中層にはたくさんの人の姿があり、生まれ変わったグロッタに驚いている人たちも多いようだ。
「ひさしぶりにこの町に寄ってみましたが……なんだかいろいろ変わったと思いません?闘技場にはカジノができてるし、グレイグ像はなんかブサイクになったし……。いったい何があったんでしょう……」
旅の男の言葉に、彼らは同時に見上げる。グレイグ像の首から上が、ブギーの顔にすり替えられたままだ。
「これではグレイグ像も浮かばれんな」
「魔物が変えようとしていたのは知っていたけれど……。首から上がすり替えられているなら、私が頭を蹴り落としましょうか?」
「姫、それでは首なしグレイグ像になって不吉でしょう。デュラハーン像と勘違いされるのでは?」
「フフ、それもそうね。ちょっと見てみたいけど」
そんなホメロスとマルティナの会話に、像のモデルの本人であるグレイグは、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「ねえねえ、ユリちゃん。マルティナちゃん、魔物になってからなんか変わったと思わない……?」
シルビアは小声でひそひそとユリに話しかける。
「性格が変わったっていうか、なんだかカゲキになったっていうか……」
「たしかに……」
本質的には以前のマルティナと変わってはいないが、発言が以前よりはっちゃけているような……。(デビルモードの影響?)
「強くなって帰ってきたみたいね、いろいろと」
そのいろいろに多くのことを含ませてシルビアは言った。
「闘技場、なくなったんだってな。女闘士マニアのおれっちとしては超ショックでさぁ、ハァ……」
重いため息を吐いたその男に、ユリは見覚えがある。その発言にベロニカが怒っていた、あのピンクの鎧の剣士だ。
「でも!カジノにはかわいいバニーがいっぱいいたんだ。だから、これからはバニーマニアになることにしたよ、ぐふふ」
もしここにベロニカがいたら、またしてもその発言に怒りそうだとユリは思った。
カジノに繋がる階段を上がっていると、今度はグレイグマニアの女性と出会す。
さぞかし顔をブギーに変えられ、ショックを受けているだろうと思ったら……
「魔物があの像にキズでもつけたらどうしようってヒヤヒヤしてたけど……。なんとか無事だったようね、ホッ」
え、無事じゃない……よね?
「え?カオが変わってるじゃないかって?……フッ、まだまだね、あなた。私にとってカオなんかただの飾りよ!大事なのは筋肉!筋肉が無事なら何でもいい!そういう女もいるのよ!」
グレイグマニアではなく、筋肉マニアだった。グレイグの方を見ると、またもや複雑そうな顔をしている。
「……ユリ。お前なら、カオと筋肉、どちらが大事だと思う?」
「え、えぇと……」
「おい、ユリさまに答えづらい2択の質問を投げかけるな」
答えに困っていたら、ホメロスが助け船を出してくれてユリはほっとした。
そのまま足を進めると、孤児院の少女がしょんぼりという風に立っていて、ユリの方から声をかける。
「あっ!ユリ姉ちゃん、もしかしてカジノへ行く気なん?だったらウチのお願い聞いてくれへん?」
「お願い?」
「ウチな、ハンフリーのアニキに引退祝いのプレゼントを買うたろうと思って、必死でお金をためたんや。そしたらな……」
そこまで話して、少女は怒りを露にする。
「ベシムっていう成金ヤローに、ウチが買おうと思ってたプレゼントをタッチの差で先に買われてしもうたんや!」
「それは残念だったね」
「ウチ、どうしてもあきらめきれんくてな……ベシムにゆずってくれるよう頼んだんやけど、子供扱いして相手にしてくへんねん。そこで、ユリ姉ちゃんにお願いがあるんやけど……」
少女は真剣な顔でユリを見つめて。
「お金を渡すから、ウチの代わりにベシムのとこ行ってプレゼントをゆずってくれるよう頼んできてくれへん?」
健気な少女の頼みに、ユリはもちろん二つ返事をした。
「さすがユリ姉ちゃん、話がわかるで!ほな、これがプレゼントの代金や。こいつをうまく使って、ベシムと交渉してや!」
ユリは少女から一生懸命貯めたであろう3000Gをしかと預かった。
「ベシムのオッサンは大のギャンブル好きでな、今頃、3階のスペシャルルーレットステージでルーレットに興じてるはずや。あのベシムを相手にするのは大変やと思うけど、なんとか話をつけてきてや!ほな、頼んだでユリ姉ちゃん!」
少女のお願いに「まかせて」とユリは力強く頷く。仲間たちも協力してくれるらしい。
「いざとなったら私におまかせください、ユリさま」
「いやいや、交渉といえばわしじゃろう。のう、姫?」
「そうですね。ロウさまは誰とでも仲良くなってしまいますから」
片や駆け引きに長け、片や社交性に優れる人物。そんな二人にユリは、頼もしいというように笑顔で頷いた。
「いらっしゃいませ、お客さま。新しいグロッタの名物、グロッタカジノへようこそ。お客さまに必ずや満足していただける遊戯を完備していますので、この階段を上がってお楽しみくださいませ」
バニーガールに案内されながら、一行は新生グロッタカジノへと足を踏み入れた。
「ウェルカムトゥグロッタカジノ!装いも新たに、景品を増やしてお客さまをお待ちしておりました!」
魔物ではなく、きちっと正装をした男が出迎えてくれて安心していると……
「……というか、来てくれなきゃこまるんです。魔物に改造された施設や設備を修繕するだけの金がないんですよ……」
いきなり切実な裏話をされた。
「だからこの際、カジノでバンバンもうけて修繕費をかせいでやろうというワケです!ですから、めいっぱい遊んでってくださいね!」
ユリは軽く笑って、男の前を通り過ぎる。
切実な問題とは裏腹に、カジノにはたくさんの人で賑わっていた。
闘技場復活を望む声も耳にしたが、カジノはカジノでグロッタの住人から受け入れられているようだ。
「ここはスペシャルルーレットステージの観客席へ続く入り口でございますニャ。……ってあれ?」
……ニャ?強面の顔とは似合わず、愛らしい語尾が男の口から出てきた。
「と、とにかく…ここは立ち入り禁止だから通すワケにはいかないでございますニャ。……あれっ、まただ!?」
「……魔物ちゃんになった影響が残っちゃった人もいるみたいね」
くすりと笑うシルビアに、ユリも笑っては申し訳ないと思いつつ、くすっとしてしまった。彼はあのとらおとこだったらしい。
カジノ内を見て回ると、内装自体はモンスターカジノのまま活用されている。
負けてがっかりしている顔を見ると、スロットの当たりやすさは元に戻ったようだ。
「あっ、ユリ、マルティナさんから聞いたよ!ブギーを倒してくれたんだってね!」
「サイデリアさん!」
明るく声にそちらを見ると、そこにはサイデリアの姿があった。ユリは彼女の元へ駆け寄る。
「ユリにはお礼言ってなかったからさ。この町を救ってくれてありがとう!それに聞いて!ビビアンがこうして生きててくれたんだよ、ホラ!」
サイデリアの視線の先には、以前と変わらないビビアンの姿があった。
「闘士たちはね、六軍王のチカラで魔物の姿に変えられてたんだってさ!でも、元気そうでホントよかった……。魔物に変えられてたって知ったらショックを受けちゃうだろうし……かわいそうだからだまっててあげようっと」
どうやらビビアンも、魔物になったことはちっとも覚えていないらしい。
そんな彼女は……
「あら〜ん、ユリちゃんじゃない。ひさしぶり!あなたがアツ〜い応援していたビビアンちゃんよ〜ん」
「ビビアンさん、お元気そうでよかったです!」
アツ〜い応援とは語弊がある気がしないでもないが、ユリはとくに訂正しなかった。それよりも……丸テーブルに座るビビアンと彼女を取り巻く男二人には見覚えがある。
「なんか〜魔物を退治しようとしたのは覚えてるんだけどぉ……気がついたらココで飲んでたんだぁ〜。あ〜ビビアンちゃんのファンの子に会えていい気分だしぃ、いちばんお高いボトル持ってきて!今日は夜通し飲むわよぉ、オーホホホ!」
ユリとホメロスとカミュは、はっと気づいた。あの上機嫌なブラッドレディは、どうやら彼女だったらしい。
「おかしいぞ……なぜ、私はここでビビアンさまに飲み物をついでるんだろう?全然覚えてないんですよ……。でも、ビビアンさまの笑顔がこんな近くで見られるし、どうでもいいか!それじゃ、ラブリーコールいきまーす!」
……間違いない。三人は確信した。そして、確かに魔物になっていたとは彼女に言わない方がいいなと思った。
「おお、あなたは……ロウさん!」
「お久しぶりじゃのう、町長。なんじゃ前よりイキイキしておらんか」
その直後、親しげにロウに声をかけたのはグロッタの町長だった。以前、ここの町長とツテがあるとロウが言っていたのをユリは思い出した。
「どういうワケか、いつの間にやらこのステージで踊っておったのじゃ。こんなハッスルしたのはひさしぶりじゃわい。グロッタのハッスルじじい……。そう、呼ばれる日も近いじゃろうて!わっはっはっは!」
話を聞いて、呼ばれるもなにもハッスルじじいだったぞ、と心の中でつっこんだのはホメロスだ。
踊りで盛り上がっていたステージは、今も同様に賑わっていた。
「私はハンサムさまのファンだった女」
いきなり自己紹介されたが、ユリは彼女を知っている。ファンだったと、過去形で言ったように、マスク・ザ・ハンサムからエルシスのファンになった女性だ。
「彼の本当の姿に目を背けたあの日からファンを名乗るのはやめたんだけど……。……なのに、このムネの高鳴りは何!?あんなキレッキレのダンス見せれたら、またファンになっちゃうわよーキャーー!」
(ああ、エルシス……ファンがひとり減っちゃった)
ステージ場ではキレッキレに踊っているマスク・ザ・ハンサムが女性客を虜にしている。
「ああ、シルビアさん!ボクだよ!仮面武闘会であなたと組んだマスク・ザ・ハンサムだよ!」
「あら、久しぶりね!」
ステージ上から声をかけられ、シルビアはマスク・ザ・ハンサムに返事をした……が。
「わからなくてもムリないな……だって、今のボクは昔のボクよりかがやいてるもの。ようやく、魂を開放できる場を見つけたのさ!」
「?シルビア、挨拶したよね……?」
「ユリさま、アレは完璧に自分の世界に入っている男です。気にするだけ無駄というもの」
マスク・ザ・ハンサムは大きく両手を広げる。まるで、そこだけスポットライトが当たっているようにユリには見えた。
「このステージの上ならボクはありのままの姿をさらけ出すことができる。さあ、見てくれ!ボクの魂のダンスをっ!」
「あ、あのびっくりサタン」
「シルビアと踊っていた奴か」
「あのやたらハイテンションな魔物があの人だったんですね……」
「ウフフ、魔物ちゃんになってダンスに目覚めたのね!」
――そんな懐かしい顔たちとの再会だけでなく、グロッタの町に訪れた際に出会した、二人組の男の姿も見かける。
どうやら二人はずっとモタモタしていたおかげで、カジノには行かずに魔物にされなくて済んだようだ。
「魔物のウワサ話を聞いたんだけどさ。町を牛耳ってた六軍王ブギーには、すごいお気に入りの魔物がいたんだってさ。なんでも超美人の女王さまだったとか。まあ、魔物が好きになるくらいだから、きっと見るにたえないカオしてんだろうけどな……」
男の話を聞いて、同時にグレイグとホメロスはマルティナを見た。案の定、マルティナは……
「あれ?あんたのツレの黒髪美人さん……。なんでオレをそんな目でにらんでるの?ア、アニキーーこわいよぉーー!」
「さあて、こわい魔物もいなくなったし、今度こそ誰にもジャマされることなくカジノで豪遊できるぞ、ひゃっほーい!」
「マルティナ!あそこにいるのハンフリーさんじゃない!?」
不穏な空気を察知したユリは、咄嗟にマルティナにそう声をかけた。さすが、我らが勇者――グレイグとホメロスは心の中で、彼女に親指を立てた。
そこにはハンフリーだけでなく、ガレムソンの姿もあって、何故か床に倒れている。
「べっ、別にハンフリーにやられたからこうしてダウンしてるワケじゃねえからな?気がついたらこうなってんだよっ!」
あ、あの喧嘩していたアンクルホーンか、とユリは気づいた。もう一人のアンクルホーンはハンフリーだったらしい。
「と、闘士を引退したハンフリーなんかにこのオレさまが負けるワケないだろ!?断じてダウンしてないんだからなっフン!」
必死に弁解するガレムソンに、まだなにも言っていないのに……と、ユリは思った。
「あれ、君は……ユリじゃないか!助けてくれた恩人の名前は忘れないさ。それにロウさんも……。そうか、マルティナさんと一緒だったんだな」
「おぬしはすっかり元気そうじゃな」
一時期、彼は強者のエキスを口にした反動で弱っていたが、今はすっかり顔色もいい。
「気がついたらガレムソンは倒れてるし、なーんか妙にスッキリしてるんだよな。いったい、何があったんだろうなぁ?」
不思議そうにハンフリーは首を傾げている。ガレムソンと互角に殴りあっていたし(そして勝ったようだし)もしかしたら本来の闘士としての力も戻ったのかも知れないと、ユリは思った。
とりあえず、孤児院の子が心配していたことだけユリはハンフリーに伝える。
「そりゃあ早く帰らないとな。それとは別にエルシスの姿はないが、今は一緒じゃないのか?」
「うむ。エルシスはな……」
エルシスと仲がよかったハンフリーなら聞いてくるだろうと思っていた質問に、ロウが答えた。
「……そうか。大樹が落ちた混乱で……。でも、あんたたちとマルティナさんは再会できた。エルシスもきっと再会できるさ。どこかで元気にやってるだろう。なんてたって、オレが知っている中でいちばん強い男だからな!」
そう笑うハンフリーに、ユリも顔を破綻させて頷いた。
「エルシスと再会したら、近くに寄ったついでにでも、また顔を見せに来てくれと伝えてくれ。孤児院の子もこの町の住人も、チャンピオンが遊びにきたら喜ぶからな」
その言葉を最後に、ハンフリーは教会へ帰ると言った。動けないガレムソンを放っておくことはできなかったのか、彼を引きずっていくことにしたらしい。
「……お前たちと旅をしていて気がついたが、エルシスは皆に愛されているな」
「……そうだよ。だってエルシスは、私たちの勇者だからね」
グレイグの言葉に、ユリは思い出すように答えた。この旅はエルシスがこれまで成し遂げてきたことを辿っているようだ。もちろん仲間たちの手助けもあるが、皆の中心になって、引っ張ってきたのは紛れもなくエルシスだ――。
その上のスペシャルルーレットステージに訪れると、一行はベシムという男を探す。
「あの男じゃないか。少女の話にあったいかにも成金という姿だ」
「ええ、ちょっとブギーを思い出すわね」
ホメロスとマルティナの会話に、外見で人を判断するのはどうだろうか、とグレイグは真面目に思うが……
「おや?このベシムさまに頼みごとですかな?」
ユリが話しかけると、この男がベシムで間違いなかったようだ。
「……ゴリアテ。やはり、俺は真面目過ぎるだろうか」
「なーに、グレイグ。まだ気にしてたの?アナタはアナタのままでいいのよ!」
シルビアはグレイグの背中をバシンッと思いっきり叩いて、グレイグは「いてっ」と声を上げた。よくホメロスにバカ力と言われるが、ゴリアテも大概ではないかとグレイグは恨めしげに見る。
その間、ユリはベシムと交渉して、ホメロスやロウも手助けしているようだ。
「……なるほど、孤児院の女の子が欲しがっているハンフリーの黄金像をゆずってほしいと」
「はい、お金もこの通り3000G預かってます」
「ブホホホホ!そういうことなら、ボクチンとゲームをしませんかねぇ?チミがゲームに勝てば、おゆずりしましょう!」
一人称もブギーと一緒で、マルティナの表情が不快そうに歪んだ。ゲームはカジノでというので「はい」と、ユリは答える。
「ブホホッ、とてもよいお返事ですねぇ。では、ルールをご説明いたしましょう!ルールはとても簡単です!このフロアのルーレット台で、ジャックポットを当てたらアナタの勝ち!」
「ジャックポットだと……?」
ホメロスが抗議したそうに言ったが、ベシムは無視して続ける。
「ジャックポットを当てるルーレット台はどれであろうと構いません。好きな台を選ぶがいいですねぇ!」
スロットと同じように、ルーレット台も10コイン、100コイン、200コインとあるという。
「ただし……毎日ここに通ってるボクチンでも、ジャックポットにはお目にかかれていません。それだけ当てるのは難しいってことですねぇ!」
そう言ってベシムはいやらしく笑う。やっとユリはことの重要さに気づいた。
「孤児院の女の子から受け取ったお金をコインに換えて挑戦するのもよし。あきらめて持ち逃げするのもよし……アナタの自由です」
「お生憎さま。この子はそんなことしないわ」
マルティナはダンッとルーレット台に手をついて、ベシムに言った。
「その勝負、受けて立ちます」
ユリも臆すことなく、はっきりと答えた。
「……それでは、ゲームを始めましょう!奇跡的にジャックポットを当てられたら、ボクチンに話しかけるですねぇ!」
――とは言ったものの。ユリはルーレットのルールさえ知らない。まずは少女からもらった3000Gでコインを購入し、スロットのときと同じように、ホメロスからルーレットの手解きを受ける。
ボールが入る数字を予想してコインを賭ける、というルール自体はじつにシンプルだ。
「ジャックポットは特別な『大当たり』になります」
数字か宝箱に一点賭けし、ボールが入り、さらに「JACKPOT」のマークで止まるとジャックポットになる……と。
「……普通に当てるのもすごいのに、ジャックポットを当てるのってものすごい確率じゃない……?」
「単純計算で、1/1369の確率になりますね」
「……!?」
聞いたことのない数字を聞いて、ユリは目眩がしそうになった。
「ユリ、わしらも手伝おう。一人より確率が上がるじゃろう」
「アタシ、スロットよりルーレットの方が得意なの」
「あのベシムってヤツの鼻を折ってあげましょ」
ロウに続いて、シルビア、マルティナと頼もしい言葉が続き、グレイグとカミュも力強く頷いた。
一時旅を中断し、勇者一行は一致団結してジャックポットに挑む――!