三人という旅人

「――おいしい!」

 ホムラの里の郷土料理を食べて、ユリに笑顔が戻る。

 珍しい調味料を使っている料理は、どれも上品な味付けで美味だ。

 彼ら二人はその様子にほっと胸を撫で下ろしていた。事故とはいえ、彼女の裸を見てしまったのだ。

 ――意外にあったな……。
 ――ユリも着痩せするタイプだったんだね……。

 さらに、二人がこっそりそんな会話をしていたと知られたら、今度は二人が記憶喪失になるだろう。

「カミュはお酒飲むんだね」

 お代は蒸し風呂に請求されるとのことで、カミュは遠慮なく酒を注文していた。この里名物の地酒だ。

「まあ、嗜む程度にはな」
「僕、成人になってから今まで色々あったし、まだお酒を飲んだことがないんだ」

 エルシスがそう言うとカミュは「お、じゃあ今日飲んでみるか?」と、にっと笑う。
「私も飲んでみたい」と続くユリに、カミュは店員に二人分を頼んだ。

「初めてなら果実酒が良いだろうな。お前ら酒に弱いだろうから」

 そう言ったカミュはナプガーナ密林の遺跡での二人を思い出す。
 アルコールのような香りを放つバッカスの花に、二人は酔っていたからだ。

「アルコールの弱いのにしてもらったし、飲みやすいと思うぜ」

 すぐさま店員が持って来たそのお酒に、二人は目を輝かせる。
 それはホムラの里で採れる、柑橘の果実酒らしい。

「んじゃあ後になっちまったが、乾杯するか」
 カミュがコップを持つ。

「何にするの?」

 エルシスが聞いた。

「ん……新たな旅の門出にとかはどうだ?」
「いいね!幸先が良い感じ」

 ユリが笑う。

「よし、じゃあここは勇者さまのエルシスに譲るぜ」

 カミュに振られ「僕か」と笑って言いながら、エルシスはコップを持った。

「僕たちの新たな旅の門出にカンパーイ!!」「「カンパーイ!」」

 コップが重なる軽快な音の後、三人は酒に口をつけ、喉を鳴らす。

「どうだ?二人とも」

 カミュの問いに二人は同時に「「おいしい!」」と答えた。

「さっぱりして飲みやすい!これなら何杯でもいけそうだ」

 エルシスの言葉にカミュは苦笑いを浮かべる。

「いくら飲みやすいからってアルコールは後から回ったりするからほどほどにしとけよ」
「アルコールってこんな味なんだね。柑橘だから飲みやすいのかな」

 味見してみる?というユリの言葉に、カミュはコップを受け取り一口飲んで、顔を歪ませる。

「甘いな……ほぼジュースだな、こりゃあ」
「カミュ、甘いの本当に苦手なんだね」

 コップを返され、くすくす笑うユリ。その様子を見ながらエルシスはカミュに言う。

「カミュはお酒に強そうだよな」
「少なくともお前よりはな」
「いつもそういう言い方するけど、ずるいと思わない?」
「思わない」
「カミュは本当にずるい男だから……」
「え、カミュ……ユリに何したの」
「何もしてねーよ…………ああ、もう」

 カミュは酒を一口飲んでから、再び口を開く。

「酒は……強い方だと思う。そもそも自分の限界を知ってるから無茶はしねえし」

 あまり自分のことを語らないカミュが、そう話すだけで二人は嬉しくなる。

「好きな食べ物は?」

 ユリが聞いた。

「……煮込み料理とか」

 カミュは答えた。

「得意料理も?」

 エルシスが聞いた。

「しいて言うなら魚料理の方が得意だ」

 カミュは答えた。

「苦手なものある?」

 再びユリが聞いた。

「暑いのは苦手だな。蒸し風呂は平気だったけど」

 カミュは答えた。

「……年齢は?」

 再びエルシスが聞いた。

「……19」

 カミュは一瞬渋ったが、答えてくれた。

「歳上だとは思ってたけど、僕より三つ上か〜!」

 今まで謎だったカミュの一部が知れて、エルシスはへぇとかふぅんとか嬉しそうに口にする。

「……もう終いだ。口を動かしてねえで、どんどん食え」

 カミュへの質問タイムは終わったが、年齢が知れたのは大きい。二人は素直に食事に手を伸ばした。

「じゃあ、私はいくつに見えるかな?」

 ユリが二人に聞いた。名前しか覚えてないので、当然自分の年齢も知らない。
 だが、そう聞いたユリに悲壮感は一切漂っておらず、純粋に二人の答えをわくわくしながら待ってるようだった。

「なんとなく僕と同い年のように思ってたよ」

 エルシスは真面目に答えた。

「10歳だろ」

 カミュは鼻で笑って言った。

「もうっ、カミュ。私は真面目に答えて欲しかったのに」
「あー悪かった。10歳は精神年齢の方だったな」

 カミュは今度はにやりと笑う。

「……。もういい。おねえさん、おかわりください!」
「おい、ジュースみたいな酒でやけ酒すんな」

 その二人のやりとりにエルシスも笑った。

「……ま、16か17が妥当なところだろうな」
 
 酒を飲み干し、今度は真面目に言ったカミュ。

「……ほらぁ、エルシス!カミュはずるい男でしょっ」
「知ってる。僕もよぉく知ってる」

 慰めるようにエルシスはユリに言う。

「へいへい……オレはずるい男だよ」

 呆れたようにそうは言ったが、カミュも楽しそうだ。
 つまみを入れた口元が、にんまり笑ってる。

「……ところで、エルシス。蒸し風呂で言ってたオレたちに渡したいものって何だ?」

 カミュの問いにエルシスは「忘れてた!今見せるからちょっと待ってて」と、袋をがさごそとあさる。

「じゃあ、まずはカミュから」

 そう言って、じゃーんとエルシスは『クロスブーメラン』を取り出した。

「おお!新しい武器か!しかもブーメランかよ」
「かっこいいね!」
「鍛冶のお礼に貰って、打ち直して強化してあるよ」
「そりゃあ次の戦闘で使うのが楽しみだな」

 次にエルシスは「ユリ、手を差し出して」言い、ユリは素直に従う。

「これも、お礼に貰ったんだ」

 ユリの手のひらには、小さなスライムのイヤリングがのっていた。

「スライム!すごく可愛い……!イヤリング?」
「へぇ、よく出来てるな」

 カミュもユリの手のひらを覗き込む。

「ユリ、ピアスは空いてないよね……?ピアスをイヤリングにして貰ったんだ」
「うんっ、ありがとう!すごく嬉しい!エルシス、大事にするね」

 ユリは愛しそうにスライムを見つめてから、さっそくつけてみようと髪を耳にかける。

「「……っ」」

 その女性らしい仕草に、二人がどきっとしたなんて彼女は知らない。

「?これってこうで良いのかな……」

 初めて付けるイヤリングに、鏡もなくユリは手こずっている。

「……エルシス、付けてやれよ」

 お前からのプレゼントだろ?とカミュはエルシスに言う。

「あ、うん」

 エルシスは席を立ち、ユリの耳たぶに触れる。間違って痛くしないよう、慎重にイヤリングを付けた。

「痛くない?」

 付け終わるとエルシスはユリに聞く。

「平気だよ。ふふ……どうかな?」
「うん、すごくユリに似合ってる!」
「早く鏡で見たいなあ」

 その様子を目を細めて眩しそうにカミュは見ていた。(……オレなんかより、よっぽど恋人らしく見えるよ)
 カミュは静かに席を立つと、カウンター席に移動する。

「マスター。おすすめもらえるか」

 カウンター越しにマスターに声をかけた。

「おや、こんばんは。旅の方だね。お兄さんは強そうだから、そうだねえ。ヒノノギ火山をイメージした辛口の地酒で、地元の者は温めて飲むんだけれど、いかがかな?」
「火山をイメージって、そりゃだいぶキそうだな。……まあ、いいや。それで」

 出されたそれは"アツカン"といい、小さな陶器の"オチョコ"に注いで呑むらしい。

 香りを嗅ぐと強く芳醇で、アルコールの度数が高いのが分かる。

 少し口に含むと、辛口だがさらりとしている。だが、喉を通すとかあと熱い。ヒノノギ火山をイメージしたのも頷ける。

「いかがかな?」
「……ウマイ。だが、火山というだけあってかなりクる」
「そうは言っても、お兄さんの顔は余裕のままだねぇ」

 マスターは人の良い笑顔で笑う。

「ここは良い里だな。蒸し風呂も良かったし、酒もメシもうまい」
「新しく出来た蒸し風呂も入られたんだね。この里を気に入ってくれたなら何よりだ。どうだい?ここに住んでみては。お兄さんたちみたいな若い人たちは大歓迎だよ」
「いや、一つの場所に留まるのは性に合わないんだ」
「じゃあ、もう次の旅先は決まってるんだね。まぁこの辺りじゃ大きい町はサマディー王国しかないしねぇ」
「そのサマディー王国ってどんな所なんだ?」

 マスターの言葉にカミュは聞き返した。
 なにもカミュがカウンターに来たのは、エルシスとユリを二人っきりにしようとか気を利かせたわけではなく、次の目的地になるだろう国の情報を得るためであった。

「砂漠にそびえる王国だよ。確か騎士や馬レースが有名だったね」

 馬レース……エルシスが好きそうだ。

「ここからは遠いのか?」
「いっぱしの旅人さんなら問題ない距離だと思うけど、何せ砂漠だからね。行くならしっかり準備した方が良いよ」
(砂漠か……暑いのは勘弁してほしいぜ)

 カミュは最後の一杯をぐいっと呑み干す。

「ああ、でも。関所があって、通るには通行手形が必要だね」
「……なに?それはどこで発行できるんだ?」
「王国じゃないと無理じゃないかな。こっちから行く旅人なんて滅多にいないからねぇ」
(……マジか)

 まさかの通行手形が必要とは。

「何か方法はないか?」
「そうだねぇ……時々サマディーから商人が鉄を買い付けに来るから、帰りに一緒に便乗してもらうとかはどうかね?」

 マスターの提案はなかなか良いものだった。しかし――、

「昨日、来たばっかりだからねぇ。次はいつ来るかこればかりは……」
(……マジか)

 マスターの言葉にカミュは両肘を立て、手を組むと、頭を項垂れた。
 どうしたものか……と考えようとするが、どうも頭が上手く回らない。

 どうやら、自分は酔っているらしいと気づいた。

 エルシスたちにはあんな風に言ったが、酒に強いと自信がある。エルシスの年齢前にはすでに呑んでたし。さすがヒノノギ火山だ。

「……それより、お兄さんのお連れさんたち大丈夫かい?」
「は?……」

 カミュはゆっくりと後ろを振り返る。

「寝ちゃってるけど」
「………………」

 おかげで一気に酔いが冷めた気がした。(オレが目を放した隙に、本当にこいつらは……)
 二人はテーブルに伏せ、すやすやと眠っている。

「マスター水を二杯くれ」
「あいよ」

 用意されたコップの一杯は自分が飲み干し、もう一つのコップを持って、カミュはカウンターから席を立つ。

「ごちそうさん」
「どういたしまして」

 テーブルに水の入ったコップをダンッ、と置いた。

「おい、エルシス。起きろ。帰るぞ」
「…………すー」
「二人もどうやって宿屋まで持って帰れってんだ」
「…………すー」
「起きねえならお前だけ置いてくぜ」
「…………すー」
「……早く起きねえと、水ぶっかける」
「…………すー…………冷たッ!なに……?」

 目が覚めたエルシスは自分の顔を袖で拭った。

「ほら、水飲め。飲んだら帰るぞ」

 水の入ったコップをカミュに押し付けられ、エルシスは大人しく飲み干す。

「……あれ、僕とユリ、寝てたの?」
「ああ、寝るなら宿屋のベッドでな。ほら、荷物持て。オレはこの眠り姫を背負わなきゃならねえ」

 ……軽いな。意識がない人は起きてる時より重く感じるが。この間エルシスを背負った後のせいか、ユリは軽く感じられた。
 それに…………この背中に当たる二つのムニっとした柔らかい感触は。(これは…あれで…あの時のアレだよなぁ……)

 ありありと想像できてしまい、慌ててカミュは脳内の映像を振り払った。
 酒が入った状態でこれはマズイ。正常な判断ができなくなる。

「……うふふ」

 人が煩悩と必死に戦っているというのに、隣でエルシスがご機嫌に笑う。

「星がキレイだ、カミュー」
「ああ、そうだな。よかったな」

 なんだコイツまだ酔ってるのか?
 
「……こんな時が、ずっと続けばいいのに……」
「…………」

 願うように言った、エルシスの透明な声はとても儚くて。
 カミュは「そうだな……」と、同意することしか出来なかった。
 
 願わくばこんな日々がずっと続きますように――。

 それは神に願っても、叶えてはくれないだろう。


- 20 -
*前次#