当たりだ。

「あなたは一体……」
「なあ、元天使さまのアンタならわかるだろう。見ての通り、この世界には何もない。……そう、ここは無の世界になっちまったんだ」

 ……どうやら、今はまだこちらからの質問は許されないらしい。ユリは素直に、彼女にならって空虚を見上げる。

「本来、冥府へいざなわれた魂は、新しい命として再生するために天使と共に大樹へ向かう。魔王によって大樹が失われた今、冥府は完全な無の世界になった。守護する天使たちもいなければ、哀れな魂の行き場は永遠に失われたのさ」
「…………」

 巡り巡る円環が途絶えてしまった魂はどうなるのか。……答えは一つだ。

「…………だから、元天使といえ、この場にいれば、アンタの魂ももうすぐこの虚無の中で消えちまうんだよ」

 彼女は言葉を切ったが、ユリは答えず、黙ったままだった。

「大樹による生命の循環は絶たれ、やがてすべての命は消え去る運命にある。魔王がいる限りこれは変えられない。くやしいだろうけど、あきらめな。もうどうしようもないんだよ」

(……私には、もうどうすることもできない……)

 たとえ、自分が本物の勇者になったとしても――。

「すべての命の源、大樹の魂を手に入れた魔王に敵う者がいると思うかい?いるわけないよねえ。でもさ、そんな魔王に逆らおうとしているヤツらがいるらしい」
「……?」
「ホント、どいつもこいつも往生際が悪いったらありゃしないよ」

 その言葉を最後に、彼女はぽぅと光ってその場から消えた。唖然とするユリは、その後ろに石碑が置かれているのに気づく。

 文字を読んでみる――……
 
 聖なる波動と 不屈の刃が 交差するとき
 まばゆき 光の星雲が生まれ
 闇に閉ざされた世界を 希望の光で満たさん

「なんの言葉だろう……」

 わかるようでわからない。さらにその奥に扉があり、ユリは扉を開けた。

「……!」

 目を見開く。そこにはロウの姿があった。ロウはその身に、凄まじい魔力をまとっている。

「ふふ……ロウがこの世をはかなんで死んだとでも思ったかい?とんでもない……逆さ」

 気づくと、隣に先ほどの女性が立っていた。

「アイツはあきらめてなんかないよ、魔王をぶちのめすことをね。ロウは……郷の奥義を習得するために、決死の覚悟で死んだあたいに会いに来たんだ」

 そして、彼女はユリに顔を向ける。

「もう、あたいが誰だかわかっただろう?……そう、ロウの師匠であり、エルシスの師匠になるはずだった、ニマだよ」
「あなたがニマ大師……」

 ドゥルダ郷に巨大な守護方陣を展開し、命を懸けて守った――ドゥルダ郷最高位の大師だ。

「……あの魔法陣が見えるかい?」

 ニマ大師は視線を促すように、ロウの方へ顔を向ける。

「ロウは身体に魔力をまとって舞い踊り、魔法陣に大樹の紋様を描いてるんだ。それが奥義取得の修行ってわけ」

 ロウが舞う度に、その足元に美しい紋様が刻まれていく。

「ここに来てから、ヤツはずっと踊り続けてる。身体が自由に動くトシでもないのに、ホント無茶するよ」
「ロウさまは、ずっとこの場で命を懸けて修行をしてたんですね……」

 ――エルシス。あなたのおじいさんは立派な人だよ。

「見てな。あの魔法陣が完成したとき、ロウは奥義を会得するよ」

 ユリはロウの勇姿を目に焼きつける。

 一心不乱に舞っていたロウだったが、途中、肩を下ろして息を切らしてしまった。

「ロウ!!甘ったれるな!また、お尻をたたかれたいのかい!?」

 お、お尻……。すかさずニマ大師はお尻たたき棒をビシッとロウに向けて叫んだ。
 今回は一体いくつ叩かれたんだろう……思わず余計なことをユリは考えてしまった。
 しょえっとロウは短い悲鳴を上げて、気合いを入れ直す。紋様を描くのはあと少しのようで、ダンッとロウが足をつくと魔法陣は完成し、白く光り出した。

「ぬぅぅおおおおおおお!!」

 ロウの雄叫びと共に、魔法陣から魔力が溢れでる――!

「おんどりゃあああああ!!」

 両手で光弾を練り、空へと放つ。それは、空間に十字を描くように破裂した。

「あのヤロウ、やりやがったね。たまにはかっこいい姿を見せんじゃないか」
「すごい、ロウさま……!」

 ニマ大師とユリは見上げている間、ロウはフゥー、と魔力を抑える。
 先ほどの緊迫した雰囲気は一転し、ロウは飛び跳ねるようにニマ大師に駆け寄った。

「うひゃひゃひゃー!!大師さま、ついにやりましたぞ!わしの勇姿を見ておられましたか!?」
「根性なしのアンタにしちゃ、がんばったじゃないか。しょうがないからほめてあげるよ」
「なっ、ななななんと!大師さま、今わしのことをほめましたな!わしのこと、ほめましたよねえ!?」

 ロウは嬉しそうにジャンプした。

「おひょひょーい!大師さまにほめられるとは何十年ぶりか!その言葉だけでごはん10杯はイケますぞ!」
「……はあ、アンタ、調子に乗りすぎて大事なものを見落としてるんじゃないかい。横を見てみな」

 ニマ大師に言われ、横を向いたロウと――ユリは目が合う。

 ロウは二度見した。

「お…おぬしは……ユリ嬢!?」
「ロウさま、よかった再会でき……」
「おお、ユリよ!死んでしまうとはなにごとじゃ!」

 ユリの言葉を遮って、ロウは泣き声を上げる。まだ、死んでない。ユリは苦笑いを浮かべて、ニマ大師はやれやれと呆れた。

「落ち着きな、ロウ。早とちりするのはアンタの悪いクセだよ。この子は……生きてる」
「なっ、なんですと!生きていると!」
「そいつはね、お前が死んだと思って、現世からアンタを助けにやってきたんだよ」

 ニマ大師の言葉を聞いて、ロウは慈愛に満ちた目をユリに向けて口を開く。

「そうか……そうか……まったく危険なことをしおって……。おぬしは最初に出会ったときから人を労る優しい子じゃった。わしならもう大丈夫じゃ」

 ロウは安心させるように穏やかな笑みを浮かべて、次にキリッと勇ましい表情を見せる。

「さあ、行こう。奥義を会得したわしがいれば、もう恐れるものはないぞ、ユリ。現世へ戻って、憎き魔王をぶちのめすのじゃ。して、エルシスとは一緒じゃないのかの?」
「おっと、待ちな。どこへ行くんだい?」

 ごく自然にユリはロウと一緒に帰ろうとしたら、ニマ大師に引き留められた。

「大師さま、たいへんお世話になりました。修行も終わったことですし、我々は元の世界に帰ろうかと……」

 ロウの言葉を聞きながら、ニマ大師はゆったりとした動きで、ユリの目の前に立つ。

「修行はまだ終わってないよ。……ユリ、アンタの修行がね」

 …………私?

「はて?ユリ嬢のですか……?」
「さあ、こっちに来な」

 とりあえずユリは、ニマ大師の言われた通りにすることにした。

「ユリ、元気そうで何よりじゃ。命の大樹ではぐれてから心配していたが、その様子なら大丈夫そうじゃのう。それに髪型を変えたのかのう?とても似合っておるぞ」

 改めてロウに話しかけられて、ユリは笑顔を見せる。ロウの姿は現世とは違い、変わらない姿でほっとした。

「……わしか?見ての通り元気じゃぞ。大師さまが魔力で再現してくれたこの修練場で、ずっと修行しておったわ。しかし、おぬしが来ているなら言ってくれればよいのに……大師さまも相変わらず人が悪いのう」

 そう笑うロウに、ユリははっと気づく。まずは彼にエルシスのことや、これまでのことを話さなければならない。
 ユリはニマ大師に視線を送ると、ロウに話す時間をくれるようだ。

「あの、ロウさま。大切な話があります――……」
「な、なんと!エルシスが行方不明で、ユリの手の甲に勇者の紋章とな……!」

 ロウはユリの話を聞いて、腰を抜かしそうなほどに驚いた。続けて今はグレイグと、ウルノーガの洗脳から解けたホメロスと共に旅をしているとユリは話す。
 はぐれた仲間を探しながら、魔王を倒す手がかりを求めながら――。

「エルシスにこの紋章を返すまで、私が勇者になるって決めたんです」
「……そうか。ユリ、これまでおぬしの身にも様々なことがあったのじゃな。その目を見ればわかる。ようここまで頑張った」

 ロウの暖かい言葉に、ユリはぐっと目頭が熱くなりそうになる。

「これからは大丈夫じゃ!最強のわしがついておる。大船に乗ったつもりでいるがよい」
「ロウさま……」
「きっとその勇者のチカラは、ユリになら託せると……大樹もエルシスも判断したのじゃと、わしは思うぞ」
「……ありがとうございます」

 ――ロウとの話が終わり、ユリはロウと共に改めてニマ大師の元へ向かう。

「さっき、ロウが放った技こそ、ドゥルダの奥義……グランドクロス。あの技は神話の時代、勇者ローシュの仲間のひとり、ウラノスによって編みだされた技だ。そして、アンタに教える技はグランドクロスにも引きを取らない大技……覇王斬さ」

 覇王斬……。名前からして剣技だろうか。

「なんてったって、覇王斬はローシュが初代大師、テンジンとの修行の中で編みだした空前絶後の秘奥義だからね」
「なるほど。わしがウラノスさまの技を覚え、ユリ嬢がローシュさまの技を覚えれば、向かうところ敵なしじゃな」
「でもね、覇王斬は郷に受け継がれながら、ローシュ以外には誰も習得することができなかった」
「そんな技、私に覚えられるんでしょうか……」

 勇者の力の一部は引き継いで、デインやエルシスの技は使えるようになったが、剣の腕前が上がったわけではない。

「覚えられるかじゃなくて覚えるんだよ!」

 ぴしゃりとニマ大師は言って、ユリの肩はびくっと跳ねた。同時にお尻たたき棒を突きつけられたからだ。

「さっき、アンタはエルシスにその紋章を返すまで、自分が勇者になるって言ったね。その言葉に偽りはないかい?」
「っはい!」
「だったらユリ、アンタがこの技を取得して、今度はアンタがエルシスに教えるんだ。……信じてるんだろ?」

 その問いは、エルシスと再会できるかということを意味する。

「その技をわずかな時間で覚えようってんだから、当然修行はとんでもなく厳しいものになる。ユリ、どんなにつらく厳しい修行が待ちうけていても、それに耐える覚悟がアンタにあるかい?」
「はい!」

 芯のある声で、ユリは今まで以上にはっきり答えた。

「いい返事だね。それじゃあ、さっそく覇王斬の修業を始めるよ」

 自分やロウの魂が消失する前に覚えなくてはならないので、わずかな時間も無駄にはできない。

「覇王斬は使用者が自身の魔力を刃の形にして放つ技。さあ、手を前に出し、剣をイメージして魔力を集中させな」

 ユリは言われた通り、右手を前に出して(剣をイメージ……)魔力を集中させる。

 魔力の刃が宙に現れた。破魔の矢やギガスラッシュといった技が、この方法を使っているので、ユリには容易にできるようだ。

「よし、基礎はできてるね。……あとは実戦で技を磨いていくとしようかね」
「それでは、まさか大師様と……いや、しかし、それは早すぎませぬか……」
「はあっ?なに言ってるんだい。ユリの相手はお前だよ。お・ま・え」

 ……!?え、ロウさまと!?

「……えっ!?なっなんと!わしがユリと戦うのですか!?」

 ユリが驚いていると、ロウも同じように驚き、ニマ大師に言った。

「さっき奥義を覚えたお前ほど、ピッタリな相手はいないだろ」
「しかし、ユリ嬢は……ごらんの通り可憐なおなごですし……」
「はぁ!?アンタ、あたいには本気でかかってきて、あたいは可憐じゃないとでも言うのかいっ?」
「いやいや!ニマ大師も美女ですが、タイプが……」
「つべこべ言ってないで、やるのかやらないのか、アンタたちどっちなんだい!?」

 手のひらをお尻たたき棒でペチペチ叩きながら言うニマ大師の気迫に「やります!やりましょうロウさま!」慌ててユリが答えた。

「ロウさま、大丈夫です。本気できてください。私も本気でがんばります!」
「う、うむ。そうじゃな!」
「元とはいえ、ユリ。天使としての実力を見せてもらおうじゃないか」
「……ロウさま、本気でいきます」
「いきなり目が本気に……!なにが起こったのじゃ、ユリ……!」
「元天使としての威信があるので……」

 そこを出されてはユリは負けられない。……いや、これは勝敗ではなくて、必技を覚える修行だった。

「じゃあ、準備ができたらあたいに言いな」

 ユリは弓や矢筒を外し、羽織っていた外套を脱ぐ。剣だけ装備したままの、身軽な状態だ。

「準備ができたようだね。じゃあちょっと待ってな。修行のために、ロウにチカラを貸すからね」

 ロウは先ほどの自身の修行で、魔力を使い果たしたからだ。ニマ大師は両手を前に出す。

「うおおぉぉ、パワーがみなぎる!若き日のチカラを取り戻したようじゃ!今なら、大師にも勝てそうじゃわい!」

 ユリの目から見ても、ロウに力がみなぎっているのがわかる。

「せっかくだから、アンタも修行に相応しい格好にしてやるよ」

 パチンとニマ大師が指を鳴らせば、たちまちユリの服装が変わった。

「ドゥルダの女修行僧が着る『弁天のどうぎ』さ」

 さらにユリの身体は身軽になった。まれにパイシオンが発動する効果もあるという。

「気に入ったかい?ドゥルダ郷のよろず屋で売ってるよ」

 ……らしい。着心地や効果もだが、マルティナが着たらすごく似合いそうだとユリは思った。ドゥルダ郷に戻ったら購入しよう。

「いいかい、ロウ!手加減はいらないよ!全力のグランドクロスを使って、ユリをいたぶってやんな!」
「がってん承知ィ!」
「負けません!」

 意気込むロウに負けずと、ユリも強気で返した。

「ユリ!アンタはロウの猛攻に耐え、隙を見つけながら覇王斬をロウにお見舞いするんだ!これを繰り返すうちに、覇王斬はどんどん威力が増していく。そうやって覇王斬を完成させてみな!」
「わかりました!」
「では、ゆくぞユリ!ありったけのおぬしを見せてみい!」

 ロウは身構え、ユリも身構え……ユリの修行という名の、二人の決闘が始まった。


「ユリ。お前のチカラ、見せてみな」


 ――開始早々、ロウはグランドクロスを放って、ユリは吹っ飛ばされた。
 さすが、ウラノスによって編みだされた奥義だ。「……っ!」その身を持って威力を思い知った。

 そのたった一撃でゾーンに入ったほどだ。

 まずユリは、自分にベホイムをかけてダメージを癒やす。

「ユリ!おぬしから来んと、わしからいくぞ!」

 杖を振り上げるロウに、素早くユリは後ろに跳ねて避けた。(隙を見つけながら覇王斬を出せってニマ大師は言った……)

 今がその隙!「覇王斬――!」

 ユリの魔力から生まれた剣が、ロウに突き刺さる!
「むう……っ」
 魔力の剣なので、本当に突き刺さって血が出たりはしないが、ダメージは与えた。

「まだまだ!」

 だが、ニマ大師の話通り、まだ不完全で威力は弱い。ロウは次の攻撃にそなえ、精神を統一した。……グランドクロスが来る!

 ユリは防御に徹した。あれを避けるのは困難で、受けたら致命傷になる。

「グランドクロス……!」

 ロウは祈りを込めてグランドクロスを放った!
「ッ……!」
 防御をすれば、なんとか耐えられる攻撃だ。そして、すかさず覇王斬を放つ。この戦い方なら……

「分、身!」
「ええ!?」

 ロウはニマ大師の力を借りて、みずからの影をつくりだした!

「どうじゃ!驚いたかのぅユリ嬢!」
「影のわしも男前じゃて?そうじゃろそうじゃろ」
「ほっほ!さあ、本物のわしはどれじゃろうな〜?」

 ロウが三人になった。これはなかなかのウザさだ!魔力で作られているので、どれが本物か影か簡単にわかるが……

「ギガスラッ――シュ!」

 それに対してユリは、覇王斬の要領で作った稲妻の剣で一掃した。

「なんと……!そんな技まで……!」
「ロウさま、攻めさせてもらいます!――覇王斬!」

 使うごとに、覇王斬は鋭さを増していく。

「まだまだわしも負けんぞ!」

 再びロウは分身して、さらに本物のロウはグランドクロスを放つ精神統一する。
 ユリはどう行動するか迷って、防御した。

「グランドクロス……!」
「うぅ……!」

 やはりグランドクロスは強力だ。回復を余儀なくされ、その間もじわじわ攻めてくる影ロウの攻撃を避ける。

(ペースを乱された……!)

 再びギガスラッシュや、全体魔法で一掃をと考えるユリの頭に――閃いた。

 ゾーンが切れる前の今ならできる!

「なぬ!?……おぬし、飛べるのか!?」
「ゾーンのチカラによって一時的ですが!」

 元々魔力で翼を作ったり、矢を作ったりはできていた。覇王斬も難しく考えず、その感覚で作ればいい――。

 ユリの前に、数多の魔力の剣が生み出される。

「のおぉ……!ユリ嬢、たんま!たんまじゃ!」

 その光景を見て、ロウは慌てた。頭上から一斉に放つつもりだ。その予想通り、

「ごめんなさい、ロウさま!たんまはなしですっ、覇王斬――!」
「のわあああ!」

 放った。剣が雨のように降り注ぐ。天使弓技、秘伝の技をイメージしてみたが、どうやら成功したようだ。

 ロウをやっつけた!

「いいねえいいねえ!ユリ、よくやった!天使としての本気、見せてくれたじゃないか!」

 ニマ大師に褒められ、真剣だったユリの顔がはにかむ。そして、天使の生き残りとしての威信を保てただろうかと安堵した。

「わずかな時間で覇王斬を習得できるのか、内心、心配していたけど、どうやらとりこし苦労だったようだね」
 
 ユリは覇王斬を習得した!

「いいかい?あの光の剣の強さは、アンタの心の強さ。あの剣を鍛えあげるんだ。決して、折れない、強き剣に――」

 ニマ大師はユリの胸にとん、と拳を置いて話す。

「そうすれば、アンタはどんな困難にも立ち向かっていけるよ。ニセモノとかホンモノとか関係ない。アンタらしい勇者になりゃいいんだ」
「……はい!」

 ニマ大師の言葉に、ユリは大きく返事した。ニマ大師の口元に微笑が浮かぶ。

「じゃあ、ロウを起こすとするか……」
「ちょっとやり過ぎたでしょうか……」
「いいんだよ、コイツにはこのぐらいが」

 うつ伏せに倒れたままのロウを心配するユリをよそに、ニマ大師は雑にロウを起こした。

「奥義を覚えたわしを倒すとは……。まさか、おぬしの本気の実力がここまでとは思わなんだぞ」
「ロウさま、本気で戦ってくれてありがとうございました!」

 ニマ大師に起こされたロウは、ユリの実力を認め、そして褒めた。

「ユリ、つらい修行から逃げずによくがんばったね。これでもうアンタはあたいの立派な弟子だよ。さっきの言葉は、アンタの弟弟子にも伝えておくれ」

 ニマ大師の言う弟弟子とは、きっとエルシスのことだ。

「わかりました。……ニマ、師匠」

 そうニマ大師を呼んで、ユリはくすりと笑ってしまう。不思議そうな顔をするニマ大師に「私には師匠がたくさんいるなと思って」そう微笑んで言った。

 天使界のイザヤールに、魔法の師であるベロニカ……二人ともユリにとって尊敬する師匠だ。


 ……――は!!


 和やかな雰囲気の中、全員がその異変に気づき、宙を見上げる。
 冥府の無の空間に穴が開き、そこから禍々しい黒い触手が現れた。


 "見つけたぞ……"


「……この気配……っ」
「そっ、その声はまさか!?」

 ニマ大師はキッと見上げ、忌々しくその名を口にする。

「魔王、ウルノーガ!!」

 "死滅した世界で はいずり回る 虫ケラどもよ ここで 滅ぼしてくれよう……"

 その声が聞こえたと思いきや、黒い触手たちがこちらに伸びる。

「いけない!」

 ――はああ!!ニマは両手を突きだし、瞬時に結界を張った。
 跳ね返された触手が、辺りの床に突き刺さる。

「ちぃっ魔王め!とうとうこの冥府にまでその触手をっ!ヤツのチカラをちょっと甘く見過ぎていたか!」
「冥府が……っ!」

 ユリは悲鳴のような声を上げた。黒い触手は増え、冥府を破壊しようとしている。

 天界、海底王国、ロトゼタシア――。

 それだけでは飽きたらず、この冥府さえも滅ぼそうとしているのか。
 どうしようもない怒りに、ユリは唇を噛みしめた。

「ああ、もう!教えたいことがまだ残ってるってのに、忌々しいヤツだ!でも、こうなったら仕方ないね!この場でアンタたちに最終奥義を授けるよ!」

 ニマ大師のその言葉に、ユリとロウは同時に彼女を見る。

「さっ、最終奥義!?わしが覚えた技、グランドクロスこそがドゥルダの奥義ではなかったのですか!?」
「それは違う!ローシュとウラノスが協力して放つ合体技。それこそが、初代大師が考案した、真の最終奥義だ!」

 合体技――ロウもユリも初めて知った。

「さあ、ふたりとも、覚悟はいいかい!?はるかなる時を越え、もう一度伝説を繰り返すんだ!アンタたちが放つ、最終奥義!それをあたいの冥土の土産にさせておくれ!」

 "させるか!"

 黒い触手がなにかしようと蠢く。

「あたいの掛け声に合わせて、技を放ちな!チャンスは一度きりだよ!」

 ユリとロウは触手を見つめたままなにも答えなかったが、気持ちは一つだった。

「ロウ!ありったけのチカラを込めて、空にグランドクロスを打ちあげるんだ!」

 ロウは両手に渾身の力を込めて、それを一つの光弾にして練る。

「ぬぅうあああああっ!!」

 はああ――!!

 気合いの入った声と共に、空に放たれた光弾はクロスし、聖なる十字架としてそこに刻まれた。

「ユリ!今だ、覇王斬を!」

 ユリも右手を突きだし、ありったけの魔力を集中させる。
 イメージするのは、魔を切り裂く勇者の剣。
 その思いと魔力に比例して、巨大な光の剣が現れた。

(闇になんて絶対に負けない……!)

 はあああ――!!気合いの声と共に放たれた光の剣は、グランドクロスの中心に突き刺さった。剣は回転し、徐々に加速していく。

 グランドクロスと混ざり合い、まるで空の星々が渦巻いているようだ。

「この技こそ、ドゥルダに伝わる真の最終奥義…………」


 聖なる波動と 不屈の刃が 交差するとき
 まばゆき 光の星雲が生まれ
 闇に閉ざされた世界を 希望の光で満たさん


 ……――あ。見上げる光景に、ユリは石碑に刻まれた言葉を思い出した。


「グランドネピュラだ!!」


 回転する聖なる光の剣は、黒い触手を消し去り、その大本の闇へと突き刺さる。

 光が爆でるように爆発した。

 そんな中、ユリはこちらを見るニマ大師の視線に気づく。

「ニマ師匠……?」

 ニマ大師はユリと目が合うと、初めて見るような優しい微笑を浮かべて頷いた。

 その顔が、セレンと重なる――。

「…………っ!」

 叫んだ自分の声が聞こえない。辺りが眩い光に包まれる。……また、同じだ。

(お願い……待って……ニマ師匠……)


 ――……


 ……ユリさまは、まだ戻らぬか。

(やはり、私も共に行くべきだった)

 ホメロスは意識が戻らないユリの顔を見つめる。心なしか、少し顔色が悪くなった気がした。

「っ、ユリさま……!」
「戻ってきました!」

 ユリの瞼が動くのに気づいたホメロスが声を上げ、サンポも続く。

「むっ、これはいけません!身体が衰弱しています!急いでふたりを郷まで運びましょう!」


 疲労の中、意識を失ったユリは、ニマ大師が最後の力を振り絞り、魔王の目をくらませる夢を見た――……


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