ファーリス王子の計らいで、今宵の一行はサマディー城に世話になる――。
グレイグは瞼が落ちそうになりながら、ほろ酔い気分でサマディー城の広い廊下を歩いていた。
意外にも彼は酒に弱いのだが、食事の席でサマディー王に勧められるまま口にしてしまった。
ファーリス王子が自分に憧れているということで会話が弾み、気分がよかったのもある。
そんなグレイグが向かう先は、サマディー城ご自慢の大浴場だ。旅をしているとなかなかゆっくり湯に浸かれないので、大浴場とはありがたい。
旅の疲れをゆっくり癒やすとしよう――。
服を脱いで全裸になると、腰にタオルを巻き、グレイグは大浴場へ足を踏み入れた。
おお……感嘆の声がもれる。
壁は美しいタイルが敷き詰められており、洗い場も浴槽も予想以上に大きい。
これなら多くの兵士たちが一度に入ることができる。毎日大浴場で湯に浸かれるサマディー兵士が、グレイグはちょっぴり羨ましくなった。
(……ん。先に誰か入っているのか)
白い湯気の向こうの洗い場に、人影が見える。ファーリス王子が兵士たちには時間をずらすように通達したと言っていたので、仲間の誰かだろう。
自身も身体を洗うため、洗い場へ向かう。
人影は――長い金髪を丁寧に洗う女性だった。
「〜〜ッ!?」
なんてことだ。俺は間違って女湯の方へ入ってしまったのか……!!
「……?」
「すっ、すまない!違うんだこれは!決して覗きではなく、男湯と間違えたのだ……!すぐに出ていくッ!」
「……おい。なにを勘違いしている。俺だ、俺」
呆れきった冷ややかな声が、静かに大浴場に反響した。……?グレイグはおそるおそる振り返ると――垂らした長い髪の隙間から、こちらをジト目で見ている――ホメロスと目が合った。
「なんだ、ホメロスか……一瞬、心臓が止まったぞ」
「お前、相当酔っているんじゃないか?」
グレイグはほっと胸を撫で下ろし、近くにあった椅子を手にすると、ホメロスの隣に座った。
長い髪もそうだったが、丁寧にその髪を洗う仕草が余計女性のように思わせたのだ。(……そういえば、昔からホメロスは髪の手入れを欠かさなかったな)
「知っとるか、グレイグ」
「……おや、ロウさまもいらしていたんですか」
ホメロスの向こう側から、ロウの声が響いた。
「国によっては男女が一緒に湯に浸かる、混浴という文化があるそうじゃぞ」
「なんと……!そのようなハレンチな文化の国があるとは……けしからん!!」
「けしからんのはお前だろうがグレイグ」
ホメロスはムフフな二人に挟まれ、ため息を吐いた。
もう少し髪のケアをしたかったが、早めに切り上げて先に湯に浸かるか……。
「しかし、いい香りがするな」
「ああ、この香油だ。サマディーの香油は質がいいだけでなく、香りもいい。髪を洗う前にこの香油で頭皮をマッサージをすると、髪の美容にいいんだ」
「ほう……。俺も試してみるかな」
「フフ、お前のゴワゴワな髪質も改善されるかも知れんぞ」
「どれ……わしも試してみようかのう」
「「………………」」
ビンに手を伸ばすロウに、思わず二人は彼を見た。
その頭は丸くてつるりと光っている。
これは……つっこむべきか、スルーするべきか……二人は真剣に考えた。
頭の話題は男にとってデリケートなもの。
いや、あのロウならつっこみ待ちの可能性もある。
「いや〜ん♡ウワサには聞いていたけど、ホントにステキなお風呂じゃない!こんな大きな浴槽に入れるなんて、夢みたいだわ!」
真剣に考えていたグレイグとホメロスの耳に、キャッキャとした声が入ってきた。真剣に考えていたことがバカらしくなる。
「よかったな、グレイグ。女子が入ってきたぞ」
「女子……?」
「あら、みんなも来てたのね!」
……女子、ではない。絶対に。グレイグの目に厚い胸板とバッキバキに割れた腹筋が映っている。
「あら、イイ香り〜。香油?アタシも使っちゃお!」
シルビアは乙女な仕草をし、乙女な口調で言った。鍛え抜かれた肉体とのギャップが激し過ぎるぞ……!
青年時代の彼は、もっと線が細く、母親似の顔立ちもあり周囲から美男子と評判だった。
今のシルビアは、骨格や引き締まった肉体からしても、やはりジエーゴの血も引いた息子だと……グレイグは改めて気づく。
「……なーに、グレイグ。アタシの身体をジロジロ見ちゃって。失礼しちゃうわ」
「あ、いや、すまん。昔のお前はここまで筋肉がついていなかったから、驚いてな」
「……そうね。昔はママ似だったのに、今はパパに似てきちゃったわ。いつの間にかアレもパパに似て生えてきて……困っちゃうのよね〜」
……。アレ……?
「ああ、アレか。私も手入れが大変だよ」
アレがなにか当たり前のように話すホメロスを、グレイグは眉間にシワを寄せて見た。
「ホメロスちゃんも?そうよね、ホメロスちゃんも似合わないわよね。ロウちゃんとグレイグはあっていいけど」
(俺とロウさまにはあっていい……?)
「ああ、正直いらんな」
(いらない……!?)
「役にも立たないしねえ」
(役にも立たない……だと!?)
アレとは一体、なんなのだ……!?
「ア…アレとはその……アレのことなのか?」
「?お前はどのアレのことを話している?」
「ヒゲよ、お・ヒ・ゲ!グレイグとロウちゃんは似合っているけど、正直アタシたちは似合わないじゃない?」
「…………」
ヒゲのことか――!――!――!!
「グレイグ、なに百面相しているの?」
「お前、さっきから変だぞ」
「お前たちが紛らわしい言い方をするからだ……」
「この石鹸も泡立ちがよいの〜」
……――男湯が賑やかな中、じつは隣の女湯にはユリがいた。
隣は楽しいそうだなぁ、と思うぐらいで彼らの会話は耳に入っていない。
何故なら、大きなお風呂で試してみたい憧れのことをしているからだ。
人がいたり、仲間たちが一緒だと、さすがにはしたないことだと自覚があったのでできなかったが、この大浴場で一人の今ならできた。
それは……ミイラのようにプカプカと湯槽に浮かぶことだ。
すごく癒やされる……。
このままユリはミイラになっていたいと思っていたが、ずいぶんと長風呂をしていたので、そろそろ上がろうと湯船から出ることにする。
身体も心もホッカホカで大浴場を後にするユリとは反対に、たった今訪れた者もいた。
(うわぁ……入りたくない……)
カミュだった。男湯を覗いて、賑やかなその場に敬遠する。別に彼らのことを嫌いとまではいかないが、風呂は一人でゆっくり入りたい。
裸のつき合いとかごめんだ――……
「やあ、カミュさんも今入りに来たのかい?」
「わぁ!」
後ろからポン、と肩に手を置かれ、カミュは驚きに声を上げた。
「ファーリス王子……」
この人は苦手だ。記憶を失う前は自分と友人だったらしいが、無遠慮にグイグイくる所が迷惑である。こっちの気持ちも考えてほしい。
「いや、混んでるみたいなんで、また後で来ます……」
「なに言ってるんだ!ここの大浴場は兵士が100人入っても余裕の広さだぞ」
100人入ったらさすがにぎゅうぎゅうでは……。つい想像してしまい、カミュはむさ苦しくなった。
「さあ、遠慮せずに一緒に入ろうではないか!」
「ちょっ、なにするんですかぁ……!?」
カミュはファーリスに無理やり服を剥ぎ取られ、大浴場に連行された。
「あら♪カミュちゃんとファーリスちゃんも来たのね!」
追い剥ぎにあった気分だ。
「はあ……」
カミュは諦めて、洗い場に向かった。
石鹸を泡立て、頭、全身、顔を洗う。……終了!
「じゃ、お先に失礼します」
「早い!早すぎるよカミュさん!」
「カラスの行水だな……」
「ちょっとカミュちゃん!せっかくだから一緒にお湯に浸かりましょうよ〜」
「そうじゃぞ、カミュ。たまには年寄りの相手せい」
年寄りの相手とは……。仕方ないというように、カミュは隅の方で足を湯に浸ける。
「しっかり湯に浸からんと疲れが取れんじゃろう」
「それはそうですが、オレ、熱いの苦手みたいで……」
「ならば、半身浴という手もあろう」
「……誰かと思ったら、ホメロスさんですか」
いつもと髪型が違ったので、一瞬違う人に見えた。長い髪を頭の高い位置で結んで、さらにわっかのようにしている。
「長い髪を湯につけるのはマナー違反だからな」
高慢無礼な物言いが目立つが、立場や常識、礼儀をわきまえるのがホメロスという男である。
「そういうカミュちゃんも、いつものツンツンヘアーじゃないわね」
「濡れるとさすがに髪は落ち着きますよ。乾くと元に戻りますが……」
「それにしても、このウマのオブジェはいいな。馬の口から湯が出るとは面白い発想だ」
さすが、ウマでも有名な国だとグレイグは頷いた。
「グレイグさんが気に入ってくれてよかったです!それは、このサマディー国の守り神をモチーフにしたウマのデザインなんだ」
身体を洗い終わったファーリスが湯に入りながら言う。守り神に湯を吐かせていいのか……と、ちょっとホメロスとカミュは思った。
「しかし、皆さん、さすがによく鍛えられているな。あ、ジイさんは別だけど。ボクもがんばらないと!」
未だにファーリスはロウの正体に気づいていないらしい。サマディー王の態度から、なにか感づいてもおかしくないのに。
「ファーリスちゃんも、以前よりしっかりした身体つきをしてるわよ」
「そ、そうだろうか?一応、毎日訓練はしているんだ」
「感心じゃのう。毎日の積み重ねが大事というものだ。その心を忘れなければ、いずれ成果は出るじゃろう」
「ホントかい?ありがとう、ジイさん!いいこと言うなぁ!」
何故こうも、ロウに対してやたらフレンドリーなのか。
「……こうやって皆と湯に浸かっていると、エルシスさんやカミュさんと入った時を思い出すよ」
男六人は同じ湯に浸かりながら、しばしファーリスの思い出話に耳を傾けた。
その頃、ユリは――……
「至福のひととき……」
用意された客室のバルコニーにて、砂漠の地の夜風に吹かれながら、サンドフルーツのジュースを飲んでいた。
すっかり単独行動を堪能している。