ふたたびのサマディー王国

 サマディー王国の城下町へと足を踏み入れた瞬間、重い空気が身体にまとわりつく。
 勇者の星の赤い光が地上に届き、押し潰されそうなほどに威圧感があった。

「勇者の星か……」
「ロウさま。勇者の星については天使界ではない知識です。いったいなんなのでしょうか……」

 ユリが尋ねると、ロウはふむ……と頷き、勇者の星について説明する。
 ――そのとき、ユリは地面を歩くヨッチの姿に気づいた。
 だが、様子がいつもと違う。姿形はヨッチなのに、黒い身体に、不気味にも感じる。

「あ……」

 黒いヨッチ――黒い精霊は、ロウの足を地面のように歩いていく。ユリは目を丸くし、固まった。

「ユグノアには、ローシュさまが邪神を倒した後、ロトゼタシアを永遠に見守るため、天に昇り、勇者の星になったという神話がある」

 ヨッチが見えないロウは、自分の身体を歩いている黒い精霊にも、当然気づいていない。

「エルシスの母、エレノアが好きだったローシュさまの神話。古代の人が作ったおとぎ話に過ぎんと思っていたが……」
「…………」

 やがて黒い精霊はロウの頭にたどり着き、そこで立ち止まると、身体を震わせているようにユリには見えた。

「魔王によって世界が崩壊した今このとき、勇者の星が落下を始めたことを考えると、そうとも言いきれんが……」

 再び黒い精霊は歩き出し、反対側から同じようにロウの身体を伝って、地面に降りていった。

「……?」

 どこかへ歩いていく黒い精霊を、ユリは目で追う。
 ……なにもないところをじっと見ているユリの視線に、ロウは気づいた。

「どうした、ユリ。おぬしが教えてほしいって言うたのに、人の話も聞かずにボーっとしおって。しょうがないのう、もう一度わしの話を聞くか?」

 ユリは慌てて小さな謝罪と共に「いいえ」と答える。

「おお……そうか。聞いておったならいいんじゃ」

 ……本当は半分ぐらいしか耳に入ってこなかったが、セーニャから聞いた話とほぼ同じようだった。
 地上の人々の間では神話として語り継がれていても、天界では脱色せず歴史として教えられることが多いと、ユリは気づいた。

 この場合の天使たちに伝わる話はなんだろう……

「幼い頃、ローシュさまが星になったという勇者の星の伝説を聞いたときは、ロマンチックに感じたものだが……今やその勇者の星が世界をおびやかしているのだから、世の中何が起こるかわからないものだ」
「いずれにせよ、あの星がこのまま地上に落下すればサマディーも無事では済むまい」

 グレイグの言葉の後、ロウは鋭い視線で落ちゆく勇者の星を見つめる。

「ユリ、明日一番に王宮へ向かうぞ。サマディー王に話を聞いてみるのじゃ」

 勇者の星が照らす光によって、夜なのか朝なのかわかりにくいが、一行がサマディー国に到着したのは夜の時刻だった。

 王宮は夜間の立ち入り禁止だ。

 ユリたちは宿屋で部屋を取ると、町を見て回ることにした。

「……おや、まだこの国を訪れる人がいるとは。しかし、この町にいてもムダですから、一刻も早く引き返したほうがいいですよ。空に浮かぶあの星を見てください。あれが落ちてくれば、サマディーは滅ぶのです。もう、この国はおしまいなんですよ……」

 サマディーの民の男は絶望的な声で彼らに言った。
 無理もない、と思いながら、一行はシルビアの希望でサーカステントへと向かう。

「サマディーには思ったより人がいませんね。やはり皆さん、勇者の星をおそれて避難しているのでしょうか……」
「避難してなくても、自暴自棄になっている人が多いようだ」

 町を見渡して言ったカミュの言葉に、グレイグが続けて言った。その視線は、呑んだくれて地面に座り込んでいる数人の者たちに向けられている。

「命の大樹が落ちて、世界に魔物があふれるわ、どデカい星が落下し始めるわ。いろんなことが起きすぎてワケわかんねえ。もうなんにもやる気がしねえよ。この世界が滅びるまでこうしてぼんやりしてようかな……」

 ……そんな風に。生きる希望を失って、大の字に寝転がっている青年の姿もあった。

「勇者の星が落ちれば、サマディー王国は壊滅的な打撃を受けるだろうから、そうなる気持ちもわかるがな……」
「酒でも飲まぬとやっていけないのだろうな……」

 意外と人が入っている酒場を横目にしながら、グレイグのあとにホメロスは言った。


 サーカステントは変わらずそこにあったものの、周囲に人の姿はほとんどなく、寂しい光景が広がっている。以前は夜も開催されていたが、今は公演を中断しているという。

「サーカステントの控え室へ行ってみましょう。きっと団長がいるはずよ」

 シルビアがサーカス団員に、団長と会わせてもらえるように話をしている最中、ユリは掲示板に目が止まる。

『皆さん、勇者の星を見て、落ち込んでる場合じゃありませんよ。なんとサーカスが入場無料の開催中です。さあ、勇者の星を見て、ため息つくよりもサーカスを見て、わははと笑いましょう』

 そこには、サーカス団長が書いたらしきメッセージが貼られていた。

「ユリちゃんたちもいきましょう。団長に今のアタシの旅の仲間を紹介したいわ」

 シルビアと共に控え室に入ると、団長の姿だけでなく、残っていた数人のサーカス団員の姿もあった。

「団長、お久しぶりね」

 手をひらひらさせながら、シルビアは声をかけた。団長はみるみるうちに顔を明るくさせ、座っていた椅子から立ち上がる。

「おおっ!シルビアさん!このようなときにお会いできるとは……」
「みんなが心配でサマディー国に立ち寄ってもらったの。紹介するわ。今、アタシが旅をしている仲間たちよ」

 ユリたちを団長に紹介し、シルビアは自分たちの旅を簡単に話した。

「ここに来る途中、避難してきた団員の姿も目にしたわ。残っているみんなで、サーカスを盛り上げるのは大変だったでしょう」

 シルビアの言葉に、踊り子の彼女は弱々しくも笑顔を浮かべて答える。

「私たち、サーカスでみんなをはげましているけど、この国の未来を案じて、遠くに避難している人を責めることはできないわ。勇者の星が落ちてきて、不安な気持ちは私だって理解できるもの……」

 彼女の言葉に同意するように、団長も重々しく口を開く。

「空に浮かぶ、勇者の星を見ましたか?とても不気味でしょう。私はサーカスで国を盛り上げていますが、あの星を見ていると、みんなが悲観的になってしまう気持ちもわかりますよ」

 ――サーカステントを後にすると、シルビアは憂いた顔をした。

「あの星の影響で観光客が少なくなって、サーカスのお客さんも減ってるみたいね。団長がすっごく落ち込んでたわ。団長の悲しそうなカオは見たくない……。早く勇者の星をなんとかして、サーカスにお客さんを戻しましょう」

 最後に言った言葉に、ユリは大きく頷く。サマディー国を守るためにも――。

「見て、勇者の星の不気味な光を。私、あの光を見てると、どんどん不安な気持ちになるの……。世界を見守るはずの勇者さまの星が人々を不安にさせるなんて、なんだか皮肉なものね……」
「なんて、大きな星なの。あんな星、小さな人間のチカラでは、どうすることもできないわ……。なんであんな得体の知れない物に、私たちがおびえないといけないのよ。つい最近まであんなに平和だったのに……」

 町を歩いて聞こえてくるのは、不安と畏怖の声に……

「我々、人間のチカラではあの星はどうすることもできません……。このまま滅びを待つのは心苦しいですが、ここはいさぎよくあきらめたほうがいいかもしれませんね……」

 そんな諦めの声だ。城下町にいるほとんどの者たちは、赤い巨星を見上げ、この先いったいどうなるかと、未来に絶望を感じていた。

「おお、勇者の星が落ちる!邪悪なる神を滅ぼした、にっくき勇者の象徴が落ちるのだ!」

 突然、ぎょっとするような声が響き、ユリはその声が聞こえた方へ振り返る。

「ついに終末の時が訪れた!ふははっ、おろかな民衆よ、世界滅亡の時を待つがよい!」

 勇者の星を見上げながら叫ぶその男には見覚えがあった。以前も不気味な言葉を発して、不安を煽った者だ。

「な、なんなんですか、あの人は……」
「嫌〜な感じね」
「ユリさま、あまり見ない方がいい。奴は邪神教の者でしょう」

 そう言ったホメロスの男を見る目は、汚ならしいものを見るような目だ。

「邪神教……?」

 初めて聞く言葉に、ユリは不思議そうに聞き返した。ホメロスは邪神教について詳しく話す。

「かつて、ロトゼタシアの神話に出てきた邪神を崇める宗教です。ほとんどの者は大樹信仰なので、邪神教の信者は滅多にいないのですが……今でもああして、終末論を唱えているようですね」
「天使であったユリとは、真逆に位置するような者たちだな」

 グレイグの言葉に、ユリもそうかも知れないと思った。

「……さて、わしらも暗い気持ちになってばかりではいかん。なにかおいしいものでも食べに行こうかのう、ユリよ」
「あ……じゃあ、おすすめのお店があります」

 おすすめのお店はもちろん、酒場「サボテン亭」だ。
 イカしたマスターは健在で、改良に改良を重ねたサボテンステーキは、さらなる進化した味になっていた。

(エルシスやベロニカ師匠たちにも食べてほしいなぁ)


 夕食を済まし、宿屋への帰り道……


「あ〜ら、すてきなおにいさん!ねえ、ぱふぱふしましょっ。いいでしょ?」

 踊り子のような格好をした女性が、一行に声をかけてきた。

「うっほほーい!こんな美人なお方に誘われたら、わし、断れんのう」
「あら、うれしい!じゃあ、あたしについて来て!」
「ロウさま、どこへ行かれるのですか!」

 明らかに「おにいさん」と声をかけた気がするが、彼女は気にせずロウを案内する。ロウはホメロスの咎める声も聞かず、そのあとをついて行ってしまった。

「あんなセクシーな女性とお近づきになれるなんて、うらやましいぞ……」
「本音を口にするな、本音を」
「あの、ロウさんはなにをしに……?」
「!カミュちゃん……性格だけでなく心も純粋になっちゃったのね……!」
「はあ……?」

 まったく、ユリさまに悪影響だと何度言ったらわかるのだ!
 ホメロスはイライラしていたが、当のユリはぱふぱふのことを白粉でぱふぱふだと思っているので「ロウさまもカオのお手入れに興味があるのね」ぐらいしか思っていない。

 しばらくして、ロウは戻ってきた。

「ロウさま、どうでした?…………そうだったんですか。それじゃあ、宿屋に戻りましょう」

 ロウの話を聞いて、何事もなかったようにユリたちは宿屋へと戻った。


 翌日。身支度をした一行は、さっそく宮殿へと向かう。

 朝になっても夜と変わらず暗雲と赤い光に照らされ、ずっとこの中で過ごしていたら気が狂ってしまいそうだ。
 これでは住人たちが参ってしまうのも頷ける。

「ボウッ!ボウガンとは愛。ガンッ!ボウガンを愛した者は、皆、ボウガン仲間だ!」

 宮殿への通路では、ボウガン大好きのユミルと出会した。

「ボウガンの使い方は覚えているか!?ボウガンガール!遠くにいる魔物と戦いたければ、魔物に向かってそのボウガンを撃つんだ!ボウッ!」

 ユリが「はい」とも「いいえ」とも答える前に、ユミルは勝手に話す。

「すると、撃たれた魔物は怒ってキミのもとへやってくる!あとは戦うもかわすもキミ次第だボウッ!さあ、ボウッ!狙いすませ、ガンッ!魔物を呼びよせるボウガンをキミの冒険の役立てるんだ!ボウッ!」

 すっかりボウガンのことを忘れていたと……ユリは彼に言えない。

「弓なのにボウガンガールなのか?」
「はて、ユリはボウガンも使っておったかのう?」
「あの変人はユリさまとお知り合いで……?」
「ボウガンガールってユリちゃんのことだったのね!」
「ボウガンとは愛って、ちょっとオレにはよくわかりませんね……」

 次々と上がる皆の言葉に、ユリは苦笑いで答えた。

「ようこそ、サマディー城へ!わざわさ遠くからこんな所までお疲れサマディー!」

 ………………。

「……なんて、冗談言ってる場合じゃないね。魔王が現れて、多くの人が亡くなってるんだから」

 一瞬、呆気に取られて無言になった彼らだったが、サマディー兵はすぐに顔を暗くさせた。
 さすがに、この状況で明るくはいられないようだ。

「あなたは、いつぞやの冒険者ではないですか」

 そう声をかけた兵士は、ユリの顔を覚えていたらしい。

「もしや、世界を旅するあなたならば、勇者の星につて何かごぞんじでは?王さまは勇者の星について、国中の学者から情報を集めています。何かごぞんじなら、いますぐ王さまにお伝えください」

 自分たちも情報を求めてやって来たので、期待に応えられそうにないが、一行は宮殿に通してもらった。
 歩きながら、感服するようにグレイグが口を開く。

「サマディー王はこのような状況でも、民を置いて安全な場所に避難しないのだな。王として、なんと頼りになる御方だろうか」
「それに国をあげて、勇者の星について調べておるようじゃな。きっと、何かの情報を得ているだろう。さっそく玉座の間に向かい、サマディー王に話を聞いてみるのじゃ」

 先頭を歩くロウに続き、玉座の間へと歩く中、宮殿内は兵士の数が少ないように彼らは感じた。

「ここだけの話、もうすこししたらサマディー王国を離れるつもりなんだ。オレにも家族がいるからね。いつ滅びるかもわからない国に、命を懸けてまで仕えたくはないよ」

 避難する人々が多い中、彼のように国を離れようとする兵士も少なくはないだろう。家族を思うその理由もわからなくはない。

「わたしの彼はサマディーの兵士ですが、王国の外に見回りに行ったきり、ずっと行方不明なんです……。でも、彼は必ず帰ると言ってくれました。私はその言葉を信じて、待ち続けます。彼が帰ってくるその時まで……」

 気丈な表情を浮かべ、そう健気にメイドは話した。魔王の影響で凶暴化した魔物たちを討伐するため、死んでしまった兵士たちも多いという。
 彼女の恋人がどうか無事であることを、ユリも祈った。

 宮殿内で少なくなったのは兵士だけではないようだ。それに気づいたシルビアが、寂しげに口を開く。

「城にいるネコちゃんがかなり減ってるわね。前はそころ中にいて、ニャーニャーにぎやかだったのに……」
「本当だ……。どこいっちゃったんだろう……」
「もう、あのネコちゃんたちをめでることができないと思うと、なんだか悲しくなってきたわ……」

 それもあってだろうか。宮殿内が寂しくがらんと感じるのは。

『勇者の星に関する情報を求む!どんなささいなことでも、すぐに王さまに報告せよ!』

 以前、自分たちの手配書が貼られていた掲示板には、そう大きな文字で書かれた紙が貼られていた。この国の切羽詰まった状況がよくわかるだろう。

「弱音をはくんじゃないっ!騎士たる者!心身ともに鍛えれば落ちてくる星にも打ち勝てるはずだ!我ら、サマディーの騎士が王国を守るのだ!さあ、気合いを入れろ!」

 その時、静かだった宮殿内だったが、隅にある訓練所から兵士の勇ましい声が響いた。

「あの星が落ちてきていても、あのサマディー兵士たちは城に残って訓練しているのですね。命の危険をかえりみず国を守るなんて、なんて立派なんだろう。オレにはとてもマネできません……」

 彼らを見てそう口にしたカミュに、ホメロスが続いて言う。

「騎士は精神も鍛えねばならない。このようなときであっても熱心に鍛練するとは、サマディー兵士は愛国心も強いのだな。さすが騎士の国だ」

 そして、訓練する彼らに感心して頷いた。

「勇者の星が落ちてくるのも、乗り越えるべき逆境なんだ……。兵士長の言う通り、がんばっていれば、どんな逆境でもはね返せるんだ。正々堂々、がんばれば……。うう……」
「……はあ、はあ。もうイヤになってきたよ。そりゃ騎士たる者、訓練は必要だけど、いくら身体を鍛えてもあの星にはかなわないと思うんだよね」

 ……まあ、確かにな。必死に付き合う兵士のその言い分はホメロスもわかる。あれは精神論でどうこうなるものではない。

(……ん)

 次に、訓練所近くに置かれた掲示板にホメロスの目が向けられた。
「なにか面白いものでも書いてあったのか、ホメロス」
 グレイグも一緒に読む。『〜騎士道、三の誓い〜』が書かれた上に、汚い字でこう書かれている。

『どでかい星が落ちてきてるのに、騎士道うんぬん言ってる場合じゃない!命がおしけりゃ今すぐ避難しろ!』

 ……うん。まあ、こちらもわからなくもない。一体どんな者が書いたのか、二人はちょっと気になった。

「ん……あなたはシルビアさんじゃないですか!」

 訓練所を遠目に通り過ぎようとした、彼らの足が止まる。シルビアの姿を目にした兵士長は、彼へと一直線に駆け寄った。

「私を覚えておられるでしょうか!」
「ええ、もちろんよ。ずいぶん気合い入っているじゃない?」

 彼はファーリスと共にデスコピオンの討伐に向かった兵士の一人、野心家の兵士だ。

「私の夢は聖騎士長ですから。あの星が落ちてこようと、私はこの国を最後まで守り抜いてみせます」
「アナタのその騎士道……いつまでも忘れないでちょうだい」

 国がピンチのときでも変わらないその野心に、シルビアは嬉しく思い、彼に微笑んで言った。
 野心家の兵士は続けて、シルビアと共にいる者たちを見て驚く。

「デルカダールの……グレイグ将軍とホメロス将軍ではありませんか!」
「今日はサマディー王に用があってな。国を通してではなく、一旅人としてだ。そんなに畏まらないでくれ」

 グレイグとホメロスはサマディーの兵士たちにも有名なようだ。気遣いは無用、とホメロスも言ったが、兵士たちは尊敬する二人に敬礼をした。

「王は玉座の間におられます。ぜひ、他の兵士たちにもカオを見せてやってください!」

 最後に野心家の兵士にそう見送られ、一行は玉座の間へとやってきた。

(あっ……)

 長い階段を上がり切った先に、先客がいるのが見えた。

 ――ファーリス王子だ。

「何を話しているか知らないが、王子さまがずいぶんはりきってるな。あまりの熱意に王さまもタジタジだぞ」

 近くに立っている兵士の話に、確かにファーリスは王に身ぶり手ぶりで話しをしている。
 出直すか、この場で待たせてもらうか、話し合っていると大臣が彼らの存在に気づいた。

「おおっ、あなたはファーリス王子のはつこ……」

 ……はつこ?

「っごほん。ファーリス王子のご友人!王子は何やら真剣な表情でサマディー王と話しております。あれは、何かを決意したカオですな。ええ、間違いありません。幼い頃から王子を見てきた私にはわかるのですよ」

 大臣の話に、ユリはファーリスの後ろ姿を眺める。
 とりあえず、部屋の隅で待たせてもらうことにした。
 待っている間、ユリとシルビアは玉座の間にいた猫と戯れる。

「勇者の星が落下を始める日の朝、急にネコたちが騒ぎだして、城から逃げだしたんだ……」
「それで、城の中にネコちゃんの姿が減っていたのね」
「今思えば、ネコは世界の異変を人間よりも先に察知してたのかもね」
「キミたちは賢いんだね〜」

 兵士の話を聞いて「いい子、いい子」と、ユリとシルビアは猫を撫でた。
 ニャーと猫は愛らしく鳴いて、和やかな空気の中――……

「ファーリス!危険なマネはよすのだ!」

 サマディー王の張り上げた声が響き、驚いた二人の視線が、王たちに向けられる。

「父上、心配はいりません!ボクがあの星の謎を解き明かし、サマディーの民を安心させてみせます!」

 一方、ファーリスは王の言葉を気にすることなく、胸を張って答えた。一礼すると、学者を連れてその場から立ち去る。

 部屋の隅にいたユリたちのことは気づかなかったようだ。ファーリスの後ろ姿を見届けたあと、ユリはロウと共にサマディー王へ謁見する。

 はあ……と重いため息を吐いた王は、ユリの姿を目にすると、表情を明るくさせた。

「おお、そなたはエルシスのお仲間のお嬢さんではないか」
「ユリスフィールと申します。王さま」
「いつぞやはファーリスが世話になった……」

 そこでロウは一歩前に出ると、王の円らな瞳が、みるみるうちに見開いていく。

「あっ……あああっ!なんと!そっ……そのご尊顔はっ!」
「ひさしぶりだな……サマディー王よ。ユグノアを忌まわしき災厄が襲ったあの日。四大国会議の日から16年ぶりになるか」

 まぎれもなくユグノア王国、前王のロウだ――。サマディー王はロウに取り繕うように慌てて話す。

「ロッ、ロウ殿!事情はすべて聞いています!勇者がロトゼタシアに災厄をもたらす悪魔の子だという話は、デタラメだったと!」

 そして、彼に深々と頭を下げた。

「デルカダール王のウソを見抜くこともできず、世界の崩壊という最悪の事態を招いてしまったこと、どうかお許しください!」

 謝罪の言葉に、ロウも深く頷く。

「……もう、よいのじゃ。カオを上げよ」

 決して咎めることはせず、笑顔と共に穏やかな口調でサマディー王に言った。

「すべてはデルカダール王に取り憑いたウルノーガのしわざだったのだ。他の誰に非があるわけでもない」
「ロッ……ロウ殿……。あっ、ありがとうございます……」
「それよりも今は勇者の星のことだ。このまま地上に落ちれば取り返しがつかん。あの星について何かわかってないのか?」

 ロウは本題を切り出した。サマディー王は顔を伏せて現状を話す。

「国の学者たちに調査をさせているのですが、今のところ何もわかっていません。ただ、ひとつだけ気になることがあります。息子のファーリスがあの星をおおう赤い結界に刻まれた文字のようなものを発見したのです」
「勇者の星に結界が……?そこに文字のようなものが刻まれておるじゃと?」
「ロウさま。私もあの星に結果のような魔力を感じました」

 続けてユリは言った。文字のようなものはあの位置では見えなかったが、呪文のようなものだろうか。

「はい。それで、王子は先ほどその文字のようなものを調べるため、学者を連れてバクラバ砂丘へ向かいました」
「ふむう……」

 そうしばし思案してから、ロウはユリに顔を向ける。

「ユリ、わしらもなにゆえ勇者の星が落下を始めたのか、調べに行くぞ」
「はい」

 頷き合う二人に、サマディー王はおずおずと口を挟む。

「ロウ殿、バクラバ砂丘に行くのであれば、息子の様子を見てきてくれませんか?どうもファーリスのことが心配で……」

 ロウとユリは了承するように頷いた。

「ありがとうございます。関所をふさぐ兵士には通行を許すように言いつけておきます。では、息子をよろしく頼みます!」

 心配そうにそわそわしているサマディー王とは違い、隣に座るサマディー王妃は落ち着き払っている。

「ファーリスのことは心配ですが、あの子ももう大人の男。自分のことは自分で決めるべきです。私はあの子が自分の役目を果たす姿を、母としてただ見守るだけです」

 その王妃の姿を見て、母としての貫禄をユリもロウも感じた。
 対して、はしゃいでいるのは大臣だ。

「見ましたか!?王子のいさましいカオを!苦しむ民のために自らの危険をかえりみず、飛びだすあの姿こそが本当の姿なのです!ああっ、ファーリス王子!あなたのような王子をもって、我らサマディーの民はなんと幸せなことか!」
「どこの大臣も変わらんのう。あやつを思い出すわい」

 やれやれと少々呆れてロウは言った。ロウが健在だった頃のユグノアの大臣と似ているらしい。

「王子さま、ずいぶんはりきっていたな。昔はだらしないところもあったが、最近は何事も真剣に取り組んでいる。年齢も背格好も似ている、王子の友人にいい意味で刺激をもらっているのかもな」

 近くで見ていた兵士の話に、その友人が誰か、ユリはすぐにわかった。

「自ら勇者の星の調査を買ってでるなんて、ちょっと見ないうちにファーリスちゃん、成長したみたいね」
「うん!ファーリスも王子としてがんばってるんだね」
「あの子ががんばってるんだから、アタシたちもぼけっとしてられないわ。ユリちゃん、早く追いかけましょう!」

 シルビアの言葉にユリは頷き、玉座の間をあとにし、宮殿の入り口へと向かう。

「勇者の星の調査に行くなんて、いったい何を考えてるんですか……。どう考えても、あの星は人間がどうにかできる物じゃないです。絶対やめておいたほうがいいですよ……」
「それをどうにかするのが、アタシたちよ!あのお坊ちゃんが向かうぐらいだから大丈夫よ〜!」

 途中、不安げな顔で言ったカミュの言葉を、シルビアは明るく一蹴した。それに、はあ……とため息を吐くカミュに、今度はユリが声をかける。

「心配しないで、カミュ。いざとなったら、今度は私が、カミュのことを守るから!」

 胸を張って言った彼女だったが、そういうことじゃない――と、カミュはサマディー城の高い天井を仰いだ。


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