黄金病

 エッケハルトと大臣は歩きながら、真剣に話し込んでいた。
 きっと、黄金病に関してのことだろう。
 大臣から顔を前に向けたエッケハルトは、そこでユリの存在に気づく。

「おおっ、ユリさんではないか!ひさしぶりじゃな。こうしてまた会えて何よりじゃ。もうシャールさまにはお会いしたのか?」
「はい、先ほど黄金病についてのお話をシャールさまから聞いて、これから調査するところです」
「それは頼もしい……ん?」

 エッケハルトはユリの隣に立つ、ホメロスの存在にも気づいた。そして、古き友人に会ったかのような表情で、親しげに話しかける。

「ホメロスくん!おお、何年ぶりじゃろうか!元気じゃったか?なんだ、君もユリさんたちと一緒に行動しておったのか」
「エッケハルト殿、ひさかたぶりです。エッケハルト殿もお元気そうで何よりです」

 どうやら二人は知り合いのようだ。不思議そうに二人を交互に見ていたユリに、エッケハルトが説明する。

「ホメロスくんは、昔デルカダール王の紹介でクレイモラン国に魔法を学びにきておってな。熱心に古代図書館で勉強し、それは優秀で真面目な少年だったのじゃ」

 誇らしげに話すエッケハルトとは反対に、ホメロスの顔は申し訳なさそうになっていった。その後、自分がこの国にしてしまったことを考えてのことだろう。

「エッケハルト殿……私は、この国で魔法を学ばせてもらったことを感謝しております。毎日、新しいことを知り、充実した日々でした。身に付いた知識は今の私のチカラとなってます」
「なんじゃ急に」
「なのに、私は――……」

 ホメロスは、自身がこの国に対して行ったことを包み隠さず話した。
 自らの身勝手さで、リーズレットの封印を解いたと。
 エッケハルトは信じられないという顔をしながらも、ホメロスの話を黙って聞いていた。隣の大臣は驚愕している。

「恩を仇で返すとはまさにこのこと……。私はあなた方に、クレイモランの国民たちに……謝っても謝りきれないことをしました」

 ホメロスはあまりにも自身を取り繕わず話すので、慌ててユリは「魔王ウルノーガに闇の洗脳をされて人格が負に染まり、正気ではなかった」と、横から弁護する。
 だが、巻き込まれた国の者たちからしてみれば、ホメロスの行いは決して許させることではないだろう。
 ユリもそれはわかっている。それでも、今はホメロスは大切な仲間の一人だ。

 肩を震わせるエッケハルトは……

「善良な者に悪意を植え付けるとは、なんという卑劣な行いを……!魔王め!わしは許さんぞ!」

 魔王への怒りを叫んだエッケハルトに、ホメロスもユリも呆気に取られた。

「ホメロスくん、確かに君がしでかしたことは過ちだ。どんな事情があろうと、人によっては君を許さない者もいるじゃろう。だが、私は本当の君を知っている」

 エッケハルトは、ホメロスをまっすぐ見つめて話す。

「君が必死に学んでいたのは、他でもない自国のためだった。デルカダール王の期待に応えるべく、日夜勉学していた姿を私は見てきている。その知識を過ったことに使ってしまったのは残念じゃが……これから挽回すればいい」

 そして、ホメロスの肩にぽん、と優しく手を置いた。

「人は誰しも弱い……。だが、やり直せると私は信じておる。何故なら、その心があるからだ。のう、大臣?」
「へっ?」

 急にエッケハルトから話を振られて、大臣の口からすっとんきょんな声が出た。

「む、むう……難しい問題じゃな。だが、リーズレットが許されているのだから、おぬしもそこまで自分を責めなくてもよいのではないか?氷漬けの件は民に話し、民からは非難もあったが、今はもう終わった話じゃ」
「シャールさまにはもう話したのじゃろう?なんておっしゃっていた?」
「シャール王女には……」

『私にあなたを裁く資格はありません。何故なら、私はリーズレットを許し、彼女とかけがえのない友人になったからです。もし、ホメロスさんに私から言うことがあるのなら、リーズレットを封印から解放してくれて、私に出会わせてくれてありがとうございます』

「逆に礼を言われてしまいました……」
「さすが、我が国の王。シャールさまらしい」

 ホメロスは戸惑っていたが、エッケハルトと大臣は眉を下げて笑った。ユリもさすがにシャールがお礼を言うとは思ってなかったので、同じような笑顔になる。
 
「女王が許されているのに、なおさら我々がおぬしを咎めることはせん」
「……まことに、申し訳ございませんでした」

 最後にホメロスは二人に頭を下げて、この話は円満に終わり、ユリはほっと安堵した。次いで、話は黄金病に戻る。

「黄金病について私も調べているのだが、それらしき記述はどの本にもしるされておらんかった。これはあくまで仮説じゃが……。黄金病は邪悪な何者かが、なんらかの意志で新しく生みだした病なのかもしれん」
「邪悪な者……」
「……」

 もしかしたら、六軍王の一人かも知れないとユリとホメロスは同時に考えた。

「黄金病という難局を打開するため、ワシらも対策を練っているところじゃ。……しかしな、大きな声では言えんが、原因も治療法もサッパリわからんのじゃ。女王さまも民も救えず、情けない限りじゃよ」

 大臣もお手上げというように、がっかりして言った。ユリはリーズレットに会ってみると、二人と別れる。

「もう、こんな時間なのね。仕事仲間のひとりがそろそろお城に来る頃だわ。その人、もうおばあちゃんなのに、こんな時でも仕事を休まないのよ。仕事熱心で感心しちゃう」

 先ほどのシャールと幼馴染みだというメイドは、そう言って忙しなくユリの前を横切っていった。

「……ユリさま。ありがとうございます」

 直後、並んで歩いていたホメロスは、控えめに口を開く。

「先ほどは、私を庇っていただいて……」
「ううん、ホメロスはあまり自分を責めすぎないでね。いちばん悪いのは、人の心を悪用したウルノーガなんだから」

 ユリが微笑むと、ホメロスの表情も柔らかくなった。いつも気を引き締めている表情よりも、今の表情の方がずっといいとユリは思う。

「シャールさまから連絡は受けている。もし、地下に行く用事があるなら、この先にある昇降機を使ってくれ」

 兵士に案内され、ユリたちは昇降機に乗り込んだ。別名、エレベーターというものらしく、確かエルシスが便利だと言っていたのをユリは思い出す。
 乗っているだけで地下に着いて、さすが魔法都市クレイモランの便利なカラクリだ。

「現在、この先の牢屋には氷の魔女リーズレット女史が捕まえられているであります。この城の牢屋は古代の魔法技術が使われており、たとえ氷の魔女といえども、簡単には抜けだせないのであります」

 地下を警備する兵士に連れられ、ユリとホメロスは牢屋へと足を運ぶ。
 そこには――……まるで鳥かごのような檻の中で、退屈そうにベッドの上に座るリーズレットの姿があった。

「食事の時間でもないし……お客さんかしら?フフ、その聖なる魔力……前より強くなっているわね」

 宙に向けて話していたリーズレットは立ち上がる。ユリの顔を見ると、彼女は微笑んだ。

「ユリ、よく来てくれたわ。フフフ、警戒しなくても大丈夫よ」

 牢屋に入れられてもなお、悠々とした立ち振る舞いは以前と変わらない。

「私は今回の件とは無関係だから――」

 微笑を浮かべて話すリーズレットだったが、そこで息を呑んだ。……ユリの後ろに立つ、ホメロスの存在に気づいて。

「え、ちょっと……どうしてここにあの人がいるの!?まさか、私を助けに……」
「いや、違う。リーズレット、まずは私の話を聞いてくれ」

 きっぱり否定してから、ホメロスはリーズレットに事情を話した――。

「……ふうん。この子が勇者に……。それで、あなたが御守りをしているってわけね」
「御守りではない。とにかく、そういうわけで……お前を利用して悪かったな」
「あら、イイ男に利用されて悪い気分じゃなかったわよ。それに、私を本から自由にしてくれたしね。……って言っても、また不自由になっちゃったけど」

 最後は肩を竦めてリーズレットは言った。
 
「シャールさまから聞きました。仕方なくあなたはここに入れられたと……」
「私が魔女だからって失礼しちゃうわよね。……まあ、私を疑う気持ちも理解できるし、しばらくは捕まっていてあげるつもりよ」

 大したことないと笑ったリーズレットは「……それより、ユリ」表情を戻し、真面目な声で話す。

「黄金病について、伝えたいことがあるの。あれは単なる病気じゃないわ。邪悪で強大な、何者かの魔力を感じるのよ。ある種の呪いに近いとも言えるわね」
「呪い……だから私に……」

 リーズレットは真剣な表情のまま頷く。

「その者のチカラは強く、私では手におえない。おそらく、あらがえる可能性があるのは呪いのエキスパートである天使……元天使のあなただと思ったの」

 確かに、呪いを解くのは天使の得意分野だ。だが、今の半端な自分にできるのだろうか……ユリに不安が過る。

「魔女である私が願うのもおかしいけれど、私の友達、シャールのことを助けてあげて。……頼んだわよ、元天使の勇者ユリ」
「シャールさまもあなたのことを心配されてました。――リーズレット、まかせてください。二人の願いを叶えるためにも、解決を急ぎます」

 リーズレットはユリの力強い言葉を聞いて、くすりと笑った。

(……上出来な返答よ。新米勇者さん)


 ユリとホメロスは上に戻ると、ロウとカミュが二人を待っていたようだ。


「ユリさん、心配かけてすみません。休んだら、少しよくなりました」
「カミュ、よかった。顔色もちょっとよくなったみたい」
「して、ユリとホメロス。リーズレットからの話はどうじゃった?」

 ユリは、リーズレットから聞いた話をロウに伝える。

「なるほど、呪いか……。どうやら、ただの疫病ではなさそうじゃな。シャール殿の計らいで町の者たちから話を聞けるようになったし、皆と合流することにしよう」


 四人はクレイモラン城を後にし、城の手前にある大広場で別行動していた三人と合流する。


「ロウさまたち!何か、わかりましたか?」
「うむ、それがのう……。詳しくはわからんが、シャール殿とリーズレットの話では……」

 マルティナの問いに答えるロウの目に、歩いている老婆の姿が映る。シャールからの伝達はいっていると思うが、相変わらず城下町に人気はない。

「おお、そこ行くご婦人。よければ、わしらに話を聞かせてくださらんか?」

 貴重なクレイモランの住人に、ロウは気さくに声をかけた。
 彼女は城に赴くところだったらしい。きっと、シャールの幼馴染みのメイドが言っていた仕事仲間とは、彼女のことだ――とユリは気づく。

「なっ、なんだい、お前さんたちは?こんなとこでボサッとして、身体が金になっても知らないよ!」

 不信感を露にする彼女は、一行をじろじろ見ながら言った。その視線が不意に止まったかと思えば、驚きに見つめている。

「……ちょっとお待ち!お前さん、もしかしてカミュじゃないか!?」

 その言葉に、今度は皆の視線が一斉にカミュへ集まった。

「オレのこと、知ってるんですか?」
「はあ?お前さん、忘れちまったのかい。知ってるも何もお前さんは……」

 老婆の言葉は、そこで不自然に止まる。

「……うぐっ!?」

 そして、突然胸を押さえて苦しみだした。彼女の身体の回りには、瘴気と共に金粉が漂っているが――ユリには見える。

「う、ううう……そんな、これはまさか……?」
「ちょっとおばあちゃん!どうしちゃったの!?」
「シルビア、近づいちゃだめ!」

 彼女に触れようとしたシルビアは、ユリの制止に慌てて手を引っ込める。

「……うぐぐ。ついにあたしまで感染しちまったっていうのかい!?」
「……闇より生じし呪いよ、清浄なるチカラを持って……」

 ユリは「呪い祓いの聖言」を唱えるが、呪いの進行は止まらない。

「……うう、うあああああああっ!!?」

 …………!!

「そんな……」
「……なんてこと。これが黄金病だというの?」

 老婆の身体は黄金に変わり果ててしまった。

「アタシたちの目の前で、おばあちゃんが金の塊になっちゃうなんて……」
「あ、ああ……うああああ……!」
「カミュ!?」

 愕然とする場にカミュの呻き声が響く。ユリの目に、地面に膝をつき、頭を抱えているカミュの姿が映る。

「ちょっとどうしたの?カミュちゃん?」

 シルビアは今度こそカミュの身体に手を伸ばした。ユリもそばに駆け寄り、その身体に触れる。……呪いではない。カミュはなにかに怯えているようだ。

「…………カミュ?」

 その名を呼んだ第三者の声に、はっと皆はそちらに顔を向ける。

「声を聞きつけ来てみれば、まさかキミがいるとは……」

 身に纏う濃い紫の法着は、男が神父だという証だ。

「おぬし、カミュのことを知っておるのか?わしらは旅の仲間なんじゃが、今、こやつは記憶を失っておってな……」
「なんと、そのようなことが……」

 神父は静かに驚きながら、次いで一行に言う。

「私が知るカミュのことをお話ししましょう。彼が落ち着いたら、城下町の正門そばにある私の教会にいらしてください」

 神父は軽く頭を下げて、一足先に教会へと戻っていた。
 カミュは先ほどより落ち着いてはいるが、浅い呼吸を繰り返しているようだ。
 ユリは立ち上がると、苦しげに手を伸ばす老婆に近寄り、話しかける。

「救えなくて、ごめんなさい……」

 返事がない。ただの黄金の像になっているようだ……。

「キミも黄金病のおそろしさがわかっただろ。黄金病に対して、ボクたちは何もできない。……情けないけど、これが現実なのさ」
「またしても、黄金病の犠牲者が増えてしまった。ああ、この闇におおわれた世界で、我ら兵士はなんと無力なのだろう……」

 騒ぎに駆けつけた城の門番の二人は、黄金の像を見て、諦めの声で話す。二人の話しに引っ張られ、ユリも無力感に苦しくなってしまう。

「人間が黄金になってしまうとは、なんという悪質な病だ」

 ユリの隣に来てグレイグは言った。黄金の像に成り果てた老婆に、無念の目を向けている。

「それにしても、病気についてはくわしくないが、黄金病なんて病名は聞いたことがない。……これも、大樹が落ちた影響なのだろうか?」
「病気じゃないよ、グレイグ。これは……呪い」
「やはり……ユリさまが言うのなら間違いありませんね」

 反対側にホメロスが並んで言った。リーズレットの言った通りだ。邪悪で強大な魔力による呪い。ユリが唱えた呪い祓いも効かなかった。
 元に戻すには、きっと根源を倒すしかない。メルトアの時のように……。

「あの人に会えば、オレの過去が……」

 静かになった場に、カミュの掠れた声が耳に届きユリは振り返る。

「ユリさん。オレを、そこに連れていってくれませんか……」

 覚悟を決めた目で見つめられる。カミュの言葉に、ユリは無言で頷いた――。


「神父さまからお話は聞いております。あの方は礼拝堂の奥にある、あちらの部屋で皆さんをお待ちになられていますよ」

 教会へ訪れた一行をシスターは快く迎え入れ、揃えた指先で神父が待つ部屋を指し示す。

 室内には、黄金病から避難していた人たちもいるようだ。

 外観も美しい教会だったが、礼拝堂もステンドグラスや暖かみがあるランプが吊るされていたりと、違わず美しい造りであった。
 ついついほぅと眺めてしまう一行に、ユリは壁に飾られた一枚の絵に目を引き寄せられる。

(天使の絵……)

 白い翼と浮世離れた美しさを持つ天使が、微笑を浮かべ、地上に降り立った姿が描かれた絵だ。

「この絵……知ってる気がします」

 ユリの隣にそっと立ったカミュは、その絵をじっと見つめて言った。

「やっぱりカミュちゃん、ここに来たことがあるのかしら……」
「神父殿に詳しく話を聞いてみよう。きっと、わかるはずじゃ」

 礼拝堂の奥にある部屋に訪れると、神父は穏やかな顔で一行を出迎えた。

「よく来てくださいました。カミュ……キミも元気そうで何よりだ。最後に見てから5年ぶりくらいだろうか」
「……5年前。それまでオレはこの町に住んでいたんですか?」

 そのカミュの問いに、神父は首を横に振ってから答える。

「かつて、このクレイモランの城下町は、北海で活動するバイキングの寄港地でね。以前は交流も盛んに行われていたんだ」

 そこで神父は言葉を切って、カミュをじっと見つめて告げた。

「……カミュ。当時、キミはそのバイキングの手下だった」

 ――バイキング。驚く声が次々と口から漏れるなか、

「オレが……バイキング……?」

 カミュは呆然とその単語を繰り返した。

「盗賊カミュの出自は、我らデルカダール王国がいくら調べても謎だった……。だが、まさかバイキングの生まれだったとは」

 皆の一番後ろでグレイグが言った言葉に、すぐさま神父は訂正する。

「いえ、生まれに関してはなんとも……。カミュは幼い頃、彼の妹とともにバイキングに拾われ、育てられたようでした」
「妹さんが……」

 カミュには妹がいたことは、ユリも初めて知る事実だ。

「それが幸せだったのかはわかりません。彼と妹はかなり過酷な生活を強いられていたようでしたし」

 神父はユリに顔を向けて、続ける。

「実際、ある日、彼の妹が亡くなったというしらせを受け……その日をさかいに彼もまた姿を消してしまったのです」
「……やめろ」
「神父として彼らを救えなかったことは、心残りとして私の中に残り続けました。ですから、彼がこまっているなら今こそ……」
「やめてくれっ!!」

 神父の話を拒絶するように、カミュは叫んだ。空気がぴりぴりと揺れる。

「……しばらく、ひとりにしてください」
「あ……」

 その言葉と共にカミュは踵を返す。ユリが声をかける前に、バタンと目の前でドアを閉められてしまった。
 ユリの伸ばした手は宙に止まったまま。
 一瞬、迷いを見せたユリだったが、次の瞬間、部屋を飛び出す。

「ユリさま……!?」

 独りにしてほしいと言われても、今のカミュを放っておくことなんてできない――。
 ユリも部屋を出ていき、戸惑う皆に神父は話す。

「すみません、彼の気持ちも考えず……。皆さん、カミュを頼みます。私も後から追いかけますので」


 ――ユリが教会の外に飛び出し頃には、すでにカミュの姿はどこにも見当たらなかった。
 気づけば空から雪が降っており、積もった雪に出来た足跡を追いかける。

「わっ」
「おっと、お嬢さんごめんよ」

 ずっと足跡を目で追っていたので、放り投げられた雪の塊に気づかず、ユリは驚きの声を上げた。

「黄金病がどうあれ、降りつもる雪は待ってくれないからねー。こうして、定期的に雪かきをしてるんだよ」
「あ、あのっ、男の人が……どこに行ったか見ませんでしたか?ツンツン頭で青髪で……」
「ああ、その人ならこの裏門からつらそうなカオをして出ていったよ」
「ありがとうございます!」
「あの先には海を見おろせる高台くらいしかないんだが……。いったいどうしちまったのかねー?って、行っちゃった」

 ユリは積もった雪に足を取られながら、カミュのだと思われるまだ新しい足跡を追う。

 走って、入ってきた冷たい空気に肺が痛む。

 それでもユリは走ることを止めず、必死にカミュを探した。

 ……いた!

 海を見下ろせる高台に立ち尽くすカミュは、海を眺めているようだった。

「カミュ……うわぁっ……!」
「!?ユリさんっ、大丈夫ですか!?」

 坂を駆け上がろうとしたら、片足が雪にずぼっと埋まり、そのままユリは顔面から積もった雪にダイブした。
 慌ててカミュはユリに駆け寄り、起き上がろうとする彼女の手助けをする。そのまま服についた雪を払ってあげていると……

「うぅ……ごめん、カミュ……」

 申し訳ないというような、情けないというような。そんな混じった声が聞こえてきて、カミュは顔を上げた。
 その顔を見て……カミュはふっと顔をほころばせてしてしまう。

「ユリさん。頬も鼻先も、赤くなってますよ」

 冷たくなったユリの頬を、暖めるようにカミュは両手で包んだ。息も上がっている。自分を心配して、ここまで走ってきてくれたのだとわかった。

 どうしようもなく、カミュは愛おしくなる。

 そのまま頬に残っている雪を親指の腹で拭い、髪にかかっている雪も撫でるように払い落としてあげた。
 最後に……鼻先に残った雪をちょんっと指先で落とすと、恥ずかしそうにその目は泳ぐ。


 ああ、オレは、この人が好きだ――。


 今すぐ、雪のように降り積もったこの想いを伝いたい。
 きっと、記憶を失くす前の自分も彼女のことが好きで、失くしてもまた同じように好きになった。

(でも、オレには……決して赦されないことだ)

 心の奥底に眠る獣がそう言っている。自分が犯した罪もなにもかも忘れておいて、甘い感情に浸るな……と。

 だから、カミュは自分の気持ちに蓋をする。

 まるで凍らせるように――いつか、解ける日がくることを、願って。

「……ユリさん。すみません、急に飛びだしてしまって。でも、オレ……」
「きゃああああああーーーっ!」

 カミュの声を遮るように、城下町の方から悲鳴が聞こえた。はっとする二人の目に映るのは、海の向こう――白い靄の中から現れた、一隻の船だ。

「あいつらは……!まさか……!」
「カミュ、なにか知って……」
「う…うう……。アタマが……!」

 再びカミュは頭を抱えて、呻いた。苦しむ彼に、どうしたら助けられるのか、ユリにはわからない。

「カミュ、大丈夫だよ!私が……っ」

 声をかけ、寄り添うことしかできない――。

「ユリ!」
「ユリさま!」
「ユリちゃん!」
「みんな……!」

 そこに、仲間たちが走ってきた。

「ユリ、港に接近する船を見たか?先ほどの叫び声といい、ただごとではないぞ」

 港の方を指差し、白い息を吐きながらグレイグはユリに言った。

「でも、カミュが……っ」
「カミュのことは私にまかせてください。あなたたちは港の方へ!」

 仲間たちの後ろから現れた神父が、カミュに駆け寄る。ユリは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、仲間たちと共に港の方へ向かった――。


 ――……


「あれは……バイキング船?しかし、乗っているのは黄金の魔物とは、いったいなにがどうなってるでげすか……!?」

 シルビア号からその光景を目にし、アリスは驚愕していた。
 どこからか一隻の帆船が現れたと思えば、クレイモランの港へと停泊し、次から次へと黄金の骸骨兵士が降りていく。

「この世のすべての黄金は!偉大なる六軍王がおひとり、鉄鬼軍王キラゴルドさまのものっ!」

 先頭を歩く黄金兵が、剣を掲げて叫ぶ。

「さあ、野郎ども、シゴトの時間だ!宝石だろうが人間だった黄金像だろうが、この町のお宝をねこそぎ奪いとれ!」

 仲間の黄金兵から、けたたましい笑い声が上がった。

(魔物たちは城下町に向かっていくでがす……!)

 シルビア姉さん、ユリ姉さん、皆さん!
 どうか、お気をつけてくだせえ――!
 

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