「ああっ、ユリちゃん!よかった、気がついたのね!」
カミュとホメロス、二人をぐいっと押し退けて、ユリの視界いっぱいにシルビアの笑顔が映る。
「……シルビア」
「意識もしっかりしてるみたいでよかったわ」
シルビアが安堵のため息と共に、胸を撫で下ろした。ユリはゆっくりと上半身を起こす。
「ユリさま、身体は大丈夫なのですか?気分が悪いなど……」
「うん、なんともないみたい」
立ち上がってみても、めまいとか気持ち悪さもなく平気なようだ。元気そうな姿に、一同ほっとする。
「ユリが海に落ちた後、カミュも飛び込み、わしらはなんとかおぬしを助けようとしたんじゃ。しかし、あの状況では救出は絶望的でのう」
神妙な顔でユリに説明するロウだったが、悲しげに目を伏せた。
「黒い海に飲み込まれて、カミュも共にもう二度と戻らぬものかと思ってしまった……」
「ロウさま……」
「そんな時じゃった……突然、辺りが光に包まれておぬしたちが海の底から上がってきたのじゃ」
その時のことを思い出しながら、ロウは奇跡のような出来事だったと語った。
「わしは腰を抜かしそうになったがのう。なんとかおぬしたちを助け、魔物の猛攻を切り抜け、ここまで逃げおおせたってワケじゃ」
見渡すと、ここはバンデルフォン地方の港だ。
さっきまで、自分がいた場所はどこだったのかとユリは考える。
それに――……
「ユリちゃん、どうかしたの?」
シルビアの問いに、ユリは自身が体験した出来事を彼らに話す。
「えっ?さっきまで不思議な場所にいた?次々と姿を変える預言者と出会った……?ンもう!ユリちゃんったら!気を失っている時に夢でも見たのね!」
「夢なのかな?夢じゃないと思うんだけど……」
最後にデコピンされた部分が、なんとなくじんじんする気がするからだ。
「カミュはそんな体験しなかった?」
「ユリさんのようなことは……。オレはもうだめかという時に、光に包まれたのは覚えています」
「ユリよ、疲れているのだろう。船員の宿舎を貸してもらえるそうだから、そこで一晩休もう」
そう言ったグレイグの声が、疲れているように感じた。きっと、あのジャコラから逃げ切るのも大変だっただろうし、心配もかけたのだろう。ユリは素直に頷いた。
「さ、行きましょ♪」
シルビアはグレイグの後を追い、カミュもそれに続き……ユリだけなにげなく後ろを振り返り、海を眺める。その厚い雲の隙間から、光が差した。
目を奪われるような神々しい光景だった。
海を照らすその光は、やがて文字となって波に浮かぶ――
"勇気を胸に いかずちを手に"
ロトゼタシアの人々が使うアストルティア文字ではなく、天界の文字でそう書かれていた。
やがて、そこにはなにもなかったかのように光も文字も消える。
「預言者さま……」
『おぬしだからこそ、できることがある』
「私は、この命がある限り戦います」
さざ波に混じり彼女の声が聞こえた気がして、ユリは海を見つめたまま、決意の言葉を口にした。
「……どうしたんじゃ。ぼうって海などながめて。ほれ、いまは元気になることが先決じゃぞ」
「まだ本調子じゃないみたいですね。ユリさま、今はお休みになられましょう」
ロウとホメロスに促され、ユリは海に背を向け、宿舎へ向かった。
一晩休んだ翌日の朝――。
旅立つ準備を済ませると、宿舎内の一室でロウが皆に話す。
「……さて、アリスの話によれば、ネルセンの宿屋に泊まった者、全員が同じ奇妙な夢を見るそうじゃったな。ユリよ。まずは、ネルセンの宿屋で話を聞くとしよう」
「はい!」
もう大丈夫だと言うのに、ユリは元気よく返事した。
ネルセンの宿は、ここから道沿いに緩やかな坂をずっと上がった場所だ。
黄金の麦畑と、風車の景色が美しかったのを覚えてる。(あの風景が失われてないといいけど……)
「あ、カミュ。昨日は言いそびれちゃっけど、助けにきてくれてありがとう」
「いえ、オレはなにもしてません。むしろ、後先考えず飛び込んで、助けられたのはオレの方ですよね……」
あのチカラはユリさんのものですよね?そう尋ねるカミュに、ユリは記憶にないが勇者の力かも知れないと答えた。
そして、次はユリからカミュに尋ねる。
「えっ?預言者と名乗る青い髪の女性が、オレに会ったことがあると言ってたですって?…………む。そう言われてみれば、たしかにそんな記憶が…………」
そう呟いて考え込むカミュに、次の言葉を期待して待つ。
「……あるような気がしましたが、やっぱり思いだせないですね。すみません」
「ううん、気にしないで」
笑顔でカミュに言ったあと、ユリはこの場所を貸してくれた漁師の人たちにお礼をしに行った。
「おお、目覚めなすったか!アンタ、ウワサの化け物に襲われてたんだってな。命が無事だったとは相当な強運の持ち主だよ」
「キレイな姉ちゃんを狭いオンボロな小屋に泊まらせるのは気が引けたんだが、身体は休めたかい?」
「はい!おかげさまですっかり体力回復しました。皆さん、お世話になりました」
「そりゃあよかった!」
元気なユリの姿を見て、漁師たちはよかったよかった、と頷いた。
「……あのおぞましい化け物なら、外海へと向かって泳いでいくのを見たぜ。海に出るならくれぐれも気をつけるんだな」
「外海に……」
だからと言って、内海も気軽に船旅をするのは危険だろう。あのレッドオーブの力を対策しないと、ジャコラには太刀打ちできない……。
「そういや……北のネルセンの宿屋で奇妙なウワサが流れてるみたいだぜ。もし、興味があったら寄ってみるといいかもよ」
「私たち、これからそこに行ってきます」
「そうかい。気ぃつけてな!」
気のいい漁師たちに別れの挨拶をし、外で待っていた皆と共に、ネルセンの宿屋へ向けて出発した。
「海でアタシたちを襲った化け物……たしか、ジャコラとか言ったっけ。アイツも魔王の配下、六軍王なのよね。あの化け物をなんとかしない限り、海の旅は危険がつきまとうわね。次はアタシの船ちゃん、壊されちゃうわ……」
シルビアは不安げに言ったが、あのジャコラから急襲を受けたにもかかわらず、シルビア号は無傷だといいユリはすごいと思った。
「漁師さんはジャコラが外海へ向かって泳いでいくのを見たって言ってたけど、いつまた戻ってくるかわからないし……とりあえず、バンデルフォン地方とユグノア地方を回ろうと考えてるの」
「そうね。この辺りはアタシも大樹が落ちてから初めて来るし、仲間のみんなも探しましょう!」
シルビアの明るい声に、ユリもにっこり頷いた。のどかな田園風景を楽しみながら歩いていると、グレイグが足を止めてぽつりと呟く。
「バンデルフォン地方か……。この辺りはまったく変わらないな。古い思い出がよみがえってくるようだ」
……そうだ。バンデルフォン地方はグレイグの故郷があった地だ。
すでに廃墟と化してしまったバンデルフォン王国を目にするのは、きっとグレイグもつらいだろう。
ユリがなにか声をかけようとする前に、その視線に気づいたグレイグが微笑む。
「……いや、こちらの話だ。さあ行こう、ユリ」
グレイグがなにも言わないなら、触れるべきではないと考え、ユリも歩き始めた。
――坂を登った先の、あの美しい小麦畑は健在だった。
大きな風車も風に吹かれてゆったりと回っている。ただ一つ、以前と同じように気になるのは……
「ここの魔物たちも以前より強くなってるみたい」
「これでは……魔物たちのせいで美しい風景が台無しですね」
ユリの言葉に続いて、カミュは残念そうな表情と声で言った。
前はいなかったトロル・強がうろついていて、この辺りの農夫はますます命がけだと、ユリは思う。
「あーら、いらっしゃい。あんたたちもこの宿のウワサを聞いてここにやってきクチだね」
一行がネルセンの宿屋に到着すると、掃き掃除をしている女将に気さくに声をかけられた。
「今、ウチの宿に泊まると、みんな不思議な夢を見るんだよ。どんな夢か知りたいのなら、泊まっていってね」
女将に挨拶をして、ネルセンの宿屋内の敷地内に入ると――そこはたくさんの人で込み合っていた。
「すごい人ね〜。みんなウワサの夢を見にきたのかしら」
「こんなに賑やかなネルセンの宿は初めて見るのう」
「全員分の宿が取れるといいが……」
「まったく。ウワサ好きな奴らが多いものだ」
旅人が集まる宿屋ではなく、これでは観光客が集まる宿屋だ。
「同じ内容の不思議な夢を宿泊者全員が見るって、なんか怪しいと思わないかい?もし、怪奇現象とかだったらこわいなあ。その夢を見ると呪われるとか……。やっぱ、泊まるのやめない?」
「ここに来てよかったのはこの人がおくびょう者ってことがわかったことね。泊まるか泊まらないか、ハッキリしないのよ」
弱気な彼氏に、彼女の方は肩を竦めて言った。呪いだったらそれはそれで見過ごせないとユリは考える。天使の力がまだ残る自分に祓えるかも知れない。
「この宿は不思議な夢のおかげで、ずいぶんと売り上げを伸ばしているようね。ここの奥さん、すごくキゲンいいわ」
「お客さまが増えて、いつもに比べて売り上げが3倍増えたのよ。これも不思議な夢のおかげね。これからも、ますますがんばって売り上げを伸ばしていくわよ!」
確かに、この賑わいぶりならそうだろうな、と皆が思った。
「なんだか、プチャラオ村を思い出すかも……」
「うむ。あれは魔物の仕業じゃったが、今のところ人々に危害はないようじゃな。とりあえず、部屋が取れるか聞いてみよう」
宿屋に入ると、受け付けの亭主はお客をご機嫌に出迎えている。
「さあさあ、いらっしゃい!今、この宿に泊まると、誰でも不思議な夢を見ることができるよ!」
ユリは六人で泊まりたいと伝えると……
「旅人さん!ラッキーだね!ちょうど2部屋、6人泊まれるよ!」
よかったと、そのまま60ゴールド支払った。
鍵を二つもらって、二階へ上がる。偶然にも、部屋は以前用意された際と同じ部屋だった。
確か、あのときも六人で、ちょうど男女で三人ずつ別れたが……
「まずは、アタシとユリちゃんよね♪」
「うん」
ひょいっ、とシルビアはユリの隣に並んだ。ユリもなんの疑問も持たず頷いた。
ホメロスは思う。……こいつ、都合よく男と女を使い分けていないか?
「あと1人は……」
………………。
その場に微妙な空気が流れる。「ユリさまは……」最初に沈黙を破ったのはホメロスだ。
「異性と同じ部屋になるのはよろしいのですか?」
「私は大丈夫だよ。最初の頃はエルシスとカミュの三人でいつも同じ部屋だったし」
「オレ、なにもしてませんよ!記憶ないですけどっ!」
物言いたげなホメロスの視線が瞬時に飛んできて、カミュは知らない自分の弁解をした。
「では、あと1名は……」
「誰でもいいと思うけど……シルビアはどう?」
「誰でもいいわよね」
誰でもいいが一番困る……!と、ホメロス、カミュ、グレイグは思う。
「じゃあ、わしが……」
「ロウさまはだめです」
「なんじゃ」
ホメロスはロウの申し出をきっぱりと却下した。
「ならば、ホメロス。お前がユリたちの部屋でいいんじゃないか?」
「なにを言う、グレイグ。ユリさまと寝室を共にするなど、そんな恐れ多いことができるか!」
「……」
キャンプで寝床は共にしているのに面倒くさい奴だな……と、グレイグは思う。
そして、寝室ではなく宿屋の一室だ。
「ならば……。消去法でお前だ、カミュ。お前がそちらの部屋にいけ」
「はあ……別になんでもいいですけど」
「俺はいつの間にか消去されていたのか」
カミュはユリとシルビアの方に行き、無事に部屋割りは決まった。
ユリはもう一つの鍵をホメロスに渡す。
部屋に入ると、さっそく武器や荷物を置いて身軽になり、うーんと背伸びする。
窓を開けて、広がるバンデルフォン景色を眺めた。……変わらず魔物が邪魔だが。
「ねえ、寝るのはまだ早いし、どこかで時間を潰さない?」
「確かに、この時間ではまだちょっと眠れませんね」
「あ、じゃあ私、やりたいことあるよ。メダル女学園で受けたクエスト!」
ユリは振り返って、笑顔で二人に言った。
受けた際にシルビアもカミュもいなかったので、どんな内容か話す。
「……ユーレイちゃんのお願いで、そのヌルスケっていう伝説の秘宝を探すのね。面白そうじゃない!アタシも一緒に探すわ!」
「ありがとう、シルビア」
「オレももちろん手伝います。ですが……バンデルフォン地方のどこかに墓があるという話ですよね?この広大な地で探すのは大変ですね」
「大丈夫!一応、目星はあるの。クエストの話をした時に、アリスさんが教えてくれたんだ」
「あら、アリスちゃんが?」
じつは、アリスはバンデルフォン地方の出身らしく「どこかの小麦畑の中で古ぼけた墓があるらしい」というウワサを耳にしたことがあると、教えてくれたのだ。
「アリスちゃんは自分のことは滅多に話さないから、ユリちゃんのことを信頼しているのね。アタシも嬉しいわ」
「麦畑ならだいぶ場所が絞れますね。あとの3人にもお願いして、手分けして探すのはどうでしょう?」
カミュの提案にユリは頷き、武器だけ装備して部屋を出ると、向かいの部屋のドアをノックする。
「おや、ユリさま。いかがしました?」
「じつは……」
ユリはホメロスに「これからクエストのヌルスケの墓を探しにいくので、手伝ってほしい」と言った。
「もちろん、お供いたします。我々も暇をもて余していたところです」
「ああ、あの麦畑にいる魔物たちを退治しようと話していたところだから、ちょうどいい」
ユリは二人に「ありがとう」と言ったあと、ロウの姿がすでにないことに気づいた。
「あら、ロウちゃんはいないのね」
「ロウさまは情報収集をすると、一足先に部屋を出ていかれてな」
シルビアの問いに、グレイグが答える。部屋に書き置きをして、見かけたら声をかけようということになり、一同は出発した。
「私はたまにこの宿に泊まって、かつてユグノア王国があった場所に行くの。亡くなった方たちにお祈りするためよ」
「今もなお、通ってくださる方がおられて嬉しいのう。じゃが、最近は魔物も活発化しておる。十分、気をつけてくだされ」
談話スペースで、さっそくロウは老女と楽しく話をしているようだ。邪魔しては悪いと、五人は声をかけず行くことにした。
「ちょっと前まで、この宿に女の武闘家が泊まってたらしいんだ。えっらい美人だったんだとよ」
「へえー美人な女武闘家かあ。会ってみたいなー!」
「ただすぐに旅立ったみたいで、その女武闘家がどこに向かったか、後のことは不明らしいぜ」
そんなウワサ話をする会話が耳に届いて、ユリはグレイグに話しかける。
「ねえ、グレイグ。えっらい美人な武闘家の女の人って、もしかしてマルティナのことじゃ……」
「ユリ、美人な武闘家の女性はたくさんいるぞ。マルティナ姫とは限らん」
困ったように笑って言ったグレイグに、ユリは「そっか」と納得した。
……ものの。やはり"えっらい"美人となると、マルティナを想像してしまう。
(早くマルティナに、デルカダール王が元に戻ったことを伝えたい……)
ずっとマルティナが、父であるデルカダール王の身を案じていたのは知っていた。ウルノーガから解放されたデルカダール王もまた、マルティナの安否を心から心配している。
(……そうだよね。美人な武闘家の女性だけでは、マルティナとは限らない)
だから、余計に繋げて考えてしまったのかもしれない――。
グレイグとホメロスは麦畑にいる魔物討伐を行い、ユリとシルビアとカミュの三人は古ぼけた墓を探していた。
「この辺りにはなさそうねえ」
「ユリ、回復呪文を頼む。やはり、トロールの会心の一撃は恐ろしいな」
ユリはグレイグに「ベホイム」を唱える。
それでもあのトロール・強を二人だけで倒すのだから、さすがデルカダールが誇る最強の二人だと思う。
「おい、グレイグ。俺がせっかくお前にバイキルトを唱えようとしたのに、なぜ先に特攻する」
「一撃でも多く与えた方がいいだろう」
「最終的に倒す手数が少ない方がよかろう。効率を考えろ、効率を」
「ムッ。お前の悪いところはいつだって頭が固いところだ。昔から本当に変わらん。実戦はチェスじゃない」
「戦略は必要だ。トロールの会心の一撃は強力だが、確率は低い。故に俺がバイキルトをかけて、一撃で倒していれば!お前が会心の一撃を喰らわずに済んだ……かもしれん」
「かもしれんって、なんだそりゃ!だったら俺も言わせてもらうぞ!」
……最強の二人の会話は、いつの間にか口喧嘩に発展していた。
「お二人、あれじゃあ子供のケンカみたいですね……」
「あれはケンカするほど仲がいいってやつね」
「デルカダール王も『二人は昔からよくケンカしては仲直りする』って言ってたな」
二人はほっとくことにして、ユリたちはヌルスケの墓探しを再開した。
今度はネルセンの宿から東の方を探してみる。
「あっ……二人とも!ヌルスケのお墓ってこれじゃないかな?」
ユリはひどく古びた小さな墓を見つけた!
「きっとそうよ!」
「なにか、名前とかあればいいんですが……」
「えっと……」
よく見ると、墓石にはかすれた文字で詩のような文章が書かれている――……
ちいさなメダルを求め、世界を旅した私が心の底から愛した宝はふたつだけ。
金色にかがやくちいさなメダルと、それによく似た金色の小麦畑。
……我が故郷、バンデルフォンの風景なり。
ちいさなメダルを集めることは世界を知ること。
世界を知り、おのれを見つめ
私は愛する故郷に帰ってきたのだ。
……ちいさなメダル愛好家、ヌルスケ記す。
残された文字を読み、三人は辺りを見渡した。
金色の小麦畑を風に揺られている。
……すこし、心が落ち着く気がした。
ヌルスケが残した伝説の秘宝は、彼の故郷、バンデルフォンの風景のことだとわかった。
「故郷の景色が宝物って素敵だね」
「ええ、そうね。この景色はお宝には変えられないわ」
「とてもあたたかな、いい景色だと思います。……オレの故郷の景色はどんな景色なんだろう」
――あとはこのことをローズに報告するだけだ。
ユーレイの彼女を見られるのは自分だけなので、一人でメダル女学園行ってくるとユリは皆に言った。
そこに、共に行きたいと言ったのはグレイグだ。
「セーシェルの様子を知りたいと思ってな。あと、ナターシャという魔物のドラゴンバゲージにも、メダル女学園を紹介したんだ」
まだ話していなかったと、グレイグはナターシャのことをユリに話す。
ユリは笑顔で了承して、グレイグと共に「ルーラ」でメダル女学園に移動した。
まずはローズの元へと、二人は教室に向かう。
「あっ!おかえり、おねえちゃん。ヌルスケのお墓、見つかった?……伝説の秘宝は埋まっていたの?」
「見つけたよ。伝説の秘宝は……」
ユリはローズに、伝説の秘宝とはバンデルフォン地方の美しい風景のことだったと報告した。
「バンデルフォンの金色の小麦畑か……。ヌルスケはどんなに豪華な宝や荘厳な風景より、自分の故郷を愛したんだね」
「私も、バンデルフォンの風景はどこか懐かしくて、とても美しいと思う」
「おねえちゃん、あたしの最後の願いをかなえてくれて、どうもありがとう。……お礼にこれあげるね!」
ユリはときのすいしょうを受け取った!
「あたし、急いで天国に行って、お空の上からバンデルフォン地方の金色にかがやく小麦畑を見ることにするわ」
そう言って、笑顔のローズの姿は薄くなっていく。
「それじゃあ、バイバイ、おねえちゃん!またいつか、あたしと遊んでね!」
そして、最後は見えなくなってその声だけが、ユリの耳に届いた。(……バイバイ。また、いつか……)
成仏した魂は、天使の守護がなくともきっと天国に行けるだろう。
「その様子だと、少女は無事に成仏したようだな」
「急いで天国に行って、空の上からバンデルフォン地方の金色にかがやく小麦畑を見るって」
「そりゃあいい。さぞ空から見た景色は素晴らしいだろう」
グレイグは笑って、ローズがいたであろう場所を見つめた。
次に、二人はセーシェルとナターシャに会いに行く。
セーシェルは2階の学生寮にいた。メダル女学園の制服がとても似合っていると、二人は思う。
「旅人のお姉ちゃん、おじちゃん、ひさしぶり。また会えてとってもうれしいわ。きちんとありがとうって言いたかったの」
二人の顔を見ると挨拶してくれたセーシェルは、以前よりずっと明るい表情を見せた。大きな変化に、ユリとグレイグは驚きと嬉しさが混じった顔で見合わした。
「学校はどう?困ったこととかない?」
ユリの問いに、セーシェルはこくりと頷く。
「この学校に入学してから、あたし、まいにちとっても楽しいのよ。ひとりぼっちの時みたいに、もう泣かないわ」
「楽しいと思えてるなら、おじちゃんも嬉しいぞ」
「お姉ちゃんとおじちゃんも元気でよかったわ。これは、あたしからお姉ちゃんたちにありがとうの気持ちよ。……はい、あげる」
「ありがとう!大事にするね」
ユリはセーシェルから吹雪のイヤリングを受け取った!
氷をイメージした水色の繊細な美しいデザインは、きっとユリの耳に似合うだろうとグレイグは思う。さっそくユリはちからのゆびわを外し、吹雪のイヤリングを耳につける。
「どうかな?」
「よく似合っているぞ」
「あたしも、お姉ちゃんにとっても似合うと思っていたの」
ユリが照れくさそうに笑うと、吹雪のイヤリングはキラリと揺れた。
「あたし、この学校でいっしょうけんめいべんきょうして、大人になったら先生になるの。あたしみたいにさみしい子がいたら、先生がしてくれたみたいにぎゅーってだきしめてあげるんだ」
そう未来を語るセーシェルに、二人はじいんと胸を打たれる。
「セーシェルなら絶対になれるよ。私たちも応援するね!」
「ああ、悲しみを知ったものはその分、人に優しくできる。君はいい教師になるだろう」
――また来るね、とセーシェルに笑顔で手を振り別れると、今度はナターシャ探しだ。
ナターシャは食堂にいた。どうやら給食作りの手伝いをしているらしい。
「お兄ちゃん、メダル女学園のこと、あたしに教えてくれてありがとう!」
「おお、君も元気そうでよかった。すっかりこの生徒として馴染んでいるようだな」
「お友達がたくさんできたし、先生は怒るとこわいけど、優しいわ。あたしはもうひとりぼっちじゃないのよ」
ひとりぼっちじゃない、と胸を張って言ったナターシャに、セーシェルだけでなくナターシャも、この学校に居場所ができて本当によかったと、グレイグもユリも思う。
「これはお礼の気持ちよ。ドン、デロ、ドン!受け取って!」
「ありがとう。優秀なおまもりだな」
グレイグは竜のおまもりを受け取った!
炎や光の攻撃を軽減する効果があるおまもりは、きっと旅の助けになるだろう。グレイグはおまもりとして大事に懐にしまった。
「ドン、デロ、ドン!ドン、デロ、ドン!」
「ドン、デロ、ドン?」
ユリが不思議そうに尋ねると、ナターシャは笑顔で教える。
「ドン、デロ、ドンは死んだお母ちゃんが教えてくれたしあわせのじゅもんよ!そのじゅもんをとなえていたら、旅人さんが来てくれたのよ!」
「効果抜群なじゅもんだね」
「だからお姉ちゃんも、しあわせが必要な時にはドン、デロ、ドンって、となえてみてね!きっとしあわせになれるはずだよ!」
「ドン、デロ、ドン!ね」
口に出して言うと、ユリは元気が出てくるような気がした。
「ナターシャは料理の天才だね!ツボの中身をちょこっと料理に足したら、いつもの何倍もおいしく仕上がったよ!」
ドーソンは給食の準備をしながら、大絶賛でナターシャを見ながら言う。
「あたしでも知らない調味料とは、この子のツボの中身はいったいぜんたいなんなんだろうね」
「ナターシャの持ってるツボはスゴイのよ」
ナターシャのツボの中身に興味が湧くユリとグレイグに、他の女生徒が話しかけた。
彼女はイーダという、よく花だんに水やりをしている少女だ。
「中に入っている水を花だんにまいたら、しおれていた花がたちまち元気になったの。校長先生が大好きなスズランの花も、ナターシャのおかげで前よりずっとキレイな花を咲かすのよ」
その話を聞いて、ユリとグレイグはますますナターシャのツボの中身が気になった。
「給食のおいしそうなニオイにお腹が空いてきちゃった」
「そろそろ夕食の時間だな。バンデルフォン地域の麦で作られたパンは有名なのは知っているか?俺も楽しみだ」
メダル女学園での目的も果たし、戻ろうとする二人は、廊下でミチヨ先生と出会した。
「旅の方が紹介してくださったふたりの生徒は、メダル女学園がたしかに引き受けましたわ」
二人の顔を交互に見ながら、ミチヨ先生は話す。
「癒えることのない心のキズと共に、ふたりは歩んでいかねばなりませんが、立ち向かう強さをたしかしに持っている。……私はふたりを信じています。メダル女学園の教師一同、責任を持って守り、育てると約束しますわ」
最後に一礼をするミチヨ先生に、二人も頭を下げた。
心優しい先生方がいるメダル女学園になら、なにも心配はない。
現にセーシェルもナターシャも、以前では見られなかった笑顔を見せてくれたのだから――。