セーシェルのことをミチヨ先生に預け、早々にメダル女学園を出発しようとした一行だったが「せっかくだから今日は泊まっていってください」そうミチヨ先生に引き留められた。
「セーシェルも、今晩はあなた方と一緒だと安心すると思うんです」
その言葉にユリとグレイグは頷き、ホメロスとロウも了承する。急ぐ用件もないので、明日の朝出発することにした。
そして、翌朝――セーシェルにも見送られ、メダル女学園を出発した一行は、プチャラオ村を目指して、メダチャット地方を南下する。
今のところ謎の集団には出会しておらず、メダル女学園ではそんな噂を聞かなかったので、この辺りには出没しないのかも知れない。
途中に見えた大きな湖は、西の海域の光の柱と繋がっており、最初にこの地に上陸した際はこの場所からだった。
そういえば――と、ユリは思い出す。
エルシスの袋を整理していたら、マーメイドハープがなかったことだ。
混乱の際にどこかで落としたのだろうか。
持っていても今は船もなく、人魚の力を借りられるのかもわからないが……。
(ルーラを使った際に、ムウレア王国に行けないことがわかった……)
ムウレア王国は、もう――……
(……ん?)
思考に没頭していたら、いつの間にか運河の大橋に差しかかったらしい。何気なく海を目にし――ユリはその目を見開く。
(あれ、あれ、あれ……!?)
幻じゃないかと凝視した。向こうに停泊する真っ赤な帆船は、間違いない。
「シルビア号!!」
「むっ、旅の者が魔物に襲われている!」
――魔物っ?
グレイグの声に前方へ意識を向けると、今まさにベンガルが男を襲おうとしているところだった。
「ユリ、助けに行くぞ!」
「うん!」
グレイグとユリはそちらへ駆け出し、ホメロスとロウも続く。
――が。どこからか聞こえる軽快な音楽に四人の足が止まった。ベンガルも襲うのを止めて、きょろきょろと辺りを見回す。四人も音の主を探す。
いったいどこから……?
「あっ、あれ!」
ユリは指差した。崖の上に、おそろしくド派手な集団がいる。
全員、鮮やかな緑の服に赤のベストを着て、背中にはフサフサの羽のような飾りがついていた。
さらに目を引くのは、彼らが担ぐでかくてド派手な御輿だ。
周囲には馬の模型がつけられ、飾りの垂れ幕に、背面には電飾アーチがピカピカ光って主張が激しい。
とにかく派手――という言葉しか皆は思い浮かばない。
「……もしや、ユリさま。あの者たちが『悪魔めいた格好をした謎の集団』では……」
「確かに謎の集団だけど、悪魔というより……」
大道芸人?謎の集団の彼らは、笑顔を浮かべてやたら楽しそうだった。
「そーれっ!」
かけ声と共に手前にいた青年がドコドコドコドコ、と太鼓を鳴らす。いったいなにが始まるのか――と思っていたユリとロウは、あっと口をあんぐり開けた。
「「ハーイ!」」
ビシッとポーズを決める集団に混じって御輿の上に立つのは、なんとシルビアだった。
「そこの悪い魔物ちゃん!無垢な民を襲うのはやめなさいっ!」
皆より豪華な羽衣装を身にまとったシルビアは、羽扇を魔物に向けて言い放つ。
「…………グガァ!」
「う、うわああ……っ」
ベンガルはシルビアを見上げたものの、何事もなかったかのように再び男を襲おうとしている!
「……やれやれ。お仕置きしないとわからないようね」
その言葉の後にシルビアは「とうっっ!!」御輿の上から飛び上がり……
「……ぐはっ!」
ベンガルの元へ落ちながら、両手に持つ羽扇で華麗に成敗した。
「ハァイ!!」
「キャ〜っ!!カッコイイ〜っ!!」
「さすがはオネエさま〜っ!!なんて優雅な身のこなし!!美しいわん!!」
ポーズを決めるシルビアに、乙女な走りで青年たちは駆け寄る。
(シルビアみたいな人がたくさんいる……!)
新しいシルビアの仲間たちだろうか。彼らはシルビアに黄色い声を送り、シルビアは投げキッスで応える。
まさにスターと熱烈なファンとの光景だ。
………………。
四人はその場に突っ立て、無表情で眺めていた。やがて、ホメロスがぽつりと呟く。
おい、私たちは一体なにを見せられているのだ――と。
にこやかに彼らと談笑していたシルビアだったが、ふとこちらに顔を向けた。
ユリはシルビアと目が合った。
シルビアは両手を頬に沿わせ、ここからでもわかるぐらい目をパチパチさせる。
長い睫毛が飛びそうだとユリが思っていると――
「……あら」
謎のポーズで空を仰ぎ、
「……ヤダ」
何故か軽快な後ろ歩きで近づき、
「もしかして……」
ち、近い……!一気にシルビアはユリへ距離を詰め、顔を覗き込んだ。
「ユリちゃんじゃないっっっ!!!」
「シルビア!」
「なんだこのとんでもなく動きのうるさい奴は!!ええい、気安くユリさまに抱きつくな!」
今にも剣を抜きそうなホメロスに「落ちつかんか」と、ロウが呆れて制止する。
「……おい、なんだコイツらは。ユリの知り合いか?いったい何をしているのだ?」
今度は理解不能と顔に書いているグレイグが尋ねた。ユリを離したシルビアは、グレイグに顔を向けて答える。
「何よ〜見てわからないの?決まってるじゃな〜い!」
何故かシルビアは二人に背を向けて立ち、再び両手に羽扇を持った。
「世界に〜〜〜」
再び太鼓がドンドコ鳴り……
「笑顔を取り戻す!!」
バシッと決めるようにシルビアが両手を広げ、全員、声も動きもぴったりだ。
「……なんなんだ、あの生き物たちは……」
しーんとなったその場に、再びホメロスがぽつりと呟いた。
「そんなワケで、暗い世界に光を照らすため、アタシ、世界各地を練り歩いて世助けパレードをしていたの。この子たちは大切なナカマたち♪アタシに共感して旅の途中でパレードに加わってくれたのよ!」
シルビアはこれまでのことを簡潔に話し、ユリはこんなに多くの人たちがシルビアの"ナカマ"になってすごい!と感心する。
「……それにしても、あんなことがあったのにふたりとも生きてるなんて奇跡よね!ユリちゃんとまた会えて感激だわ!髪型変えたのね!とっても似合ってるわよ♪」
「シルビアとこんな場所で出会えるなんて本当に奇跡みたい!私たちは勇者の旅の続きと、みんなを探して旅しているところなの。ロウさまも一緒だよ」
「シルビア、元気そうでなによりじゃ」
「あらっ!ロウちゃんも〜!」
ロウの存在に気づいたシルビアは、再び感激した声を出した。
「それに……」
次にその目はグレイグとホメロスを見る。完璧、敵同士だったホメロスまでユリたちと一緒にいるということは、これはもう――……
「あ、あのぅー……」
そこに控えめな野太い男の声が入った。魔物に襲われていた者である。
全員、すっかり彼の存在を忘れていた。
「あら!アナタ!ほっぽり出しちゃってごめんなさい!ケガはなかったかしら?」
「おかげさまで、かすりキズひとつないだ。あんた、ヘンテコりんな格好してっけど、すんげえ強えーんだな」
ずんぐりとした体格の中年男は、訛りのあるしゃべり方で気さくに話す。
「オラ、バハトラってんだ。南にあるプチャラオ村からここまで来たけど、おかげさまで命拾いしただ、感謝するだよ」
「あら……そうだったの。なら、プチャラオ村まで送り届けて、あ・げ・る・わ♡」
バハトラにそう言ったあと、シルビアはユリに身体ごと向けた。
「……ねえ、ユリちゃん。これからのことはあとで考えるとして……ちょこっとだけ、アタシたちの世助けパレードにつきあってみない?」
親指と人差し指で、そのちょこっとを作る。
世助けパレードの手伝い?なにをするのかわからないけど、ユリは笑顔で頷いた。
「うん!それでこそ、ユリちゃんね!」
満足げに笑ってシルビアは「それじゃあ、ちょっとこれ着てみて!」と、ユリにどこからか取り出した衣装を渡した。
「これは……?」
「アタシね、ユリちゃんの『おうえん』って特技を見てから、絶対この衣装が似合うと思ってたの!」
ユリはシルビアに言われるまま着替えた。
「キャ〜ッ!ステキ〜ッ!アタシの目に間違いはなかったわ!みんな〜っ!!この子がアタシと一緒に冒険していた一人、かの有名なユリちゃんよっ!!」
シルビアはばっ、とナカマたちにユリを披露するように手を広げた。
「きゃわわ〜!」
「かわちー!」
「ラブリー♡」
シルビアだけでなく四方八方からナカマたちに褒められて、照れくさいを通り越して、ユリは無性に恥ずかしくなってくる。
ユリが着替えた衣装は「チアガール」というものらしい。
両手には何故かポンポンしたものを持っていて「これを元気よく振って!」と言われた。
「これはまた元気が出る可愛らしい姿じゃのう」
ロウの言葉にそちらを見ると……ロウとグレイグの二人も、いつの間にか服装が変わっていた。
ピンクと紫の、縦じま模様のピエロ姿に。
黄色いポンポンがついた三角帽子を被り、鼻には青色の丸い付け鼻もつけている。
「……………………」
おどけた姿とは裏腹に、死んだような顔をしているグレイグが印象的だった。
ユリは「その衣装もステキだね、グレイグ!」そうフォローするように明るく言ったが、グレイグからの返事はない。……ただの屍のようだ。「……すまない」いや、どこかへ意識を飛ばしていたらしい。
「シルビアという男と、なぜパレードをすることになったのか……。いまだに状況が飲み込めなくてな……」
今までに聞いたことのない平坦な声だった。
「何はともあれ、お前の仲間のひとり、シルビアが見つかってよかったじゃないか」
最後はなんとか感情を取り戻し、グレイグはユリに言った。
「世助けパレードとやらにはたまげたのう!わしもずいぶん長く生きとるが、こんなものははじめて見たわい!さすがシルビアじゃよ!」
グレイグとは逆にロウはノリノリである。
「よし、ひさびさにシルビアと再会したんじゃ。わしも秘伝のドゥルダ踊りで宴に参列するぞい!」
そうあの珍妙な踊りを踊るロウに、シルビアから「ロウちゃん、いいわ〜!」と、黄色い声が飛んできた。
「みんな!ロウちゃんもアタシと一緒に冒険していた一人よ!!」
「ステキー!」
「プリティー!」
「しぶ〜い♡」
ユリと同じように、シルビアのナカマたちに四方八方から褒められ、ロウはますます得意気だ。
「……ククッ。とても似合っているぞ、グレイグ!最高だ!」
「ぐっ……」
グレイグのその姿に、笑いを堪えながらも満面の笑みで言ったのはホメロスである。
その悪い顔に(貴様、光堕ちしたのではないのか!)と、グレイグは思う。
「ユリさまもとてもお似合いです。世界に存在する褒め言葉は、すべてあなたさまのためにありましょう――」
「あ…ありがとう……」
打って変わって、ユリに対してはその口から聞いたことのない浮いた台詞が出てきた。今度は「信じられん」という顔でグレイグはホメロスを見ている。
「ホメロスちゃんには……このとっておきの衣装を着てもらうわよ!」
「は……、私は着ないぞ」
頑固として拒否を示すホメロスに「ンもももも〜!」と、シルビアは羽扇を仰いだ。
「そんなこと言っちゃって〜!ホントは好奇心でウズウズしてるくせに!ンも〜恥ずかしがり屋さんなんだから!」
「!?なんなんだ貴様は馴れ馴れしい!適当なことを抜かすな!」
「ハーイ、新しいセカイの扉を開くわよ!」
「誰が開くか!……おい、私は絶対に着ないからな!やめろ……!私に触れるなぁ――!!」
…………
「ハハハハ!ホメロスよ、素晴らしく似合っているぞ!最高だ!」
「おぬし、なかなかよいではないか。色男が際立っておるぞ」
「ぐ……っ」
さっきの仕返しとばかりに、グレイグは大笑いしてホメロスに言った。
ホメロスは「これ以上ない屈辱……!」と、歯を食い縛り、握り締めた拳をワナワナさせている。
彼が着ているのは背中にフサフサの羽がついた、白と金色の奇抜なダンサーのような衣装だ。シルビアに強引に着せられた。不可抗力だった。
貴族風で似合っている――と、ユリは率直な感想を抱いたが、それをホメロスに伝えていいものか悩む。
「さ!今からユリちゃんがアタシたちチーム、チーム世助けパレードのボスよ!」
「ボス……?ボス!?」
困惑するユリをよそに、シルビアは神輿の上に立ち、ナカマたちは音楽を奏でてパレードは始まる。
「みんな、ユリちゃんにつづけ〜っ!!」
どうやら、自分が先頭を歩かないと進まないらしい。ユリは早々にこの状況を受け入れ、言われた通りに笑顔でポンポンを振りながら歩く。
その後ろをロウがドゥルダの踊りをしながら歩き、グレイグとホメロスは笑顔どころか顔が死んでいる。
外から見れば、なんともシュールで珍妙な光景だった。
「とうっ!」
魔物と戦いでは、シルビアも神輿から飛び降りて参戦してくれた。ただ、魔物たちもこの軍団が異様に見えたのか、あまり襲いかかってくる者はいない。
ずっと笑ってポンポンを振っているユリは、ちょっと腕と表情筋が疲れてきた。
「……しかし、パレードのあれだけの人数をしたがえるとはすごいカリスマの持ち主だ。シルビアとやら、そこは尊敬に値するな」
「お前のそういうところは昔と変わらんな……」
パレードはゆっくり進み、ようやくプチャラオ村が見えくると、バハトラが口を開く。
「アンタたちが助けてくれなけりゃ、おっ死んじまってたかもしれねえ。本当に感謝してるだ。ありがとう」
「ノンノン!お礼は一度で十分よ、バハトラちゃん。アタシたち、困っている人を見過ごせないの。ね、ユリちゃん」
「うん、そうだね!」
「しっかし、パレードってもんはすんげーな。踊りながら練り歩くのが大切なんだべか?オラ、田舎もんだからこんなのははじめてだべ」
そして無事、プチャラオ村に到着した。ユリとロウ、シルビアにとってはふたたびのプチャラオ村だ。
「ハ〜イ!プチャラオ村にとうちゃ〜くっ!」
シルビアの明るい声とは反対に、プチャラオ村には暗い空気が立ち込めていた。
あんなに観光客で賑わっていたのに、村中がとても静かだ。歩く人どころか、店には押し売りがすごかった売り子もいない。
「あら……やっぱりこの村もドンヨリした空気に包まれているわね……」
シルビアは今まで見てきた町や村と一緒だと言った。大樹が落ちた影響にしても、それにしたって雰囲気がどこか妙だとユリは思う。
プチャラオ村全体が悲しみに暮れている。
「多くの観光客でにぎわいを見せていた村も、暗く沈んでいるようじゃわい……。ぐぬぬ、ウルノーガめ……許さんぞ!」
「………………」
怒りを露にするロウとは別に、思うことがありそうな顔でバハトラは村を眺めていた。ややして一行に向き合うと、頭を下げる。
「……それじゃあ、オラはここで失礼するだ!ここまで世話になったな。ありがとうよ」
彼らに背を向け、去って行く姿を見ながらグレイグが口を開く。
「あの男、ひとりであんな遠くまで行っていたとは何かワケがありそうだな。村の悲壮な様子とも関係があるのかもしれぬ」
「ウフフ……そういうことならアタシたち、世助けパレードの出番ねっ!まずは、この村で何が起こっているのか調べましょ!さあ、村のみんなを笑顔にするわよ〜っ!」
シルビアがナカマたちに向けて言うと、彼らは乙女な仕草で賛成した。
「聞き込み〜……はじめっ!!」
シルビアに続き、楽しげな笑い声を上げてナカマたちも村の奥へと走って行く。
「まったく……騒がしい奴らだな……」
呆れたようにホメロスは言った。その隣で考える仕草をし、グレイグは独り言のように呟く。
「あのシルビアとかいう者、どこか引っかかる。ずっと昔に、会ったことがあるような……」
あんな派手でにぎやかな奴なら、一度会ったら忘れないと思うが……。
「私たちもこのプチャラオ村を調べてみよう」
この村になにが起こったのか気になる――というユリの言葉に、思い出すのは中断してグレイグは同意した。
「俺もこの村の様子は放っておけぬ。ユリ、村人から話を聞いて、村で何が起こっているのかを突き止めるぞ」
「私も賛成ですが……その前にユリさま。この服を着替えさせてください」
パレードも終えたことだしと、一同元の服装に戻った。
「ここはプチャラオ村。壁画の村としてにぎわったのも今は昔。かつての活気はすっかり失われちまったよ」
露店の店主はため息混じりで話す。店にあるはずの商品は何故かすっからかんだ。
「……しかし、なんなんだあの人たちは?不思議な服を着ていて、普通の旅人にはとても見えないが……?」
店主の視線の先には、村人に不審がられながらも、熱心に聞き込みをするナカマたちの姿だ。
ユリたちもそこに向かった。
「あら、ボス♪今、聞き込みしてるんだけど、なんだか村の人たちの歯切れが悪いの。いったい何があったのかしら……?」
「村の人たちは何かにおびえているみたいね。この妙にドンヨリした空気は込み入った事情が潜んでいそうだわ。え?オネエさまだったら、バハトラちゃんを送り届けに村の奥へ行ったんじゃないかしら?」
「この旅芸人みたいな人たち、どとうのように村に押し入ってきたけど、何者なのかしら?まさか、魔王の手下じゃないわよね……?」
困惑しているバニーガールーにユリは「大丈夫です」と、彼らのことを説明した。
「まったく、村人が困っているではないか。しかも、そろいもそろってくねくねしおって……」
彼らを見ながら文句を言うホメロスに、ユリはまあまあと宥めるように笑いかける。
他のナカマたちからも話を聞こうと歩いていると……逆に声をかけられた。
「おおっ、お前さんは!オレを覚えてるか?ほら、壁画から助けてもらったブブーカだよ!あの時は本当に世話になったな!」
「あっ!」
「おぬしはあの時の……」
ユリだけでなく、ロウも彼のことを思い出す。ブブーカは最初の粗暴な態度とは裏腹に、気の良い笑顔を浮かべている。
「……あれから、壁画のチカラなんかに頼らず億万長者になるべく地道にがんばってたのに、魔物に有り金を全部奪われちまったんだ」
「魔物に……」
「お前さんたちには礼をしたかっけどよ、今やオレの財産はスッカラカンでな。……すまねえが、何もしてやれそうにねえんだ」
申し訳なさそうに言うブブーカに、ユリは首を横に振った。魔物がお金を奪ってどうするんだろう?と不思議に思ったが、奪われたのはお金だけではないと知る――
「なんでも魔王の手下を名乗る魔物が現れて、村の人たちをさらっていったんだそうよ!ひっどいヤツね……ゆるせないわっ!」
この若い男は、愛する妻を拐われたのだという。
「……魔王の手下……」
ホメロスは心当たりがあるように小さく呟いた。
「この村に現れた魔王の手下は、卑怯でイヤミなヤツだったって話よ。や〜ね〜インキな魔物なんて大嫌い!それにしても、大樹が落ちてから世界各地に魔王の手下が現れているようね。このままじゃ世界は魔王の思うツボよ……」
「ううっ……オラのヨメさんとせがれが魔王の手下にさらわれちまっただ……。あの魔物、絶対にゆるさないだ……」
「大切な家族をさらうなんて……なんて酷いことを……」
涙を流す男の姿に、ユリも胸が痛んだ。話を聞き終わると、ユリさま……とホメロスは真剣な声で彼女を呼ぶ。
「魔王の手下なら六軍王かもしれません……」
六軍王とは、あの屍騎軍王ゾルデのように魔王ウルノーガよりオーブを授かり、特別な力を得た魔物たちのことだ。
「どんな魔物だったか、さらに情報を集めてみましょう」
ユリも同様の顔で頷いた。他のナカマたちが掴んだ情報を聞きに、プチャラオ村名物の階段を上がる。
「あっちにいる道具屋のお嬢ちゃん……さらわれたママのお店を守ってるんですって。なんとかチカラになってあげたいわね」
「子供から母親までさらうとは許せんな」
憤怒するロウに、ユリも同じ気持ちだ。どうやら、その魔物はその人の大切なものを奪っているようだ。
「まあボス、聞いてよ!すごい情報を仕入れたわ。この村を襲った魔物の名前がわかったの」
「でかしたぞ、さあ早くその名を教えろ」
「その魔物の名は……フールフール。魔王ウルノーガの手下だと名乗ったそうよ。そいつは村の人だけでなく、お店の商品や家の宝物なんかも奪っていったみたい。なんて強欲なヤツなの!」
「大切な品物が全部奪われてしまって売るモノが何ひとつないのよ。私、商人失格だわ。これからどうしよう……」
そばに立っていた女性は、今にも泣き出しそうな声で言った。
「そなたが商人失格なわけなかろう」
ロウが優しく彼女を励ますなか、ホメロスは指を顎にかけ、眉間に眉を寄せている。
「どうかした、ホメロス?」
「フールフールって魔物に心当たりがあるのか?」
「いや、私が知る六軍王にフールフールという名の魔物がいなくてな……」
「また違う手下ってことか」
「魔王の直属でもその名を聞いたことがないが……よからぬ魔物が暴れていることには変わりない」
六軍王でもそうじゃなくても、この村を脅かす魔物は始末せねばな……ホメロスは心の中で呟いた。
「村のみんなは大切なモノを奪われたって、クチグチに言ってるわね……。魔物の目的はなんだったのかしら?」
そのナカマの言葉に、ユリは確かに……と考える。村が崩壊したり、怪我人も死者もいないみたいなのはよかったが、代わりに人々の心を深く傷つけられた。
「この人、愛しのハニーをさらわれたんですって!また魔物にだまされるんじゃないかとうたぐり深くなっているようだわ。フールフールってヤツに騙されたことがよっぽどトラウマになってるみたいよ。なんて極悪非道な魔物なのかしら!」
「アンタたち、あのフールフールの手下だろう!そんな格好でボクを油断させようったってそうはいかない!もう、だまされないぞ!さあ、ボクのヨメさんを返してくれ!」
そう疑心の目を向け声を荒らげる男は、今はまだ自分たちが弁解しても、きっと受け入れられないだろう。
「ヨメさんがいないとどんなに金があったって、まるで意味がないじゃないか……」
最後は悲痛な声に、ユリ、ロウ、グレイグは彼を哀れみの目で見つめた。
「……卑劣なやり方でまったくもって許せん魔物だな」
「大切なものを奪われた痛みは、わしもよう知っておる」
この村が何故悲しみに満ちていたのか、その理由がわかった。
「……そういえば、シルビアは……」
「あら、ボス。オネエさまだったら、バハトラちゃんを送り届けるためにそこの民家に入っていったわ♪」
近くにいたナカマの彼が、一つの民家を指差す。
「それにしても、バハトラちゃん。奥歯に何か挟まったような物言いだったわね。ちょっとワケありって感じかしら」
「あの者からも、話を聞いた方がよさそうですね」
ホメロスの言葉にユリも同意し、その民家へ訪れた――。