波音を立てぬよう、一行を乗せた小舟はバイキングの船着き場に静かについた。
横に停泊している帆船は、カミュを連れ去った船で間違いない。
「……ここに一度来たときは、カミュちゃんと関わりあるなんて思ってもみなかったわね」
「うん、カミュもそんな素振り見せてなかったし……」
エルシスがバイキングのアジトへカミュを誘った際は、珍しくそっけない態度を取ったな、と少し引っかかりはしたが……。
鍾乳洞のようになっている道を、警戒しながら一行は進んだ。
道なりに進むと、やがてアジトへと続く扉にたどり着く。その向こうから聞こえてくるのは、陽気な笑い声だ。
ホメロスは人差し指を唇に当て、皆に合図をしてからそっと扉を開ける。
その隙間から中を覗くユリは、真っ先にカミュの姿を探した。
(――いた!)
奥にある牢屋に、カミュは閉じ込められていた。
「がははっ、野郎ども、ラム酒の用意だ!思わぬお宝が手に入ったからな。キラゴルドさまもおよろこびになるだろう」
「ヤイサホ、エイサホー!」
お宝と酒で盛り上がる姿は、バイキングの者たちそのものだ。不意に黄金兵長はカミュの牢屋に近づき、ユリはいつでも突撃できるように身構える。
「それにしても、キラゴルドさまご指定のブツが、こんなあっさり手に入るとは運がいいぜ。コイツを貢げば……ふふふっ……」
キラゴルドさま、ご指定――?その言葉に全員、訝しげな顔を見合わせた。
とりあえず、彼らはカミュに危害を加える気はないらしく、そのまま酒盛りを始める。
「……これ以上、情報は得られそうにないな」
「ならば、やることは一つだろう」
潜めた声で話すホメロスとグレイグの会話に、皆も頷く。
次の瞬間、一行は扉を開けて突撃した。
「なぬっ、キサマらどうしてここに!?……いや、待てよ」
黄金兵たちの笑い声がぴたりと止むなか、黄金兵長は彼らを目にして、なにかに気づいた。
「そこの女……ひょっとして、勇者エルシスの仲間か?」
黄金兵たちもユリの顔を見て、はっと気づき、次々と声を上げる。
「エイサホー!言われてみれば、手配書の女の絵にウリふたつ。間違いない、こいつ、エルシスの共犯の女ですぜ」
「エイサホー!黄金城のキラゴルドさまに急いでおしらせしなければ!きっと、エルシスも近くにいるはず!」
「黄金城?そんなものがこの地にあるんか?」
「どうする、ホメロス!あいつを追いかけるか!?」
「六軍王ならいずれ我らが倒す敵。放っておけ」
「手配書がこんな所まで……」
「さすがユリちゃん、ずいぶん有名人みたいね。ちょっとだけヤケちゃうわ」
「バカ言ってないの。早くカミュを助けだしましょ」
――そう、カミュを助け出すのが先決だ。ユリは腰から剣を引き抜く。
「がははっ、笑わせるな。魔王さまにボッコボコにされた負けイヌどもがほえやがる」
黄金兵長は余裕綽々に笑い声を上げた。
「こいつらの首を差しだせば、空いた六軍王の席だって夢じゃないかもしれませんぜ!」
「おおっ、いいこと言うじゃねえか。なるほど、そりゃスゲェお宝だ。よし、野郎どもっ、気合い入れていくぞ!」
「ヤイサホーー!!」
剣を高く上げる黄金兵長に、黄金兵たちも続く!
「――カミュ!大丈夫?ケガはない……?」
一度戦った相手でもあり、早々にユリたちは黄金兵たちを倒した。元はバイキングの者たちという事実に、手加減はしてある。
ユリは牢屋を開けると、カミュが立ち上がるのを支え、共に外へ出た。
「待たせたの、カミュ。ケガも無さそうで何よりじゃ」
「魔物たちは倒したから安心して。一緒に帰りましょう。神父さまも心配されてるわ」
ロウに続いてマルティナも優しく話しかけるが、カミュから反応はない。
「カミュ……?どうしたの?」
ユリは横からカミュの顔を覗き込むが、そこにあるのは心ここにあらずという顔だった。
「……様子が変だな。もしや、魔物どもに何かされたのか?」
グレイグの言葉に、ユリは不安げにカミュを見つめた。その唇が動き、カミュはぶつぶつとなにやら呟く。
「そうだ……オレは……ここで……。ああ、そうだ……あいつを……あそこに……」
「カミュ……?」
「いか……なきゃ……」
カミュの身体がふらりと動き、ユリから離れた。そして、放心状態で奥へと歩いていく。
「どうしちゃったのかしら……?ユリちゃん、ひとまずカミュちゃんの後を追いましょう」
そのただならぬ様子に引き止めることもできず、唖然とするユリにシルビアは声をかけた。
一行はカミュの後を追いかける。
「カミュは何かをブツブツとつぶやいておったな……。もしや、バイキングのアジトに来たことで、忘れていた過去の記憶を刺激され、意識がもうろうとしているのか……?」
「……そうかもしれません。きっと、この先にカミュの過去に関する大切なものがある……そんな気がします」
ロウの言葉に、ユリはどこか確信を持った声で答えた。
奥の鍾乳洞の先は外に繋がっており、外に出た途端、冷たい風が襲う。
谷間の一部が海に面しているようで、そこから局部的な強風が吹き荒れていた。
雪が風に舞うなか、ユリは再びカミュの足取りを追う。風がびゅうびゅうと鳴る音が、悲鳴のように聞こえた。
『ずっと、赦されたかったんだ』
この極寒の地で生まれ育ったカミュの過去に、一体なにが起こったのか。
知りたい――助けたい――。
その想いがまた、足を一歩前に出させ、ユリは雪を踏みしめる。
たどり着いた場所には、ひっそりと木の扉が現れた。
扉を開けて中に入ると、そこは岩の風穴を利用した家のようだ。だが、家と呼ぶには最低限の家具しか置かれておらず、屋根もなければ質素で寒々しい場所だった。
そこに、カミュは頭を押さえて立っていた。その足元の地面だけが、何故か黄金化している。
「オレは……ここで……。う……うう……。アタマが……」
「……むう。どうしたというんじゃ。カミュの様子、ただごとではないぞ。かつて、この場所で何かあったというのか?」
ロウはカミュの背中を労るように触れ、ユリに視線を移す。
「この部屋に何か手がかりが残されているかもしれん。ユリよ、調べてみるのじゃ」
「……ロウさま。きっとあの大樹の根が教えてくれます」
「大樹の根とな?」
この部屋に入ってきた時から、不思議な気配は感じ取っていた。
ユリが部屋の隅に指を向けると、皆の視線はそこに集まる。
「これが、大樹の根……?とても神聖なかがやきを放っているのだな」
「大樹の根は勇者のチカラに応え、時を超え、記憶を見せてくれるのだ」
初めて大樹の根を目にし、不思議そうなホメロスにグレイグが説明した。
「……デルカダールにあった大樹の根が、過去の光景を見せてくれたおかげで、私はホメロスを闇から救えることに気づいたんだよ」
「私を……?」
「今回も、きっと大樹は大切なことを教えてくれる……。カミュをこちらに……」
シルビアとロウに横から支えられ、根を囲んだ皆の真ん中にカミュは立った。
ユリは大樹の根に手をかざす――……
大樹の根は過去の光景へ皆を誘う。目の前に、今より顔立ちが幼い――少年時代のカミュの姿が映った。
バイキングの手下だった頃なのだろう。荷物運びをしており、カミュが一息ついてる時のようだった。
「おいこらっカミュ!いっちょまえにサボってんじゃねえぞ!」
その一瞬だけ目にして怒鳴ってきたバイキングの男に、カミュは不満げな態度を取る。
その態度にバイキングの男はさらに怒り、丸太のように太い腕で、積み上げた箱を乱暴に落とした。
「なんだ、その生意気な態度は!10年前、雪の中で震えてたガキ2匹を、今日まで面倒みてやってる恩を忘れたか!?」
「……わかってるよ。あんたらには感謝してる」
そう答えたカミュの声も、今より少し高い。大人しくカミュはバイキングの男が落とした箱を持ち上げるが、重いものらしく、その顔がきつそうに歪む。
「……ふんっ!」
バイキングの男はカミュが働き出したのを見届けると、粗暴な態度で去っていった。カミュはうんざりした顔をし、箱を元の場所へと戻す。
「まーた、怒鳴られてやがんの。ヨーリョウ悪いよなあ、兄貴は」
ぐったりしているカミュにかけられた声は、快活でまだ幼さが残る声だ。
カミュのことを兄と呼んだ少女こそ――
「……マヤ」
カミュの妹のマヤだ。同じ青い髪と青い目。目鼻立ちも似ているが、カミュがクールな顔立ちなら、マヤは活発そうな顔立ちだった。
「ま、兄貴の気持ちはわかるけどな。おれもアイツら大っ嫌い!」
そうはっきりと口に出したマヤに、カミュは慌てて周囲を窺い、しぃーと人差し指を立てる。その姿を見て、マヤは呆れたようにため息を吐いた。
「そんな、ビビるなよ。ほら、それより早く終わらせて帰ろうぜ。おれも応援くらいはしててやるからさ」
「……いや、すこしは手伝えよ。今日はお前があいつらの財布をチョロまかしたせいで、キレられてんだぞ」
地べたに座り、応援するフリをしているマヤは、これっぽちもカミュを手伝う気はないらしい。
「いしし……やだ♪」
そう歯を見せて笑うマヤは、小生意気な性格のようだ。直後、マヤの後ろに先ほどのバイキングの男が現れる。拳をボキボキと鳴らしながら――。
「はあはあ……くっそーしくじった」
「……ったく。マヤ、お前のせいだからな」
場面は代わり、カミュとマヤは二人揃って仰向けに倒れ込んでいた。バイキングの男にこってり絞られた後のようだ。
「うるさいなあ。そんなこと言ってると、いつかおれが大金持ちになっても、兄貴には分けてやんないぞ」
「また、その話かよ。……だけど、そうだな」
そこでカミュは、片手をぐっと握り締めて話す。
「いつか、オレたちでどデカイお宝を手に入れてやろうぜ……そいつで、こんなろくでもない毎日とはオサラバだ」
「へへ……。世界中のお宝を手に入れて、おれは大金持ちになるんだぁ」
対してマヤは、宙に手を伸ばす。
まだ見ぬ未来を想像して、二人は笑い合った。
ぐぅ〜〜……笑い声に混じって、そんな音が響く。空腹の音は二人同時に。
「……まずは、今日のメシが問題だな」
空を見上げるカミュの目に、一羽のカモメが飛んでくる。カモメはカミュが寝転ぶすぐ側の地面に降り立った。
「……翼があれば、今すぐどこにだって飛んでいけるんだけどな」
上半身を起こしてカミュは言う。どこへでもその翼で飛んでいける鳥は、自由の象徴だ。
「くっだらない。兄貴はバカだなあ。……それよりさ、こいつ焼いたらうまいんじゃないかな?」
同じように上半身を起こしたマヤは、カモメを見ながらあっけらかんと言った。
そんな対照的な二人から、再び笑い声が起こる――……
「……………………」
視界が薄れ、そこで光景は終わったようだ。ユリはカミュの様子を窺う。
無言で俯いている彼だったが、唇が微かに動き、口にしたのは「マヤ……」妹の名前だった。
「大樹の根が勇者の紋章に反応して、過去の光景が見せるとは、なんとも不思議な体験だ……」
「カミュと妹のマヤさん……大変そうだったけれど、なんだか幸せそうに見えたわ」
「性格はキツそうだったけど、なかなかかわいい子だったわね。今より幼いカミュちゃんもね」
ホメロス、マルティナ、シルビア、それぞれ今見た出来事について口にした。
僅かな光景の中からでも、二人は仲のいい兄妹だったのだと……ユリにも伝わった。
「カミュと妹は貧しく厳しい日々を、必死にこらえて生き抜いていたようだな。俺も子供の頃、故郷では苦労したからな……。道は違えども、その生き抜く姿勢にはどこか好感を覚えるよ」
最後の言葉を、カミュを目にしながらグレイグは言った。第一印象は国の秘宝を盗んだ盗賊と、いいものではなかったが、グレイグの中でカミュという青年の印象はどんどん変わっていく。
ずっと確かだったのは、あの勇者の相棒なのだから、彼は信頼に値する人物なのだろう――ということだ。
「……神父殿が言っていた通りじゃな。カミュは妹と一緒にバイキングの手下として、苦しい生活を続けておったようじゃ。妹の名前は……マヤと言っておったか。カミュと彼女は、この風穴の中で暮らしておったようじゃが……」
まとめるようにロウはユリに話し、そこで言葉を切る。これだけでは、カミュの過去の全貌は明らかになっていない。
「大樹の輝きは失われていない……まだカミュの過去の続きがあるんだと思う」
「……ユリさん、お願いします。オレは、向き合わなきゃいけない……!」
カミュは痛む頭を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらも、決意ある目をユリに向けた。
たとえ、記憶が戻らなくとも、自分の過去と決着をつけろ――そう心の奥底にいる獣が叫ぶ。
いや、獣のじゃない。あいつは……――自分自身だ。
「……わかった」
ユリはカミュの覚悟を見て頷くと、再び、大樹の根に手をかざした――……
白くぼんやりした光景は徐々に鮮明になり、マヤの姿を映し出す。
「……ああ、おかえり兄貴」
熱心に布で銅貨を磨いているマヤは、後ろを見ることなく、カミュの気配に声をかけた。
そんなマヤの背中に近づくカミュは、ポケットから何かを取り出し、なにも言わずにマヤの頭の上に置く。
気づいたマヤが手に取ると、それは金と赤い宝石で作られた首飾りだった。
「兄貴、これって……?」
マヤは不思議そうに尋ね、カミュは不自然に背を向けた。
「今日の航海で、たまたま見つけたんだ。……今日はお前の誕生日だからな。その、プレゼントというか……」
はっきりしない口調で話す姿は、誰が見てもカミュは照れくさがっているとわかるだろう。
それでも――
「おめでとう、マヤ」
その祝いの言葉を言ったカミュの声は、とても優しかった。
「……はあ?何このショボい首飾り。兄貴さあ、おれの誕生日を祝うなら、もうちょっとがんばれよ。そうそう、こないだウワサで聞いたレッドオーブってのが欲しいな。デルカダール王国に伝わる秘宝なんだってさ」
対してマヤは、早口で言葉を返す。妹の反応に肩を竦めたカミュは、それが照れ隠しだとわかっているのだろう。
現にカミュが腰を下ろした後ろで、マヤは嬉しそうに首飾りを胸に抱き締めていた。
「その首飾りにはいわくがあってな。身につけた人間に、次から次へと金銀財宝をもたらすんだとよ」
カミュは小さく笑ってから、続ける。
「ウソくさい話だが、お前みたいなよくばりにはお似合いだろ?だから、今はそれでガマンを……」
途中で言葉を止め、カミュは振り返った。
横目に眩い光が放つのが見え、それはマヤの手の中から放っている。驚きにその手の中を覗き込む頃には光は消え、代わりにマヤの手には黄金に輝くコインがあった。
「お前、どうしたんだ、それ……?」
「兄貴……これ……おれ、銅貨を磨こうとさわったら……」
驚きながら答えるマヤは、地面に落ちた布に触れてみる。キラキラと輝きながら、布は黄金へと変わった。
「は、ははっ……。スゴい……マジなんだ……」
信じがたい光景に驚き、マヤは後ずさりしたが、すぐに現実に起こったことだと受け入れた。
「スゴい、スゴいよ!なんでも金に変えられちゃうんだ!この首飾り、サイコーだよ、兄貴!!」
自身の首にかけた首飾りを、興奮気味にカミュに見せる。大喜びするマヤとは反対に、カミュは戸惑いと不安が混じる顔で、その首飾りを見つめた。
……――そこで、光景は終わる。
「…………そうだ」
ここではないどこかを見ているような目をして、カミュはぽつりと呟いた。
「オレが……オレが……あいつに……」
カミュは俯き、震える手で顔を覆った。大樹の根は、まだ静かに輝きを放っている。
この先の過去の光景は、カミュにとって耐えがたいものなのだと――ユリだけでなく、皆も気づいていた。
ここでやめることだってできる。
でも、ユリはカミュの目に宿る覚悟を見た。過去に向き合う決意をした、カミュの意思を尊重するため、再び、大樹の根に手をかざす――……
「また、増えたな……」
部屋の中に黄金になったものたちを見て、カミュは呟いた。その声色は硬いものだった。
「いしし……どうしたんだよ、兄貴、しけたカオしちゃって。黄金、ちょびっとだけ分けてあげようか?」
マヤは上機嫌な声で答える。眺めている金色に輝くコップは、今しがた首飾りの力で黄金に変えたのであろう。
「あはっ、こいつでいいかな」
マヤが自身が変えた黄金の中から、カミュに差し出したのは――鳥の形をした黄金だった。
カミュは目を見開き、声を詰まらせる。
よくここに飛んできたカモメにそっくりだからだ。……いや、きっと間違いない。
「おい、マヤ。なんだよ、これは……」
動揺する声で、カミュはマヤに尋ねる。
「あれ、こんな小さいのじゃイヤってわけ!さすがはおれの兄貴、案外よくばり……」
「違う!いい加減にしろって言ってんだ!!」
平然と笑うマヤにカミュは手を払い、声を荒らげた。マヤはびくっと震え、その手から黄金像を落とす。
「う、うるさいなー。ビックリするだろ。そんな急に大声ださなくても……」
マヤは反論するものの、厳しいカミュの顔を見て、兄は本気で怒っているのだと気づいた。
そっぽを向くように顔を横に向けると、地面に転がった鳥の黄金像が目に入る。
それを目にして、マヤの心に生まれたのは……きっと罪悪感だろう。
「……わ、わかったよ。ちょっとチョーシに乗っただけじゃん。だからその……。そんなこわいカオ、やめろよ」
そう言ってからしゅんとするマヤに、カミュも冷静になったのか、今度は落ち着いた口調で話す。
「悪かった。オレもカッとなっちまった。けどな……」
「はいはいっ、わかったよ!首飾りのチカラはしばらく使わない」
最後まで聞かずともカミュの言いたいことはわかり、先回りしてマヤは言った。
首の後ろに手を回し、首飾りを外す姿を見て、カミュの表情もほっと緩む。
「……あれ?」
外そうとする手を止めて、マヤは眉を潜めた。
「……えっ、なんで?」
「どうしたんだ?」
「兄貴、どうしよう……首飾り、はずれなくなっちゃった」
「はあ?そんなバカな……」
「ウソじゃないってば!ホントに……!?」
今度は強引に引っ張って外そうとするが、首飾りはびくともしない。それどころか、突然、不気味な光を発する。
「くそっ、なんだこれ!おれ、何もしてないのに!?」
その光はどんどん大きくなり、首飾りを中心にマヤの身体は黄金化し始めた。
「マヤ、動くなよ!」
カミュは腰から引き抜いた短剣で、首飾りを破壊しようとしたが、切っ先は強く弾かれる。
刃は粉々に砕け散り、唖然とするカミュの手から短剣が滑り落ちた。
その間も首飾りからは禍々しいオーラが溢れ出し、本能的に危険を感じてカミュは後ろに跳び引く。
「マジかよっ、どうなってんだ!首飾りのチカラが、暴走してるっていうのか?」
「やだやだ……!なんでおれの身体が金に!?」
「マヤ!くそっ、どうしりゃいい!?」
カミュはマヤへと足を踏み出すが、マヤの足を伝って地面も黄金化し、それ以上は踏み込むことがでない。
きっと、これに触れたら、自分も黄金に成り果てるだろう――。
「兄貴、たすけ……」
黄金はついにマヤの顔にまで侵食し始めた。身体はすでに黄金化し、身動き一つできない。
マヤはまだ無事な手を、カミュに伸ばす。
「あに……おにい……ちゃ……」
懸命に助けを求める声に、カミュも手を伸ばす――が。
その手の指先までもが黄金に変わり、カミュの手はほんの一瞬、躊躇してしまう。
マヤの目が僅かに見開く。
その悲痛な表情のまま――その姿はとうとう黄金像へと成り果てた。
首飾りの光も収まり、残されたカミュは自分の左手を見つめる。
歯を食い縛り、拳を握り締め、力なくその膝は折れた。
拳を何度も地面に叩きつける。血が滲もうとカミュはやめなかった。
それでも行き場のない感情は、慟哭となって風穴を突き抜け――……
「…………」
大樹が見せる光景は、黄金化したマヤを置いて、カミュが旅立つところで終わった。
ユリの目に、役目を終えた大樹の根が映る。
過去の光景が終わっても、誰もなにも言葉を発しなかった。
波うつ心情を抑えるように、ユリは目を閉じる。
以前、この地でカミュが話してくれた「チカラを貸してほしい」ということが、なにかわかった。
カミュが赦されたかったことも、自分は逃げたと言っていた理由も……。
「……カミュとマヤ殿の過去の結末が、あのような悲劇じゃったとは」
最初に沈黙を切ったのはロウだった。そう、これは悲劇だ。人の手にはどうすることもできない、災いのようなもの。
それをカミュは、ずっと自分の責任だと背負い、罪を抱えて生きてきたんだ――。
ユリはカミュの元へと歩く。カミュはマヤがいたはずの場所に立っていた。
何故かそこに黄金化したマヤの姿はなく、地面に黄金の跡があるだけだ。
その背中になんて声をかけていいか、迷っていると……
「妹を……マヤを失って、オレは逃げるように旅に出た。……全部、オレのせいだったんだ」
カミュの方から話を切り出した。
「旅の途中、調べていてわかった。あいつに贈ったのは、誕生日の祝いどころか呪われたアイテムだったんだ……。自分の犯した過ちから逃げたくて、忘れたくて、あちこちでヤケになった。……気づけば、いっぱしの盗賊さ」
その口から、自身のその後の過去が語られる。
「……そんな時だった。預言者と名乗るヤツに言われたんだ。『伝説の宝珠を集め、いずれ地の底で出会う勇者にチカラを貸せ。さすれば、お前の贖罪も果たされるだろう』……ってな」
続けて「最初は信じちゃいなかった。うさんくせーのはもうコリゴリだったしな」そう鼻で笑ってカミュは言った。
預言者とは、ユリも会ったことのある人物だ。
デルカダールの地下牢で初めて会った際、最初に自分を勇者だと勘違いしたのは、その預言の言葉からだったらしい。
「けれど、その預言どおり……」
ユリがその時のことを思い出していると――振り返ったカミュと視線が重なる。
「オレはお前と……エルシスと出会った」
"きっとこの旅は、三人の出会いと逃亡劇から始まった"
カミュの海のように深い青い目は、ユリをまっすぐと捉えている。ユリは色んな感情が込み上げて、言葉が出てこない。代わりにロウが口を開く。
「カミュ、おぬし、記憶が……」
「すまねえ、じいさん。それに、ユリにみんなも。ずいぶん迷惑かけたみたいだな」
ロウの問いに、はっきりとカミュは頷き答えた。その表情も、記憶を失っていた不安げなものではない。皆から小さく安堵の声や喜びの声が上がる。
「預言者の言う贖罪ってのが、何かは知らねえ。だけど、お前たちと旅を続けるうち、その預言を信じられそうな気がしたんだ」
カミュは黄金化の跡を一瞥してから、ユリに顔を向ける。
「ユリも見たんだろ。この場所に黄金になった、オレの妹がいたはずなんだ」
「いないってことは、もしかして……」
「今、この辺りには黄金を集めてるキラゴルドとかいう魔物がいるんだってな。おそらく、そいつのしわざだろう……」
そして、手を強く握り締め、決意を込めた声でカミュは言った。
「捕まってた時に、魔物どもの話を聞いてたんだが、ここから北に連中の居城があるらしい。乗り込んで、マヤを取り戻してやる!」
「黄金像になったクレイモランの人たちも助けなきゃいけないし、行くっきゃないわね。……でしょ、みんな?」
シルビアの言葉に、全員が大きく頷いた。
そんな仲間たちの姿を目にし、カミュは微笑む。
「ありがとう……。どうか、オレも一緒に戦わせてくれ」
カミュが ふたたび 仲間に加わった!