ホムラの里・後編

 眩しい陽射しに、ユリは目が覚める。

 ぼんやりと目を開け、上半身を起こすと「おはよう」という柔らかい声が耳に届いた。

「カミュ、おはよう。ここは……」
「宿屋だ。お前、昨日酒場で寝ちまっただろ」

 カミュの言葉にそうだっけとユリは思い出す。
 昨日はすごく楽しかったということだけは覚えている。

「……もしかして、カミュが連れて来てくれたの?」
「まあ、な」
「ありがとう。重かったでしょう…?」
「エルシスに比べりゃあ羽のように軽かったぜ」

 そう冗談混じりに言えば、ユリは「もう大袈裟だよ」と小さく笑って少し安堵したようだ。

「さあ、その寝坊助勇者さまを起こしてくれ。朝食を用意してくれるそうだ」

 朝食という言葉に目を輝かせ、ユリはエルシスを起こした。

 ホムラの里の朝食は、ユリ曰く素朴で優しいほっとする味である。

 里特有の調味料が使われており、ミソが使われた"オミオツケ"というスープに、タマゴを生で食べるのは驚いたが、女将に言われた通り、炊きたての米にのせて"ショーユ"をたらして食べたら美味であった。

 焼き魚に、黄色い漬け物の"タクアン"。
 三人ともおいしくいただいた。

「このミソやショーユは大豆を発酵させて作られててね。日持ちもすごくするから旅にも適してるの。良かったら少し持っていくかい?」

 女将のご厚意にありがたく甘える。
 エルシスとユリは、さっそくカミュに期待の視線を送っていた。

「じゃあ、まずは鍛冶屋に行こう。その後、ヤヤク様に挨拶しようか」

 エルシスの言葉に二人は頷く。
 鍛冶場に着くと、すでに職人たちは朝から元気よく働いていた。

「――あら、エルシスくん。彼らが昨日言ってたお仲間の方ね!」

 お姉さんはエルシスに気づくと側に寄り。ユリの耳にスライムイヤリングが揺れているのを見ると、にっこりと微笑んだ。

「さっそくそのイヤリング付けてくれたのね。可愛いお嬢さんによく似合ってる」
「あの、ありがとうごうざいます!すごく気に入ってますっ」

 ユリのお礼にお姉さんはくすりと笑うと。
「ガンテツのお頭なら、奥にいるよ」
 三人を案内してくれるようだ。


「おお!昨日ぶりじゃな、エルシス!」
「こんにちは、ガンテツさん」

 ガンテツは豪快に笑い、エルシスの横の二人に目をやった。

「そちらがおめぇさんの言っておったお仲間さんじゃな」
 するとガンテツはまずはカミュをふむぅと呟きながら、彼の上半身を触って確かめる。
「あ?な、なんだ……」
「このちっこいのも、見かけによらず良い身体をしてるのぅ!エルシスとはまた違う、しなやかなええ身体じゃ!」

 そう言ってガンテツはカミュの背中を思いっきり叩き、隣でユリがびくっとした。
「いってえ!」と声を上げるカミュに、分かるよ…痛いんだよ…とエルシスが達観した目で微笑んだ。

「青いのがカミュ。して、そちらの例のおなごがユリじゃな」
「(青いの…)」
「あっ、はい!」

 名前を名乗った後、ガンテツはユリをまっすぐと見る。彼女は身構えたが、さすがにおなご相手にそんなことはしない。

「…ふむぅ。では、お嬢ちゃんの剣を見せてもらっても良いかのぅ」

 ユリはガンテツに片手剣を差し出した。

「む…ふむぅ……ほぅ……むむむ……」

 何やらそう唸りながらガンテツは鞘から出した刀身を眺める。
 その様子をごくりと見ながら、ユリはガンテツの次の言葉を待つ。

「…………驚いた」
 深い沈黙の中、ガンテツは口を開く。
「ワシも知らぬような技術で打たれておるな」
「そ…それは……」
 ユリはどういうことかと眉をひそめながらガンテツに聞く。
「一言で言うならこの剣は魔力で出来ておる」
「……魔法剣ということか?」
 カミュの問いにガンテツは詳しく答える。

「普通の魔法剣なら魔力を持つまほうの鉱石などを使うのじゃが、この剣には一切使われておらん。この剣を打つ際に、別の何らかの方法で魔力を込めて造ったのだとワシは思う。刀身に使われてる金属は良質じゃがプラチナじゃしのぅ……」

 不思議な剣じゃとガンテツはユリに剣を返した。

「大して役に立たず、すまん!」
「いえ!色んなことが分かりました。ありがとうございます、ガンテツさん」

 剣については詳しく分かったが、逆に謎は深まるばかりだ。
 エルシスもカミュも難しい顔をする。

「世界は広いから、ワシが知らぬだけでそんな技術を持った職人がいるんじゃろうな」

 ガンテツは三人を励ますように言うと、ワシもまざまざじゃな!と豪快に笑った。

「して、ユリ。おめぇさん…弓矢も扱うようじゃが、剣の方はどうなんじゃ?」
「えっと……ずっと弓を使っていて、この間、初めて剣を咄嗟に使ったんです。手に馴染む感じもあったので、これから練習して使おうかなと思っていたところです」

 ユリがそう答えると、ガンテツはちょっと剣を握ってみてとユリに言った。

「エルシス、ユリ嬢と軽く手合わせしてみてくれぬか?」
「えっ」

 急に言われエルシスが戸惑っていると「ええからええから」とガンテツに押しきられた。
 エルシスは背中の片手剣を掴む。
「じゃあ……ユリ、先に打って来て。僕はそれに応えるから」
「わ、分かった……」

 ユリは剣を握り直すと、エルシスに降り下ろす。

 上から、右から、左から――それに合わせてエルシスは剣を動かし、ユリからの太刀筋を受け流す。

「じゃあ、次は僕から打ち込むよ」

 エルシスはそう宣言すると、軽くユリの剣を打ち返す。
「っ!」
 軽いそれでも、ユリは後ろによろめいた。彼女が体勢を整えてたから、エルシスは打ち込む。

「…………」
 カミュは二人のその様子を見守るようにじっと見ていた。

 エルシスの太刀筋は、速さも角度も手加減してるのが端から見ても分かる。
 ユリは少々焦ってるようだが、しっかりついていっている。
(……素人に毛が生えたってところか?)
 カミュの見解はこうだった。

 ただ、ユリは元々の運動神経の良さは一緒に旅して分かっているし、集中力や弓を操るきようさもある。

 訓練すれば伸びしろがある――とカミュは思ったが、ガンテツからは違う風に見えているのかも知れない。

 鍛冶屋とはいえ、優秀な職人はどう剣が扱われるか計算して造るだろう。

 剣士に精通している鍛冶屋も少なくない。

「――うむ。二人ともご苦労じゃったな」

 ガンテツの言葉に二人は剣を下ろす。
 エルシスはけろりとしてるが、ユリは息を乱していた。

「お疲れさま!」「頑張ったなー」

 そんな言葉が飛び交い、いつの間にかギャラリーが増えていた。
 昨日といい、仕事は良いのだろうか。

「今見た限りじゃと、ユリ嬢は記憶を失う前は確かに剣を扱ってた動きが節々に見えた。だが、頭で考えて動いて、身体の動きとちぐはぐじゃの」
「え………」

 思いがけない言葉だった。
 確かにそう言われれば、咄嗟に頭で考えて動いてたかも知れない。

「だからこそ、弓矢と相性が良かったのじゃな。弓なら構えて打つという、良くも悪くも予備動作の溜めがある。だが、剣にはそれがない。嬢ちゃんの身体は覚えとるのに、頭が勝手に考えて動こうとする」
「じゃ、じゃあ……どうすれば……?」

 すがるようにユリはガンテツに聞くと、彼はうむと頷く。

「実戦あるのみじゃな!」
「……………え」

 茶目っ気のある返答に、ユリは絶句した。

「魔物相手にも剣を振るっておればええ。命の危険を感じるとなおよしじゃな。そういう時こそ無意識に行動ができるからのぅ」
「……そ、そんな……」

 ガンテツの言葉にユリはうなだれる。
 むちゃくちゃな……――エルシスとカミュが同時に思う。

「まあ、半分は冗談だが、実戦が一番なのは確かじゃ。それと変に人に教えてもらうのも良くない。今の状態だと余計身体が混乱するわい!」

 ガンテツの大笑いに、ユリは苦笑いを浮かべた。
 自分が剣を使いこなす道は長そうだ……。


「またいつでも立ち寄るとええ!」

 ガンテツにお礼を言って去ると、そう暖かい言葉が返って来た。
 三人は連なる赤い鳥居をくぐって、階段を登る。
 里の長であるヤヤクに挨拶したいというエルシスの希望だ。

「……まあ、ゆっくり剣も覚えていけば良いんじゃねぇか?」
「そうだよ。今のままでも僕たち、ユリに助けられてるしさ」

 二人の優しい言葉にユリは「ありがとう」と答える。
 落ち込んでいても仕方ない。
 これからも弓の腕を鍛えながら、剣の実戦も頑張ろうとユリは意気込んだ。


「……おや、旅人さんかい。私はこのホムラの里を治める巫女のヤヤク。ここは温泉と鍛冶だけがとりえのなんてことない小さな里さ。まぁゆっくりしていきな」

 短い謁見として話しただけだが、彼女は長らしく力強く、けれど巫女らしいしなやかさも感じられる美しい女性だと――エルシスは感じた。

 長く真っ直ぐな黒髪、意思が強そうなきりっとした眉。
 髪と同色の瞳は強い眼差しを感じる。
 だが、どこか憂いを帯びているのは息子を亡くしたせいだろう。
 息子のハリマは腕が立つ立派な剣士だと聞いた。
 さぞ自慢の息子だったのだと思う。

 社を後にすると、さて……とカミュが二人に言った。今後のことだ。

「さっき言った通り、サマディー王国へ行くには通行手形が必要だ。現地点でオレたちに入手する手立てがなく、頼みの綱である商人はいつ来るか分からない状況。あと考えられる方法だと、見張りの兵士に賄賂を渡すかだな」
「デルカダールの下層の兵士みたいにか」

 エルシスが言うと、カミュはああと頷いた。
 ……ふと、三人の頭にあの兵士はどうなったのか思い浮かんで、すぐに消えた。

「よっぽど真面目な兵士じゃない限り有効な手段だ。魔物も結構倒して金も貯まってるし、昨日のメシ代はタダだったしな。砂漠に向かう旅の準備をしようぜ。特に水は多めに用意しないとな」

 次の予定は買い出しに決まった。
 歩み始めた時に「あの…」とユリが小さく二人に声をかけた。

「どうした?」
 カミュが振り返る。
「二人が買い出しに行ってる間に、温泉に入って来たらだめかな……?」

 おずおずと聞くユリに、カミュは小さくため息を吐く。

「お前、昨日魔物に襲われかけただろうが」
「でも、魔物なんて滅多に来ないものだし、手前の人通りがある温泉に入ろうと思うし……」

 ああ、昨日の露天風呂に入りたいのかとカミュは思い出す。
「さっき動いて汗かいたし、次いつ入れるか分からないから……」

 ユリの言い分も分からなくはない。
 うーんと考えるカミュにエルシスは「良いんじゃない」とユリが援護をする。

「……仕方ねえな。気を付けるんだぞ」
「ありがとう、カミュ!」

 カミュの許しが出て、ユリはぱぁっと笑顔になる。

「エルシス。お前はどうする?」
「僕は汗をかいてないし、大丈夫。カミュも一人じゃ大変だろ」

 と、爽やか笑うエルシスに#、name1#はちょっぴりくやしかった。

 温泉屋の前までユリを送り、待ち合わせを宿屋の前にして、二人は買い出しに向かう。


「いっ……たぁ〜い!!」

 ――その途中だった。そんな幼さ特有の甲高い声が、二人の耳に飛び込んだのは。

「ちょっとレディには優しくしなさいよ!乱暴な男はモテないわよ!?」
「あーもう、ピーピーうるせえな!わりぃけど、今は忙しいんだ。ガキの相手をしてるヒマはないんだよ」

 酒場の若い男の店員と、何やら赤い不思議な帽子を被った少女が言い争いをしている。

「何よ!マスターと話すくらいいいでしょ!?マスターならはぐれちゃった妹のこと知ってるかもしれないんだってば!」
「ここはガキの来る場所じゃねえんだ。迷子の相談なら、里の入り口に詰め所があるからそこで話を聞いてみな」

 どうやら少女が酒場に入ろうとして、店員が追い出したらしい。

「あんま関わらない方がいいぜ」
「あ、うん……」

 そうカミュに言われ、エルシスはそ知らぬ顔で通り過ぎようとする。

「ふん、分かったわよ!話が通じると思ったけど、こんな石頭がいたんじゃどうしようもないわ」

 あっ――二人が通り過ぎる前に、少女が何かに気づいたようにそう声を上げた。

 エルシスは少女と目が合った。

「あれ?アンタは……?ねえ名前を聞いてもいいかしら?」

 少女はエルシスだけに興味を示し、彼をじっと見上げている。
 隣にいるカミュには眼中なしだ。

「僕は……エルシスだよ」
 エルシスは戸惑いながらも少女に名前を教えた。
「ふぅんエルシスというの。……なるほどね。アンタとはもう少しお話ししたいけど、今はいなくなった妹のほうが心配。里の中を探してからにするわ」

 納得したように少女は言い、引き留めておいて彼女は先にすたすたと二人を通り過ぎて行ってしまう。

 ぽかんとする二人。

 ふと少女は立ち止まり、顔だけ振り返ってエルシスに言う。

「……まさか、こんな所でアンタに会えるなんて。運命ってわからないものね」

 そう最後に意味深な言葉を残すと、行ってしまった。
 二人は怪訝そうにお互いの顔を見合わせた。
 見た目は可愛らしい幼い少女だったが、妙に大人っぽい口調だった。

「なんだったんだ……?」
「僕にも何がなんだか…」
「お前のこと、運命って言ってたぞ」
「うーん……まあ、それはカミュにも言われたし」

 けろりとエルシスは笑う。
 すると、今度はさっきの酒場の店員が二人に話しかけてきた。

「まったく……子供のクセにひとりで酒場に入ってくるなんて最近の子はマセてやがるな。おにいさんたち、昨日はどうもな。また今夜もどうだい?……なんだ、もう旅立っちまうのか。買い出しなら、そこの抜け道を行くといいぜ。地元民が使う近道さ」

 単なる客引きだったが、近道を教えてもらった。その道を歩きながらエルシスはさっき出会った不思議な少女のことを思い出す。

「さっきの子、妹さんを探してたんだね。小さな里だからすぐ見つかると良いけど……」
「それにしても酒場で探すとは……口調もだったが、マセた子供だったよな」 

 妹……妹か……カミュは口の中で呟く。
 あの少女は、どこか似ていた。

「まったくデキの悪い妹を持つと兄ちゃんや姉ちゃんは苦労するよな……」
「………カミュ?」

 なんとなくいつもと違う声色に、エルシスは思わずカミュの横顔を見て名前を呼んだ。

「ん、なんだ?」

 声をかけて振り向いた顔は、いつもの笑みを浮かべるカミュの顔だった。(あれ…気のせいかな……)

 ……ねえ……

「……おい、何かしゃべったか?」
「?僕何も言ってないけど…」

 カミュの問いかけにエルシスは首を傾げる。

 ……ねえどこなの……?

「「………………………」」

 今度はエルシスにも聞こえた。

 か細い女の子の声。
 周りを見渡すが、誰もいない。

 そもそもここは裏道だ。岩と草しかなく、地元民が使うことで人通りが少ない。

 風で揺れる竹たち。

 ホムラの里特有の熱気が、今は生暖かい空気に感じられた。

「おい。コイツはもしかして……。ゆう、れ……」
「やだな、カミュ。まさか、昼間にユウレイなんて……………………うわ!?」

 笑うエルシスの前方に、急に小さな影が現れ、エルシスは驚いて思わず声を上げてしまった。

「どこなの……。どこにいっちゃたのよう……」

 声の主は泣いてる女の子だった、らしい。
 くずくずと目元の涙をぬぐっている。

「エルシス、驚かせやがって。子供じゃねえか」

 カミュはどちらかというとエルシスの声に驚いた。
 エルシスは顔を赤くさせながら「ごめん」と素直に謝る。

「……お前、こんな所で何やってんだ?」

 カミュは女の子に視線を合わせるように片膝を地面につく。
 そう訊ねる声は存外に優しい。

「あたし……やどやで待ってたのに……おふろにいくってでかけたままもうずっとかえってこないの……どこにいっちゃったの……ひどいよ……ひっくひっく」

 途切れ途切れに言う言葉に、事情は把握した。

「はあ……迷子ってヤツか。探しに行こうとして迷ったんだな」
「迷子って……もしかして酒場の前にいた女の子が探していた妹って、この子じゃないかな?」
 エルシスは先ほどのことを思い出して言う。
「オレもそう思うぜ。あの子より小さいしな」
「じゃあ、僕たちで届けてあげようよ。里の入り口の詰め所に行るみたいだし。……こんな場所でひとりで心細かっただろうね」
「そうだな。……なあ、チビちゃん。お前の名前はなんていうんだ?」

 カミュが問うと、泣きながら「ルコ」という言葉が返って来た。

「よし、ルコ。お前の家族に会わせてやるからオレたちについてきな」
「おにいちゃんたちにまかせて!」
「ホ……ホント?ありがとう……」

 二人は励ますように言うと、ようやくルコは泣き止んだ。


 ――あたしは迷子じゃないって!
 詰め所に行けば、そう叫ぶ先ほどの少女の姿があった。

「……おっ、いたいた。相変わらず大人相手にガミガミやってるぜ」

 カミュの言葉通り、小さな少女らしからぬ気迫だ。詰め所の人も応戦してるが、参っているようだ。

「まったくてんで話にならないわ。この里の連中どいつもこいつも石頭ばっかりなんだから……。あら、アンタはさっきの……」

 彼女はエルシスの姿に気づいた。
 相変わらずカミュに眼中はないらしいが、気にせず彼は横から言う。

「ようチビちゃん。オレたちお前が探してる妹を見つけてきてやったぜ。ほら、お前の姉さんだろ?そんな所にいないで出てきな」

 そう言って、カミュの後ろからルコがちょこんと顔を出した。

「あ……あの、あたし」
「……誰よ、その子。あたしそんな子知らないけど?」

 そっけない少女のまさかの反応に、二人は驚く。

「あたし……ひとりっこだよ。いなくなっちゃったのはあたしのパパだよ」
「パパ………」

 エルシスがぽかんと呟いた。どうやら自分たちは根本的な勘違いをしていたらしい。

「もう……なんなのアンタ。人の話もロクに聞けないなんてとんだひよっこちゃんね」
「なんだと、このチビ。お前の方がガキじゃ……」

 むしろエルシスが先に勘違いしたのだが。何故かカミュだけが少女から呆れた視線を投げられている。ごめん、カミュ。

「とにかく、その女の子も迷子みたいだしこのままじゃラチが明かないわ。ねえ、エルシスって言ったわよね。悪いけどあたしを酒場のマスターの所まで連れていってくれない?ダメって言ってもついていくわ。あたしじゃ酒場に入れてもらえないんだから、アンタたちがなんとかしてよね」

 そう一気に捲し立てられ、彼女は無理やり二人に同行する気満々だった。(これは…あれだ…。村で気を付けろと言われた男を尻に敷くタイプだ。小さいのに恐ろしい子……)

 どうしようとエルシスは視線をカミュに投げるが、彼は肩を竦めるだけだった。
 関わりたくないオーラが全面に出ている。そんな。

「あたしはベロニカっていうの。この子と一緒についていくからあとはよろしくね」

 にっと良い笑顔を見せてベロニカは言った。

 エルシスはしばし考えるように目を閉じる。
 幼いのに大人顔負けの気の強さに面食らってしまったが、ベロニカもルコも、困っているのには変わりはない。

 彼特有の花が舞う笑顔を浮かべながら、エルシスは口を開いた。

「うん、よろしく。こっちはカ…」「こんな頼りないおにーちゃんたちに振りまわされて心細かったでしょ?もう大丈夫だからね」
「あっ……ありがとう!」

 ――カミュと紹介する前に彼女はわざとなのかタイミングが悪かったのか、さっさとルコに話しかけている。

 エルシスは恐る恐る彼を振り返った。

「ったく、最近のガキは生意気すぎるよな。さっさとコイツらを酒場に届けて来いよ。オレはユリを迎えに行って来るから。あとはよろしくな、エルシス」

 じゃ――とカミュはエルシスに爽やかな笑顔を向け、早々にその場を去っていた。(逃げ足早過ぎだろ!?盗賊め!)

「マスターならきっと何か知っているはずだからさっさと酒場へ行きましょ、エルシス」
「そうだね……」

 諦観した笑顔をエルシスは浮かべ、二人の少女と共に酒場へと向かった。

 子連れ勇者――。

 何故そんな言葉が思い浮かんだのか、エルシスにも分からない。





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職人という名前でパッと思い付いたガンテツさん。
何のイメージだろうと調べたらポケモン金銀に出てくるモンスターボールの職人さんでした。(モブっぽいオリキャラが彼だけ名前が付いている)


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