その一歩を踏み出すために、シルビアは足を進める。
「おお、そこにいるド派手なハネの男!」
すかさず門番の男がシルビアの格好を見て、呼び止めるように声をかけた。
「……ここから先はジエーゴさまのお屋敷。ご主人さまは寛大だから、入ってもかまわんがくれぐれもそそうのないようにな」
「ご心配なく。……自分の家に帰るだけよ」
「へ……?」
そう答え、シルビアは敷地内へと足を踏み入れる。
その目に飛び込むのは庭園だ。
父が母のために作ったもの。母が亡くなってからも手入れはかかさずにさせて、一年中、美しい花が咲き乱れている。
――ママ。アタシ、帰ってきたわ。
シルビアは心の中でそっと呟く。屋敷には彼女の肖像画が飾られているが、この花園にシルビアは母を感じた。
「お…おいっ、何者だ、そこのハネの男!さてはくせ者か……!今すぐにこの屋敷から立ち去るがよい!」
屋敷ではシルビアの姿を目にするや否や、護衛の男が叫んだ。弁解しようとするユリたちに、シルビアはそっと手で制止する。
「……ひさしぶりね、ゴンザレス。おくびょう者のあなたが、屋敷の護衛役なんてずいぶん出世したじゃない」
「むむっ、貴様……どうして私の名前を???」
「相変わらずネズミは苦手なの?タワシと間違えて、ネズミをつかんだ時がいちばん傑作だったわね」
「…………!そ、そんな……まさか……」
――その出来事を見ていた者は、一人しかない。
そして、恥ずかしくて他言無用をお願いした少年は、絶対に約束を破る者ではない。
ならば、答えは一つ。
ゴンザレスの顔はみるみるうちに驚愕していく。
「ふふっ、そうよ。おどろいた?」
「ゴリアテさま!ま、まさか、お帰りになる時が来るとは……。おなつかしゅうございます!」
その顔は驚きから歓喜に変わった。
「今まで屋敷を空けていてごめんね。……ねえ、ゴンザレス。屋敷を見てまわってもいいわよね?」
「もちろんです、ゴリアテさま!どうぞ、ごゆっくりなさってください!」
シルビアは屋敷の中をぐるりと見回す。……あの頃と、ちっとも変わっていない。
「ゴリアテさまは少年の頃からめっぽう強くて私のほうが年上だというのに、稽古で何度もコテンパンにされたもんです」
懐かしそうに屋敷を見て回るシルビアを見ながら、ゴンザレスはユリたちに言った。
「そのゴリアテさまに、こうしてまた会えるとは夢にも思いませんでした。あの頃のことも、今となってはいい思い出ですよ」
彼から鼻をすする音が聞こえる。この反応を見て、きっとシルビアを知る誰もが彼の帰りをずっと待っていたのだろう。
「ぜひとも、ジエーゴさまやセザール殿にもお会いになってください!」
ゴンザレスは語気を強めて言った。ゴリアテさまの帰りをずっと待っていたのは、このお二人だろう――と。
「ねえ、ユリちゃん!ちょっと来て」
そこでユリはシルビアに呼ばれ、彼の元へと駆け寄った。
「紹介するわ。――アタシのママよ」
壁に飾られているのは大きな肖像画で、その中に描かれていたのは美しい女性だ。
「シルビアはお母さん似なんだね」
「ふふ、そう思う?アタシは会ったことがないの。アタシを生んですぐに亡くなってしまったから……」
「……そっか」
悲しげに呟いたユリに、シルビアは変わらぬ調子で続けて話す。
「ママの名前はガーベラ。花の名前ね。そして、芸名はシルビアって言うの」
「っそれって……」
……そう。シルビアはパチンとウィンクをした。
「アタシのママは旅芸人だったの。運命だと思ったわ。この名前は彼女からもらったもの。アタシの憧れの女性……ママみたいになりたいって」
……その話を聞いて、ユリは「素敵」だと口にする。
「私……シルビアの本当の名前を知ったとき、どちらで呼んだらいいか考えたの」
その言葉を聞いて、シルビアは真顔でブンブンブンと首を横に振った。彼女の口から「ゴリアテ」とはちょっと呼ばれたくない。
「でも、これまで通りシルビアって呼んでいい?」
「ええ、もちろんよ!」
自分も本名はユリスフィールという名だ。
でも、"ユリ"という愛称でみんなから呼ばれている。
シルビアのことも、これまで通り親しみを込めてそう呼びたいと思った。
「さあ、そろそろパパにも会いにいきましょうか」
ジエーゴの自室に訪れると、ジエーゴはグレイグと談笑していたようだ。
「遅かったな」
グレイグはユリと、その後ろに隠れ……いや、全然隠れきていないシルビアに言った。
「……おう、聞いたぜ、勇者さんよ。どこかのお嬢さんかと思ったら、大層な使命を背負ってグレイグと旅してんだってな。ここに来るまでずいぶんと苦労したろ」
ジエーゴの言葉にユリはにこやかに答えるも、後ろで「あ…」とか「あ、えー」とか、そわそわしているシルビアが気になって仕方がない。
「まあ、すっかりシケた町だけどよ。ゆっくり休んでいってくれや」
「パ……」
控えめに発せられた声はもう一度。
「パパ……ただいま」
ユリの後ろから顔を出したシルビアは、ジエーゴに向けて手をひらひらさせた。
「誰だぁ、てめえ……?」
怪訝に口を開いたジエーゴだったが、すぐにはっと気づく。
「……っ!てめえは!?」
その一言のあと、ジエーゴは勢いよくベッドの上に立ち上がる。
「わが息子、ゴリアテっ!!どのヅラさげて帰ってきやがった!!」
「ひっ、ひいいい、ご、ごめんなさい!!」
ユリの後ろで身を縮こませるシルビア。ユリはユリで、ジエーゴは自分の後ろにいるシルビアに言ったとわかるが、その迫力に圧倒されていた。
怒声に身体がピリピリしている。
「ごめんなさいだと?……おい、ゴリアテ。てめえ、何かカン違いしてねえか?」
ジエーゴは呆れた様子で腕を組むと、隠れきれていないシルビアに言った。
シルビアはえ……?と、驚きながら折り曲げた身体を戻す。
「てめえの騎士道ってやつで、世界中を笑顔にできたのか?」
その問いに、シルビアはユリの後ろから出てきた。
ジエーゴの前に立つシルビアは、本来の低い地声で答える。
「……いいえ、まだです」
「だったら……なぜ帰ってきやがった!!」
その答えに、ジエーゴは腕を振り、声を荒らげてシルビアを糾弾する。
「てめえは大口たたいて出ていった。なのに、夢を果たさぬままよくも抜け抜けと!そんな風にてめえを育てた覚えはねえぞ!」
そう叫んだあと、身体を押さえ痛む声を出すジエーゴに「大丈夫ですか……!」ユリは思わずそばに寄った。
ジエーゴは大丈夫だ、とユリを手のひらで制止した。
「パ、パパ……。まさか、それって……」
ジエーゴはゆっくりとベッドの端に腰かける。
「……ちくしょう。こんな身体でなきゃ、てめえをぶん殴ってたところだ」
「ありがとう、パパ!ずっとアタシのこと、認めてくれてたのね!」
シルビアは表情を明るくさせ、両手を組んでジエーゴに言った。
「アタシ、たしかに夢半ばのまま帰ってきちゃったけど、それには理由があるの」
ジエーゴはわかっているというように頷く。
「……魔王か」
「そう。魔王がいる世界じゃ、人は心の底から笑えないの」
真剣な顔と声で――。シルビアはもう逃げない。
自身のやるべきことをジエーゴに伝える。
「……だから、アタシ、魔王を倒す。そして、明るいセカイを取り戻して、今度こそ夢を叶えてみせるわ!」
それこそが、自分の騎士道だ。
シルビアの話を聞いてジエーゴの肩が震えたと思えば、その口から笑い声がもれた。
「ハッ!魔王を倒す、だと?てめえまたドデカイこと言いやがったな!おもしれえ、やってみやがれ!」
「ええ、必ず!騎士に二言はないわ!」
――その二人のやりとりを見て。
シルビアは母親似だとユリは思ったが、中身は父のジエーゴに似ていると思う。
「……それでじつは、パパにお願いがあってきたの。魔王を倒すまで、アタシのナカマたちを預かってほしい。そして、アタシの代わりにみんなの中心になって、導いてほしいの」
「ハッ!そんなもん、お安いご用よ!こまってる人を助けるのが、騎士道ってもんだ!」
二人とも、そっくりな信念を持ち合わせているからだ。
「えっ、パパ、ホント!?」
「おうよ、ドーンと引き受けてやらあ!騎士に二言はねえ!」
ジエーゴは二つ返事で答えると、同時にドンッと胸を叩いた。
「キャ〜ッ、パパ、ありがと〜!」
いつもの調子に戻ってシルビアは礼を言う。
おう、と普通に頷くジエーゴに――グレイグは脱帽していた。
自分はこのシルビアがあのゴリアテだと気づいたとき、激しく動揺したが、ジエーゴは終始冷静だ。
ありのままの彼を受け止めている。さすが我が師だ。(フッ……俺もまだまだだな)
「……それじゃ、みんな!パパにあいさつなさい!」
そうシルビアは扉の向こうに呼んだと思えば、ピーと指笛を吹いた。
………………ん?
その場にいた者たちは全員、首を傾げる。
――しばらくして、なにやら家全体が揺れ始めた。
扉の向こうから感じるのは凄まじいパワー。
ドドドドという足音がこちらに迫ってくる!
扉が勢いよく開いたと思えば、一斉に入って来たのは黄色い声を上げるナカマたち。
その場にいる者たちは、初めて見る生き物を見たような顔をしていた――と、後にホメロスは語る。
「キャ〜ッ!!キレイなお部屋〜!ステキ〜!」
ナカマの一人が口を開いたら、ジエーゴたちは「お、おお……」と、驚いている。
「わ〜オネエさまのパパ!カッコイイ〜!これからよろしくね!」
彼らは広い部屋を、キャッキャッと自由に見て回った。
「オネエさまったら、こんな立派でステキなお屋敷で生まれ育ったのね!どうりで身の振舞が優雅なワケだわ!」
「わあ〜オネエさまのお父さまステキ〜!男気があって、とっても頼れそうだし……こんな風にお会いできるなんて、感無量だわ!」
「オネエさまとパパは十数年ぶりに再会したのに、そんな年月を感じさせない様子よね〜。親子の心の絆って、そういうものなのかしら?」
その中には、アリスの姿まであり……
「あっしもシルビアねえさんのお父さまにご挨拶したく……」
だそう。
「オ、オイ!ゴリアテっ!コイツぁ、いったいどういうことだ!?」
シルビアはその問いに答えず、くるりとジエーゴに身体を向けて。
……気づくとジエーゴは、ナカマたちに囲まれていた。
……!?
彼らは自分になにかを期待するような目で見ている。
「はい、パパ。これを着てね♪」
シルビアはどこからか取り出したその衣装を……
「??おいおい!な、何しやがんだい!!」
――ああ、ジエーゴ殿、ご愁傷さまです。
ホメロスは心の中で合掌した。
それは、少し前に自分も無理矢理されたこと。
何気にバカ力で抗えなかったのだ。グレイグと張り合っていただけある。
「な、なんだあこの服は!こんなモン、聞いてねえぞ!!」
シルビアと同じようなパレードの衣装を着たジエーゴがそこにいた。
違う部分といえば、装飾品の色ぐらいだろうか。
似合って……いるような気がする、とユリは思う。
「だって、アタシの代わりにみんなの中心になってくれるって言ったじゃない。……騎士に二言はないんでしょ?」
ぐっ……!最後にその言葉を言われしまえば、ジエーゴは反論ができない。
拳を握りしめ、くやしげに歯を食い縛っている姿に、周りから笑い声が上がった。
「……まあ、なんだ、乗りかかった舟だ。この妙なヤツらはドーンと俺にまかせとけ。安心して魔王をぶっ倒してくるんだな」
すぐに状況を受け入れてジエーゴはシルビアに言った。
そのどっしり構えた姿に「さすがジエーゴ殿じゃのう」と、ロウは感心する。
「ええ、必ず!魔王をぶっ倒して世界中に明るい笑顔を取り戻して見せるわ!」
「相変わらず威勢だけはいっちょ前だな!魔王を倒したら、ぜってえに帰ってこいよ!てめえには言うことがごまんとあるからな!」
――物語で言えば、ここでハッピーエンドだろうか。
だが、自分たちの物語はここで終わらない。
あの時、シルビアは「魔王と戦って命を落としてもかまわない」と、言った。
その覚悟をユリは受け入れたが、この光景を見て、迷う。
あの時、自分は……生きて帰ろうなんて、無責任なことだと言えなかった。
なにが正しくて、なにが間違っているのか、ユリは時々わからなくなる。
「……ユリさま、どうかされましたか?」
「あ、ううん!シルビアがお父さんと向き合えてよかったなって」
「どうにか収まるとこに収まりましたね」
ホメロスと共に賑やかな光景に、再び目を向ける――
「どこのウマの骨とも知れぬアタシたちをこころよく迎え入れてくれるなんて、パパったらなんてふところが深いのかしら!」
「パパったら衣装似合ってるじゃない!さすがはオネエさまのパパ!着こなし方も一流で、とってもラブリーだわ♪」
「このお部屋、踊れるくらいに広いわよっ!ダンスでパパを元気づけられるわ!オネエさまのためにもアタシ、がんばるわ!」
「一つだけ言いてえ……。俺はお前たちの「パパ」じゃねえッ!!」
きゃあ〜!怒鳴り声にも、何故か彼らからは黄色い悲鳴が上がった。
「だって……」
「ねえ?」
「シルビアお姉さまのパパは……」
「「アタシたちのパパよ!」」
ポーズを決めて、声を揃わして言った彼らに、ジエーゴはがっくしと肩を落とした。
「……もういい……好きに呼んでくれ……」
「さすが、ジエーゴ師匠。その柔軟さに感服いたします」
「それは諦めじゃないのか、グレイグ」
「シルビアとジエーゴ殿の確執が解けて本当によかったのう!ジエーゴ殿、パレード服も似合っておるぞ!」
その場に笑い声が上がり、ユリもいつの間にか笑っていた。
「ええと、ご主人さまのご子息、ゴリアテさまが十数年ぶりに不思議な姿で帰られて。さらに、たくさんのお友達もやってきて……。状況を理解しきれていないけど、ジエーゴさまもお元気になったようだし、これで一件落着ってことよね!きっと!」
メイドの言葉に、ユリは笑顔で頷く。
「ああ、ゴリアテぼっちゃん……もうすこしゆっくりされてもいいのに、すぐに旅立たれてしまうのですね」
「セザール……アナタには苦労かけてばかりね。魔王はアタシが絶対に倒してくるから、それまでパパのこと支えてあげてね」
「ええ、もちろんです。魔王討伐のあかつきには、必ずやここへお帰りになってくださいまし。私はずっと、ぼっちゃんのじいやですぞ」
最後にセザールは「皆さま、ぼっちゃんのことを宜しくお願いします」と、頭を下げ、四人も答えるようにセザールに頭を下げた。
一日ぐらいここでゆっくりしていってもいいとユリは思ったが、シルビアは首を横に振る。
「パパに早くいけって怒られるわ」
そう笑って言ったシルビアに、ユリも「そうかも」と笑顔で同意した。
「町を飛びだしたあの頃は、自分のことばっかりで、パパの気持ちなんて考えもしなくて……誤解したままずっと町に帰らなかったの。……けど、やっとパパの気持ちがわかったわ。これも、ユリちゃんのおかげね。ホントにありがとう!」
「私はなにもしてないよ。シルビアが勇気をだして向き合ったたからだよ」
「ンもう〜〜!ユリちゃんってばホントに恥ずかしがり屋さんなんだから!」
これは、恥ずかしがり屋になるの……?
「相変わらずジエーゴ殿はしかめっ面じゃったが、十数年ぶりにシルビアと再会できて本当はとてもうれしかったはずじゃ。ケンカ別れしたとはいえ……息子に再会してうれしくない親父がどこにいるものか。……そう、あのプチャラオの親子のようにな」
ロウに続いて、グレイグも口を開く。
「ジエーゴ師匠は、とうの昔にシルビアの旅芸人の修行を認めていたのか。ふたりのわだかまりが解けてよかったな」
そう笑顔でシルビアに言って、シルビアは「ありがとう」と素直に答えた。
「しかし、シルビアの正体がゴリアテであると、俺はなかなか気づけなかったが……ジエーゴ師匠は一発で息子だと見抜いた。俺には子がいないゆえ、わからぬが……あんな風にすぐにわかってしまうのが、親子というものなのだろうな」
その言葉には「グレイグがニブチンなだけよん」と笑って一蹴して、グレイグはうっと言葉を詰まらせる。
「さあ……パレードのみんなに伝えなくちゃならないことがあるわ。ひとまず、屋敷の外に出ましょう」
五人となった彼らは、屋敷の出口へと向かう。
「オネエさまのお屋敷に着いたわよ〜っ!アタシのドラムも絶好調だわ!ドンドンドンッ!」
「このお屋敷、追いかけっこできるほど広いわよ!ダンスのスペースも十分にありそうだし……ここなら毎日退屈しなさそうねっ!」
「玄関だけでワタシの家の100倍の広さよ!お客さんのお出むえで筋肉痛よ〜」
玄関前の広間も、ナカマたちによって賑わていた。
「物静かだった屋敷が、まるでサーカス場のようだ。新たなソルティコの名物になるやもしれんな」
「あら、素敵じゃない♪」
「あっ、ゴリアテさま!こ…これは何事でしょうか……?」
事情がわからず困惑して声をかけてきたのは、ゴンザレスだ。
「この屋敷で預かってもらうことになった、アタシの大切なナカマたちよ。ゴンザレス、これから仲良くしてあげてね!」
「えええっ、そ…そうなんですか。……くわしい事情はぞんじあげませんが、この者たちは私たちにおまかせください!」
戸惑いつつも頼もしいゴンザレスの言葉に、シルビアは満足げに微笑んだ。
「いよいよ、オネエさまとお別れなのね。信じたくないけれど、魔王を倒せるのはオネエさまくらいだもの……応援するわ!」
――彼らとのお別れ。シルビアはジエーゴの屋敷前に、ナカマたちを集めた。