カミュとの再会

 先ほどと打って変わり、ナカマたちは誰もが悲しみに暮れていた。
 彼らのすすり泣く声が、辺りに響く。

「みんな、いいわね。パパの言うこと、ちゃんと聞くのよ!」

 シルビアは人差し指をまっすぐ向けて、ナカマたちに言い放った。
 その言葉に、彼らの泣き声はさらに大きくなる。
 ナカマの一人がシルビアに駆け寄った。

「オネエさま〜ッ!行かないで〜ッ!やっぱり、お別れなんてイヤよ〜っ!」
「アタシだって、みんなとお別れするのはとっても悲しいわ」

 シルビアは皆に悲しい顔を見せないようにか、空を見上げる。

「だけど、みんなの笑顔を奪う魔王ちゃんを倒さなくっちゃ。それまでの短いお別れ」

 振り向いたシルビアが彼らに頷くと、ナカマたちも弱々しくも頷き返した。
 それを見て、両手を広げたシルビアはナカマたちに言う。

「……たとえ、どんなに遠く離れようと、アタシたち、ずっとナカマよ!!」
「オネエさま〜ッ!こまった時はいつでも呼んでね!アタシたち、どこであろうと駆けつけるから!」


 シルビアはユリとのれんけい技『ナカマよび』が使えるようになった!


(……ん?ナカマよび?)


 ――ナカマたちは、シルビアとユリたちに大きく手を振る。
 またいつか会える別れだとしても、今まで共に旅してきた者たちと離ればなれになるのは寂しいもの。
 背中を向けるシルビアから、鼻をすする音が聞こえた。

「パレードのみんなとの別れは悲しいけれど……パパやソルティコのみんなと仲良くして、町を活気づけてくれるのにちがいないわよね」

 シルビアは涙で潤んだ瞳を、ユリに向ける。

「……こうしてるうちにも、魔王の手によって、新たな悲しみが生まれているかもすれない。そんなことは絶対にアタシが許さないわ。魔王を倒して、みんなの笑顔を取り戻すわよ。未来はアタシたちにかかってるんだから」

 決意はしていた。ユリに話したときから。これからは、まっすぐとその道を仲間たちと歩む。

 自身の騎士道のように――

「……アタシのワガママにつきあってくれてホントにありがと!ユリちゃん、改めてよろしくね!」


 シルビアが ふたたび 仲間に加わった!


「ゴリアテ……いや、シルビアが旅に加わって少々やりづらさはあるが……大きな戦力となることは間違いないだろう」
「そういえば、シルビア……でいいか?」
「ええ、なにかしらホメロスちゃん?」
「グレイグは大体の事情は把握できると思うが……私の話だ」

 魔王に心酔していた自分が、何故勇者の旅に同行することになった経緯を先に話しておきたい、とホメロスは言った。……が、シルビアはウフっと笑ってホメロスに言う。

「そんな細かいことはいいわよ〜!ユリちゃんたちを見ていれば、なにがあったのかわかるわ」
「しかし……」
「謝罪とかもいらないわ。アタシとホメロスちゃんの仲に必要ないでしょ?フフフ♪」
「お前たち……いつの間にそんな仲に……」
「……おい、グレイグ。なにを動揺している。妙な勘違いはやめろ」
「言ったでしょ――」

 そこでシルビアはパチンとウィンクをして、ホメロスに言う。

「アタシ、今のホメロスちゃんのことは嫌いじゃないわよって♡」

 これがナカマたちならキャ〜と歓声が上がるだろうが、相手はホメロスだ。

「……好きにするがいい」

 ため息混じりの声と共に、そっけなく仏頂面で返した。

「だが、一つだけ言いたい。ちゃん付け呼びはやめろ」
「イ・ヤ♡」
「!……なら、私もゴリアテと呼ばせてもらおうか」
「ユリちゃ〜ん、ホメロスちゃんがイジワルするわ〜!」
「ユリさまに泣きつくんじゃない!」
「すっかり馴染んでおるように見えるのう」
「道中、賑やかになりますね」

 微笑ましくその光景を眺めるのは、ロウとグレイグだ。

「さあ、これからどこに行きましょうか、ユリちゃん!アタシの船なら、今まで通り自由に乗っていいわよ!」
「がってん!」
「ありがとう、シルビアにアリスさん!」
「うむ。船を使えば、一気に行ける場所が広がるからのう。これで、勇者ローシュの足跡をたどる旅も大きく前進じゃな。ふぉっふぉっ。ユリよ、引きつづき仲間を探し、ラムダを目指そう」
「あら、目的地は双子ちゃんたちの故郷でもあるラムダなの?それじゃあさっそく、シルビア号は役に立つわね!」
「わしらの目的は仲間を探すことと――……」

 ロウは目的地がラムダの理由をシルビアとアリスに話す。

「神の乗り物で空を飛ぶ……ワクワクするわね!」
「ラムダがある大陸でしたら、ちょうどソルティコの町の水門から外海へ出て行けるでがす」
「行く途中、ちょうど寄りたいところがあって……」

 そこで、ユリは皆に提案する。

「……白の入り江に」

 ――命の大樹が落ちたあと、自分は海底王国ムウレアで目覚めたのだと、ユリは皆に話した。
 そして、魔王の手下の魔物に王国を襲われ、最後に目にしたのは、混乱しながら逃げ惑う人魚や海の民の姿だった、と……。

「もしかしたら、ロミアさんは白の入り江に逃げ込んでいるかもしれないと思うの」
「そうね……アタシもロミアちゃんのこと心配だわ」

 白の入り江なら、ソルッチャ運河から外海へ出たその先にあるので、北の大陸に向かう途中に立ち寄れる。
 ユリのロミアの身を案じる願いに、もちろんと四人は聞き入れた。

「……ユリさま」

 歩きながらホメロスが、控えめにユリに声をかけた。

「海底王国を襲ったのは、覇海軍王ジャコラという六軍王の一人です。与えられたのは、レッドオーブ……」
「やっぱり、魔物にオーブを与えられて……」

 ホメロスは神妙に頷く。それぞれオーブを与えられた魔物たちは、強大な力を得て魔王の命令で動いている者もいれば、己の意思で好きに動いている者もいるという。

「私に与えられるオーブはシルバーオーブでした。今はきっと、魔の私が宿していることでしょう」
「……ホメロス……」
「必ずや、私がこの手で倒し、ユリさまにお返しいたします」

 覚悟の表情と真剣な声で言ったホメロスに、ユリは彼の目を見て、しかと頷いた。

「では、あっしは一足先に船に戻ってますんで、皆さん、買い出しの方をお願いしやす」

 アリスはシルビア号の準備をしに、ソルティアナ海岸へ一人歩いて行った。その背中を見つめて、グレイグは口を開く。

「この辺りも魔物が多いが、アリス殿は一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫よ!戦闘メンバーじゃないけど、しっかり強いのよ、アリスちゃん」

 心配そうなその問いに、シルビアは片目を瞑り笑って答えた。確かに……アリスの上半身は逞しい海の男のように鍛えられているので、説得力はある。

「さ、アタシたちは買い出しよ。荷物運びに期待してるわね、グレイグ」

 シルビアの言葉に、グレイグは肩を竦めて笑ってみせた。
 だが、グレイグの力持ちを発揮するのは次の機会となる――……


「……ふむ。おぬしたちならば、あの誇り高きれんけい技を使うことで、それも可能かもしれん」

 彼らを見て、老人はなにやらぶつぶつ呟いた。……誇り高きれんけい技?目の前を通り過ぎようとした一行の足は、その言葉に思わず足を止める。

「なあ、旅の方。旅の途中ですまんが、ひとつ、やってもらいたいことがあるんじゃ。わしの頼みを聞いてはくれんか?」
「ええ、なんでしょうか?」

 にこやかに答えるユリに、老人は続けて話す。

「メダチャット地方にある怪鳥の幽谷には、あくまのきしという魔物がおってのう」

 あくまのきし……?自分たちが訪れた際は見かけなかったと、ユリ、ロウ、シルビアは顔を見合わせた。

「ヤツらは以前、名のある騎士じゃったが、魔物になったことで誇りを失い、悪さをはたらいているようなのじゃ。騎士の名を冠するのに、騎士の風上にも置けん。ここはガツンとこらしめて、ヤツらに騎士としての誇りを取り戻せねば……」

 老人の話から騎士という単語が出て、騎士であるグレイグとホメロス、騎士の心を持つシルビアは興味を持ったようだ。

「どうやったら取り戻せるんでしょうか」
「それには、とある誇り高きれんけい技、ナイトプライドを使ってあくまのきしを倒すんじゃ。ひょっとするとこれで、あくまのきしも失われた騎士の誇りを取り戻すやもしれぬ」

 剣を使いこなす者が三人集まることで、発動するれんけい技らしい。

「ユリちゃん、アタシたちで引き受けましょ」
「ああ、同じ騎士として見過ごせん」
「私も同様です。他人事とは思えませんので……」

 シルビア、グレイグ、ホメロス――それぞれの騎士としてのプライドを感じ、ユリは三人にお願いすることにした。

「おお、引き受けてくれるとはありがたい。ヤツらをガツンとこらしめてくれ」

 騎士の顔つきで、三人は騎士道を重んじる老人からクエストを引き受けた。

「旅立つ前に、俺たちはさっそく行ってこようと思う。すまないが、買い出しは二人に頼めるだろうか」
「こっちはまかせて!」

 申し訳なさそうなグレイグの言葉に、ユリは笑顔で答える。
 一方のロウは「おお、そうじゃった!」と、なにかを思い出した。

「じつは、わしもクエストを引き受けて、ユリにちとお願いしたいんじゃ」
「私に?なんでしょう、ロウさま」
「おぬしにしかできぬクエストじゃぞ!」

 ほっほ、と上機嫌に笑うロウに「そうであった……」と、ホメロスは片手で額を抑える。

「すみません……ユリさま。私には暴走する老人を止めることはできませんでした……」
「?」
「ユリにしかできぬクエスト?そもそもいつ受けたんだ?」


 グレイグの問いに、ホメロスは詳しく話す――……


 それは、ソルティコのビーチでシルビアとユリが話をしている間、ロウとホメロスが離れた砂浜で待っているときだった。

「……お…おお、おぬしはいつぞやのバニー同盟のロウ殿でないか……」

 そうロウに話しかけてのは『ああ、思い出のバニーちゃん』のクエストをお願いしたご老体だった。

「!おぬし、一体どうしたのじゃ!あんなにバニーへの愛に溢れておったのに、今はこんなに衰えておるではないか……!」

 バニー?と訝しげに思ったホメロスだったが、関わりたくないな、と二人を無視していた。

 それでも、会話は自然と耳に入ってくる。

「わしはもうだめじゃ……世界がこんな風になってしまい、夢も希望もない」
「なにを言っておるんじゃ。わしらにはバニーちゃんがおるではないか」
「ロウ殿……今のわしの願いを聞いてくれんかのう?」
「なんじゃ?わしにまかせい!」
「冥土の土産に、わしはメイドさんに会いたいのじゃ……」

 ……メイド?まっすぐ海を眺めているホメロスの眉間にシワが寄った。

「詳しく話せんが、わしは職業柄たくさんのメイドを見てきた……。メイドに対して目が養っておる。おぬしはどんなメイドがよいのじゃ?」

 メガネメイドか……ドジっ子メイドか……暗殺を得意とするメイドか。
 最後のメイドは「だめだろう」とホメロスは思った。

「ワシの求めるメイドさんは……おぬしの仲間にいるべっぴんさん……そう!弓姫のおじょーさんじゃ!」

 …………………。

 ご老体は向こうでシルビアと話すユリを凝視しながら言った。

「ロウ殿、頼む!弓姫のおじょーさんにメイドさんになるところをワシに見せてくれんか……!?」
「おい、スケベジジイ。それ以上ユリさまを侮辱したらただじゃおかんぞ」

 ユリの名前が出たら黙っておれず、ホメロスは悪役に戻ったかのような鋭い目付きをしてご老体に言う。

「まあ待て、ホメロス。老人は労るものじゃぞ。その頼み……わしらが引き受けよう!」
「ロウさま!?」

 ユリの了解も得ずに、勝手にロウは引き受けた。ホメロスは信じられんという目をして彼を見る。

「フフフ……さすが我が同士よ」
「ご老体……ユリ嬢に目を付けるとは相変わらず良い慧眼をお持ちじゃ」

 このムフフジジイ二人をたたっ斬るか……と、本気でホメロスは悩んだ。

「メイドさんとなった彼女がその晴れ姿を見せてくれるのを、ワシはここで待っておるぞ」

 ……――ホメロスは正直に話した。
 ロウが勝手に『冥土のメイドさん』のクエストを引き受けた……と。

「んもう、ロウちゃんったら!」
「ま……まあ、メイドの格好になるぐらいだったら……」
「さすが、ユリじゃ!おぬしならそう言ってくれると思ってたぞい」
「メイド……だと!?」

 真剣な顔で言ったグレイグへ、皆の視線が集まった。グレイグはゴホンッとごまかすように咳払いをする。

「しかし、メイド服なんて持っているのか?」
「大丈夫じゃ……この日のために『メイド衣装のレシピブック』をわしは持っておる!」
「何故、持っておられるロウさま!」
「おお、さすがはロウさまだ!」
「グレイグ、アナタ……」

 ――そして、ロウに急かされ、ユリはふしぎな鍛冶でメイド服を作って、自分で着た。

 てっきり、ジエーゴの屋敷のメイドさんのような衣装だと思っていたら、なんか違った。
 黒いワンピースに白いエプロン、スカートの丈は短い。

「おおっ!あのべっぴんさんをコーディネートしてきたのじゃな。では、さっそく拝見しよう!どれどれ……」

 老人は衰えていたのが嘘のように、ユリのメイド姿を眺めて、興奮のまま叫ぶ。

「うぷぷ……!こ…これはすばらしい!なんと麗しいメイドさんじゃ!清楚な雰囲気に、献身的に世話をしてくれそうな心が見える!白と黒のメイド服は萌えの原点にして頂点……!それを嫌みなく着こなすおーじょさんに、わしの目は狂いはなかった!絶対領域サイコー!」
「…………?」

 ちょっとよくわからない!

「そうじゃろうそうじゃろう!さすがユリ嬢じゃのう」
「貴様らその辺にしておけよ」

 立場も忘れて、ホメロスは暴走する老人二人を叱咤した。

「…………よい」
「ちょっとグレイグ……ユリちゃんを変な目で見たら、アタシが許さないわよ」
「もう着替えてきていいかな……」

 ため息を吐いて。落ち着かない格好に、ユリは早々に元の服装に戻った。

「青春のバニーちゃんを拝め、憧れのメイドさんに会えた……これでわしは安心して冥土に行ける……!ありがとう」
「なにを申す、これからも長生きしようぞ、同士よ!」

 ぐっと二人は熱く手を握り合う。なんか、いつまでも元気で長生きしそうだ……と、口には出さず皆は思った。

「天使のわっかだ!」

 お礼にもらった頭装備の「天使のわっか」に、ユリは喜んだ。天使の力を失い、頭に光輪がないユリにとって、これを付ければ見た目だけでも天使っぽくなれる。

「よかったですね、ユリさま」
「うん!」

 その笑顔を見て、安心して自分たちはクエストをこなしにいける――と、ホメロスとシルビアは思った。
 ムフフな老人二人に、クエストの内容が内容だったので、ことが終わるまで二人は純粋に見守っていた。(グレイグは知らん)

「では、ユリさま。行ってまいります」

 ホメロスはキメラのつばさを投げる。グレイグ、シルビアも共に、三人が飛び立つのを見届けると「さて……」ロウはそう切り出した。
 
「わしらは買い出しを済ませるかの」
「はい!」

 大樹が落ちてからの濁った海では、魚介がなかなか獲れないらしく、二人は野菜や肉を中心に、小麦粉や米など食料を調達する。

 オシャレなカフェでお茶をして休んだりしつつ、買い込んだ物たちを台車に乗せて、二人はソルティアナ海岸に停泊している船までのんびり歩いた。

「ロウさま、一人で大丈夫ですか?」
「なーにこのぐらい。ユリ嬢は魔物の相手を頼むわい」

 ロウが荷台を引き、ユリは遭遇した魔物を手早く魔法で撃退していた。

「ふう、この丘を越えれば後は下り坂で楽じゃな」

 そう気軽に言っていたロウだったが……

「ぬっ……ぬお!?下り坂に勢いづいて止まらーん!」

 トットッ、と順調に下りていたロウの足が、いつの間にかトトトッと、勢いよく坂を下り始めている。

「!?ロウさまーー!」

 ユリは慌てて追いかけるが、斜面を下る台車に追いつけない。激しく回る車輪が壊れそうだ。いや、それよりロウがこのまま海にダイブしそう。

「アリスさーん!ロウさま止めてえぇ!」
「!?」

 桟橋で待機していたアリスの目に、台車に追いかけられるように、猛烈に駆け降りて来るロウの姿が目に入った。

「ロウのダンナ……!あっしの胸に飛び込んでくだせえ!」
「アリス……!!」

 馬のごとく、タコメットを蹴飛ばすロウの前に、アリスは飛び出す。
 仁王立ちのようにどっしり構えるアリスは、ロウをしっかり受け止めた。

 厚い筋肉がロウを包み込む。

 まるで、亡き父の腕に抱かれたような気持ちになった――と、後にロウは語った。


「……やれやれ、えらい目にあったわい」
「でも、ロウさまに怪我がなくてよかった……さすがアリスさん!」
「なんのこれしきげすよ!ロウさまはお疲れのようですので、船で休んでくだせえ。あとはあっしが船まで運びやすんで」
「あ、私も手伝います!」
「二人ともすまんのう。では、わしはお言葉に甘えるとしようか」

 小舟でシルビア号まで買い出しの荷物を運び、アリスはもう一往復する。その間、ユリは野菜が入った木箱を腕に抱えて船の船倉に運んだ。

「……え!?」

 扉を開けると、部屋には食料が荒らされた形跡があった。木箱を床に置いて、ユリはおそるおそる中へ入る。

「ネズミ……?」

 あ、もしかして魔物かも……?船には誰もいなかった時間があるので、こっそりイタズラ好きの魔物が侵入してもおかしくない。

 でも、魔物の気配は――

「!?」

 物陰から影が飛び出し、ユリは壁に押しつけられ、手で口を塞がれる。
 まさか、賊……!?でも、魔物どころか人の気配もまったく……


「……騒がないでください。どうかお願いします……」


 ――涼やかな青年の声だった。ユリのすべてでその記憶を思い出す。

 それは、既視感だ。

 デルカダールの地下牢での出来事。壁に追い詰められて、恐怖ではなく心臓が妙な高鳴り方をした。……今と同じように。

 初めて出会ったあの時と一緒だ。

 フードの中の暗闇から、青い瞳と目が合う。エルシスよりも、もっと深い青い色。

 あの時も、この瞳を深い海のようだと思った。

(……カミュ……っ)

 感情が込み上げ、それはユリの両目から涙となって溢れる。その雫が青年の指先に触れると、驚いたように手が離れた。

「カミュ、やっと会えた……っ。よかった、カミュ、無事で……」
「ごっ、ごめんなさい!」

 ………………。え?

 カミュは跳び退くようにユリから離れると、その場で勢いよく土下座をした。(土下座なんてファーリス王子以来だ。じゃなくて!)
 
 ユリの涙は一瞬にして引っ込んだ。

「オレ、あなたに危害をくわえるつもりは本当になくて……!ただ、見逃してほしかっただけなんです!泣くほどこわい思いをさせてごめんなさい!」
「え、あ、え?」
「……この通り、ゆるしてください!」

 …………。ユリの全思考が停止した。
 何故、カミュが目の前で自分に土下座をしているのか。

 まったく、わけがわからない。

 まさか、自分はいつの間にかマヌーサにでもかかっているのだろうか。

「オレ、もう3日も飲まず食わずで……。この船に誰もいないのがわかって、つい出来心で……」
「え、ええと……ちょっと待て、カミュ」
「あなたは……もしかして、オレのことを知ってるんですか?」

 顔を上げたカミュは、不思議そうな顔でユリを見つめている。

「オレ、自分のことがわからないんです……」
「え――……えぇえええええ!!」


 船内に、ユリの驚愕の声が響いた。


「どうしたんじゃ、ユリ!?」
「ユリねえさんっ、なにかあったでげすか!?」
「ユリちゃ〜ん、ばっちりクエストクリアしてきたわよ〜!」

 !?

「……カ、カミュちゃん!?」
「カミュのダンナでげす!」
「おおっカミュよ、やはり生きておったか!おぬしなら、ただでは転ばぬと思ったよ」
「み、みんな……」
「さっすが、カミュちゃん!……でも、本当によかったわ。ねえ、ユリちゃん」

 仲間たちはカミュ?との再会に喜ぶも……

「うわあっ!?」

 ユリの声に騒ぎを聞き付けた者たち、船に戻ってきた者たち。ぞろぞろと集まった彼らに、カミュ?は怯えるように後ずさりした。

「……え、えーとカミュちゃん?」
「いったい、どういうことだ。この男、カミュではないのか?」
「以前と雰囲気がまるで違うではないか」

 怪訝に驚くグレイグとホメロスに、ユリは神妙な顔を皆に向けて言う。

「も…もしかしたら、カミュ……記憶喪失かもしれない……」


 青ざめたユリの言葉に、今度は彼らの驚きの声が船内に響いた。


「あっ、あの……オレの名前は、たぶんカミュであってますけど……。でも、どうしてそれを……あなたたちも、オレのこと何か知ってるんですか?」
「おぬし、まさか……本当に記憶を失っておるのか?」

 カミュはおそるおそる戸惑いながら皆に尋ねるが、逆にロウに問われる。
 あまりの予想外の出来事に、半信半疑だった。

「……オレ、昔のことを思いだせないんです。気づいたら、世界はヒドイありさまだし、本当ワケがわからなくて……。覚えてるのは、自分の名前と……何か大事なやらなくちゃいけないことがあったような……それくらいしか……」

 私と、一緒だ――。かつて記憶喪失になったユリも、自身の中にあったのは、自分のことと思われる名前と、なにか大事なことを忘れているような喪失感だけだった。

「こんなこと、頼める義理はないですけど……もし、オレのこと知ってるなら、あなたたちに同行させてくれませんか?」

 カミュは今まで見たことがない、すがるような目を彼らに向けた。そして、その目は次に、熱意を込めて彼女を見つめる。

「特に、あなたといれば何か思いだせそうで……盗み食いした分は弁償します。掃除でも皿洗いでも、なんでもしますから!」

 膝と両手を床について、懇願するようにユリへ向けて言った。

「ふむ。たしかにわしらと行動をともにすれば、いずれ記憶もよみがえるかもしれんの」
「それに、今のカミュちゃんをこのまま放っておくのは危険だと思うの。ねえ、ユリちゃん、連れていきましょ?……ユリちゃん?」

 次の瞬間、カミュの目の前にユリは片膝をつく。

「……私も、かつて記憶喪失になったことがあるの。その時、カミュに……あなたにたくさん助けられた。大丈夫。――私を信じて」

 "今度は、私が助ける番"

 差し出されたその手を、カミュはこくりと頷き、掴んだ。
 ユリはカミュを引き上げるように、共に立ち上がる。

「私の名前は……ユリと呼んで。あなたと旅した、仲間の一人だよ」


 ……――ああ、なんて美しい人なんだろう。

 カミュは彼女から目が逸らせなかった。
 真剣な眼差しも、芯の通った揺るぎない声も、まっすぐに自分に向けられている。
 この人なら、信用できる――直感で感じた。だからこそ、その手をすぐに取れた。

「ユリ、さん」

 その名を口に出して呼んだら、胸の中で何かが弾けた……気がした。

 でも、わからない。彼女の記憶がない。彼女だけでなく、ここにいる者たちもすべて。
 まるで、その記憶だけが砂となって消えてしまったかのように――。

(オレがあなたと知り合いなら、どうして……)

 忘れてしまったのだろう。一度見たら忘れないような、その不思議な色の瞳も、その声も、笑顔も……。

 その事実に、カミュはどうしようもなく悲しくなった。

「あ……っ」

 握ったままだったその手を慌てて離し、カミュは勢いよく頭を下げる。

「ありがとうございます!オレ、ジャマにならないようがんばります」
「……うーん、なんだかムズムズするわ。ベロニカちゃんが今のアナタを見たら、きっと笑いころげるでしょうね」

 頬に手を添えてシルビアは言った。
 その言葉にも、カミュは不思議そうに首を傾げるだけだ。





-----------------------
喪失カミュと再会!

クエスト「冥土のメイド」はドラクエ9の「ワシのメイドを今ここに」が元ネタです(報酬も天使のわっか)


- 165 -
*前次#