嘆きの戦士

 ……――夜になり。
 風車が回る音に虫の音が混ざる頃、寝着に着替えたユリはベッドに入る。

「さあ、いよいよおやすみの時間よ!どんな夢を見るか、楽しみね」

 ポンポンのついたナイトキャップを被り、派手色のパジャマ姿のシルビアが言った。前からユリは思っていたが、たまに見るシルビアの寝巻き姿は可愛い。

「緊張してきて、眠れるか心配になってきました」

 そわそわと言ったのは、ラフな格好の寝巻き姿のカミュだ。

「カミュ、もし眠れなかったらゆめみの花があるよ。私もよく使うけど、ぐっすり眠れるの」

 これも記憶を失くす前のカミュが教えてくれたことだ。自分にラリホーは唱えられないので重宝している。

「あら、ユリちゃんってば不眠症なの?」
「え、大丈夫ですか……?」

 心配そうな顔になったシルビアとカミュに、ユリは慌てて笑顔を繕って答える。

「たまにね!本当にたまに、こわい夢を見て眠れなくなる時があるの。そんな時に使うとぐっすり眠れて……」

 たぶん、普段抑えてる不安が夢に出ているのだろうと、ユリは冷静に分析している。
 ムウレアが襲われる夢だけでなく、エルシスともう二度と会えなくなる夢、仲間たちが次々と死んでゆく夢……絶対に起きて欲しくないと思っていることが、夢の中で具現化しているからだ。

「ユリちゃん。今度こわい夢を見たらアタシを呼んで。とびっきり楽しい夢に変えてあげるから」
「……うん!ありがとう、シルビア」

 シルビアのその言葉だけで、ユリは心強く感じ、安心してしまう。

「そしたら、オレは……」

 カミュはゆっくり口を開き、ユリを見つめる。

「ずっと手を握ってます。ユリさんが安心して眠れるように……」

 そう真剣にカミュは言ってから、はっと自分が恥ずかしい発言をしたことに気づいた。シルビアが「ふ〜ん」と、にやにやした目で見てくる。

「カミュちゃん。ベッド、ユリちゃんの隣にする?」
「なっ…なに言ってるんですか!さあ、早く寝ましょう。明かり、消しますよ」
「じゃあ、三人で手を繋いで寝るのはどうかな?」
「「え」」

 ――三人で手を繋いで寝るには、ベッドを近づけないとならないので、それは諦めようとなった。
 ユリはちょっと残念に思いながら、ベッドに仰向けに寝る。

「じゃあ、明かりを消しますね」
「二人とも、おやすみなさい」
「フフ、おやすみなさい。せっかくなら、楽しい夢だといいわね」

 暗くなった部屋で、カミュがベッドに横になる音がして、それも静かになった。


 目を閉じたユリは、やがて深い眠りに落ちる――……


「……お……しい。ああ、くちおしい……」

(……あなたは誰……?どうしてそんなに苦しんでいるの?)

「後悔という名の鎖がこの身を縛りつける。私は、何もできなかった無力な存在……」

(……この悪夢に囚われて……)

「もし、あの日に戻れるのなら、地獄の業火に焼かれてもいとわない。ああ、くちおしい、くちおしい……」

(……あなたになにが起こったのか教えて。私にできることなら……)


 ――その時。夢ではない、女性の声がユリの頭の中で響く。


 "……誰か、私の願いを受け止めて"

 "あの人を暗い絶望の闇から解き放って"

 "私の声よ。どうか誰かに届いて。お願い……"


 そこで、ユリは目を覚ました。


「……ふむ。それではウワサどおり、全員が同じ夢を見たわけじゃな。くちおしいとなげく戦士と……」

 ――翌朝。全員集まり、夢のことについて話し合った。
 彼らはそれぞれ夢の内容を話すと、まったく同じ内容で驚く。
 
 ロウが口にした嘆きの戦士と……

「助けを求める女性の声の夢……」

 引き継ぐように、顎に指をかけて思案するユリが言った。

「ただの夢、ではないのは確かみたいですね……」

 ホメロスの言葉に異論する者はいなかった。皆が同じ夢を見ただけでなく、内容が異質過ぎる。

「あの魂をなんとか悪夢から解放してあげたいけど……」
「魂か……ユリにはやはりそう見えたのじゃな」

 ロウが意味深に呟く。先ほどから腕を組み、同様に深く思案しているようだった。

「なんだか必死に助けを求めてたわね。できれば手を貸してあげたいけど……。手がかりナシじゃお手あげだわ」

 肩を竦めて言うシルビアに、同意を示すように沈黙が流れる。
 
「……あの戦士の甲冑に描かれた紋章は、紛れもなく我が国、ユグノアのものじゃった」
「やはり、あれはユグノア王国のものでしたか」
「ユグノア……?でも、ロウさま」

 納得するホメロスに続いて、ユリは不可解そうにロウに話す。

「ロウさまとエルシスで鎮魂の儀式を行い、ユグノアの皆の魂は、命の大樹へと還ったはずなのに……」

 魂が還る様子をユリも目にした。記憶になくとも、その光景に胸が詰まり、涙してしまったのを覚えている。

「うむ。おぬしの言うとおり、わしもそこが気がかりなのじゃ。……世界が闇におおわれてから、ユグノアがどうなったのかも気になる。少し、様子を見にいってみようかのう」

 最後は明るく言ったロウは、続けて「わしに少々心当たりがある。ユグノア城跡に行けば、おそらく夢の戦士のことがわかるじゃろうて」と、皆を見回し言った。
 ロウの強い希望で、次の目的地はユグノア城跡になる。
 どのみち、ユリは巡りたいと考えていた場所だ。

「あの戦士……もしかしたら……。いや……なんでもない。おそらく俺の思い過ごしだろう。さあ、出発の準備をしよう」

 そう呟いたかと思えば、グレイグは何事もないように自身の泊まっていた部屋へ行ってしまった。ユリは少し気にかかりながらも、同じく部屋に戻って準備をする。

「宿屋に泊まったみんなが同じ夢を見るなんて……ホント不思議なコトもあるものね」
「夢に出てきたあの戦士……心なしか悲しそうに見えました。いったい何があったんだろう」
「あの夢に出てきた声の主からも、救いを求めるような深い悲しみを感じたわ。なんとかして助けてあげたいわね」

 カミュとシルビアの会話に、手を動かしながら、ユリも昨日見た夢を思い出していた。

『もし、あの日に戻れるのなら、地獄の業火に焼かれてもいとわない。ああ、くちおしい、くちおしい……』

 戦士のその言葉に、ユリが心当たりがあるとすれば、一つだ。

 "ユグノアの悲劇"

 エルシスの運命を大きく変えることになった、惨劇の日――……。

「ユリちゃん?準備ができたら行きましょう」
「あ、うん。今、行くね」

 ユリは最後に腰のベルトに剣を差し、二人のあとを追って部屋を出ると、ドアを閉めた。


「お世話になりました」
「いかがでしたか、旅人さん?とても不思議な夢だったでしょう?また見たかったら、泊まりにきてくださいね」

 鍵を返す際、亭主にそうにこやかに笑いかけられて、ユリは曖昧な笑みを返す。

「なんでも大樹が落ちた影響で、ユグノア城跡への道をふさいでいた岩がなくなったらしいんですよ。あなた方もユグノア城跡へ行きたいなら、その道を使うといいでしょう。まあ、あそこには何もありませんがね」

 続いて亭主の世間話に、ユグノア城跡まで簡単に行けるようになったことがわかった。

「話を聞く限り、この道がユグノア地方と繋がったようだ。グロッタの町がある山間から、遠回りして行かなくてもよくなったな」
「近道ってことね」
「大樹が落ちた不幸中の幸いというわけか」

 地図を広げて道を確認するホメロスに、覗き込みながらユリとグレイグが続けて言った。
 
「お前さんたち、ユグノアに行かれるのかい?」

 そこに、一人の老人が彼らに声をかけた。

「あそこは16年前、魔物に襲われて滅びたんじゃが……今は命の大樹が落ちた衝撃で、以前よりひどい有様になったと聞く。あそこの土地は……呪われているのかもしれん。気をつけて行きなされ」

 彼らの身を案じる老人の言葉だが、一行は複雑な心境になる。
 かつては四大国の一つである絢爛な王国が、今や呪われた地と呼ばれているとは、ロウにとっては遺憾な思いだろう。

「あんたたち、ユグノア地方に行くのかい?」

 今度は吟遊詩人にまったく同じ声をかけられた。

「じつは、命と魂をけずって書きあげた大事な楽譜を、魔物がはびこる森の中に置き忘れてきちまったんだ」

 話の内容はまったく違った。続けて吟遊詩人は激しく皆に話す。

「あの楽譜にはオレの心が!人生が!そして世界に伝えたいメッセージが!全部詰まってるんだっていうのに!命より大事な楽譜を置き忘れるなんてオレのバカヤロウ!大バカヤロウ!!この怒りだけでもう一曲書けそうだぜ!」

 ……。突然の吟遊詩人の剣幕に、皆はちょっと圧倒されていた。

「だが、オレは吟遊詩人……武器は持たねぇ。オレが持っていいのは楽器だけだ。魔物を倒して取り返すことはできねぇ!あんたたち、ウデが立ちそうだよな。頼む!オレの楽譜を!オレの命がけで書いた曲を!取り戻すのに協力してくれっ!!」

 勢いよく頼まれて、ユリは流されるまま引き受ける。

「本当か!?ありがてぇ……よろしく、頼むぜ!楽譜はユグノア地方の西の森にある山小屋に残されているはずだ」
「どうやら、わしが管理している小屋のようじゃな」
「失った楽譜を書き直しても、きっとカンペキな歌にはならねぇ……。そいつはもう同じ物じゃないんだ。あんたとあんたの仲間を、オレは信じる!オレの楽譜を取り戻してくれ!!」

 吟遊詩人からのクエストを引き受け、一行はユグノア地方へと出発した。

「うちに泊まったってことは、あんたも苦しむ戦士と助けを求める声が聞こえるあの夢を見たってワケだね」

 宿屋から出発する彼らを見て話しかけたのは、昨日と同じように掃き掃除している女将だ。

「あの戦士……甲冑の紋章を見るに、16年前に滅んだユグノア王国と何か関係があるんじゃないかねえ」

 そう空を見ながらぼんやり女将は呟いた。この辺りの者なら、ユグノアと関係しているのだとわかるようだ。


 ――バンデルフォン城跡地を前に、一行は黙祷を捧げる。

「……ここは静けさを取り戻したまま、大丈夫そうね」

 閉じていた目を開け、シルビアが言った。
 以前、ネルセンの宿屋に滞在していた神父の頼みで、この地にさ迷えるアンデッドマンに安らかな眠りを与えたことを思い出す。
 シルビアの言葉が気になったグレイグは、その話を詳しく聞くと……

「ちょっと!いきなりどうしたの、グレイグ」

 いきなり姿勢を正し、頭を下げた。

「ユリ、ゴリアテ、カミュ……って言ってもお前は記憶にないだろうが……。この地の生まれの者として、礼を言う。さ迷える祖国の者たちの魂を眠らせてくれて、ありがとう」

 律儀に礼を言うグレイグに、カミュは戸惑い、ユリとシルビアは眉を下げて笑い合った。
 ユリたちに頭を上げたあと、再びグレイグはバンデルフォン城跡地を眺める。

 ……――父上。

 グレイグは胸に拳を当て、騎士の誓いを立てる。

(……父上。私は今、勇者とその仲間と共に世界を救う旅をしています。必ずや、勇者の盾としての役割を果たしてみせます)

 グレイグの父親もまた、立派な騎士であった。
 目を閉じると、未だにあの頃の輝かしい王国を感じられる。
 その国が、故郷が――一夜にして滅んだ日のことを、忘れることなどない。

 気づくと、ホメロスも隣に立ち、騎士の敬礼をしていた。

「……立派な騎士になったお前を、きっとバンデルフォン王国の者たちも誇っておるだろう」

 ホメロスの言葉に、グレイグはわずかに目を見開いてから、笑みを浮かべて頷く。

「待たせてすまなかったな。もう大丈夫だ。さあ、行こう」

 振り向いたグレイグの顔は、誇らしげで自信に溢れていた。

 バンデルフォン城跡地を通りすぎた一行は、毒の沼地を避けながら西へと進む。

 徘徊するヘルカッチャを倒すと「これはキラキラした魔物はいないし、乗れないんだね」と、ユリは残念そうに呟いた。
 確かに、ちょっと乗れそうな魔物だと彼らも思う。

「この道だな……。崖崩れを起こして道ができたのか」

 ホメロスは地図と照らし合わせながらその道を眺めた。
 海沿いに面した道で、抜け道のような細い道が続いている。
 落石を注意しながら進み、開けた場所に出ると、そこはもうユグノア地方らしい。

「…………」

 この地も大樹が落ちた影響を受け、忘れられた地は荒れ地へと変わってしまっていた。
 ユグノア城跡地にだけいたドラゴンも、凶暴化してこの辺りをうろついている。

 ――幸いだったのは、ユグノア城下町跡に続く橋が無事だったことだ。

「今度はドラゴンより凶悪そうなのがいるのね」
「あれはキングリザートですね。トカゲの魔物ではありますが、ドラゴン系に属します」

 ホメロスの説明にトカゲの魔物になるんだ、とユリは驚いた。

「せっかくグレイグがドラゴンを退治してくれたのにね……」
「確かにここのドラゴンは俺がすべて倒したが、何故それを……」

 不思議そうに尋ねるグレイグに、ユリは「ここに住むスライムくんが……」そこまで話してハッとする。

「スライムくん、無事でいるかな……」
「うむ、あの時のスライムか」

 もしも、あのスライムの身になにかあったら、エルシスもセーニャも悲しむだろう。
 事情を知らない四人に、ユリはこの地で仲良くなったスライムのことを話した。

「スライムか……。この辺りの魔物にやられているだけでなく、凶悪化もしてなければいいが……」
「ユリよ。ユグノア城跡に向かうがてら、探してみよう」

 グレイグが懸念を口にするなか、ロウは優しくユリに言った。
 ユグノア城跡に行くには井戸の抜け道からだ。
 なるべく、キングリザートに見つからないように歩いていると……

「……あっ、スライムくーん!」
「いつかのお姉さんたち!」

 スライムはピョンピョンと元気よく跳ねた。ユリはその姿を目にして一安心……

「グガアァ!」
「ピキー!」
「!スライムくんっ!」

 スライムの後ろから突如現れたのは、あのキングリザートだ。ユリは背中の矢筒から矢を取ると、素早く放つ。

「こっち!」

 身体に刺さった矢に、キングリザートは標的をスライムからユリに移した。
 ジャンプして一気に距離を詰めてきた魔物に、迎え撃つのは剣を抜いたグレイグとホメロスである。

 二人の攻撃を受け、キングリザートは手に持っていた竜眼を高く掲げる。

 ふしぎな光に包まれ、魔物は打撃攻撃を受けつけなくなった!

「小癪な……!」
「そこでわしの出番よ!ドルクマ!」
「デイン!」
「あ、あのオレはどうすれば……!」
「カミュちゃんは後ろで応援してて!……風ちゃん!」

 シルビアはバギマを唱える。打撃がだめなら呪文攻撃だ。キングリザートは煩わしいというように雄叫びを上げた。

「ぐっ!」
「うあっ」

 ロウ以外がショックを受け、動きを封じられる。
 キングリザートの獰猛な攻撃を一方的に受け「ベホマラー!」ロウの全体回復魔法が窮地を救う。

「ありがとう、ロウさま!マヒャド!」
「あの変な光が切れたようだな……いくぞ!ドラゴン斬り!」

 グレイグの攻撃を受けたキングリザートは反撃しようとしたが「はやぶさ切り!」二刀流のホメロスの剣技が阻止した。

「二刀の心得はホメロスちゃんだけじゃなくってよ!」
「む」

 オーホッホッホ!と高笑いするシルビアは、いつの間にか両手に剣を持ち、二刀流のドラゴン斬りでとどめを刺した。

「やったね、シルビア!」
「やはりゴリアテ……あなどれん」

 キングリザートを無事に倒し、ユリはスライムと再会を果たす。

「お姉さんたちにはまた助けられたね。ありがとう!せっかく平和に暮らしていたのに、いきなりこわい魔物が増えたんだ」

 スライムはプルプルと身体を震わす。

「お前自身に異変はないのか?魔王の声が聞こえるなど……」
「魔王の声?んーよくわかんなあ」
「この感じですと、魔王の影響で凶暴化することはないでしょう」

 おとぼけなスライムの様子を見て、ホメロスはユリに言った。彼女だけでなく、皆もほっと安堵する。

「しかし、あの魔物がはびこっていたら安心して暮らせないだろう。どうだろう、ユリ。俺たちであいつらを退治しないか?」
「えぇ!?」

 真っ先にカミュの口からそんな驚きの声が出た。戦闘に参加していない自分が口を挟むつもりはないが、あんな強敵と再び戦うなんて。

「あっ!黒いヨロイの大剣の人だ!お願いっ、あいつら倒して!」
「スライムくんからのクエストだね」
「話は決まったな」
「一度戦った相手なら、行動パターンは予測つく。一度目より楽に倒せるだろう」
「次もアタシが決めちゃうわよ!」
「たった1人残った……ん、1匹かのう?ユグノアの民のため、わしも一肌脱ぐぞい!」

 ――たった1匹のスライムのために、あんな恐ろしい魔物と戦う彼らにカミュは驚いていた。
 彼らの強さとまっすぐな心を目にする度に、カミュは思う。

(本当に、自分はこの人たちの仲間だったのだろうか)

 何故だろう……自分は真逆の人間に思えて仕方がなかった。


「ピキー!みんな、ありがとう!これでまた安心して暮らせるよ!」

 キングリザートをすべて倒し終え、スライムはピョンピョン跳ねて喜びを表現した。それを見て、皆の顔も綻ぶ。

「これはお礼だよ。受け取って!」
「これって……」

 ユリはスライムからレシピブック『ユグノア甲冑絵図』を受け取った。
 めくって中身を見る。描かれている甲冑は、あの嘆きの騎士が身につけていたものとそっくりだった。

「上の方で、瓦礫に埋まれた宝箱から見つけたものなんだ」
「……そっか。ありがとうスライムくん」

 数奇な運命を感じながら、ユリはそのレシピを覚えた。
 一行はスライムと別れて井戸の中の道を通り、ユグノア城跡地へと向かう。


「……ウワサ、通りだね」

 以前、訪れた際よりさらに――。
 大樹が落ちた影響の燃えさかる大岩が辺りに落ち、見るも無惨な状態だった。

「うわあ、ここはすごい場所ですね。ボロボロの廃墟にしか見えませんが、いったい何があるっていうんです?」
「もうその面影すらないが、ここはユグノア城跡地じゃ」
「ここが城……?あ、16年前に滅ぼされたという……?」

 ユグノアの知識もすっぽり抜けていたらしいカミュに「ロウさまはこの国の出身であり、元国王であられる」と、ホメロスが小声でカミュに教えた。

「ここがロウさんの故郷で元国王だったんですか……!あ、じゃあエルシスさんという方もですよね……。すみません、オレ、失礼なこと……」

 知らなかったとはいえ。皆がロウのことを「ロウさま」と敬称して呼んでいた理由も、カミュはやっとわかった。

「よいよい。それより、奥に進むとしよう」

 朗らかに言ったロウを先頭に、足場が悪い中を進んでいく。

「仮面武闘会の賞品だった虹色の枝を持っていった、ロウちゃんたちを追いかけてここに来たことがあったわねえ」
「うん。なんだかすごく昔のことのように感じる」

 あのときは、どうしてわざわざエルシスの本当の故郷に……と、警戒してここまでやって来た。

「あの時からさらにひどいありさまになってるけど……こうなったのも命の大樹が落ちたのが原因ね。これじゃ、いつまで経ってもユグノアの人たちの魂が安らかに眠れないわ……」

 シルビアが悲しげに目を伏せて言った。だからだろうか、あの魂が縛られ続けているのは……

「……あれは、墓石か?」

 ぽつんと石が建てられたものを目にして、グレイグが言った。

「わしが作った国王夫妻の墓じゃ。二人を弔う場所がないのはあんまりだったのでのう……」

 ロウの言葉を聞き、皆はなにも言わずそっと黙祷を捧げる。二人の墓が無事だったことがなによりだった。

「……ユグノアは、それは美しい国だった。美しかったのは景色だけではない。そこに住む人々も、おだやかで優しかった」

 墓石を見つめながら、グレイグは悲しみを口にする。

「それをすべて壊してしまった、すべての元凶ウルノーガ……。ヤツだけは絶対に許さない……!」

 その怒りに、グレイグは拳をぎゅうと握りしめて。その姿を見て、許せない気持ちは同じだとユリは思う。

 ユグノアの残骸を目の当たりにしたエルシスの、心が傷つく瞬間を目にした。

 それが、さらにめちゃくちゃにされて……

 ユグノアに訪れて、自身の運命と向き合ったエルシスの心情を踏みにじられた気分だった。

 …………

 彼らの口数が少なくなり、黙々と歩くなか、やがてロウは行き止まりに足を止める。

「この場所はもともと崩壊しておったが……。さらにひどい有様になってしまったのう。たしか、この辺りじゃったか……」

 そう言ってロウは、瓦礫が積み重なる場所に目をやる。

「すまんがおぬしたち、これをどかしてくれんかのう」
「わかった。これをどかすのね?」
「よし」
「ユリさまはロウさまとお待ちになって
いてください。ここは我々だけで十分ですので」
「そうね!じゃあ、アタシとグレイグはこっち。ホメロスちゃんとカミュちゃんはそっちを持ってちょうだい!」

 せーの、と彼らは息を合わせて、大きな石を退けた。さらに瓦礫を片付けていくと――

「ロウさま。これは……」

 そこに、人の手で作られた入り口が現れた。

「これは地下通路への入り口。ユグノアに何か危機が訪れた時に、城の外へ逃げるための道じゃ。……わしの読みが正しければ、この先に夢で見た戦士の手がかりがある。さあ、行くとしようかの」

 こちらを見て言ったロウに、ユリは真剣な顔で頷く。他の皆も同様に表情を引き締めた。

「ユグノアの地下通路へつながる階段が、まさかあんな場所に隠されてるとはね。ちっとも気づかなかったわよ」
「長いこと手入れをしとらんから、老朽化も進んでおるな。暗いし、足元に気をつけるんじゃよ」

 ユリも松明をつけて、先頭のグレイグとホメロスに続いてゆっくりと階段を降りていく。明かりもなければ、中はホコリが舞って視界が悪かった。

「ゴホッ、ゲホッ……!」
「大丈夫?カミュ」

 そのホコリにカミュが咳き込む。

「この場所はかなり長い年月、誰も立ち寄らなかったみたいですね。すごい、ホコリが積もって……ゴホッ!」
「うん……カビくさいし、空気も悪いみたい」

 口元を腕で覆いながらユリは進んだ。

「ユリさま。ここで階段が終わります。足元にご注意ください」

 ホメロスが松明の火で足元を照らしてくれて、ユリは安全に床へと降りた。
 どうやらここは、地下水路にもなっているようだ。
 デルガダールの地下水路を彷彿させる。

「ふーん……ユグノアの人たちは何か起こった時に、ここを通って城の外に逃げていたのね……」
「魔物は入り込んでいないようだ。先を急ごう、ユリ。この地下通路の先に、何かただならぬ気配を感じる……」

 グレイグとホメロスが再び先頭を立って歩き、ユリはそのあとを続いた。

 この暗闇の中では、ポチャン…ポチャン…と、水が落ちる音が不気味に聞こえてくる。

 松明の火が届かない場所は闇が広がっており、なにがあるのか、なにが出てくるのかまったくわからない。
 緊張感と共に彼らは前へ進んだ。

「いやんっ!」
「わわっ!」
「どうした!?」
「!」

 ユリとシルビアの悲鳴が同時に聞こえ、グレイグがすぐさま振り返り、松明を向けた。ホメロスにいたっては剣を抜いている。

「ご、ごめん!ネズミが足元を通ってびっくりして……」
「ええ、危うくネズミちゃんを踏んじゃうところだったわ」
「たしかに、この辺りはいっぱいいますね」
「人の出入りがないから、すっかりネズミの住みかになったのじゃな」

 カミュが松明を向ける先には、ボロボロになった袋の回りにたくさんのネズミがいた。

「ドブネズミの分際でユリさまを驚かせおって……」

 ネズミに対してなかなかの暴言を吐きながら、ホメロスは剣を鞘にしまった。

「では、気を取り直して先に進もう」

 ロウの言葉に全員無言で頷き、再び歩き出す――。


「うう……。くちおしい、くちおしい……」

 通路を抜けた先、暗闇から夢の中と同じ声が聞こえた。
 辺りに青白い炎が次々と浮かび、中央にいる者の姿を浮かび上がらせる。

「おのれ、またやってきたのか。邪悪なる魔の者たちよ……」

 夢で見た姿と同じ、ユグノアの鎧を身にまとった剣士だった。その顔は冑で見えないが、こちらに深い憎悪を向けているのはわかる。

「貴様ら魔族のせいで私はすべてを失ったのだ……!ゆるさん……ゆるさんぞ!」
「!」

 嘆きの戦士は剣を抜き、立ち上がった。それを見て、一行もそれぞれ身構える。

「この戦士はやはり……!ユリ!こやつと話がしたい。いったんこやつを鎮めるのじゃ!」

 襲いかかってくる戦士を見据えながら、ロウが言った。

「ロウさまっ!鎮めるとは……!」

 ――ガキンッ!その剣を受けたグレイグがロウに尋ねる。

「ひとまず戦って鎮めるんじゃ!」
「はぁぁ!」

 ホメロスもグレイグと相対している嘆きの戦士に剣を向けるが、戦士はデルカダールが誇る二人の騎士の猛攻を剣と盾で巧みに防ぐ。

「この者……!」
「かなりの手練れだ!」

 グレイグとホメロスは一旦後ろに跳び引き、そこに「覇王斬!」ユリの奥義が入る。

「ゴールドフィンガー!」

 まほうの盾に、呪文の効果は半減されると悟ったロウは、ツメでの攻撃を仕掛けた。
 相手の反撃の剣を、ロウは後ろに宙返りして避ける。(近くによってもカオは見えんが……!)


 やはり、おぬしは――……


「魔の者どもめ……!消え去れッ!」

 嘆きの戦士は剣を突き刺し、ビッグバンを引き起こした。その衝撃波のような攻撃は、全員に大きなダメージを与えた。

「魔の者だと……?貴様、ユリさまの聖なるチカラもわからぬのか!」
「ぐっ!」

 ホメロスは高速のはやぶさ切りを、嘆きの戦士に叩き込む。

「ガンガン攻めるわよ!」

 シルビアはグレイグに「バイキルト」を唱え、片手剣から大剣に持ち変えたグレイグは、捨て身の攻撃を仕掛けた。

「嘆きの夢を……!」

 嘆きの戦士はラリホーマを唱え、皆を悪夢へ誘う。

「呪文まで使えたのか……!」

 運よく眠りから逃れたのは、ユリとホメロスの二人だけだ。ユリは武器を剣から弓に持ち変え、星の矢で皆を目覚めさせようと……

「ザメハ!」

 先に後衛にいたカミュが、目覚めの呪文で皆を起こした。

「ありがとう、カミュ!」
「オレにはこれぐらいしかできませんから」

 星の矢の代わりに、ユリは破魔の矢を放った。……だが、

(あまり効いていない……)

 破魔の矢はその名の通り、魔を撃つ矢だ。悪しき者でない者には効果が半減する。やはり……

(あの戦士は闇に囚われているだけ!)


 正確には、悪夢に――。


「魔の者たちよ……思いしれ!」

 嘆きの戦士は身の毛もよだつ呪いの雄叫びを上げながら、ダークブレイクを放つ。
 全員、ダメージと共に吹っ飛ばされた。

「皆さんっ!」

 まるで、ギガスラッシュを闇属性にしたような攻撃だった。闇属性に弱いユリは、大ダメージを喰らい「うぐ……」苦しさに動けない。

「今、回復を……!」
「闇の者たちよ……」

 彼らが動く前に、嘆きの戦士は剣先を下に向ける。続けざまにビッグバンを引き起こすつもりだ。

「消え去るがいい――!!」
「うわあぁ!!」
「!」

 そこに、カミュが決死の覚悟で飛び込んだ。
 嘆きの戦士は短剣を剣で受け止め「ふんっ!」勢いよく横に引いて、カミュを投げ飛ばす。

「カミュ!」
「みんなー!元気出して!」

 シルビアはすぐさまハッスルダンスを踊って、皆の回復と励ます。

「いたたた……」
「カミュっ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です……。吹っ飛ばされただけですから」

 ユリの問いに、カミュは身体を起こしながら答えた。

「ありがとうな、カミュ。おぬしのおかげで窮地を脱したわい!」

 ロウは俊敏に動き、ツメでの攻撃を叩き込む。それは会心の一撃となった。

「……許さぬ、許さぬぞ……」

 嘆きの戦士は、おんねんのこもった呪いの玉をロウに投げつける。

「むう……っ」
「聖なるチカラにより、浄化せよ!」

 呪われたロウを、すぐにユリがおはらいで呪いを解く。

「ホメロス!ゴリアテ!れんけい技を頼む!」


 ――ナイトプライド!


 態勢を立て直した彼らは、攻撃し続け――能力が強化されたグレイグの一撃で勝負が決まった。


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