――ブギー戦からの撤退。教会に戻ってきた一行の暗い顔を見て、サイデリアたちは声をかけられないでいた。
(私が……勇者として不甲斐ないばかりに……)
思い詰めた顔に、その心情を察して「……ユリさま」ホメロスはそっと声をかける。
「決してユリさまのせいではありません。いわゆる今回は初見殺し……。今度は状態異常の対策と作戦をしっかり練って挑みましょう」
「……そうだね。落ち込んでばかりじゃいられない。次は絶対勝って、マルティナも、町の人たちも元に戻そう」
そして、私たちを逃がしてくれたカミュも――カミュのためにも。
ユリはふしぎの鍛冶台で、魅了や踊り対策のできるアクセサリーを造ってみると皆に言った。
「俺も面目なかった。しかし、こればかりは悲しい男の性なのだ……」
「わかっておくれ……」
しょんぼりしながら情けない顔で言うグレイグとロウに「だらしないわね」と、シルビアは呆れて言った。
「って、アタシも人のことを言えないわ。踊り対策が必要ね。ユリちゃん、お願い!」
「うん、ちょうどイシの村で手に入ったレシピでよさそうなのがあるの」
それは大天使のブーツだ。天使と名がついているように、悪い効果を防いでくれる効果がある。
必要な素材は『天使のソーマ』という天使の名前がついたものだ。
こちらは天使の力が込められたエキスだという。
自分がこれを飲めば、ゾーンにならなくても天使の力が戻ってくるのでは?と、ユリは密かに考える。(飲めるの……かな?)
金色の液体は澱みは一切なく、キラキラしている。
とりあえず、今回は惜しみなく鍛冶に使おう。
貴重な素材に二個しか持ち合わせていないので、踊り耐性が弱い自分とシルビア用だ。
あまり根気詰めないでちゃんと休むように――と仲間たちから言われた言葉を忘れそうになりながら、ユリはトンカチを握った。
『鍛冶のコツ?うーん、火力かなぁ。最初に火力を上げるといい感じになるんだ』
という何気ない会話で教えてくれたエルシスのコツを思い出しながら、ユリは火力を上げてさらにトンカチを振るう。熱さに額から流れる汗を、腕で拭った。
(待っててね、カミュ……!)
……――翌日。
「なんだ、お前っキーか!もう一度スペシャルルーレットステージに通りたきゃ、ラブリーエキスを……ごふっ」
グレイグはタホドラキーが最後まで言う前に、ラブリーエキスの瓶口をその口に突っ込んだ。
うっとりし、ヘロヘロになって床に落ちたタホドラキーの横を通り過ぎ、一行はスペシャルルーレットステージへと駆け込む。
「ブギー!」
「また来たのか〜い?まったくこりないミジンコどもだね!」
そこにはすでにブギーの姿があった。
ブギーだけではなく……
「ブギーさま。もう一度アタシにやらせてください。次こそは、ヤツらをこの足でメッタメタにしてみせますから」
マルティナもその場にいた。――そして、ゆったりした足音が響く。
「……オレも混ぜてくれませんか?ブギーさまのご期待に応えてみせますよ」
「……!?」
奥から現れたのはカミュだった。その赤い目はビーストモードを彷彿させ、白いシャツに黒のベスト、首もとには蝶ネクタイと、ディーラーの服装をしている。
魔物にされている可能性は考えていたが、まさか、マルティナの様にだったとは……皆に動揺が走る。
「楽しませてくれそうだ」
赤い目を細めて、カミュは色気たっぷりに彼らに微笑んだ。
「やだ……!あの悪い男なカミュちゃんにアタシ……ドキッとしちゃった!」
「不穏なことを言うな、シルビア!魅了解除の特技を持つお前が落ちたら、また総崩れになるぞ。ユリさまも、今の二人は敵ということを肝に命じてください」
「う、うんっ……」
そうだ。二人を元に戻すために戦うんだ。次、負けたらもう……
「シルビアとホメロスは絶対に向こうに行ったらだめだよ……!」
それこそ世界を滅ぼさなくとも、四人の色香だけで世界征服できるだろう――。
……と、ユリは思う。
「それはユリさまもですよ」
彼女が堕天使にでもなったら、世界の滅亡だけでなく、堕天使教が出来上がり、多くの信者たちが生まれるだろう――。
……と、ホメロスは確信している。
「また可愛がってあげるわ」
「さあ、ゲームを始めましょうか」
呪われしマルティナと呪われしカミュが同時に襲いかかってきた!
「カミュは俺とロウさまでなんとかする!ユリ!姫さまは頼んだぞ!」
「木偶の坊のグレイグさんと、生い先短いロウさんの二人だけで、オレの相手が務まるんですか?」
逆手に短剣を持って二人に向かってくるカミュだったが、マジックのようにボンッともう片方の手に短剣が現れた。
「二刀流……だと!?」
「以前のカミュの戦い方じゃ!記憶は戻っとらんようじゃが、油断は禁物じゃぞ、グレイグ!」
グレイグとロウは気を引き締めて、カミュを迎え撃つ――。
「アタシに可愛がってほしいのは、ホメロス。アンタかしら?」
「マルティナ姫……。幼いあなたのおてんばぶりには、それはもう手を焼かされていましたが……」
一方のマルティナと対峙したホメロスは、負けず劣らずの黒い笑みを浮かべて……
「今も変わらず躾がいがありそうだ」
「……その生意気な口の聞き方はアタシが直してあげるわ。アタシのイヌにしてね!」
「私があなたのイヌに?ご冗談でしょう。姫としての立場も忘れた小娘のイヌなんて、その辺のスライムのイヌになった方がマシです」
「ホンット、ムカつく男ね!その発言、今に後悔させてあげるわ!」
バチバチと舌戦を始めたホメロスとマルティナに、ユリとシルビアは身を寄せながら二人で引いていた。
ユリちゃん、あんな大人にはなっちゃダメよ……というシルビアの言葉に、ユリはうんと頷くことしかできない。
「アンタら全員、お仕置き決定ね!」
マルティナは手を伸ばすと、どこからともかく彼女の愛用の槍が飛んできて、それをバシッと掴んだ。
華麗な足技も驚異的だが、マルティナが槍を持てば、それは「おにこんぼうに棍棒」だ。
「はああッ……!」
マルティナはなぎはらいをしてきた。三人の身体に切り傷ができる。
さらに槍を振り回すマルティナに、ホメロスが剣で受け止め、金属同士がぶつかる音が響いた。
リーチが長い槍と俊敏な剣。どっちも引かず、二人の激しい打ち合いが展開し……
「っ!」
シルビアの鞭がマルティナの腕に絡み、動きを妨害する。
「度重なる無礼を申し訳ございません、姫よ。お叱りはあなたが元に戻ってから受けましょう――」
はやぶさ斬り!ホメロスの剣がマルティナに入った。「覇王斬!」間髪を入れずユリの攻撃も続き、マルティナは後ろに跳んで彼らと距離を取る。その顔は歪んでいると思ったら……
「サキュバスウィンク!」
うっふんという表情で、彼女はウィンクした。ダメージを奪われるが、三人は眠らない。その指には眠り対策の『めざましリング』をはめている。
少し傷が癒えたマルティナは、再び距離を詰めてくる。
その瞬発力についていけたのは、ユリだけだ。
腰から素早く剣を抜いて、槍の切っ先を弾く。タンッ!マルティナは槍を床に、それを支えに回し蹴りをしてきた。
「っ!」
ユリは仰け反ってなんとか避けたが、ピンヒールが顔すれずれに横切った。マルティナがはいている靴も武器になるんだとユリはこのとき知る。
バランスを崩し、後ろに倒れるユリをシルビアが支え、ホメロスが再びマルティナを迎え撃つ。
「セクシービーム!」
マルティナは槍ではなく、おいろけ攻撃をしてきた。
「っ……、生憎、私はグレイグと違って、そう簡単に魅了されませんよ」
――つるぎの舞!
マルティナの顔に余裕の表情が消えた。ここは一気に押し切る!ユリとシルビアは顔を見合わせ、無言で頷いた。
「マルティナちゃん!こんな技はどうかしら?ローズタイフーン!」
「きゃあっ……!」
バラの花びらが吹き荒れ、マルティナを閉じ込める。
「ユリさまとのれんけい、光栄です」
「ふふ、それじゃあ……!」
その間に、ユリとホメロスは呪文を唱えた。
二人の合体魔法――ダークデイン!
ホメロスのドルクマと、ユリのライデインが混ざり合った黒い雷がマルティナを襲う。
「うう……っ!」
マルティナの膝が折れ、ゆっくり床に倒れた。
「お前たち!ボクちんのマルティナをまたしてもイジメて……!でも、気絶してる姿もプリチーだじょ」
「まず、マルティナ姫は貴様のものではない」
気絶したマルティナを見て、ユリとホメロスとシルビアは一息つく。
次はこの魔物だ……その前に三人はグレイグとロウの方を見ると――驚くべきことに、二人はカミュに押されていた。
「ちょこまかと……!」
「オレにしてみれば、あなたたちの動きが遅いんですよ」
「身体能力が以前のカミュより上がっておる……!」
カミュの動きは、ビーストモードのようにユリの目には見えた。二人の攻撃をひらりと避け、気まぐれに攻撃し、まるで二人で遊んでいるようだ。
「グレイグ、ロウちゃん!加勢するわよ!」
「ゴリアテ……!」
「あらら、マルティナさんはやられちゃいましたか……。じゃ、オレもちょっと本気出しますね」
カミュは全員が集まった所を見計らって、指をパチンと鳴らした。
……!?
彼らの足元の魔法陣が発動し、土の魔法が暴走した。全員を呑み込む。
ジバリーナ――カミュが唯一覚えてる呪文の上位の土魔法だ。
「一網打尽です」
苦しむ彼らに、カミュはにっこり笑って言った。
「……っぐ、いつの間に魔法陣を……」
「やられたな……」
「あいたたた……。待っとれ、今、回復呪文を唱える」
「……あら、ユリちゃんは?」
――ガキンッ!
ユリの剣とカミュの短剣がぶつかり、二人の視線が絡み合う。
「カミュ……!」
「ユリさん、来てくれると信じてましたよ。でも、本当にオレと戦えるんですか?」
「あなたを取り戻すために……戦うの!」
覚悟を見せるように――ユリは大きく一歩踏み込み、剣を横に払った。
カミュは俊敏な動きで、後ろに跳んでそれを避けると。
「!」
着地したかと思えば、床を蹴り上げ、一気にユリと距離を詰めてきた。至近距離で、赤い目がユリを捉える。
「ユリさん、オレのものになってください」
…………うえぇ!?
「オレは世界なんてどうでもいいんです。あなただけがいれば……。あなたを……ずっと、オレだけのものにしたいと思ってた」
熱の籠る目で見つめられ、甘い声で囁かれ、ユリの頭はクラクラしてきた。
「オレのこと、嫌いですか……?」
「嫌いなわけ……っ」
「じゃあ、好き?」
「……ぁ……」
ユリの目がうっとりしてきて、手に力が抜けて今にも剣が落ちそうに――……
『いい?ユリ。都会には悪い男の人もいるから気をつけるのよ。甘い言葉を囁かれても、ホイホイついて行ったらだめだからね』
……唐突に、脳内にそんなエマの声が響いた。ポケットに入れているエマのお守りの存在感を強く感じる。……そうだった。
(甘い言葉には、要注意……!)
ありがとう、エマ!ユリの手に力が戻り、剣をぎゅっと握り直す。
(危なかった……!)
魅了耐性はばっちりあるのに、それを上回ったカミュの魅力にユリは恐ろしく思う。
彼女の目に光が戻ったのにカミュが気づいたと同時に、
「――メラゾーマ!!」
ホメロスの正確無比な炎の呪文が、側にいるユリを避けてカミュに直撃した。
「っく!」
「貴様っ……ユリさまを口説こうなど、100万年早いぞ!」
「……はあ。あなたはユリさんのなんなんですか、ホメロスさん」
「カミュ!大人しく倒されて!」
はやぶさの剣の素早い二回攻撃を、カミュは二刀流で捌く。逆にユリもカミュからの攻撃を受け止める。
「オレ、ユリさんになら倒されてもいいかも」
「……言葉と行動が合ってない、ね!」
「楽しくって。ユリさん、オレの動きについきてくれるから」
だって……
「ずっと、カミュと戦ってきたもの!」
――シルビアはユリに「バイキルト」を唱える。
他の者たちは、なにかあったらすぐに動けるようにしながらも、二人の戦いを見守っていた。
あの二人の速さについていける者はいないからだ。
呪文で攻撃力が上がったが、ユリの集中力も研ぎ澄まされていった。
その剣は、あと一歩のところでカミュに届く。
「っと。今のは危なかったな」
「次で決める!」
バチバチと雷鳴が響く。……ギガスラッシュだ。
「ユリ」
カミュの口から呼び捨てで名前を呼ばれて、ユリはピタリと止まる。
「……オレに油断したらダメですよ」
――隙だらけです。
あっ、と思ったときには、剣を握っている手とは反対の手首を掴まれ、強引に引き寄せられた。
カミュの顔が近づいてくる――。
視界がいっぱいになり、唇が優しく塞がれた。その瞬間、ユリの手から剣が落ちて床に音を立てる。
これがなんなのか、驚きのあまりユリにはすぐにわからなかった。
カミュの睫毛が目に入り、離れていくのを目で追ってしまう。
解放された唇に残るのは、微かな熱と柔らかな感触。
至近距離でふっとカミュは微笑み、ユリは今のが"なにか"わかると、顔が火を噴いたように熱くなってくる。
「…………」
「……抵抗しないんですか?なんならもう一回奪いますけど」
わなわなとユリの肩が震える。右手がぎゅうっと握られた。
「うああああぁあ!!」
絶叫と共に、ユリの爆発した感情は拳となってカミュの顔面にぶつけられた。
会心の一撃!バイキルトもかかって攻撃力補正もばっちりだ。
カミュはずいぶん遠くまで吹っ飛ばされた。
………………。
――その光景を終始見ていた四人は、驚いたり青ざめたり……最後には呆然と固まっていた。
「……ユリは、武術の才能もあるかもしれんのう」
ロウがぽつりと言った。確かにいい右ストレートだった。いや、きっとそこじゃない。
「ユリさまの……純潔が……」
「おい、ホメロスしっかりしろ!」
ホメロスに至っては、ショックで放心状態になっている。ばっちりその光景を目撃してしまったので無理もないかもしれない。グレイグはホメロスの肩を揺らし、呼び掛ける。
「なにはともあれ、ようやく二人はおとなしくなってくれたか。これで目を覚ましてくれるといいんじゃがのう……」
今の一撃で、カミュも意識を飛ばしたようだ。
「ユリちゃんっ!大丈夫!?」
シルビアはその場にへたり込んでいるユリに慌てて駆け寄った。きっと、それはもうものすごく複雑な心境に違いない。
「シルビア……私……」
「ユリちゃん……アタシもなんて言ったらいいのか……」
「どうしようっ……仲間を殴ってしまった……!顔面国宝のカミュの顔を思いっきり!!」
「…………」
顔を真っ赤にしたユリは、メダパニをかけられたごとく混乱していた。
「なんという大罪を……!」
「ユリちゃん、大丈夫よ。カミュちゃんの方がその何倍も大罪だからっ!」
初めて人を殴ってしまったこともあり、ユリはパニックに陥っていた。シルビアは落ち着かせるように、その背中を撫でるが――……すっかり忘れていた。
「マルティナのかわゆい顔を眺めていたら、うちの期待の新人ディーラまで!許さないじょ……!」
ブギーの存在を。
「なんべんでもお前ら全員、まとめてズタボロ百たたきの刑だじょ〜!全部、全部、消えてなくなれ〜!!」
「ホメロス!いちばんの元凶はあの魔物だ。やるぞ!」
「ああ……万死の刑だっ!」
「今度のわしらはちと違うぞ」
気を取り直して、三人は武器を取る。
一方、シルビアは、混乱しているユリをどうするべきか考えた。ブギー戦は彼女なしでは戦えないだろう。シルビアは心を鬼にする。
「ごめんね、ユリちゃん……!」
――べちんッ!
「うべっ……!!」
シルビアはツッコミのごとく、ユリの額を思いっきり平手打ちした。いい音が鳴ったほど力を込めたが、愛も同時に込めてある。
ユリの視界に一瞬星が散って、ヒリヒリ痛む額に思考がスッキリする。
「ユリちゃん、ブギーを倒さないと。アタシたちも戦いましょう!」
「うん……!ありがとう、シルビア」
額を赤くさせたユリは、引き締めた表情でシルビアに答えた。
「さあ、ご一緒にレッツダンシン!」
ブギーのこちらの行動を封じる厄介な攻撃には、装備品で対策済みだ。完璧に防ぐことはできないが、真っ先に踊っていたユリとシルビアは踊らない。
その足元はお揃いの大天使のブーツだ。
耐性アイテムを装備していても防ぐことのできない、強力な魅了攻撃には……
「ほら、しっかりしない!」
その都度シルビアがつっこみをする。
「元気がいちばん!」
さらにハッスルダンスで皆を回復するという、シルビアが回復補助に回っていた。
そして、ユリとホメロスが安定してブギーに攻撃を入れる。
「アゲアゲ!奪っちゃうじょ〜!」
ギガマホトラで奪われた魔力は『まほうのせいすい』や『けんじゃのせいすい』で魔力を補給しつつ、さらに彼らは魔力を使わない戦法をとった。
それは、れんけい技だ――!
「いくぞ、ユリ!」
「はい!」
ユリとロウのれんけい「祝雨の舞」
ロウが雨乞いをし、ユリが舞うように踊れば、皆を癒やす雨が降り注ぐ。毒などの状態異常があれば治す、ロウのとくぎ「いやしの雨」の強化版だ。
「今度はこっちから毒のおかえしよん!グレイグ〜♡」
次に、シルビアとグレイグのれんけい「ひゃくれつキッス」である。
シルビアがグレイグに向けたポワゾンキッスを、グレイグは慌てて盾で弾き返す!
弾かれた猛毒の愛はブギーに降り注いだ。
「オエー!なんていう不吉な技だじょ!」
ブギーは猛毒に冒されただけでなく、気分も悪くなった。
ゾーンに入ったブギーの怒りの反撃も、癒やしの雨ですぐさま回復する。
そして……彼らの気持ちが通じあったときに放つことができる、ユリと仲間たちによる超れんけい「ギガバースト」!
ユリが空中に放った剣に、グレイグ、ホメロス、シルビア、ロウの四人が力を注ぎ込む。
「私たちのチカラを、ひとつにした技だよ!」
ユリは強化された剣を手にし、ブギーに向かって斬撃を放った。
彼らの力を一つにした強力な攻撃に、ブギーはよろよろと後ずさる。
「うぐぐう……もうダメだ!か、身体中が痛くて、チカラがうまくコントロールできないじょ!」
ブギーは苦しげにそう口走った。見ると――後ろにきゃきゃっと飛んでいたブラッドレディたちの身体が光り出す。
「あ……」
「あれ……」
「私は……いったい?」
ブギーのコントロールが弱まったことにより、彼女たちは元の人間の姿に戻ったのだ。
「私、どうしたのかしら……。ここはいったい……?」
「いた……っ。あ、あれ?オレ、助かった……?」
元に戻ったのはマルティナとカミュもだった。二人はゆっくり身体を起こす。格好も普段のものに戻り、目も肌の色も健康的だ。
辺りを見回すマルティナは彼らの姿を目にし、その目を見開く。
「……まあ、ユリじゃない!となりにいるのは……グレイグ!?それに、ホメロスまで……!あなたたち、どうしてここに……?」
「よかった、マルティナ……!」
元のマルティナに戻って、ユリは歓喜した。優しい姉のような存在のマルティナが真逆の性格になってショックだったが、元に戻って本当によかった。
「あうあう……はうう……」
情けない声が耳に届き、マルティナも彼らもはっとそちらを見る。
「どぼじでボクちんが、こんな目にあうんだ!ボクちんは、この楽園でいちばん偉くて強い王さまなんだぞぉ……!?」
泣きべそをかいているブギーだ。なんとも惨めったらしい……と、ホメロスは呆れて首を横に振った。
「あの魔物は……!」
ブギーについてなにか思い出したのか、マルティナはそちらに向かって歩いていく。
その背中には、強い怒りのオーラを感じられた。
「……今までのこと、すべて思いだしたわ。妖魔軍王ブギーさん?今までよくも好き放題してくれたわね……!」
その憤怒の炎はマルティナの全身を包み込み……「はっ!」ブギーの顔面を蹴り飛ばしたのは、バニー姿の呪われしマルティナだった。
……あれ?元のマルティナに戻ったんじゃ……?
「百万倍にして返してあげるわ!!」
怒気が含んだ低い声に、カミュとグレイグは震え上がる。彼らからは見えない、ブギーの目に映るマルティナの顔は……悪魔よりも恐ろしい鬼のような形相だった。
ブギーは本気で怯え、歯の根が合わないほどガチガチ震えている。
「ぼげええええええ〜〜〜〜〜っ!!」
その場に、ブギーの恐怖の悲鳴が響いた。
――バキ!ボコ!ドカドカッ!!
同時に凄まじい打撃音も……。ロウはあわあわと顔を両手で覆い、シルビアはうぅ……と痛ましそうに目を逸らす。
カミュとグレイグは怯えて、ホメロスは表情を無にしていた。
ユリはというと……
「……あの、ホメロス。なんか、ものすごく激しい音が聞こえているけど……」
「ユリさまは見てはなりません」
ホメロスの手のひらによって目を塞がれて、なにが起こっているのかまったくわからない。……いや、ちょっと想像がつくが、ユリは考えないことにした。
ドカッ、ドカッ、ドカドカドカドカッ!
フィナーレのように一際激しくなった連撃音が止むと、ホメロスはユリの目から手を外す。
ブギーの姿はそこにはない。
代わりに、ユリの足元へ緑色に輝く宝玉が転がってきた。
ユリはグリーンオーブを取り戻した!
呪われしマルティナの姿は、黒と赤のオーラに包まれると、元のマルティナの姿に戻った。驚く様子のマルティナは無意識に変身していたようだ。
「姫さま、今のは……!?」
グレイグがおそるおそるその背中に問いかける。振り返ったその笑顔は、いつものマルティナだ。
「魔物になっていたせいかしら……。私、新しいチカラに目覚めたみたい。今なら、どんな強敵でも蹴り倒せそうだわ!」
マルティナは『デビルモード』を覚えた!
勇ましく言ったマルティナは、次に姿勢を正してロウに声をかける。
「ロウさま。ご心配おかけしました……」
「いいんじゃ、マルティナよ。おぬしが無事で何よりじゃ。これでまた、一緒に旅ができるのう」
「また一人、仲間と再会できてよかったわね、ユリちゃん!」
「うん!」
ロウはほっと安堵の笑みを浮かべて、シルビアとユリも笑い合った。
「仲間はまだ、全員揃ってないのね……。それに……」
マルティナが再びグレイグとホメロスを見ると、二人は彼女の前に姿勢を伸ばし並んだ。
「姫さま……今までの非礼なふるまいどうかお許しください……。私は今、ユリに命を預ける身。打倒ウルノーガの信念を貫き通すまで、このグレイグ、皆の盾となりましょう……!」
真摯な謝罪をしたグレイグに、マルティナはぐいっとその顔を覗き込む。
「なによ、そのつまんないあいさつ。これ以上アタシを退屈させるなら、キツーいお仕置きをしてあげましょうか?」
「マルティナ姫、デビルモードの余韻が……」
怪訝なホメロスに対して、グレイグは仕置きでも罰でも甘んじて受けよう、という顔をした。
「……なーんてね。冗談よ、冗談!ウフフ!」
マルティナはぽんっ、とグレイグの肩に手を置いて微笑む。
「……グレイグ、頼りにしてるわ。これからもよろしくね」
「は……!」
「……で、次はホメロスかしら?でも、つまらない謝罪はいらないわよ。もうグレイグからのでお腹がいっぱいだもの」
砕けた言い回しに、ホメロスは思わず破顔してしまった。良くも悪くも、彼女はデビルモードの影響をすっかり受けているようだ。
「では、謝罪の代わりは今後の働きといたしましょう。私はユリさまとグレイグのおかげで、魔王ウルノーガからの洗脳が解け、同じく勇者の旅に同行しております。よろしければ、これまでの旅と今後の目的を簡潔にお話いたしますか」
「ええ、お願いするわ」
ホメロスはマルティナに、理路整然にわかりやすく話した。……話のすべてを聞くと、マルティナは悲痛な面持ちでユリの元へと向かう。
「ごめんなさい、ユリ……」
「どうしたの?マルティナ」
突然、謝罪をしたマルティナに、ユリは不思議そうに聞き返した。マルティナはユリの目をまっすぐ見て続ける。
「あなたが大変なときに、私はそばにいれなかったわ。そばに、いたかった。だって、支え合うのが仲間でしょう?」
「マルティナ……」
「でも、それを乗り越えてきたのよね。ユリ……しばらく見ない間に、ずいぶん頼もしくなったように感じるわ」
「うん……。みんなに……本当にたくさんの人に支えられてここまできて、マルティナに再び会えたよ」
今の仲間たちがユリの支えとするなら、かつての仲間たちの存在は、ユリの原動力だ。また巡り会えると信じて、こうしてマルティナと再会できた。
「無事でいてくれて、ありがとう……マルティナ」
その言葉を聞いて、マルティナはユリを抱き締める。
「それはあなたもよ、ユリ……」
その言葉すべてに、彼女のこれまでが詰まっているような気がして――。
「これ……あなたに渡しておくわ」
「マーメイドハープ!」
暖かい抱擁を交わしたあと、マルティナが渡したのは、ユリが失くしたと思っていたマーメイドハープだった。
「世界各地を旅してる時に、そのマーメイドハープを見つけたの。エルシスに渡したいと考えていたけれど……今はユリに渡すべきね」
「ありがとう!エルシスの持ち物になくて、どこかで落としたのかと思っていたの……」
ユリはマーメイドハープを見つめる。戻ってきたことは喜ばしいが、手助けをする人魚たちがいなければ……。
「……ユリ。きっと、大丈夫よ。マーメイドハープが戻ってきたということは、きっとまだ役目があるからだと思うの」
ユリの僅かな表情の陰りに気づいて、マルティナは励ますように彼女に言った。
そして……
「残りの仲間を探しましょう。エルシス、ベロニカ、セーニャ……。魔王ウルノーガを倒して、世界に平和を取り戻すために……!これからは、私もあなたのチカラになるわ!」
マルティナが、ふたたび仲間に加わった!