宿屋で無事部屋も確保し、蒸し風呂屋に向かうかと歩み始めた時、エルシスはふと気づいた。
あれ、僕、今ひとり――だと。
そういえば、イシの村から出発した際はユリと一緒で、それからカミュが加わった。それ以降は追っ手の存在があったため、常に三人で一緒に行動していた。
こうしてひとりになると、寂しいような、少し新鮮なような。
カミュがここで「のんびりしようぜ」と言ったのは安全だと判断したからだ。
良い機会なので、少し単独行動を楽しもうと――エルシスは里を探索がてら寄り道をすることにした。
(僕だって、ひとりで行動できるさ)
まず旅の基本は情報収集だ。
その場所を知るのに住人との会話は大事である。
どんどん話しかけろ、とエルシスは旅の前に村の者たちにアドバイスを受けていた。だが、今まで追われる身で、デルカダールの城下町以降その機会はなかった。
(カミュより先に情報を集めてやる!)
そう意気込んで、近くにいた二人のご婦人に挨拶をする。
「こんにちは、お姉さん方」
エルシスがそう声をかけると、二人の婦人は並んで固まり、ぽっと頬を染めた。
……ん?僕、変なことを言った?
「やだねぇ、オバさんに向かって!今年で60よ!恐ろしいわ〜」
「私はまだ59、よ!綺麗な顔の旅人さんっ」
「アンタ、変わらないじゃない!」
そんなご婦人のやりとりに、エルシスは首を傾げた。
「え?お二人はまだずいぶんお若いですよね?」
素で言った。辺鄙な村の平均年齢を侮ってはならない。さらに村の者は、その豊かな自然の恩賜か大地の神のご加護か。60代、70代、80代も元気で、現役ピチピチである。
16年間、村で育ったエルシスにとって、その認識であった。
そして「女性には優しくしろ」と、村の者たちにしっかりしつけられており、後にそれらを垣間見たカミュに「無自覚女たらし」と言わしめるのは、もう少し先の話である。
「で、お上手な旅人さんはホムラの温泉に入りに来たんかい?」
「あ、はい。それで……この里のことを他にも知りたいなって」
エルシスがにこりと花が浮かびそうな笑顔で言うと、二人からどとうの羊のごとく言葉が飛び出して来た。
「あらまあ!ここホムラの里は火山と共に生きる里だよ。ほら、あの後ろの火山。ヒノノギ火山だよ」
「あの火山のおかげでお湯は湧くし、採れる砂鉄のおかげで鍛冶が盛んなのよー。他にはホムラの里名物、ゆで玉子は食べたかしら?黄身が半熟でおいしいわよ〜お土産にも人気なの!」
「お土産屋はあそこ。温泉通りはあっちで、鍛冶屋を観光するならあそこの広い木の階段を上がった所だよ。あっ、あの黒くて大きい大砲かい?あれはこの下に温泉が流れてて、湯気を逃がすためのものだよ。熱いから触っちゃだめだからね」
「あとは……そうねぇ。この里の長であり、巫女さまのヤヤクさまにごあいさつされては?ヤヤクさまは里の一番上の大きな社にいらっしゃるわ」
「美形の旅人さん。本当に良い時に来たよ。ちょっと前までホムラの里は、ヒノノギ火山に棲む人喰い火竜に脅かされていたのさ」
「人喰い火竜……」
エルシスはその言葉に反応した。自分も危うくドラゴンに食べられそうになった身だ。
「そうそう、それをヤヤクさまと息子のハリマさまが倒してくださって……。その代わり、火竜と刺し違えてハリマさまが命を落とされてしまってね……」
そう彼女たちは悲しげな表情を浮かべる。
「そんなことが……」
素朴なこの里も、尊い大切な命の犠牲の上で、今の平和があるのだと知った。
エルシスはご婦人たちに丁寧に感謝をする。
彼女たちのおかげで、ホムラの里について大方知れただろう。
次に鍛冶場に行ってみることにした。
ふしぎの鍛冶台を使うようになって、鍛冶に興味が湧いて来たからだ。
教えてもらった木製の階段を上ると、カンカンと活気な音が聞こえて来た。
鍛冶場に到着すれば、もわっとした熱気がエルシスを包む。それは、鍛冶に使う炎のものだけでなく、職人たちからも感じられた。
「見学させてくださーい!」
聞こえるようにエルシスが大きな声で言うと「ゆっくり見てけ!」似たような言葉が至る所から返ってきた。
気難しい職人も多いと聞くが、彼らは気の良い職人たちのようだ。
カンカンっと金属を叩く音が響くなか、エルシスは笑顔を浮かべながら辺りを見渡す。
女性も活躍しているようで、細い腕でトンカチを振りかざす姿は、かっこいいとエルシスは思った。
鉄の加工を見ていれば、職人である若い男が親切に説明をしてくれる。
「ホムラの鉄は質の高さがウリでな。武器や防具にするのはもちろん、鉄だけ売ったりもしているんだ。南西のサマディー王国はお得意さんでね。こんなイイ鉄はここでしか買えないからって、ちょくちょく商人がやってくるのさ」
あれを見てごらん――と、若い男は筒状の石で出来た建物を指差した。
「この建物はホムラの鉄が生まれる所だ。ヒノノギ火山の砂はとても黒っぽくてな。そういう砂は鉄作りに向いているんだぜ」
熔鉱炉というその中は、高熱の炎が燃え盛っているらしく、少し近づいただけでも汗がどっと噴き出して来た。
「真っ黒な砂を強い火にかけると、キラキラのキレイな鉄が生まれるなんて、魔法みたいだよな」
そう見つめる若い男の目も、炎に揺らめきキラキラと輝いている。(なんか……良いな……)
「焼けた鉄!ほとばしる職人の汗!ぶつかり合うハンマーと金床!まさに男の仕事じゃろ、鍛冶屋ってのは!」
エルシスは豪快な男に、これまた熱い声で話しかけられた。
「あなたは……」
「ワシはガンテツ!」
ガンテツ、と名乗る男は、自分はここの責任者だと言った。
「ワシらはのう、昔っからホムスビ山地の溶岩熱を利用した炉を作って、鉱石をたたいて暮らしてきたんじゃ。ここらは素材になる鉱石にも恵まれとる。足りなくなれば、いつでも掘りに行けるから鍛冶屋をやるにはうってつけなんじゃよ」
そうエルシスに話すガンテツは、次に彼の身体をじっと見つめた。
「あ、あの……?」
腕を手に取られ、何やら観察されている。そして次の瞬間、背中を思いっきり叩かれ「痛い!」エルシスは声を上げた。
「ときにおめぇさん、良い身体しとるのう!ここはひとつ仕事を頼みたいんじゃが……『てっこうせき』を集めてくれんか?」
急ぎの仕事が入って、皆、手が放せないのだと彼は話す。
「てっこうせきなら……」
エルシスは袋から、旅する途中でいつだったか手に入れたそれを渡した。
「おお!なんともう持っていたとは!おめぇさん、やるのぅ……何者じゃ!?」
「僕はただの旅人で……」
エルシスは苦笑いを浮かべながら話した。
ふしぎの鍛冶台をもらい、その素材を集めていると。
そして、使ううちに鍛冶に興味を持ったと。
「ふしぎの鍛冶台とな!?噂には聞いたことがあるぞ……。エルシス、ちとワシにも見せてもらえんかのう?」
「いいですよ」
エルシスは笑顔で頷き、袋からふしぎの鍛冶台を取り出した。
「「おおぉ〜〜!!」」
いつの間にかエルシスの周りには他の職人たちが集まっていた。
急ぎの仕事は大丈夫だろうか。珍しそうにその魔法道具をしげしげ見つめる姿は、鍛冶職人としてはやはり気になるのだろう。
「ねえ君、ちょっと使ってみてくれない?」
「うんうん。使う素材はこっちで用意するぜ!」
お姉さんを代表に、鍛冶をするところを見たいと皆の期待の視線を受けて「もちろん、良いですよ」と、エルシスはにこやかに答えた。
何を作ろうかなとレシピを眺める。
あまった武具は売ればいい。出来に対して売価も上がるとカミュは教えてくれた。
やっぱり、剣が良いかなとエルシスが思ったとき――
「ふしぎの鍛冶はアクセサリーも作れるって聞いたぞ!なあ、おれの代わりに『きんのゆびわ』の普通の出来以上を作ってくれよ!」
いきなり現れた男に懇願された。
「きんのゆびわ……?」
エルシスが驚いていると、男は詳しい事情を話す。
「おれの息子の結婚祝いに、最高級の『きんのゆびわ』をプレゼントしようと材料になる『きんのこうせき』を用意したのさ。だけど、よくよく考えてみれば自分で作ろうにも、無骨な鍛冶屋のおれじゃ指輪なんてしゃれたもんは作れねぇ。材料とレシピは渡すから代わりに作ってくれ!」
もう一度、今度は頭を下げられてお願いされた。
「あいつ、結婚決まったんだな!おめでとう!」
なんて飛び交う言葉を聞きながら、エルシスは断る理由もなく「僕でよければ」と軽く了承した。
材質とレシピを受け取り、いざ始める。
その様子を見つめるギャラリーに加え、大事な指輪に失敗は出来ないと――エルシスは気合いを入れてトンカチを打つ。
カン、カン、カン――……
「出来た……!」
緊張の中、出来の良い『きんのゆびわ』が見事完成した。
「おおーっ!最高の出来じゃないか、この指輪!あんたに頼んで正解だったぜ!こいつは礼だ、持っていってくれ!」
エルシスはお礼に男から『クロスブーメラン』を受け取った。
「おめぇさん……ええ腕持っとるのぅ!うちの職人に欲しいくらいじゃ!」
ガンテツは再びエルシスの背中を力強く叩き「痛い!」とまた彼は声を上げた。
「てっこうせきのお礼に、おめぇさんにこのレシピをやろう。ふしぎの鍛冶でも使えるじゃろ」
「ありがとう、ガンテツさん!」
エルシスは『鉄の武器のレシピブック』を貰う。
「それに、ゆびわが仕上がった時に一緒に出てきたその『うちなおしの宝珠』それを使えば、今ある物も打ち直せるはずじゃよ」
「へぇ、そんな活用方法が……。失敗した時は出ないから、不思議に思ってたんだ」
エルシスは虹色に輝く宝珠を眺める。
「試しにそのブーメランを打ってみたらええ。ついでにおめぇさんにこの秘伝の鍛冶技を教えちゃる」
エルシスはガンテツから『上下打ち』を教わった!
「鍛冶もこなせばこなすほど、おめぇさんの技術も上がり、色々な技を覚えるじゃろう……さあ、やってみるのじゃ!」
「おーし!!」
エルシスはクロスブーメランとうちなおしの宝珠をふしぎの鍛冶台に入れた。
「……ふぅ。まあまあかな」
エルシスは額の汗を袖で拭う。ふしぎの鍛冶台とはいえ、炎を使うから暑いのだ。
「して、おめぇさんはブーメランは使えるんか?見たところ、剣を使ってるようじゃが……」
「僕は使えないけど、もうひとりの仲間が使えるんだ。すっごく器用だから、彼なら使いこなしてくれると思う」
「男ふたり旅とは青春じゃのぅ」
「ううん、もうひとり女の子がいるから三人旅だよ」
そのエルシスの言葉を聞いて、ガンテツは再び「それもまた青春じゃのぅ」と微笑んだ。
「エルシスくんのお仲間に女の子がいるのね。良いもの見せてくれたお礼に……ちょっと待ってて」
先ほどのお姉さんは、なにやら近くの店に入って行く。
「はい、これ。うちのオリジナルの『スライムピアス』よ。可愛いでしょ?その子にあげたら喜ぶと思うわ」
エルシスは、小さなスライムがついたピアスを受け取った。
「すごい、小さいのにちゃんとスライムだ!ありがとう、きっと彼女も喜ぶと思う。……あ、でも、ユリはピアスあけてたかな?」
ユリの髪の毛から覗く耳に、装飾品がついてないのはわかるが、ピアスの穴まではわからない。
「なら、貸してごらんなさい。細かい技術を教えてあげる。いい?これを、こう……こうして……出来た!スライムイヤリングの完成よ」
「おお!ありがとうお姉さん!」
エルシスは『スライムイヤリング』を手に、満面の笑みを浮かべた。
ユリに似合いそうだと、これを付けた彼女の姿を思い浮かべているとあることを閃いた。
「そうだ、ガンテツさん。僕の仲間のその女の子なんだけど……」
エルシスはユリが記憶喪失で、彼女の持つ剣から調べられないかとガンテツに相談した。
「なんと!そりゃあ辛いのぅ……。ワシもこの道うん十年の鍛冶職人じゃ。都合の良い時にまたその剣を持ってここに来たらええ。見せてもらえば何か分かるかもかもしれん」
「ありがとう、ガンテツさん!」
最後に皆にお礼をいい、エルシスは蒸し風呂屋に向かうことにした。
この先の赤い鳥居たちをくぐって行けば、ヤヤクのいる社に行けるようだが、あまり二人を待たすのも悪い。
「なら、こっちの竹林の道を行くといいわ。温泉通りなの。蒸し風呂屋は一番奥だから、ずっと先に進んでね」
お姉さんから道を教えてもらい、すでに温泉に入った後のようなほくほく顔で、エルシスは蒸し風呂屋へ急いだ。