天使

 少女は夢の中で天使と出会った。

 とても綺麗で、優しくて、穏やかな女の人だった。
 背中には白い羽根は生えていなかったが、少女は彼女が天使だと疑わなかった。

 何故なら――

「もう泣かないで。悪いことはすべて終わったから」
「天使さま……おれ、赦されないことをしたんだ……。色んな人を巻き込んで、やっちゃいけないことをした……」
「……もし、あなたが赦されたいと願うなら、神さまに代わって私が赦しましょう」

 懺悔を聞いてくれて、罪悪感を受け止めてくれて、赦してくれたから。

「本当に……?でも、兄貴には嫌われたかも……」
「お兄さんはあなたのことを嫌ってなんかいないよ。あなたのことを何よりも大切に思って、あなたの幸せを誰よりも願ってる」


 ……そうかな。そうだといいな。


(ねえ、天使さま……。おれ、もう人を傷つけるようなことはしない。これからはいい子になる。だから……)


 ――……


「人知を越えたチカラを使った反動ですね。完全に体力が回復するまでは、しばらく目を覚ますことはないでしょう。ですが、命の別状はありません。いずれ、必ず意識を取り戻しますよ」

 マヤの容態を見た神父の説明に、カミュはほっと胸を撫で下ろした。
 カミュはベッドに眠るマヤを一目見てから、部屋を出て、そのまま教会を後にする。

 久しぶりに帰ってきたクレイモラン城下町を、カミュはゆっくりと見渡す。

 町は閑散としているが、すぐに黄金病の脅威がなくなったと知らせが届き、活気を取り戻すだろう。
 カミュはマヤのことがあったから先に町に戻ったが、もうすぐ仲間たちが黄金化された者たちや、動物たちを連れて帰ってくるはずだ。

「……あんなに帰ってきたくねえと思っていたのに、こんな懐かしい気持ちになるんだな」

 カミュは故郷の町並みを目にしながら言った。

「それも全部、お前のおかげだ。……ありがとう、ユリ。お前がいてくれたから、オレはマヤを助けることができた。言葉じゃ言い尽くせねえから、これからは…………いるよな?」

 カミュは隣を見て問いかけたが、当然返事は返ってこない。くるりと反対側を見てみるが、当然姿は見えない。

「……。いねえ……のか?」

 ユリの気配は……今は感じないような気もする。(いや、でもオレのそばにいるって言ってたし)
 まあ、仲間の方と一緒にいる可能性もあるか、とカミュは考えた。

 それよりも……。

 天使となったユリの姿は人には見えないので、そばにいようがいまいが、教会の前で独り言を言う不審な男になっている。……誰もいなくてよかった。


 程なくして、グレイグ、ホメロス、ロウ、シルビア、マルティナの五人が、黄金化した人々と動物たちを連れて帰ってきた。
 黄金病は終息したと知り、クレイモラン王国は喜びの声に溢れる。

「ゴリアテ、さすが旅芸人だけあるな。これほどまでに動物の扱いに長けているとは驚いたぞ」
「アタシ、一時期サーカスにいたのよ。動物ちゃんの扱いはまかせて♪」

 野性動物は別だが、馬や牛など、家畜たちはシルビアが笛で誘導してきたという。

「フフ、シルビアのおかげで混乱せずに動物たちも町に帰れてよかったわ」
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったが、黄金病も終息し、マヤ殿も救うことができ、万事解決したようで何よりじゃ」
「ああ、お前の妹も命に別状がなくてよかった。……ウルノーガの犠牲になって、何かあったら目覚めが悪いからな」

 和やかな笑顔を浮かべる彼らに、カミュは尋ねる。

「……なあ、ユリの気配を感じるか?」

 カミュの言葉に、皆は意識を研ぎ澄ませた。

「俺にはよくわからんが……」
「ユリさまの清らかな聖なる気配を感じないな……」 
「ええ……うまく言えないけれど……」
「うむ。どこかへ行ってしまったのかのう?」

 皆の反応を見て、カミュも「オレもさっきから感じねえんたよな」そう呟き、シルビアが不安げに口を開く。

「……ねえ、ユリちゃんがこのまま本当の天使になっちゃって、アタシたちともう会えなくなっちゃうってことはないわよね?」

 大いにあり得る可能性に、誰もなにも答えられず、その場に沈黙が訪れた。……とりあえず、しばらくクレイモランに滞在して、ユリが姿を見せるのを待とうということになる。

 そこで、マルティナが心配そうに皆に言った。

「もしかしたら、ユリも姿を見せることができず、困っているかも知れないわよね……」
「たしか、ドゥルダ郷のサンボ大僧正が天使の文献があると言っていた。いざとなったら訪ねてみよう」

 ホメロスの言葉に、皆も神妙な顔で頷く。ロトゼタシアを見守る天使という存在は、身近な存在でもあり、遠く離れた存在でもあるということを彼らは知った。

 そして、"ユリ"という数奇な存在も――。

 天使だった彼女が、元天使という存在になっていなければ、自分たちとは出会わず、旅もしてなかった。

 偶然とも必然とも感じる出会い。

 天使に戻り、もしかしたらユリは本望かもしれない。……だが。
 ユリが姿を見せるのを待ちながら、その日は町の宿屋に泊まることにした。

 ――そして、その夜。

 カミュは寝つけず、一人で町を歩いていた。
 自然と足は海沿いの高台へとやって来て、そこで空を見上げる。

 空はどんよりしていて、星一つも見えやしない。
 カミュの口から渇いた笑いがこぼれた。

(……いつか、この空を見せてやりたいって思ったのに、これじゃあ見せられないな)

 マヤを救い、自身の贖罪も果たされたのに、カミュの心はこの空のように晴れず、不安に苛まれていた。
 ……会いたい。ちゃんと顔を見て礼を言いたい。いつもみたいに、あの笑顔を向けてほしい。


(オレの世界にはお前が必要なんだ――)


 ユリが姿を現さないまま、翌日となった。
 カミュは沈んだ心のまま、教会へと向かう。

 教会の一室に眠っているマヤに会うためだ。

 礼拝堂に訪れると、カミュは自然とそこに飾られている天使の絵画に目を引き寄せられる。
 それは幼い頃、用があって教会へ訪れる際と同じ行動だった。

 そして、あの頃と同じ席に座って、眺めてみる。

 神の存在も天使の存在も信じてなんていなかった。
 だが、妙にこの絵には心惹かれていた。
 人々を祝福しているようにも見える絵に、いつか自分の元へも天使さまが訪れてほしいと――そう願っていたのだと今になって気づく。

(それで、お前が来てくれたんだな……)

 いつから好きになったのか、自分でもわからない。気づいたら降り積もった思いに、どうしようもなく彼女が好きだと自覚した。

 最初から惹かれていたのは確かだと思う。

 追われる身となったエルシスを守ろうと必死で、世界を敵に回しても自分が味方になるという――そのユリの姿が眩しかった。

「……おや。カミュ、来てたんですか。君は昔からその絵を熱心に眺めていましたね」

 奥の部屋から出てきた神父は、マヤの診察をしていたのかもしれない。

「なあ、神父さん。あんたは天使の存在は信じているのかい?」
「私は神に遣えるものですから、もちろん天使さまの存在は信じていますよ。天使は神の使いであり、私たちの守護者です」

 神父は静かに微笑みながら、カミュに答えた。続けて、絵画について話す。

「その絵画は古くからこの教会に残されていて、作者は不明だそうです。その美しい絵画を見ると、天使は人々の心に祝福や慰め与えてくれる存在だとわかりますね」

 神父の答えを聞いて、カミュはそうか……、と小さく頷いた。とくに明確な答えを求めていたわけではない。しいて言えば、ただの興味本意だ。

「妹さんに会いにきたなら、ずいぶんと顔色がよくなっていましたよ。なんとも不思議ですが、よかったですね」

 神父の言葉を聞いてカミュは立ち上がり、マヤが眠る部屋へと向かう。扉を開けると、一筋の涼やかな風が通り抜けた気がした。

 ……――。

 カミュの目に映るのは、絵画よりも美しい光景だった。
 ステンドグラスから差し込む光の下、その場に膝をつくユリの姿があった。
 マヤのおでこに手を当て、祈りを捧げているようにも見える。

 白い羽根が生えてなくても、彼女は天使だ。

 人の気配に気づいたユリは、目を開き、カミュをその瞳に映した。

「ユリ……姿が……」
「カミュ、私の姿が見えるようになったんだね。マヤちゃんなら、しばらくしたら目を覚ますと思うよ」

 そう言って、ユリはその場から立ち上がる。

「お前……もしかしてずっとマヤのそばに……?」
「うん、溢れたチカラを使いきるのにも……」

 最後までユリが言う前に、彼女の元へ歩いてきたカミュはその身体を抱き締めた。

「カ、カミュ……っ?」
「……もう、会えねえかと思っただろうが」
「ご、ごめん……」

 カミュの行動に驚きながらも、ユリはその背に手を回そうか迷う。
 迷って、勇気を出して回そうとした――……その時。

「カミュ。仲間の方が……」
「「!?」」

 神父の声に、慌てて二人はバッと離れた。

「……え、ユリさん?いったい、いつここに……?」
「あ、ええと……ええと!?」
「そんなことより、神父さん。仲間がどうしたんだ?」

 色んな意味でテンパっているユリの言葉を遮るように、カミュは神父に尋ねる。

「あ、はい。仲間の方が探してましたよ」

 カミュがユリと共に部屋を出ると、そこにはホメロスがいた。

「カミュ。やはり私は、ユリさまが心配でならない。皆と共にドゥルダ郷で行こうと思うが、お前はここで――……って、ユリさま!?」
「あの、心配かけてごめんね……?」

 ユリの姿が見えるようになったことに、仲間たちは喜び、安堵した。

「思ったより天使のチカラが溢れちゃって、なかなか効果が切れなかったの」

 集まった仲間たちにも、ユリは心配かけてごめんなさい、と謝る。

「なにはともあれ、よかったわ……。これでまた、ユリと一緒に旅ができるわね」
「んもうっ、ユリちゃん!本当にこのままお別れにならなくてよかった!」
「おい、シルビア!気軽にユリさまに抱きつくなとあれほど……」
「ユリが元の姿になってくれたおかげで、俺たちは助かったとはいえ、姿が見えず肝が冷えたぞ。だが、助けてくれた礼は言わせてくれ。ありがとう」

 グレイグの言葉だけでなく、皆のお礼の言葉も続き、ユリはとんでもないと言うように笑顔で応えた。

「さて、ユリ。おぬしの姿が見えるようにもなったことだ。一度、クレイモラン城へ挨拶に行かぬか?」

 黄金病の終息については、すでに城に伝わっているだろうが、自分たちの口からも説明した方がいいだろう、とロウは言った。

「カミュよ。おぬしの妹のことは話さずとも問題なかろうから、心配するな」
「悪いな、じいさん」

 ロウの気遣いにカミュはありがたく思う。そして、ロウと共に城へと向かう彼女を「ユリ……」カミュは引き止めた。

「ちゃんと礼が言いたい。あとで、ふたりで話せるか?」
「……うん、わかった」

 ユリはカミュに返事をし、約束を交わす。
 仲間たちとも別れ、ユリはロウと共に町中を眺めながら城へと向かった。

「もうすっかり町は元通りですね。みんなの顔も晴れ渡っています」
「黄金病の心配がなくなり、皆、一斉に家から出てきたようじゃ。子供たちものびのび遊んでおる」

 優しげな眼差しでロウが見る先では、元気よく雪合戦して遊ぶ子供たちの姿があった。

「きゃははっ!やっぱり雪合戦って楽しいなぁ。こうしてお外で遊べるようになったのも、お姉ちゃんたちのおかげなんでしょ?……えへへ、ありがとうね!」
「やっぱり友達とあそぶのは楽しいね!おとなや魔物さんたちも、ケンカしてないで一緒に遊べばいいのにねー」

 無邪気な子供の姿は元気が出る。町にも自分たちのことはすっかり伝わっているらしく、ユリとロウは城に着くまでにたくさんの人たちに声をかけられた。

「わずか数人で黄金病を解決に導くなんて。あんたらの勇気とチカラ、本当に尊敬するよ!いやあ、まったくたいしたもんだ」
「今回の事件を乗り越えたことで、これからより一層、クレイモランは発展していくことでしょう。それがかなうのも、あなたたちが黄金病や魔物を退治してくれたおかげよ。本当にありがとう」

 その度にユリとロウは足を止めて笑顔で応えるので、ちょっと大変だ。
 町の人々だけでなく、バイキングの者たちも元に戻っていたとロウから話を聞いて、ユリはよかったと安堵した。

「じゃが、皆、魔物になった時の記憶はないようじゃな。まあ、その方がよいかもしれんが」

 黄金病や黄金の氷山で海路が塞がっていたことも知らなかったらしく、住民は驚いていたという。
 なんにせよ、マヤのためにも彼らが無事でよかったとユリは思う。
 癒やしの祈りを捧げていた際に彼女の心に触れたが、自分がしてしまったことに反省し、深く傷ついていた。

 ホメロス同様、マヤも魔王ウルノーガの悪意による被害者だ。これ以上、罪を背負う必要はない。
 
「日課である美しい町並みを見ての散歩を、また楽しめるようになったのもキミたちのおかげだよ。いつか、世界を旅しているキミたちと各地の美しい町並みについて、心ゆくまで語り合ってみたいよ」
「あ、それいいですね!」

 そんな男性の話にユリは意気投合した。ユリも新しい町並みを目にするのは、旅の楽しみの一つだ。

「黄金病、終結セール中だよー!」
「新鮮な魚が届いたよー!」

 露店にも活気が戻って、露店通りはお客さんで賑わっていた。大きな黄金の氷山が消えて、海路も陸路も通れるようになり、商売人たちは張り切っているようだ。
 ――クレイモラン城に着くと、城門の前を警備していた兵士は快く二人を迎い入れる。

「……はあ。疲れた。最近はずっと気を張っていたけど、平和になればすこしはラクしてもいいよね。うーん、しばらくぶりに仕事をサボって、気持ちよく居眠りでもしようかなー?」

 のんびり呟いた兵士は、もう一人の兵士に呑気過ぎると怒られていた。それに、くすりとしながらユリは城内に入る。

 城下町と同じく、クレイモラン城も明るさを取り戻したと一目でわかった。

 兵士は晴れやかな顔をして行き来し、メイドたちも張り切って働いている。その中に、ユリたちの目の前で黄金にされた、あの老婆の姿を見つけた。

「みんなから聞いたんだけど、あたしは黄金病になった上に魔物にさらわれちゃったんだってね。あんたらにも迷惑かけちゃったみたいだね。こうしてまた、城ではたらけてうれしいよ。……やっぱり、なま身の体がいちばんだねえ」

 そう言って、はたき片手に掃除する姿は楽しそうだ。黄金病で家に閉じこもる者が多いなか、かかさず城に足を運んでいたぐらいなので、きっと城で働くことが彼女の生き甲斐なのだろう。

「黄金病になった人たちも無事に戻って、シャールさまも元気になったわ!あなたのおかげよ、本当にありがとう!」

 次にユリたちに話しかけた彼女は、老婆の同僚であり、シャールの幼馴染みというメイドの彼女だ。

「魔女さんの無実が証明されて、さっそく牢屋からも解放されたそうよ。シャールさまもおよろこびだったわ。シャールさまと魔女さんのふたりの友情に、ヒビが入らなくてよかったわ」

 別の眼鏡をかけたメイドも彼女に続いて言った。リーズレットの無実も晴れたようで何よりだと、ユリとロウは笑顔で顔を見合わせる。

「ユリさんたちのご活躍により、黄金病の恐怖は終わりました。シャールさまもよろこんでおいででしたよ」

 声をかけられた兵士に「ぜひ、玉座の間でお会いしてください!」と急かされ、ユリとロウはまっすぐと玉座の間にやって来た。

「黄金病の解決、ありがとうございました。あなた方ならこの国を救ったように、いつか世界だって救えるかもしれませんね」

 玉座の間を警備する兵士にも国を救った英雄だと、二人は笑顔で迎えられる。
 部屋には大臣とエッケハルトの姿もあった。

「やれやれ、なんとか黄金病からこの国を守れたようじゃの。これもひとえにユリたちのおかげじゃ。クレイモランの民はこの恩を永遠に忘れんよ!」

 大臣とエッケハルトにもお礼の言葉を言われて、ユリとロウはそれぞれ応える。

「今回の件を後世に伝えるため、黄金病に関する書物を執筆しようかと考えておるんじゃ」
「おお、完成本となったら、ぜひ読ませていただきたいのう」

 そこで、エッケハルトは一つ悩んでいると言った。

「勇者と黄金……。天使と呪い……。恐怖の黄金病……。呪われた黄金兵……。……さて、書名は何にしようかのう」
「主役の名が入っていた方がよいな。勇者と黄金……天使と呪い……どちらも捨てがたいのう」
「私は恐怖の黄金病がインパクトあっていいと思うな」

 二人の異なる意見を聞いて、ますますエッケハルトは悩んだとか。

「ユリさん、ロウさん!黄金病からクレイモランを救っていただき、本当にありがとうございました」

 シャールは二人の訪れに喜んだ。ロウはマヤのことは伏せて詳細を話す。
 すべては、魔王ウルノーガが仕組んだことで間違いはない。

「そうですか……。やはり、魔王の魔の手はこの地にも伸ばされていたのですね……。ですが、あなた方のおかげで脅威はなくなりました。これからもクレイモラン国の女王として、この国を守れるように全力を尽くします」
「頼もしい限りじゃ。きっと、お父上も安心しておられるじゃろう」

 ロウの言葉に、シャールは柔らかな笑みがこぼれた。それに……シャールの隣には頼もしい友達がいる。
 ユリと目が合うと、リーズレットはどこか誇らしげに目を細めた。

「またしてもこの国を救うとは、さすが元天使の勇者ユリね。私からも感謝するわ。ありがとう」

 綺麗な微笑みで言ったあと、リーズレットは神妙な顔をした。

「それにしても、黄金病を操っていたのが、魔王直属の大幹部である六軍王のひとりだったとはね。……六軍王の中には、イイ男のあの人から生まれた魔物もいるそうね。ちょっとだけフクザツな気分だわ」

 六軍王はあと二人。ホメロスから生まれた魔物、魔軍司令ホメロスとも言うべきか……彼と対峙する日も近いだろう。

「ねえ、ユリ。困ったことがあったら、いつでも相談してってあの人に伝えといて」
「わかりました」

 ユリは笑顔で答え、隣の玉座に座るシャールも「まあ、リーズレットったら」と、くすくす笑った。

 ――ふと、リーズレットはあることに気づく。

「……ユリ。あなた、もしかしてアレを持ってる?」
「アレ?」

 リーズレットの言葉に、ユリは不思議そうに首を傾げた。リーズレットは「オリの中では遠くてわからなかったけど、間違いないわ」と、ぶつぶつ呟いてから、再びユリの顔を見て言う。

「『腐敗の魂石』よ!一部のくさった死体のみが持つ秘宝よ!魔法の研究で使いたいの。とってもイイモノと交換してあげるから、アタシにちょうだい♡」

 最後は猫撫で声でリーズレットは言った。別にそんなことしなくてもユリは快く渡すだろうが。

「はい、どうぞ」
「ありがとう!ついに手に入ったわ!これを使えば……フフフフ」
「……リーズレット?あまり、国民たちから怪しまれることはしないでね……?」

 今回の件もあり、シャールは心配そうに言った。

「大丈夫よ!じゃあ、イイ子のユリにはとっておきのこれをあげるわ」

 リーズレットがパチンと指を鳴らすと、ぼんっと煙の中から小瓶が現れて、ユリに差し出した。

「ありがとう!綺麗……これは……?」

 瓶の中には、雪のように純白に輝く綿毛が入っている。

「『スノーケサランパサラン』持ち主に幸運を呼び寄せるといわれている、希少なものよ」
「ほう。わしも初めて見たが、見てるだけで運が上がりそうじゃな」

 ユリは再度「ありがとう」と、笑顔でリーズレットに言った。フワフワの綿毛はなんだか可愛くも見えてくる。ユリは腰のポーチにしまった。

「兵からの報告では、各所にあった黄金の氷山も無事に消え去り、ゼーランダ山への道も開けたとのことです。……どうか、ご武運を。エルシスさんとも再会を果たし、あなた方が魔王に勝利する日を、クレイモラン国民一同祈っております」

 最後にシャールと別れの言葉を交わし、二人は城を後にした。

「そうじゃ、ユリ。前にメダル女学園でミリガン先生に預かった卒業証書があるじゃろう。リリアンという女性には会えんかったが、その孫のリリーという子がおるらしい。ちょうどよい、会いにいってみよう」

 どうやら、ロウはユリを待つ間に探してくれたらしい。ユリはロウに礼を言って、その少女がいるという武器防具屋にやって来た。

「おねえちゃん、何かご用?……えっ、学校の先生に頼まれてリリアンって人を探してるの?うふふっ、おねえちゃん、運がいいわね。あたし、その人知ってるよ」

 どうやら、この少女がリリーらしい。おませに笑って彼女は言う。

「たぶん、あたしのおばあちゃんだわ。リリアンって名前なの。おばあちゃんになにかごようなの?」

 ユリはリリーに卒業証書を渡した!

「おばあちゃんにお手紙なの?旅人のおねえちゃん、ごめんね。これはおばあちゃんにわたせないよ。あのね……死んじゃったんだ。あたしのおばあちゃん……」

 リリーの言葉にユリもロウも驚いた。通りでリリアンが見つからなかったわけだと、ロウは納得する。

「おばあちゃんはバンデルフォン生まれで、マモノにおそわれてふるさとがなくなっちゃったんだって。それで、はたらかなきゃいけなくなって、べんきょうをしたかったけど、おばあちゃんは学校をやめたのよ」

 リリーが話した、リリアンが学校を辞めた理由は悲しい事情だった。きっと、ミリガン先生も理由を知ったら無念な思いになるだろう。

「おばあちゃんはあたしにこういったわ。いっしょうけんめいべんきょうをして、ステキなレディになるんだよって……。だからね、あたし、もうすこし大きくなったらメダル女学園に行きたいっておもってるの。おばあちゃんがかよってたステキなレディになるための学校に」

 その言葉に「それはよいな。あそこはとてもいい学校じゃ」と、ロウはリリーに優しく笑いかけた。

「……あっと、いけないいけない!ついつい自分のことばっかり話しちゃった。おばあちゃんへのお手紙のことだよね。ちょくせつはわたせないけど、あたしがお墓におそなえしておくね。きっと、おばあちゃんもよろこぶわ!」
「ありがとう!」

 ユリはリリアンの孫娘、リリーに卒業証書を改めて渡した。

「おばあちゃんに聞いたんだけど、メダル女学園にはミリガン先生っていうオニがいるんだって。おばあちゃんがイタズラすると、こわーいカオして、おっかけてきたそうよ。とってもおっかないよね」

 そう笑って話すリリーに、ユリは穏やかそうなミリガン先生から想像できなかった。もしかすると、今も怒ると恐いのかも知れない。

「でも、そのオニの話になると、おばあちゃんはいっつもたのしそうに笑ってたわ。ふふふ、なんだかヘンだよね」


 リリアンにとって、きっとミリガン先生はかけがえのない先生だったのだろう――。


「あちこちで強い魔物が現れて、世界中の国がその侵攻に苦労しているというのに、ここは平和そのものじゃな」

 さっそく、ミリガン先生に報告しに行くのに、ユリは「ルーラ」を唱えて、ロウと共にメダル女学園に来ていた。
 メダル女学園の穏やかな空気を感じながら、ロウは話す。

「メダル校長とかいうあの老人。何も考えてないように見えるが、ただ者ではないのかもしれんのう……」

 対してユリはどうなんだろう、と考える。円らな瞳が可愛い、おじいさんだという印象しかない。

「あら、ロウさん、戻られましたか。退学した生徒リリアンに卒業証書を渡していただけましたか?」
「それがじゃな……」

 ロウはミリガン先生にリリアンはすでに亡くなっており、孫のリリーに卒業証書を渡したと話した。少しの沈黙のあと、ミリガン先生は口を開く。

「……そうですか。すこし……遅かったよですね」

 そして、残念そうにその目を伏せた。

「……あの当時、バンデルフォン王国の人々は、世界中へちりぢりに慣れぬ土地で苦しい生活を強いられたと聞きます。リリアンは、とても強い子ね。望まぬ道であったとしても、家族を愛し、一生懸命に生きてたのですから……」

 そう話すミリガン先生は、遠くを見つめている。きっと、リリアンとの日々を思い出しているのだろう。

「ロウさん、旅人さん。ご苦労をかけましたね。この年寄りの最後の願いをかなえてくれて、本当にありがとうございました。お礼としてはささやかなものですが、これを受け取ってくださいな」

 ユリはレシピブック『光の装備のレシピ』を受け取った。

「もうすぐ教師は引退しようと思っていたけど、リリアンの孫が入学するのなら、そんなことも言ってられないですね」
「そうであろう。ミリガン先生は、このメダル女学園に必要なお方じゃ」
「……ありがとう、ロウさん。リリーと言ったのかしら?リリアンによく似た、おてんば娘にちがいないですから」

 おしゃべりな大好きな彼女は、ミリガン先生の手を焼かせるかも知れない――。
 ミリガン先生への報告も終わり、再びユリは「ルーラ」でロウと共に、クレイモランに帰ってきた。





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忘れず進行中〜夢主専用クエスト『わらしべ長者?』〜

青いサンゴ→大粒の真珠→かぐわしい香水→腐敗の魂石→スノーケサランパサランnew!


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