サマディー城を後にした一行は、パドックの方へ足を運ぶ。サマディー王の計らいにより、馬を貸してもらえることになったからだ。
「サマディー王国はウマの名産地でな。じつは、我が愛馬リタリフォンもサマディー生まれなのだ」
グレイグのその話に、ユリは興味深く話を聞く。
「リタリフォンも長らく故郷に帰れず、さみしがっているだろうから、いつかこの国に連れてきてやろう」
パドック近くの馬房にはたくさんの馬たちが出番を待っていた。好きな馬を選んでいいと言われたので、彼らは見て回る。
「最近、ウマたちの元気がないんです」
馬の世話をしながら、ずんぐりとした小柄な馬丁の男が言った。ユリは馬たちを眺めてみるが、多少の機嫌はわかるものの、元気がないかはわからない。(エルシスだったらわかるかも)
「どうしてそんなことがわかるかって?そりゃ簡単ですよ。ウマのフンを見るんです」
「ウマのフンを?」
「フーン……。ここ最近のウマのフンは明らかに色がよくないです。フンを見ればなんでもわかるんですよ」
「ウマのフンってすごいんだね」
どれどれ……と、真面目に見ようとする彼女をホメロスは止めた。
「勇者の星が落ちはじめてから、ウマたちの様子がおかしいんだ。世界の異変を感じとっているんだろうな」
近くにいた兵士の言葉から、どうやら猫だけでなく動物たちは人間たちよりも敏感のようだ。だとしたら、今の状況は不安だろうと、ユリは目の前にいる馬を撫でる。
「魔王の影響で増えた魔物を退治するため、たくさんのウマが兵士と遠征に出たが、その多くは死んでいったよ……。こんなことなら、もっとウマたちに優しくしておけばよかった。今さら後悔しても遅いのだが……」
馬を眺めていた兵士は懺悔するように話し、ユリも悲しくなった。人間だけでなく、動物だって同じ生きとし生けるものだ。
「エルシスちゃんが知ったら、とても悲しむわね……」
シルビアも悲しそうな目で馬たちを見る。馬が大好きなエルシスがこのことを知ったら、間違いなく悲しみ、胸を痛めるだろう。
皆の馬が決まると、兵士たちが騎乗の準備をしてくれる。
ユリはオレンジと似たような栗毛の馬、グレイグとカミュは青毛の馬、シルビアとホメロスは芦毛の馬、ロウは月毛の馬を選んだ。
愛馬を持つ者は、ついつい似たような色の馬を選んでしまうらしい。
「ユリさん、聞きましたよ。バクラバ砂丘に行ったファーリス王子の様子を見にきてくださるそうですね。城の外には強い魔物がいますから、王子が無事でいるか心配です……。ぜひとも王子をよろしくお願いします」
門番はユリたちにファーリスの身を託しながら、厳重な石の門を開けた。
馬に乗った一行は、先に行ったファーリスを追って、バクラバ砂丘への関所を目指す――。
「そういえば……ファーリス王子、馬に乗れるようになったのかな?」
「そういえば……そうだったわね」
関所が見えてくると、ファーリスの姿も確認できた。人数分、馬が待機しているのを見ると、ファーリスは乗れるようになったらしい。
目を見張る成長ぶりだと、ユリとシルビアは感心する。
「おお、シルビアさんたち!ひさしぶりだな」
そう声をかけてきた彼は、デスコピオン討伐に赴いた兵士の一人だった。
「空から巨大な星が落ちてくるなんて、もう悪い夢としか思えないぜ……。今となっては砂漠の殺し屋デスコピオンをこわがっていたのがなつかしいよ。あの星に比べればかわいいもんだったな」
兵士の言葉にユリは確かに…と納得した。そして、記憶が無かった自分もすごく恐がっていたな、と思い出した。
関所の前では簡易テントが設置されており、数人の兵士や学者が滞在しているようだ。
「あらゆる生命のみなもとである命の大樹と、ロトゼタシアを見守ると伝えられているいにしえの勇者の星……このふたつが失われれば、ロトゼタシアは滅びるしかない……。もう、ダメだ……。おしまいなんだ……」
「この学者さん、勇者の星が落ちはじめてからブツブツとひとりごとを言ってて、なんか様子がおかしいんだ」
学者も肩を落とし、匙を投げ出す状況らしい。
「――なにを言ってるんだ、キミは!」
そんな声が周囲に響き、見るとなにやらファーリスは連れだった学者と揉めていた。
「ここじゃ文字が見えるわけないだろ!もっと近くに行って調べないと!」
「バクラバ砂丘に入るのは危険です。いくら、王子といえどもその命令は聞けません」
「じゃあ、ここから文字を解読できるって、言うのか!?」
「いっ、いやあ……それは……」
ファーリスの剣幕に、学者はたじたじである。
「王子〜無理じいはいけませよぉ」
「お前はどっちの味方だ!」
ファーリスの側近のユルい彼の姿もあり、収拾がつかなさそうな会話に、声をかけるのはシルビアだ。
「ウフフ、王子ちゃん、ひさしぶり♪」
「あ、シルビアさん……に、ユリさんっ!」
「おや、皆さん!ご無沙汰ですねぇ」
ファーリスの目が合い、ユリはにっこりと微笑む。
「ユリさん、見ない間にますます綺麗に……。その髪型もとても素敵だ!……ああ、カミュさんも元気だったかい?それに……あれ?エルシスさんはどこだ??」
笑顔のままエルシスの姿を探すファーリスに、ユリはエルシスのことを説明した。
事情を知ったファーリスは顔をうつ向かせ、悲痛な顔をする。
「そうか……。キミたちの誤解が解けてよかったと思っていたけど、大樹が落ちた際に、仲間とバラバラになってしまっただなんて……」
だが、すぐにファーリスはぱっと顔を上げて、励ますようにユリに言う。
「大丈夫さ、ユリさん!エルシスさんは無事に決まっている。なんてたって、ボクの親友だし。カミュさんもそう思うだろう?」
「オ、オレですか……?」
「?……なんだかカミュさん、以前と雰囲気が全然違うような……」
不思議そうにカミュを見るファーリスの視線に、ユリとシルビアの二人はどうしたものかと顔を見合わせた。
黙っていてもいずれバレてしまうし……二人は頷き、ユリは口を開く。
「じつは、カミュは……」
…………!!
「ええぇええ!?カ、カ、カミュさんが記憶喪失だってえええ……!?」
「ちょっと王子、驚き過ぎですよぉ」
ファーリスは雷に撃たれたような衝撃を受けた。いつぞやのグレイグみたいだ、と本人以外の皆は思う。
「ゴホン。いや、失礼。……カミュさん。キミが記憶喪失になったからって、ボクの尊敬する友人には変わりない。安心してくれ!」
「あ、いや……」
ファーリスはカミュの手をぎゅっと両手で握りしめた。
カミュはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。
「……それより、王さまちゃんから事情は聞いてるわよ。あの星を調べるためにここに来たんでしょ?ずいぶん成長したじゃない♪」
本題に戻すようにシルビアはファーリスに話を振った。「ユリさん、本当にオレはあの人と友人だったんですか……?」「う、うん……きっと」二人の会話を気にも留めることなく、ファーリスは満更でもなく笑っている。
「エヘヘ、それほどでも……。王子として仕事をしてるだけさ。でも、皆さん、どうしてこんな場所に?」
「俺たちがここに来た目的はお前と同じ。勇者の星の調査に来たのだ」
その問いに答えたグレイグに、素早く鋭い視線を投げかけたのはホメロスだ。そのまま目で訴える。
――おい、グレイグ!他国の王子への口の利き方ではないぞ……!?
だが、ホメロスの心配をよそに、ファーリスは感激という笑顔になった。
「あっ、あなたはデルカダールの英雄、グレイグ将軍じゃないですか!……あ、ホメロス将軍も……。こんなところでお会いできるとは!」
ファーリスがホメロスの部分だけ露骨にテンションが下がったのは、以前、悪魔の子の捜索としてサマディー王国に訪れた際の冷酷だった彼の印象からである。
「俺の名を知っているのか?」
「もちろんです!あなたは騎士のあこがれ!ボクはグレイグさんの部隊に入るのを目標にして、これまでがんばってきたんです!」
「その言葉はうれしいが、我が隊に入らずとも、民を守ろうとするその勇気があれば、お前は立派な騎士だぞ」
「ああ!グレイグさんからおほめの言葉をいただけるなんて感激です!」
「…………」
もはやホメロスはどこからつっこめばいいのかわからなくなった。
一方間違えれば……いや、間違えずともグレイグの態度は無礼だが、憧れの人だからかファーリスは気にならないらしい。
むしろ下手に出ている。
なにより、他国の王子が他国の騎士の部隊に入りたいなどまったく意味がわからない!
「……ホメロス、大丈夫?」
「ああ、ユリさま。すみません……自分の中の常識が崩れて目眩が……」
「……時に王子よ。その様子を見るに、勇者の星の調査はなかなか苦戦しておるようじゃな」
「じいさん、そうなんだよ。学者が怖気づいちゃってさ」
じいさん……!ホメロスの眉間は瞬時にシワを寄せたが、ファーリスはロウの正体が知らないので、これは仕方がない。ノーカウントだ。……一国の王子にしては口調が砕けすぎだが。
「さすがのボクでも、文字の解読はできないし、どうしたもんかと…………」
「では、おぬしが見つけた古代文字。わしが解読してやろう」
「えっ、じいさん!あんたも古代文字が読めるのか!?ありがとう、助かるよ!」
ファーリスは声を弾ませて、続けて話す。
「たぶん、バクラバ砂丘の中心にある遺跡の辺りなら文字もよく見えると思う。ボクは先にそこに行ってるから!」
そして、元気よく走って行ってしまった。
「……ファーリス王子は行ってしまったが、追わなくていいのか?」
王子を一人にして危ないだろう、と。何故か一緒にその背中を見送っている側近に、ホメロスは尋ねる。
「ボク、やっぱり行かなきゃだめですかねえ?」
「…………」
王子の側近が、こんなにユルい側近で大丈夫なのか、ホメロスは心配になった。
遅れてユルい側近は王子のあとを追いかけていく。直後、関所を警備する兵士が一行に言った。
「……正直に言うと、ファーリス王子のことを王子の身分に甘えたお坊っちゃんであると、今まで見くびっていました。しかし、サマディーのために巨大な星にさえ立ち向かう姿は、まさに真なるサマディーの騎士です」
……確かに。以前のファーリスの姿を知る者なら考えられないだろう。
「若き日のサマディー王を思わせる彼の立派な立ち姿を見て、自分の軽率な考えを反省しましたよ」
「砂漠の殺し屋、デスコピオンの一件では王子にすこし失望したが、今の王子はたいしたもんだな」
デスコピオン討伐兵士も同じように話した。
「あんたたちと交流する中で成長したんだろう。サマディーの国民として、あんたたちには礼を言わなきゃな。ありがとよ」
きっと、自分たちはきっかけに過ぎず、今のファーリスがあるのは、ファーリス自身の力だと……ユリは思う。
「サマディー王子が俺にあこがれていたとはな……。そう思われて悪い気はしないぞ。平和な世になれば、あの王子を俺の部隊で鍛えてやってもいい。まあ、一人前にするには少々時間がかかりそうだな……」
「……ファーリス王子は建国以来もっとも優秀な王子だとウワサを聞いたが、どうもウワサと違う気がする……。実際のところはどうなんだ?」
「さぁ、どうかしらね?」
グレイグに続いて、薄々思っていた疑問をホメロスはシルビアに聞いたが、彼ははぐらかすように笑って答えた。
「本当に申し訳ありません。いっしょに行きたいのですが、どうしても恐怖で足がすくんでしまって……王子は砂丘の中央にあるバクラバ石群へ向かいました。どうか、王子をよろしくお願いします」
自分の代わりに行くロウに、学者は申し訳なさそうに頭を下げた。ロウは「よいよい」と、朗らかに笑って答える。
「世界の真理を追究する……賢王ロウ。昔、ユグノア王だったとき、わしは皆からそう呼ばれておった。ユリ、見ておれよ。わしにかかれば、古代文字なんぞお茶の子さいさいじゃからな」
「さすがです、ロウさま!」
地上の文字は読めるが、古代文字は読めないユリは、尊敬の眼差しでロウを見た。
バクラバ石群はここからは遠くないので、彼らは歩いて向かう。
海風によって砂塵がすごいので、腕で顔を遮りながら進んだ。
「普通の人は落下する星に立ち向かおうと思いませんが、あなたたちは違うんですね……」
「……カミュ?」
「……オレ、なんだかあなたたちのことがわかってきた気がします」
カミュは近づいてくるバクラバ石群から、ユリに視線を移して言った。
以前、ここに訪れた際は、デスコピオン討伐で通りすぎに見ただけなので、ユリはじっくりと遺跡を観察する。
確か……調べにきたクレイモランの学者によると「星に関わる儀式のためのようなもの」そう言っていたと聞いたが……。(星……勇者の星となにか関係があるのかな……)
「ユリさん、そちら王子が寝ておりますので、足元ご注意ください」
ユルい側近の声に、下を見ると……本当にファーリスは大の字になって寝ていた。……何故。
「ちょっとちょっと、王子ちゃん。なに寝てんのよ?星を調べに来たんじゃないの?」
シルビアは腰に手を当てて、呆れてファーリスを見た。ファーリスは空を見上げたまま答える。
「こんなにおっきな星をましたで見る機会なんてめったにあるもんじゃないから、記念にさ。いやーすごい。みんなもやってみなよ」
その言葉に、全員、自然と空を見る。巨星はちょうどこの遺跡の真上にあるように見えた。
近くで見ると、たしかに魔法陣と共に文字みたいなのが浮かんでいるように見える。
(あの魔法陣って……封印?)
そして、ユリはあのヨッチに似ている黒い精霊を目にした。
黒い精霊はファーリスに近づき、身体の上を歩いていく。
「王子ちゃん……アナタ、結構肝がすわってるのね。それはそうと、この遺跡ってなんなのかしら?こんな荒野のド真ん中にポツンとあるなんて不思議よね」
「さあ……?じいちゃんのじいちゃんの、そのまたじいちゃんの時代からあるらしいけど、くわしくは知らないなあ」
シルビアの方に顔を向けて話したファーリスは、再び真っ正面に赤い巨星を眺めた。黒い精霊は、そのままファーリスの顔を踏みつける。
見えないファーリスはなにも感じないらしい。
皆が赤い巨星や遺跡を見回すなか、ユリは目が離せず、じっと黒い精霊の行き先を見つめた。
「作られたときには大切な役割があったのかもね。なんだか古代のロマンを感じるわ」
うっとりして言うシルビアの声が耳に届く。
黒い精霊はちょうど遺跡の中央に立ち止まった。
そして、ロウもまた中央近くに移動する。
「ふむ……たしかに星にはなにやら文字が書いてあるようじゃな。さっそく調査を始めるか」
リュックから取り出したのは望遠鏡だ。片目に当て、ロウは観測する。
黒い精霊はというと、長い両手を上げ、ゆらゆら揺れていた。まるで、星に向けてなにかをしているようにユリには見えた。
「ユリ、遺跡の中央を見ていたが、何か気になることでもあるのか?見たところ、何もないようだが」
「あ、うん、ちょっと気になることが……」
グレイグの言葉にユリは曖昧に答えた。見えない彼らに、黒い精霊をどう説明すべきか悩む。
「……しかし、すごい迫力だな。こんな間近で勇者の星をながめられる機会なんてそうそうないよ。ユリさんも、せっかくだから遺跡の真ん中に立ってながめていくといい。これは迫力満点だよ」
「そうね。ロウちゃんが古代文字を解読するまで、まだもう少し時間がかかりそうだし、解読が終わるまで遺跡の真ん中から星をながめて時間をつぶさない?真ん中からのながめは迫力がありそうよ」
ファーリスとシルビアの言葉に促され、ユリは遺跡の中央へと足を運ぶ。
「いつ落ちるかもわからないのに、あの星を真下から見上げるなんて危険すぎますよ……。こんな所でオレ、死にたくないです……。早く星の調査を終わらせて城下町に帰りましょう……」
「町に帰ったところで、星が落ちればどのみち助からん。ロウさまが解読なさるまで黙って待っていろ。なにか手立てが見つかるやもしれん」
「カミュさん、心配しなくても大丈夫さ!キミには心強いボクという友人がいるからね。いざとなったらまかせてくれたまえ!」
「……余計不安なんですが……」
記憶喪失によってすっかり弱気な性格になったカミュは、はあ……と、深いため息を吐いた。
「すごーい。たしかに迫力満点だわ〜」
シルビアと共に真下から赤い巨星を見上げる。だがそれよりも、ユリは黒い精霊が気になっていた。
「……あなた、ヨッチじゃないよね?」
意を決して声をかけてみると、黒い精霊は振り返る。
「……ワタシガミエルノカ?」
「!」
ユリにはまったくわからない言語で、黒い精霊は言った。
戸惑うユリに、黒い精霊は少しの間をあけて再び話す。
「……キクマデモナカッタナ。ソレデハ、オマエガ…………」
「……あなたは、一体……」
「ユリちゃん、どうしたの。ひとり言なんてめずらしいわね」
言ってからシルビアは珍しくなかったかも知れないと思った。時々彼女はエルシスと共に、なにかに話しかけている時がある。一方のユリはシルビアの問いになんて答えようか悩んで……次に、視線を戻したときには、黒い精霊はそこにいなかった。
「どうしたんだ、ユリは?」
「なんかぼーっとしちゃって、まるでエルシスちゃんみたいだわ」
今度は少し離れた先で見つけた。驚くべきことに、少し目を離した間に黒い精霊は腕が増え、六本になっていた。触手のようなそれは先の方は赤く光っており、ヨッチに似て可愛いらしさがあった姿は、今は不気味な生き物にしか見えない。
「……シルビアにはあの姿も見えない?」
「え、なに?」
"スギサリシ、トキヨ……サア、ワガモトヘ、キタレ……"
「……!?」
言葉はわからないが、黒い精霊が大空に向かってなにかを叫んだのはわかった。その黒い身体から赤い光線が出たと思えば、それはまっすぐと赤い巨星へ向かう――。
星が妖しく光出す。それに共鳴するように激しく足元が揺れる。
「ちょっとなに!なにがおこったのよ!?」
「地震……いや、この一帯の空間全体が振動しているのか……?」
悲鳴のような声を上げたシルビアとは反対に、ホメロスは冷静に状況を分析する。
「おっ、王子〜危険ですよ!早く逃げましょう!」
「ここで逃げたらユリさんにかっこわるいと思われるだろ!?」
「ユリさんは優しいからそんなこと思わないですよ!ユルい側近さんの言う通り早く逃げましょう!」
一部パニックになる中、グレイグは空を見上げハッとした。
「見ろっ!!星がっ!!」
その声に弾かれ、全員、空を見る。
「ちょっと、ちょっとーー!!星が落ちてくるじゃない!」
慌ててシルビアは、グレイグの後ろに隠れるように叫んだ。
赤い巨星が目に見えてわかるほどに落下してくる――!
空気との摩擦か、辺りには轟音が響き渡っていた。
(……あともう少しじゃ。もう少し近づけば……)
ロウは一人慌てず、星の表面に描かれた文字を解読しようと観測し続けている。
「ロウさま!ここにいては危険です!早くこの場を離れましょう!」
「まっ、待て!もう少しじゃ!もう少しであの文字が読める!」
焦りの声で返したロウは、ぎりぎりまで粘るつもりだ。
「ユリさま……」
一方、その気配に気づいたホメロスが、彼女の隣にきて呼びかける。気配、それはユリも同様に感じていた。
近づいてくる、魔王のような邪悪な気配を――。
「ニ……ズ……ゼ……ル……」
一つずつ、ロウの口から解読できた単語が出てくる。
「……ファ?」
望遠鏡を下ろし、ロウは最後の文字は首を傾げて言った。
「ロウさま、もう限界です!さあ、早くこちらへ!ユリとホメロスもこっちに来るんだ!」
早く!グレイグの声に急かされ、ホメロスはユリの肩を掴んで強引に連れていった。
その間もユリは星から目が離せない。
その時、黒い禍々しい刃が星に激突した。闇のオーラが宙に弾ける。
「こっ、今度はなんなんだよ!?」
止まらない異変にファーリスが叫んだ。黒い影がユリの視界を横切る。
……人?いや、魔物?
凄まじいスピードで飛び、姿まで捉えきれなかった。謎の影が向かった先は、今もなお落ちてくる巨星だ。
「ぬうぅぅんんっ!!」
ユリの開かれた目に映るのは、紫色の閃光が、空を真っ二つにした光景だ。
正確には赤い巨星を。
光が膨張するように、次の瞬間、星は大爆発する――!
「うわああぁ!」
「いやーー!!」
眩い光りが辺りを照したあと、その場から悲鳴が上がった。
襲ってくる衝撃波に、彼らは足を強く踏ん張り、なんとか皆は耐える。
ファーリスだけが吹っ飛ばされ、後ろにいたユルい側近も巻き込み、砂地に転がった。
ホメロスの腕の中から、ユリはまぶしさに眩んた目をゆっくり開ける。
「これで、世界は我のものなり……」
粉々に砕け散った星の欠片が降りそそぐ中、黒い人物は宙に留まっていた。
しかし、すぐに空の向こうへと飛び去ってしまう。
「あれは……魔王の剣?」
見上げたロウがぽつりと呟いた。
「星が……消えてしまった……」
続いてグレイグは、信じられんという声で。
「……あの星は本当に勇者の星だったのか?それに、あの剣を持った魔物はいったい?」
「なに言ってるんですか、グレイグさん!あれは救世主ですよ、救世主!救世主がサマディーを救ってくれたんです!」
立ち上がり、被った砂を払い落としたファーリスが興奮しながら話す。だが、皆からの反応は渋い。
「これでサマディーは安心だ。王国の皆もほっとしてるんじゃないかな。じゃあ、ボクは先にサマディーに戻るよ。ユリさんも、何か用があったら気軽に王宮まで訪ねてくれ」
「では、皆さん!お先に失礼します〜」
最後にパチンとウィンクして。笑い声を上げるファーリスはユルい側近を引き連れ、サマディー国に帰っていった。
「お気楽なところは変わってないわね、王子ちゃん」
その後ろ姿を皆が見送るなか、ユリは黒い精霊を見た。
「……………………」
声をかけても返事はない。地面にうずくまる姿は、酷く悲しんでいるように見えた。それ以外の様子はなく、ユリは諦めて遺跡を見回す。
暗雲はなくなり、明るくなった空に――。
暗いときには見えなかった、その石に壁画が描かれているのに気づいた。
(この絵は……?)
そこに描かれているのは、賢者と……???
「まさか、勇者の星が消えちゃうなんて……。でも、あの星はホントに勇者の星だったのかしら……」
「消えてしまったが、あの星にはニズゼルファという古代文字が刻まれていた。ニズゼルファとはいったいなんなのじゃ?」
……ニズゼルファ?
ロウが考えながら呟いた言葉に、ユリは反応した。
「ニズゼルファ……ニズゼルファ……。ずいぶん長い間生きてきたが、この言葉にはまったく心当たりがないのう。勇者の星に刻まれていた以上、なんらかの意味はあると思うのじゃが……」
「ニズゼルファ……か。私も聞いたことがないな。勇者に関する言葉だろうか……」
「人や名前でしょうか……?なんにせよ、手がかりがないと意味は知りようがないですね」
ホメロスとカミュが続き、シルビアが明るく口を開く。
「それじゃあ、サマディーの王さまちゃんに、ニズゼルファって言葉に心当たりがないか聞いてみましょ。何かわかるかもしれないわ」
「そうだな。馬たちも返しにいかなければならないし、城下町の様子も見てみよう。ユリ、俺たちもいこう」
賛成する彼らに、グレイグは呼びかけたが、彼女は不可解というような顔をしていた。
「本当にこの名前に、皆、聞き覚えがないの……?」
「なんじゃ、ユリはニズゼルファがなにか知っておるのか?」
ユリは神妙な口調で皆に言う。
「ニズゼルファ。古の時代、ロトゼタシアの闇の深淵から現れた――……邪神の名」