記憶を取り戻し、改めてカミュが仲間になったことは、ユリだけでなく仲間の皆にとっても喜ばしいことだ。
気持ちは今すぐにでも敵の居城に乗り込みたいが、彼らは一旦船へと戻ることとする。
連戦が続き、魔力も消耗し、ほぼ丸一日寝ていない状態だ。今日はもう船で休み、決戦は翌日と決まった。
「風穴の隠れ家のすぐ近くに、金色にかがやく城の一部が見えたの。あれが、ヤツの本拠地かもしれないわ」
マルティナがそれらしきものを目にしたと、大体の居城の場所も把握できた。
まずは、万全な状態に整え、一行は明日に備える――。
「いや〜カミュのダンナがご無事なだけじゃなく、記憶も戻って、あっしも嬉しいでげす!」
小舟でシルビア号に戻る最中、船を漕いでいたアリスは喜びに声を滲ませた。
「アリスのおっさんにも迷惑かけちまったな」
「いやいや、迷惑なんてとんでもないでげす!むしろ、変わらず船のことを手伝ってくれて、感謝してたでげすよ!」
「カミュの記憶が戻って本当によかったわ」
「記憶も戻ったカミュちゃんは百人力ね!明日はカミュちゃんとチカラを合わせて、黄金を集めていた魔物をやっつけ、黄金像になった人たちを助けだしましょう!」
アリスだけでなく、マルティナ、シルビアと……喜ぶ声が続き、カミュは照れくさそうだ。
「じつは、記憶を失くしてた時のことはあんまりよく覚えてなくてな……」
「そうなの?私とは違うんだね」
カミュの言葉にユリは驚いた。自分は記憶喪失時の記憶も、鮮明に覚えているからだ。
「もしかしたら、カミュは特殊な状況下で記憶喪失になったかもしれんな。だが、なにかのきっかけにまた思い出す可能性もあるじゃろ」
以前の記憶が戻ったように――そうロウは前向きにカミュに言った。カミュにしてみれば、それもいつ思い出すのかもわからないので。
「船に着いてからでいいから、ちゃんと教えてくれ。お前の右手に勇者の紋章があることと……」
カミュは目ざとく気づいていた。ユリの右手の甲に、エルシスの左手の甲にあったのと同じ、紋章が浮かび上がっていることに――。
そして、次にその視線は鋭くなり、ナイフを突きつけるがごとくグレイグとホメロスに向けられた。
「こいつらが、なんで一緒にいるのかを……」
警戒心を含んだ低い声だ。狭い船に、少しだけぴりっとした緊張感が走った。……皆は思う。
カミュ、記憶喪失中の性格と振り幅が大き過ぎ――。
カミュだって、仲間たちと普通に行動している二人を見れば、誤解が解けてこちらの味方になったのだということは想像がつく。
だが、気にくわない。とくにホメロスだ。あいつは完璧魔王の配下じゃなかったのか?
そして、何故こんなにも苛つくのか理由がわかった。
「ユリさま、お手を……」
「ありがとう」
小舟から本船のシルビア号に乗り込む際、ごく自然にホメロスはユリに手を差し出し、ごく自然にユリはホメロスの手を取った。まるで、姫とその姫に忠誠を尽くす騎士だ。……なんだありゃ!?
「…………」
「……アタシ、カミュちゃんの記憶が戻ったらいつかこうなるんじゃないかと思ったわ」
「ええ、いつかなりそうだと思ったけれど、それが今ね……」
二人を見てイライラしているカミュを、シルビアとマルティナが遠巻きに眺めて話していた。
――船内、談話室にて。
話は食事を取りながらすることになった。
ユリが中心となって、これまでのことをカミュに話す。まずは、自身の手の甲にある勇者の紋章のこと……エルシスのことだ。
「……正直、ほっとした。ユリに勇者の紋章があるってことは、あいつの身になにかあったのかって悪い想像をしちまったからな。とりあえず、エルシスは生きているんだな?」
「うん。エルシスのお母さんのエレノアさまが言ってたから確かだと思う。……私も、エルシスとは勇者の紋章で繋がっている気がするの」
再度確認して、カミュは胸を撫で下ろした。
「それで、アンタら二人は信用できる仲間であることに間違いないのか?」
カミュのそっけない言い方による投げ掛けは、もちろんグレイグとホメロスに、だ。
「ああ、すぐに信用してくれとは言わん。俺もホメロスも勇者ユリに命を預け、打倒ウルノーガの信念を掲げ、旅に同行している。カミュ……今までのお前に対する無礼を謝罪する。すまなかった」
グレイグはその言葉と共に椅子から立ち上がり、カミュに頭を下げた。
「……ところで、カミュ。お前がレッドオーブを盗んだ理由。それは妹の願いをかなえ、罪滅ぼしをするためだったのだな」
「……今、その話は関係ねえだろ」
カミュは腕を組んだまま、そっぽを向いて言ったが、図星だということは皆にはわかった。国の秘宝を盗んだ理由は、なんとも彼らしい理由だ。
「……では、私の話をしよう。私は魔王ウルノーガに闇の洗脳をされ、完全に魔物化しようとした際に、ユリさまとグレイグによって救われたのだ――」
ホメロスは自分の弱さがウルノーガに漬け込む隙を与えてしまったので、自分に責任があると話す。
「今は自分の愚かさに気づき、罪を償うためにもこの勇者の旅に同行させてもらっている。カミュ、お前にも本当に申し訳ないことをした。この通り、すまなかった」
グレイグと同様にホメロスは立ち上がり、カミュに頭を下げた。……思ったよりも真摯な謝罪を受け、カミュは少し驚く。
「私はお前を殴ってしまったから、お前も私を殴ってくれてかまわない」という言葉には「いや、殴んねーよ」と、カミュは速攻で返した。
罪を償う、か――。
「……わかった。そもそも、オレがどうこう言える立場でもねえしな。明日は妹を助けるためにも、アンタたちのチカラを貸してくれ」
カミュのその言葉に、グレイグもホメロスも真剣な顔で頷いた。
「黄金の魔物どもは金目のものを求め、人々から奪っていったそうだな。なんという欲深い魔物たちだ……。しかも、カミュの妹まで連れ去るとは、民を守る騎士として許してはおけん!」
「鉄鬼軍王キラゴルドか……。じつは、私も初めてその名を聞く。オーブは残り3つ。シルバーオーブは魔物の私に、ブルーオーブはガリンガ、イエローオーブが与えられた魔物のようだな」
憤怒するグレイグとは対照的に、冷静にホメロスは話す。カミュは「ガリンガ……?」と、どこかひっかかる気がして呟いた。
「カミュ、どうかした?」
「ん?いや、なんでもねえ」
ユリの問いにカミュは笑顔で返す。カミュも納得してこの話はこれで終わり、あとは各々、翌日まで休もうとなって席を立った。
「さすがに疲れたわね」
「姫さまもゆっくりお休みください」
「明日のためにも、十分に休息を取らんとのう」
「徹夜しちゃって、お肌に悪いわ〜」
「……ユリ」
そんな中、カミュはユリを呼び止める。疲れているところ申し訳ないが、少しだけ……少しだけでも、今、二人で話がしたかった。
「その……すまなかったな」
「え?」
カミュの呼びかけに、にこやかに答えたユリだったが、なんの謝罪だろうと首を傾げる。
「お前がいちばん大変な時に……そばにいてやれなくて」
――いくら、彼女が元天使という特殊な背景があるとはいえ。
突然、勇者の力を受け継ぐなど、困惑したに違いない。ここまでの旅路、不安もつらいこともたくさんあっただろう。
命の大樹が落ちたあとの世界は、優しい彼女が心を痛ませることばかりだから。
一番そばにいたかったときにいられなかっただけでなく、自分は記憶喪失になっているとはなんとも情けない限りだ。
そんなカミュに、ユリはくすりと笑う。
「カミュ、マルティナと同じこと言った」
「……はは、マルティナに先を越されちまったか。まあ、色々迷惑もかけたしな」
「迷惑だなんて……。カミュは覚えてないかもしれないけど、記憶喪失のカミュにも、たくさん助けてもらったよ」
ユリの言葉にそれならよかった、とカミュは笑った。そして……もう一つ気になっていたこと。
「……髪、切ったんだな」
肩の上ぐらいの長さで切り揃えた髪型は、どこかエルシスを彷彿される。
ユリは「髪にも魔力があるんだよ」と、答えになっているようでなっていない答えを言ったあと、ふっと笑う。
「あ、このリボンはカミュが結ってくれたんだよ」
「……オレ?」
カミュは呆けた顔をして首を傾げた。その記憶には身に覚えがない。
「結び方も教えてくれて、毎日自分で同じように結んでるの」
ユリはそのときのことを嬉しそうに話したが、カミュは聞いていて非常に複雑な気分になってくる。
自分なのに記憶がないので、自分じゃないヤツの話にしか聞こえないからだ。
ちょっと面白くなかったから……カミュは徐にそのリボンを引っ張った。当然、ユリの髪ははらりとほどける。
「えっ、なにするの!?」
「なんか他の男がやったみたいでムカついた」
そう言ったカミュは、ユリの髪を指先ですいて、同じようにリボンを編み込み結っていく。
「うし」
自分の手で新たにユリの髪を結ったことに、カミュは満足した。対してユリはというと……
「……やっぱり、カミュはずるい男だ……」
「……ずるいってなんだよ」
ユリはぷいっと向いて「私、もう寝るから!おやすみなさいっ」と、足早に行ってしまった。
なんなんだよ……そうカミュは思いつつ、久々の彼女とのやりとりに胸は甘く疼いてしまう。
(マヤのことがあるのに……。そんな甘い感情に浸ってんじゃねえよ、オレは)
……ん?前にもこんなことを思ったような……?
……――一人、自室に戻ったユリは、そのままベッドに横たわるようにダイブした。
胸が、高鳴っている……。
記憶がないカミュに髪を結ってもらった際もドキドキしたのに、今のカミュにも同じことをされて、またドキドキしてしまった。
もしかしたら、どんなカミュにも自分はドキドキするのかもしれない。
「……困る……」
そんな言葉が口から出た。ユリは胸の高鳴りを抑えようと、無理やり目を閉じた。
なにより、明日のために体力・魔力ともに全快にしておかないとならない。
(カミュの妹のマヤちゃん……。助けたい……)
なんとしてでも――。
そんなことを考えていると、疲労と睡眠不足から、案外睡魔は早くやってきて、ユリはいつの間にか眠りに落ちていた。