外海へ出たシルビア号が目指すのは、クレイモラン大陸の北海にある光の柱だ。
「前まで船に乗って旅するなんてステキ、って思ってたけど……今はそんな気分になれないわね。早く世界を平和にして、安心して楽しい航海をしたいわ。そのためにもがんばらなくちゃね」
シルビアは操縦しながらユリに言った。そのために、まずはジャコラを倒さなければならない。
内海では出会さなかったジャコラだったが、目撃情報から、きっと外海のどこかにいるだろう。
"勇気を胸に いかずちを手に"
(預言者さま……。勇者のチカラを取り戻した今、私は戦ってみせます)
ユリはぎゅっと右手を胸の前で握り締めた。その甲には、以前よりもはっきりと勇者の紋章が浮かび上がっている。
――クレイモラン大陸に近づくほど、寒さも気にせず、カミュは甲板へと出て海を眺めることが多くなった。
「カミュ、海を眺めるのが好きなの?」
彼の隣に立って、ユリが尋ねると……
「こうして海を見ていると……オレがどこの誰なのかなんて、どうでもいいやって思えてくるんです」
カミュは視線を海に向けたまま答える。
「このまま、昔のことなんか忘れて第二の人生を楽しもうかな……なんて……冗談ですよ、冗談」
最後はユリに向けて笑って言ったが、寂しそうな笑顔だとユリは気づいた。
「……じゃあ、カミュは第二の人生を生きるとしたら、なにがしたい?」
「え……そうですね……」
思わぬユリの問いかけに、カミュは考える。楽しもうかなって言ったばかりなのに、なにも思いつかなかった。今の自分はからっぽだ。だが、ひとつ、願うのは……
(あなたのそばに、いたいです)
口に出して言えなかったので「……ユリさんはどうですか?参考にするので教えてください」そう逆に聞いて逃げた。ずるい男だと自分でも思う。
「私は……世界を旅する!」
「……それ、今と同じじゃないですか」
「全然違うよ」
ユリはくすくす笑って返した。
――世界を旅、か。
「……オレも、その旅にお供させてもらえませんか?」
「もちろん!カミュと一緒なら、楽しくなるね」
なんとなくざわついていた心は、彼女と話しているうちに落ち着きを取り戻す。それは荒れていた波が穏やかになるように。
「……ユリさんは不思議な人ですね」
「え、そうかな?元天使だからかな?」
「それだけじゃないと思いますよ」
離れることなど、思いつかない。たとえ記憶が戻らなくとも、彼女についていこうとカミュは思った――。
「雪って幻想的よね」
「寒いけど、私も雪の景色は好きだな」
マルティナの言葉に、隣でユリスフィールもその景色を見ながら頷いた。空から雪がちらちらと舞い散ると、クレイモラン大陸が近いことを教えてくれる。空気は冷たいが、波は穏やかにシルビア号を運んだ。
その波が一転、彼らに牙を向くように荒ぶる。
空は曇天になり、雨と風が吹き荒れ、嵐となった。間違いない。自然に起こったとは考えられない気象は、奴が近くにいることを意味する――
"におう…… におうぞ"
"命のにおいだ……"
「グハハハッ!!この海にまだ命があったか!」
今度は船の側面から、水飛沫を上げてジャコラは現れた。波打ち、船が大きく横に揺れる。
「……おや?貴様は、たしか前に取り逃がしたヤツか?」
「会うのは三度目だけどね……!」
自身より遥かに小さな人間を見るのに、ジャコラはぐいっとユリに顔を近づけた。ユリは臆することなくその赤い目を睨み返す。
「……まあよい。魔王さまのため、この海には命ひとつ残さぬ!ザコどもめが海の底に沈むがよいっ!」
ジャコラは赤いオーラをまとい、咆哮する。
「ぬう、マズいぞ。わしのグラウンドクロスも効かぬヤツに、いったいどうやって攻撃すれば……」
『勇気を胸に いかずちを手に』
頭の中で、思い出すように声が響いた。ユリははっと右手の甲を見ると、勇者の紋章が眩く輝いている。
「そ、その光は……!」
「そうじゃ!!勇者のチカラっ!!」
グレイグの驚き声に続けてロウが叫んだ。ユリはどうするべきか、もうわかっている。
拳を高く、空へと掲げ――
「大いなる勇気よ……いかづちとなって勇者のチカラを解き放て!!」
紋章から放たれた光が、空へと昇る。
光は紋章を描き、雷となってジャコラへ落ちる。
成人の儀式で、エルシスが初めて勇者の力を目覚めさせた時のように。
「グオオオオっ!?な、なんだこれはっ!?」
効いてる……!苦しむジャコラの身体から赤いオーラが消えていく。
「レッドオーブのチカラが解除された……!」
「でかしたぞい、ユリ!攻撃をはじく術さえ解けてしまえば、こんなヤツ、おそるるに足らんわ!」
ホメロスの言葉に、ロウは奮起してユリに言った。そして、皆を見渡す。
「……よーし、反撃開始じゃ!皆、ユリのあとにつづけっ!」
すでに全員、武器を手に取っており、自分よりも遥かに巨大なジャコラを見据えた。
「ググ……こしゃくなヤツめ、よくもやりおったな!海の藻屑にしてくれるわっ!!」
「こっちはアンタなんか海のもずくにしてあげるんだから!アリスちゃんっ!船は頼んだわよ!カミュちゃんはアリスちゃんについてあげて!」
「がってんげす!」
「っはい!」
「いくぞっ!今ならヤツにも攻撃が効くはずじゃ!」
同時に飛び出したのは素早さが高いユリとマルティナだ。
「ギガスラッシュ!」
「さみだれ突き!」
ジャコラの巨大な身体に、二人の攻撃が入る。
勇者の雷で雷耐性に弱くなっているジャコラには、ユリの技と、新たに『いなずまのやり』を装備しているマルティナの攻撃は効果抜群だった。
マルティナは船床に着地すると同時に、ユリに声をかけた。
「この武器、ちょうどよかったわ!」
ありがとう、とマルティナは伝えたあと、槍を回し、ジャコラに再び構える。
「この虫けらどもよ……!」
「こっちだ!怪物め!」
グレイグは「におうだち」し、ユリとマルティナへの攻撃を一身に受けた。
「マルティナちゃん!」
自分に「バイキルト」を唱えているユリに、シルビアはマルティナに「バイキルト」を唱える。
「ドルモーア!」
「今度こそわしの奥義を食らうがよい!グランドクロス!」
ホメロスの闇の呪文に、ロウのグランドクロスが炸裂した。
再びユリの「ギガスラッシュ」とマルティナの「さみだれ突き」が効果抜群にジャコラに入る。
「はああ!」
さらにマルティナの最後の一撃は会心となった。
「ちょこまかするな!ボミオス……!」
「うっ……」
ジャコラの呪文で、彼らの身体は鎖を巻き付いたように重くなる。
「ピオ……きゃっ!?」
シルビアは「ピオリム」の呪文を唱えようとしたが、激しく船が揺れてそれどころじゃなくなる。
「グハハハハ!」
笑い声を上げながら、ジャコラが横から船を揺らしていた。ジャコラにとっては、巨船のシルビアも子供のおもちゃ程度の大きさだ。
全員、立っていられない!
「渦巻く風よ……!メイルストロム!」
「くっ……!」
ジャコラから発生られた竜巻が彼らを巻き込む。風だけでなく雨粒が混ざり、針に刺されたような痛みだ。
「どうした、その程度か!」
「のわっ!」
無差別に吐き出したしゃくねつの火球が、ロウを襲う。
「っ、ベホマラー!」
「すまんのう」
「かたじけない……!」
ピオリムとどちらを先に唱えるか迷って、ユリは回復呪文を唱えた。
「くそ……!この雨が目障りだな」
ホメロスは濡れて顔にひっつく前髪を、手でかきあげる。雨は激しさを増し、濡れた服はさらに重く、風によって雨粒が顔に当たり、皆の集中力を妨げる。
「弱音を吐くとは、お前らしくないぞ!」
ゾーンに入ったグレイグはホメロスに言ったあと、飛び上がり、両手に握った大剣を頭上から振り降ろす。
「……フ、今のは弱音ではない!」
ホメロスは再び「ドルモーア」を唱え、二人の攻撃は同時にジャコラに打ち込まれた。
どうやら、ジャコラは闇属性も弱点のようだ。
「ならば、ユリ!わしらで合体魔法のダークデインをお見舞いしてやるぞ!」
「はい!ロウさま!」
ユリとロウは合体魔法を唱えようとするが、今度は荒波で大きく船が揺れ、二人は息を合わすことができない!
「今のでやりが……!」
倒れたマルティナは起き上がるが、大きな揺れに槍を手放してしまった。
「マルティナさん!」
「!ありがとう、カミュ!」
カミュがマルティナに槍を投げて、マルティナは槍をバシッと受け取る。
「オレも戦います!あまり戦力にはならないですが……」
短剣を逆手に握りしめ、前線に上がったカミュが言った。
「なに言ってんの。カミュちゃんはね、スピードなら仲間一だったのよ」
ピオリム――シルビアは呪文を唱える。自分たちにかかっていた「ボミオス」の効果は相殺され、カミュに速さをもたらす。
「さあ!敵を撹乱してきて!」
カミュはジャコラの手をすり抜け、攻撃を入れた。与えるダメージは微々たるものだが、目障りだったのか、ジャコラは反対の手で攻撃する。
「はっ!」
それも躱して、カミュは短剣でジャコラの腕に切り傷をつけた。
「――隙だらけよ」
ジャコラの目の前に飛び上がったのは、いつの間にかデビルモードになったマルティナだ。
秘めし悪魔の魂を呼び覚まし、さらに攻撃力が上がったマルティナの「さみだれ突き」は、
「グヌヌゥ……!」
額に生えた太い角をも砕き、ジャコラは呻き声を上げて仰け反った。
「なんだか燃えてきちゃった♡」
船底に足をつき、悪い笑みを浮かべているマルティナの顔を見て「ひえっ」と、カミュが怯えた。
「命一つ……残さん……!」
ゾーンに入ったジャコラは、同時にオーブのチカラを解き放つ!
クリムゾンミスト!!
「なんだこの、赤い霧は……!」
「気をつけろ、オーブのチカラだ……!」
「雨と霧で前がよく見えんわい」
「メイルストロム!」
竜巻が彼らを襲う。先ほどより大きなダメージに、彼らは船床に膝をつく。
ゾーンに入ったジャコラの攻撃力が増したせいか……
「グハハハ!赤い霧がお前たちの身体を蝕み、弱らせるのだ……!」
「そうか……!赤い霧の力で、私たちの受けるダメージが増しているのか……!」
ホメロスの見解は正しかった。風が渦巻いたのに赤い霧は晴れず、漂っている。
「なんちゅう厄介な霧じゃ……!今は回復優先!」
ロウは杖を掲げ「ベホマラー」を唱えた。皆の傷を癒やす呪文だが……
「雨で、血が止まらん……!」
グレイグの腕に深く刻まれた傷は回復呪文でも追いつかず、流れた血が船板に溜まった水に溶ける。
体力自慢のグレイグに今は問題ないが、これ以上血を流すわけにはいかない。
「とりあえず、物理的に止血するぞ」
「すまん」
ホメロスは衣服の布を引きちぎり、グレイグの腕を縛った。
「はああ……!」
「はやぶさ斬り!」
マルティナとシルビアが攻撃を与える。視界は悪いが、巨大なジャコラの身体に攻撃を当てる分には問題ない。……だが。
「……え?」
!?
敵からの攻撃に反応が一歩遅れてまった。頭上から降ってきた手を、シルビアは咄嗟に剣で受け止め、押し返そうと力を込める。
「ぐぬぬぅ……!」
「このまま押し潰してやる!」
「誰がっ、潰されるもんですか……!」
シルビアの口から低い声が出た。僅かに押し返した時「ハァ!」マルティナがジャコラの手を蹴り上げ、払い除ける。
「大丈夫?シルビア」
「マルティナちゃん、惚れ惚れするわ〜!」
デビルモードで能力が上がっているとはいえ、さすがだとシルビアはマルティナを称賛した。
「……あら、雨が止んだわね」
ぱた、と雨が止んだのにマルティナは気づく。風も落ち着き、波も穏やかになっていく。
――ユリだ。
跪づき、両手を組んで天に祈っている。彼女の祈りを天は聞き入れ、この嵐を収めてくれたようだ。
「さすが、ユリさまです。これで先ほどより安定して動けます!」
「前にやってみたら成功したから、試してみたんだけど、うまくいってよかった!」
以前、リーズレットの吹雪を止めたことを思い出してだ。
「余計なことを……!」
「あうっ!」
「ベホマ!」
ジャコラはユリにしゃくねつの火球を吐いたが、待機していたロウがすぐさま回復呪文を唱える。
「ユリさん、大丈夫ですか!?」
「これぐらい大丈夫だよ!ロウさまが回復呪文を唱えてくれたし」
カミュの言葉にユリは笑顔で答えた。赤い霧によってダメージは増幅したが、その攻撃によってユリはゾーンに入る。
その背中の翼を見て、ロウははっと思い付いた。
「ユリ!空からじゃ!」
「!」
――デビルモードを解除したマルティナは、グレイグとホメロスに呼びかける。足場が安定し、仲間と息を合わせやすくなった今。
「二人とも、いくわよ!」
「はっ!」
「我らデルカダールの絆のチカラを見るがいい!」
マルティナ、グレイグ、ホメロスの連携だ。
「デルカダールブレイズ!」
グレイグとホメロスは剣をクロスさせ、それぞれの切っ先に力が集まる。
「「姫!」」
二人は剣をマルティナに向けて、力を託す。
二人の力は白く輝く二つのオーラとなって、マルティナの両脚に宿った。
「はあああっ!」
連撃攻撃だ。マルティナの輝く両脚から凄まじい蹴りが繰り出された。
「グガア……っ!」
計10回のダメージをジャコラに与える!
「っ、これでもまだ倒れないなんて……!」
「ジャコラはあの巨体故、六軍王随一の体力を誇る魔物……!」
「ならば、尽きるまで攻撃の手を止めるなっ!」
グレイグは気合いを入れ直すように、再び大剣を握り直して構える。
「よく言ったわ!グレイグ!」
「皆さん、赤い霧が晴れます!」
武器を剣から鞭に変えたシルビアに、短剣を握るカミュが叫んだ。
赤い霧がやっと消え去ろうとした、直後。
「海の上じゃ、お前らは虫けら同然だ!!」
彼らを海に振り落とすごとく、ジャコラは激しく船を揺らす。全員が体勢を崩して、船にしがみつくので精一杯だ。
「これじゃ……っ、まともに戦えないわ!」
「呪文も唱えられんぞ……!」
「皆、船から振り落とされるな!カミュ、捕まれ!」
――翻弄されるちっぽけな人間たちを見て、ジャコラは高笑いを上げていた。
しかし、その声は苦痛の声に代わり、船から手を離し、揺れも収まる。
空から雷が落ちるがごとく、稲光を纏う矢がジャコラに刺さった。
天使の羽根を羽ばたかせ、宙に留まるユリは、再び矢を下に向けて構える。
勇者の聖なる雷の呪文との合わせ技――雷の矢を再び放った!
「ユリちゃんって飛べたの……!?」
「なんと神々しい……」
「ユリ!わしの魔力をありったけ持っていけ!」
……ありがとう、ロウさま!
ゾーンになって天使の力が戻っても、膨大な魔力に維持できない翼は、ロウの特技「MPバザー」で魔力を分け与えることによって解決した。
それでも限界はある。いや、その間に決着をつける!
ユリは雷の矢を放ち続けた――ジャコラが倒れるまで!!
「おのれぇ……忌々しい天使の生き残りか!」
「よそ見は厳禁よ!」
シルビアの「スパークショット」が火を吹き、眩い光にジャコラはくらくらする。
「俺たちもユリに続くぞ!!」
グレイグを筆頭に、四方からの仲間たちの猛攻だ。
「メイルストロム!」
「赤い霧がなければ、その程度の攻撃、アタシの踊りで挽回できるわ!」
ゾーンに入って魅力が上がったシルビアのハッスルダンスは効果が倍増する。
「みんな!もうひと踏ん張りよ!」
ラッパの音が船上に響いた。皆の傷を癒やし、元気を与えた。
「おや、私もゾーンに入ったようだ」
ホメロスがゾーンに入ると、攻撃魔力、すばやさ、呪文暴走率が上がる。
「ユリさま!あなたにさらなる力を……バイキルト!」
ホメロスの魔力が暴走し、唱えた「バイキルト」はユリの攻撃力を大幅に上げた。
「覇海軍王ジャコラ……」
矢に添えるユリの指先から魔力が伝わり、矢は聖なる雷の力を宿す。
「美しい海を返してもらう……!」
静かな怒りを含み、ユリの意思と共に、海を汚した魔物への天罰の矢は放たれる。バチバチと音を立て、空気を揺らし、矢は一直線に落ちていく。
まるで、神々の怒りが地上に落ちたように。
聖なる雷の矢はジャコラを貫き、その身を焼き尽くした。
「ウオオオオオオオ、こ、このジャコラさまが破れるはずが……」
ユリの背から白い翼は消え去り、船底にとん、と足がつく。自身の魔力もロウの魔力もすっからかんだ。
「あのいかずち……!」
身体から邪悪なオーラが漏れ出す中、見下ろすジャコラの目はユリを捉える。
「まさか、貴様は……勇者っっ!?」
ユリはじっと見返すだけでなにも答えない。ジャコラは手を伸ばし、天を仰ぐ。
「ウ、ウルノーガさま……!!勇者が復活を……」
最後まで言葉を発することができず、ジャコラの身体から邪悪なオーラが破裂し、そのまま消え去った。
曇天だった空から光が射し込み、きらりと赤く光る。
空からゆっくり落ちてくるのはレッドオーブだ。ユリは両手を差し出す。
ユリはレッドオーブを取り戻した!
「わはは!あんなヤツ、真の勇者となったユリの敵ではないわ!これで、海の脅威は去ったはずじゃ!」
「ロウさまが魔力をくれたおかげです」
「天使になったユリちゃん、ステキだったわ〜!」
「女神と見間違えるほどの凛々しいお姿でした」
両手を顔の横で組んでうっとり言うシルビアに、同じように続くホメロス。他の者たちも同意するように頷いて、ユリは照れくさそうに笑った。
「これで、半分のオーブを取り戻せたね」
自身の手にある神々しいほど美しく輝くレッドオーブを見つめる。……同じように、じっと見つめるカミュの視線にユリは気づいた。
「カミュ、もしかしてなにか思い出せそう?レッドオーブはカミュに関わりのあるものだけど……」
「あ、いえ、ちょっと気になる気がしたんですが……この宝玉、オレと関わりがあるんですか?」
「そういえば、レッドオーブは我がデルカダールの秘宝として、カミュが盗み出したものだな」
「グレイグ」
マルティナが静かに彼を窘めたが遅かった。グレイグの話にカミュは絶句し、次の瞬間には「すみません!」と頭を下げて謝る。
「こちらこそ悪かった。決して責めているわけではなく、もういいんだ。結果的に勇者の旅に必要なものであったし、もし、お前になにか欲した理由があったのなら気になっただけで……」
「……すみません。何も思い出せそうにありません」
お互いに申し訳なさそうなグレイグとカミュに、マルティナは呆れたようなため息を吐く。
「さあ、まずは先を急ごうぞ」
一番の年長者であるロウが、空気を変えるように言った。
「このような魔物が二度と現れぬよう、一刻も早くウルノーガを倒さねば。幸いにもウルノーガはユリが勇者となったことに気づいてないようじゃ。今のうちにヤツを倒す手がかりを見つけるぞ」
ロウの言葉に全員がしかと頷いた。アリスが船を操縦し、覇海軍王ジャコラの驚異がなくなり平穏が訪れた海を往く。
「ジャコラ……妙な術を使う難敵だったわ。あのような魔王の配下が各地にいるとしたら、さっさとそいつらを倒さないとね」
ジャコラを倒したものの、まだ手放しでは喜べない。ユリもマルティナに同感だった。
「グロッタで姫さまを苦しめていた魔物も、最後の砦を襲っていた魔物も、たしか六軍王と名乗っていたな……」
グレイグはそこでぎゅっと拳を握り締める。
「……気に食わん!残りの六軍王すべて、俺がこの手で成敗してくれる……!」
六軍王はオーブと同じく残り三体だ。その内の一人は……
「……私は、六軍王の一人であり、私の負の感情から生まれたあの魔物を倒さねばならない。しかし、今頃あいつはどこでなにをしているのか……」
ホメロスは気がかりだと、浮かない表情で言った。
「…………」
同じように考え込んでいるカミュに、ユリは話しかける。
「……あ、ユリさん。ユリさんの勇者の技を見て思ったんです。さっきのレッドオーブも気になったんですが、どうも勇者というのがオレにとって大事だった気がして……でも、やっぱり思いだせないみたいです」
「ううん。今はそう感じるだけで十分だよ」
ユリは優しく微笑んで言った。カミュにとっても、エルシスにとっても、二人はよき相棒だ。気にかかるということは、きっと心の奥底でその思い出が眠っているのだ。
カミュの中に失われていないとわかっただけで、ユリは嬉しかった。
改めて、海を見渡す。
「ユリちゃんの勇者のチカラと天使のチカラのおかげで、海を支配してたジャコラもやっつけられたし、これでキレイな海もきっと戻ってくるわ」
シルビアがユリの隣に並んで、笑いかけて言った。
「うん。心なしか海が穏やかに見えるね」
シルビアの言葉に、ユリもふっと笑顔を見せて答えた。空も風も、波も……今はもう荒々しさはない。
「魔王の配下、ジャコラを討伐したことで、海から感じていた禍々しさが消えたな。ヤツの支配から解放された証だろう」
グレイグも海を眺めながら、二人の会話に混ざって言う。
「きっと、海沿いの港町や漁村に住まう民もよろこんでいるにちがいないぞ。気が向いたら、立ち寄ってみるのもよいかもな」
「……海と言えば、海底王国は大丈夫かしら?旅のついでに海底王国にも寄ってみない?」
「そうね。私もセレンさまやロミアたちが心配だわ……」
シルビアの言葉にマルティナも憂いて言った。ユリもはっと気づく。ジャコラの驚異がなくなった今、人魚や海の民たちも海底王国に戻ってくるかも知れない――。
「ユリ姉さん!北海の光の柱が見えたでげす!」
彼女たちのことを考えていると、ちょうど光の柱がユリの目に映った。
海の底から空に向かう光の柱の中に船は入る。
「じゃあ……奏でるね」
ユリはマーメイドハープを取り出すと、そっと指を玄に重ねる。
以前エルシスが言っていた通り、指が勝手に動き、美しい音色を海に奏でた。