デート大作戦

 二人っきりになったユリとカミュは、まずは店を見て回ることにした。
 このご時世でも……このご時世だからこそ、張り切って商売人は店を構えているようだ。

「このリボン……ユリさんに似合いそうじゃないですか」
「そうかな?きれいな色のリボンだね。髪が長かったら結んだりできたけど……」
「気に入ったならそのリボン、タダであげるよ!こんな時に店に来てくれるだけでありがたいからね」
「わぁ、ありがとうございます!」

 店主のおばさんの言葉に喜びながらも、さすがにただで貰うのは申し訳ないので、ユリは他の商品も物色する。旅に役立ちそうな、装備としても優秀なアクセサリーを購入した。

 髪が伸びるのが楽しみだと思っていると……

「ユリさん、そのリボン貸してもらっていいですか?」

 カミュに言われ、ユリは快くリボンを手渡した。

「ちょっと失礼しますね」

 カミュの指先がユリの髪を掬う。指はするするとリボンを交ぜながら髪を三つ編みにしていき、最後にほどけないようにぎゅっと結んだ。

「おばちゃん、鏡ありますか?」
「ちょっとお待ちよ……はい!」
「どうですか?こうすれば、ユリさんの髪の長さでも結べますよ」
「……すごい……」

 カミュは器用だとずっと思っていたけど、髪のアレンジもできちゃうのね、とユリは驚く。

「なんででしょうか?手が覚えてました。もしかしたら……妹でもいたのかな」

 ……なんて、とカミュは笑う。記憶喪失前のカミュから妹がいると聞いたことはないが、カミュはお兄ちゃんが似合いそうだとユリは前から思っていた。ベロニカと言い合う姿など、兄妹喧嘩のそれだ。

「ありがとう、カミュ。このアレンジすごく気に入ったよ」
「どういたしまして。……やっぱりそのリボン、ユリさんにとっても似合ってます」

 ふっとどこか儚げに、カミュは微笑む。確かにその瞬間、ユリの心臓は高鳴っていた。


「いらっしゃいませ。嵐が来ようと海が魔物で荒れようと私の店はお客さまの味方です」

 次に二人が訪れたのは、兄弟で店をやっている弟の方の店であった。

「本日ご紹介するのは……世紀の貴重品!なんと……」

 世紀の貴重品と聞いて、ワクワクしながら商品が出てくるのを待つ。

「あの英雄グレイグ愛用のヨロイ!こんな価値あるものが手に入るなんて他の店ではまずありえませんよ!」
「!」

 グレイグ愛用のヨロイ……!?漆黒でデルカダールの双頭の鷲が描かれている鎧は、間違いなくグレイグの鎧だ。

「グレイグさんのヨロイですか……?なぜ、売り物に……」
「たしか、鎧は売って人々を救う資金にしたってグレイグが言ってた気がする……」

 やむを得なない事情で手放したその鎧を、ユリは買い戻したいと考える。

「今なら100000ゴールドを勉強して52000ゴールドでご紹介!……さあ、グレイグのヨロイ、いかがですか?」

 すごいお買い得に!でも、今の資金力ではちょっと厳しい。(でも、この機会を逃したらもう二度と手に入らないかも……)

 ふしぎな鍛冶で作ったものたちを売ればなんとかなるかしら、と頭で考えながらユリは決断した。

「買いっ……」
「待ってください、ユリさん!」

 買います!と勢いよく言おうとしたユリを、慌ててカミュが止めた。弟商人に聞こえないよう小声でヒソヒソと話す。

「オレ、下の店で同じようなヨロイを売られているのを見ました」
「え、そうなの?じゃあ、そっちも見てみよう。――ごめんなさい、ちょっと検討してみます!」
「そうですか、残念です。またのお越しをお待ちしております」

 ユリはカミュに案内されて、そのお店に向かう。そこは兄の方の店だった。

「らっしゃいらっしゃい!大地が割れようと海が裂けようと、うちの店は年中無休で営業中だよっ!」
「すみません、あの……」
「おっ、ボウズ。ちょうどいいところに来たな。とっておきのすげー商品があるんだ。へへへっ、聞いておとろくなよ、それはな……」

 カミュが鎧について聞く前に、兄商人はバーンとその品を取り出して見せた。

「英雄グレイグが身につけていたヨロイさ!オレさまが危険な海を乗り越えて、やっとの思いで手に入れたのさ」

 漆黒でデルカダールの双頭の鷲が描かれている鎧は、間違いなくグレイグの鎧だ。

「フツーなら100000ゴールドのところ……大盤振るまいで半額の50000ゴールドだ!ピッカピカに磨いてあるぜ。さあ、買うか?」
「あ、さっきより2000ゴールド安い!」
「いや、ユリさん、もしかしたらどっちかがニセモノかも知れません。ここは慎重に考えましょう」
「たしかにそうかも……。すみません、ちょっと検討してみます!」
「フン!だったらよそへ行きな!後悔したって知らねえぜ!」

 再び、ユリとカミュは弟商人の店へ戻ってきた。

「……え?兄貴の店では同じものを50000ゴールドで売っていたのですか?そ、そんなバカな……。ニセモノでは……?」

 話を聞いて、弟商人はしばし思案する。

「……それはそうと、兄貴には負けられません。私の店では45000ゴールドで売ります。さあ、グレイグのヨロイ……いかがですか?」

 5000ゴールド値下がった。(あれ、前にも似たような話を……)そこでユリは、セーニャの値下げ術を思い出した。
 セーニャがここダーハルーネで、ベロニカのネコの着ぐるみをお買い得に買ったという話だ。

 少し離れた場所に移動して、ユリは真剣な顔でカミュに話す。

「カミュ、こうなったら……どこまで値下げられるか挑戦してみよ!」

 セーニャの値下げ術(本人は意図してなかったが)を見習って。
 ユリは真剣に言ったつもりだったが、ワクワクが隠しきれてないとカミュは気づいていた。(可愛い……)


「……なにぃ?弟んとこは45000ゴールドて同じもんを売ってた?弟が売ってきたのはニセモノじゃねーか……?」

 兄商人も弟と同じようなことを言って、思案する。

「……ま、それはそれとして負けてらんねーな。オレは40000ゴールドで売ってやる!どうだ?グレイグのヨロイ、買うよな?」

 まだまだ、とユリは再び弟商人のところへ戻る。

「な…なんと兄貴は40000ゴールドで売ると……。グレイグのヨロイをいったいなんだと思ってやがるんだ……」

 まったくだ、とカミュは二人の商人に思う。

「…………しかし、私も負けていられません!20000ゴールドで手を打ちましょう!さあ、グレイグのヨロイ、いかがですか?」

 あと一声!ユリは何度目かの兄商人の方へ足を運んだ。

「なにい!?弟はグレイグのヨロイを20000ゴールドで売るだとお!?アイツ、モノの価値がわかってねえな……うぐ…………よ、しーしっ!10000だ!10000で売ってやる!グレイグのヨロイが10000だぞ!!」
「10000ゴールド……!」

 兄商人は勝負に出たらしい。

「こんな値段で売ったと本人に知られたら怒られちまう。これ以上は下げられねえ……」

 苦しげに言う兄商人に(でしょうね)と、カミュも心の中で相づちする。

 本人がこの場にいなくて本当によかった。

 自身の鎧が値下げ合戦をされていたと知ったら、きっとショックを受けるだろう。まだ浅い付き合いだが、彼は根っからの真面目な人間だとカミュにもわかった。最悪、寝込んでしまうかも知れない。

「さあ、決めてくれ!グレイグのヨロイ、買うか?」

 しかし、ユリは首を縦に振らなかった。渋い顔で首を横に振って、その場を立ち去る。さらに粘るらしい。(さすがです、ユリさん!)

「えっっ!?兄貴はグレイグのヨロイを10000ゴールドで売るだって!?……ついにおかしくなったのか!?」

 話を聞いて、弟商人は動揺する。

「……これを仕入れるのにどれほど苦労したか。くやしいですが……やはり、私の店では20000ゴールドまでしか…………」

 さすがにこれ以上の値下げは無理か……と、カミュが思った時。

「…………いや、ここで負けられるか!もうどうにでもなれだっ!5000ゴールドでお売りしましょう!さあ、グレイグのヨロイが5000ゴールド!これ以上は下げられません!どうか、私の店で買ってください!」
「買いますっ!」

 交渉成立!

「ハハッ、今回の勝負、私の勝ちだ!兄貴のヤツ、ざまあみろ!……では、お受け取りくださいませ」

 ユリはデルカダールメイルを手に入れた!

「ぜひ、今度とも兄貴の店ではなく、私の店をごひいきに……」


 お買い得にグレイグの鎧を買い戻し、ユリはルンルン気分で歩く。

「あ、でも……これって本物のグレイグのヨロイなのかな……」

 何故、グレイグの鎧が二着あったのか、今さらながら疑問に思う。

「カミュ……!どうしよう、ニセモノだったら……!」
「だ、大丈夫ですよ!きっと、グレイグさんは予備も売ったのでしょう。なんとなく使い込んでる感じもありますし……!」

 実際のところ本人に聞いてみないとわからないが、カミュの必死な説得にユリは納得したらしい。

「あ、5000ゴールドでヨロイを買えたことはグレイグには内緒ね」

 愛用の鎧が5000ゴールドになったとは、グレイグも知りたくないだろう。

「わかりました。……二人だけの秘密ですね」


 ユリとカミュ、二人はくすくすと笑い合った。

「じゃあ、他の場所も見てみましょう!」


(──……きっと、きれいな町だったんだろうな)

 世界がこうなる前は。ここは記憶を失う前の自分も来たことがあるらしいが、町を散策しても、カミュがなにかを思い出すことはなかった。

「以前来たときは、どんな風に歩いたんですか?」
「えっと、カミュと一緒に町で情報収集して……」

 カミュの問いに、ユリは歩きながらそのときのことを思い出す。この町に最初に訪れたのは、虹色の枝を追ってだった。

「あ、ゴンドラ!一緒に乗ったんだよ」

 そのときのことはユリは今でもよく覚えている。悩んでいる自分に、カミュが言ってくれたあの言葉はずっと自分を支えてくれた。

「……もう一度、ゴンドラに乗りませんか?オレ、漕ぎます!」
「うんっ」

 先にカミュがゴンドラに乗り込み、手を差し出してくれる。以前と同じように。
 カミュはゆっくりとゴンドラを漕ぎ、やがて申し訳なさそうに口を開く。

「……すみません。景色が最悪で、全然楽しめませんよね」
「そんなことないよ」
「ユリさんは……オレと一緒にいて楽しいですか?」
「もちろん」

 ユリはにっこり笑って言ったが、カミュにはわかっていた。


 そこには、"記憶を失う前の自分"がいる──。


 記憶を失って何もない自分を受け入れてくれて、


『カミュはカミュだよ』


 そのままでいいと言ってくれたのに……


(今の"オレ"を、見て欲しい……)


 いつしか、そんな身勝手な願いを抱いてしまっていた。


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