「やっと来たんだ。待ちくたびれてあくびが出そうだったぜ」
玉座の間に駆け込んだ一行の目に映ったのは、黄金の玉座に腰かけるカミュの妹――マヤの姿だった。
「…………マヤ」
「マヤ……ダサくて貧乏くさい名前。今はキラゴルドって呼んでよ……クソ兄貴」
「マヤ、まさかお前が……?」
カミュの問いに、マヤは嘲笑うように答える。
「そおだよ、黄金病をまき散らしているのも、人間どもから宝を徴収してるのも、ぜーんぶこのおれ、キラゴルドさまのしわざさ」
自らキラゴルドと名乗り、すべては自分の行いだと話すマヤに、彼らは動揺を隠せない。
そもそも、彼女は黄金像になってしまったはずなのに。
「緊張しちゃって……そんなビビるなよ、クソ兄貴。健気な妹らしく、これでも気をつかったんだぜ。おとなしく黄金兵どもに捕まってれば、ペットにして死にたくなるほどかわいがってやろうと思ったのに……」
「だから、カミュは拐われたのか……」
グレイグはぽつりと呟いた。ずっと謎だったカミュだけ拐われた理由。その理由が確かならば、彼女はカミュを……
「……あはっ、あはははははっ!」
突然、マヤは高笑いをした。
彼らは警戒せざる得ない。彼女は兄に復讐をしようというのか。だとしたら……皆の気持ちはやるせなくなる。
「お前がオレを恨むのはわかる。オレのことなら好きにすればいい。……だが、なぜこんな!?」
「……はんっ、めんどくさいヤツ。まあいいや、特別に教えてあげる。大樹が落ちたあの日……おれの身に起こった魔王の奇跡ってヤツを!」
(魔王の……奇跡?)
マヤはまるで素晴らしい話をするように、彼らに語る――……
命の大樹が落ちた世界で――そこには黄金化したマヤに忍び寄り、囁く影があった。
"あわれな者よ…… 貧しさに苦しめられ
おろかな人間どもに しいたげられ
あげく 兄にまで見捨てられたか……。
だが、貴様の中に渦巻く 欲望と絶望と孤独こそ この闇が支配する世界には ふさわしい。"
――影は禍々しいオーラの塊になり、その影こそが、
"我が名は 魔王ウルノーガ!"
この新たなる ロトゼタシアの支配者
貴様に 戯れのチカラを授けてくれよう!"
魔王になったウルノーガだった。そして、マヤの黄金化は解かれ、同時に闇の力を手にする。目覚めたマヤは一気に力を覚醒し、辺りの動物たちを黄金像にした。
……――マヤの話を聞いて、皆はくやしげな表情を浮かべる。そして、まだ幼い少女に目をつけた魔王に対しての怒りも。
(俺と同じように負の感情につけ込んだのか……ウルノーガ!!)
ホメロスはぎゅっと拳を握り締めた。いかにもウルノーガが得意とする手口だ。
「魔王ウルノーガ……っ!あんのっ、クソ野郎がっ!!」
カミュはウルノーガに怒りをぶつけるが、その発言はマヤの神経に障った。立ち上がり、憎悪の宿る目でカミュを見下す。
「クソなのは、そっちだろ。この世界の誰も……神さまも、勇者も、兄貴でさえ、結局おれを助けてくれなかった……」
その言葉にユリは胸が痛む。ウルノーガより早く、彼女を助けてあげられたら……きっとこんなことにはならなかっただろう。
「でも、いいんだ」
マヤは両手を上げて、先ほどの憎しみの声が嘘のように晴れやかに話した。
「ウルノーガさまのおかげで、おれはこうして復活できた。今や黄金化のチカラも思いのままさ」
自身の両手を見つめて、少女らしからぬ歪んだ顔でマヤは笑う。
「あのバイキングどもを手駒に変えたように、今度はおれがこのチカラで、世界中のヤツらをこき使ってやるんだ!」
「やっぱり黄金兵どもはお前が……それがお前の今の望みなのか?魔王の配下になって、そんなことが……!」
変貌してしまった妹に……愕然としていたカミュから、やっとのこと出た声は深い悲しみの声だった。
――それが、今のマヤにはおかしくてたまらない。
助けてくれなかったのに!あのとき、必死に手を伸ばしたのに!!!
……兄は、自分の手を取ることを拒んだのだ。
「あははっ、今さら説教しようっての?ホント、バカなクソ兄貴!」
マヤは首輪の力を解放する。イエローオーブを与えられ、力が増したマヤによって、その呪いの力は何倍にも膨れ上がる。
「うぅ……!」
「なんと凄まじいオーラじゃ……!」
マヤから禍々しい呪いのオーラが放たれ、直視できないほどに皆は圧倒された。
次にカミュが目を向けたときには、息を呑み、その目を見開く。
そこにはマヤの姿はなく、金色に輝く鎧に身を包んだ魔獣の姿があった。
長い尻尾の先にはイエローオーブがついている。
「マヤ……なのか……」
怒りのまま咆哮する魔獣の声は、少女の声が混じっていた。
カミュは自分の左手を見つめる。
魔物の姿になったマヤに、自分の罪はどれほどのものか思い知らされた。
「……この5年間、ずっと考えていたんだ。オレが生き残ってしまった意味。やるべきことを。マヤ、お前がそんな姿になったのも、すべての原因はオレにある……」
――5年間、逃げてきた過去にけじめをつける時がきた。
「……ならっ!」
カミュはもう逃げない。迷わない。自分が果たすべきことはわかっている。
「ここでお前を倒すことが、オレに課せられた贖罪だっ!!」
カミュはマヤを見据えて、揺るぎない覚悟の声で叫んだ。
「カミュ!あの中にマヤちゃんを感じる……オーブのチカラを弱らせて!あの首輪の呪いを解ければ……」
「クソ兄貴とザコ勇者どもが偉そうに正義のヒーロー気どり?おれさえ救ってくれなかったヤツらが今さら!」
「カミュの妹!」
ユリの言葉をマヤが遮り、さらにホメロスが被せるように彼女へ呼びかけた。
「私もお前と同じように、魔王によって負の感情を利用された者だ。今、お前を苦しめている感情はすべてまやかしだ!惑わされるな!自分の心を見つめろ!私は……俺は、お前より多くの罪を重ねた。だが、今のお前ならまだ引き返せる……。本当の願いはなにか、思いだせ――!!」
――俺の本当の願いは、グレイグと肩を並べられる相棒になることだった。
「ホメロス……」
感情を露に、マヤに訴えるホメロスを……カミュは驚きに見ていた。それは、同じ境遇の者だからこそかけられる言葉だ。
「……ああ、うざい。超うざい。くそくそくそっ、バカな兄貴も勇者も!みんな、みんなっ、黄金にしてやるよっ!!」
振り払うように叫び、キラゴルドは一気に飛んで、彼らの前に着地した。
衝撃に足元が揺れて、バランスを崩しながらも、彼らは武器を取る。
「やはり、私の言葉じゃ届かぬか……」
「いいえ、ホメロス!感情が揺れている……心がある!」
――大丈夫。救える!
「マヤ……いや、キラゴルド!お前を倒すことが、オレの……!」
カミュは短剣を両手に取る。そのままキラゴルドに向かって駆け出した!
「カミュ!一人で飛び込むのは危険だ!」
グレイグはカミュに叫び、あとを追おうとしたが、突風のようなものが吹き荒れる。「っ!?」いや、突風ではない。腕が切り裂き、そこから血が流れた。
キラゴルドのくるい裂きだ。辺り構わず、電光石火で切り裂く!
「きゃあ!」
「ぬおっ」
その勢いに仲間たちも攻撃を受け、翻弄された。鎧の見た目からは想像できない、獣のような俊敏さだ。
――ッカキン!
その爪が止まった。二本の短剣で受け止めている……カミュだ。
「兄貴なんてだいっ嫌いだ!」
「……っそれでも、オレは……!」
カミュはゾーンに入って、弾き返すと同時に「ヴァイパーファング!」猛毒攻撃を叩き込んだ。
「お前を倒す……っ!!」
そして、反対の短剣でヒュプノスハントを決めて、大きなダメージを与えた。キラゴルドは後ろに跳び引く。
「今のうちに態勢を立て直すのじゃ!」
ベホマラー!ロウは皆に言いながら、回復呪文を唱えた。それに、三人も続く。
「スクルト!」
「バイキルト!」
「ルカニ!」
ユリは皆の守備力を上げ、シルビアはカミュの攻撃力を上げ、ホメロスは逆に敵の守備力を下げる呪文を唱えた。
「全身全霊斬り!」
「ばくれつきゃく!」
グレイグとマルティナはカミュに続き、前線で攻撃を仕掛ける。
キラゴルドは再び距離を取り「バイキルト」に「ピオリム」の呪文を唱え、自身を強化した。
さらに仲間を呼んで、黄金兵士や黄金兵長が集まってくる。
「さあ、覚悟しろ!」
強化したキラゴルドのくるい裂きだ。
「あっははは!」
笑い声を響かせながら、キラゴルドは彼らをいたぶるように攻撃した。
「凄まじい攻撃力だ……!」
「どこから攻撃がくるか見えないわ!」
キラゴルドの猛攻にも耐えながら、グレイグとマルティナは背中合わせに黄金兵と戦う。
カミュは黄金兵の剣を避け、攻撃を入れながらもその姿を目で追った。(こんなザコ相手にしている暇は……!)
「カミュ行って!」
「こいつらの相手は俺と姫さまで十分だ!」
ちらりとカミュは二人を一瞥して「恩にきる!」すぐさまキラゴルドに駆け出す。
しかし、ピオリムがかかったキラゴルドは、カミュでさえ追いつけない。
「むむぅ……こう素早く動かれてしまうと攻撃呪文が当てられんぞ。とりあえず、皆の回復が第一じゃ!ベホマラー!」
キラゴルドは獣のように、壁をも駆けているからだ。
その間にユリはもう一度「スクルト」を唱え、さらに全員の守備力を固める。
「ザコ勇者ども、八つ裂きにしてやる!」
「っユリ!」
キラゴルドは壁を蹴って、一気に後衛の者たちに襲いかかった。カミュは焦ったが、ユリの守備力を上げた呪文が、鋭い攻撃から身を守り……
「痛い目をみないとわからないところも私と一緒か……!」
「マヤちゃん!カミュちゃんはアナタのことを本当に大切に思ってるわ!戻ってきて……!」
二刀流のホメロスとシルビア。前衛でも戦える二人の四本の剣が応戦する。
「覇王斬!」
そこにユリの奥義が入り、キラゴルドが一瞬怯んで、動きが止まった。
「ユリ!ようやったっ、ドルクマ……!」
「はあぁ!」
ロウの攻撃呪文、気合いの入ったカミュの一撃も入る。
「お前のめっきを剥がしてやる!」
「ぐはっ!」
キラゴルドの「ゴールドフィンガー」は、攻撃だけでなくカミュの強化効果も消し去った。
「カミュっ!」
もろに喰らって膝をついたカミュを見て、ユリは手を掲げる。
「ベホマ!」
呪文が傷を癒やすも、カミュの口の端から血が流れた。血が滲みながらもその口は、周囲には聞こえぬ声を呟く。
……大地のチカラよ……
「だいっ嫌いだ、兄貴も世界も……!」
「っだめ……!!」
鋭い爪を振り上げ、とどめを刺そうとしたキラゴルドだった――が、思わぬ反撃を受けた。
土属性の魔法陣、ジバリカ。キラゴルドの足元から巨大な岩が突き出している。
「っへ……。甘えよ……」
口元の血を拭いながらカミュは言った。その青い瞳はギッとキラゴルドを睨み、キラゴルドは一瞬怯む。
「カミュちゃん!」
「我らもあの魔法にはしてやられたものだ」
シルビアとホメロスは安堵の笑みを浮かべた。キラゴルドの背後からは黄金兵たちを倒したグレイグとマルティナが現れ、その隙を見逃さず、無防備な背中に一撃を与える。
「うざいんだよ!消え失せろ!」
「くっ!」
「がはっ!」
「がっ……!」
キラゴルドは身体を回転させ、長い尻尾をぶん回した。
グレイグ、マルティナ、カミュ――攻撃がみぞおちに入っただけでなく、吹っ飛ばされ、三人は壁に叩きつけられた。
「カミュちゃん……!みんな、元気だして!」
「グレイグ!マルティナ……!」
シルビアはハッスルダンスを踊るも、回復が追いつかず、ロウも呪文を唱える。
傷は癒えても強烈な痛みに、あのグレイグでさえ起き上がれない。
「お前たちもだ……!!」
キラゴルドは深く集中して、ゾーンに入る。……ゾーン必中だ。その直後、キラゴルドの無差別攻撃が残りの四人を襲う――。
「っ、姫さま……申し訳ありません……」
「なんで……グレイグが謝るのよ……。今度謝ったら、承知しない…から……っ」
未だ起き上がれないグレイグは、守れなかったという意味で彼女に謝罪したが、マルティナはそれをわかった上で不要だった。
むしろ、これまでの経緯のせいか、ことあるごとにグレイグは謝罪をしてきて若干うんざりしている。
この戦いが終わったら、ちょっと小言でも言おうかしら?そんなことを思いながら、マルティナはそばに落ちている槍に手を伸ばそうとするが……力が入らない。
視界がぼやけて、意識も朦朧としてきた。
(だめ……カミュとマヤさんを、このままで終わらた…ら……)
その願いもむなしく、マルティナの意識はそこで途切れた。
「姫さま……っ!」
――マルティナが意識を飛ばしたことに気づいたグレイグは、顔面蒼白した。
彼女になにかあったら、王に顔向けできない。
なにより、自分は彼女が生まれたときから見守ってきた。こんなところで散っていい命ではない。
(姫さまを、なんとしてでもお守りせねば……!)
グレイグは力を入れて、なんとかうつ伏せに倒れていたところを上半身のみ起こした。だが、こんな状態ではとても守りきれない。
「ホメロス……っ!」
グレイグは自身の相棒の名前を叫ぶ。
誰よりも信頼している、男の名を。
「ホメロス!姫さまを……っ」
――頼む。その言葉はグレイグの口から出てこなかった。目に映った光景があまりにショックで、グレイグは目を見開いたまま固まっていた。
ホメロスは、黄金像に変わり果てていた。
「ホメロスーーー!!!」
「黄金化の恐怖、たっぷり味わえ……!!」
――……
「……ミュ、カミュ」
(……誰かが、オレを……呼んでる……?)
――暗い意識の中、カミュは目を覚ます。
自分はキラゴルドの攻撃を受けて気絶したのだと気づいた。なんとも情けないヤツだ。
(このまま、アイツに殺されるのも運命なのかもな……)
それでもいい。それで、あいつの気がすむのなら――……
「……カミュ!」
今度は、はっきりと名前を呼ばれた。どこまで行ってもここは暗闇だと思ったのに、気づけば小さな光がそこにあった。
光の粒子はどんどん集まり、やがて人の形になっていく。
(お前は……エルシス!)
エルシスはなにも言わない。ただじっとカミュを見つめている。
情けない自分に呆れているのか、諦めた自分に怒っているのかも知れない。
……いや、違う。
(お前は……オレを、信じてくれてるんだな)
初めて会った時からそうだった。
カミュ、もう一度名前を呼ばれ――
「……はっ!」
そこで、カミュの目は開いた。
「カミュ!よかった……!」
気づくとユリが右手で肩を揺すり、ずっと呼びかけていたらしい。
(あの声はユリだったのか……)
なら、あれは夢……?そう考えるカミュだったが、今はそれどころじゃないとすぐに気づく。
「……なん…だよ、これ……」
起き上がったカミュの目に、黄金化した仲間の姿が映り愕然とした。
呪文を唱えようとしているロウ。
驚きの仕草をしているシルビア。
なにかを叫んでいるホメロス。
マルティナを守ろうと仁王立ちしているグレイグ。
その後ろで倒れて意識を失っているマルティナ……。
今、ここで無事なのは、自分とユリの二人だけだった。
自分が意識を飛ばしている間に――カミュはぎゅっと左手を握り締める。
「気絶すんなんて本当ダッセークソ兄貴!」
その場にキラゴルドの笑い声が響く。キラゴルドはオーブの力を解き放ち、仲間たちを次々と黄金像へ変えていったのだ。
――それはゾーンに入ったユリの「破魔の矢」でも止めることはできなかった。
ゾーン必中。なにも使えるのはキラゴルドだけではない。勇者の力が完全となったユリも覚えた新しい技だ。
ゾーンになれば、ユリの天使の力は増す。
マヤが呪いの力を解放したとき、聖なる矢を放ち、元凶ごと打ち消す算段だった。
だが、オーブの力とマヤの負の感情が合わさり、呪いの力はユリの聖なる力をも上回った。
「なんで……なんでだよ、マヤ!!」
「……なんで?ふざけんな!」
カミュの叫びに、キラゴルドの中からマヤも叫び返す。
「復讐に決まってんだろ……!最後に二人を残したのは、絶望させるためさ。クソ兄貴の目の前で、この勇者を黄金化してやるよ!」
「やめろ!もうやめてくれ……!」
カミュはユリに逃げろと言う。そして、自分は命を引き換えにしてもキラゴルドを……マヤを倒す、と。
「カミュ……」
――ユリが、そんなことを認めるはずがない!
「……一つだけ、手があるの。私はこれに賭けてみる」
「……それは?」
ユリが取り出したのは、金色の翼がついた丸い小瓶だ。瓶の中で、清らかに輝く黄金の液体が揺らぐ。
「カミュ、忘れないで」
ユリはカミュを見て微笑む。優しい眼差しに、それでいて澄んで凛とした姿。彼女は紛れもなく"天使"なんだと――カミュは唐突に実感した。
「もしも、私の姿が見えなくなっても……私は必ずあなたのそばにいる」
カミュは「どういう意味なんだ……?」そう聞こうとして聞けなかった。
ユリはいつもの笑みを見せ、瓶の中身を飲み干す。
「っ!ユリ……!?」
ユリの身体からキラキラと白く輝く光が放ち、まぶしさにカミュは腕で目を覆った。
「っうう!なんだ、この光……!?やめろ……!」
キラゴルドは怯えるように後ずさりする。その光がやがて、輝く粒子だけ残して収まったときには……
「……ユリ?」
彼女の姿は忽然と消えていた。
「……な、なんじゃ」
「アタシ……たしか身体が黄金になって……」
「黄金化が……解けたのか?」
「み、みんな……!」
次の瞬間、皆の黄金化が次々と解けていく。
「うう……」
グレイグは解けた瞬間、膝をつき、マルティナも気絶したままだが黄金化は解けているようだ。
「……カミュ。ユリさまは?」
「わからない……瓶の中身を飲み干したら、光が起きて……収まったときには、もう……」
ホメロスはカミュの返答を聞き、床に落ちている瓶を拾い上げた。
「これは……天使のソーマ!」
「天使のソーマ?」
「天使のチカラが宿っているとされる液体だ」
「じゃ、じゃあ……ユリちゃんはそれを飲んで……!」
再び、シルビアの問いにホメロスは答える。
「もしかしたら、ユリさまは完全なる天使のチカラを取り戻したのかもしれない」
「天使の姿は人には見えないという。ユリが忽然と消えた理由は……」
「そんな、アタシたちにも見えないってこと……!?お願い、ユリちゃん!そこにいるの?いたら返事して……!」
シルビアはきょろきょろと辺りを見回しながら必死に声をかけた。……声は返ってこない。
だが、その直後。
「こ、これは……!」
彼らの身体が暖かな光に包まれ、体力・魔力ともに全回復する。
「か、身体が動く……!姫さま……!」
「私……気を失って……」
重傷を負っていたグレイグとマルティナも立ち上がり、復活した。
「ユリ……そこにいるんだな……?」
――スクルト!
カミュの返事の代わりに、今度は彼らの守備力が上がる。
ユリは見えなくても皆と共にいた。
その背中には白い羽根が生え、頭の上には光輪が戻り……そして、身体は聖なるオーラで満たされている。
天使のソーマは失われた天使のチカラを彼女に与え、ユリは完全なる天使の姿となったのだ。
「どういうことだ……?ユリの身になにがあったのだ!?」
「ユリさまは『天使のソーマ』を飲み、本物の天使になられたのだ」
「なんだと……?」
「それで、私たちの黄金化が解かれたのね……」
驚愕するグレイグの横で、マルティナは目を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。姿は見えなくても、きっと……。
昔、エルシスの母のエレノアが口にしていたことをマルティナは思い出した。
天使は姿は見えなくとも、ロトゼタシアの世界の各地にいて、自分たちをそっと見守っていると――。
「……大丈夫。姿は見えなくてもユリはここにいるわ。私たちと一緒に戦ってくれる!」
そう言って、マルティナは武器を取って構えた。
「……なんで……なんでっ!おれは助けてくれなかったのに……!だったら、お前ら全員八つ裂きにしてやる……!」
「マヤ……!」
怒りのまま突っ込んでくるキラゴルドの姿を、目にしたからだ。
「ユリが援護してくれるじゃろう!わしらは全力で迎えうつのじゃ!」
「我らには天使となったユリさまの加護がある!」
「ユリちゃんの存在、感じるわ……。一緒にマヤちゃんを止めましょう!」
「ええい、いまいちまだ実感が湧かぬが……やるぞ、ユリ!」
手負いの獣のように獰猛さを見せるキラゴルド。天使となったユリも共に、再び彼らは立ち向かう――。
「うぐ……うああ……!!」
苦しむキラゴルドから、まばゆい光が起こる。
オーブの力で生まれたキラゴルドを、彼らは撃破した。
キラゴルドが宙に浮かぶ。
鎧は半壊し、その中から現れたのは――マヤ自身だ。皆はほっと安堵するものの……様子がおかしい。
少女の首にかけられた首輪が、禍々しい光りを発している。
「う……ああっ……!」
マヤの苦しげな声と共に、禍々しい光が弾けた。首輪から黒い煙が広がるように、呪いの力が噴き出す。
キラゴルドの残骸から、黄金の触手が次々と現れた。
触手は天井や壁を突き破り、頭上からは瓦礫が降ってきて、足元は大きく揺れる。
一部の触手が消えていくのを見る限り、どうやら姿の見えないユリがなんとかしようとしているようだが……
「ユリさまのチカラをもってしても間に合わんぞ……!」
ホメロスが叫んだ直後、床から黄金の触手が突き破って現れた。叩きつけようと迫りくるそれに、カミュは間一髪、横に跳んで避ける。
だが、完全に仲間たちと分断されてしまった。
「カミュ!」
「いかん、完全にチカラが暴走しておる!このままでは、黄金病の呪いがとどまることなく広がりかねんぞ!」
マルティナが叫んだすぐ後に、ロウの焦燥する声が響いた。
カミュはマヤを見つめる。呪いはマヤの首飾りだ。過去、あれを破壊することはできなかった。
どうしたら止められるのか……カミュの頭には、選択肢が一つしか浮かばない。
苦渋の決断をするような表情をし、やがて――
「これ以上、オレのせいでお前に罪を背負わるわけにはいかない……。マヤ……お前は、オレが……!」
カミュは短剣を手に取った。それが、カミュの答えであり、決断であり、贖罪だった。
「カ……ミュ……おにい……ちゃん……」
意識が朦朧としているマヤの口から、掠れた声がこぼれる落ちる。
(……マヤちゃん)
――カミュには届かなかったその声も、"彼女"の耳には届いていた。
覚悟を決めたカミュは、暴走するキラゴルドに対しとどめを刺すべく、駆け出す。
(マヤ……!すまない。お前の兄貴が……オレなんかじゃなかったら……!)
……あ……
だか、その足はぴたりと止まった。悲痛な面持ちは、驚きの表情に変わる。
誰かが、自分を止めようとしている。
まるで、後ろから抱き締められるように――背中からぬくもりを感じる。だが、そこには誰もいない。姿は見えない。
"カミュ、忘れないで"
"もしも、私の姿が見えなくなっても……私は必ずあなたのそばにいる"
「ユリ……」
……――感じる。
わかる、伝わる。姿が見えずとも、声が聞こえずとも、ユリの存在を……彼女の感情が流れてくる。
一緒に助けようって、まだ間に合うって、必死に伝えようとしてくれている。
「お……にい……ちゃ……」
今度こそ、カミュの耳に自分を呼ぶ声が聞こえた。
助けを求めて手を伸ばす姿は、過去の姿と重なる。あの時、自分のこの手は躊躇して、その手を取れなかった。
「ユリ、すまない……」
だから、今度こそ――!
「やっぱり、オレはマヤを助けたい……。あいつはオレの妹なんだっ!」
返事はこない。けれど、言葉がなくとも、カミュにはユリの思いはしっかり伝わっていた。
……ありがとう、ユリ……
迫りくる黄金の触手は白銀の輝きを前に、浄化するように消え去っていく。
カミュは駆け出し、新たに生まれた触手を短剣で弾く。
その際、手放してしまったが、もう武器はいらない。
「うおおお……!!」
一直線にマヤへと飛び上がった。結界がカミュを拒んだ。触れているその手から、黄金になっていく。
「はな……れろ……!このままじゃ兄貴が……!」
その言葉には聞き耳もたず、カミュは必死に結界を破ろうとした。やがて、その手は黄金に変わろうとも結界を突き抜ける。
伸ばされたマヤの手に、手を伸ばし、腕を掴んで引っ張り上げ――抱き締めた。
その時点ではもう、カミュの身体はほとんど黄金に変わっていた。
「ごめんな、マヤ……」
最後に、カミュはその言葉と共に優しく微笑み、黄金像になり果てる――。
「兄…貴……本当は……」
『本当の願いはなにか、思いだせ――!!』
おれの、本当の願いは……!!
「兄貴と一緒にいたい……ケンカして、笑って……またケンカして……そんなろくでもない毎日にくらべたら……。貧しいのなんてなんでもない!寒いのはひもじいのもガマンできる!だから……」
偽りのない願いをマヤは口にする。
マヤの目からは涙が溢れ……
「黄金なんてっ!もういらないっ!!」
頬を伝う一筋の涙は、首飾りへ――……落ちた。
その純粋な願いがこもった少女の涙は呪いを浄化し、首飾りは砕け散る。
拮抗していた呪いの力がなくなり、こぼれ日のような暖かな光が、二人を包み込んだ。
(……天使…さま……?)
天から舞い落ちる純白の羽根を……マヤは確かに見た。
陽光のような聖なる光が、辺りを照らす。
その中では悪しきものは一切存在できない。
最初から何事もなかったように、すべて輝く光の煌めきとなって消え去った――。
「いしし……まったくバカ兄貴のせいで、また貧乏に逆戻りだ……」
マヤが見上げる先には、優しい兄の顔がある。
大人びたように見えるのは、目がぼやけているからかな……そんなことを思いながら、マヤは穏やかに目を閉じる。
今はとても、心地よくて、暖かくて、優しい――……。
「おい、マヤ……!」
カミュはマヤの意識がなくなり焦ったが、どうやら眠っているようだ。大きく安堵すると共に、なんとも穏やかな寝息が聞こえ、カミュの顔は綻んでしまう。
そんな彼の元に転がってきたのは、イエローオーブ。
カミュは笑顔でそれを手にすると、仲間たちに……姿は見えないが、そこにいるであうユリに見せた。