一番大切なもの

 ロウがフールフールと武器で交えている間、ホメロスはユリに「めざめの花」を使う。

 万が一の時に備え、やくそう系は用意してある。

 一方のグレイグは「シャキっとしなさい!」いつもより鋭いシルビアのツッコミで起こされた。

「呪文の効果が切れたみたい!」

 大樹の恩恵か、いち早く呪文が唱えられるようになったユリが唱えた呪文は「マジックバリア」だ。
 フールフールが唱えるあのベキラゴンは強力だった。
 何回も喰らえば、自分たちの身体は耐えきれず、消し炭になるだろう。

「どうやらわしもじゃな。見ておれ、ドルク……」
「マホトーン!」
「なんじゃ!?」

 ロウが呪文を唱えようとした瞬間、呪文を封じ込まれ、不発に終わる。

「老いぼれは寝てなさい!」
「がっ……!」

 そして、フールフールの杖がロウの鳩尾に入り、吹っ飛ばされた。

「ロウさま!」
「かの者に癒しを……祝福の杖!」
「あいたた……ありがとな、ホメロスよ」

 再び呪文を封じ込まれてしまったユリに代わり、ホメロスが杖を掲げ、ロウの受けた傷を癒やす。

(ユリさまから杖をいただいて正解だ)

 杖は呪文の効果を高め、詠唱が安定するだけでなく、こうした杖を使用する技が使える。

「アナタ……どこかで見たことあるカオだと思っていたら、魔軍司令ホメロスさまじゃありませんか」
「!」

 フールフールは顎髭を触りながら、ホメロスに言った。

「まさか、アナタが人間側につくとは……とんだ裏切り者がいたものです」
「フン……私は裏切ったのではなく、目が覚めたのだ」
「ものは言いようですね。ワタシがアナタをこの場で処刑してあげましょう」
「――戦いの最中によそ見は禁物だぞ!」

 フールフールがなにか仕掛ける前に、グレイグの剣がその身体を掠める。
「チッ……」
 グレイグはその首を狙ったのだが、寸前でフールフールは後ろに跳んで避けられた。

「あら、なかなか身軽じゃない!」
「ぐっ……!」

 避けた先で、弧を描くようなシルビアの剣筋が入った。追い討ちをかけるようにユリの破魔の矢も貫く。

「お黙りなさい!」

 怒りのままゾーンに入ったフールフールは「ベキラゴン」と「ラリホーマ」の連続呪文を唱える。

「う……」
「やだ……」

 ホメロス、シルビア……グレイグ、ロウと、次々と仲間たちが眠りに落ちて、残ったのはユリだけだ。

「ホッホッホッ!では、お嬢さんから殺してさしあげましょう。仲間たちが目覚めた瞬間、どんな絶望的なカオをするか楽しみです」
「私たちは……あなたの思い通りになんてならない!!」

 ユリは弓を空に構える。

「皆に目覚めを――!」

 放たれた「星の矢」は、光となり、やがて空で弾ける。流れ星のように皆の元に落ち、悪い効果を打ち消す矢の技だ。

「助かったぞ、ユリ!お返しだ、ベホイム!」

 グレイグはユリに癒しの呪文を唱えたが、正直、自分よりグレイグの方がダメージを負っている。

「アナタは自分の身を心配なさい、リベホイミ!」

 すかさずシルビアがグレイグの傷を癒したので、ユリは安心した。

「む……私の呪文封じが解けたようだな。――マヒャド!」
「おぬしも自分の身を大事にせい」

 自分の回復は後回しにしたホメロスに、ロウは「祝福の杖」を掲げた。
 ホメロスの唱えた氷の呪文は、フールフールと自分たちの間に氷の刃が刺さり、壁のようになった。

 フールフールに聞こえぬ声で、ホメロスはユリに言う。

「ユリさま。私に一つ、策があります」


 ……――燃え盛る炎が、一瞬で氷の刃を溶かした。

 …………!

 離れていても熱風が彼らの肌を焼き、ゾーンに入ったフールフールの魔力は凄まじいものがあった。

「……さあ、そろそろ終わりにしましょうか」

 渦巻く炎の向こうで、蜃気楼のようにフールフールの姿が揺らめく。

「それはっ、貴様の方だ!」

 ホメロスは両手に剣を握り締め、その炎の中を突き進む。

「ホメロスさま、こんな言葉はご存じですか?――飛んで火にいる夏の虫」

 フールフールは杖で炎を操り、操られた炎は竜のように襲う。

「ぐうぅ……!」

 その炎はホメロスを呑み込んだあとも止まらず、残りの四人にも襲いかかった。

「ホッホッホッ!」

 フールフールの高笑いが響いた。耳障りな笑い声だ――なんとか焼ける痛みに耐えながらホメロスが思っていると、その声をかき消すように明るい音楽が聞こえてくる。

 ……ラッパの音?

「ほ〜ら、みんな!元気を出して!ハッスルハッスル!」

 シルビアの「ハッスルダンス」だ――。
 その元気が出る踊りは、全員の傷をどんどん癒していく。

「ありがとう、シルビア!すごい技だね!」
「そんな技があるなら早く使ってくれ……。いや、助かったが」
「一瞬ひやっとしたが……、あとはホメロス次第じゃな」

 ロウはホメロスを見る――。

「……なかなかしぶといですね。さすが、魔王さまの右腕だったお方」
「魔王の右腕か……。私の人生、最大の後悔と罪だな」

 フールフールの言葉に、片膝をついていたホメロスは立ち上がりながら言った。

「……ん?このキラキラ光るものはなんですか?」
「!」

 フールフールは足元に落ちている輝く石を拾い上げる。

「っ返せ!それは……っ、婚約者に指輪にして渡そうと、私がいちばん大切にしていた宝石!」

 焦るホメロスの言葉に、フールフールの目はにんまりと笑う。

「いちばん大切、ですか。ならばこれを壊して、アナタの絶望のカオを見るとしましょうか!!」

 フールフールは、宝石を床に叩きつけた!
 ヒビが入り、砕け散った瞬間、石は強い光を放つ――

「グァァ!目が……っ目が……!」

 目を刺すような痛みに、フールフールの手から落ちた杖がカラン、と音を立てた。両手で目を抑え、苦しむ。

「バカめ。それは『ひかりの石』……砕けるとさらなる強い光を放つのだ」

 嘲笑うように、ホメロスはフールフールに言った。

「今のうちに叩き込むぞっシルビア!」
「言われなくても……アタシについてこられるかしら?」

 シルビアの剣は流れるようにフールフールに刻まれる。
 その剣技は羽のように柔らかくもあり、強靭なドラゴンの皮膚に届くほど鋭さもあった。

(あの剣の腕前……何者だ?)

 グレイグは目を見張りながらも、自身も負けずと、

「うおおお……!!」

 全身全霊、大剣で一刀両断する。フールフールの悲鳴が響いた。

「っおのれ……おのれ!このフールフールさまをこんな目に合わせて……!アナタ方には死よりも恐ろしい目に合わせてやりましょう……!!」
「なかなかしぶといな。さすが、魔王の手下か」
「俺たちは時間稼ぎだ」
「さあ、とどめを刺して!ユリちゃん、ロウちゃん!」

 ――眩む目で、フールフールは声の先を見る。そこには、肌で感じるほど魔力を研ぎ澄ましたユリとロウの姿があった。

「ユリ、いくぞい……!」
「いつでもどうぞ、ロウさま!」

 精神統一をしてからではないと放つことができない、二人のれんけい技にして、最終奥義。


 グランドネピュラ――!!


「ウ、ウソだァ!このワタシが負けるなんて……!グアアアア……」
「……他人のモノを欲しがるゲス野郎にはお似合いの末路よ」

 苦しむフールフールに、シルビアは芝居かかった口調で言い放った。
 ホメロスはゆっくり近づき、塵になろうとするその姿に言う。

「冥土の土産に教えてやろう。私の、いちばん大切なものだ」

 ……――ホメロスの頭に、数々の顔が思い浮かんだ。

 闇から救いだしてくれた、ユリ。
 罪を犯した自分に友だと言ってくれたグレイグ。
 自分を息子のように思ってくれているデルカダール王に、慕ってくれているデルカダールの兵士たち……。

 そして、自分を赦してくれた者たち――。

(……私にも、ずいぶん多くの守らなくてはならぬものができたものだ)

 それらを全部ひっくるめて、一言にするならば……

「――世界だ。私は勇者たちと共にこの世界を救う。それが私の贖罪だ」

 声を出せないフールフールは、目を見開いた。

「……フ。冥土の土産にもならんな。何故なら、お前は冥府にもいけず……このまま塵となって消え去るのだから」

 ……――哀れなものだ。

 きっと、自分もあのまま魔王の元にいたのなら、同じような結末を迎えていたのだろう。
 最後は勇者エルシス一行に倒され、闇に囚われたまま……苦しみながら独り消えゆく"夢"を見るからだ――。


「みんな〜っ、ケガないか?ハネのみんなと助けに来ただ!」

 脅威がなくなった場に、隠れていたチェロンが姿を見せ、檻に向かって叫んだ。

 それ〜〜♡

 続いて、自分たちの出番だと言わんばかりに、ナカマたちは一斉に乙女な仕草で走ってきて、檻の扉の鍵を次々と開けていく。

 喜びの声を上げながら、人々は檻の中から外へ出た。
 
「チェロン、ゆうかんなのね!閉じ込められていただけで、みんなケガはないわ。ありがとう!」

 一人の女性が腰をかがめ、チェロンの頭を撫でる。チェロンは照れくさそうに頭をかいて、はにかんだ。

「……旅の方。助けてくださって、ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか……」

 一歩前に出た老婆が、代表するように彼らに言った。

「いいってことよん!世界中のみんなを笑顔にすることが、アタシの使命だからね!ユリちゃんも、でしょ?」
「うんっ!」

 ユリも笑顔で大きく頷いた。助かった喜びや、お礼の言葉がその場に飛び交うなか――チェロンはその輪を抜け出し、宝の山から母のペンダントを必死に探す。

 しかし、なかなか見つからない。

「…………どんなものなんだ?」
「青い石の……ついた……っ」
「……これではないのか」

 ――しゃがんで眺めていたホメロスは、金貨の山から微かに覗くそれを指差す。

「あった!!母ちゃんのペンダント!!…………あっ」

 チェロンが手に取った瞬間。
 
「そんな……母ちゃんのペンダント……壊れちまってる。これじゃあ、父ちゃん、すごく悲しむだ……」
「そんなことないわ!!」

 落ち込むチェロンはその声に顔を上げる。近づいてくるのはシルビアだった。チェロンの側で膝を折り、その顔をまっすぐ見て話す。

「大切なのは気持ちよ!壊れていようと、チェロンちゃんの思い、きっと伝わるわ!たったひとりの家族なんでしょ!」

 その言葉なチェロンの顔はぱあぁと笑顔になり、大きく頷いた。それを見て、シルビアも優しく微笑み、頷く。
 チェロンはそれを大事に持って皆の元へ戻っていった。

 立ち上がったシルビアは、その後ろ姿を見ながら静かに口を開く。

「……子供は苦手じゃなかったの?」
「苦手なのではない、嫌いなのだ。見つからなくて騒がれたらたまらんからな」

 シルビアの問いに、ホメロスは仏頂面で返す。

「あ……!」

 なにかを思い出し、チェロンはスタスタとこちらへ引き返してきた。

「お兄ちゃん!見つけてくれてありがとう!」
「……たまたま見つけただけだ。礼などいらん」

 満面の笑みで言った子供にも、今度はぶっきらぼうにホメロスは答える。気にすることなくチェロンはにこっと笑い、再び駆けていった。

「アタシ……今のホメロスちゃんのこと、嫌いじゃないわよ♡」
「なっ……別に、私は嫌われていてもかまわ……」
「シルビアー!ホメロスー!みんなで村に帰ろうー!」
「あら、アタシたちのボスが呼んでるわ。さ、行きましょ」
「……ふん」


 ――さらわれた人たちと共に、再びパレードをしながら、プチャラオ村へと来た道を戻る。

「ふぁっふぁっふぁっ!フールフールのヤツ、たいしたことなかったの!ズルしようがわしらにはかなわないんじゃ!」

 道中、上機嫌にロウは言った。

「それにしても、シルビアのヤツがフールフールにうまのふんを差しだした時は痛快だったのう!シルビアもやりおるわい!」

 同じようにユリもにっこり笑って続く。

「してやったりって感じでスッキリしたね!うまのふんにそんな活用方法があるなんて、私、知らなかったな」

 たまに割ったタルから出てきて、がっかり顔をするエルシスの顔を思い出す。
 無邪気なユリに「あんな風に活用する機会も滅多にないだろうがな」と、グレイグが笑いながら言った。

「さらわれた村人たちが無事でよかったな。帰りを待つ、プチャラオ村のみんなも大よろこびするに違いない。しかし、残念ながらチェロンが探していた母親の形見は砕けていたようだな……。あれではバハトラもがっかりするだろう」
「ペンダントは残念だけど……バハトラさんも、息子のチェロンくんが戻ってくるのがいちばんじゃないかな」

 続けて話したグレイグに、そんな気がすると、ユリは微笑む。

「……そういえば、ホメロス。あの婚約者のくだりはまことの話なのか?」

 グレイグが生真面目に聞いてきて、ホメロスは呆れたように口を開く。

「あんなのデタラメに決まっているだろう。私に婚約者はいないし、必要もない」

 誰かを愛し、愛される資格もない――という卑下の言葉は、口に出すことはなかった。

「……そうか。いや、お前は貴婦人方に人気があったのでな。もしやと思って聞いてみたのだ」
「それはお前もだろう、グレイグ」
「なんじゃなんじゃ、モテ自慢かのう?ならば二人とも、まずはわしの武勇伝を聞かんとな!」

 ロウがウキウキと乱入してきて、ユリはその光景を楽しそうに眺めた。ロウは若い頃は「ぷれいぼーい」だったらしい。ぷれいぼーいがなんなのかユリの知識になく、よくわからないが。(あとで聞いてみよう)


 談笑しながら、躍りながら、奏でながら……。
 パレードは一段と賑やかに進行する。


 体感的には行きより早く着いたような気がしたが、辺りは薄暗くなってすっかり夕暮れのようだ。異変が起きた世界の空は、モヤがかなったようで時刻がわかりにくい。

「!見ろ……!さらわれた者たちが戻ってきたぞ!!」

 ――吉兆は瞬く間に村全体に広がり、人々は再会を大いに喜んだ。


「うむ、さらわれた人々が戻ってきたことで、村の誰もがよろこんでいるようだ。心なしかよどんだ風も澄んだように感じる」

 泣きながら抱き合っているもの、笑顔で無事を確かめ合うもの――喜びの形は皆それぞれだが、一つだけ言えることは……悲しんでいる者はもうここにはない。

「後はチェロンのことが気になるな。ユリ、村人たちの様子を見ながらバハトラの家に立ち寄ってみようか」
「そうだね」

 村の入り口からその光景をよかった、と見守っていたユリは、グレイグの言葉に頷く。

「再会によろこぶ村人たちを見ていると、十数年ぶりにエルシスと再会できたことを思いだすのう……。愛する者が帰ってきた村の皆はさぞうれしかろうぞ。いいことをするというのは気持ちいいわい」

 同じような眺めていたロウがしんみりとした口調で言った。その姿を見て、ユリはロウとエルシスが再び再会できるように、願わずにはいられなかった。


「ヤッホ〜♪さらわれて人たちが帰ってきて村のみんなとっても幸せそうよ!さあ、ボスも踊って歌ってえ〜!!」
「あなたたちの活躍で村に笑顔が戻ったのよ!みんなにカオを見せてやってちょうだい!」

 村のあちこちでナカマたちは踊ったり、演奏をしたり、人々の再会の喜びを盛り上げていた。
 ユリたち四人はフールフールとの戦闘でボロボロになってしまったので、パレードの衣装から着替えていたが、

「ボス、とっても上手よ♪」
「あはっ」

 ユリはナカマに手を取られ、ステップを踏むように踊ってみた。

「ややっ、聞きましたよ!あなた方が魔王のしもべを倒して村のみんなを救ってくださったと!村のみんなもよろこんでいます。フールフールを倒してくださって本当にありがとうございますっ!」
「ほっほっ!ほの暗い穴ぐらに押しこめられて死ぬまで穴の中かと思うて、絶望してたんじゃ。アンタたち、助けてくれてありがとうよ!」
「いやあ〜外の空気はうまいな!長い間、牢屋の中に閉じ込められてたから、小さなことでも感動しちゃうよ。一時はどうなっちゃうかと思ったけど……愛する彼女と外に出られて今はサイコーの気分さ!ありがとうな!」

 村の中を歩く度に、四人はそんなお礼の言葉をたくさんもらった。
 声をかける人々の中にはあのボンサックの姿も。

「いやーあのフールフールを倒すとは、あなたがた、とんでもなくお強いんですねー!誠におそれいりましたっ」

 彼と別れたあと、ロウがぼそっとユリに話しかける。

「あの者……以前、わしらと会ったことをすっかり忘れておるな」
「忙しそうな人ですし、以前と顔ぶれが違うのもあるかもですね……」

 ユリは苦笑いをして答えた。じつは、ちょっとユリも「あれ?」と、思っていた。
 対して、覚えていてくれたブブーカはそれを含めて称賛してくれる。

「オイオイ、あの魔物を倒したそうじゃないか!壁画の事件に続いてまた解決しちまうとは……お前さんたち、ただモンじゃねえ!すげえよ!」

「壁画の事件?」と、気になった様子のグレイグに「メルトアか……」そう呟いたホメロスは魔王側にいた際に把握していたらしい。

「うふふっ、アタシたち、世助けパレードの活躍で村の笑顔を取り戻すことに成功したわね!魔王の手下なんて、アタシたちの敵じゃないわ!」
「村の人たちがさらわれちゃって、一時はどうなることかと思ったけど、これでハッピーエンドね!さ、今は歓喜のダンスを踊りまくるわよ〜!それ、それ、あそ〜れっ!」
「あなた、パレードのボスなんですってね!この変わった人たちを率いてただなんて……かわいいカオしてハンパないわね!」

 最初は不信感を持っていたバニーガールの彼女も、今はナカマたち共に楽しげに踊っている。

「ううっ、家族っていいわねぇ〜。村のみんなのハッピーな様子を見ていたら、思わずウレシ涙が……、グスッ」
「やだ……みんなのよろこびの涙でアタシまで泣けてきちゃったじゃないの。ああ、家族愛って美しいわ……」

 ――一方で、しんみりと再会を喜ぶ姿もあった。

「あっ、お姉さんたち!助けてくれて、ありがとう!魔物はこわかったけど、オイラ最後まで泣かなかったんだよ!えっへん!」
「……まあ、旅の方。村を救ってくださってありがとうございます。どんなお礼をしても感謝しきれませんわ。……それにしても、この人ったら普段は強がってるクセに、こんな時はワンワン泣くんですよ」
「うおおお〜んっ、おまえらが帰ってきて、オラ、うれしいだよ〜っ。さびしかっただあ〜。これからはずっと一緒だべさ〜」

 ……どうやら、妻と息子がさらわれたらしく、その夫は歓喜の号泣している。
 さらわれたということは、彼にとっての一番大切なものが、妻と息子だったということだ。

「でも、そういう夫の不器用で優しいところが好きで一緒になったんですよね。すこしだけ、ホレ直したかもしれんわ」

 夫を見ながら、眉を下げた彼女は幸せそうに笑う。ロウはその家族に「末長く仲良く暮らしての」と、朗らかな笑みを浮かべて言った。

「うふふっ、すぐにとはいかないでしょうけど、以前のにぎわっていた時のような、にぎやかな村に戻っていくといいわね」

 音楽を奏でるナカマが言って、ユリも頷く。

 階段の上からプチャラオ村を見渡した。

 一時期、壁画によって異様な活気も見せた村だったが、本来の自然な姿の村に戻るといいな――ユリはそう思う。

「今度のことで、ボクにとってヨメさんがどんなに大切だったかを思い知ったのさ。あなた方には感謝してもしきれないよ!」

 自分たちにとって、大切なものはなにか気づいた人たちが暮らす村だ。
 きっと、暖かな素敵な村になるだろう。

「……私、じつはね、ここに済んでから結婚相手が主人でよかったのかなってずっと心に引っかかってたの」

 男の妻が、こそっとユリに話しかける。

「けど、一番さらわれてから主人とまた会えた時、この人でよかったって心の底から思ったの。私の選んだ人は間違いじゃなかったんだわ」

 そう照れくさそうに話す彼女に、ユリはロウのように「末長くお幸せに暮らしてください」と、満面の笑みで言った。

「村のみんなが帰ってきてサイコーッ!アタシのドラムも最高潮よっ!そ〜れ、ドンドンドンッ!」

 ナカマたちが奏でる楽しげな音楽は、村のどこにいても響き渡っている。

「パレードの人のとびきり明るい様子を見てたら、奪われたお店の商品で落ち込んでたのがバカみたいに思えてきちゃったわ。……なくしたなら、また探せばいいのよね!おかげでお金やモノよりも、もっと大切な何かに気づけた気がするわ!おじいちゃんもあの時、励ましてくれてありがとう!」
「なんのなんの。そなたが元気になって何よりじゃ」

 前向きな人たちの姿には、こちらまで元気をもらえるようだ。
 そんな中、ユリはこの空気に少し浮いている男に話しかけられた。


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