勇者失踪

 ホメロスは西にある大滝へと足を運んでいた。この辺りに生えているヌルットアロエは肌に塗ると美肌になると有名だが、このエキスは髪のいい艶だしにもなる。
 ヌルットアロエと旅の途中で手に入れた素材を使って、髪の美容液を調合しようとホメロスは考えていた。

(元気のないユリさまを、少しでも元気づけられたらよいが……)

 旅立ってすぐに髪の美容液の話をしたら、ユリは喜んでいた。あの笑顔を見られるのなら、ホメロスはどんな努力も惜しまないだろう。

「……ユリさまはまだ戻られていないのか」

 キャンプ地に戻ると、荷物はそのままで留守番のカミュの姿もなく、不用心だとホメロスは呆れる。

「……ん?」

 置き手紙?紙に書かれているメッセージはユリかららしい。その手紙を目で読むホメロスの顔はみるみるうちに、青くなった――。

「ただいまーって、あら?ホメロスちゃんしかいないの?」
「戻る途中でちょうどグレイグとシルビアと鉢合わせたのじゃ」
「……どうした、ホメロス?肩を震わせて」
「……ユリさまが……」
「え、なに?ユリちゃんがどうしたの?」


 故郷に帰られてしまった……!!


 ――ユリがカミュと共にルーラでやって来たのは、イシの村だった。

「ユリさん、ここは……?」
「ここは、エルシスが育った故郷で……。私の……もう一つの故郷でもあるなんだ」

 本当は、ここに帰るときはエルシスと一緒に決めていたけど……

 帰ってきてしまった。

 今もなお、警備はしっかりしているようで、村の入り口にいた兵士はユリの帰還に喜んで挨拶してくれる。

 ユリはイシの村についてカミュに説明しながら、村の中を歩いた。

「あとデクさんっていうカミュのことを慕っている人がいて、カミュが生きてるって知ったらすっごく喜ぶと思う」
「オレのことを慕ってくれている人がいるんですね」

 最後の砦と呼ばれていた村は、イシの村と呼べるように立て直しが順調に進んでいるようだ。物々しい雰囲気だった様子はまだ所々にあったが、以前よりずっと村らしくなっている。

「こっちの片付けは終わったよ!」
「次はこれを運ぶぞ!」

 デルガダールの者も、村の者も、男も女も年齢も関係ない。皆が一団となって、一つの村を建て直そうとしている。

「よいか、村を建て直してそこで終わりではない。以前と同じく村の者たちが生活できるようになるまでが、この村へできる恩返しじゃ」
「はっ!」

 その中心には指揮するデルガダール王の姿もあった。
 皆、生き生きとした顔をしている。
 彼らの姿を見て、ユリは人が持つ強さを感じた。

「ユリ……?帰ってきてたのね!」
「エマ……!」

 村の移住区の方へ歩いていくと、洗い物をしていたのか、カゴいっぱいに衣服を入れたエマと出会した。

「……帰って来ちゃった」

 後ろめたさにユリがそう呟くと――エマはカゴを置いて、彼女に駆け寄る。

「おかえり!」
「!」

 ぎゅっとユリを抱き締めた。

 ――あの、決意を胸に旅立ったユリが、気まぐれで帰ってくるわけがない。
 その理由はその顔を見て、エマはなんとなく察した。

 傷ついた、迷子の子供のような顔をしていたから。

「……ただいま」

 ユリは小さな声でそう言って、エマの背中に手を回す。

(……どうしよう、エルシスのことだったら)

 そう最悪な想像が横切って不安になってしまうエマだったが、ユリの肩越しに戸惑っているカミュと目があった。

 ……誰!?

 ユリがエルシス以外の男性を連れて帰ってきた。しかもイケメン。

 これは、これで大問題である――。

 英雄の一人であるユリが帰ってきたというウワサ話は、瞬く間に村に広がった。

「で、ユリちゃん、この兄ちゃんは一体誰なんだい!?」
「おい、アンタ!おれらの英雄であり、天使であり、勇者であり、アイドルのユリちゃんに手ェだしてねえだろうな?」
「出してませんよ!」

 出したくても出せない――という本音は心の中で閉まっておいて、じとーと睨んでくる村人たちに、カミュは慌てて答えた。

 一方のユリは驚愕して戸惑っていた。

 なんか色々肩書きがついている……!最後のにはユリに身に覚えはない。

「えっと、カミュはエルシスの相棒なんだよ!今は記憶喪失だけど……」
「エルシスの相棒……?なら、信用できるな!」
「記憶喪失?でもまあ、ユリちゃんの記憶が戻ったんだからお前さんもそのうち思い出すさ。元気出せって」
「はあ……」

 エルシスの相棒だと知った途端、村人たちの態度が急変した。カミュは(エルシスさんは村のみんなから愛されてるんだな……)と、思う。

「エルシスがいつもお世話になってるってお礼が言いたかったけど、記憶が戻ってからの方がいいかねえ」
「あ、カミュ。こちらはペルラさん。エルシスのお母さんだよ」

 そうユリはカミュに紹介した。あれ、ご両親はユグノアの王族じゃ……そこまで思い出して、彼女は育ての母親か、とカミュは気づく。

「ペルラさん、ごめんなさい。エルシスとはまだ再会できてないけど、エルシスはこの世界のどこかに生きてることはわかったの」
「この子ったら、まだ気にしてんのかい?言ったただろ。エルシスはおじいちゃんに似て強い子だって。それに、いつでもユリが帰りたいときに帰ってきていいんだよ」
「そうよ!もうユリはイシの村の村人みたいなものだもの。……あ、そうだわ!」

 いいことを思いついたと言うように、エマはパチンと両手を叩いた。

「そしたら成人の儀式をしましょう!ユリも私やエルシスと同い歳ぐらいでしょ?イシの村の村人ならやらなきゃ」

 いいでしょ、おじいちゃん?とエマが聞くと、エマの祖父でもある村長のダンは快く了承した。

「ユリも神の岩に登って、大地の精霊さまに挨拶してくるがよいじゃろう」

 ユリの顔はぱあぁと明るくなる。神の岩……登ってみたい!

「いきましょユリ!私が案内するわ!」
「うんっ!」
「ワンワン!」
「ええ、そうね。もちろんルキも一緒よ」

 この日、作ったものでなく、心からの笑顔をユリは見せた。

「じゃ、行ってくるね、カミュ!」

 ――ユリさんが笑顔を見せてくれてよかった。そうカミュは安堵しながら、神の岩に向かった二人と一匹を見送る。

「あの、村の復興作業をしてるんですよね?よかったらオレも手伝います」

 待っている間、手持ちぶたさになったカミュは、村人たちの手伝いをすることにした。


 神の岩はイシの村の南に位置し、裏手の道を通っていくことができる。
 つり橋を渡り、階段を上がり……神の岩のふもとでその雄大な一枚岩をユリは見上げた。
 白い霧に隠れながらも、神の岩の表面には壁画が残されているのに気づいた。バクラバ石群の遺跡と同じような絵柄だ。

(あれは……命の大樹?)

 そしてその絵は、大地の精霊の祠にも描かれていた。
 石碑にはこう書かれている――

『我ら イシの民 大地の精霊と共にあり 大樹の精霊よ イシの村に もらす恵み そのすべてに 感謝せん』

 イシの村の民は、古くから大地の精霊を信仰し、暮らしてきたという。
 祈りを捧げるエマにならって、ユリも目を閉じて大地の精霊に祈りを捧げた。

「さあ、ここから神の岩の内部に入って、頂上を目指すの。……あ、もし魔物が襲ってきたら、ユリ、守ってね」
「まかせて!」

 神の岩の内部に入ると、頭上の岩の隙間から水が落ちているという、神秘的な光景に出会す。
 下は湖になっており、ルキが先頭に、足場が狭い丸木橋をバランスを取りながら進んだ。

 さっそく魔物が現れたが、モコッキーやももんじゃといった可愛らしい魔物だった。ここにいる魔物たちは、魔王の影響は受けてはいないようだ。

 魔物たちはユリの存在に逃げていく。

「魔物が逃げていくみたいだわ」
「自分より強い相手だとわかると、逃げる魔物もいるんだよ」
「へぇ!じゃあユリはあの子たちよりずっと強いのね!」

 今度はつり橋を渡り、おおがらすが飛び交う横を通りすぎると、エマはう〜んと呟く。

「変ね。以前はこんな脇道なかった気がする……」

 下に続く道は人工的な階段になっており、好奇心から二人は進んでみると、石の橋やなにかの建物の跡があった。
 どうやら、以前はこの場は湖に沈んでいた場所らしい。大樹の影響で、水が抜けたのかもしれない。
 ホタルが飛ぶ先にあったのは、小さな墓石だった。ここは昔は墓地だったようだ。

 横には宝箱が置いてあり、開けてみると……中身はレシピブックの『神々が愛したクツ』だった。

「ふふっ。きっとお宝なのね。見つけてよかったわね!」
「エルシスが集めているの。きっと喜ぶよ!」

 来た道を戻り、頂上へと続く道を行く。
 外に出ると、ここは中腹らしい。

『ツタを登れば、頂上まではもうすこし 途中で手を離さないように注意すべし』

 立て札にはそう書かれていて、その後ろには崖からツルが垂れ下がっていた。
 以前、エルシスと登った際は、ここでマノロが魔物のスモークに襲われていて、三人で戦ったとエマは話した。

「もちろん私は、エルシスが傷ついたらやくそうを使うしかできなかったけど、ルキは魔物に吠えたり、エルシスの手助けをしたのよ」
「ルキは勇敢なのね!」
「わん!」

 ユリが頭を撫でて褒めると、ルキは得意気に答えた。
 その際、ルキはマノロの護衛を兼ねて一緒に帰っていったらしいが、この崖はルキは登れないので今回もここまでだ。

「ルキはここで待っていてね」
「くぅ〜ん」

 さっきまで尻尾をブンブンと振っていたのに、わかりやすくルキは尻尾をだらんとさせて、ユリはくすりと笑った。

 ルキが見守るなか、二人はツルを登る。

 ユリはツタを登るのに慣れているが、エマもするすると登っていくので驚いた。

「小さい頃から自然の中で遊んでいたから、これぐらいは平気よ。木登りはエルシスはかなわないけどね」

 エマはそう笑って答えた。

「――ユリ、大丈夫?」
「落ちたら記憶喪失になるかもしれない。慎重に……」
「記憶喪失になりそうなことってそういうことだったのね……」

『足元に気をつけて 慎重に 進むべし』

 と、書かれた立て札の先の崖のへりの道では、むしろユリがおそるおそる進んだ。
 岩に背をつけカニ歩きし、再びツルを伝って下に滑るように降りる。

『この先 神の岩の頂上 ガケをよじ登って 進むべし 最後まで 決して 気を抜くべからず』

 障害物を越えるような道順は、一人前と認められる成人の儀式の試練なのかもしれない。
 ユリが先に段差をよじ登って、エマに手を貸した。以前もエルシスがこうしてくれたらしい。

 そして、鍾乳洞のようなトンネルを抜けると――

「ユリ、ここが神の岩の頂上よ!そこから見られるのが絶景……」

 ……なんだけど。エマの言葉は萎んでしまった。

 高い場所に見晴らしはいいが、あの絶景は失われていた。
 太陽が昇って明るいものの、大樹が落ちた影響で空は濁っており、遠くの山々も眼下も、白い霧に包まれてほとんどなにも見えない。

 初めて目にして、エルシスと共に感動した海も。

「ユリにもあの美しい景色を見せたかったんだけどな……。とりあえず、お祈りしましょう」

 ユリも残念に思いながらも、成人の儀式の習わしである、神の岩の頂上から大地の精霊へ祈りを捧げた。

「……これが、今のこの世界の景色なんだよね……」

 目を開けたユリは、改めて見渡して呟く。

 旅して多くの荒れた地を見てきた。
 そこで生まれた悲劇や、絶望した人々の顔も見てきた。
 魔王になったウルノーガを倒さない限り、以前の平和な世界は戻ってこない。

「私、ここの絶景が見てみたいから、世界を救えるように頑張るよ」

 ユリは笑顔をエマに向けて言う。

「まあ、ユリってば、世界を救う理由がそれなの?でも、いいと思うわ。だって、ここの絶景はそれぐらい素晴らしいものだもの!」

 エマはおどけて言って、くすくすと笑った。ユリも一緒になって笑う。

 どうして自分が、ここに帰りたくなったのかがわかった。

 イシの村の人たちのあたたかさに触れて、前を向いて生きる人たちを見たら、きっと元気をもらえると思ったからだ。

 そして、十分に元気をもらった。

 胸の痛みももうない。前を向く彼らのように、自分も悲しみを乗り越える。

「世界が元通りになったら、またここに改めて来ましょう!」
「うん!」

 その時はエルシスらもちろん、仲間たちとも一緒に見たい――ユリはそう夢を胸に抱いた。

「ねえ、ユリ。なかなかこうしてゆっくりできないし、少しおしゃべりしない?今までの旅のこととか、ユリの天使だったときのこととか、色々聞きたいわ」
「あ、いいね!」

 ユリとエマは草むらに腰掛る。しばし、神の岩の頂上では彼女たちの楽しげな声が響いた。

「そういえば……。そのリボンと髪型、とても似合っているわ!」
「これ、カミュが結んでくれたの。カミュはすごく手先が器用なんだよ」
「ふぅん、カミュさんが……」
「?」

 意味ありげに言って意味ありげな視線を送ってくるエマに、ユリは首を傾げる。

 そろそろ戻ろうと、神の岩から降りてイシの村に帰ってくると……

「おお、ユリスフィール。イシの村では成人の儀式というものがあるそうで、今その話を聞いてたところじゃ」

 どうやらデルガダール王もユリが帰ってきたとウワサを聞き、話がしたいと待っていたようだ。
 ユリはエマとルキと別れて、デルガダール王と話をする。

「どうじゃ、その後の旅は?グレイグもホメロスも元気にしておるか?」
「はい。二人にはたくさん助けてもらっています。この間は二人で口ケンカしてましたけど、その後は何事もなかったので仲直りしたみたいです」
「ハッハッ。そうかそうか。ならよい」

 そう笑ったデルガダール王の顔は、誰が見ても子を案ずる親の顔だ。

「勇者の旅も進展がありました」

 ユリはデルガダール王に詳しくこれまでの旅の話をした。

 ドゥルダ郷ではロウに再会したこと。仲間を探す旅をしながら目的地はラムダのこと。自分の左手に宿った勇者の紋章の力が完全になったこと。エルシスが、この世界のどこかで生きているとわかったこと。

 過去のユグノア城の光景を見たことは、もちろんユリは話さなかった。あれはウルノーガによる、残酷な悲劇に過ぎない。

 デルガダール王は、真剣にユリの話に耳を傾けていた。

「マルティナ姫とはまだ会えていません……。でも、かつての仲間たちと三人も再会できました。必ず彼女ともまた巡り会えると、私は信じています」

 王はそのユリの言葉に、目を閉じて深く頷く。

「ありがとう、ユリスフィール。そなたが言うと心強く感じられるな」

 普段は鋭い目付きをしているその目は和らぎ、優しい眼差しをユリに向けた。

「そなたの旅に様々な出来事があったのは、話を聞かずともその顔を見ればわかる。嬉しいことも、悲しいことも、つらいこともたくさんあったのだろう」
「……はい」

 ユリはその言葉に素直に頷いた。

「その経験は必ずや糧になる。元より険しい道に、他でもないわしは世界の命運をそなたに託した。勇者のチカラを引き継いだから、というだけではない。そなたに希望の光を見たからだ」

 だが――と、デルガダール王は続ける。

「挫けそうになった時は、またここに戻ってくるがよい。皆も安否が知れて喜ぶ。そなたも前を向いて生きる者たちを見て、元気が出たのではないか?」

 まるで自分の心情を見透かしたようにデルガダール王は言って、ユリは驚いた。

「これでも王として、皆の変化には気づくよう心がけておる。今度はわしのとっておきの元気になる方法を教えてやろう」

 最後は茶目っ気たっぷりに言った王に、ユリも思わずくすりとしてしまう。
 そして「甘いものを食べる、ですか」と何気なく聞いたら、今度は王が驚いた。

「皆には内緒だぞ」

 甘党な王に、ちょっぴり親近感を覚えたユリだった。


「カミュ!ごめんね、おまたせ!」

 強引に連れてきた挙げ句、ほったらかしにしてしまったと、ユリは申し訳なさそうな顔をして彼に駆け寄る。

「大丈夫ですよ。皆さんのお手伝いしてましたから」
「カミュくんったら器用でなんでもこなしてくれるの!助かっちゃたわ〜」

 すっかりおばちゃんたちに囲まれていた。アイドルの肩書きはカミュにあげようとユリは思う。

「おや、ユリ。もう帰っちゃうのかい?今夜はシチューを作ろうと思ったのにねえ」
「まだ旅の途中だし、仲間たちも待っているから、ペルラさんのシチューは今度の楽しみにしておくね!」
「またいつでも帰っておいで!」

 ユリは元気よく手を振って、ペルラやエマ、イシの村の人たち、デルガダールの人たちと別れの挨拶をする。

「ハっ!その青い髪、キリっとした目元……アニキー!アニキー!カミュのアニキー!無事に生きていたんだねー!」

 その中で、品物の仕入れから村へ帰ってきたデクと偶然鉢合わせした。

「ワタシ、アニキに会える日を信じて女房とふたり、必死にがんばったんだよー!また会えて本当にうれしいよー!」
「あ、え……?」

 いきなり抱きついてきたデクに、以前のカミュは嫌そうに拒否していたが、記憶喪失カミュは、唖然とされるがままだ。

「……って、いけないいけない。積もる話もあるけれど、カミュのアニキとお姉さんはまだ旅の途中でしょー?あんまり引きとめるのはよくないよね。世界を救う旅が終わったらゆっくりお話を聞かせてよー!」

 カミュの安否がわかっただけで満足したのか、そのままデクは笑顔で去っていく。カミュの記憶喪失になったことは知らないまま。
 一体なんだったんだ?とカミュは不思議そうにその背中を眺めた。

 最後にオレンジとリタリフォンに会って、来たときよりずっと清々しい気持ちでユリはイシの村を後にする。

「ユリさん、元気になったみたいですね。本当によかったです」
「つき合ってくれてありがとう。じゃあ皆のところに戻ろっか」
「今さらですが……皆さん、心配してますよね……」
「大丈夫!書き置きを残してきたから」
「じゃあ安心ですね」


 ユリはユグノア地方のキャンプ地へルーラを元気よく唱えた。


 ――全然、大丈夫じゃなかった。


 ユリはカミュと共に、目が座っているホメロスの前に正座をしていた。

 させられたのではなく自主的にしていた。

 ユリが書き置きした『ちょっと故郷に帰ります』という内容だが、あまりにも簡潔すぎたのと「故郷に帰る」という単語は、挫折したときや夫婦が夫に愛想を尽かしたときにも使う言葉らしく、急にいなくなったこともあり、ホメロスが心底心配していたらしい。

『私が不甲斐ないせいで……ユリさまは故郷に帰られてしまったのだ……』

 魂が抜けたように落ち込んで、グレイグいわく長い付き合いだが、こんなホメロス初めて見たとか。(落ち込んだ姿を他人には見せんヤツだったからな)

「ユリさま……」
「っはい!」

 最初のホメロスの印象は敵対していたのもあって、冷たくて鋭い目付きに恐い人だと思っていたが、目が座っているホメロスもなかなかの迫力があった。

「あなたにとって、私は相談するにも値しない存在でしょうか」

 笑みを浮かべたホメロスの問いに、ユリはブンブンブンと首を横に振る。目が、笑ってない……!

「ユリさまに悪気がないのはわかっていますし、言葉に多用な意味があるのを存じなかったのも仕方ありません。なので、次からは説明不足な置き手紙などではなく、まずは直接相談していただけますね?」
(ああ、説明不足ってかなり強調された……!)

 ホメロスの有無を言わせず問いに、今度はコクコクとユリは頷いた。
 ……ユリ、ドラゴンに睨まれたフロッガーみたいになっているぞ、とグレイグは心の中で彼女に言う。

「まあまあ、その辺りでいいじゃろうて、ホメロス。大事には至らなかったしの」
「アタシたちもユリちゃんは故郷に帰れないって言ってたし、どこに行ったんだろうって心配してたの。でも、エルシスちゃんの故郷のことだったら安心ね」
「お前のことだから無責任な行動はしないと思ってはいたが、全員に心配かけたことは反省しないとだめだぞ」
「心配かけて本当にごめんなさい」

 ユリは正座のまま皆に頭を下げて謝った。ここは土下座した方がよかっただろうかと考えていると、頭上から小さなため息が落ちてきた。

「……よろしいでしょう。今後は私が常に同行しますので」

 ……。えっ。

「カミュ。お前はユリさまに強引に連れていかれたようだが……」
「あ、いえっ、オレは……!」
「ユリさまはこの世界の希望だ。そこは忘れるなよ」
「……はい」

 ユリはカミュに目と表情でごめんっと謝った。カミュは大丈夫というように、優しく微笑む。

「さて、二人も帰ってきたことじゃし、グロッタの町へ行くとするか」

 これにて一件落着だろうか。一行をまとめあげるロウの言葉に、彼らはユグノア地方のキャンプ地から出発した。





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しばらくの間、ホメロスが仲間から外せなくなった!


「あの、ホメロス。たまには一人で買い物とかしたいなぁなんて」
「だめです」
「……」


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