――あの子がそうなのか?
そのデルガダールの問いに、神妙な声でロウが答える。
「あのアザがある。間違いあるまい……」
アザは勇者の紋章のことだ。エルシスの小さな手の甲にはっきりと浮き出ており、それがなによりの証だろう。
アーウィンは用意してあった揺り籠に、エルシスを寝かせる。
「漆黒の深淵にたゆたう邪悪の神。凍てつく黒き闇をまといて、母なる大樹に迫りし時……光の紋章を携えし勇者、聖なるつるぎで邪悪の神を討ち……閃光となりてロトゼタシアの地を光で照らさん……」
「ローシュ戦記、終わりの詩か……」
ロウの唄うような言葉に、デルガダール王は呟いた。ユリは『ローシュ戦記』というものを初めて知った。きっと、地上の人間たちが残した書物だろう。
「戦記いわく……邪悪の神はいにしえの勇者によって滅ぼされ、世界は平和になったはず。しかし……以前に比べ、ロトゼタシア各地に魔物が増えたこと……皆も気づいておろう?」
「アーサー王率いるバンデルフォン王国は、邪悪な魔物に襲われ滅びたと聞いてます」
アーウィンが答えた。バンデルフォン王国が滅びたのは、16年前よりさらに昔のことだ。うむ、とロウは頷いてから口を開く。
「このような事態の中、勇者と同じアザを持つ赤子が生まれた。これが何を意味するのか……。聡明なる王たちの見解を問いたいと思う」
ロウの問いに、デルガダール王、クレイモラン王は共に沈黙する。
窓の外では空から雷が落ちて、部屋を一瞬照らした。
どこか気まずい空気に、きょろきょろ様子を窺いながらも、最初に沈黙を破ったのはサマディー王だった。
「邪悪な神だとか、魔物が増えたとか、いろいろおっしゃいますがねえ。どんなに不穏な影が世界をおおうとも……こうして伝説の勇者が誕生したのですぞ!勇者がいる限り、この世界の平和は約束されているではありませんか?」
サマディー王は自分の意見をしっかり口にして話した。
「かっかっか……!なるほどのう。勇者がいる限り、平和は約束される……か」
クレイモラン王の第一声は、まるで愉快、というような笑い声だ。そして、隣に座るロウを横目にしながら、
「……ロウ殿も人が悪い。先ほど語ったローシュ戦記……肝心な部分が抜けておったようじゃが?」
含みを持たせてクレイモラン王は言った。その言葉に、アーウィンのクレイモラン王を見る目が僅かに鋭くなる。
「始まりの詩……ローシュ戦記の第一章。勇者の誕生が記された序言だ」
デルガダール王はその序言の文を皆に聞かせる。
「……生命を紡ぐ命の大樹、その息吹より生まれし光の勇者。勇者の光、尽きることなきまばゆさで、果ては、漆黒の影を生みださん。影の名は混沌を統べる邪悪の神なり……」
「それでは、伝説の勇者自身が邪神を誕生させたと……?」
アーウィンは感情を抑えるような声で、彼らの本心を探るように聞いた。
(……………)
――ユリはただ静かに彼らのやりとりを見ていた。
どちらにせよ、訂正も意見を言うこともできず、これは過去の光景を体感しているに過ぎない。
「夜の暗闇がなければ星がかがやけぬように、光がなければ闇も生まれない。太古の昔より定められた摂理じゃて。光と闇は常に表裏一体……。勇者の誕生は命の大樹の福音か、邪神の目覚めの暗示か果たして……」
バンッ――アーウィンがテーブルに手をつき、前のめりになってクレイモラン王に言う。
「言葉が過ぎますよ、クレイモラン王!勇者が悪と同等の存在などと……!」
今まで感情を抑えていたが、その物言いは聞き捨てられなかった。
「勇者が善い存在だとなぜ言いきれる?……不吉な影は魔物だけではないぞ」
声を荒らげたアーウィンに動じず、クレイモラン王は落ち着き払って返す。
「最近になって、夜空をかがやく勇者の星が、にぶい光を放つようになったじゃろう。ご子息の誕生と同時に起きた異変じゃ」
「なんということを……!」
声を上げて、アーウィンは椅子から立ち上がった。……その直後だ。
「ふえっ、ふええええーーーっ!」
不穏な空気を感じ取ってか、さっきまですやすやと眠っていたエルシスが泣き声を上げる。はっ、とエルシスに視線を移したアーウィンをよそに、クレイモラン王は続ける。
「わしには聴こえるのじゃよ……。まがまがしいかがやきの中、勇者の星が歌う、ロトゼタシアを混沌へ導く破滅の唄が!」
呼応するように空が光った。雷鳴は激しさを増し、雨は窓を伝い、滝のように流れる。会議室では赤子の泣き声だけが響いていた。
「……一理あるな」
沈黙する場に、一言、デルガダール王が言った。
「デルガダール王……!」
「緩やかに、だが確実に世界にはまがまがしい足音が近づいている。その兆しが各地で起こっているのは真実だ。我々は上に立つ者として、ロトゼタシアに住むすべての民のために、その元凶を絶たねばなるまい」
少しの間を置き、デルガダール王はアーウィンを見つめ……
「……たとえ、それが伝説の勇者であってもな」
核心的な言葉を言った。
「……それは、この子を亡き者にしろ。そう言っておられるのでしょうか?」
今度は、冷静さを努めてアーウィンは尋ねた。デルガダール王だけでなく、この場に集う全員に。
「………………」
だが、誰からも否定の声も肯定の言葉もなく。
ただ、時間だけが流れる――……
「息子、エルシスが生を授かる直前……」
最初に沈黙を破ったのはアーウィンだった。先ほどと打って変わり、静かな口調で皆に向けて話す。
「命の大樹から聖なる光が発せられ、夜明け前の空をまばゆく照らしました。その直後、その光に共鳴するように、光り輝くアザをその手に携えたエルシスが生まれたのです」
――天使たちが勇者誕生を知った時と同じだ。ユリは話に聞いていたことを思い出す。
命の大樹から祝福の光……だと。
勇者の星についてはわからないが、この世界の源である命の大樹に愛されて生まれてきた勇者が、悪の存在とは到底あり得ない話だ。
少なくとも天使たち……ユリはそう信じている。
「この子はまごうことなき伝説の勇者。大いなる闇を晴らすチカラとして、命の大樹が与えてくださった希望の光です」
揺るがない眼差しと共に、アーウィンは皆に向けて言った。そして拳を握り、さらに熱意を込めて話す。
「光と闇は表裏一体などではない!命の大樹の申し子である、勇者の聖なる光は必ずや闇を消し去る……私はそう信じます!」
最後はそう力強く言い切ったアーウィンに、言葉ではなく、一つの拍手が返って来た。
……デルガダール王だ。
「よくぞ言った、アーウィンよ!もしも我らの意見に賛同していたら、即刻勇者を引きとるところだったぞ」
デルガダール王のその言葉に、アーウィンは驚きに声を詰まらせる。デルカダール王は立ち上がり、続けて話す。
「勇者、エルシスは命の大樹の意志。我々に与えられた光のチカラだ。全力で守らなければなるまい」
最初の意見とはまるで正反対だ。
「ちといじわる過ぎたかのう?おぬしのまことの心を知りたかったんじゃ。許せ、アーウィン殿!かっかっかっか……!」
今度は穏やかな顔でクレイモラン王が言った。ロウは二人の真意を知っていたのか、微笑んでいる。
「我が国は勇者への支援を約束する。エルシスが16歳になった暁には、デルガダールで修練を積ませよう。エルシスにはいち早く我々を導くチカラをつけてもらわんとな!」
そう話すデルガダール王に、どうやらこの時点ではウルノーガに憑依されていないとユリは確信した。
戸惑っていたアーウィンは、皆の顔を眺め、表情を緩め、明るくさせた。
「デルガダール王。皆さん……ありがとうございます!」
そして、アーウィンとデルガダール王は、同じ意志を結束するように、熱く手を握りあった。
サマディー王だけが、なにがなんだかわからない顔をしていたが……
「これにて一件落着ですな。まあ、私はこうなると思ってましたがね!だっはっはっはっは……!」
彼らしい、調子よく笑ってみせた。
「では、結論は出たようだな。我らの心はひとつとなった……!」
そのデルガダールの王の言葉に、異議を唱える者はいない。皆はしかと頷く。
アーウィンは揺り籠からエルシスを抱き上げた。
「すべては命の大樹の導きのもとに!」
いつの間にかエルシスは泣き止み、笑顔を見せている。
「さあ、これで四大国会議は仕舞いだ。勇者を待ちわびている者たちに、エルシスのカオを見せにいかれよ」
「デルガダール王……!ありがとうございます……!」
アーウィンは深く頷き、次に皆に向けて礼の言葉を口にした。
過去の出来事を再現しているとはいえ、ユリは途中ハラハラし、今はほっと胸を撫で下ろしている。
「……それでは、皆さん。長々とありがとうございました。四大国会議はこれにて……」
終了を告げようとしたアーウィンの言葉を遮るように、突然、扉が開かれた。
「ア、アーウィンさま……!」
転がるように入ってきたのは血だらけの兵士だ。和やかになった空気が一転する。
「どうした!?」
「み、皆さま!お逃げください!魔物が我が城に……」
――魔物?
「ぐ、ぐふっ……!!」
兵士は吐血したかと思えば、そのまま床に倒れ……物言わぬ亡骸になった。
「みっ、皆さん!窓の外を見てください……!!」
サマディー王の悲鳴のような声に弾かれ、皆は兵士から窓の外に視線を移す。
雷雨の空の下、魔物の軍勢が押し寄せている光景が彼らの目に映った。
「皆さん、大変です!多くの魔物がこちらに向かっています。どうかここからお逃げください!」
――今日が、ユグノアの滅亡の日。
各国の兵士たちが王を守るため集結し、切迫する城内に、ユリはそう受け止めることしかできない。
「サマディー王、ご安心ください!ここであなたを失うワケにはいかない!我が命に代えてもお守りします!」
「だ、誰だ、勇者がいれば大丈夫なんて言ったヤツは!?全然大丈夫じゃないじゃないか!」
「なんということだ!伝説の勇者を捕らえるために魔物どもめ、国ごと滅ぼすつもりか!?命の大樹よ!どうかその神聖なる息吹で我々をお守りくだされ……!」
「…………っ!」
兵士たちは各々王の前に立ち、無言で扉を睨みつけながら守る。一先ずこの場は籠城することに決めたが、アーウィンはそうはいかない。
(エレノア……!)
それにエレノアのそばにはデルガダール王国の王女、マルティナもいる。
「ロウさま、デルガダール王。私はエレノアの元へ向かいます。一緒にマルティナ王女もいるはずです」
「そなただけでは危険だ。我々も共にいく!」
三人は顔を見合わせ強く頷くと、扉を開け――
「うわああぁ!!」
「……!」
開けた瞬間、魔物の爪で切り裂かれる兵士の姿が目に飛び込んだ。
血が飛び散る後ろでは別の魔物たちが暴れている姿が見え、すでにユグノア城は多くの魔物たちの侵入を許していた。
「なんてことだ……」
会議室の前を警備していた兵士たちの亡骸の惨状に、愕然としたアーウィンの口から悲しみの声がもれる。
「グハハハハ……!勇者はどこだ!?勇者を出せ!!」
三人の前に立ちはだかるのはアンクルホーンだ。こいつを倒さない限り、ここは通り抜けられないだろう。
「くっ。数が多いな……。しかし、悪しき異形の者どもに勇者を渡すわけにはゆかぬ」
デルガダール王は剣を抜き、その隣でロウも身構えた。
「ここは私とロウが引きうけた。そなたはエルシスを連れて、エレノアと共に城の外に逃げろ!」
「デルガダール王!しかし、この数では……!」
アーウィンが答えた直後、アンクルホーンは飛びかかってきた。
「ふん!」
デルガダール王はその鋭い爪の攻撃を俊敏に剣で受け止める。マントを翻し、足に太刀筋を入れ、怯んだところを狙ってさらに深く剣で切りつける。
アンクルホーンは倒れて、塵となって消えた。
デルガダール王は年齢を感じさせない勇ましい動きだった。
「案ずるな。この程度の魔物に不覚をとるほど、老いぼれてはおらぬわ。私も後から必ず追う……さあ行け!」
――マルティナを頼んだぞ、アーウィン!!
デルガダール王とロウは魔物に立ち向かっていく。
エルシスを大事に抱えるアーウィンは、二人を勇姿を目に焼きつけてから……
「デルガダール王、ロウさま……。ここは頼みます!」
魔物がいない反対の通路を駆け抜ける。ユリもその後を急ぎ追った。
「グハハハハ!勇者を守るおろかな人間どもよ。ここが貴様らの墓場となるのだ!」
「邪悪な魔の者などに希望の子、エルシスは渡さん!我らがけちらしてくれるわ!!」
「わしらを老いぼれだと甘く見ておると、痛い目見るぞ……!」
後ろから、デルガダール王とロウの奮闘する声が聞こえた。
「アーウィンさま!私、こわかった……!」
「ああ!よくぞご無事でいてくれました。窓から魔物の大群が向かってくるのが見えて、あなたとエルシスが心配で……!」
魔物たちはまだここまで侵入していないらしく、エレノアとマルティナの無事に、アーウィンはほっと息をもらす。
「今は話している時間はない。エルシスを連れ、ここから逃げよう。さあ、私についてくるんだ!」
三人は脱出の準備をした。アーウィンはユグノアの甲冑を身に付け、エレノアとマルティナは外套を上から羽織り、顔がわからぬようフードを被った。
「君たちのことは私が絶対に守る。たとえ、何があっても……!さあ、早くここから脱出しよう!」
エルシスをエレノアに預け、自分が先頭に二人を連れてアーウィンは部屋を出る。
「アーウィンさまたちだ……!」
魔物たちと戦っていた兵士たちは、アーウィンたちの姿を目にした瞬間、無言で頷き合った。
「アーウィンさまと勇者であるエルシスさまを守るぞ!」
「我らが必ずやお守りします!」
「勇者……?ゲハハ!そっちに隠れているのか!」
わざとアーウィンたちとは反対方向に走り、兵士たちは魔物を引きつける。
(すまない……!皆……っ!)
魔物たちの囮になる兵士たちの末路が過り……アーウィンは歯を噛み締めた。彼らは、かつて護衛隊長だったアーウィンの部下たちであった。
(お前たちは立派なユグノアの戦士だ……!どうか、最後まで自分を誇りに思ってくれ……!)
……――アーウィンの魂の記憶を覗いているからだろうか。アーウィンのそのときの感情が、ユリの中に流れてきて、胸が苦しくなる。
『貴様ら魔族のせいで、私はすべてを失ったのだ……!』
あの言葉は、そのままの意味だったと……痛いほど思い知らされた。
「ゲヒャヒャー!弱い弱い!デルガダールの将、グレイグが来る前に全員根絶やしにしてやる!」
「さあ、勇者を出せ!ウルノーガさまがお前たちよりも勇者のチカラを役立ててくれよう!」
(やっぱり、最初から勇者のチカラを目的として……)
魔物の言葉を聞いたあと、ユリはこちらに気づかない無防備な姿に剣を入れて倒す。
この行動に意味はない。魔物を倒したところで、現実に反映されるわけではない。
それでも、ユリは黙って見ていることなどできなかった。
アーウィンたちが一階に向かう中、ユリは魔物を倒しながら追いかける。
「よし。ここから外に……!」
正門から出ようとしたとき、ドシンと揺れた振動にアーウィンの足が止まる。
「……!」
扉を鉄球が突き抜けた。穴が開いた扉を蹴破り、現れたのはデュラハーンだ。
「感じる……感じるぞ。勇者の気配がする……」
首がないその魔物は、代わりに盾についた不気味な顔が喋る。
「どんなに姿を隠しても、その忌々しい光の波動は隠せまい。さあ、おとなしく勇者を差しだすのだ!」
自身の後ろで、怯えるマルティナの声とそれを宥めるエレノアの声が聞こえた。
アーウィンの剣を握る両手に、一層力が入る。
「私の家族には、指一本触れさせん!」
デュラハーンは雄叫びを上げながら鉄球をぶん回し、勢いをつけてアーウィンに振り落としてきた。避けたアーウィンは魔物に向かって剣を落とすが、デュラハーンの盾が攻撃を塞ぐ。
「くっ……!」
自分目掛けて飛んでくる鉄球に、アーウィンは身体を捻り、剣を鎖に振り落とすことで軌道を変えた。
間髪を入れずに飛び上がり、はやぶさの剣による素早い剣筋を叩き込む!
「ぐおぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
デュラハーンは断末魔を上げて倒れた。
その間、扉から入ってきた魔物たちはユリが一掃し、不思議に思いながらも兵士が急いで正門の扉を固く閉じる。
「魔物が次から次へと……。あなた……私たち、いったいどうしたら……!」
ひと安心とはいかず、エレノアの顔を晴れない。開いた正門の向こうに、魔物の大群が押し寄せてきたのが見えたからだ。
「この城はもうヤツらに囲まれている。正面からはとても突破できないだろう。倉庫にある地下通路へ向かおう。あそこを使えば城の外に出られるはずだ。さあ、こっちだ!」
冷静にアーウィンは言って、この階にある倉庫に急ぐ。倉庫に入った三人の後にユリも続いた。
「ううう……アーウィンさまたちが、そこの扉にはいっていかれた……。あそこの地下通路を抜けられれば、勇者さまは無事に外に出られるはず……。よかった、本当に……」
背中越しに聞こえた兵士の言葉はそこで途切れる。すでに彼は息も絶え絶えだった。ユリは悲しげに目を伏せる。
「たしか、この棚の後ろに……」
アーウィンが棚を動かすと、そこに地下通路の入り口が出現した。
「さあ、エレノア、マルティナ。魔物に気づかれぬうちに早く中へ!」
地下通路を急ぎ進む。そこは現実世界で自分たちが通った道と同じだとユリは気づく。
「よし……ここから外に出られるはずだ」
アーウィンが立ち止まった場所は、嘆きの戦士がいた部屋だった。
背後から騒がしい気配を感じて振り向くと、魔物がこちらに向かってくるのが見える。
「ここは私が食い止める!君たちは早くここから逃げるんだ!」
「あなた、でも……!」
エレノアは戸惑うが、次々と現れる魔物を目にしアーウィンは急かす。
「さあ、早く行け!!」
エレノアとマルティナの二人が先に行ったことを確認すると、アーウィンは扉を固く閉じた。そして、扉を守るように立つ。
「忌まわしい魔物どもめ!ここは絶対に通さんぞ……!」
ヘルバトラーとアンクルホーンの軍勢に、アーウィンは臆せず立ち向かう。ユリも加勢した。魔物たちからも姿が見えないので、有利に戦える。
「守るべき者のために……。負けるわけにはいかない!魔の者たちよ、消え去れ!」
(マヌーサ!)
アーウィンとの共闘のような形になって、ユリはまるでエルシスと戦っているように感じた。
剣の太刀筋や動きが、どことなくエルシスと似ていて、二人は同じ血を引く親子なんだと実感し――胸が熱くなる。
(エルシス……。あなたのお父さんはすごい人だよ!)
自分はほんの手助けだけ。アーウィンの剣は、次々と襲いくる魔物たちを返り討ちにしていく。
ユグノアの名高い騎士で、尊敬する人物の一人だったとグレイグが言っていたが、勇猛な戦いぶりはその実力を裏付けた。
そして――決して多勢に無勢でも、敵に恐れることのない勇敢な人だった。
「ハア、ハア……。これで全部倒したようだな。早くエレノアたちを追わなければ……」
肩で息をするアーウィンは、その気配にはっと来た道を見つめる。
「……マルティナ!ここにもいないのか!?マルティナ……!!」
「この声は……デルガダール王!よかった。ご無事だったのか!」
アーウィンはそちらに駆け出し、ユリもその後ろをすぐに追いかけた。
「こ…これは……!?」
……っ!
アーウィンより一歩遅れて、その光景を映すユリの目は見開く。
邪悪なオーラを身に纏いしウルノーガが、デルガダール王に憑依しようとする――まさにその瞬間だった。
「デルガダール王……!おのれ、お前はいったい何者だ!」
アーウィンが剣を向けると、ウルノーガは振り向き様に、にやりと笑う。やがてその姿は黒い霧となって消えていく――……いや、違う。
デルガダール王の中に入っていたのだ。
「デルガダール王……!!」
倒れるように膝をついたデルガダール王に、アーウィンは駆け寄った。
違う、その人はもうデルガダール王じゃない、近づいてはだめ――思わずユリの口からそんな言葉が出たが、当然声は届かない。
ユリはこの光景を"見せられている"者にしか過ぎない。
「……おお。お前はアーウィンではないか……。皆は……皆は無事なのか……?」
ただ流れる記憶の光景を、見届けることしかできないのだ。
「ああ……デルガダール王!よくぞ、ご無事で……!幸いにもこの戦禍の中、我が息子と妻、そしてマルティナは無事に城の外に逃げのびました」
「そうか……それは、よかった……」
デルガダール王はアーウィンの肩に手を置いて、近づく。
「では、逃げのびた者のもとに、我が手の者をさっそく向かわせよう……!」
「デルガダール王、何を……!?」
アーウィンの声が不自然に途切れた。ユリの位置からはなにが起こったのかわからない。
「ぐあああ…………っ!!」
直後、アーウィンの苦しむ悲鳴が響く。デルガダール王が剣を引き抜き、なにが起こったのかやっとわかった。
その剣から赤い血が滴り落ちる。
ユリは声も出ず、目を閉じることもできず、動くことさえできなかった。
「勇者の血筋など、ここで途絶えるがいい……」
うつ伏せに倒れたアーウィンを見下ろし、デルカダール王……いや、ウルノーガは言った。
アーウィンの身体から血が流れ、床に広がっていく。
次いで、鋭い視線が向けられた先は――
「忌々しい……天使がまだいたか」
「……!?」
その言葉に、その悪意の目に、ユリは息を呑んだ。自身の心臓が氷の手に掴まれたように痛い。
まさか、私に気づいて――。
睨みつけられる目を逸らせないまま、そんなはずはない、とユリは必死に自分へ言い聞かせた。
ここは、アーウィンの魂が見せる過去の幻想の世界。
自分の姿は認知されず、見えるはずがない。
なのに、デルガダール王の姿をしたウルノーガは一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
恐怖で、ユリは動けなくなった。
剣を振り上げられ、ぎゅっと目を瞑る――。
「……ぐぅっ!」
その時、自分じゃない悲鳴が耳に届いた。目を開けると、視界に白い羽根が舞い散る。
「……っこの諸行、すべてお前の仕業か……!」
斬られた肩を手で押さえる姿が見えた。
背中に生えた白い羽根。頭のわっか。……間違いない。
彼は同じ天使族の者だ――。
ボロボロの身体に天使の力が弱まり、可視化できるようになったのだろう。
(ま、まさか……!)
エルシスと似た髪型の青年の姿は、話に聞いた特徴と一致する。
16年前から行方不明だという、イザヤールの師匠の――
(エルギオスさま……?)
彼は上級天使であり、実際に会ったことはなくとも、ユリにとっては大師匠だった。
「勇者さまには手出しさせんぞ……!」
「死にさらせ……!!」
エルギオスさまっ……!
何故、ユグノア滅亡の真相を天使界が知らなかったのか。
それは、様子を見にきていた天使たちは皆、ウルノーガによって手をかけられていたからだったんだ――。
きっと、天使たちは懸命にユグノアの人々を救おうとしていたのだろう。何故かユリが魔物と戦えたのも、過去の現実に天使たちが人知れず戦い、干渉していたからだ。
満身創痍なエルギオスのその姿が、それを教えてくれる。
「ぐはぁ……!」
(ああ……!!)
悲痛な悲鳴がユリの口から出た。闇の炎で焼かれたエルギオスは、水路へと落ちていく。
水飛沫を激しく立て沈んだまま、エルギオスの身体は浮かんで来ない。
そのまま時が経っても、行方不明ということは――……。
エルシスの父の死を見ただけではなく、思わぬ真実を知ったユリのショックは大きかった。その目に止められない涙が溢れ、力なくその場にへたり込む。
「デルガダール王!いたらお返事を……!デルガダール王!!」
――そこに、よく知る"仲間"の声が響いた。
反射的にユリの胸はほっとするも「デルガダール王!」彼が駆け寄るのはウルノーガに憑依されたデルガダール王だ。
「王!よくぞ、ご無事で……!到着が遅れ申し訳ありませんでした!」
まだ将軍の地位ではないグレイグは、デルガダール王の前に跪き、頭を下げた。
グレイグは顔を上げると、はっと倒れているアーウィンの姿に気づく。
「アーウィンさま……!デルガダール王、これはいったい……!?」
「……アーウィンが突然、私に襲いかかってきたのだ。だから、仕方なくこの手で……」
……違う、違う。
「そして、我が娘マルティナも、ユグノア王妃エレノアに人質としてさらわれてしまった……!」
違う、違う、違う……!!!
張り裂ける胸で、ユリはひたすら叫ぶ。
「なんと……!ユグノア王家ともあろう方々がなぜそのようなことを……!」
「おそらく勇者の誕生が……。この城の者たちを変えてしまったのだ。城を襲った魔物たちの狙いは勇者を手に入れること。そのために、あまたの命が消えていった……勇者の光に闇が引きよせられたのだ。伝説の勇者エルシスがいなければ、このような悲劇は起こらなかった!」
デルガダール王の声が単調に聞こえる。無意味な否定をする気力はもうなかった。
――デルガダールは立ち上がると、高々と話す。
「……エルシスは世界を救う希望の子ではない。この世に邪悪なる闇をもたらす存在……!」
災いを呼ぶ悪魔の子だ……!!
「ロトゼタシアの平和を脅かす勇者を野放しにするわけにはいかん!草の根を分けても見つけだすのだ!!」
「はっ!」
デルガダール王とグレイグは立ち去る。
それは、ユグノアの滅亡と同時に、ウルノーガの悪略が始まった日だった。
デルガダール王の身体を乗っ取っただけでなく、グレイグを騙し、ホメロスを利用し、数多の惨劇を引き起こす――。
「う……ぐ…………」
(……!アーウィンさま……!)
アーウィンは震える唇で、言葉を紡ごうとしていた。ユリはアーウィンが伝えようとしている言葉を聞こうと、彼に近づく。
「ち、違う……。勇者は、エルシスは、悪魔の子などではない……」
きっと、誰よりもエルシスの両親がそう信じていた。エレノアが最期に書いた手紙を思い出す。
「デルガダール王を、止めなくては……。このままでは、世界は闇に……!」
最後まで、剣に手を伸ばすアーウィンの姿に、再びユリの頬に涙が伝う。目を閉じ、唇を噛み締める。くやしくて、悲しくて、止まらない。
「エレノア、エルシス……!ふがいない私を許し……」
アーウィンの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。